Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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いよいよ本作の完結まで残り一話となって参りました。
次回、リコリコ編における最終回です。
此処までお付き合い頂いた皆様、改めて本作に対する感想などよろしくお願いします。

なお、リメイクにあたり分岐は全て消した読みやすいものを予定中です。
主人公の設定的に分岐も意味はあるのですが、それは最終回で語ると致します。


Lycoris A moon eclipse【6】

 

 

 

 宮古空港、天候に支障はなく、航空予定に変化なし。突き抜けるほどに青い晴れ渡った空の下、空港の設定したスケジュール通りに航空機は滑走路に降り立つ。完全に静止した航空機を降り、第一ゲートをくぐる二人組の少女。

 

 日光を浴びて燦々と輝く白い金髪の少女と艶やかな黒髪の少女。

 

 錦木千束と井ノ上たきなの二人は赤と紺、着慣れたリコリスの制服で沖縄の地に降り立った。千束があちらこちらに目を輝かせて右往左往するのを、たきなが押しとどめて予約したタクシーへ乗車する。

 

 走りだしたタクシーはコバルトブルーの海へ架かる長い離島架橋を渡っていく。透明度の高い海の青は、晴天の空と鏡写しというほどに青く、目を奪われるほどに青かった。

 

 窓を開ければ吹き抜ける潮風、カラッとした心地よい陽気が肌を撫でる。

 

 車窓から流れる宮古島の海、そして蒼天を目の当たりにして私とたきなは一人の青年の、今回の標的の瞳の色を思い出す。海より、空より、透明な蒼黒の眼のことを。

 

 

 

 タクシーを降りて私たちは先生が言っていたことを脳内で復唱する。

 

“ターゲットは正午から19時30分まで勤務。15時の休憩を狙え、周囲に気取られないようにな”

 

 スマホを起動し、ある一枚の写真を画面に出した。白いYシャツを着流して海をぼんやりと眺める“彼”がいた証の写真。傍らにはクルミくらいの日焼けした活発そうな少女、いや幼女の姿があって──。

 

「まーた、行きずりに(たら)し込んだな、女の敵め~」

 

「年齢的に、断固として阻止しなくてはならない案件だと思います」

 

「さんせーい、とりあえずちゃっちゃと捕まえて、泳ぎに行こ~!」

 

「早くも目的を見失わないでください……大体、水着なんて持ってきてないでしょ」

 

「そりゃもう現地調達よ☆」

 

 

 道中、島民の人たちから話を聞きながら、私たちは標的が滞在している喫茶店を発見した。彼に察知されない距離から、双眼鏡で標的の姿を確認する。時刻は二時後半と行ったところ。襲撃を決行するため、私とたきなは店周辺の人気(ひとけ)がない林の中に潜伏する。確実に捕縛できるように事前に交わした打ち合わせ通り、たきなと対角線上の位置で待機。

 

 あとはぶらりとやってきたところを二人がかりで捕まえる──。

 

 完璧な作戦だ。問題があるとすれば、待ちくたびれることくらいだろうか。

 

 

 幸い、私たちが待ちくたびれるより早く、木漏れ日を受けてゆらりと自然の中を歩いてくる人影を視認する。喫茶店でべったりだった少女は周囲にはいないみたい。周辺に人気のないことも手伝って、襲撃の好機であった。

 

 草むらにスニークした私たちは無防備に近づいてくる人影が最適な奇襲地点に来るのを待つ。

 

 彼は無防備に林の中をてくてく歩いている。

 

 こちらの待機地点を越えて相手が背中を晒したとき、たきなと私は同時に動いた。

 

 標的を間に挟んで異なる二つの位置から非殺傷弾が発砲される。死角から放たれた二発の銃弾、それを黒髪の青年は一瞥もくれずに膝を軽く曲げ屈むだけでやり過ごす。

 

 ありえない回避にも私たちは動じない。元より“人の害意”に対しては私以上の認識と察知能力を持ち合わせている標的。ただ死角を取り背中を撃った程度では簡単にいなされる。

 

