Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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第一章
First encounter


 

DA関東本部・東京支部。国営地である山梨の富士山麓に拠点に敷いている政府と協力関係にありながら指揮下に存在しない独立治安組織。実働部隊であるリコリスの管理・指揮を担う重要拠点。

 

 ここでは多くの少女たちが過酷な訓練を受け、優秀なリコリスとして育て上げられる。

 

 東京という日本首都の治安維持、対テロを想定されているだけあって、施設の全てが最新式に整え上げられている。首都圏外の多くのリコリスにとっての憧れの地。数多のリコリスが目指す白亜の城。

 

 そんな東京支部でただ一人、弱冠六歳という若さでリコリスの最高位ファーストに到達した少女がいる。

 

 彼女は今、すやすやと自室のベッドで微睡んでいた。

 

「起きろ、おい起きろってば、千束!」

 

「むにゃむにゃあ、あと五十秒」

 

「五分とかじゃなくて秒かよ。その程度ならあってもなくても変わらねぇだろ!」

 

 同室の少女が勇ましく声を張り、その声から逃げるように黄色みを帯びた白い髪の少女は布団を被った。その布団を相方の少女、春川フキが勢いよくはぎ取る。あまりの勢いにベッドから落とされた少女。彼女こそ、六歳でファーストに任じられたリコリス、錦木千束その人である。

 

 

 ベッドの傍で逆さまのまま眠気により閉じていた赤目を開いて、千里は不満そうに頬を膨らませた。

 

「だってぇ、フキの歯ぎしり昨日も酷かったからさ」

 

「バッ、んなわけあるか!?」

 

 しばし、あーだこーだと取り留めもない些細な口げんかをしてから、ようやく二人はリコリスの指定制服を身に纏う。

 

 一人は赤を、もう一人はベージュの制服。

 

 ファースト、サードの制服を着た二人は、銃を装備し予備弾倉及び講義で使う教科書の入った戦術式鞄を手に部屋を出る。

 

 

 朝からどうにも日の光のような白髪のルームメイトの気分が落ち込んでいる。

 

「やっぱり、今日の模擬戦が原因か?」

 

「うん、なーんかやる気が出ないんだよねぇ」

 

「お前なぁ、こいつは楠木司令に先生の肝いりの話だぞ。それに確かお前、去年から話を聞いていただろ。今になって、何がそんな気に食わねぇんだ」

 

「聞いてはいたんだけどさ。当日になるとあら不思議。更に気分が落ち込んだ~」

 

「ふざけてる場合か。今日の模擬戦、相手はリリベルで最強の男っていう話じゃないか。どんな厳ついゴリラ野郎が出てくるか。そいつの情報くらいはもらったんだろうな?」

 

「んにゃ?ぜーんぜんもらってないね。情報」

 

「お前な、相手を舐めすぎない方がいいぞ。真剣に」

 

 グイッと顔を近づけたフキに千束は笑いかける。

 

「ちゃうちゃう、相手方の情報が機密に入るってんで寄越されなかったんだよ。それでも今日には情報が来るって先生が言ってたよ―な、なかったよ~な。まぁ、とりあえず美味しいご飯を食べてから楠木さんとこ行こうかな、っというのがひとまずの予定」

 

「だったら早く行くぞ。お前がたった五十秒に此処まで手こずらせたから、もう食堂が混み合う時間帯だ」

 

「あーい、よっと。じゃあ、行こうかフキッ。ほれほれ早くしないと追いてっちゃうぞ、それダーッシュ!」

 

「遅れる原因になった奴が言うんじゃねぇ!」

 

 

 

 食堂に着くと、変に食堂の空気が冷えて人の数がまばらで閑古鳥が鳴いている。普段ならそれぞれ仲の良いグループでこなしてきた任務や今日のカリキュラムについて仲むつまじく話しているというのに。

 

 もっとも、その原因は食堂の窓際席に座って茶をしばいていた。

 

「あれっ、楠木さん。どったの?今日は食堂で朝食?」

 

