Lycoris A moon eclipse   作:悪事

101 / 110
今話より、ようやく最終話に突入いたします。ここまで来れたのは多くの読者様のおかげです。
この場をお借りして誤字報告などお力添え頂いた“ 怠惰$様“、” 夜波時雨様“、” 御冷様“、他にも感想や応援して頂いた方々へ感謝を申し上げます。

どうか長いだけの本作ですが、最後までお見守りくださいませ。


Lycoris A moon eclipse【1】

 

 

 

 

 今から数年前、千束の十歳の誕生日。

 

 普段以上に騒がしいお祭り騒ぎを終えて月明かりを頼りにセーフハウスへと歩く帰り道。そこで俺は千束に尋ねたことがあった。かねてよりの疑問、ずっと前から聞いておきたい内容だった。

 

 十歳の誕生日。それはアイツの命の残り時間がおおよそ半分を過ぎた日。三年前、旧電波塔で人工心臓の話を聞き、そこから詳しく聞いたところによると千束の人工心臓はどれだけ上手く使っても成人するまでが限界だという。と言っても、あくまで成人というのは概算でしかない。下手すれば、成人前、いや後ということもあるにはあるのか。

 

 所詮、目安ではあるが十歳というのは区切りとして分かりやすかったのを覚えている。無論、今すぐどうこうなるというわけではないのを分かっていて俺は聞かずにはいられなかった。

 

 なんでお前は苦労してまで人を助けることに、生かすことに執着する?

 

 どうして不殺に拘る?命を奪うことなんて簡単だろう?

 

 殺せば後腐れもなく悩まずにいられるものを。

 

 

『ひとりたすければ、ひとりうまれたことになるのか──』

 

 千束は柔らかく笑っている。

 

『うまれたいのちは、よいいのちなのか』

 

 “わるいものがうまれてしまわないか──?”続く問いは心の内側に仕舞われた。

 

 千束は俺の意思が言葉になるのを微笑みと共に待っている。

 

『ころしてしまうほうが、らくだろうに』

 

 笑みを浮かべた千束の自信と喜びに満ちた宣言が心の最も柔らかくて脆い箇所、人体でいうなら急所というところにでも突き刺さったのだ。都内のなんでもない夜道で心を穿たれたとき、俺の中で錦木千束がどういうものかが定められた。

 

 

 この感情の振幅をなんと呼び表せばいいのだろう。

 

 判らない、分からない、ワカラナイ、わからない。

 

 あぁ、そういえばあの日の夜空に浮かんだ月がとても澄み切って綺麗だった。

 

 無意識に、口元が綻んでしまうほど綺麗だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 延空木からリコリス、そしてリリベルも撤退していく。それを司令部でモニターしていた楠木が突如、くの字に折れる様な体勢で意識を失いかけた。前日の真島のアジト襲撃時の銃創、ひいては出血性の意識混濁。楠木の荒い呼吸音は、彼女がどれほどの無理を押してこの場にいるかを表している。

 

 事態が収拾し始めたところで楠木の張りつめていた精神の糸が限界を迎えたのだろう。机に崩れ落ちるのをどうにか堪え、楠木は焦点の合わない視線で毅然と立ち続ける。

 

 秘書が慌てて、楠木の体を脇から支えようとするが、鉄の女司令はそれを拒み、モニターを睨みつける。少なくとも虎杖のいるうちは、弱弱しい態度など見せられないというリコリスの司令としての矜持によるものか。

 

 懸命な楠木司令の立ち振る舞いを余所に虎杖司令は不遜な笑みを浮かべたまま、延空木のモニターを眺めている。知ってか知らずか、楠木の秘書の虎杖を見る眼差しに強い険の色が映る。

 

 

 楠木が再びふらついたとき、司令部に慌てた足取りで入ってきたファーストのリリベルが虎杖へ何かを報告する。それを聞いた虎杖は緩んでいた表情を引き締め、椅子から立ち上がる。

 

「失礼、予定が詰まっていてね。次に行かねばならないところがある。楠木くん、次に会うのは事後処理のタイミングになるだろうが、それまでは自愛したまえ」

 

「…………えぇ、また後程、お会いしましょう」

 

「フッ、あまり無理はしないことだ」

 

 助言ともつかぬ繰り言を口にした後、虎杖は黒服たちとリリベルを引き連れて、司令部から何処かへと離脱していった。虎杖がいなくなったところで楠木は、震える足に力が入らなくなったのか青い顔で椅子に座り込む。見るに見かね、秘書が声を上げる。

