Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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第二章もとりあえず、終わりまでの道筋は見えてきました。
次章で電波塔に行ってきます。



Shadow diver

 

 

 

 

“彼を追いかける”

 

 

 

 

 

 体を思い切り反転させ、私も路地裏の奥まった暗がりへ飛び込んでいく。私の足音を聞いた黄理くんは、予想だにしなかったことに驚いて振り返ってきた。

 

「たきな、どうした?何かまだ気になることでも?」

 

「いいえ、質問をしに来たわけではありません」

 

「なら、一体どうしてこっち側に」

 

「爆弾事件の解決のためです。貴方が爆弾魔を追いかけているというなら、付いて行けば爆弾魔を捕まえられるということでしょう。それならば、私も一緒に行きます。これは京都で起こっている事件です。京都支部の名誉にかけて部外者でいるなんて容認できません」

 

「とても危険なんだよ?」

 

「また子供扱いを……そんなこと百も承知です。危険だからと今戻っても爆弾捜索で危険な目に遭うんですから、貴方と協力して早急に事件解決に努めた方が合理的だと判断しました」

 

 

 そこまで言ってから、彼は辺りを見回してとうとう根負けする。

 

「……確かに今から別れる方が危険だろうな。たきな、銃を構えろ」

 

「えっ?」

 

 路地裏でいきなり銃を出すよう指示される。こんな私たち以外はいない場所でどうして?

 

「来るぞ」

 

 

 路地裏の出口付近に大きなバンがブレーキ音と共に停車する。大通りからの光がバンに遮られ、闇が深まっていく。止まったバンのドアが蹴り破られるように開かれ、ライフルを装備した男たちが路地裏に殺到する。

 

「ッ!?まさか、あれは爆弾魔の!」

 

「だろうな──ちょっと失礼!近場の廃ビルに逃げ込むぞ!」

 

 

 黄理くんは袖から小さな球状の物体を取り出し地面に叩きつける。そして、私の膝裏と背中に手を添えて持ち上げ走り出した。背後で男たちのものと思われる多数の銃声が轟く。それを妨害するように煙幕が路地裏に充満し、私たちの姿を覆い隠した。

 

 

 耳元を通り過ぎる銃弾の風切り音。黄理くんは背中を向けているというのに、どこに弾丸が来るのかわかっているように銃弾を避けきって付近の廃棄されたビルに入り込み、急いで上の階に駆け上がる。既に使われなくなったテナントの中でようやく下ろしてもらい、私は追跡者や武器になりそうなものを見つけるため周囲を確認する。

 

侵入したビルには使われなくなった作業机や中身のない本棚、床には怪しい謳い文句の書かれたチラシが散乱している。

 

 

「黄理くん、銃は持ってないんですか?」

 

「預けといた鞄を取りに行こうとして、このざまだ。もう鞄を隠している場所にも罠があるだろうし、取りには行けないな」

 

 

 なんということだ、私の鞄には予備弾倉が幾らかあるが拳銃は一丁しかない。対して黄理くんは丸腰だ。いや、袖口に先ほどの煙幕を出す道具があったから、完全に丸腰ではないのだろうけど。それでも完全に武装した大人たち数名が敵になっている以上、分が悪い。援護を要請しなくては。

 

 インカムのスイッチを付け、サードリコリスとの通信チャンネルを開く。

 

「こちらたきな。応答してください!爆弾魔の仲間と思われる武装集団と遭遇。至急、応援を要請します!」

 

 

『ザザッザザザザザザザザ』

 

 

 通信が繋がらない、まさかジャミング?

