Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 とある吸血姫のとある殺人貴への人物評より抜粋。

“乱暴で、口が悪くて、病弱で。約束を守れもしないクセに、善人のフリをして。アイツに比べたら蜥蜴の方がまだ誠実だわ”



Double check

 

 

 電波塔の付近では警察が道路を交通規制し、大多数が停車し渋滞を引き起こしている。蟻一匹も出入りできないように取り囲んだ規制。その規制の網には、特殊な抜け穴があった。その区画の避難は終了したという名目で規制が解除され、住民も警察も誰もいないエリア。

 

 

 警察から独立治安維持組織Direct Attack(DA)への無干渉という名の支援。

 

 学生服を身に纏った暗殺者を擁する独立機構に対し、警察や公安は協力関係にある。だが、それは現場で構成員同士の協力支援をするということではない。DAの干渉があった現場に関わらず、触れず、見ないことにする。

 

 

 

 徹底した無関心。DAのエージェントであるリコリスやリリベルの亡骸も、綺麗に片付けて市民の目に入らないよう取りはからうという、冷酷にして無情な支援がそこにあった。犠牲者・殉職者という存在も、見なかったことにすれば、被害数はゼロ。

 

 被害無しで事件は無事に解決したことになる。

 

 あまりにも不自然で歪んだ平和の鍍金の裏側を、ミズキは運転する車の内から見ていた。

 

 このことを語る気はない。ネットでぶちまけてもラジアータさまの情報改竄能力で時間の無駄になるし、リコリスたちが暗殺者として差し向けられる。何より、その行為をリコリスたちは望んでいない。

 

 彼女らは本気で、それこそが素晴らしいと考えてしまっているのだ。

 

 自分たちの賞賛なき献身で平和が今日も保たれる。それが一番の幸せだと。

 

 やめろ、考えるな。こんな無駄なこと。彼女たちの人生だ、その選択にとやかく言う権利をアタシは持ち合わせていない。ただ、せめてクソったれな仕事や世界の中にあろうとも、後ろで今か今かと楽しそうに眼を輝かせている千束(最強(笑))のように、笑顔で幸せな毎日を送ってくれるだけでいい。

 

 

 もうすぐ電波塔に到着する。日本という大きな枠組みの明暗を分ける作戦が開始する。

 

「現場に着くわよ、準備は出来てる?」

 

「準備万端、いつでも行ける!」

 

 

 あ~あ、こっからテロリストとドンパチやるってのに、締まりのない顔しちゃって。

 

 いや、自分は不幸ですって、しかめっ面よりはマシか。

 

「なら行ってこい!今日の晩飯までには戻ってきなさいよ」

 

「献立次第かな、っと!」

 

 

 

 

 電波塔付近へ到着。これより先は車での移動はできない。ミズキの車が止まったところで千束は飛び出して駆けていく。耳元のインカムから楠木さんの誘導で、黄理が待機しているところに真っ直ぐに向かった。

 

 ひとけのない道をかけていく。首都・東京の中心部だというのに今は人影が全く見えない。こうなると世界中から人が神隠しにでもあったかなんて考えてしまう。一時的なゴーストタウンと化した東京の道を走る、走る、走っていく。

 

 

 呼吸は祭り囃子のように激しく弾んだ。脚はタンゴのダンサーみたく忙しない。

 

 表情なんて、どう緩んでいるかも分からなくなっていて。

 

 ただ、今はやりたいことが滝のように流れてきて、体を全力で突き動かす。

 

 

 そして、ようやく彼を見つけた。それぞれリコリスとリリベルという別系統の組織にいるがために、前回の模擬戦から連絡を取ることすらできなかったが、思わぬ形でまた会えた。

 

 なんてことのない普通の道で佇む彼を見て、まるで恋愛映画の待ち合わせシーンみたいに感じる。クセっ毛の黒髪、冷たく光る蒼黒の双眸。脱力しながらも姿勢良く立っているところは、ネコ科猛獣の待機状態を思わせる。ファーストリリベルの赤い制服はピシッと決まっていて、ホゥと薄く吐息が零れたのを自覚する。

 

 

 千束は呆然としていた自己を認識して、意識を叱咤する。

 

 時間を無駄にしている暇はない。早いとこ、事件解決しよう。

 

 もし、早めに解決したら、黄理とどっか行けないかな?

