Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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皆既月食記念で投稿。
 ひとまず、これで打ち止め。次、電波塔事件を書き上げたら投稿します。



Episode of Kyoto “Fin”

 

 

 

 

“LB2778”

 

 

 

 

 急に識別番号を問われても知らないモノは知らない。無い袖は振れぬのが道理。だが、ここで応えないと司令部からきついお叱りがあるに違いない。どうすればいい、そういえば下には黄理くんがいるはずだ。

 

近くに彼がいるのだ。適当なことを言うより黄理くんに直接、言ってもらった方が良い。

 

そういえば黄理くんは自分の識別番号の時、LBの2000番台と言っていたような。

 

 

「協力してくれたリリベルが付近にいるはずです。彼に直接、聞い」

 

『たきなさん、貴方の口から彼の識別番号を言うのです。早くしなさい』

 

 

 冷たく命じられる識別番号の確認。単独行動をしていたツケが此処に来て現れた。司令部は例え、爆弾魔の功績を言っても厳正に私を裁定するだろう。この確認は、運命の分かれ道かもしれないと自分に言い聞かせる。

 

 彼の識別番号、番号。

 

 七夜黄理の識別番号なんて知るはずが……。

 

 ななや?

 

 なな。や。

 

 どうせ知らないのだ、それならこじつけでもいいから応えるほか無い。

 

「LB2778、です」

 

 五秒ほど、今日の中で最も長い沈黙が訪れる。

 

 そして、五秒の末にため息を吐かれてから、ようやく司令部より応答が返ってくる。

 

『爆弾魔の件、ならび痕跡の事後処理は既に開始されています。ですが、今回の一件において貴方がとった独断専行、及び市街地での銃の使用、ラジアータがあるとはいえ、このような無茶をされては──』

 

「少しいいですか?」

 

 耳元で少年の声が聞こえてくる。それは下の方で武装した男性たちを一人で相手にしていたはずの黄理くんだった。

 

「黄理くん、どうして?」

 

「ごめん、遅れたみたいだ。ああいや、それよりも今は君の話だ」

 

 

 黄理くんはインカム先の京都支部司令へ、今回の事情を説明する。耳につけたインカムへ話しかけるのだから、耳元で囁かれているようでぞわぞわしてしまう。顔が熱い。

 

 説明はこれまでの流れを簡潔にまとめたものだった。まず、駅で爆弾魔の攻撃を受け、それから爆弾魔に“たきな”と一緒に狙われることになり様々な妨害を受けて連絡手段が途絶していたこと。

 

 そして、最後に。

 

「予知爆弾魔は京都支部、サードリコリスの井ノ上たきなが処理されました。今回の事件解決の立役者は彼女です」

 

『……かの最強のリリベルが己の功績を他者に譲ると?』

 

「爆弾魔を仕留めたのは彼女だ。此処で俺が功績を譲られたら、とんだ不始末になります」

 

『よろしいのですか?それでは貴方はわざわざ東京支部から送り込まれたのに、標的の始末も出来ず無駄足を踏んだだけと公式記録に残ってしまう。それはリリベル東京支部統括司令の虎杖司令もいい顔をしないのでは?』

 

「手土産は別で用意しますよ。幸い、この街ならお土産に苦労しなさそうですし」

 

『──分かりました。京都支部とて、“他の支部の協力で責務を辛うじて全うしている”などという不名誉を浴びるのだけは避けておきたい。今回の功績は、ありがたく我々の方で受け持つこととします。たきなさん』

 

「はいっ!」

 

『回収班がもうすぐそちらへ向かいます。貴方はそこで待機をしているように。……良くやってくれました。ほんにおつかれさまです、たきなさん』

 

 司令部からの通信はねぎらいの言葉を言い伝えて、そこで切れた。

 

 

 爆弾魔事件の功労者として正式に認められた。黄理くんと一緒に乗り越えた事件で、その時の身の震えはあまりにも刺激的で、喜びに満ちあふれていた。ようやく、彼という個人と対等になれたような感覚がして、顔がほころんでしまう。

 

「うししし!」

 

 喜びの声を押さえようと思っても、感情が沸き立つのを抑えられない。やった、や……あれ、ふらふらと体に力が入らない。おかしい、すっごくねむ、い。

 

 

 この瞬間、たきなの体はようやく本来の疲労を思い出した。七夜黄理との同行は、六歳の少女からスタミナ、集中力の大半を奪い去っていたのである。

 