 たきなが茂みの中を駆け、標的に接近する。その間も発砲を続けるが、既に姿はなく林の樹々の間を跳ね回る影だけがあった。完全に立ち止まった状態からの急加速。林を跳ね回る蜘蛛の残影。

 

 高低差を最大限に活かした三次元の動き。通常の人間を相手にする感覚であれば、数秒で見失うことだろう。だが、わたしは相手の軌道に合わせて跳び、空中で銃を発砲する。相手は手足を巧みに使って、枝や幹を足場手掛かりに空中で反転。

 

 縦横無尽、獣さながらの挙動によって非殺傷弾を躱された。

 

 

 しかしながら相手からの反撃はない。当然だ、東京を出る際に銃はDAに返却し、仕込みナイフは病院に残していったのだから──。

 

 反撃できない彼をこのままギタギタにして、襤褸切れになってから連行しよう。

 

 そう、思った矢先、標的はため息を吐いたかと思うと折り畳み式の果物ナイフを取り出したではないか。

 

「ちょっ!刃物はナシ!!」

 

「銃使っておいて、何をいまさら──」

 

 ナイフが木漏れ日を受けて白い光を反射する。そのまま光る軌跡を描いて、ナイフが近くの木を半ばまで寸断。木は自重で大きく軋んでから、迫力たっぷりに倒れてくる。倒木してくる地点から離れ、私とたきなは標的を、“黄理”を挟み込む位置を取った。

 

 

 前と後ろ、双方から挟み撃ちにあった七夜黄理は頭を掻いてからナイフを持っていた手をだらりと下げる。そう、黄理にできることはもう残っていない。強いて言うなら、今の倒木で逃げ帰ってくれれば、黄理もまた逃げる算段が付いた。

 

 でも、二人の少女からは逃げ出す様子がなく、絶対に捕まえるという意思が視て取れる。これほどの手練れ二人を無傷で制圧し、逃げ延びることはできないだろう。二人の実力を知るがゆえに黄理はこれ以上の抵抗を放棄する。

 

 言うなれば、既に状況は詰んでいたのだ。

 

 無抵抗になった黄理に対し、千束とたきなは前と後ろから銃口を照準する。引き金に少女たちの華奢な指がかかっているのを見て黄理は一言。

 

「なぁ、これ以上は抵抗しないから銃を下ろして穏便に話し合いで解決できないだろうか?」

 

「話し合うために撃つんですよ」

 

「そそ、私たち放置して沖縄で可愛い子とスローライフしていた黄理には一発くらいお見舞いしないと話し合いどころじゃないからねぇ」

 

「普通、会話するのに銃弾は絶対要らないだろ」

 

「だって、黄理くん逃げるでしょう?」

 

「なんで逃げるのよ?」

 

「撃ってこなきゃ逃げなかったよ……」

 

 二輪の彼岸花に挟まれた黄理が渋い顔で文句を言うと、非殺傷弾が背中と腹部に強かに命中する。身体の耐久が低い黄理はそのまま崩れ落ち、倒れるより先に千束とたきながワイヤーガンを射出した。

 

 二本のワイヤーによって両脚、胴体を雁字搦めにされ、地面に伏せる黄理。そんな彼を見下ろし、声もなく淑やかに笑う二輪の曼殊沙華。千束とたきなはゾっとするほど美しく、何も知らない者であれば見惚れてしまうほど幽艶で魅力的な笑顔を形どった。

 

「やっと捕まえた」 

 

「もう逃がしませんよ」

 

 笑顔を向けられた獲物、もとい黄理の背筋に悪寒が走る。

 

“これ、絶対に怒ってるヤツだと”、黄理が理解するのに時間は要らなかった。

 

 

 

 

 

 どうにかワイヤーを外してもらい、奇跡的に説得が成功してから俺は千束たちを連れて世話になった喫茶店へと向かう。店にいた店主に大層、驚かれたがすぐに頷いて娘を呼びに行ってしまった。

 

 千束とたきなの視線が痛い。こうなったら、見晴らしのいい海辺の席に座らせておこう。景色がいいから、それに夢中になっている間になんとかする。

 