 オッケーもらえるかな、と既に思考は事件のことから乖離しはじめていた。

 

 

「おっまたせぇ!千束ですよ~。うふふ、黄理、待ったぁ~?」

 

「ああ、40分ほど。久しぶり、千束」

 

 具体的な時間を口にし、彼は本当に何でもないように挨拶を返した。この再会は決して、ありえないものではないと言うように。それが無性に嬉しい。いや、涙を流しての感動的な再会というのも期待してなかったわけではないが、私と黄理の再会は、こういうありきたりな感じの方がいい。

 

 

「コラコラ、具体的な数字出しちゃダメでしょ。そこは“今来たとこダヨー”っていうのがお約束!」

 

「そんな約束した覚えがないけど?」

 

「ムムッ、真面目に言っとるな黄理」

 

「そりゃ、東京がひっくり返る瀬戸際だしな。ふざけてる場合でもないだろ」

 

 “それに――”と彼は続けてこちらの瞳を見透かすように視線を交えてくる。

 

「君とした約束は、また会おうってことだけだろ?」

 

「えへへ、覚えてたんだ」

 

「ああ、――大事な約束だからな」

 

 

 “大事”そう黄理が言った単語が何度も頭の中に反響する。――そっか、黄理も私と同じように交わした約束を、思い出を、一緒にいた時間を大切に思ってくれているのか。

 

 

「じゃあ、さっさとテロリストさんたちを片付けてどっか行こうぜ!」

 

『リコリスの私的な外出には申請がいるぞ、千束』

 

 

 

“空気読んでよ~楠木さ~ん”。

 

 ドンピシャなタイミングで水をかけてきたインカム越しの楠木に、千束は黄理に見られないよう顔を背け、不満たっぷりな表情をしていた。黄理も今の楠木の声を聞いて、前回の模擬戦で顔だけは合わせた司令官だと思い当たる。

 

「貴方は、確かリコリス側の司令官」

 

『楠木だ、暫定的ではあるが千束及び君の指揮を執ることになった、よろしく頼む』

 

「確か虎杖司令がそっちに行ってるはずじゃ」

 

『私は今回、オブザーバーとして参加している。この事件全体の指揮はリコリス側、ひいては楠木司令が取るので君は一時的に彼女の指揮下に入る』

 

『リコリス戦術教官のミカだ。同じく君や千束のサポートを行う。どうか、事件を無事に解決してくれ』

 

先生の声がインカムに入る。

なんだか、機嫌が良さそうな声で良いことでもあったのかな?

 

帰ったら聞いてみようと考えて、なぜリリベルの司令がリコリス側の作戦司令部にいるのかといまさら疑問に思う。

 

 

 もしや前回の模擬戦の結果によりこうなったのかと見当を付けつつ、千束は電波塔に歩き出した黄理の横に並んだ。

 

「楠木さん、それじゃあ今から私と黄理で電波塔に突入するってことでオッケー?」

 

『そうだ。電波塔下部、観光施設裏手の搬入路から塔内に突入せよ。内部では武装テロリストの反抗が予想されるが、それを無力化して展望台まで向かえ。天候の状況を鑑みるに、まだ時間はあるが雲行きの不十分な状態でも奴らが“フウセンカズラ”を利用しないとも限らん』

 

 

 観光施設裏手の搬入路に到着する。

 

「了解、早急に敵を始末して展望台の物騒なものをどうにかすればいいんですね」

 

『死体の始末はリコリス側で受け持つ。今回はスピード重視だ、周辺被害も念頭から外して構わん』

 

「それじゃあ、手早く殺すとしますか」

 