「……千束か。ふん、今日中に片付けるべき仕事を終え、あとは去年からの面倒ごとを残すのみだ」

 

 普段から圧の強い楠木司令に平然と話しかけられる辺り、千束の肝の太さは凄まじい。フキは僅かに緊張しながらも、司令と同席して朝食を口にする。

 

「千束、今日模擬戦を行う相手の情報が送られてきた。全く信じられないような馬鹿げたレベルの内容だったがな」

 

「え、ほんとう?一体どんなお兄さんなのかな?」

 

「お兄さんという年齢ではない。千束、相手はお前と同じ七歳のリリベルだ」

 

 その一言にフキは、思わず味噌汁を零してしまう。

 

「うわっと、大丈夫かフキー。火傷してないかね。いくら、退屈で味気ない日々の朝食だからって、自分を味噌汁味にしなくても」

 

「そうじゃねぇ───楠木司令。相手のリリベルって千束と、いえ私たちと同年代なんですか?」

 

「うむ、情報にはそのようにある」

 

 この情報を最も信じられなかったのは、それを受け取った楠木本人だ。七歳を機に正式な実戦投入を受けた史上最強のリコリス、錦木千束。その彼女が実戦に出る一年前から実戦に投入され、あまつさえ千束と比肩する功績を出す。

 

 正式なレポートがあるとは言え迂闊に信じられる内容ではない。

 

 銃弾を発射前の僅かな予備動作から完全に回避する神業を持つ千束と同格の実力、同じ七歳の史上最強のリリベル。あまりにも出来すぎている話に楠木は大きくため息を吐いた。

 

 これがリコリスを牽制するダミー情報であれば、と合理的な彼女でさえ不合理な思考を抱きかねない。しかし、実際に任務を行っている際の異常な映像を送られては否応なく認めるしかない。相手は史上最強のリコリスに並ぶリリベルだと。

 

「史上最強のリリベル、その言葉に過言はない。恐るべき天才だよ全く。……千束、相手の情報が今日届いた。相手の名は七夜黄理。初の実戦において違法に武装した二個小隊の過半数、七十七名を殺した生粋の暗殺者だ」

 

 楠木より伝えられた自分の模擬戦の相手、その名前を聞いた千束は、静かに眦を潜めて少年の名を呼んだ。

 

「ななにゃ、キリッ……ごめん噛んだ。……ってか、楠木さん今の初の実戦のくだりってほんと?」

 

 噛んだのはご愛敬として、千束は模擬戦の相手となる彼の話を聞き返す。

 

「ああ、事実だ」

 

「っぷふ、ふふふ。あっっははは!名前が七夜で?初の実戦で七十七人をぶっ飛ばしたぁ?ははははっ、何それ数がピッタリ過ぎて狙ってるようにしか聞こえないよ。それで、今は私とおんなじ、七歳?いやほんと七のオンパレードだね、ラッキーセブンでジャックポットじゃん」

 

「笑ってる場合か。でもなんで相手の情報が来るのが遅れたのですか?まさか、手の内を隠すために……」

 

 相席のフキは、当事者である千束本人よりも真剣な表情で楠木司令に視線を向ける。

 

「かもしれんが、こちらとて去年からの千束の情報を相手に送っていない。まぁ、去年は手術後の経過観察とリハビリで、送ることが憚られる内容だったから送れなかったわけだが。……結果、情報公開が当日になったのは相手も同じ。条件自体は完全に公平なモノだ」

 

「そーいや、そうだったね。去年は暮れから、ろくすっぽ動けなかったし仕方ないっちゃあないのかもなぁ。あ、ていうか……ムキムキのゴリラさんじゃなかったんだ」

 

「?何の話だ」

 

「えへっへ、何でもないですよ。それとも楠木さん、千束のことそんなに気になっちゃう~?」

 

「その無駄に元気な調子なら、問題はなさそうだな」

 

 緩い千束はいつものことだが、平然と茶を飲んでいる楠木司令にもフキは少しの焦燥にも似た不満を感じる。

 