 

「救護班!楠木司令を急いで──「不要だ」

 

「っ!ですが、楠木司令……」

 

「何を安堵している、事態はまだ完全な収拾を迎えていない。リコリス全員の離脱まで気を緩めるな」

 

 血の気の引いた顔の楠木は瞳の中に弱ることのない決意の光を灯して“延空木”、新たな平和の象徴を見つめ続ける。見届け、決断することこそ自分の役目だと自認するために、彼女はどれほどの痛苦に苛まれようと司令部からの途中離脱を断じて認めない。

 

 自身の体調悪化を理解しながらも自分の思考がまだ使い物になることを他人事のように認識している楠木は、なお退室しようとしない。

 

 楠木司令は、どれほど冷たい決断であろうと現場のリコリスたちへ強いてきた。しかし、決断から、決断する判断材料を見ることから逃げたことは決してない。

 

 それが現場で生きるリコリス(少女)たちへのせめてもの返礼であるがゆえに。

 

 

 

 

 

 

 延空木、第二展望台から降りるエレベーター内では真島の軽機関銃と思しき銃撃を防いだ際、跳弾で肩を負傷したサクラの応急治療を行っていた。主要な血管を傷つけてはいないが、肩から流れる血の量はリコリスでさえ息を呑むほどに危うい予感を漂わせている。

 

 現場のリコリスから鹵獲、もしくは千丁の中にあったと思われる短機関銃の連射。サッチェルバッグの防弾エアバッグは正面からの銃撃こそ受け止め切ったものの、エレベーターという閉所が災いした。

 

 サッチェルバッグの弾いた一発の弾丸がエレベーター内で跳弾、運悪くサクラの左肩へ弾丸が食い込んだのだ。たきなは傍らにいたエリカと共にサクラの応急処置を手早く進めていく。

 

「エリカ、銃創部を抑えてて」

 

「うん……たきな、ガーゼまだある?」

 

「えぇ、此処で使い切ってもいいから今は止血を優先しましょう」

 

 肩に被弾したサクラはアドレナリンの影響か、冷や汗をかきながらも空元気にふるまっていた。常の何処か余裕然とした笑顔のまま、サクラはフキに軽口を叩く。

 

「ったた、ツいてね~。やっぱ、大穴じゃなくて手堅くいくべきでしたかね…………どんな感じっスか、けっこ痛いんすけど──」

 

「安心しろ、ちょっと血が出てはいるが、絆創膏でも貼っときゃなんとでもなる。おい、一緒に命令違反したんだ。お前も弁明してもらうからな。帰ったら覚えとけ」

 

「せんぱい、そりゃあないっすよ……」

 

 笑って見せるサクラの表情に病的な白さが広がりつつあった。呼吸も浅く、息をすることさえ苦痛を伴うのか、サクラの呼吸が徐々に弱々しいものになっていく。目が細まりだし、焦点がぶれ始める。つらいだろうが意識を失わせるわけにはいかない。

 

 たきなが呆然としていたフキの意識を引っ張り上げる様に声をかけた。

 

「話しかけ続けてください、意識がなくならないように」

 

「──おう、わかってる」

 

傍らで膝をつくリコリスたちがサクラへ声をかけ続ける。

 

「サクラ、こっちみて」

 

「大丈夫、ちゃんと治療すれば傷も残りませんから」

 

「──うぃ。し、っかし、たは~。……しんどいなぁ」

 

「おい、サクラ。へこたれんな、任務が終わった後でぶっ倒れるなんて私が許さねー」

 

「せんぱい、むちゃ言うっスねぇ~」

 

「~~~っ、司令部!」

 

 

 

 フキの通信を聞いたオペレーターは楠木司令に現場からの情報を挙げる。

 

『アルファ:(ワン)より報告。真島を延空木、第二展望台で確認。アルファ:(ツー)が負傷、救護班の手配を求めています』

 

 自身もふらついている中、楠木は冷静にまだ現場に留まっている救護班の位置とフキたちの位置を把握、瞬時にフキたちのところへと手配する。

 

『ポイントガンマの救護班を回しなさい。急ぎ、第二展望台の映像を出せ』

 

『──映像、出ます』

 

 夕焼けに照らされた第二展望台は目も眩むほど紅く、燃え上がるような色彩に染められていた。一面に咲く彼岸花、いいや幾つもの骸の積み上げられた屍山血河。

 

