Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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Short temper causes loss

 

 

 

 

“非協力的ゆえに射殺する”

 

 

 

 

 あの大人びた少年の態度は目に余る。

 

こちらも情報収集のため会話に多少は付き合ったが、こちらを煙に巻くようで一向に自分の正体について語ろうとしない。

 

もう会話の必要性を認めない。彼はここで消してしまおう。

 

 

 既に銃の安全装置は落とされ、引き金には指がかかっている。対象は薄暗い路地裏でも、見えやすい赤い制服だから狙いやすくて助かる。此処で射殺し死体を隠蔽、DNA情報や歯形、指紋から相手の素性を確認。

 

 あの爆弾事件に彼が関係しているかどうかは、死体から情報を抜き取る。

 

 

 DAの情報解析班に任せれば、詳細はあっという間に分かることだろう。

 

 わたしたちはリコリス、国からマーダーライセンスを与えられた極秘治安維持エージェント。この殺しは暗黙のうちに許可されている。既に殺人は経験しており、此処に来て怯えるなんて無様は曝さない。特別な感慨もなく相手の胴体上部、心臓へ向けて引き金を引いた。

 

 心臓部に二発、頭部に三発。

 

 消音器で軽減された空気の破裂音と、手掌にかかる命を奪う反動、香り立つ硝煙。

 

 路地裏の空気が重く冷え込んだ。

 

 

 銃弾は標的の命を奪い、少年は路地裏に横たわる。

 

 はずだった。

 

 

 少年がどこにもいない。

 

 少年の影が路地裏から消える。まるで始めから蜃気楼だったかのように忽然と彼は影も形も残さずに消え去った。ありえない、人が予備動作も、痕跡も残さずに消えるなんてありえない。

 

 銃を撃った、これは間違いなく現実で夢ではない。

 

 いくら経っても醒めることはない。

 

 

 それは間違いないはずなのに、状況だけ見れば白昼夢に囚われているかのようだ。

 

 銃を構えなおし、敵の赤い影を索敵する。

 

 

 赤という派手な色合いの服を見逃す不手際は起こりようがない。

 

 

 もしや、後ろに倒れて路地裏の奥まった闇に消えてしまったのか。

 

 

 路地裏に入ろうと一歩、歩き出そうとしてようやく赤を見つけた。

 

 

 

 自分の一番近く、いいや“自分自身”から。

 

 胸元が熱い、まるで灼熱に溶かされた金属を流し込まれたようだ。

 

 胸元が鮮やかに染まってる。

 

 真紅で、真っ赤で、水気を帯びた赤。

 

 

 これは、ナンダロウ。

 ワカラナイ、ナニカ、ワカラナイ。

 

 膝が体重を支えることを諦め、かくりと曲がって体が路地裏に張り付いた。地面が冷たい、そのくせ体は内側から灼熱に炙られている。呼吸をしようとすると、咳き込んで口から赤いものが吐き出される。

 

 そうか、これは血だ。

 

 今、私が倒れているのは出血しているためだ。

 

 でも、どうして血を流しているのだろう?

 

 それが分からない、思考が纏まらず上を見上げると無感情な声が降ってくる。

 

 

 

「全く、どうにも下手だね。見知った顔に似ているだけで、ここまで無様な失態を曝すなど」

 

 視界に私以外の別の赤が映る、それは先ほどまで自分が探していた人物だった。片手には真っ赤に染まった棒状の鈍器らしいものを掴んでいた。無骨で鈍い輝きを放つそれは、赤に彩られていてもなお冷たい光を放っている。

 

 

「まだ息があるか……すまない苦しめる気はなかった。なんていうのは手遅れなんだろうな」

 

 少年は膝をついて、私の後頭部と背中を支えて起き上がらせる。その触れ方は、割れ物を扱うように繊細な気遣いを感じさせた。

 

 

「介錯……いいや何か必要なモノはある?今ならなんでも言うこと聞くぜ、それが責任を取るっていうことだろ?」

 

 

 何でも言うこと聞く?

 

 まるで子供をあやすような穏やかな言葉に、命が失われていく感覚さえ僅かに凌駕する苛立ちが心に浮かんでくる。

 

 出会ったときからそうだった。まるで私を子供のように扱って、自分はそんな幼く見えているのかと怒りたくなる。優しく触れられた手の感触は温かく眠ってしまいそうだ。その手の持ち主は穏やかに凪いだ瞳をしていて、悔しいがやっぱりとても大人びているように見えた。

 

 

私を抱き留めている手を振りほどこうと思うが腕は言うことを聞いてくれない。

 

 仕方がないから、そう本当に仕方がないから抱きかかえられることを我慢する。

 

 

 ちょっとだけ、疲れたから目を閉じて休もう。

 

 ああでも、その間に彼に逃げられてしまうのは看過できなかった。

 

 そうだ、情報収集。情報収集を“しなくてはいけない”。

 

 

いいや、彼のことを少しでも“知りたい”。

 

リコリスとして培われた使命感と初めて芽生えたちっぽけな願望が矛盾を起こす。

 

 

 だから……。

 

 

「な……まえ、あな、たの名前は……?」

 

 

 

 その言葉を聞いた彼は、私の頭を撫でてきた。子供扱いをやめるようにと言えば良かった、そう思うより先に彼は口を開く。

 

「冥途のみあげにしては安すぎる、いやそれが君の願いなんだな?……それなら覚えておくと良い、俺は七夜黄理、何の変哲もないただの人殺しさ」

 

 

 それだけ言うと彼は手に持った金属の棒を逆手に握り直す。

 

 なにをしているんだろう?