 

 

「仲間を呼ばれないようにって算段だろうな。用意周到なことで」

 

「どうしてそんな落ち着いているんですか。まさか、ここから逃げ出すルートでもあると?屋内に来てしまったら、後はしらみつぶしに捜索され見つかれば武装の差で確実に命はありません」

 

「逃げる?あぁ、別に逃げる算段があるならそれもいいけど、此処は任せてくれ。おあつらえ向きに“やりやすい”場所だ。あれくらいなら、適当に相手して帰れるさ」

 

 

 何を言っているんだ、銃の一丁も持ってないのに、そんな強がりを。

 

 彼を怒鳴りつけようとして、階段の方から大勢の足音が聞こえる。もうそこまで来ている、もうダメかと頭を抱えると黄理くんの手に見慣れないものがあることに気づく。それは棒状の金属だった。

 

ナイフでも、スタンロッドでもないただの金属の棒。尖ってもいない、鈍い形状で殺傷性があるようには見えなかった。それをいつの間にか両手に持った黄理くんは空きテナントを出て、武装集団の方へ歩き出す。

 

「黄理くん?」

 

 慌てて呼び止めようとして、言葉に詰まる。そこにいたのは、これまで会話をしていた彼のはずなのに何処かが違っていた。纏う殺気の純度、死の気配、戦闘者としての凄み。あらゆるものが一秒前の彼と激しく乖離する。

 

 

 そこにいたのは、私に怒られて所在なさそうにしている大人びた少年ではなく、一箇の殺人機巧だった。

 

 

「あぁ、出会っちまったか」

 

 

 薄暗い廃ビルを死が呑み込んだ。七夜黄理の姿がかき消える。

 

 

 私たちのいるフロアに来た五人の傭兵が黄理くんへ向けてライフルを乱射する。しかし、そこに彼はもういない。どこにいるのか、隠れながら窓の外を見ると彼は天井を滑るように駆け、傭兵たちの頭上を取っていた。

 

 禍々しい蒼の眼光が一条の光線を描き、傭兵たちに襲来する。

 

 

 棒を逆手に構えた彼は、一番後ろにいた男の頭部に棒をひっかけ、腕が霞む速度で後方に引っ張る。すると、後ろの男の頭部が消え、赤い絵の具をこぼしたように血が噴き出した。刹那、血がはじけて傭兵たちの視界を完全に奪う。

 

 残る傭兵たちは、自分がどのように終わるのか正確に把握できた者は誰一人いないだろう。

 

 第三者の視点から見る私をおいて。

 

 

 噴き出す血を隠れ蓑に、黄理くんは淡々と命をさらっていく。ライフルを構えなおした男は棒で脳天から串刺しに、死んだ味方が射線に入った男は無抵抗に顔のど真ん中、心臓に一突きずつ。残った傭兵たちは一様に首へ棒を叩きつけられ、曲がってはいけない方向に頭部を折り曲げて床に崩れ落ちる。

 

 

 衝撃的だった。これまで生きてきた中であまりの美しさに感動を覚える、なんて経験はしたことがない。花や景色を綺麗だと思うことはあっても、感動というか心を揺さぶられたことは一度としてなかった。

 

 それがどうだ、彼の卓越した僅か数秒の躍動に、私は心を奮わせ感動を覚えている。

 

 

 もちろん人殺しが好きなんていうわけではない。ただ、圧倒的なまでに合理的で無駄のない人体の動きは此処まで芸術性をはらむものなのか。言葉が出ない、拳銃を握っていた手は少し震えている。

 

 

 恐怖とは違う、感嘆の震えが全身を貫いた。

 人間の体とは、あそこまで動くようになるものか。

 

 

 そう思いながら、生者が黄理くんだけになった階段の方へ出て行く。返り血を僅かに顔に付けた彼は、赤い制服の袖口でそれを拭き取る。ファーストの制服はその血をぬぐっても大きく色合いが変わることはなかった。

 

 血だまりと崩れ落ちた屍体の中央で、黄理くんは静かに立っていた。

 

 ただ立っているだけなのに、恐ろしく静かで気配が薄い。目を一瞬離せば、即座に消えてしまいそうだ。

 

「まだ来そうだ。援護を頼むよ。誤射は心配しなくていい、こっちの方で上手くやるさ」

 

 