「二人とも、この席が空いてるからちょっと座って待っててくれ」

 

「ふーん、私とたきなから離れて、なんのお話をしにいくのかな~?」

 

「逃亡する気でしたら、このGPSを持って行ってください」

 

「逃げないから、それは置いてくれると助かる。別に、やましいことをするわけじゃない。礼を言わなきゃいけない人がいるだけだ」

 

 

 千束とたきなを海辺の席に座らせ、店主が戻ってくるのを待つ。

 

 しばらくしてから店主は喫茶店の看板娘、つまり俺を拾った少女を連れてきてくれた。俺の目を見て、彼女はおおよその事情を察したらしい。察しと頭の良い子だ。

 

「──会いたいけど会えない人……あの人たちがお兄ちゃんの言ってた人?」

 

「ああ、会うつもりはなかったんだけど、参ったね。思っていたより強い縁で結ばれていたらしい」

 

「そっか、うん。良かった。会いたい人に会えたんだもん、本当に良かった」

 

「一概に良かった、だけで片付けられない。なんせ、物騒でおっかない二人だからな」

 

「良いの、そんなこと言って?二人とも、こっち見てるよ?」

 

 ……俺は恐る恐る背後を振り返る。振り返った先には、にっこにこで手を振ってる千束とたきながいて。

 

 げんなりと肩を落とす。さて、此処からどう巻き返したものか。

 

 頭を抱えている俺を見て、正面でクスクスと可愛らしい笑い声が聞こえた。

 

「じゃあ、黄理お兄ちゃん。もう行くんだね」

 

「そう、だな。お別れだ……君がいなかったら、どうなってたことか」

 

「うーん、黄理お兄ちゃんだったら、なんかこう上手いことやってた気がするけど。でも、感謝の言葉なら、素直に受け取っておこうねー」

 

「ありがとう、君には多くのものをもらい、助けられた」

 

「うん、アタシもだよ。えへへ、黄理お兄ちゃん、何かあったら、いつでも来ていいからねぇ。私も、お父さんもいつだって歓迎するから!」

 

 満面の笑みを浮かべた彼女の言葉に安堵と微笑ましさを感じる。良い子だ、俺なんかが関わって良い子ではなかったけど。沖縄で、この島で過ごすうち、ようやく俺も自分のことを見つめなおすことができた。自分が死者であったとしても、生者の背中を押すくらいは俺にもできるのではないかと思えるようになれた。相容れなくても、それでも隣で生きていくことはできるかもしれない。

 

 それを教えてくれた少女との別れは物悲しさを感じるが、それでも会えたことは俺にとって僥倖だったと思う。

 

 なら、別れの言葉はきっと、心からの感謝であるべきだ。

 

 宮古島で俺を拾った、島と同じ名前を持つ彼女への感謝を言葉にする。

 

「ありがとう、“ミヤコちゃん”。君と出会えて本当に良かった」

 

 ミヤコちゃんは朗らかに、あどけない笑顔で俺を送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 店主にお世話になったことへの感謝を告げると、彼は一つ頷いて俺たち三人分の飲み物を奢ってくれた。バイトを途中で辞めることになってしまった身で奢られるのは心苦しいが、折角の気遣いを無下にはできない。

 

 俺は千束たちの席に飲み物を持っていく。卓上へジュースを置き、空いた席に座る。俺が話し込んでいるうちに日が大分沈み、夕焼けが海面を照らしていた。

 

 千束とたきなは、夕焼けに照らされた海と空の景色に心を奪われていた。南国の植物、夕焼けに燃ゆる空と海が重なり、不思議な、言葉にできない複雑幻妙なコントラストを描いている。

 

 

 千束の赤眼が揺らめく夕焼けの光を映し、穏やかに微笑む。

 

「きれいだねぇ~」

 

「ええ、海の色があんな炎のように輝いて──」

 

「喫茶店からの景色は島の名物だっていうからな」

 