 ここまで立っていられたのは、過剰なアドレナリンが出ていたためだろう。それも司令部からのねぎらいと、事件解決の安堵、七夜黄理と共に事件解決に貢献した達成感。全てが彼女の緊張の糸を切り、本来の無くなった体力の存在を明らかにする。

 

 

 すなわち、スタミナ切れ。

 

 たきなは立っていることさえ、ままならず糸の切れた人形のように地面に貼り付きそうになる。しかし、疲れ切ったたきなを七夜黄理が優しく花を触れるように抱きかかえた。膝裏と背中を抱えるような体勢、いわくお姫様だっこの姿勢で黄理は眠ってしまったたきなを立体駐車場にあるベンチのところにまで運んだ。

 

“無理をさせすぎたか……でも、よく頑張った。たきなはえらいな”

 

 頭はどこかぼんやりしているが、彼の声はなんとなく聞くことが出来た。

 

 優しそうに頭を撫でる彼の表情はやっぱりとても大人びていて、けれど今はそんなに不愉快ではなかった。大人びすぎていた彼を見ると、今の自分があまりにも子供っぽいようなことがとても嫌になる。けど、今日の大冒険を経て、彼と同じ場所、同じ景色を見ることが出来た。

 

“黄理くんと同じくらい、かつやくできたんですよ”と言おうとしたけど、やっぱりすごく眠い。だから、これは起きてから言うことにする。それを楽しみに私はそっと微笑みながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じそっと眠りについたたきなに、黄理は自分の制服の上着をかけて、この場を後にしようとする。爆弾魔の始末はたきなにつけてもらった、あとはこちらの本来の仕事だ。

 

 すなわち、“ラプラス”本体の破壊。

 

 また下手にテロリストたちに軽々と使われては、爆弾魔の始末を行った甲斐がない。

 

 本体を破壊するまでが今回の任務である。機械の破壊だけなら京都支部に任せても良いと思ったが、おそらく機械の本体がある場所には間違いなく爆弾魔の罠が仕掛けられている。

 

 それで京都のリコリスやリリベルで死亡者を出されても寝覚めが悪い。サービス残業を片付けてから東京に戻ろうと考えて──ふと、首を傾げた。どうして自分は此処まで京都のリコリスやリリベルの安否を気にしている?

 

 

 東京と京都、遠く離れているがゆえに彼ら彼女らがいくら死のうと自分には関係ないはずなのに。

 

 何故だろう、と疑問が浮かんだが、どうでもいいことかと内心の迷いを振り払い、この場を後にする。あぁでも、その前にちょっとした余分を楽しもう。かつての七夜黄理であれば、絶対に行わない無駄な行為を。

 

 この立体駐車場を遠方からスコープか何かで覗いている相手の方に体を向ける。

 

 手を銃の形に見立て、400メートルは先にいるであろうリコリスへ銃を撃つモーションを行う。

 

“BANG”

 

 遠方のリコリスの感情が激しい混乱の色に染まったのを見て、七夜黄理はいたずらが成功したと微笑しながら、激戦の跡が残る立体駐車場を後にした。

 

 

 階下で戦った傭兵たちの死体も綺麗に片付けたから問題ない。自動販売機の横に幾つかあるゴミ箱へ()()()()()()入れておいたので、あとは処理班が上手くやってくれるだろう。爆弾魔の持っていた携帯を手の平で玩びながら、七夜の蜘蛛はそっと街の死角に姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこはリコリス棟の医務室だった。京都支部の医務室、だけどなんで此処に私はいるのだろう。さっきまで立体駐車場にいたはずなのに。辺りを見回すと、近くの椅子の背もたれに、見覚えのある赤い制服がかけられている。

 

 未だ重い体を起こして椅子にかけられていた赤い制服を手に取った。リコリスのモノではない赤の制服。黄理くんが着ていたファーストリリベルの装束。どうしてこれが此処にあるのか。

 

 ぼんやりと寝ぼけまなこの私に、白衣を着た女性が話しかけてくる。

 

「起きたみたいね、井ノ上たきなさん?」

 

「医務室の……アラクせんせい?」

 

「意識は良好みたいね。体力を使い切って寝てただけだし、しっかり睡眠を取れば元気になるのも当然か。まっさか予知爆弾事件をサードの子が解決するなんてねぇ?独断専行なんて無茶は褒められたもんじゃないけど、よく生きて帰ってきたわ。それだけで大金星よぉ」