 彼の言葉を聞いて、私は部屋を出て彼の背中に位置取り、サッチェルバッグを盾として銃を構える。

 

 そうして階段の方から残った傭兵たちが手榴弾を投げ込んでくる。黄理くんがその場で拾ったガラス片で弾いて階段の近くに落ち、爆発音が階段に響く。

 

「なんだなんだ!?相手はただのガキ一人だろ、大の男が揃いも揃ってなんてザマだ!」

 

「止せ、何かおかしい!あそこにいるガキ、心音が静かすぎる!それに気配も妙だ!十人二十人、殺してどうこうなる気配じゃねぇ!ここは一旦──」

 

「銃も持ってないガキに何びびってる真島ぁ!相手はたった二人のガキで、片方は女だ!早いとこ殺せ!今晩は金のかかるオンナを外食につれていかなきゃならねぇ!予定がつまってるんだよ!」

 

 

“それはご愁傷様、その女性との食事は墓前でするといい”

 

 

 耳元に不吉な気配を纏った声が聞こえる。物陰から無策に出てきた男は、腕の関節に棍をねじ込まれ、頭部は右手で掴まれた状態で胸元に強烈な蹴撃を叩き込まれた。

 

 その結果、一秒足らずで両腕の肘部分から腕が千切れ飛び、頭部は熟れた柿のようにもぎ取られる。胸元はひどく陥没して、一目で命がないことを理解させた。

 

 まだ終わりではない。棍が八つの残光を描いてそれぞれ八人の頸部に奔る。

 

 変則的な閃鞘・八点衝。七夜の技が敵対者の生を否定する。高速で命を奪い去る八連撃を頸骨に受けた八人の傭兵は瞳から光が消え地面に崩れ落ちた。残った四人の傭兵たちは恐れおののき、蒼の眼光が次の獲物を物色する。

 

 

 私も黄理くんの後に続いて、拳銃を傭兵たちへ発砲する。ライフルを黄理くんに向けていた男が額に風穴を空け崩れ落ちた。残されたのはガタイのいい大柄な欧州系の男二人と、目元に包帯を巻いて上からサングラスをかけた緑髪の男のみ。

 

 

 黄理くんが棒にこびりついた血を振り払うと、緑髪の男は恐怖で口元を歪める。だが、恐怖に呑まれながらも彼の左手は冷静だった。味方の死骸に装備されている手榴弾のピンを纏めて引き抜き屍体を黄理くんの方へ投げる。

 

 

 死の恐怖ゆえか、恐ろしいほど素早く投げられた死体は階段を塞ぐ位置で転がった。あの位置では蹴り返すことはできない。黄理くんはすぐさま後ろに飛び退いて階段から離れ私を抱き包んだ。抱きかかえられて咄嗟に、私も彼の腰に腕を回す。

 

 

 私と黄理くんは姿勢を下げたまま、互いに抱きしめ合って爆風を回避した。

 

 轟音がビルに響き渡る。しかし、手榴弾の殺傷性は破片によるものが大部分を占める。爆風だけではそう簡単に命を落とさない。ほこりが収まり、煙が立ち消えた時には、既に傭兵たちは影も形もなかった。抱き留められたとき、黄理くんの気配が冷たいものから温かくおだやかなものに切り替わるのを彼の胸の中で感じる。

 

 

 この少年は卓越した暗殺者であることに違いはない。けれど、それだけではなかった。確実に血の通った一人の人間なのだと私は彼の胸の中でそれを実感する。そうでなければ、なんの縁もない私をこうやって助けるはずがない。

 

「怪我はないかい?……ってあぁ、子供扱いは嫌なんだっけ、すまない」

 

 彼の気遣いの言葉が新鮮だった。それと同時に反発心が自然と消えていく。子供扱いされたことは不満ではあるが、怒り出すほどの激情がない。

 

「いえ、助けていただき感謝してます。黄理くん、怪我は──」

 

