兵器の設定は、ヘヴィーオブジェクト“外なる神”より引用しています。
またもや独自設定のオンパレード。宇宙ネコに慣れた方だけお読みください。
DA関東本部・東京支部。多くのリコリスたちの生活、訓練、健康維持など多岐に渡る施設がある中で、硝煙の匂いが離れない施設が二つ存在している。
模擬戦用のキルハウスと、実弾を使用した射撃演習場だ。
射撃演習場で断続的に銃の発砲音が鳴り響く。他のレーンに人の姿はなく、一人の黄色がかった白、日差し色の髪をしたファーストリコリスが正面のターゲットに向けて、繰り返し発砲する。
だが、発砲した弾丸はターゲットの脇や見当違いな方向に飛んでいき、着弾した後ろの方で赤い粉塵が飛散する。マガジンを打ちきって、ターゲットに命中したのはたった三発。しかも狙い澄ました位置とは全く異なる箇所に命中する始末。
撃っていた本人、錦木千束もこの集弾率には笑うほか無い。
千束は首を傾げて銃を見る。
私、射撃の成績ってそこそこ上位で、精密な射撃も苦労をした記憶はないはずだけど?
急に銃を撃つセンスが錆びたように感じる。いや、弾丸に問題があるわけで下手にはなってない……はずだ。
「たはー、全然当たらないね、先生。これ、もっと近づかないと弾の無駄遣いにしかならないや」
背後で千束の銃撃の結果を計測していたアフリカ系の特徴を見受けられる大柄な男性──ミカは困ったように顎を擦りながら、バインダーを置いてこっちのほうに来る。
「やはり千束の腕でも正確な射撃は困難か。弾頭の問題だろうな。軽すぎることもそうだが、ゴムが発射時の熱で溶け出し始めるからそもそも真っ直ぐに飛べる距離が短すぎる。パワー不足も重なって、実戦での有効射程は恐ろしく短い」
「デメリットのオンパレードだね、セールスポイントは?」
「売り出せるほどのメリットが見つからんよ。無理に挙げるとすれば、殺傷能力が著しく低い非致死性という点くらいだ。もっとも、45口径だから当たり所次第では人間だって風穴を空けられる。絶対に死なないという確証はないな」
作った先生本人からの散々な評価で、いっそ清々しいほど笑えてくる。
でも私は最近使い始めた、このフランジブル弾に愛着が湧いていた。
不利な点は山と在る。
大勢のリコリスが使い物にならないという弾。
それでも弾着の瞬間、花開くように鮮やかな赤を咲かせるところが私は好きだ。
人に近づいた時にこそ、真価を発揮するところが好きだ。
何処か私に似通っているところが好きだ。
人を殺さないための弾丸。
救世主さんがくれた銃から放つのに、これほど適した弾丸は他にない!