 うんざりと吐き捨てるような黄理のセリフに、私は今日、初めての不快感を覚えた。

 

 リコリスとリリベルにはマーダーライセンスが下りている。だから敵を殺すのは当然の権利行使のはずなのに、それがたまらなく嫌になる。彼が人を殺そうとしている場面を思い描くのが嫌だ、彼が人殺しになるのは嫌な気分だ。

 

 

 咄嗟に、手が横にいた黄理の腕を掴む。急に前振りもなく腕を掴まれた黄理は呆気にとられた表情でこっちを見る。

 

「……今日、黄理は私の相棒なんだよね」

 

「そうだけど、もしかして違うのか?」

 

「違わない。けどね、黄理。相棒になるなら、聞いておきたいことと約束して欲しいことがありま~す」

 

『千束?何を言っている?』

 

 インカムの楠木さんの声が入るが、あえて返事をしない。

 

「電波塔にいるテロリスト、黄理はどうしても殺したい?許せない?」

 

「……どうでもいい。きっとそいつらにも事情があったり、繋がりがあるのかもしれないけど、どうでもいいんだ。生きていようと、死んでようと」

 

 どうでもいい、そう言う黄理の顔はとても悲しんでいるように見えた。けど、それはテロリストではなく、命という事柄を特別に思えない自分の精神を憐れんでのことかもしれない。

 

「そっか」

 

『何をしている千束、こんな状況下でいったい──』

 

 楠木さんが慌てたように声を張る、そりゃそうだ。近くにリリベルの親玉である虎杖司令がいて、リリベルに不要な質問を投げているのだから。

 

 

 それでも、あとでリリベルに狙われるようなことになっても、この問答は成し遂げるんだ。

 

「以前の話にあった答えというほど立派なものじゃないけど、 “どうでもいい”そんな思いが俺の殺人行為の源なんだ」

 

 黄理はゆっくりと、それでいて流麗に袖口から一本の鉄棍を取り出す。

 

「他者を殺すのに、一番必要なものがなにか分かるか」

 

「分からない、たぶん碌でもないものでしょ?」

 

「――人は自分の魂を殺さなければ他者を殺せない、殺しちゃいけないんだ」

 

「──そんな不確かなこと、分かんないよ。いま、こうして黄理は私と息をして歩いてる。それは間違いなく生きてるってことだよ。だから、黄理の魂は死んでなんかない。此処に間違いなく生きてるって」

 

「そうかもな、君が言うなら、きっとそうだ。──その方がずっといい」

 

 

 司令部も今は沈黙をしている。ミカと楠木は背後にいる虎杖の反応に冷や汗と喉の渇きを感じながら、ただ体を硬直させている。虎杖は、何も語ることなく、目を閉じて二人の会話を聞き漏らさぬように集中していた。

 

「ねぇ黄理、約束して。私の相棒になるんだったら、人殺しはやっちゃダメ。これ、大事な約束だから。破ったらすげー怒るから」

 

 唖然とする黄理の腕に私の腕を絡ませる。そして、彼の顔を真正面から見つめた。

 

「生きていようと、死んでいようと、どっちでもいいんだよね。だったら、生かそう、助けようよ。そっちの方がずっと格好良いし、何倍も素敵じゃん」

 

 耐えかねた司令部よりインカムに通信が入る。

 

『リリベル相手に自分の流儀を押しつけるな!応答しろ、千束!』

 

 慌てた楠木さんに一言くらいは謝ろうとして、インカムに聞き慣れない声が入る。

 

『お前はどうしたい、黄理?』

 

「……俺が、選んでいいんですか?」

 

『お前自身のことだ。ならばお前が決断し、選び取る以外に選択肢はない』

 

 

 冷徹にして非情と謳われたリリベルの司令官が、言うとは思えないような発言に楠木は凍り付いた。同時にミカもまた、意識が停止する。どうして“虎杖司令”は子供に選択を委ねようとするのか。それがいくら考えても分からない。

 

 