 延空木における最後の決戦が始まる。

 DAが維持してきた平和が保たれるか、それとも……。

 

 結末は“錦木千束”と“七夜黄理”、DAにおいて最強を冠しながらも異端児である二人、彼岸花(リコリス)君影草(リリベル)へ託された。

 

 

 

 

 

「──アルファ:(ワン)、了解。……おい、サクラ。下で救護班が待機してる。もう一息の辛抱だ。……おい、返事しろっ」

 

「……いやい、や、怪我人は安静にしとくもんじゃ、ないっスかー」

 

 サクラが返事をしたとき、リコリスたちのやり取りを遮る形でエレベーターの照明が落ちる。いいや、落ちたのは明かりだけではない。動力もまた停止しエレベーターが動かなくなる。

 

 これに波及し、延空木の各所の電源が次々と落ちていく。監視カメラ、通信設備、電力によって稼働するものが軒並み、機能を喪失した。

 

 今、この瞬間において延空木はシステム的に隔離された陸の孤島(スタンドアローン)

 

 もう、ハッカーやDAからの支援は受けられない。

 

全ては自分自身の選択が左右する。

 

 

 

 

 真島たち、テロリスト三人と対した千束、黄理は疲れた様子でため息をつく。旧電波塔で決着、といきたかったが、相手はどうやら延長戦をお望みらしい。威圧的な睥睨の眼差しをした真島がへらり、と笑って顔を上げた。

 

「これでしばらくは俺たちの貸し切りだ。邪魔は入らねぇ。うぜぇハッカーどもも電気がなけりゃ、なんもできねぇだろう?」

 

 

「──うぉい!“うぜぇ”とはなんだー!此処まで来てやったのにー!!」

 

 真島たちの背後で野次を入れる被り物をした小柄な少年。その声には千束も黄理も聞き覚えがある。旧電波塔に向かう直前、無人車両から聞こえてきた音声。

 

 その正体は……。

 

「うへぇ、あれ、ひょっとしてロボ太ぁ~?」

 

「被り物するのが流行ってんのかね。ハッカーってのは」

 

 かわいそうなものを見る目線を受け、真島があっけらかんと手をひらひら振る。

 

「気にすんな、あのだせー被りもんはアイツの趣味だ」

 

「いやそれ以前に人と会うときは被り物を外してきなって」

 

「言われてんぞ?どうだ、せっかくだしお前も混ざってくか?」

 

「冗談!僕はこれ以上、付き合ってらんないからな!こんなとこいられるかー!もう帰る、絶対に帰ってみせるぞー!!」

 

 走り慣れてないのか、ひょこひょこと遅い駆け足でロボ太が第二展望台から出ていった。おそらく他のリコリスやDAの目を欺き、消えるタイミングを測っての脱出だろう。ロボ太の脱出を見て黄理がぼそりと呟く。

 

「殺人犯のいる山荘とかだったら、真っ先に犠牲者になりそうな退場をしたな」

 

「第一の犠牲者かぁ。クローズドサークルの鉄板だね──」

 

 そこで黄理と千束は互いに戯言を中断し、真島たちに向き直る。真島の後ろに立つ二人が、やにわに殺気立ったためだ。二人の怪物の殺気を背にし真島は軽機関銃を捨て、自身の黒いリボルバーを取り出す。長いバレル、銃口が下部についたマテバのような回転式拳銃。カチャリ、という金属音と共に、リボルバーが中心部から折れ曲がったように変形、シリンダーが解放される。

 

 真島は解放されたシリンダーへ六発の弾丸を速やかに込め、手首のスナップで元に戻す。バレルを半ばから折ることでシリンダーに弾丸を込める中折れ式(トップブレイク)リボルバーの再装填(リロード)が完了した

 

「じゃあ、そろそろやるか?」

 

「始めるって、もう終わったじゃ~ん。今更、何のよう……?」

 

「終わってねぇ、なにもな」

 

 旧電波塔での決着は着いたはず。

 この期に及んで、真島が執着する標的があるとは……。

 

 真島は懐から取り出したスマホ画面、液晶に映っているのは一時間の刻限。

 

 千束と黄理がそれを目にしたとき、第二展望台に取り付けられているモニター全てが一斉にスマホと同じ時を刻み始める。秒数を重ねるのではなく、ゼロに向かって減じていくタイマー。

 