「お前なぁ、相手がどんな銃を使うのとか、なんかクセがあるとか聞かなくていいのかよ」

 

「いーよ、別に。相手を軽く見てる気はないけど、負ける気は一分もない。それに今から詰め込んだって、そんな付け焼き刃でどうこうなる実力なら私と同い年でファーストのリリベルになってないんでしょう」

 

「千束、分かってるのか。お前、自分より年上のファーストの人を模擬戦とは言えペイント弾まみれにして完封してんだぞ。そんなお前が同い年のリリベルには負けるなんてことになったら、リコリスのレベルが低いみたいに思われるだろうが!」

 

「そりゃ、流石に言いすぎだよ。私一人が負けても、そうはならんて。まぁ、負けたら負けた時さ」

 

「千束の言う通りだ、今回の模擬戦の結果がリコリスの全体評価に影響することはない。もちろん、リリベルと比較されはしているだろうが、あくまで個人間の話に過ぎない。リコリスの全体評価とは、我々全員が日々遂行していく任務の質によってのみ決められる。考えすぎだ、フキ」

 

 どこか気を張ったフキを気遣っておちゃらけた千束と、冷静に事を俯瞰する楠木司令に諭されたフキは、顔を赤くして立ち上がった。楠木司令へ一礼をし食べ終わった食器を片付けに行く。

 

「うわっ、ちょっと待ってよフキー」

 

 不機嫌そうに食堂を出て行くフキと入れ替わりに、大柄で褐色の肌を持つ杖を付いた男が現れる。彼こそ、リコリスたちの戦技教官を務めているミカ、先生と呼ばれる歴戦の戦士だ。

 

 明らかに実戦慣れしたその姿からは日本以外のより過酷な戦場に身を置いていたことが伝わってくる。

 

「どうしたんだ、千束。さっき、フキが肩を怒らせて食堂を出て行ったようだが」

 

「せんせい!聞いてよ、フキがさー。私が負けたらリコリス全員、弱っちいと思われるだろ―って。違うつったら拗ねてどっか行っちゃった」

 

「喧嘩も程々にしておくんだぞ、フキを探してきちんと謝ってやれ。あれでも、あいつなりに千束を心配してのことだ。あいつも喧嘩しっぱなしではやりにくいだろうし、千束だってルームメイトと不仲なまま生活するのはご免だろ」

 

「……わかった、うんそうだよね。ちょっおとフキ探索に出発しマース!」

 

 食器の載ったトレイを返却し、千束も食堂を後にしようとすると、楠木司令がそれを引き留める。

 

「千束、お前は付け焼き刃なぞ必要無いと言ったが、後で司令室に顔を出せ。相手の実戦映像が送られている。見るのと見ないのでは、模擬戦の結果も大きく違ってくるかもしれんぞ」

 

「ん~~、楠木さんがそう言うんだったらあとで顔出すね」

 

 

 

 千束がいなくなったところで二人の大人は声を潜めて現況報告をし合った。

 

「楠木、客がやってきたぞ」

 

「来たか。……ミカ、お前から見てどうだった?件のリリベルの様子は」

 

「正真正銘、ただの子供にしか見えなかった。見えなかったのだが……それでも僅かに引っかかる。お前は笑うかもしれんが、戦場で研ぎ澄まされた人間にしか分からない勘というやつに引っかかるんだ」

 

「抽象的ですね、しかし気には留めておきましょう」

 

 ミカには珍しい曖昧な報告に嫌な予感を抱きつつ、楠木は司令室へと足を運ぶ。

 

 最強のリリベル。初の実戦を無傷かつ敵にさえ知られることなく帰還した天与の暗殺者。最強を冠するリコリスと鏡合わせのような存在。こういったイレギュラーの生じるのは決まって何らかの変革期だということを、長年司令官としてやってきた楠木は過去の経験則から身を以て知っている。

 

 その予感を胸にしまい、今日の模擬戦を何事もなく終わらせるために万全の体勢で臨む。子供である千束をリコリスとリリベルの下らない面子争いに巻き込ませないために。

 

 

 

 

 

 