 

「あの、この制服の持ち主は──」

 

「噂の、東京から来たリリベルの子ねぇ」

 

 女医の先生はそこで首を横に振って否定のモーションを行う。

 

「貴方を回収したときには影も形もなかったわ。居たという痕跡は、貴方にかけられていた赤い制服だけ。しっかし、とても紳士的な彼だったようね。眠ってる女の子に服を預けるなんて、味な真似するじゃない?」

 

「そうですね、そんなことするくらいなら一緒にいてくれても」

 

 頬が膨れる、事件を一緒に解決できたのはいい。けど、お別れの挨拶も無しに消えてしまう不作法なことをする人なんて全然紳士じゃない。子供っぽい真似は止そうと思っているのにどうしてか黄理くんが関わってくるとやってしまう。

 

「たきなさん、本来リリベルの存在はファーストの席を与えられた者にしか開示されない情報よ。今回、貴方が知った情報は、その大半が秘匿事項となるわ。絶対に他言はしないで。約束できる?」

 

「……はい、承知しました」

 

 

「よろしい、たきなさん。司令が貴方を呼んでいるわ。立てるようになったら、司令室へ行ってらっしゃい」

 

「分かりました、あ、その、この制服って……」

 

 私は、思わず制服を大事に抱きかかえて質問をしてしまった。リリベルの情報が秘匿されるなら、この制服も上が回収し別の誰かの手で返されてしまうのだろうか。

 

 

「ああ、その制服ね?……いいわ、私はなにも見ていないってことにしとく。ただし、寮で着たり、他の人に見られるのだけは避けてね」

 

 そういうと、女医の先生は、そっと医務室から出て別の所へ行ったようだ。

 

 

 

 

 医務室で少し休み、ようやく動ける頃合いになって私は呼び出しを受けた司令室へ赴いていた。私が部屋の前に着くと、秘書の方が部屋の扉を開けてくれた。それは早く入るようにと言う無言の指示によるモノだった。

 

「井ノ上たきなです、入ります」

 

 司令の大きなデスクの正面に立つ。司令は温厚そうな顔で私を見つめてきた。

 

「事件解決直後に呼び出して、申し訳ありませんね。たきなさん。今回の事件における功罪についての総評が出たため、貴方をこうして招集しました」

 

 司令はデスクに腰掛けたまま、近くの椅子に座るよう促す。私は一礼をして椅子へ腰掛け、司令の目を真っ直ぐに見た。

 

「貴方は今回、駅の爆弾捜索の途中で不審な少年を独断で尾行、そのまま驚くべき事ですが武装した傭兵、事件の首謀者を処分することに成功。素晴らしい功績です。ただ、今回の功績を、おおやけに評価するわけにはいきません。独断専行によるスタンドプレーを認めることは組織の長としてできませんから」

 

 分かっていたことだが、やはり評価されることはないか。

 

当然と思っていたが、改めて言われているとやはり徒労を感じる。いいや、それどころか、このまま訓練所へ戻されることも有り得る。そうなれば、黄理くんの上着を返すこともできなくなってしまう。

 

 以前の私はリコリスとしての憧れだけで東京支部への転属を望んでいた。けど、今はそれに加えて、黄理くんへ直接、預けられた上着を返しにいきたい。そんな願いも含まれている。京都支部でサード以下になるのは、大変まずい。

 

 爆弾魔と対峙したときと別種の恐れが体を硬直させる。

 

 だが、司令は私の強張った体を見て少し笑い、話の続きに移った。

 

「ただ、リリベル東京支部より連絡がありましてね。そちらのサードリコリスに不審に思われる対応をしてしまったことへの謝罪。そして、予知爆弾魔を処理したことへの感謝の二つです。まさかあの虎杖司令がじきじきに連絡してくるなど、予想外にも程があります」

 

 えっと、それはどういう。

 

「たきなさん、貴方へ予知爆弾魔事件に関する評価を与えることはできません。されど、貴方の献身と類いまれなる洞察眼を評価しないというのは惜しい。しばらくはサードリコリスとして活動をしてもらいますが、内々に貴方をセカンドリコリスに昇格させる話が来ています。それに東京支部への転属も」

 

「とう、きょう?」

 

 それってつまり。

 