 そこで千束とたきなは、訳知り顔をした黄理に何か言いたそうな目を向ける。色々と文句や疑問があるのは明白。しかし、それは黄理の方にもあった。

 

「どうして此処が分かったんだ?足取りは特に残してなかったと思うけど」

 

「へっへ~、どうしてだろね~?まぁ、私ほどのリコリスならぁ~、黄理が何処にいたって一目瞭然で」

 

「クルミのおかげですよ」

 

「ちょ、たきなぁ~」

 

「もったいぶることでもないでしょう。それに見つけられたのは偶然みたいなものですから」

 

「クルミの?でも此処にはネットも、カメラもないぞ?」

 

 たきながスマホを手渡す。画面には仲睦まじそうなカップルの姿。男性の方に見覚えは無いが、女性の方はなんだか妙に覚えがあった。店の常連、いや春先の事件に巻き込まれた女性、確か名前は……。

 

「沙保里さんだっけ。へぇ、仲睦まじくやってるみたいで……いやまさか」

 

 たきながこのタイミングで出した写真だ。まさか無関係ということもあるまい。そして、沙保里さんには前例がある。たまたま、彼氏と撮った写真に銃の裏取引を残したという前例が。

 

 画面をスワイプし、写真を拡大する。そして、カップルの後ろに映っていた小さな人影は白いYシャツを着流した自分だったことが判明した。

 

 あまりに予想外の発見方法に黄理は嘆息する。

 

「参った、これは気づけんわ」

 

「いや~そのうち沙保里さん、宇宙人とか撮っちゃいそうだよね。……それで黄理ぃ?“自分は死人だー”って言っといて、沖縄でのんびりスローライフを満喫してたみたいなのは、なんなのかな~?」

 

「じゃあ、未練があって化けて出た幽霊ってことにでもしといてくれ」

 

「お元気そうで何よりです。ところで、なんで急に消えたんですか?それも、千束にはいなくなる前に一言告げていったというのに、私や店長たちには何も言い残していきませんでしたし。橙子さんも、伽藍の堂ごといつの間にかいなくなっていて……」

 

「橙子さんらしいな」

 

「黄理くん、怒りますよ」

 

「わたしも、わたしも~」

 

 げしっとテーブルの下でたきなに足を踏まれ、千束には蹴りを入れられた。

 

 どうやら、既に怒っているらしい。

 

 

 千束、たきなと睨み合いに一分ほどを費やす。らちが明かないと折れたのは、俺の方だった。

 

「大したことじゃない。俺はリコリコにいられない人間だから離れた。理由なんてそれくらいだ」

 

「意味わかんない。いられないって、なんで?」

 

「要領を得ません。黄理くんはあの一件で誰も殺していませんし、リコリスを助けるために最善を尽くしました。それなのに何故……」

 

「──病院の時だよ。あのとき、俺は心臓を持ってきたアランのじい様を本気で殺そうと思った。殺さなかったのは運が良かっただけだ。何かの歯車がかみ合っていれば、俺はあのときアイツをバラしていた。俺には生かすよりも殺す方がずっと簡単だからな。分かるだろ、俺は生きているモノを否定することしかできない」

 

「“死人”って、そういうわけかー」

 

「……だから、私たちから離れたんですか?」

 

「あぁ、でなきゃ俺はいつか千束を、たきなを、みんなを、何かの拍子に殺すかもしれない」

 

 口を噤んだ黄理は切なそうに夕焼けを眺め、嘆息する。これに千束は我慢の限界とばかりに立ち上がって黄理の手を取る。

 

「だぁーー、湿っぽいなぁもう!まだ来てもいない“いつか”のことなんて知らないよ!でも、黄理をほっといたら、うっかり殺しをやっちゃいそうなことだけは分かってる!だから、どんだけ黄理が怖くても、辛くても私は黄理と一緒にいる。黄理が何度逃げても、絶対に捕まえて見せるから!」

 

 千束に手を掴まれた黄理は呆然と目を見開いて、強引で、無茶苦茶なことをいう千束を見上げる。夕焼けを背にした千束はどうしようもないほど綺麗だった。だから、気の迷いだろうか、俺はその手を手繰り寄せて立ち上がった勢いのまま千束を抱き寄せる。