「ちなみにお値段はい~くら?」
「特注の特殊弾頭だ。良い値段がするとだけ言っとくよ」
「お寿司がいっぱい頼めそうだ」
「追加でフレンチだって付けられる」
思っていたよりも相当に高価だった。
こりゃ大事に使わないと楠木さんからまた嫌味言われるだろうな、と考えながら最後にもう一つだけマガジンを装填し銃を構える。
発砲をまた繰り返す。やはりきちんと狙い澄ましても命中率が上がることはない。射撃演習場の中でもこんなに低いのだから、実戦の場では更に下がる一方だ。やはり相手に接近してコンペンセイターの
マガジン内の弾丸を全て撃ちきって、ようやく銃を台の上に置いて一休み。
ううむ、当たった数より外した数の方が多いな。
やっぱ下手になったかもしれない、銃を撃つの。
命中率の計測をしていた先生が弾薬の入ったケースを手に取って渋い顔をする。そっとケースを置くと、あらたまって私に視線を合わせる。
「千束、やはりこの弾丸だけで戦闘をやっていくのは無理がある。実弾も予備で持ってはどうだ」
「ん~、実弾かぁ」
「ああ、実弾ならより遠距離から精密な射撃ができる。お前なら相手に接近してより命中率の精度だって上げられる。無理してまで非致死性弾を使うことはないんだぞ」
「無理なんかしてないよぉ。それにさ、なるべくこの銃で実弾を撃ちたくないんだよねぇ」
「っあ……実弾でも人を殺さずに制圧することはできる。その弾丸にこだわる必要は」
一瞬、うわごとのような一言が漏れたが、ミカは動揺を抑えて実弾も使ってみないかと提案をする。
「先生が作ってくれた、この弾が好きだから使い続けるんだ。それに、この弾とこの銃、とっても相性がいいしね!」
ミカはその言葉を聞いて救われたように感じた己の浅ましさを嫌悪する。ただ、目の良い千束に見られないよう感情を秘め隠した。隠し取り繕うのは慣れっこだ。しかし、感情を押し殺しているとは言え、彼女の命を救ったシンジと、彼女に人殺しをさせるよう仕向けようとしている自分、あまりにも異なる差にひどく気分が重くなる。
千束は先生が黙ったのを不思議そうに見ていたが、あともう一つの理由も説明し始める。どちらかと言えば、こっちがメインかもしれない。
「あとね、この弾丸でないと、たぶん私は黄理に及ばないと思うんだ」
「キリ……あのリリベルの少年か?確かに前回の模擬戦は辛勝といったところだが、その弾で彼と同等の戦闘ができるとは思えないぞ。何か理由があるのか」
「うん、最後に銃を構え合うところがあったでしょ。あの直前に、黄理の動きがちょいと固まってさ。たぶん、うっかりで私を殺しかけたんじゃないかな?」
「なに、殺しかけたっ?」
「ああいや、勿論寸止めになったし怪我もないから、大丈夫!……ただ、あのとき思ったの。実戦だと一瞬の躊躇とか、思考の混乱がマジモンの命取りだなぁ~って」
事実、あの時の七夜黄理の蹴りは普段通りの殺傷力を発揮しそうになっていた。それを彼の理性が押しとどめたことが、あの日の最大の勝因。実戦では予期しない出来事が多数起こる。いざ殺さないと決めていても、相手の取る手段によっては容易く命を奪ってしまう。
殺さずに済むか、殺しかねないかという迷いは非殺を心がける千束には常にのしかかってくる。
それなら、最初から殺傷力のない弾丸を使った方がいい。
「最初から迷う余地のないこの弾なら、私のやりたいこと、夢をみ~んな叶えてくれる気がするんだ!おお、改めて言うと、この弾って先生みたいだよね!いや作り手が先生だから似るのも当然かな♪」
その一言を聞いて、ミカはフランジブル弾を一発だけ摘み上げる。人を殺さない弾丸を見て、彼はこの弾丸に千束の姿を重ねていた。けれど、彼女はこの弾丸に自分の面影を見たのだという。
それなら、この弾丸には金に替えられない価値が確かにある。
「この弾丸は作りだされたばかりだ。これからもっと改良を加えることが出来るだろう」