「──それなら、俺は生かしてみたい。そういう選択をしてみたい」

 

『なら、その約束は守り通せ。小さいとは言え女と交わした約束は破ると後が怖いぞ』

 

 虎杖の思わぬ軽口にリコリスの作戦司令部が仰天する中で、先ほどの黄理の言葉に千束は満面の笑みで応える。

 

 

 

「じゃあ、約束。私の相棒になったからには、敵も味方も“命大事に”、が基本方針だから。私と君の、大事な大事な、破っちゃいけない約束!」

 

 

 念入りに、約束の部分を強調したのは、黄理があまりにも暗殺者として完成されつつあったことを認識していたためだ。千束の心配の感情を読み取った黄理は、素直かつ誠実に目を見つめながら約束を(ちぎ)り、今日この場において命と背中を預ける相手へ挨拶を行う。

 

 

「そうだな、君との約束だ。……それじゃあ改めて、よろしく相棒」

 

「──うん、よろしくぅ相棒!頼りにしてるぜ!」

 

 

 

 

 

 

 インカムの通信を落として、楠木は無表情の虎杖を見る。

 

「誠に申し訳ありません、うちのリコリスが大変無礼なことを」

 

「構わん、彼女は七夜に勝利している。なら、これも勝者の権利と考えてもよかろう」

 

 鷹揚に笑う虎杖を楠木は恐ろしくて見ていられなかった。相手はリリベルの長であり、上層部にも意見具申を通すことのできる豪腕と謳われた男だ。迂闊に敵に回せば、あの最強のリリベルがこちらに差し向けられてもおかしくない。

 

 何よりリリベル、いいやリコリスにしてもそうだが、不殺思考というものは暗殺組織のエージェントに持たせてはならない類の思想である。それをリコリスがリリベルに伝播させたとなれば、どのような恐ろしい結末が来ることか。

 

「今回の錦木千束の発言と思想には、ひとまず何も言う気はない。七夜が出ている以上、現場の判断に委ねよう」

 

「はっ、承知しました」

 

 

 作戦司令部では、安心の吐息を零す楠木とその横で微笑むミカ、変わらぬ無表情ながら黄理と千束の動向を見つめている虎杖の三者三様に別れて任務に当たるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏手の搬入路へと来た二人は銃を構えて観光施設への突入準備を取る。

 

 搬入路付近に敵影は確認できず、冷え切った沈黙だけが空間に充満している。

 

 

 黄理は一本の鉄棍とサイレンサーを取り付けたベレッタを構えている。私の方はサイレンサーは付けず、C.A.Rシステムの構えを取った。突入すれば敵の攻撃があるだろう。閉まっているドアが目隠しとなり相手の姿が見えないため回避運動に一手のロスが生じる。

 

 拳銃の連射程度ならどうにか回避できるが、アサルトライフル、機関銃の掃射だったら回避しつくすのは困難。

 

 どうしたものかと、頭を悩ませていると黄理がそっと扉の前に立つ。

 

「開けたら間髪入れずに撃ってくるだろうから、銃声が止んだら来てくれ」

 

「ちょちょ!黄理はどうすんの!?」

 

「ま、行儀が悪いけど土足で踏み込むさ」

 

 

 土足って、ドア向こうは別に土足厳禁の場所じゃないだろ、なんて思っていると、黄理はドアをほんの僅か20センチほど静かに開いた。そのままあともう1センチ開こうとしたところ、彼はドアノブに右足をかける。

 

“はぇ?”。

 

 瞬発、その後に破壊音。ドアノブが彼の脚力の負荷に耐えきれず、派手に壊れた。壊れたドアノブは私の脇すれすれを吹っ飛んでいく。

 

 

 黄理の姿がない。銃声が響き渡り、私はドアの正面から急いで飛び退く。蜂の巣になり、瞬く間に廃材の木っ端片に変わるドア。ドアが粉微塵になった後、銃声は屋内の方で響き渡る。聞こえる数だけで少なくともテロリストは一人二人なんて次元ではない。