 

 ああ、この選択が正しいかなんて今は分からない。

 

 でも、今はこの手の中に千束という存在を感じていたくて。

 

 抱き止めた腕の中、千束は微笑んでいる。だから、俺もつられて笑っている。迷いはある、一度死んだ俺が生きている人の輪に入っていいのかも分からない。分からないままでも、俺は此処にいたいんだと心は叫んでいた。

 

 

 しばらく抱き合っていた二人の傍で“コホン”と小さな咳払いが聞こえる。たきなに窘められた二人は名残惜しそうに離れて、赤らんだ顔を隠した。

 

「では、黄理くんの問題が解決したところで、今度は千束の方に取り掛かれますね」

 

「え、わたし?……ってなんかあったっけ」

 

「なんだ、またトラブル?」

 

「ちょいちょい、トラブルって決めつけは良くないよ」

 

「でもトラブルだろ?」

 

「まぁ、おそらく」

 

「ほら──」

 

「待った待った、え、事件終わった後にも厄い話が残ってるの!?」

 

 

 たきなはカバンの中から小さな箱を取り出す。そのまま、小さな小物が入る程度の箱を千束の手のひらの上に置いて、不愉快そうに口を尖らせる。

 

「店長から預かってきました。なんでも、吉松のスーツケースに入っていたそうです」

 

「うわ、じゃあ碌なものが入ってないな。今すぐ捨てるか」

 

「いや、気が早いて。まだ、何が入ってるか分からないし……たきなは中身見たの?」

 

「いえ、三人で見る様にと店長から……」

 

 ジュースを飲み終え、三人は水平線に沈みゆく太陽という絶景に惹かれて、砂浜の方に移動する。吹き抜ける心地の良い潮風。海面に寄せては返す潮騒は風に揺れる草原を想起させた。光も、熱も、色彩も、優しく穏やかに揺らいで見える。海が夕日を反射し、黄金色に輝いている光景に三人は息を呑む。

 

 

 景色を楽しむだけなら良かったわけだが、そうも言っていられない。

 

「じゃあ…………開けるね」

 

 緊張を隠せない千束は両隣に立った二人に告げてから、意を決して小箱を開く。箱は何の抵抗もなく開き、ある一枚の紙が出てきた。

 

 其処には“HAPPY BIRTHDAY”とだけ書かれたメッセージカードが納められていた。ふぅと安堵して千束はカードを夕焼けに透かす。千束の中で思い浮かんだのは旧電波塔での吉松の姿。あのやり取りは決して嘘や偽りでも、冗談でもなく……。

 

 それでも愛はあったのか、今となっては分からない。

 

 でも、その真実を千束は求めなかった。

 

「やってくれるなぁ、ヨシさん──」

 

「もう金輪際、出くわしたくないヤツだよ」

 

「DAが拘置しているため、もう二度と出てくることもないでしょう」

 

 メッセージカードの下、千束は何気なく箱に入っていた緩衝材の奥をそれとなく探ってみる。指先へ触れた冷たく、硬い感触。

 

「うえっ!?」

 

 夕焼けに照らされ、光を放つのは返したはずのフクロウのチャームだった。

 

 

 

 

 

 東京にいたミカは、千束たちから“黄理を捕まえた”という報告を受けて一人、地下倉庫へと桐の箱を運んでいく。大切にしていた思い出を一つ無くし、また新たな思い出が積み重なる。その変化にミカは憂いを抱きながらも一枚の紙きれを握りしめる。紙切れには、吉松から千束への歪な祝福のメッセージが書かれていた。

 

“おめでとう、千束。君の新たな人生の始まりは私の死によって完成した。君の幸せを心から願う”

 

 ミカは吉松の想いの込められた紙を細かく千切り、文字が見えなくなるほどに破って地下倉庫のごみ箱へ放った。

 

 大事に運んできた桐の箱を倉庫の棚上へ仕舞い込んだ辺りでミカを呼びに来たのか、クルミがやってくる。

 

