リコリス・リコイルより“偵察”、“ドタバタ”
錦木千束と七夜黄理は無事に電波塔内へ潜入した。
潜入して、ほどなく“五回”ほどテロリストの襲撃にあったが二人がかりで無事撃退。倒した連中は適当に放置して問題なく進めている。その状況下で錦木千束は眼前の少年の索敵能力に舌を巻いていた。洞察、観察眼の鋭い彼女もなんとなく嫌な感じがすると、テロリストの隠れている場所、不意打ちのタイミングは無意識下でちゃんと察知はしていた。
しかし七夜黄理は、理解した上で対処していると錯覚するほどに直感が鋭い。警戒状態の猛獣並みの危機察知能力。ただ、彼の察知能力もさることながら、相手の位置取りが嫌らしい。いいや、賞賛の意味を込めて巧みと言うべきだ。
いる、来る、と分かっても対応に要する時間と手間が尋常ではない。こちらの行動パターンを予期されているような段取りめいた気配さえ、待ち伏せていたテロリストたちからは感じ取れる。詰め将棋で負かされる相手側になった気分だ。
「なんか、こっちの情報漏れてない?監視カメラで見られてるとしたって、この先回りの仕方はおかしいって」
いつの間にか檻に囚われているような違和感に思わず作戦本部へ通信を行う。真っ先に出てくれたのは担当オペレーターのミズキだった。
『監視カメラのコントロール奪取なんて最初にやってるわよ』
「でも相手の奇襲ポイントがあんまりにも嫌なとこばっかなんだよねぇ」
『う~ん、テロリストたちも監視カメラの死角に隠れているんだから、操作権を取り返す気はないみたい。場所によっちゃ、カメラがほとんど壊されている区域もあるし。監視カメラを使っている感じはしないけど』
う~む、わからん。どうやって相手側はこんなにも正確にこっちの潜入経路とか、奇襲されて嫌なところを的確に突くことができる?
DAにスパイとかいるわけもないし。
超小型ドローンでも飛んで……いないか。
「ダメだぁ、わからーん。黄理は見当つく~?」
「──どっかで似たような……」
歯切れは悪いが何かしらの覚えがありそうな黄理の台詞に期待が高まる。いくら、撃退しているといっても、こう連続で奇襲をされては神経が参ってしまう。せめて、どういった方法でこっちの動きを読んでいるかだけでも分かれば、打開策も見つかるかもしれない。
「おおぅ、心当たりある感じ?」
私の相づちに促されて、黄理は真面目な表情で自分の心当たりについて吐露する。
「これ……未来予知かもしれないな」
「ちょーい、リアリティたっぷりの現場で急にオカルトに転向しちゃいますかねこの子は。もう、そういうのは夏のUFO特番とかオカルト特集の時に」
『ふむ、なるほどラプラスの最後の通信の行き先は此処だということか?』
インカムより虎杖司令が黄理の言葉に同意するように通信をしてくる。
“というか”
「……ラプラスってなに?」
『クッソ重い情報処理コンピューター。オペレーターを過労死させる悪魔で、ラジアータ採用前のDAに関連する情報秘匿システムだったガラクタよ』
「ラジアータ以外にもそんなメカがあったんだ。てか、だいぶボロクソ言うね?」
『あ~んな使うのに馬鹿げた量のデータ打ち込むシステムなんていちいち使ってられるかつーの!』
『だが、システムの予測演算は未来予知というに相応しい精度を持っていた。使用に難があったが優秀なシステムではあったよ……しかし虎杖司令、ラプラスは既に廃棄されたはずでは?』
『ああ、DAで使われていたラプラスは間違いなく廃棄された。しかし、以前ラプラスを開発した人間がDAで採用されていたものと同等のラプラスを作っていたのだ。別件だが、それを使い京都で事前に死傷者数や被害規模を未来予知した爆弾事件が起こってね』
未来予知の爆弾魔事件?
おお、なにそのワクワクとロマンが合体したような事件は!
──いやその事件では死傷者まで出ていると言ってた。
京都という自分の知らない場所での出来事とはいえ同じリコリスやリリベルが犠牲になっているのだろう。
不謹慎だという思考が浮かれきった私をすんでのところで押し止め、事情の把握に意識を飛ばす。なるほど、つまり敵さんはそのラプラスを使っているから的確に奇襲ポイントを選ぶことができるわけなのか。
ん?というか、この話の流れだともしや黄理が関わってくる?
