Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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Nature versus nurture【4】

 

 

 

 奪還した制御室で千束たちはコンピューターと悪戦苦闘していた。クルミが雑にUSBメモリを挿すよう言ってたが、目に見える範囲で端子を操作できそうな箇所が見当たらない。千束たちは“間に合わなくなる”という焦燥に急かされて端子を挿せそうな場所をしらみつぶしに探していく。

 

「あー、ないないない!どこ、どこらへんにあんの?不親切だなぁ、も~!」

 

「こんなとこにUSB挿すとこなんかあんのかよぉ」

 

 急に四つん這いになるやデスクの下に潜り込んだ千束に続いて、フキも同じデスクの下に体を押し込ませてUSB端子を探している。黄理は“違うとこ別々に探したほうがいいだろうに仲がいいなぁ”なんて思いながらデスク周りを捜索。

 

 黄理が端子を探していると、デスクの下の方で千束とフキの仲睦まじいやり取りが耳に飛び込んでくる。

 

「ゆー?ユーエス、ビー?あぁ、難しいこととか言わない──!」

 

「~~ッ、おっま、わからずに探してんのか!?何、探してんだよ!」

 

 パニくっているのか、USBメモリの存在が脳内から抜けてしまったらしく、この土壇場で千束とフキは捜索対象不明のまま、何かを探すというとんでもをしていたことが判明した。

 

「なんか挿すとこでしょ、そんくらいわかんよー!」

 

 千束とフキの長閑な口喧嘩、突入してくるであろうリリベルの対応に神経を磨り減らしたサクラが絶叫する。

 

「乳繰り合うなぁー!やっばいのが、すぐそこまで来てんスよー!!」

 

 

 黄理とたきなはふと見つめ合って、互いに思ってそうなことを共感する。

 

 “これもうダメかも”。

 

 たきなが天を見上げ、銃のセーフティを外したところで黄理は覚悟だけは決めておく。自分の持つ肩書きの最初で最後の行使。東京支部のリリベルとその統率者の虎杖さんに多大な迷惑をもたらす切り札を切る覚悟を。

 

 

 なんて黄理が真面目に考えてる足元で千束は尻をもぞもぞと振りながら、デスク下での捜索を継続していた。

 

「これか?!」

 

「どれだ!……だぁ、()っめぇ!」

 

「フキどいて、届かない~」

 

「おっま、横幅でけーんだよ!」

 

 太ってる、というシンプルな形容ではなく横幅という回り道を経由した当たり、フキなりのぶっきらぼうな気遣いが見られた。しかし、黄理が容赦なくド直球にそこを指摘する。

 

「ああ、千束、太いもんな」

 

「黄理ー!あとでぶっ飛ばすからねー!」

 

「だから夜中、映画を見ながらの間食はあれほど控える様にと言ったのに……」

 

「あぁん、たきなまでー!ひどいー!!」

 

「言ってる場合かぁー!だぁ、来た来た!!?」

 

 たきなと黄理のぽやんペアのやり取りにキレてるところで、制御室に突入しようとリリベルたちがやってくるのが監視カメラにモニターされる。サクラが半泣き気味に銃を構えている横、黄理が舌打ちを鳴らす。

 

 色々と面倒になったのか、黄理はデスク下でもぞもぞしている千束のスカート部分、肉付きの良い臀部へ押し込むような蹴りを入れた。

 

「あいったぁー!」

 

 

 蹴りによる勢いがついたおかげか、それとも成り行きでできたのか。ともかく、無事に逆転の一手となるUSBメモリが起動する。制御室のモニターいっぱいにリスのアイコンが浮かび上がった。

 

 なお、机から出た後、お尻を蹴り足とはいえ触られた千束とそれを目撃したたきなが黄理を本気で叱りつけたのは余談というか零れ話だ。

 

 

 

 

 制御室からの操作により、クルミはようやく自分の出番が来たことに歓喜する。

 

「来たっ!どこだ、ロボ太。どこだー!」

 

「おーい、さっさとしろぉ!いつまでもヘリ飛んでられないんだぞ~!」

 

「だー、叫ぶな!今やってるとこなんだ!……ロボ太め~」

 