 

「なんだぁ、それ?」

 

「なぁに、早とちりして開けたものだ」

 

 そういうとミカは棚の下に置いてあった杖を突いて歩き始める。

 

「杖、まだ使うんだな?」

 

「……黙ってろよ?」

 

「……ああ、お前が一番こえぇからな」

 

 悪戯混じりのミカの呟きに、クルミは冗談を返さずに真剣に頷いた。このリコリコにおいて、もっとも底知れないのは千束でも、たきなでも、黄理でもなく、この店の長であるこの男なのだとクルミは認識を新たにフロアへと戻っていった。

 

 

 

 

 複雑そうな顔でチャームを眺める千束に気を遣ってか、黄理は声をかけてみる。

 

「東京の様子はどうなんだ?」

 

「え……どうって、いつも通りよ、平和そのもの」

 

「はい、延空木事件の影響は小さく、銃の回収も順調とのことです」

 

「そそ、延空木も連日、観光客とかで大賑わいだって~」

 

「じゃあ、旧電波塔の方は?」

 

 黄理の問いかけに千束は表情を真面目なものに切り替え、燃えるような夕焼けを愛しそうに見つめた。

 

「あぁ、あのポンコツね~。延空木が建った後も、前と変わらず平和の象徴ってことで立ってるよ」

 

「……お前、旧電波塔嫌いだったっけ?」

 

 千束の急なぼやきに対し、黄理は訝しそうに肩を竦める。でも、千束の“ポンコツ”という発言に込められた感情は、何処か憂いと共感、憧憬、愛着が混じっていて──。

 

「いーや、好きだよ。どんな形でもさ、時が流れて残り続けるモノがあるのは素敵だなぁって思ったの。それを作った人、使った人、見た人、触れた人、関わってきた多くの人の想いはそこにある生きた証……」

 

 千束は胸に手を当て、今もまだ動いているはずの人工心臓の感触を確かめようとする。彼女の人工心臓は拍動しないため実際の感触は得られないはずだ。しかし千束は満足げに笑い、祈るような形で組んでいた手をほどいた。

 

「大切にすることで今がもっと輝いて見える」

 

 千束は自分の手と黄理の手を繋いで美しく、ああ本当に美しい表情で微笑みかけた。自身の想いが少しでも、彼に伝わりますようにと願いながら。

 

「私も、私の大好きな人たちもいつか誰かの大切になれたらいいなぁ。うん、そうやって未来は作られていくんだ」

 

 

 急に千束が海辺の方に駆け出した。何事かと黄理とたきなが首をかしげる。

 

「──でも、こればっかりは残しちゃダメだよねぇ」

 

 海の浅瀬に足を付けた千束は意を決したように頷いたかと思えば、いきなり手にしていたチャームを黄理めがけて放り投げた。

 

「お、っと」

 

 とっさのことで黄理は折り畳みのナイフを抜き打ちで出すや、交差している“赤い線”に刃を通す。眼にも止まらぬ二連閃の斬撃、金色のフクロウは一瞬で四つに分割され波にさらわれて海へと消えていった。

 

 千束の、チャームへの思い入れを知るたきなは敢えて尋ねる。

 

「いいんですか?」

 

「ちょっと迷ったけどねぇ。めっちゃ可愛いまで言われてたしぃ」

 

「誰にです?」

 

「俺は覚えがないな」

 

「覚えてないのー!?たきながキメ顔で言ったじゃーん!」

 

「私が?言ってませんよ、恥ずかしい。言うとしたら黄理くんです」

 

「そんな気障なこと言うかぁ?」

 

 首を傾げた黄理はナイフを折り畳みポケットに仕舞い込む。

 

「黄理も言いそうだけど。たきなはぜぇーったい言いましたぁ!」

 

「言ってません、絶対にぃ~」

 

 たきなと千束のやり取りを見て、黄理はフッと口元をつり上げた。自分には不釣り合いだと、届かないと勝手に諦めた日常が傍らにある。それはどうにもおかしくて、黄理は自然に笑っていられた。