 

「ど~こに行ったんだあいつ~。えーとフキの行きそうなとこといえば……図書館、射撃場、体育館、あとは噴水かぁ?」

 

 一方千束は、自分のルームメイトの行きそうな場所を近場から片っ端に走り回る。

 

 他のリコリスたちに話を聞けばいいのだろうが、僅か七歳でファーストリコリスに選ばれ、年上のファーストを歯牙にもかけず模擬戦で倒してしまった。となれば必然的に、DA内での千束の交友範囲は楠木司令、ミカ、担当オペレーターのミズキ、フキと非常に狭いモノである。

 

 当然、周囲の伝手を頼ることができない。それどころか遠巻きにされヒソヒソと何か自分に向けられた塵芥のような流言飛語が話されているのが見えてくる。もっとも楽しくなくて意味のない時間を嫌う千束はそれらを完全に黙殺しているわけだが。

 

 

「何処行ってもいないし、これは噴水の前でぶすっとしてるなフキの奴。ほーんと、みんな噴水のところが好きだなぁ」

 

 確かにあの場所は光の差し込む加減によって変わる景色が美しい。噴水から出る水は光の加減で七色に輝きを放っているように見える。とても綺麗で、リコリスの憩いと憧れの場である。しかし千束はそれにあまり惹かれていない。確かに綺麗だが、大抵他の人がいて自分が行くと離れてしまう。

 

 自分を疎んじる人間がいそうなところを好きになるのは難しいものだ。

 

「しゃーない、怒らせたの私だし、フキのとこ行っちゃろう」

 

 

 そうして、噴水のあるフロアに向かうと、何故か人気が無くなってくる。どんな時間でも人がいるような空間で、不自然なほど人の気配を感じない。不審に思いながらも千束が噴水のところまで行くと、そこには自分が探しているフキではない誰かがいた。

 

 年若い少年、リコリスの教育施設である此処ではまず見かけない存在が噴水のところに腰掛けて虚空を眺めている。

 

 遠目からでもはっきりと瞳に映るクセのある黒い髪、妖しい色合いをした蒼みがかった黒の瞳。整った相貌は幼気さを持ちながらも、どこか浮世離れした透明感を感じさせた。服装は白のTシャツと指定の制服の下、手元には赤の制服が置いてあった。DAでも選ばれた精鋭に与えられるファーストの階級、それを証明するための目印。

 

 そして、彼の醸す雰囲気は、冷たく暗い。冬の夜長のような底知れない怖さを宿している。

 

“どうしてだろう……凄く綺麗なはずなのに、見ているだけで吸い込まれそうな何かを感じるのに……怖くてたまらない”

 

 背筋に冷や汗が一筋、流れるのを実感した千束は深く息を吸って落ち着こうとする。

 

 なぜだろう、どうして彼を怖がっているのか分からない。

 ワカラナイ。

 

 恐怖の理由が分からない、そして何より一番分からないのは、そんな恐怖を抱いているのに不思議と足は彼の方へ向かっているということだ。

“もしかして、彼が今日模擬戦で戦うリリベルの子?”

 

 十数メートル以内のところまで近づいて、思考は更に深みに落ちる。

 

“確か、確か名前は、ナナニャ。違うこれ私が噛んだヤツ。そう、確か名前は七夜キリ”

 

 十メートル圏内に来て、ようやく千束は我に返る。

 

“いや、なにしてんの私!?いきなり、今日戦う相手と話すとか、流石にないってないない。うん、ないはず……”

 

 そうは思っていても、初めて出会う先生以外の男性、しかも自分と同年代。これまでの人生の中で現れなかった初めての想定外(イレギュラー)の存在に対して、千束は不思議なまま好奇心をくすぐられた。

 

 理由は分からない、それでも何故だが彼に惹かれてしまう。

 

 そんな完全に混乱した状態でどうすればいいのか……。

 

 

 

 

 

“いや、そういえば楠木さんに呼ばれていたはずだ”

 

 

“何はともあれ、挨拶をしてみよう”

 

 

 

 

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