 私の手が腰から背中に動く。背中に手が辿り着いたとき嫌な水分の感触を感じた。ぬるっとした水気、そっと自分の手を見るとそこには赤い血がついていた。黄理くんは先ほどまで返り血もつかないほどの圧倒的な戦闘を繰り返していた。だとすると、この背中の血は、敵のものではなく彼自身の……。

 

「黄理くん、血が、血が出てます!」

 

「……あれっ、ちょっと破片をくらっちまったみたいだ。まさか、仲間を爆弾にして投げ込むとは、あのサングラスの男、中々やるじゃないか。もう、追いかけても追いつけないな。まぁ、再度の襲撃に来れない程度には数を減らしたし、もうボマーの傭兵は心配しなくても大丈夫だろ」

 

「心配すべきは貴方の方です!血が出ているんですよ!痛みはありますか!?いま、応急処置しますから!」

 

「いや、別に大丈夫だって。これくらいなら動けるし、戦闘にだって影響は……」

 

 今の自分の状況をしっかり確認していないのか。立ち上がろうとする黄理くんを無理矢理に座らせ、鞄から救急キットを取り出して治療を始める。文句は言わせない。

 

「治療が先です。黙って座りなさい」

 

 

 

 彼の赤い制服の上着とシャツを脱がし、背中の傷を見る。破片は背中の三カ所を傷つけており、その三カ所から破片をえぐり取って消毒、サージカルテープを貼り付け応急処置を終える。治療が終わると黄理くんは赤い服をもう一度着直して鉄の棒を袖口に隠していた。

 

 今更だが、上半身とはいえ同年代の男の子の裸を見たのはこれが初めてだった。贅肉がなく、必要最低限の筋肉が搭載された軽量ながらパワーのある肉体。異性の体に特別興味を抱いたことはなかったが、抱き包まれたときや背中を治療したとき、なんだかやたらと無駄な接触をしていたような気がしてくる。

 

 黄理くんに変な目で見られていないだろうか、そっと彼を見ると腕を回して体の調子を見ていた。うん、大丈夫そうだ。

 

 襲撃を退けて、さてこれからどう動くべきか。

 

 

「黄理くん、爆弾魔の潜伏先に心当たりでも?」

 

「いや、ただ相手はDAを挑発したいはずだ。東京支部から来た人間なんかは格好の標的だろうな。こっちが動き続けていれば、相手の方が接触してくるよ」

 

「それ……自分を使った囮じゃないですか」

 

 

 この少年、自分自身を囮にして爆弾魔を捕まえようとしているらしい。相手の潜伏先も知らないし、この調子で爆弾魔を捕まえることはできるのか。協力体制を取ったことを僅かに後悔する。

 

 着替え終わった彼と廃ビルを出て、先ほどまでの路地裏に戻る。

 

 

 てっきり嫌がらせのブービートラップがあるかと思っていたが、罠の一つもない。よほど慌ただしく逃げ去ったのだろう。路地裏の出口に止められていた車は既に何処かへ消えている。

 

 

 なんだか久しぶりに日光を浴びた気がする。日の当たる表通りに来て、ようやく一息がつけた。あまりにも殺伐とした真っ暗な世界から、明るい場所に来て少し意識が落ち着く。冷静になると、あまりにも現実離れした戦闘を見て頭が混乱していたことに気づく。

 

 そうだ、先ほどの光景はあまりに異常過ぎる。

 

 彼の暗殺技巧は常人のモノではない。

 

 単なる天才というにしてもあれは違い過ぎる。

 

「黄理くん、あなた……何者なんですか?」

 

 

そう、謎が多すぎる。東京から単独で支部の垣根を無視して事件の解決に動いてることも異常、上層部しか知らない情報を知っていることも、先ほどの暗殺技巧も、彼を取り巻く全てが異常だった。

 

 

「──何者、か?……ただの暗殺者だ、きっとそれ以外に俺はなれない」

 

 目を伏せて呟いた彼の言葉は具体的なことを何も言っていない。けれど、悲しそうな瞳は下手に踏み込むことを躊躇させるだけの冷たさを持っていた。彼の悲しい目を見ると、胸に痛みが走る。

 

 なぜなのか、この胸の痛みの理由を考え出していると、近くで電話の着信音が鳴る。

 

 此処の大通りには他の人の姿はない。いるのは私たちくらいで、それならどこから電話が来ているのか?