 ミズキの泣き言も黙殺し、クルミはVRヘッドセットのゴーグルをつけたまま泳ぐように手を振り、虚空をかき分けていく。今、彼女の前には電脳の海が広がり、その膨大な情報の波濤の中からターゲットの素性、現在位置を特定しようとハッカーとして磨いてきた全能を行使する。

 

 

 やがて、ロボ太の痕跡をトラッキングしたクルミは自分を殺しかけ、ちょっかいをかけ続けたハッカーの所在へ極限まで迫る。

 

「そこか、ロボ太!」

 

 

 クルミがハッキングの成功に歓喜している同時刻、リコリスたちを追い込む工作に掛かり切りになっていたロボ太も、ようやく自分が何処にいるのか、ハッカーにとっての生命線であるアクセスポイントが暴かれようとしていることに気が付く。

 

「ウォールナット?!死んだはずじゃ……」

 

 かつて、自分が消したはずの亡霊が此処にきて復活する。なんて悪夢だろう、思えば世界一のハッカーなんて虚栄の名声を求めてロボ太は奮闘してきた。アラン機関の連中に良いように担がれ、真島なんてめちゃくちゃなテロリストに振り回されてきた。

 

 そんな日々の中、ロボ太は人生で初といってもいい、リアルでの人とのやり取りを思い出す。悪態をつき、つかれて、解剖されかけて、ピザを吐くまで食べさせられて、死んじゃうような鉄火場に放り込まれてきた日常の思い出がフラッシュバックする。なんか、嫌な思い出の方が多い気がするがそこは置いておこう。

 

 ロボ太は真島の奮闘を見てきた、そうしてモニター越しでしか人を見てこなかったロボ太は、不思議なことに自分のちっぽけなプライドよりも真島の目論見の成功に全霊を賭している。心境の変化、なんて言うと安っぽい。

 

 真島への同情、いや憧憬?どれも違う……。

 

「“世界一のハッカー”、その名は譲るよ。でも、勝つのは僕たちだぁー!」

 

 小難しく表現する必要はない。

 

 単に、ロボ太が真島という人間を気に入ってしまったというだけなのだから。

 

 

 

 

 ロボ太の現在地を掴んだクルミは、ロボ太からのカウンターハックを余裕しゃくしゃくで捌きながら、勝ち誇って見せる。ハッカーとしての腕比べなら、ウォールナットとして経験を積んできたボクの方が勝る。

 

 ハッキングの力量でボクに追いつくなんて──。

 

「百年早いわ!特定したっ、あとはポリスメンにお任せし……………………」

 

 

 

 さぁっとクルミの顔から血の気が引く。

 

 逆転の一手を打ったはずだった。ハッカーとして勝ったはずなのに。

 

「えっ、なんだ、これ……バカな、そんなまさか!」

 

 クルミのいつにない焦燥と混乱の入り混じった声に思わずミズキが振り返る。

 

「いきなりどうした!ロボ太ってやつの場所は特定したんでしょ、だったら、さっさと通報するなりして──」

 

 ミズキの目に飛び込んできたのは、いつも不敵に言い知れぬ自信に満ちたハッキングのエキスパートの姿ではなく、年相応の、弱弱しく、そしてどうしたらいいのか、困惑と恐怖に震えるクルミの姿だった。

 

「ヤツは、ロボ太は……延空木だ!延空木からハッキングをしている!!」

 

 

 ありえないことだった、ハッカー本人がテロの現場で活動しているなんて。ハッカーとしてのスキル、加えて臆病なまでの慎重さからクルミの思考に巣食っていた無意識の思い込み。“ロボ太は安全圏でハッキングを行っている”、実際ハッカーに戦力としての価値は皆無である。ハッカーのスキルは別段、自宅であろうと喫茶店だろうと場所を問わずに発揮できるのだ。敢えて危険な現場でハッキングをするデメリットはメリットを上回る。

 

 だがしかし、クルミの賢明な想定を上回るロボ太の愚行が土壇場で功を奏する。

 