いや、あるいは今からでも変えられるかもしれない。
「“これ”も千束の成長と共に変わっていくはずだ、より良い方向にな……今の時点で気になるところはあるか、これからの改修案に役立てよう」
「ん~、そう言われるとむっずかしいなぁ。いや、今でも充分すぎるくらい要望通りだから、後は私の頑張り次第だよ。あ、っでも命中率が上がるなら大歓迎!非致死性は据え置きで」
「そう都合よくはいかんが、まぁ検討しよう」
「あ、そういえば──」
「どうした?」
一発だけ実弾を手動で装填した千束は、演習場のターゲットに向けてたった一発だけ発砲する。実弾は本来の45口径の威力と有効射程を発揮して、あまりにも容易くターゲットの中心点を貫通する。先ほどまでターゲットに命中さえしていなかったものとはまるで比べものにならない正確性。
それを見た千束は満足そうに頷いた。
良かった、銃の腕は前と変わりない。腕が落ちたと言うことではなさそうで一安心。
それにしても……。
「実弾も
「まぁ、火薬の量は同等で違和感のないように仕上げたからな」
七夜黄理。おそらく“殺す”という点に於いて、他の追随を許さない最強のリリベル。
実弾のように命を奪うことを前提として存在する少年。
それでも、先生がさっき言っていた。
“実弾でも人を殺さずに制圧できる”だとすれば、黄理にも命を奪わずに済む選択があるのかもしれない。ただ、それが彼の目からは見えないとすれば、それ以外の選択を見ることの出来る人間が必要だ。
そして、そういった人にこそ、救世主の名は相応しいのかもと考えてしまう。
ああ、できることなら黄理にとっての、そういう人に私がなれたらいいな。
そう思いながら、千束は薬莢や使ってない実弾などを手際よく片付け始めた。
ミカもバインダーを小脇に抱えて杖を手に演習場を出て行こうとする。そこに演習場へ飛び込んでくる人影があった。緩くウェーブのかかったブラウンヘアーの女性。野暮ったい眼鏡こそしているが、きっちりとしたスーツに着ているため、できそうなOLというイメージが初対面の人間なら浮かんだことだろうに。
「いたいた!千束!それにミカも!楠木司令が呼んでるわよ、司令本部にさっさと来いって」
「うげっミズキ」
「待てぇい。なんでアタシの顔見て嫌そうな顔する。楠木さんの用件伝えただけでしょ」
「そこは千束ちゃんは健康診断してまーす、とか適当言って誤魔化してくれていいじゃんかよ~」
言葉の端々からどことなく惜しい、とか残念とかいう印象を抱かせる彼女──中原ミズキはタブレットを突きつけるよう前に出して千束の言葉を一気に切り捨てる。
「それすっと大目玉食らうのがアタシだ!ほら、さっさと行くわよ。ふざけてる場合じゃない。マジで東京がひっくり返るかどうかの瀬戸際だからね」
「なに?現場で対応できなかったというのか?」
「現場のサードたちじゃどうにもならなくてね。今、上層部の命令で千束にお呼びがかかったらしいわよ。ほっら、急いだ急いだ!」
「わたたっ!急かすなッてのぉ。ミズキ、先生と一緒に先行ってて。すぐ追いつくよ」
「早く来なさいよ~、さもないと遅れた時間だけ楠木司令の説教も延びるから」
「それはいやだなぁ。じゃあ後で!」
ミカとミズキが演習場を出た後で、千束は丁寧かつ迅速に銃の手入れを行う。救世主から渡された銃──デトニクス・コンバットマスターは、数少ない彼女の宝物だ。必然、急いでいても手入れは念入りになってしまう。
手入れを終えた銃を鞄に納め、千束は司令本部へと駆け出した。
司令本部に着くと、そこは蜂の巣をつついたような有り様になっていた。オペレーターたちはパニック一歩手前のような、冷静さを保とうとしているが焦りと恐怖が色濃く彼ら彼女らの顔色を悪くしている。
それでいて、手元や目線は忙しなく動いているのだから、状況的に混乱していないのが不思議なくらいだ。そんな喧噪を眼下に見下ろし、リコリスの統括指揮を行う楠木が千束の姿を見つける。