 

 

 加勢しよう、粉々になったドアを踏みつけて屋内、電波塔の観光施設へ突入。

 

──戦闘開始だ。

 

 

 突入すると、そこには重武装をした男たちが多数転がっている。腕を捻られてひどいことになっている人や、両膝から血を流している人だっていた。でも、一人として死んでいるような感じではない。

 

 そう思っていると正面から覆面をかぶったテロリストが大声をあげながら、こちらに軽機関銃を構えている。服の上から筋肉の動きを察知、発砲タイミングを瞬時に洞察し、慌てることなく敵手の射線から離れる。

 

 

 銃弾が髪を梳く、いくらかの髪が銃弾に食い千切られたような感じがした。怪我無し、次の回避動作に問題無し。けど……乙女の髪を一体、なんだと思ってるアンチキショー。

 

 

 身をかがめて、突進。軽機関銃の射撃を避けながら接近されるという不条理に怯えの感情を向けた男は、弾切れなのに何度も引き金を引いている。2m以下まで接近。C.A.Rシステムでは異端的だが、両目で狙いを定めて発砲。

 

 フランジブル弾は、相手に着弾して体の内部から彼岸花が咲くように赤色の粉塵を散らす。まるで弾丸が撃ち込まれ、体から血が噴き出すような光景。倒れた相手の顎付近を蹴り飛ばして意識を刈り、次の相手へ。

 

 

 赤眼が今、薄暗い室内で爛々と輝きを放つ。次々とテロリストへ接近しては、非殺傷弾で撃破、撃破、撃破。ビリビリと肌が泡立つ。同時に、これまでの任務で味わったことのない感覚が身を包む。

 

 

 数名の敵を一人で倒したことは何度でもある。

 武装だって、同程度の集団はこれまでにも経験済みだ。

 違うのはただ一つ、自分以上の暗殺者の影がこの空間に存在するということ。

 

 

 影から影へ、死角を縫い、あるいは意図して作りだした死角に潜り込み、次から次へと敵が崩れ落ちていく。今の私よりも、遙か高次元の身体運用技巧を目撃した私は自分の体の動かし方が変貌──いや、進化していくのを実感する。

 

 教材は、あまりの速度に霞んで見えにくいとはいえすぐ傍にある。

 

 洞察、観察に集中した眼は、無意識下で私の体の動きの最適化を実行する。

 

 床、壁、天井、意思を持った主無き影のように、それは不確かに、ゆらゆらと動いて空間を支配する。サイレンサー付きのベレッタで発砲、敵が崩れたところで鉄棍を使い意識だけを剥奪する。中距離、近距離に踏み込まれたテロリストの抵抗も空しく、赤子の手を捻るより簡潔に勝負がついた。

 

 遠距離の敵の不意打ちもやすやすと回避、そのまま平然と叩きに行く。

 

 黄理の眼光は、蒼い流星のような尾を引いて、次々と敵をなぎ払う。

 

 

 黄理が敵の眼前で低く、低くかがみ込んだ。床に伸びる影のような姿勢の状態から一転、体を捻りながら半回転して敵を思い切り(かかと)で蹴り上げる。

 

 蹴られた相手は、まるで風に乗って浮遊する風船のように空中に吹き飛んだ。

 

 

 視線を黄理から引きはがす、背後に敵影。

 

 “使えるな、あれ”

 

 反射運動が体を自動で操作する。体を半回転させ捻る形で速度を獲得、そこで得た速度から蹴りの威力を押し上げて背後の敵の腹部を思い切り蹴り上げる。吹き飛びこそしないが、内臓に深々と浸透する蹴りの威力に相手は悶絶したようだ。

 

 

 そのまま、とどめと銃を射って完全に昏倒を確認。

 

 舞い上がった赤の粉塵をかき分け、続いて二人ほど仕留めた。

 

 