 クルミがヘリの中のパソコンに飛びつく。必死に延空木の全制御を奪おうとするが、ロボ太の横やりが入って、その対応に手を取られ作業が進まない。延空木の一部コントロールを奪って、次の工程に入ろうとするとハッキングによって奪い返される。

 

 時間をかければ、ロボ太の妨害があっても制御を全て奪取できる。しかし、今は時間がない。リリベルの接近、リコリスの撤退と情報工作。クルミは初めて、自分の力不足に怯え、竦む感覚を味わう。

 

 時間、時間さえあれば……。

 

 

 

 だが、リコリスを処分しようと迫るリリベルたちの行動速度を見るに、クルミのハッキングが間に合わない。クルミが頭を抱え、なんとか良案を見出そうとしているところで、黄理からの通信が入る。

 

『延空木の館内放送の制御を取り戻してくれ、クルミ。リリベルの対処は、こっちでどうにかする』

 

「──どうにか、って。…………あぁ、分かった。ボクに打つ手がない以上、お前に任せよう。待ってろ、すぐ館内アナウンスの制御を取り戻す」

 

 

 

 クルミとの通信は繋げたまま、黄理は嘆息を零してから頭を掻いた。四人分の視線に囲まれ、居心地の悪そうな中で黄理は棍をしまい制御室のアナウンス用マイクを手に取った。

 

「おい、七夜……本当になんとかなるんだろうな?」

 

「やってみるけど……成功するかは五分……いや三、一……」

 

「言うたびに勝算を下に下に見積もるのは止めてください」

 

「マジに大丈夫なんスよね!?」

 

「うーん、黄理はやるときはやるんだけど……やらかすときは本当にやらかすからなぁ。マジで五分五分かも」

 

「旧電波塔でも、千束を助けるために本気っぽい殺し合いをしてくれましたから」

 

「「本当に何やってんだ?」」

 

 サクラとフキのハモりに仲いいなと感心しつつ、黄理は表情を引き締める。

 

 蒼黒の瞳に宿るのは、冷徹さではなく厳粛な鋼の硬質さ。七夜黄理は、かつて七夜の一族を率いた棟梁としての己を想起する。統率者、群れの長としての自分。作戦指揮官などというほど大げさなものではない。ただ、混血を屠るとき、率いた連中に明瞭な意思決定を伝達するための己を再起させていく。

 

 普段の気の抜けたような青年の様相は既にない。ぼんやりと曇っていた瞳は明烈な意思の瞬きを放つ。今、此処に立つのはリコリコにいた黄理ではなく、伽藍の堂で働いていた黄理とも違う。

 

 千束もたきなも“七夜黄理”の変貌具合に思わず息を呑む。

 

 彼女らの目の前、其処にはリリベルの現場統率者。

 

 総長としての七夜黄理の威厳があった。

 

『捕った、アナウンスの制御!いつでもいけるぞ、黄理!』

 

 

 

「ああ……ったく、柄じゃねぇんだがな」

 

 そう言いながら、黄理はリリベルとリコリスの無用の諍いを止めるためマイクを握りしめ、目を細めた後。

 

 己に与えられた権限の最初で最後の行使を行った。

 

 

 

 延空木の各フロアに存在する放送設備から黄理の声がアナウンスされる。

 

『──延空木で活動する全リリベルに通達。リリベル総長、七夜黄理の最初で最後の現場命令だ。……リコリスの処分を中止し、負傷したリコリスたちの回収に当たれ。国を守る同胞同士で潰し合う必要はない。ただちにリコリスたちと共に撤収せよ。延空木における事態収拾はこちらで行い、行動の全責任は俺が取る』

 

 黄理の声を聞き、延空木に降り立ったリリベルたちが立ち止まる。制御室前のリリベルたちも身じろぎせず、凍り付いたようだった。その急な停止に千束だけでなく、フキも呼吸を忘れ、目を見開いて事態の推移を見守る。

 

 リリベルたちが静止したのは僅か数秒のことだったか。一般的にリリベルたちの作戦中止は司令たる虎杖に是非を問わねばならないはず。だというのに、リリベルの誰もが司令部への通信を行わずただ沈黙を守った。

 