 ゼロになったとき、何が起こるかなど想像に難くない。

 

「……またか」

 

 黄理に関してはうんざりとした表情で頭に手を当てている。敢えて、千束はいやいやながら真島へ何をしたのかの種明かしを求めた。

 

「今度はなにぃ──」

 

「この塔が此処に立ってる残り時間ってとこだ」

 

 黄理はその発言と同時に発せられた思念の色の揺らぎから真島の言ったことが嘘であることを看破する。憮然とする千束の肩へ手を置き、首を横に振った。千束もそれで黄理の感じ取った内実を理解したのか、鋭い視線で真島を観察する。

 

──今度は騙されないように。

 

「嘘ばっか、ホントは何をする気だ、こんヤロー」

 

 即座に虚実を見破られたことに真島が驚いている。ただ、見破るまではできても、嘘と真実の詳細は理解していない。鎌をかけられているのを察すると、テロリストはにやりと虚仮にするような笑みで問いに応じた。

 

「勘がいい、けど何をするかまではわかってねぇみたいだな。ったく、サプライズのし甲斐もねぇ。……まぁ、そっちの言う通りだ。予算の都合でね、この延空木(デカブツ)を一発でぶっ倒す量の爆弾は手に入んなかった」

 

 そこで真島は一度、言葉を区切り穏やかな微笑みで厄介ごとを語った。

 

「なんで、倒壊までは無理でも手に入った量のヤツをとりあえず爆発させることにしたわ」

 

 あっけらかんと微笑みながら言った真島のセリフを前に黄理が項垂れた。

 

「……うわ、マジかよ」

 

 隣に立つ千束も真島の自棄っぱちな行動に本気で呆れかえった。

 

「だぁー!!また爆弾か~~!?芸が無い↓なぁ↑!!」

 

「鉄板ってのを無理に外すのが面白いとは限んねぇだろ、特にクライマックスはな」

 

「爆発オチでお茶濁してるだけだろ」

 

「サイテー」

 

 真島と雌雄を決するしか道がないことを理解し黄理、千束。二人を前に真島は眼下に広がる東京の街並みを凪いだ瞳に映し込んだ。

 

「俺の仕事は此処まで。そして、これで十分。いくら隠蔽しても蒔かれた人々の疑念の種は育ち、やがて“DA”を滅ぼす」

 

「それがなんで爆発と繋がんの~?!」

 

「逃がさねぇためさ。なんせ、お前との決着がまだだ。いいや、お前らとの、か?」

 

「じゃあ、旧電波塔のはなんだったんだ」

 

「おじーちゃん、さっき決着着いたでしょー」

 

 千束の発言を皮切りに真島の瞳が漆黒に輝く。虹彩に浮かんだ幾何学模様が乱回転を起こし、鋼鉄の魔眼が解き放たれた。

 

 “義眼、解放”。

 

 ナノ・コアプロセッサがコンマ数秒の領域で物理演算を弾き出す。思考速度の増幅(オーバークロック)により、視野が人知を超えた範囲まで拡大され、周辺の人間、物体の動作がのきなみ鈍化していった。

 

「──これで最終ラウンドってことだ!!」

 

 

 気炎万丈に真島が吠えた瞬間を捉え、千束がノーモーションから非殺傷弾を撃つ。が、それを読み取った真島は黒のロングコートを翻し、銃撃を僅かな挙動で透かしてみせる。見当はずれな場所に赤い粉塵が舞い上がった。

 

 非殺傷弾を避けきった真島は、緩急を感じさせない滑らかな挙動で接近、千束に掴みかかろうとする。そこに黄理が割って入り、真島の腹部へ大砲さながらの着弾音を立てて重い蹴り足を打ち込んだ。人体が発したとは考えられないほどの重厚な音、真島がのけぞり立ち止まった。けれど、黄理は苛立ちまぎれに舌を弾く。

 

「……野郎、なに仕込んでやがる」

 

「……フッ、これでさっきの負けはチャラにしてやるよ!さぁ、こっからは総力戦だ、思う存分、持てる全てを使ってやり合おうぜ!」

 

 痛みをこらえ、牙をむいて笑う真島の腹部には防弾チョッキと思しき装備が見て取れる。黄理の反応を見るに、あれが衝撃を殺したのか。千束はご機嫌な真島に皮肉をぶつける。

 

「……いい服ぅ、高かったんじゃないの……?」

 