 

 

 黄理くんがしゃがむとそこには使い捨てのプリペイド携帯が置いてある。着信音はこの携帯から鳴っていたようだ。誰かの落とし物か、なんて腑抜けたことは考えない。

 

 まず間違いなく、これは犯人からの接触だ。彼は携帯を拾い上げて爆弾魔からの接触に応じる。彼の耳元に行って爆弾魔との会話を聞くため耳をそばだてた。

 

「もしもし」

 

『こんにちは、そして初めまして。東京支部が誇る最強のリリベルくん』

 

「……物知りだな爆弾魔。兼業でハッカーでもしてるのか」

 

『まさか、餅は餅屋だ。兼業ではなく分業だよ、ダークウェブには金を積めば、勇んでDAを敵に回す人間もいる。実のところ、君はDAのことをどう思ってるんだ?治安維持なんて嘯くが既に秩序は破綻している。私にはそれが見えている』

 

「見えている、ね」

 

 電話越しの爆弾魔は機械で変声されており元の声は分からない。けど、同時に初めて聞く情報もあった。それは七夜黄理という個人を指して最強のリリベルと爆弾魔が称したこと。黄理くんは電話に出ながら歩き始めた。

 

 

 そう、相手は爆弾魔だ。迂闊に一カ所に止まれば爆弾の襲撃を受けかねない。隣で黄理くんが持つ携帯に耳を当てながら、周囲に不審なモノがないか確認する。周辺に不審なモノは見あたらなかった。

 

 

「あんたに何が見えていようと知ったことかよ。あんたの見ているものと俺の見ているものは違う。それだけで十分だろ、お互いにさ」

 

『そうだな、一介の殺し屋に私の見える世界は縁遠いモノだろう。だが、そんな挑発的な口調で随分と煽るじゃないか。もしかして君は自分が死ぬことはないとでもタカをくくっているのかな。未来は自分に味方し、明日も変わらぬ未来が絶対に訪れるなどと根拠もない自信を抱いているのか?』

 

「まさか、人間は脆い。精一杯生きようとしても死ぬヤツは死ぬし、死にたいなんてヤツは当然のように死ぬ。けど、あんたみたいに死のうとも生きようともしないヤツは、どうしようもなく無様なだけさ」

 

『言うじゃないか、殺人鬼。まあ、どうでもいい。君は死ぬ、爆発に巻き込まれて死ぬよ。報告にあった君の隣にいる彼女とね』

 

 ぞわり、此処に来てようやく自分の立ち位置を理解する。そうだ、黄理くんと共にいる状況は自分も爆弾魔に狙われていることを意味している。此処は決して安全地帯などではないのだ。相手は爆弾魔、遠く離れた場所から、獲物が罠で爆死するのを待つだけの、直接正面に出てくることのない敵。

 

 相手が未来予測システムを使って私たちの爆殺を企てているとしたら、私たちは既に敵に追い詰められた危機的状況下にあるということだ。

 

 せめて、京都支部の司令たちと協力できていれば、この電話を逆探知できたものを。

 

 しかし、黄理くんは平然と爆弾魔の脅しを虚仮にする。

 

 

「報告にあった、か……。冗談はやめとけよ。あんたは何処かの遠い部屋で電話をしているわけじゃない。どこかの屋上から今、この瞬間も俺たちを見続けているんだろ?」

 

『まさか、私にそんな暇は──』

 

「ボマー、あんたの情報はもう手に入ってる。あんた、絶対にモノを忘れない質なんだって?絶対記憶と物事の未来を極めて正確に予想する天才。凄いもんだよ本当に」

 