 虎杖司令より総長の座を押し付けられた青年が、延空木のリリベルたちへ再度、命令を告げる。

 

『繰り返す。リコリスたちを回収、負傷者をつれて撤収せよ。これは俺の最初で最後の命令だ──』

 

 

 ザッ、と多重に折り重なった靴のかかとを鳴らす音が響いた。姿勢を正し、整列したリリベルたちは現場のトップであるリリベル総長、七夜黄理の命令を寸毫の迷いなく受諾する。

 

 延空木の各フロアにいたリリベルたちは、リコリスたちを迅速に回収、負傷者は応急的な治療を施して続々と延空木を離脱していく。

 

 

 疲れたように髪をかき上げた黄理は、千束たちから信じられないものを見たかのようにまじまじと観察されていた。注目されていることを承知しながら、黄理はあえて何も答えずにリコリコの電子戦担当へ面倒ごとを放り投げる。

 

「じゃあ、クルミ。後は任せた」

 

 

 

 

「──ああ、任された!」

 

 黄理の時間稼ぎによって、ウォールナットと呼ばれる凄腕ハッカーは時間制限に頭を悩ませることなく全知全霊を行使することが可能となった。クルミはハイになったまま、パソコンのキーを叩いて黄理の信頼に成果で応える。

 

 真島の放送による混乱、ラジアータの制御を取り戻す、正体を暴かれたリコリスたちの隠ぺい工作。これらのタスクを同時にこなすなど不可能だとDAは判断した。そのためにリコリスを処分するリリベルの派遣が決定したのだが、クルミにはその不可能を可能とする道筋が見えていた。

 

 要するに順番だ、タスクを並列に考えるからこそ困難で、厳しいものと思えてしまう。困難なタスクを処理できるまでに分解し、順を追って解決すれば不可能は存在しない。

 

 ロボ太からの横やりの対応が入るが、時間をかけられるのであれば対応は十分に可能。クルミは勇ましく笑みを浮かべてみせる。

 

「まずはラジアータからだ。世話が焼けるなぁ」

 

 

 

 

 DAの司令部は、思わぬ事態に困惑を隠せずにいた。突如、リリベルたちが一介のリリベルの命令を受け、その場で虎杖司令に伺いを立てることなくリコリスの処理任務を放棄するなど。リコリス側からは考えられない命令系統の逸脱行為。

 

 だが、そんなことが起こってもリリベルの統率者である虎杖司令は鷹揚に微笑んでいるだけだ。異常事態にリコリス側のエージェントたちの方が目を白黒させている。そこに事態をまたややこしくする吉報が飛び込んだ。

 

「ラジアータの機能が回復!」

 

「──なっ、しかし何者かに乗っ取られています!こちらの操作を受け付けません!」

 

 突如、DA司令部のモニターを占拠するリスのアイコン。オペレーターの女性が楠木へと報告を挙げる。

 

「識別、“ウォールナット”!」

 

 以前、死んだと報告されていたハッカーの登場に楠木が不機嫌そうに眼光を鋭く光らせる。

 

「やはり生きていたか、老人め……敵か味方か、旗色を明らかにしないくせに肝心なところで干渉してくれる」

 

「なるほど……フフッ、やってくれるものだ」

 

 仏頂面を披露する楠木司令を余所に虎杖司令は機嫌よく笑ってリスのアイコンに占拠されたモニターを眺めていた。リリベルが一斉に任務を放棄したという管理責任的に窮地の状況にも関わらず彼の余裕、いや愉快そうな喜悦は崩れもしない。

 

「虎杖司令……よろしいのですか?」

 

「……はて、何か不都合があったかな?せっかく手を回してまでリコリスを救おうとした君にとっては、リコリスとリリベルが衝突せずに丸く収まったこの展開は諸手を挙げて喜ぶべきものだろう?」

 

 あっさりと延空木のリコリスを助けるためリコリコ、ひいては錦木千束に依頼したことを看破され、楠木司令が僅かにたじろぐ。だが、鋼の女司令こと楠木も好きに言われるだけでは終わらない。

 