「随分と遅い登場だな。相も変わらず使い道のない無駄なゴム弾にご執心なのか?」
「無駄じゃないですよーだ。あれ使ってから、結構DAに貢献していると思うんですけど。重要な情報握っている麻薬組織のナンバートゥーとか、違法に密造された銃の部品販売者とか生かしたまま情報をゲットしてるし」
「どちらも殺して構わんと言って含めたはずだが。おかげで面倒な司法取引で奴らを生かしておかねばならなくなった。あれらは悪党だ、その命に価値はない」
「それは誰かに決められるもんじゃないよ」
「お前なら決められると?」
「じょーだん、そんな重い判断なんてしたくもないですよ」
何せ、自分の命のことだけでも手一杯なのだ。それを踏まえて、他者の命の価値の軽重にとやかく言う暇は私の人生には織り込めない。
「まぁ、ころせー、しか言わない楠木さんよかマシですけどね~」
「相も変わらず生意気なクソガキだ」
互いに並行線だと言葉を交えるまでもなく理解している。相手は既にどのような理屈を持ってしても曲がりはしない。千束はしてやったりと笑い、楠木は舌打ちでもしそうな渋面を浮かべ、千束に状況の説明を始めた。
「電波塔が武装テロリストに占拠された。現場のリコリスたちのおかげで一般人の死傷者はゼロ、しかし損耗が思っていたよりも激しいため、今は撤退させ始めている」
「現場の人たちじゃ対処しきれなかった?」
「テロリストたちの武装、数、そして計画が優れていた。その点は正確に認めざるを得ない」
「楠木さんがそこまで言うとは。ていうか、首都の一番高い建築物をジャックするとか、ハリウッドばりのプランニングじゃない?」
「……とにかく、奴らは首都最大の電波発信設備をジャックしたにも関わらず、自分たちの思想や目的、取引条件などを公共電波に流していない」
こっちの軽口を拾わない辺り、本当にまずい状況なのだと千束は察した。
「目的は他にある?」
「ああ、奴らの秘匿通信をラジアータが拾っていた。奴らが電波塔をジャックしたのは、ある兵器を使うためだ。名を“フウセンカズラ”。心して聞け、千束。この作戦が失敗すれば、首都……いいや、日本という国そのものが燃え上がるぞ」
楠木の額に一筋の汗が流れる。この鉄のような女性でも、そこまで意識を張り詰めさせる非常事態。千束は口を閉じたまま視線で話の先を促した。
「フウセンカズラの正体は、近代武器の博覧会で展示されていた天候電磁パルス兵器のようだ」
「天候……電磁パルス兵器!おお、なんかすっごく映画に出てくる重要アイテムっぽい。それって、まさか大気圏で核爆発を起こして国をまるごとショートさせるって」
「違う。核弾頭など国同士の決定や交渉がなければ持ち込むことは不可能だ。フウセンカズラと奴らが呼ぶこれは、大規模なチャフグレネードと見るのが分かりやすい」
“ミズキ”と楠木司令が呼びつけると彼女は手をひらひらと振ってモニターに情報を映し出す。
「はいはい、分かりましたよ。いい千束、このフウセンカズラってのは、特殊な携行ロケット弾を改良したものらしいの」
「らしいってあやふやだなぁ、もっと正確な情報ないの?」
「じゃかあしい。ラジアータ使って、急ぎで情報かき集めたこっちの苦労を知りたいか、ああん?」
凄んで来るミズキをどうどうと宥めて、千束は静聴の姿勢を取った。
こうしないとミズキが面倒くさそうだし。
「さっき楠木司令も言ってたと思うけど、ようはこれ大規模なチャフグレネードなのよ。最初に弾頭を雲の内部へ発射、すると弾頭内の
「それが天候兵器の
明るくノリが非常に良い。周囲を照らす日差しのような彼女の反応は、周囲の焦燥を解きほぐし、また悲壮な雰囲気による士気低下を逓減してくれる。これで生意気さが無ければ、文句の付けようがないリコリスなのだが。楠木はミズキに兵器の詳細について話してもらっている間に周囲の人間の作業に適切な指示を下した。