「サードリコリスとして現場であと少し研鑽を積んだのち、セカンドリコリスに昇格。セカンドとして現場での活動をしてから、近いうちに東京支部への転属命令が下されるでしょう。おめでとう、これは貴方が勝ち取った選択です」

 

 司令の賞賛を喜ぶ暇はなかった。あまりにも出来すぎた話に自分でもついて行けなくなっている。それでも、全身に感じるこの感情はきっと歓喜というに相応しい激情なのだ。ただ、やっぱり独断専行の件は重々叱られてしまい、疲労困憊で部屋に帰ってきた。

 

 

 ルームメイトは別の現場で爆弾事件の事後処理をしていたらしく、私の独断専行について苦言を呈するだけで納めてくれた。あれから二ヶ月後、私は射撃訓練上位の成績を出したことを評価するという名目で、六歳にしてセカンドの制服の袖に腕を通す。

 

 情報開示もされていないサードから、やっぱりリリベルについては情報開示のされていないセカンドに昇格したわけだ。今はまだ京都支部のリコリスだが、いずれは東京に行くことができる。

 

 

 それまでは、私の鞄に綺麗に折りたたまれているリリベルの赤い制服を大事に収納しておこう。きっと、返すときには彼は今より成長していて、サイズが合わなくなっているかもしれないが、そんな彼に無理にでも押しつけてやるのだ。

 

 遠い未来で七夜黄理の困ったような微笑を見るため、私は今日もリコリスの責務を全うする。

 

 彼と再会する未来を夢に見ながら、私は希望を選び取る。

 

 私は井ノ上たきな、京都支部所属のセカンドリコリスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三名の男たちは京都という都市の繁華街、廃ビルの中で肩を震わせて隠れていた。

 

 ちょっとした物音や、すきま風を恐れる彼らは正しく敗残兵の有り様だ。

 

「真島、オレたちは一体、どうすればいいんだ?」

 

 一人の欧州系の傭兵が、緑髪のサングラスをかけた男へ声をかける。疑問系の言葉でありながら、彼は疑問の答えを望んでいないのだ。ただ、なにもしないということを選びたいが、自分でそれを選ぶのが嫌だから誰かの選択に縋りたいのだ。

 

 だが、真島はそんな選択を許さなかった。

 

「お前自身で決めろ、お前には立派なおつむが付いてるだろうが」

 

 真島のそっけない声を聞いて、二人の欧州系の特徴を持つ傭兵たちは泣き出した。

 

 真島とて、今は怖くてたまらないのが本音だ。あの死神がいつ背後に現れるかと考えただけで一人になることが出来ない。それでも、意地を張って諦めることだけはしなかった。アランチルドレンとしてチャームを渡され、それから何の目的や指標を与えられもせず、戦場を彷徨ってきた彼は、使命を探していた。

 

 そして、ようやく同じアランチルドレンの男が企てた日本の秩序を打ち砕く計画に乗ってみれば、気がついたときには全てが終わっていた。ボマーは既に死んでおり、傭兵仲間はこの三人を残して全滅した。

 

 もう、真島には何もなかった。これからすべきこと、武器、仲間、そして計画。

 

 

 真島はフクロウのチャームを掴む、そして勢いのまま引きちぎろうとした瞬間、スマホが鳴った。機先をそがれ、真島は携帯の画面を操作して機械音声がたった今届いたデータの内容を無機質に読み上げる。

 

 目の見えていない彼には役立つツールであり、普段から多用しているためかよどみなく操作を行った。

 

 機械音声は爆弾魔からのメール、そしてある計画について読み上げた。

 

「あぁ?ボマーの旦那から?」

 

 

 機械音声がデータの読み上げを終え、真島はその内容の凄まじさに心が震えた。

 

 精緻にして大胆な恐ろしいテロ。首都・東京のシンボルを打ち砕き、首都機能を停止させ確実に秩序を終わらせる禁断の計画書。ラプラスとか意味不明な文字が上の方に書いてあったが、今は計画の内容以外に興味はない。

 

「はっ!ボマーの旦那の最期の使命か……懲りねぇな。まぁ、京都の計画が大失敗に終わったんだ。なら、東京の計画は大成功に終わらねぇと、バランスが悪いよな?……いいぜ、あんたの使命はオレが引き継いでやるよ」

 

 