「いくら実力が飛びぬけているとはいえ一介のリリベルに過ぎた権限を与えたようですね。確かにリコリスのこれ以上の損耗もなく離脱できた我々は助かりました。だがリコリスの処分命令を果たせなかったリリベル側。いいえ虎杖司令は上からの厳しい処分を免れないでしょう?」

 

「……そんなことか。上層部には幾らかの貸しを作ってある。今回の一件で揺らぐ程度の立場なら私は此の場にいないだろうさ。それに、黄理の判断が上から処分されるような不手際になるとは、到底思えないのだがね」

 

 

 

 虎杖の余裕に満ちた宣言と共に司令部、いいやDAのみならず東京都中へなんの脈絡もなくこぶしの効いた演歌が流れ、デフォルメされたリスの映像が電波に乗って広がっていった。

 

 復旧したラジアータが突如としてオペレーターの操作もなく、ネット上の各メディアの情報工作(カバー)を開始し始める。

 

 映像が延空木の遠景に切り替わると、女性モデルの機械音声がこれまでの映像は今後、行われるイベントの宣伝映像だと言い放った。苦しい言い訳だが、平和に慣らされ混乱を忌避する大勢はそれに疑問を持つこともなく速やかに受け入れる。

 

 多くの人々は“騙された”、“ホントかと思った”、“面白そう”、“気合入りすぎ”と疑念を挟む余地すら熟考しない。歪んだ光景でこそあるがリコリスたちが足掻き、血を流して守った平和の成果が此処に結実した。

 

 

 

 

 事態はいびつな形ではあるもののなんとか収拾された。何か言いたげな千束たちを引き連れ、というか張り付かれたまま黄理が制御室の外に出ていく。

 

 

 出てきた黄理たちへ制御室前にいた大勢のリリベルたちが突如として敬礼を行う。やりにくそうに黄理は苦笑いをして敬礼を返した。息の揃ったリリベルたちの一斉の挙動には、多数のテロリストを相手取っていた豪胆なリコリスたちもたじたじだ。及び腰となった彼女らを庇うように一歩前へ進み、黄理は見慣れた顔へ呼びかける。

 

「悪いな、アキタカ。無理を言って」

 

 制御室前のリリベルらを統率するファーストの赤服を纏った青年、アキタカと呼ばれる彼は黄理の謝意に対し、ただ忠実な姿勢を固辞した。

 

「いえ、総長のご命令となれば、我々はただ応じるのみです。死地で助けられ、鍛えられ、常に先陣を切って実行不可能とされる数々の任務を遂行なされた貴方だからこそ……。黄理さん、東京支部のリリベル一同は貴方からの御命令を長らく待ち望んでおりました」

 

「また大げさな……まぁ、この越権行為で間違いなく総長なんて肩書とはおさらばさ。虎杖さんにも迷惑かけたし、俺もリリベルをやってけるかどうか」

 

「貴方以上のリリベルは存在しませんとも」

 

「……どうかな、案外、そこの変わり種みたいなのが後輩でひょっこり出てきても、俺は驚かないよ」

 

 急に変わり種扱いされた千束が思わず口を挟んだ。

 

「待て待てぇい、変わり者代表の黄理の発言を鵜呑みにしちゃいかんよ、アキタカくん。私は蝶のように可憐で儚い系のぷりちーなリコリコの看板娘なんだから♪はい復唱!」

 

「────こちらチームアルファ。虎杖司令、我々も撤退を開始します。はい……ええ、承知しました。黄理さん、では失礼いたします」

 

「あいよ、お疲れ」

 

「うぇ、私の冗談もサラっと無視ぃ~?……スマイルでもしといたほーが良かったかな~」

 

 千束へ一切、応対をすることなく一切の無駄を削いだ部隊行動でリリベルたちが潮の満ち引きよろしく去っていく。残されたのは、安堵にリラックスしている黄理と何かモノ言いたそうなリコリスたちの不機嫌顔だった。

 

「さて、黄理くん。幾つか質問させて頂きますね」

 

「……お手柔らかに」

 

「ことと次第によっては考慮します。ではまず、大勢のリリベルに現場判断で撤退を命令して、黄理くんに処分は下ったりしないんですか?」

 