良いリアクションを取る千束に対応しているミズキもそれに合わせて、調子よく兵器の説明をする。
「その通り。雲の中で飛散した
「おおう、まさに雷の雨ってことか、それが機械全部をダメにするんだ!」
なんという映画的な近代兵器、これには眼が輝いてしまうなぁ。ミズキの説明を聞いていた私は、その凄い兵器とやらが起こす事件の解決に呼ばれたことを理解して、一層のやる気を出す。
「ええ、落雷でも電磁パルスってのは発生する。状況シュミレート部門の出した予測によると落雷は……最大効率で20秒、持続放電を起こすと試算されているわ!」
「……ふーん」
ハイテンションになっていたミズキに対して、千束は急転直下の勢いで冷めていた。
「って、いきなりなんでテンション冷めた!?」
「いやだって、たかが20秒でしょ。そんなコーヒーも淹れられないような時間でなにができるんだか」
「首都の機能がぶっ壊れんのよ」
ミズキの真顔&マジトーンで事態の緊急性に拍車がかかる。
うえ、マジで?からかっている……とかじゃあなさそうだ。
「よく聞きなさい。自然界に存在してる雷は多重放電でも0.2秒が限界なわけ。それの単純計算で100倍よ、100倍。それで発生する電磁パルスの出力はもっと跳ね上がるでしょうね」
ようやく事態の重大さが分かってきた。確かにこれは国の瀬戸際だ。ん?というか、もしこれ使われたら心臓機械の私もまずい!病院、金融機関、政治、児童保育、様々な人の営みが刹那に踏みにじられる。
「雲の覆っている地域、この場合は東京ね。少なくとも全ての半導体がサージ電流でおしゃかになるってこと。スペック確認したけど、こりゃ送電、上下水道、都市ガス、テレビの放送は言うに及ばず電話、ネット……街のインフラが纏めてぶっ飛ぶ性能よ」
「ヤバイじゃん」
「はなからそう言っとろうが」
モニターにひっくり返したハートのような形状の弾頭が映し出される。
──これが、フウセンカズラ。
「これ一発で東京は電気を使えない、日本一エコな都市に早変わりってこと。まぁ、文明レベルが石器時代まで巻き戻るけど」
う~ん、映画みたいだと騒いでいる場合ではなかったか。
ん?でも、そうするとおかしいぞ。
「なんで一発で全部壊せる武器をさっさと使わないの?映画みたいに尺の都合ってわけないし、さっさと使った方がお得じゃん」
そこでミズキに説明を投げていた楠木が割って入ってくる。
「そこからは私が説明しよう。ミズキは来客を迎えにいってこい」
「え~、マジで言ってる?なんだって私が見知らぬおっさんの送迎を……」
「さっさと行け」
“ふーんだ”とか口を尖らせながら、ミズキは退室していった。
しかし、ミズキを迎えによこされた相手も気の毒に、と千束は事態の重さを理解した上で自然体を保っている。ここで混乱しても、現場の状況に影響しないし、楠木が説明に時間を使っているということはまだ余裕はあるということだから、別に慌てる必要はない。
「話の続きだ。先ほどの話にもあったが、フウセンカズラは雲の内部に向け発射しなくてはならない。つまり天候に左右される兵器なのだ。奴らがフウセンカズラを使わない理由もそこにある。奴らは待っているのだ。雲が東京全域に広がるタイミングを」
「天候兵器が天候の機嫌を取らないと使えないって、な~んかロマンに欠けるな」
「元より兵器にロマンも何もない。利便性と威力だけが評価項目だ」
「なるほどね、電波塔ってシチュエーションもフウセンカズラのため?」
「ああ、東京で天候電磁パルス兵器を使うのに、電波塔ほどあつらえたような場所はない。奴らは雲が東京を覆いきる時間まで電波塔を占拠し続ければ、勝ちが転がってくると高をくくっている。お前はこれから電波塔に突入し、展望台のフウセンカズラを破壊、ないし使用不可にすることが今回の任務だ」
