“歩行者用の橋へ逃げる”
このままではあの無人車に追いつかれる。追いつかれれば、確実に爆炎に呑み込まれて即死の憂き目は免れまい。走る脚に恐怖が絡みつく、生命活動である呼吸さえ今は煩わしい。ダメだ、いくら急いでも相手のいる立体駐車場に辿り着くより先に車の爆発に巻き込まれる。
車をまずどうにかしなくてはいけない。
無人だから破壊する分には問題ないが、手持ちの火器弾薬では車を全壊に追い込むのに不足している。
仕方ない、遠回りになるがあの車を一旦撒こう。
何百馬力もある車と、一人力しかないこの身では速度も持久力も差がありすぎる。
子供でも分かる理屈だ、このままでは分が悪い。
辺りに車が入って来れそうにない道がないか、さっと見渡す。
見つけた。
正面、歩行者用の橋!
歩行者のみが渡ることを想定した狭さ、おまけに入り口、出口ともに車が侵入してこないように金属のポールが立てられている。あそこに駆け込み、橋向こうから立体駐車場を目指す。時間のロスになるが、ここで爆殺されてしまっては追跡のしようもない。
懸命に走る赤とベージュの亀、無人で腹の中にたらふく爆弾を積んだ兎。
追いかけっこも命がけ。
いくら兎の前を走っていようと、もうじき追いつかれてしまう。
アキレスと亀の話でもあるまいに。
相手の方が私たちより早ければ、順当に追いつかれて粉々だ。
「歩行者用の橋に迂回します!まず車をどうにかしないと!」
黄理くんは私が変更した進路に合わせて走ってきた道を変える。橋を見つけ先に道を変更した私の方が動きだしは早い。先ほどまで前を走っていた黄理くんが私の後方になり、私が先頭に位置取った。
金属のポールを越えて橋を渡る。全長で十八メートル弱の歩行者が渡河するための橋。
これなら車も追ってこれない。
してやったりと口角を上げていると、黄理くんが後ろから私の右手を掴んで走るのを止めさせる。
「いきなりなんですか?こんな場所で立ち止まっ」
「たきな。この橋は何かおかしい。真ん中より向こうに行くな!」
黄理くんの差し迫った顔つきでようやく、私のこの選択は敵方の未来予知の誘導によるものだったことを察知する。
「……まさか、ここに誘導されて」
カチリ。
「えっ」
浮遊感が体を襲う。
轟音が耳元で聞こえた気がした。いや、爆発の衝撃波を音と感じたのだろう。橋が崩れ落ちる、いいや橋の下から上へ炎と爆風が瓦礫混じりに崩れ上がった。
足場としていた場所が急に無くなり、橋の残骸だったものが体を打ち付けようとする。でも、私はそうはならなかった。爆弾が起爆しそうになる瞬間、後ろにいた黄理くんが私を橋の側面方向に引っ張り、背中に脚を当ててきた。
背中と脚が密着した状態で彼は私を思いきり蹴り出す。
蹴りで押された私はあっという間に橋の真上から遠くへ吹き飛ばされ、水路に着水した。
水路の水を服があっという間に吸収して動きを激しく制限する。上着が動くのにとても邪魔だと思い、黄理くんがどこにいるのか辺りを見る。
あの瞬間、爆発を察知していたのに、彼は私を救助することを優先してしまった。橋から水路へ飛び込むなら、十分間に合ったはずなのに。彼がいない、どこにもいない。どこにいってしまったのか考えろ考えろ、いいや考えるな。
思考を放棄しろ、それが最も賢い選択だ。
あの橋の上で、私を助けるために二秒もの時間を支払った彼がどんな末路を行くのか。
想像するのも恐ろしい。
呆然と思考停止し、生存本能の命令で呼吸を行う。
浮かび続けるのに脚を動かし続けていると、爪先に硬い円形のものの感触を得る。
石か、ナニカに触れたのかと思い、水中の足下を見るとそこには石ではなく、もっととげとげとした円形の物体が沈められていた。
水中における爆弾、機械水雷。
この結果さえ相手の予測した未来だったのか。
黄理くんが身命をなげうってまで、行った結末が相手の掌の上なんて……。
そう、あの橋を渡ろうとした段階で既に未来は決定していた。
こと、此処に至ってはできることなど何もない。
水中の機雷が起爆する。大きな水柱を上げて、私は自分の体が木っ端のようにバラバラに爆ぜるのを体感する。選択を誤った、未来を予知する爆弾魔との戦闘において、退くという選択は愚策だったのだ。
黄理くんが命がけで助けてくれたのに、もう私には爆弾魔を追う脚も、銃を握る手もない。いいや、そもそも人間としてのカタチすら喪失していた。