「なんだ、そんなことか。……お咎めなしとはいかないだろうけど、延空木のテロを阻止したことと命令違反でトントンくらい、かな。上層部から来る無茶ぶりが増えそうだけど、なんとかするさ。さて質問はもう無いか、無いな、よしさっさと──」

 

「あー、私もするするー。ていうか、黄理の“総長”って肩書、マジに指揮権があったんだね」

 

「────ああ、今まで使い時がなかったんで折角だから使ってみた。いや、ホントに止まってくれて良かった良かった」

 

「そんな期限間近のポイントカードみたいな……」

 

 呆れたようなたきなの目線から逃れて目線を切るが、横には千束がおり二人に挟まれた肩身の狭い状態で黄理がしおしおと項垂れている。というか、今の発言を見逃せなかったフキも乱入。

 

「おい待て、七夜。今、“本当に止まってくれて良かった”って言ったか?まさか、リリベルの実働隊が止まるって確証も無しにあんな放送をしたんじゃ……?」

 

「いや先輩、そんなまっさかー。こんなのちゃんと勝算があって……あって?」

 

 此処で黄理以外の皆が思い返したのは、アナウンス前に勝算を語るたびに低く低く、勝算を見積もっていた黄理の何ともいえな表情と態度。フキとサクラが何かもごもごとしているので黄理はあっけらかんとネタ晴らし。

 

「いや、使うの最初って言ったろ。本当にリリベルの皆が止まるかは割りと賭けだった。今まで一度も使ったことなかったからなぁ。どうなることかと思ってたけど、なんとかなるもんだ」

 

 

 黄理の曝露を聞かされ、フキたちは自分たち含め、延空木にいたリコリスの命が結構な薄氷の上であったことに今更ながら気づいてしまい、へなへなと座り込んでしまった。肝の冷えた二人を置いて不機嫌そうにたきなが黄理に顔を近づける。

 

「……リリベルが延空木に到着した時点で黄理くんが撤退命令を出していれば、慌ただしく制御室の捜索や立てこもりをしなくて済んだのでは?」

 

「無茶言うな。あの時はラジアータを取り戻して情報操作が上手くいくか分かってなかった。来て早々に後始末の算段無しで無責任に撤退を指示してたら、俺どころか東京支部のリリベルらの立場も悪くなる。そうなったら逆にリリベルの処分をリコリスが命じられていただろうな。その時、リコリスたちは自発的に処分覚悟で命令違反してくれるのか?」

 

「全然するよー、するに決まってんじゃん!」

 

「此処の命令違反の常習者を除いて」

 

 元気いっぱいの笑顔で挙手する千束を指差した黄理の蒼い瞳に見つめられ、フキとサクラ、エリカは何を言うでもなく無言で顔をそらした。リコリスたちにも立場がある。リリベルと同様、DAのエージェントである彼女らにとって命令は絶対。軽口であろうと“命令違反をしてでもリリベルを助ける”という言葉が出てこなかったがための対応。

 

 黄理はそれを薄情とは思わない。リコリスも、リリベルも時と場合によって殺し合う可能性を持つ。今回はリリベルが悪役を演じかけたわけだが、ボタンの掛け違いでリコリスの方がリリベルを殺処分していたかもしれないのだ。

 

「結局は俺の立場とか力じゃなくて、クルミが上手いことやってくれるって算段ありきの命令だよ」

 

「なーるほどぉ……というか、それで言ったら虎杖さんって大丈夫なん?なんか、立場的な……こう、あるじゃん」

 

「虎杖さんは上層部に顔が利くし、幾つかの貸しがあるって言ってたから問題ない。まぁ、DAでの立場がしばらく弱くなるかもだけど、リリベルの司令なんてあの人くらいにしか務まらない。それだけは確信を持って言える」

 

 確かに現場判断でリリベルたちが任務を中断したことはデカいマイナス評価である。けれども、結果として延空木の事件を秘密裏かつ穏便に片付け、リコリスの損耗を最低限に抑えてある。リリベルの撤退も結果としてはDAという組織に利益をもたらしたわけで。

 