 

 そんなぼうでなにをしたいのか、ワカラナイ。

 

 それより更に情報収集をしなくては……もっと色んな会話をして彼を知りたい。

 

 

 どうして私と同い年くらいなのに、そんなにも大人びているのか?

 

 あの爆弾事件と無関係?

 

 リコリスを知っている?

 

 疑問は止めどなく湧いてくるのに喉は疲れ切っていて言葉にならない。

 

 瞼が重い、ダメだもう意識が薄れていく。

 

 目を閉じる前に残った力を振り絞って私をやたら子供扱いしてきた七夜黄理という少年へ苛立ちをぶつけよう。

 

 とびっきり皮肉が効いていて、すっごくヒドイ悪口を言ってやる。

 

 そう意気込んで。

 

 でも、言葉になったのは、もっと別のものだった。

 

 

「井ノ上……たきな……わたしはたきな────」

 

 会話を続けて、もっと情報収集をしたかったのか。

 

 それとも彼、七夜黄理という人に私を知って欲しかったのか。

 

 

 私は、何がしたいのかと自分自身に呆れてモノも言えない。

 

 

 そんな私の葛藤を無視するように彼は温かな日差しのような声音で告げた。

 

 

「……じゃあ、たきな。もう眠っておけ、来世はもっと明るいところで暮らすが良いさ」

 

 

 とん、と軽く棒が胸に突き立てられる。

 

 痛みはない、何処か温かく安心するような感触。

 

 痛みはなく、恐れもない。

 

 でも、忘れていたことがあるのを思い出す。

 

 せっかく教えてもらったのに、彼の名前、七夜黄理という名前を呼べなかった。

 

 

 それはなんだかもったいない。

 

 そんなことを考えながら、私は底のない眠りへと落ちていった────

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『教えて!喫茶リコリコ』

 

 

 和風の雰囲気漂う喫茶店リコリコ。

 

 そこには、黒ネコのマスクを被った赤い和風給仕姿の少女がカウンターでコーヒーを入れている。客席に座っているリスの着ぐるみはでかい着ぐるみの中にコーヒーカップを入れてコーヒーに舌鼓を打つ。熱かったりしないのか気になるところだ。

 

 ただ、コーヒーを飲んだリス、ウォールナットは首を傾げた。

 

「ドリップしたコーヒーと、コーヒーメーカーで淹れたコーヒー。何が違うんだ。正直、ボクにはそこまで格段な違いというヤツが分からん。どっちでもよくないか?」

 

「あ~、先生ほど詳しくないけど、肝心なのはよく蒸らしてあるかどうからしいよ。コーヒーメーカーは手軽だけど、なんか後味が物足りなくなるんだって。温度?とか時間が絡んでくるらしいけど、私はそこんとこ気にしないしね」

 

 黒ネコはマスクを外して、素顔を明らかにする。赤い和服の給仕、彼女は錦木千束。喫茶リコリスに勤めているファーストのリコリス。学生服の治安維持エージェントだ。

 

「いいのか~、コーヒーの知識があやふやで?ミカが聞けば渋い顔になるんじゃ……いやそういえば、お前は緑茶を入れる方が上手かったな。やっぱり、あれか。愛しの彼がよく呑むからコーヒーより緑茶に鞍替えしたのか?」

 

「だぁ、す~ぐそっち方向に持って来たがる。別にコーヒーも緑茶もどっちも好きだよ。つーか、黄理もおすすめはコーヒーですって店で、なんだって緑茶ばっか注文するかな。おすすめされて即座に別商品を頼むって……まぁどっちも美味いけどさ」

 

 

 千束がわたわたと手を振っており、ウォールナットは黙って千束の慌て振りを見ている。

 

“誰も愛しの彼は七夜黄理、だってのは一言も言ってないが。──御約束すぎて指摘する気にもならん”

 

 二人してコーヒーをのんびり味わっていると、店の奥から顔を隠した青系統の和風給仕の少女が現れた。

 

 頭部にはやたらリアリティを追求された魚の覆面を付けている。おかげで外見は完全な半魚人で、ホラー映画出身のクリーチャーにしか見えない。

 

「……えっ、たき……いやおさかなちゃん?なにかね、その被りもの?」

 

「指定にあった魚のマスクですが?……それより呼び方なんですけど、もう普通に名前で良いんじゃないですか?千束もマスクを外してますし、私も外して良いですよね。これ息苦しくて」

 

 

 魚のマスクを外した少女は、圧迫されていた長い黒髪を靡かせた。

 