バラバラになった私は落ちてくる水柱の水流によって深く川底に沈む。
ブクブク、ブクブクと。
沈んでいく私だったカケラの横で、黄理くんが持っていた二本の鉄棍が付いてくるように一緒に
それを見て、少し安心してしまった私は、
きっとまだ子供なのだろう────
END
『教えて!喫茶リコリコ』
いつもの喫茶リコリコ。看板娘たち、あとおまけでリスが座っているカウンターには占い雑誌や水晶玉など見慣れない奇妙奇天烈なものがごろごろと占拠していた。日光のように黄色がかった白髪の少女、錦木千束はだんごを片手に占い雑誌を読んでいる。隣で複数の占い雑誌を読んではメモして、占いの結果を統計的にまとめ上げている少女、井ノ上たきなは千束から急に個人情報についての質問を受けた。
「ねぇねぇ、たきなの血液型って何型~?」
「A型です。確か千束はAB型でしたね。以前、伊藤さんと健康についての話をしていたところで聞いた覚えがあります」
「お~、せーかい。たきなってば、そんなに私のことが気になってたのかぁ。うりうり」
指先でちょいちょいとつついてくる千束を振りほどき、たきなは占い雑誌の一ページを開いた。そこに待ったをかけるリスが一匹。
「お~い、誰かコーナーの導入やれよ。さもないと、バッドエンドのテンションから帰って来れないぞ」
「え~、たまにはウォールナットがやってよ~。バッドエンドって意外と体力削れるんだよ。そんな中で看板娘として頑張っている私を褒めて欲しい!」
「占い雑誌片手に、団子を食べている姿のどこを評価すればいいんだ?」
リスの着ぐるみは水晶玉に頭を乗っけて、限りなく脱力をしていた。明らかにコーナーの導入をやりそうにないリスを見て千束は、赤の給仕服をなびかせて高らかに宣言する。
「待ってました!百発百中、当たるも八卦、当たんなかったら七?卦的な。“占って!喫茶リコリコ”へようこそ~」
「当たってないのなら百発百中ではないですよ千束、それにタイトル変わってますし。というか、結末が分かっている占いってする必要ありますか?」
「い~じゃんい~じゃん、今回は特別。と言うわけで、早速今回のエンドの説明をします!まずは右手に見えます、水晶玉をご覧くださ~い」
水晶玉に映り込んだのは、橋がねじ切れる光景、次に爆発する橋の光景。
「橋、壊れてばっかりだな」
「ですね、橋に恨みでもあるんでしょうか」
これには水晶玉に注意を誘った千束の顔色も悪くなる。
「そう、橋の上はすごく危険。今回のバッドエンドの原因は逃げたことと、橋の方に向かったのが痛かったなぁ。まず、これだけは覚えておくんだガイズ&ガールズ。“橋は鬼門”、はいリピートアフタ、ミー!」
「鬼門、ですか。確かに橋の方に行く選択肢は選ぶべきではなかったかもしれません。橋に向かってしまったばかりに黄理くんが……」
「おっとどれどれ?うわホントだ、あの死神が爆発に巻き込まれちゃってるよ。なるほど、あいつも死ぬ時は死ぬんだな。絶対、物語の展開的に死なないかなぁなんて思っていたんだけど」
橋付近の監視カメラの映像を見て、本当にあの七夜黄理が爆死している瞬間をクルミは確認した。
「死の危険は誰にでもあるんだな~これが。ただ、そうだね黄理が死ぬケースってこれが初めてだよね?」
「そうですね、彼は死に近しいがゆえ死の気配に極めて鋭敏で、橋でも爆弾の気配に気づいてはいたんです。庇ってもらいましたけど、橋に向かった時点で私たちは詰んでいた、ということです」
「橋、そんなヤバイ場所なのか。初めてこのコーナーがタメになったな」
ウォールナットは愕然とし、逃走経路から橋を外すプランニングを行う。パソコンを弾く姿によどみなく、逃走経路の設定を的確に書きかえた。
「逃げるよか、攻めの一択だ。相手の居所が分かってるなら、進むっきゃないって!」
「ですね、第二章もようやく佳境。此処を乗り越えればきっと」
「次のバッドエンドだな」
たきなが意気込んだところにウォールナットが悪気無く、不吉なセリフを被せてくる。
「……あ、すまない。今のはわざとでは。千束、たきな?なんだ、水晶玉と占い雑誌でなにする気だ?おい、ちょっと」
水晶玉と占い雑誌がリスの着ぐるみの頭部を両方から潰しにかかる。ぐりぐりと念入りに押しつぶして、着ぐるみの中でくもぐった悲鳴が残響するのだった。
Bad End Title
橋は鬼門