 とどのつまり、七夜黄理の評価は功罪相討つものとなってしまったわけだ。質問は粗方、終わったと安心しているところで、たきなが少し問い詰める、とは違ったニュアンスの質問を投げかけた。

 

「少し、意外でした。ああいう風にたくさんのリリベルたちを指揮……いえ命令したりするんですね。普段から黄理くんは個人主義っぽくて、統率の適性があるようには思えませんでしたから」

 

「できないとやりたくないは違うって言いたいけど……向いてないだけだ」

 

「え~、すごく似合ってたけどなぁ~」

 

「ええ、とても自然な指揮統率だったと思います。ねぇ、七夜総長?」

 

 によによして肘で脇をつついてくる二人を躱し、黄理は肩をすくめる。

 

「勘弁してくれ。けどまぁ、その肩書とようやくおさらばできる。ようやく肩の荷が降りた」

 

 疲労をにじませながらも黄理は憑き物の落ちたようなすっきりとした面持ちで一息入れる。彼にとって総長という肩書は、かつての頭領と呼ばれた自分を想起させるものでしかなく、その肩書をリコリスを救うために捨て去ることができたのは最善ともいえる訣別の形だったのかもしれない。

 

 

 リリベルたちの誘導、補助の手を借り、リコリスたちが延空木から撤退していく。事態は収拾された。未曽有の災禍となるはずだった事件は、こうして水際、というには些かに際どい所で解決したのだった。

 

 しかし、誰が事件とリコリスの正体を隠匿し、ラジアータを奪い返したか?

 

 フキはリコリコにいたちっこい金髪の少女に見当をつける。

 

 千束、たきなは優秀ではあるもののリコリスという領分でしか動けない。オペレーターであるミズキと先生も同様。となると、店でDAの活動に関与していた彼女しかいないのだ。

 

「店にいたちっこいヤツだな?」

 

 いきなり告げられたフキの断定口調に千束が苦笑いで誤魔化そうとするが、かつての相棒には嘘が通じない。黄理も嘘が達者な方ではないため口をつぐんで言質を取られないようにしている。一方、千束は観念してフキに頼み込む方向にシフトしたらしい。

 

「めんどくさいから楠木さんには黙っててね~」

 

 それを聞いてたサクラがガッツポーズで喜びをあらわにする。

 

「よっしゃ!なら、無かったことになるんすか~!良かったぁ、あーしの出世に関わりますから!」

 

「今回の事件での功績もパーだけどな」

 

「うえぇ!そこはきちんと評価してもらわんと困りますよ~!」

 

 

 上へのアピール方法についてサクラがフキへ尋ねる傍で、たきなは前のルームメイトであるエリカに頭を下げる。

 

「ありがとう、あのとき──」

 

 あのとき、延空木から旧電波塔へ行くことを後押ししてくれたからこそ、たきなは千束たちと共に戦うことができた。心からの感謝を言おうとして、エリカは鏡写しに感謝を口にする。

 

「そんな代わりに私がありがとうを言わなきゃいけなかったの。……でも良かった、春の時のお礼、出来てなかったから……少しでも返すことができたのなら」

 

「そっすね~。たきなサンが代わりに追い出されたんでDAいられんですよ~、コイツ。礼くらいちゃんと言えよ~」

 

 謝罪ではなく感謝を、そう誘導するようにサクラは決め顔で笑って見せた。その冗談交じりな対応にたきなも悪乗りしてみることに。

 

「嗚呼、そういうことですか。つまり、エリカさんがもっと司令にちゃんと話してくれたら、良かったわけですねー」

 

「えっと……たきな?」

 

「確かに──ヒドいヤツだ☆」

 

「そ、それはそ~なんだけどぉ」

 

 怒ったフリをするたきなにあたふたとするエリカのじゃれ合い。その微笑ましさに千束がニコニコとしていると、複雑そうな顔でフキが眦を釣り上げている。今回の一件でフキたちは色々と越権行為を行っている。果たしてこの中の何人が明日以降もリコリスとしていられるかどうか。

 

 事態の重さを知らない面々のやり取りに小さくフキが呟いた。

 

「自覚の足りねぇ奴らばっかりだ……」

 