「ちょっと待ってください」

 

「っと、いきなりどうした。たきな」

 

「自前で既に未来を見ることができるんですよね。ならなんでラプラスなんてシステムの開発をしたのですか」

 

『ッ!貴様、ただのサードリコリスの分際で……!』

 

 激昂しかけた爆弾魔に代わり、黄理くんが私の問いに応じる。そうだ、冷静になれば特別なことではない。どんな才能も、美点、長所も時間というものは冷徹に蝕んでいくモノだ。

 

「爆弾魔……あんたの未来予知、どんどん狂い始めているんだろ?かつては三ヶ月後なんて遠い未来もぴたりと言い当てたそうだが、今じゃ直近の……しかも自分が間近に観測していることじゃないと予知は確定しない。だから、消えゆく才能を残すためにラプラスなんておもちゃを作った」

 

 

 未来を予知できる人間が主導して、未来を予知する機械を作る。なんとも皮肉めいた話だが、同時に納得もできる。要は自分にできなくなってきたことを機械に任せようとした末の行動。そして、それを邪魔したDAは爆弾魔にとって相容れぬ敵になったということか。

 

「“ラプラス”ってのは、あんた自身の才能の劣化コピーなんだろ?いいや、もしかして、もうあんた一人じゃまともに未来予知はできないんじゃないのか。機械と己自身を併用してようやく、かつての未来予知の真似事をしているんだろ?」

 

『…………その通りだ』

 

 

 電話越しに聞こえてくる声は、そら恐ろしいほどの空虚さと上限を振り切った激情を滲ませていた。感情にまかせて怒り狂うのではなく、もはや爆弾魔は怒りそのものに成り果てた。

 

 

『ああ、今の私は自分だけでなく、傭兵や借り物の兵隊などの変数を組み合わせなければ、かつての未来予知に至らない。だが、それでもラプラスが軌道に乗りさえすれば、私はかつての私の未来に届いたんだ!それをDAの連中はラプラスの欠点だけを殊更にあげつらって廃棄を命じた。バカなやつらだ、ラジアータなどという下世話な噂話(SNS)を書き換える程度の能力しかないAIに組織を任せたのだからな。あれとて、ハッキングの恐れはある。今の時点ではそれが起こっていないだけさ。私とラプラスはそれを予知した』

 

「だから?」

 

『DAは終わる。君たちが見ようとしなかった未来が、君たちの未来を喰らい尽くす』

 

 

 まるで幼稚な神様気取りのセリフを聞いて、私は自分が怒っていることに気づいた。自分の選択が他人の未来そのものだと言う彼の言葉は、何一つ認めてはならない。そっと、黄理くんが持っていた携帯を掴んで爆弾魔に宣言する。

 

「あなたの思い通りにはいかない。少なくとも未来は決まっているなんて、下らない話を信じているあなたなんかに私たちの未来は奪わせない。未来は誰かの決めたモノじゃなくて、不確定だからこそ意味があるのだから」

 

『青いな、その手の感情はとうに捨てたよ。私は未来に夢も希望を抱かない』

 

 

 

 通話が途切れる。

 

 携帯を地面に叩きつけたくなるが、そっと我慢して携帯を黄理くんに返す。爆弾魔に繋がる貴重な証拠品だ。激情のままに破損させるわけにもいかない。

 

 黄理くんは携帯を掴むと、すぐさま後ろに振り向く。

 

 

 七夜黄理は瞳を意識して、爆弾魔の思念を辿る。携帯に紐づけられた思念の色彩は覚えた。あとはこの思念の色を、今見えている範囲で探すだけ。

 

 黄理の瞳から黒の眼光が薄れ、入れ替わりに蒼が色濃く輝きを放つ。浄眼が感情の昂ぶりに応じて、より精密な思念の拾い上げに特化する。そして、遠く離れた爆弾魔の思念を捉えるまでに性能が増幅された。七夜黄理は爆弾魔の思念から相手の位置を逆算する。だが、たきなにそれは分からない。果たして彼女は彼の勘を信じ切れるかどうか。