 真島は少し前に味わった死の恐怖よりも、秩序に抗うという反骨心が勝ったことでようやく立ち上がった。無法者の心を高ぶらせるカリスマ、恐ろしいまでに頑健な精神、絶体絶命の状況でも生き残る状況判断能力。挫折を味わった真島は、アラン機関に認められた才能の一端をようやく発揮する。

 

 近くにいた二人の仲間に蹴りをいれて、真島は手を差し伸べて言った。

 

 

「来いよ、このままやられっぱなしなんて冗談じゃねぇだろ?このくだらねぇ秩序を全部ぶっ壊してやろうぜ!」

 

 

 京都の予知爆弾魔事件という前日譚は此処で終わる。

 

 これより起こるのは電波塔事件。この国最大にして最悪と語り継がれるテロ事件は此処より始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虎杖は、三日間ほど京都で活動し、ようやく任務を完了させた少年の任務報告を聞いて静かに笑った。

 

「こちらの状況シミュレート班は任務達成まで一週間ほどと想定していたが、僅か三日間で爆弾魔を処分するとは。さすがだ、七夜」

 

「光栄です。ただ、爆弾魔は現地のリコリスが処理し、ラプラスの破壊まで含めると四日はかけてますから、あまり褒められたものでは」

 

「リコリスの件は聞いているが実際は君の援護があってのことだろう。上層部も京都支部のリコリスの思わぬ活躍は聞き及んでいるが、やはり君の活躍が大なるモノとの意見が多い。それと日程に関してだが三日も四日も大差ないぞ。……そういえば、ラプラス破壊の後から、連絡が途絶えたが何かあったのかね?」

 

「──ああ、ラプラスの本体があるビルに爆弾が仕掛けられていて、破壊したらビルがまるごと倒壊したんです。全く、通信端末も落とすし散々でした」

 

 

 平然と“財布落としました”くらいの調子で言っているが、未来視の爆弾魔が仕掛けた罠を当然のごとく突破した怪物的手腕に虎杖司令の秘書は瞠目する。東京支部のリコリスも、DA最強と謳われるが眼前で朴訥と佇む彼に勝る暗殺者はDAに存在しないだろう。

 

 秘書は驚愕を胸の内に潜めながら、虎杖の傍に侍る。

 

 一方、虎杖は七夜黄理の無表情だが疲れた様子を気取り、軽くねぎらって休ませることに決めた。七夜黄理本人の口から今回の事件内容を聞けて気分が昂揚していたこともあり、彼を下げて落ち着こうという虎杖本人の思惑もあったが。

 

 虎杖を知る者からすれば、仰天するほどの甘い待遇を七夜黄理に認めていた。

 

「なるほど、上着もないようだし、ビルの倒壊から脱出するのは君ほどの者でも手こずったようだな。よろしい、制服の替えや武装など損耗を後で報告するように。今日は下がり給え」

 

 別に上着を京都に置いてきたのは、女の子に預けただけでビルの倒壊で落としてきたのは通信端末だけなのだが、黄理は些細な誤解を放置することに決めた。別段放置しても構わない内容であるし、休めるなら早めに休みたいものだ。

 

 だが、最後に七夜黄理は京都で抱いた違和感に関する疑問を口に出す。

 

「虎杖司令。立体駐車場で相手にした男たち、あれは一体何者なんですか?」

 

 おや、と虎杖は面白そうに口角を上げた。ほとんど全てに対して無頓着な彼が自発的に疑問を抱くとは、七夜黄理の思わぬ変化に虎杖はご満悦のまま答えを返す。

 

「あの者たちだけ装備が違うという違和感にやはり気づいていたか。……処理された死体からフクロウのチャームが数点発見された。十中八九、あれはアラン機関のエージェントであろうさ」

 

「アラン機関?ああ、あらゆる分野の天才を無償で支援するって、あの?それにしてはやたらと物騒な連中でしたけど」

 

「アラン機関は才能のためなら、どんなことにも手を染める。無償の支援団体か、笑わせる。あれは悪質な宗教団体だよ。昔から特異な才能の周辺で彷徨う偏執的な才能の信奉者。もし、君がリリベルに所属しておらず、在野にいたのなら奴らが支援を行っていたやもしれんな」

 

 

 虎杖はそこまで言って、黄理へ下がるように手振りをする。流石に此処で切り上げるかと、七夜黄理は会釈をしてから退室した。秘書は七夜から報告を受けた内容をまとめ、後ほど正式書類として提出する旨を伝え退室しようとするが、虎杖は待ったをかけた。