「まぁまぁ、そう硬いこと言わないでさ。いざとなったら、みんなでリコリコにおいでよ。お店のユニフォームは何色が良い~?」

 

「あぁ?」

 

「今回は~、フキが待機命令を破ったので~リコリコに来る可能性もー」

 

「ったく、バカなこと言ってんな」

 

「まっ、わたしの使ってくれればいいけどねー」

 

 

 千束のあっけらかんとした声にフキが声を詰まらせる。そして、黄理とたきなの目元に薄く影がかかった。そうだ、延空木の事件が解決しても……千束の余命は結局、どうすることもできなかったのだから。

 

 差し迫った千束と過ごせる時間は、もう僅かしか残されてはおらず──。

 

 

「おっ、エレベーターが来ますよー♪」

 

 昇ってきたエレベーターに全員が乗り込むと千束がにこにことエレベータガールの真似事を始める。

 

「下に参りまーす♡」

 

「なにその猫も裸足で逃げだしそうな猫なで声」

 

「おう、なんか不満かね~」

 

 黄理が千束とのやり取りで微笑んでいると、不意に視界に映る三種類の色彩をした思念を観て取った。背筋に走る冷たい悪寒、害意の予兆。黄理は誰に言うでもなく、するりとエレベーターから出て袖から双棍を自然に取り出す。

 

「──黄理?」

 

 黄理が出ると同時、ぽんとリコリスの正式装備であるサッチェルバッグがエレベーター正面に放り込まれた。黄理はすかさずそれを踵を用いてエレベーターの中へと蹴りつける。

 

 蹴られてエレベーターに滑り込んだサッチェルバッグの持ち手には、見慣れたイッヌのマスコット。

 

「あ、わたしのバッグ……?」

 

 足元に転がってきたバッグにはたきなからもらったマスコットがある。間違いなく自分のものだと千束が認識して、次いでそれが何故ここにあるのか。どうして黄理がそれに気づいたのか、それを聞こうとする前にエレベーターから出た黄理が“閉”のボタンを叩きつける様に押した。

 

 

 千束はバッグを素早く拾い上げ、慌ててドアの向こう側に飛び出す。出てきてしまった千束に黄理が苦々しく口を尖らせる。

 

 そして黄理と千束、たきなたちを隔てる様にエレベーターの扉が閉まっていく。その直前、黄理たちの前に立つ黒のロングコートをはためかせた人影。リコリスたちは、その顔にひどく見覚えがあった。

 

 今回の延空木襲撃の実行犯、“真島”と呼ばれるテロリストを。

 

 

 真島は携えていたサブマシンガンをエレベーター内のリコリスたちへ掃射。咄嗟にフキが同時に内蔵されたエアバッグを使う。だが、その隙にエレベーターの扉が閉まり、黄理たちとたきなたちは分断されてしまった。

 

 

 たきなは分断された千束と黄理の窮地に血の気を引かせ、ドアを叩く。もう一度、ボタンを押そうとも無慈悲にエレベーターは展望台フロアから降りて行った。

 

「うそ、そんな、黄理くん……千束っー!」

 

 

 

 

 

「──おい、なんで出てきちまったんだよ」

 

「一人で行かせるわけないでしょ。黄理が行くなら、私も着いてく。何度でも言うよ、絶対に黄理を離さないって」

 

「着いてこられても着いていっても、とことん振りまわしてくれるな。まったく」

 

 そう言い切って黄理、そして千束は眼前のテロリストたちに視線をやる。

 

 展望台フロアに立つ三つの人影。今回の事件の首謀者たる真島と、彼に並び立つ仮面をつけた二丁拳銃の怪人、スナイパーライフルを手にした金髪碧眼の童女。しかし、仮面の男、蛭子影胤と金髪の少女、ティナ・スプラウトは一言も発そうとせず、沈黙を貫いている。

 

 数時間ぶりの再会だが、真島も黄理たちも特別なにかしらの感情を表に出すことはせずに互いの動きを臆病なまでの慎重さで観察する。そして、暫くして彼らはそっけなく、一言で全てを片付けた。

 

「よぉ、リコリスとリリベル」

 

「「──よぉ、テロリスト」」

 

 

 

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