「クハッ、ヨシさんからの贈りもんだよ!」

 

 吉松シンジと訣別した千束にとって、真島の皮肉めいた軽口は意図せず最大のカウンターとなった。そして、真島の発言を受け、殺気立っていた金髪の少女と仮面の男、二人の魔人が動き出す。劣勢にあって苦い顔をした千束の横、黄理は蒼く輝きを発する双眸で真島を、その背後に立つ二人の魔人を観測する。

 

 旧電波塔での真島戦、千束との対決。連戦の中にあって、現時点の黄理の直感は最高潮に達している。疲労の中にあってなお増す集中力。ゆえにこれまでにないほど、黄理が今見る世界は赤い()()に溢れていた。

 

 セカイが死に溢れたようだ、いいや死んでいるのは俺自身かもしれない。とっくに死んでいる者が生きたふりをしているのだとしたら。

 

 自分は正気でいられるか──。

 

 いいやとっくに正気でなくても──。

 

 千束だけは守り通すと、心のなか静寂と共に黄理は誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 止まったエレベーターに途絶えていた司令部からの指示が告げられる。

 

『アルファ:(ワン)、予備電源に切り替わります。そのままエレベーターで降下なさい』

 

「停電の原因は……?」

 

「……真島の仕業ですね」

 

 フキの伺うような問いに対し、たきなは冷静に展望台で目撃した真島の所為であると断定する。否定的なバイアスから来る断定は、論理性を飛び越えて結果として真実を捉えていた。

 

『こちらも現在調査中ですが、おそらく真島の仕業です。──アルファ:(ワン)、予備電源は長く持ちません。至急、降下してください』

 

 サクラの負傷、降下の命令、置いてきた千束、多くのリコリスたちを殺した真島の影、そしてフキのリコリスとしての使命感がせめぎ合い、冷たい結論を提示する。

 

 すなわち、追撃。負傷者の治療を後回しにしても真島を仕留めようとする決断。

 

「────いえ、我々は上昇します」

 

「フキ!それじゃあ、サクラが」

 

 縋るエリカの手をフキは払いのける。

 

「私たちはリコリスだ……!」

 

「だけどっ」

 

「これまでもそうしてきた──」

 

 

 フキにはそうして拾い溢し、失い、手放して、諦めざるを得なかった命がある。先輩、同輩、あるいは後輩。リコリスとして生きる上で当たり前となった犠牲たち。だが、それが当たり前になったとしても、それを忘れることなど、まして裏切ることなどできない。

 

 サクラという相棒の命を天秤にかけようと──。

 

 リコリスとして生きて、過ごしてきた時間がフキに後退を許さない。けれど、司令部からの命令がフキに下る。楠木司令の僅かに力のない声が通達する。

 

『フキ、命令だ。引き上げなさい……これ以上、リコリスの痕跡を残すな……』

 

「……真島は、どうするんですか」

 

『錦木千束と七夜黄理……二人が対応している。こと此処に至っては、あの二人に任せるほかあるまい』

 

 楠木は敢えて告げなかったが、千束と黄理に対抗しうる真島の他に、同格のテロリストがあと二名確認されている。フキという優秀なリコリスを無策で行かせるわけにはいかない。楠木は朦朧としながらも下した結論を変えず、フキたちへ降下するよう厳然と命令を通達した。

 

 

 

 

 自身の蹴りで開いた空白の間合い、そこへ黄理が飛び込み棍を逆手に持って真島へ接近。獲物に牙を突き立てようとする肉食獣さながらの駆け出し。それを阻む半透明な障壁、蛭子影胤の“斥力フィールド”。黄理はそれを一突きで消失させ意に介さず駆け抜けようとする。あまりに規格外、なんて理不尽。

 

 七夜黄理の怪物ぶりに同じ怪物であるはずの蛭子影胤が一歩退いた。

 

 影胤の退いたタイミングでスナイパーライフルを手にした少女、ティナ・スプラウトがレミントンMSRの引き金を引く。

 

 空中を無音で対空するドローン、いや思考駆動型インターフェース“シェンフィールド”へ向かって飛ぶライフル弾。ティナの脳波の操作によって作動する狙撃補助の特殊機械化兵装。シェンフィールドに向かって放たれた弾丸は、機械と衝突する直前に斥力の照射を受けて弾道が歪む。

 

 

 すなわち、通常の物理法則ではありえない。正反対の角度へ。

 

「やっかいだな」

 