 

「見つけた」

 

 はっきりとした意図を以て、確信と共に告げられる不確かな言葉。

 

 

 

 たきなは唐突な彼の発言を傍で聞いていた。

 

 彼女は自分自身へ問いかける。

 

 

 

 私は彼のあやふやな言葉に命を預けられるか。

 

 その価値はあるかどうか。

 

 そういえば、今になって思い出す。彼が私を子供扱いするのは非常に気分が悪いもので不愉快だったが、これまで彼に対して直接、“大嫌い”とは言っていなかった。

 

 

 信じる理由なんて、そのくらいで十分だ。

 

 命を預けられる……いいや、預けたい。

 彼と対等でありたいと願う以上、彼の決断に自分の意志決定と同等の覚悟を決める。

 

 彼の視線の先、200m先の建築物。

 

「あの建物…………立体駐車場ですね」

 

「あれ?信じるんだ。疑われるものかと思ったけど……」

 

「嘘が言えるほど黄理くんは器用には見えませんから」

 

 あまりにもな言いぐさに黄理くんは私に向かってそっとはにかむように笑みを零す。今までずっと大人びた彼の表情しか見てこなかったが、こんなにも年相応に笑うところは初めて見た。それはなんとなく嬉しいとこちらの表情まで緩んでしまう。

 

 駐車場まで距離200m。黄理くんが走り出す、爆弾魔も自分が捕捉されたことに気づいたかもしれない。相手が撤退するより先に追いつかなくては!私も黄理くんを追いかけるように走り出した。鞄や銃を持っている分、私の方は黄理くんほど身軽ではない。

 

 黄理くんは私より少しばかり早い速度で大通りを駆け抜けていく。

 

 七夜黄理の肉体は持久力の欠如がネックになっている。爆弾魔を確実に仕留めるため、体力を温存しながら相手の待つ立体駐車場に向かわなくてはならない。

 

 

 そのため最高速度は出しておらず、銃を携えているたきなでも追いかけられる速度を維持していた。二人は街を走っていく、人通りの少ない道とはいえ、あまりに真剣で切迫した表情で駆ける二人に何人かの歩行者は振り返ってまで二人を見るが、黄理とたきなはそれに反応する余裕はない。

 

 それどころか、走る二人の背後の方から車の走行音が聞こえてくる。敵の妨害の一手、未来を予知して計画された死の運命が車輪を転がしてやってくる。

 

 

 

 後ろをふりむく、後ろから向かってくる車の内部には運転手の姿はなく、自動運転で動かされているようだった。

 

 電子制御!?

 

 無人の車が私たちに向けてフルスピードでやってくる。

 

 間違いなくあれは爆弾魔の一手、あれに接近されれば確実に爆殺される。

 

 無人ゆえ犠牲者無しで相手を殺せる、電子制御という最先端技術の悪意に満ちあふれた活用法。

 

「ああいうの見ると、ハイテクっていうのも善し悪しだってつくづく思っちゃうな」

 

「言ってる、ばあい、ですか……!」

 

 

 黄理くんは私の全力走行と同じくらいのスピードなのに、息も切らさずに平然と無駄話をしている。こっちは走るだけでやっとなのに。まずい、このままでは無人車に近づかれておしまいだ。

 

 

 逃げるべきか、それとも迎え撃つか。

 

 活路はあるはずだ、未来は不確定だからこそ可能性に満ちている。

 だからこそ未来に存在するはずの希望を諦めることはできない。

 

 もしも、諦めてしまえば爆弾魔に負け、自分の未来を明け渡すことになる。

 

 嫌だ、そんな結果は認めたくない。

 

 それゆえに……。

 

 

 

“歩行者用の橋へ逃げる”

 

 

 

“戦術武装鞄の機能を使う”

 

 

 

“銃で車を射撃する”

 

 

 

 

 

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