 半魚人から人間に戻った少女は折り目正しい姿勢でウォールナットと千束の前に立つ。

 

 たきなは二人の少し横の方をちょいちょいと指さして合図を送る。

 

「おいおい、まさか?」

 

「あちゃ~、ひょっとしなくても?」

 

「はい、カメラ回ってますよ」

 

 

 マジか~、と千束は額に手を当て、ウォールナットはそっと着ぐるみの内部からカップを出してカウンターの影に隠す。

 

 

「ヘイらっっしゃい!バッドエンド踏んだそこの君、割りと見え見えで不吉な気配漂う選択肢を選んじゃった人でも歓迎するQ&Aコーナー、喫茶リコリコにようこそ!いえぇぇぇぇ!!」

 

「テンションで誤魔化すなよ。そんな聞かれて困る会話はしてなかったろ?」

 

「スイッチが入りきってない時の姿を見られて混乱しているんでしょう。千束は本当に不意打ちとか、予期しない事態に弱いですね」

 

「冷静に分析するんじゃないそこの二人。というか、たきなも初バッドエンドおつかれさま。あーもー、いきなり射殺を決断するとか物騒すぎるでしょ」

 

「それは彼が私を子供扱いするからで……それで思わず」

 

「思わず、でやっちゃダメだと思うんだけど。あ~ん、たきなは可愛いなぁ!」

 

 抱きつこうとする千束を引きはがし、たきなは恥じらうようにお盆で顔を隠す。顔が赤らんでいたが、それでもバッドエンドの解決策を説明するまでがこの場での仕事。たきなはそれを的確にこなすため、赤面が引いてからようやく咳払いをして本来の職務を果たす。

 

「今回のデッドエンドの原因ですが、わたしが安易に射殺を決定したためです。元々、赤い制服からファーストリコリスとの類似点は散見していました。それにも関わらず、細かな違和感を無視して殺処分を選択したことで黄理くんの反撃を受け死亡。選択肢はシンプルな二択なので直前まで戻ってもう一度、違う選択肢を選んでください」

 

「おい、もう一方の選択肢も結局は銃を撃ってるんだが?なんだこれ選択肢がバグってるぞ?」

 

「ほーんとだ。どっちにしろ撃っちゃってるがな。……ん~?ああ、くる……いやさ、ウォールナット君、よく見たまえ。もう片方はちゃんと外して撃ってる。だからモーマンタイ、さ!」

 

「モー、ま?大丈夫ってことだな?というか、今回のエンド、黄理がどう動いたかってテキストが全くないな。どうしたんだ、なんかのミスか?」

 

「というかクルミは、ウォールナットと呼称し続けるのですね。了解しました、クルミは以降、ウォールナットで統一します」

 

「ちょーいちょいちょいちょい!?もろ名前が出ちゃってるよ!……ふむ、バレてなーいバレてな~い。────さて、黄理の描写がなかったのは、六歳時点のたきなには黄理の動きを捉えることが出来なかったからなんだよな~。黄理の初速からトップギアに上げる走法は、一度見ていても完全に見切るのは難しい。見切るなら、明るくて広い空間であることが絶対条件だから覚えといてね!」

 

「明るくても、あの俊敏さを捉えるとしたら、コンディションが最高潮でないと捕捉は困難です。平然と見切るのは千束でもないと厳しいですよ」

 

「褒められたぁ!──けどまぁこれが薄暗かったり、完全な夜闇だったりして狭い密室なら、も~見切る云々じゃなし。ソッコー、撤退しないと命が危うい。黄理と戦うケースは本編通して少なめだけど、もしそういう事態に直面したら明るい場所まで誘導しよう。でないとバッドエンドまっしぐら!」

 

「朗らかに言う内容ではありませんね、まったく」

 

 

 

 たきなは千束が淹れたコーヒーに口を付け喉の渇きを潤す。雰囲気が柔らかくなったところで、千束はたきなにふとした質問をしてみた。

 

「ところでたきなさん?本編で言ってた大人びた少年って……まさか黄理のこと?」

 

「はい、そうですが。彼、同世代の少年と言う割りにとても冷静で大人びた雰囲気を醸し出していますし」

 

「え~、それはちゃうよ~。黄理って、言葉数が少ないだけで冷静ってガラじゃないし、大人びてるって錯覚じゃないの?黄理はすっごく子供っぽいよ」

 

「子供っぽい?黄理くんが?すみません、ちょっとそういった点は心当たりがないのですが」

 

「いやいやいや!色々とあったって、黄理は子供っぽいよ間違いなく!」

 

「大人びています。絶対に」

 

 

 頬を膨らませた千束がたきなに迫り、たきなはたきなでガンとして意見を変える気はないらしい。あーだこーだと互いに正反対の意見を口にする光景は仲の良い少女同士の雑談に見えた。どちらも銃を抜きそうな所を除けば。

 

 

「まぁどちらにせよ、あの七夜黄理に惚れ込んだ時点でどっちもヤバイ女確定だがな」

 

 

 

 

 

 




Bad End Title

 短気は損気
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