「ヘリで展望台に直接上がれないの、って……やってないということは無理筋なんだね」
「ああ、展望台付近は対空防護が完璧で機関銃が山と積まれている。空中からの突入は不可能だ。となると、地上部からの突入が次善の手。土産物の販売施設からお前と、あともう一人の二人で突入し事態の収拾に当たれ」
あともう一人?いつも単独急襲をこなしていたからツーマンセルで動くっていう事実を呑み込むのに時間がかかる。
「楠木さん、もう一人っていったい──」
そこで司令部の自動ドアが開き、思いがけぬ来客の到来を告げる。
ピシっとした黒のスーツ、深青色と幾何学的な模様のネクタイを締めた壮年の男性。背後には数人のファーストリリベルと秘書らしい男の姿。彼らの纏う空気は堅気のそれではなく、後ろ暗い人間特有の重苦しいもの。現場のリコリスたちの撤退を指揮し終わった先生は、その相手を見てそっと挨拶を行う。
「お久しぶりです、虎杖司令。今回はご足労をいただき誠にありがとうございます」
「上層部の命令で脚を運んだにすぎん、そこまで気を遣ってもらわずとも結構。以前、七夜が敗北を喫しているため、対策本部はリコリスの受け持ちとなっただけだ。今回、私はオブザーバーとして参加させてもらおう」
「はい、こちらの作戦につきましても奇譚ない意見をお願いいたします」
「君の話は聞いている。DAが直接、戦術教官としてスカウトした凄腕の人材とね」
虎杖司令はにこやかに笑いながら先生を見定めている。けど、それに対して薄く否定するように先生は杖を軽く持ち上げて見せた。
「あいにく、今ではかつてのようにはいきません。ここにいるのは、痩せて枯れただけの教官ですよ」
虎杖司令が先生と挨拶をしている間にミズキがこそこそと忍び足でこっちに来る。でも今はそれよりも思考を埋めていることがある。今回の事件は二人で解決するようにと楠木さんは言っていた。
ということは、まさか……私の初めての“相棒”って──。
「おつかれ~」
「おわっ、ミズキいつの間に」
「いや、お前は気づけよ。担当オペレーターのミズキさんだぞ」
「今それどころじゃないの。もしかして、今日組む相手って」
その瞬間、モニターにSOUND ONLYの文字が浮かぶ。非通知の通信?でもリコリスの司令本部に直接、非通知の通信を飛ばすことのできるリコリスなんて聞いたこともない。
だとすれば、この通信の相手はリコリスの指揮系統にない存在であることになる。
もしも、なんて考える暇もなかった。
彼しかいない、と頭は通信の声の主が誰かを刹那の時に看破した。
『──七夜、現着。ファーストリコリス、錦木千束との合流まで待機します』
その声を私は覚えていた。無表情なくせにどこか子供っぽくてほっとけない相手のことを確かに覚えていた。いいや忘れられるはずがない。だって、彼は私が初めて出会った同い年の男の子で、それで、それで。
ああ、この感情が言葉で言い表せたらいいのに。
「黄理っ!……え、もう電波塔に行ってるの?どーして一緒に行かないんだよ~。ていうか、私がタッグを組む相棒って、ホントに黄理なんだね!」
千束がはしゃぎだした横でミズキは、椅子に座って頬杖をついた。
「おおう、いきなり盛り上がったな。ふむ、しかしこの通信の向こうにいるのがあんたの言ってた最強のリリベルくん、ね。……うん、七歳は対象外だからどーでもいい。好きにいちゃついてくるがいい。一応言っとくが七歳らしくな?」
「はっはっは。今すぐ黙らんと45口径ぶち込むぞ担当オペレーター」
『そっちは変わらずにぎやかだな。とりあえず、俺はもう現場で待ってるから、なるべく早めに来てくれると助かる』
黄理のぼんやりとした声を聞いて、通信機越しの彼の顔さえも想像してしまう。きっと、無表情ではあるのだろうけど、それでも黄理の顔を想像しただけで鳴るはずのない胸中から、鼓動が跳ねたような気がする。
今はなんだかとっても気分が良い!