 

 

「彼の報告については、私自らがまとめ上げよう。君も下がりなさい」

 

 

 虎杖は愉快そうに笑いながら、秘書に下がるよう指示を下す。秘書の男性は感情をつとめて押し殺しながら、そっと部屋を出る。

 

 

 

 以前までの冷徹な虎杖のときは見せなかった、喜の感情。しかし、それを最近間近で頻繁に見る秘書の男は、以前も今もやはり対応に困るものだと、未だに明るく照明が灯っている司令室を見てため息をこぼすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を終えてリリベル寮の自室へ帰ってきた黄理がドアを開けると、久方ぶりに年上のルームメイトのリリベルの顔を見た。年上のファーストリリベルの青年は、黄理を見ると折り目正しく直角に礼をしてくる。

 

 

 

「お疲れ様です、七夜総長」

 

 七夜黄理は、聞き覚えのない役職が自分の名字の後に入っていることを耳にする。

 

「……ああ、お疲れ様。ところで総長って……まさか虎杖さんの与太話が本当になったのかい?」

 

「はい、七夜総長が京都の任務に言っている間、上層部の正式決定で虎杖司令に次ぐリリベルの指揮権、および統括を行う新たな役職として総長職が正式に創られた次第です。つきましては七夜総長にその任が預けられました、東京支部のリリベルも皆、承知の上であります」

 

 

 そう、京都に出向く前から虎杖が七夜黄理へ告げていたことがあった。それは他のリリベルの指揮権を七夜黄理にも預けておくという旨の内容。あまりに荒唐無稽だし、己を一暗殺者と見ている黄理にとって、そこまで上位の権限も役目も不要と断っておいたはずだ。

 

 

 

 それなのに、気づいたら虎杖の与太話が上層部の認可付きで現実になっているとは。

 

「普通、そういう役職って本人の同意ありきじゃないか?」

 

「虎杖司令からはお聞きになりませんでしたか」

 

「俺が驚くのを狙っていたな。……茶目っ気がある人だよ、ホントに」

 

 

 疲れたようにベッドに寝転んだ彼は、年相応の七歳の少年にしか見えない。だが、ルームメイトである青年は知っていた。七夜黄理は史上最強のリリベルであること。虎杖のお気に入りであり上層部にも目をかけられていること。

 

 

 そして何より、自分たち東京支部のリリベル全員をまとめ上げるのに相応しい実力を持っていることを。

 

 

 普通なら上層部や司令官である虎杖が黄理に東京支部のリリベルの総指揮を認めると宣言しても、末端の人員の本心まではコントロールできない。並みのファーストならば、多くのリリベルたちが否定的な目で見てくるはずだ。

 

 始めの頃、七歳でファーストリリベルに成り上がった七夜を、多くのリリベルたちは冷たい眼差しで見ていた。

 

 曰く、司令のお気に入り。初任務の戦果もデタラメだと。

 

 

 だが、その甘い認識は彼との模擬戦および任務などで簡単に覆された。

 

 芸術的とさえ言える卓越した暗殺技巧。標的の隙を見逃さない観察眼。率いた暗殺者たちをよどみなく動かす指揮能力。

 

 

 

 結果、弱冠七歳の少年を認めざるを得なかった。

 

 東京支部のリリベル全員が僅か七歳の少年を、自分たちを率いるのに相応しい暗殺者であると認めた。ゆえに七夜黄理を畏怖することはあれど、軽んじることも悪意を抱くこともない。皆が皆、七夜黄理に対して敬意と共に役職を述べるのだ。

 

すなわち“七夜総長”と。

 

 

 

 

 黄理は自分が居ない間におおげさな役職を押しつけられたことで気分が重くなっていた。元々自分は片田舎の暗殺集団の頭領だ。国家の治安維持暗殺部隊の統括職など上手くいくのかと考えただけで眩暈がしそうだ。

 

 

 

 此処はさっさと寝るが吉、と寝転んでいた黄理は自分のデスクに見慣れない箱が置いてあったことに気づく。

 

 同室の青年に尋ねても、誰のモノか分からないという謎の箱。

 

 首を傾げながら黄理は箱を手に取り静かに開く。

 

 箱の中には、真新しいフクロウの首飾り(チャーム)が部屋の灯りを反射し鈍い光を放っていた。

 

 

 

 

 

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