 

「たきな~、そういうとこだぞぉ~」

 

「知らないですよ~」

 

「言いました~っとと~!?」

 

 感極まった千束がたきなを膝から持ち上げ、くるりと回ろうとするが手術後ということもあり、無茶が効かず体勢をすぐさま崩してよろめいた。

 

 そのまま二人そろってビーチの浅瀬、海水に思い切りダイブしてしまう。黄理があちゃーと額に手を当てる。跳ねる水しぶき、ずぶ濡れになり肌へ張り付いた服。見てはいけない気がして、黄理は黙って頭上を仰ぐ。

 

「何するんですかっ!?」

 

 いきなり、海水に放り込まれたたきなが不満を口にしようとして、その声は千束の切なそうな眼差しに止められた。

 

「なにしよーか~、これから」

 

「……諦めていたことから始めてみたらどうですか?」

 

「──いいね、それ☆」

 

 二人は顔が触れてしまうほどの近距離で微笑み合った。頃合いだろうと息をひそめていた俺はザっと砂浜を踏み、そっと背を向ける。

 

「どこ行くの~?」

 

「タオルでも持ってくる。まったく浮かれて海に飛び込むとか、相変わらずのバカさ加減で安心したよ。こっちが戻ってくるまで仲良く沖縄の海を堪能しといてくれ」

 

 皮肉たっぷりに嘯いて、俺はタオルを取りに行こうとするが両腕を掴まれて立ち止まる。千束とたきなはにっこりと小悪魔めいて微笑みを隠そうともしない。

 

「ねぇ、たきな。わたし、たった今したいことができたんだけど」

 

「奇遇ですね、私もです」

 

 

「──おい待て、まさか?」

 

 満面の笑みを浮かべた千束とたきなは両脇を抱えたまま、俺もろとも再び海へダイブした。三人分の質量が海面を叩き、ひときわ大きな水柱が上がる。

 

「千束はともかく、たきなまで……なに考えてんだ、このバカコンビ!」

 

「はっはー!澄ました顔で油断してるからだよー!」

 

「放浪バカの黄理くんが言えた義理じゃないでしょー!!」

 

 両手ですくったり、足で蹴りはらった海水を浴びせ合い、千束たち三人は疲れ切ったところで海の浅瀬に大の字で倒れ込んだ。頭上の夕焼けに燃える空は何処までも広く。海水に濡れた肌に吹き抜ける潮風が心地よい。

 

 

 

 海水を(したた)らせて、千束が突然に立ち上がる。何を思ったか、ビーチの方に駆け出し、砂浜に千束の足跡が伸びていく。

 

「よぉし、行くよ二人とも~!!」

 

あまりの唐突さに面食らいながらも、千束の踏み締めた足跡へ黄理とたきなが続く。

 

「おいおい、行くって言っても──」

 

「え、えぇ、どこへ!?」

 

 二人の困惑を吹き飛ばす声で千束は高らかに次の目的地を示した。

 

「ワイハだ、ワイハ~!!」

 

 

 ハワイへ、つまりリコリスには絶対できないはずの国外旅行という荒業をどうやって実現するか、千束はそれで頭がいっぱいになってご機嫌にステップを踏む。黄理がそんな浮かれた千束の背中を追いかけていると、視界がブレて沖縄の景色とまったく異なる“時間”が目の前に広がった。

 

 

 

 

 

 “新ホノルル国際空港に降り立ったリコリコの面々”。“見慣れぬハワイの地”。“クルミが山ほどクリームの乗ったパンケーキを食べている場面”。“喫茶リコリコをキッチンカーで臨時開業する光景”。そして……そして。

 

 

 浜辺で寝転んでいるところ、赤い髪をした綺麗な女性に思い切り頭を蹴っ飛ばされる俺の姿?

 

 

 此処ではない瞬間、今ではない未来。

 

 それを蒼の光環で囲まれた漆黒の虹彩、“月蝕の魔眼”は克明に七夜黄理の瞳に映し出していた。

 

 

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