「うん!任せとけ、マッハで行くから!」
『いや、速度規制は守ってくれ』
七夜黄理の普段見せることのない声音を聞いた虎杖は首を傾げた。あのような彼の声はそうそう聞いたことがない。京都から戻った後は少しの間だけあんな調子だったが、どうしたことだろう。
錦木千束との会話に理由があるのか?
「はて?七夜は錦木千束といつの間に交流を深めていたのやら」
「子供たちというのは、そういうものです。我々、大人のように探り合うことなど考えもせず、なんの先入観もなしに相手の人となりを見て仲を深めていくものなのですよ」
ミカのしみじみとした感想に、同意できる点があったのか虎杖司令は頷いてミカを見つめる。今度は推し量ろうとするものではなく、同じように子供の面倒を見る大人として視線を重ね合った。
「そう、か……ふむ、そうだったか。それは、とても良い話だ。七夜の見立てなら、心配は不要かな」
「それは私もです。千束が笑っている、それ以上に信じられる根拠は他にありませんので」
そういうと二人はどちらからともなく笑い合う。どちらも自分のところの子に甘いのではないかと感じてしまったが故に。お互い、事前に聞いていたようなイメージと激しくズレがあるが、そのズレは理解し合えるもので、なおかつ好感の持てるものだ。
虎杖は、無言で手を差し出す。ミカも余分な言葉は使わなかった。
今は、ただこの時、互いの信頼を行動で示すため、二人の男はそっと握手を交わした。
全ての説明は終わった。あとは行動在るのみ。
楠木は外に車を回したとだけ告げ、ミズキは車に先に向かっていった。私はいつもの鞄を背負い、リコリスの寮を駆けていく。フキはちょうど、少し早めの健康診断に行っていて、東京には来れそうになかった。自慢しようとする相手がいないことは、ほんの少しだけ不満と言えば不満かもしれない。
先生に“いってきます”と言ってから、寮を飛び出そうと走っていく。
ただ、その前に噴水のところで立ち止まった。
光を浴び、水が光の加減で七色に輝いて見える。上のガラスは日光をそのまま部屋に差し込ませ、幻想的な光景を作り出す。
ここで初めて、黄理と出会ったんだ。彼との思い出はあの模擬戦の日しかなかったけど、先生やミズキ、フキとの思い出と同じくらいキラキラと思いの中で煌めいている。
そして今日、また彼との日々の思い出が増えていく。テロリストが絡むなんていう非常識な状況でなんてことのない日常のものではないことが不満と言えば不満だが、それでも彼との思い出だ。
きっと楽しくて、微笑ましくて大事な宝物が増えていく。
彼といつか日常を過ごす日のために、今は東京を守り抜こう。
全東京都民とか、国家なんて、スケールのでかい話は意識が付いてこれない。だから、自分の手の届く範囲を明確に想像する。そして、大勢の人たちも、同じような繋がりがあると曖昧に想像する。
やる気は十分。
頬を両手で挟むようにはたいて、意識をしゃっきりと目覚めさせる。
よっし、あとは電波塔に向かうだけ。
そうすれば、黄理に肩を並べられる。いいや、背中を預け窮地を助け合う“相棒”になれる。
千束はミズキの運転する車に乗り込み、七夜黄理が待っているであろう電波塔へ出発する。テロリストが多数、確認されているという現場に赴くにも関わらず、千束の表情はどこか待ち遠しそうな、それでいて幸せそうな微笑を浮かべていた。
DAに咲き誇る二輪の徒花が同時に投入された。
斯くして
電波塔事件──これより近代日本史に黒々と刻まれるであろう事件が幕を開けた。
ネタバレ
錦木千束のヒロインは七夜黄理。井ノ上たきなのヒロインも七夜黄理。
今作品に於いてミカこと先生のヒロインは虎杖司令。