 急制動をかけ、黄理は波紋の生じた思念の位置から後退。神算鬼謀の弾丸をいとも容易く回避した。死角より飛来した狙撃弾を一瞥もせず回避する、不可能があっけなく可能に転じる。

 

 ティナも蛭子影胤と同様に息を呑んだ。以前も目撃していたが、弾道変化の起きる狙撃を撃たれてから回避できる存在がいるとは。

 

「俺ともあそんでもらおーか!」

 

 真島がリボルバーを撃ち込んでくるが、黄理は千束を隠す位置取りで回避。外れたリボルバーの一発を横目に、黄理と立ち代わりで千束が真島へ殴りつけるように拳銃を振りかぶる。影胤、ティナを続けざまに捌いた黄理に意識を取られていたため、隙だらけな真島の服に銃口のスパイクが触れ、千束は引き金を連続して引いた。

 

 一発、二発と非殺傷弾が命中する。だが旧電波塔で黄理と対決した際、スパイクが一部破損していたためか、二発目の衝撃で食いついたスパイクが外れ、真島は三発目以降を躱してのけた。

 

 千束は真島を逃がしたことに唇をかむ。もし、スパイク付きのコンぺンセイターが破損してなかったら──。今さっきの連射で真島は仕留められていたというのに。

 

 過ぎたことを気にしても仕方ない、ないけど──。

 

「あーもー!!きりぃ~~!!」

 

「……俺、怒られるようなこと、またやったか?」

 

「心当たりがあるということは、やったということなのでは?」

 

 ティナの適当な呟きに頷いて、千束が黄理を指差す。

 

「そこのちみっこの言う通り!」

 

「ちみっ……わたし?」

 

「……なんで敵の言うことに頷いてんだよ」

 

 

 気の抜けるやり取りを無視した真島は非殺傷弾を躱したのち、リボルバーの発砲。弾丸の撃針を叩き、実弾が放たれるも千束はするりと上半身を柔く反らし、不安定な姿勢から鋭く威力の乗った蹴りを入れる。

 

 蹴りの軌道を演算し終えていた真島は蹴りを肘鉄で叩き落とした。リコリスのローファーのつま先、かかとには金属カップが仕込まれている。通常なら、打った肘の方が壊れるはずだが、特殊合金でできた義手の肘撃ちは金属程度ものともしない。蹴りを叩き落とされ、無防備な千束が拳銃を構えようとする──。

 

 それより早く真島は義手に仕込まれたカートリッジを使った。奥の手、切り札なんて言ってはいられない。あるものを総動員して、食らいつくと決めた真島の判断に隙はない。

 

 義腕より爆ぜた火薬の推進力によって、漆黒の義手は万物必壊を為す黒の銃弾(ブラック・ブレット)に変じる。千束の脊髄を貫く恐怖、死の感覚。一秒先の未来で待つ死の影。けれど、その予感が現実と化すことはなかった。

 

 “五発”の発砲音が鳴る。

 

 

 僅かに遅れて甲高い金属同士の衝突音と共に真島の義腕が弾かれ、絶大な推進力が見当違いな方にすっ飛んでいく。黄理が発砲したベレッタM92FSの“三発”の弾丸が、黒い流星となった真島の義手を撃ち落としたのだ。

 

 超高速の義腕へ正確に弾を命中させる射撃技術。

 

 銃を握る黄理を目にして真島たちの警戒度が上がる。接近戦、奇襲、隠密だけでなく銃の腕も高いのか、という驚愕、どう相手取るかという想定。

 

 ただ、黄理は真島たちの警戒を裏切る形でうっかり口を滑らせた。

 

「お、当たった。銃は苦手だけど、たまには当たるもんだ」

 

「今、二発当たりかけたんだけど~!!」

 

「避けたんだからいいだろ」

 

 平然と味方ごと撃つ方もだが、それを避けられる方もどうかしている。

 

 真島はいつの間にか笑っていた。対峙する相手が自分の想像を超える怪物であったことに感謝さえ込めて。思う存分、笑いきった真島は全霊で研ぎ澄ませた牙を剥く。

 

 錦木千束、七夜黄理。

 

 真島、蛭子影胤、ティナ・スプラウト。

 

 五名とも、一人残らず怪物の類い。それぞれが己と互する化生との対決によって、使われていなかった肉体の機能、認識、知覚力がこじ開けられ、戦いはさらに熱を増して繰り広げられる。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。