 次は、と思ったところで周囲を見渡すと既に敵はほとんどが床でのたうちまわっているか、転がっていた。時間にして、たった一分そこらの蹂躙劇。たまたま視界に黄理を捉えたときはなんとも思わなかったが、これをほとんど黄理が片付けたという内容に絶句する。

 

 

 というか──。

 

 

「非殺傷戦闘、私より上手いじゃん!!」

 

「そうかな?模擬戦と勝手が違うから、そこそこ手間取ってるんだけど」

 

 黄理は不服そうな顔で鉄棍を二、三度振ってから袖に即座に収納。ベレッタの弾薬を腰のホルスターから補充する。というか、銃を使う頻度が明らかに少ない。ほとんどのテロリストを近接格闘で圧倒していた。

 

 殺ししかできない、などと謙遜しすぎだ。

 

 手間取った?

 

 どの辺が、と眉をひそめる私に弁解するように黄理は苦笑をする。

 

「やっぱり、味方とやる模擬戦と違って、敵を殺さないように段取るのは難しいな」

 

「こんだけばったばったと倒して言うことかね、ちみ?」

 

 

 ──一方、リコリスの作戦本部で、監視カメラよりモニターしているほぼ全ての人間が茫然自失に陥っていた。人目を憚らなければ、部屋にいる多くのオペレーターたちが狼狽と恐怖を味わっていただろう。

 

 DAにおいて、リコリスとリリベル、両組織のエージェンドはサード、セカンド、ファーストと階級分けされている。最高位のファーストは、その多くが怪物めいた実力者だ。だが、錦木千束と七夜黄理は、その次元から逸脱している。

 

 活動時間、僅か60秒弱。

 

 彼らは両の手では数え切れないほどのテロリストをあっさりと無力化した。

 

 それも生かしたまま。

 

 

 錦木千束と七夜黄理。

 

 この二人の強さという物差しはとうに壊れている。

 

 

 銃弾さえ回避する錦木千束の姿を常日頃から見ているリコリスたちのオペレーターは、彼女こそ最強だと信じていた。以前の模擬戦も辛勝と話に上がってはいたが、上層部やリリベルとの兼ね合いで圧倒しなかっただけの話だとタカをくくっていた。

 

 だが、あのリリベルの少年は、明らかに異常過ぎる。あの錦木千束を凌駕し、カカシでも横倒しにするように、テロリストを簡単に打ち倒す。鉄の棒きれで相手の腕や足を突いただけで、相手が崩れ落ちるさまは、アクション映画の殺陣でもやっているのかと誤認してしまう。

 

 部屋に入った瞬間が映像になく、映像に映り込んだ姿さえ不鮮明。監視カメラで俯瞰しているのに、気づけば視界から気配も存在も消失する非常識なまでの隠行。影より来襲し、即座に事を終える手腕。

 

 そして、この非殺傷戦闘は、まだ全霊ではないという信じ切れない情報。

 この時間で、手間取った?あの手際で、手間取った?

 

「──あれほどの敵をこの短時間で制圧するとは。今日、君が味方でいることが、我々にとって最大の幸運かもな」

 

 

 懼れと賞賛の入り交じった言葉が楠木の口から漏れ出る。

 

 普段の彼女らしくない言葉は、楠木本人も動揺していることの証明だった。

 

『お褒めの言葉とおひねりは、事件が無事解決した後でお願いします』

 

『そーだそーだ、見物料弾んでもらうかんね!』

 

 

 二人揃って小生意気な通信を送ってきたところで、彼女らは電波塔のさらに奥へと進んでいく。通信機のマイクをオフにした楠木は、心底愉快だというように画面の二人を見つめながら苦笑いを浮かべる。

 

 

「どうして、こう馬鹿みたいに強いヤツに限って生意気なクソガキなんだか」

 

 

 ミカおよび傍にいた秘書はなんとも言えない表情となり、虎杖だけは娯楽映画でも見るような姿勢でモニターを楽しそうに見ていた。

 

 

 

 

 




 Double check

 自分は映画、クライマーズハイよりこの単語について知りました。
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