『事件の首謀者であり、開発者だった爆弾魔は京都のサードリコリスが殺処分済み。黄理の方は爆弾魔が雇った傭兵たちとラプラス本体を処分している』
処分、つまり黄理は京都でも任務をこなしていたと。暗殺者が処分なんて言葉を使うからには相応の結末しかないよね。うん、なるほど。
「き~りく~ん、ちょっとお話があるんだけどぉ」
「千束と相棒組む前の話だから……約束を破ってはいないぞ」
ジトっとした視線を受けて、黄理はどこか申し訳なさそうに顔を背けた。黄理がリリベルとして何人もの命を奪っていたことは既に知っている。けど、それを聞くのはなんだか気分が良くない。命を粗末にするということは絶対にダメなんだ。
足取りが重く冷えるような感覚に呑まれそうになるがどうにか気を取り直す。
約束したんだ、“相棒となったからには殺しはしない”という私たち二人の約束。
黄理はもう人を殺さない。
なんたって、私の相棒なんだから。
「仕方ないね、情状酌量を認めま~す」
「そりゃ良かった、ホントに」
“油断禁物だよ、黄理”
ほっとしている彼の耳元へ近づいてイタズラっぽく
「……ただし、次はないから」
ただ、こっちのとっびきりの攻勢にも黄理は動じることなく平静のまま会話を続ける。
「ああ肝に銘じとくよ、千束と相棒の間は殺しは無しだってね」
“人を殺さない”。
そうだ、この約束は黄理と相棒であるこの事件の間だけのもの。彼の人生の選択を強制する権利は私にはきっとない。リリベルである彼はこの事件のあと別の任務に向かうはずだ。
次の現場、任務で黄理は大勢の命を奪うかもしれない。
だからこそ今日、私と一緒に事件を解決する中で彼にも知って欲しい。人殺しなんてやっちゃダメだということ。誰かを助けるということの意味。いっぱい私の知っていることを黄理にも知って欲しいと思う。
黄理は気づいていないかもしれないけど、テロリストがいる現場でも君がいるだけで不思議と嬉しくなってしまう。足取りは軽いし不安もない。それを言葉にするのは、なんだか恥ずかしく感じてしまうのが不満と言えば不満。
気がつくと黄理との時間は私の中ですっごく大事なものになっていたんだ。
だから同じように私との時間が彼にとって大事なものになってくれますようにと願っている。
大丈夫、黄理もきっと分かるはずだ。人を助け生かす道は困難かもしれないけど、きっとそれ以上の価値があると。
電波塔下部、観光施設フロアの開けた場所に出てくる。照明や監視カメラは壊され、辺りは薄暗く地面にはお土産のお菓子や雑貨が散乱していた。有り体にいうと廃墟みたいだ。悪徳のはびこる荒廃した環境。
テロリストがのさばるにはうってつけで、ありきたりのシチュエーション。
「大勢あちらこちらに隠れているな。どうする千束?」
黄理の言う通りあちらこちらから、何者かが潜んでいるような感じが漂っている。というか、たった二人にこの万全の陣形って大人げないと思う。此処までの奇襲、不意打ちを全部やっつけた身でいうのもなんだけど。
「──そうだねー、うん真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす!正面突破でいこう」
ぱちんと指を鳴らし黄理へ銃の形にした手の人差し指を向ける。向けられた黄理は、肩を竦めて両手に黒の棍を握った。
「俺には向いてないな。スポットライトはそっちが独占してくれ、こちらは裏方をやっとくよ」
「おお?私が主役でいいのぉ、黄理の出番だって奪っちゃうかもよ」
「問題ないだろ、千束は華がある」
思考が蕩けかけて体が僅かに跳ねた。黄理のこういう表情を変えないまま不意にストライクを投げ込んでくるのホント困る。
すごく、困る。
「──華は花でも彼岸花だって」
「彼岸花、綺麗だけど?それに君が主役なら、こちらも張り切る甲斐があるさ」
「だぁー!褒めるならもうちょい表情変えんさい!……もう、行くからね。援護よろしく。とちったら化けて祟るから」
「はいはい。表は千束が、裏は俺が回る。後背は任せてくれ」
黄理の言葉を聞いて、背後の心配がなくなる。同時に誰か信頼できる人に背中を預けることの喜びをはじめて知る。彼に色んなことを知ってもらうために頑張ろうとしていたけど、私も黄理と一緒にはじめてのことを知っていく。
この瞬間が何よりも嬉しいし楽しい、昂揚と多幸感が心身に満ちる。
よし、じゃあいっちょテロリストさんたちにきついお仕置きのお届けだ。
でも、その前にバディものには鉄板の台詞を言うとしよう。さっきの黄理の言葉を聞いて、こっちも言いたくてうずうずしてたところだし。でもまさか、私がこの台詞を使うなんてな~。そんなの考えたこともなかった。
足を一歩、前に進めて雑貨棚の裏から千束はフロアの方へ出て行く。そして彼女は相棒の信頼に命を託すという思いを込め、キメ顔でウィンクをしながら声を挙げる。
「うん、後ろは任せた!」
それを合図にアサルトライフルの弾幕が私に向けられた。
連続した弾丸による破壊音と発砲音が響き渡る。
しかし黄理との会話中にどの辺りに何人が隠れているかは把握済みだ。そこから射線を推測し、銃弾の隙間を縫って走る。今の位置ではゴム弾の有効射程に入らないため、自らが敵の懐に飛び行っていかなくては敵を倒せない。
降り注ぐ銃弾の雨をかいくぐって、さらに前方へ進む。
接近したテロリストに非殺傷弾を容赦なく撃ち込んだ。
赤い粉塵を舞い上げて彼らは背中から床に崩れ落ちる。後方、位置の関係で仕留めきれなかった敵影が二つ。だが、私の取りこぼしは彼が片付けてくれる。
舞台中央でのびやかに躍る
二つの鉄棍が素早く残像を残して叩きつけられる。失神により崩れ落ちる男を蹴り飛ばし、テロリストの射線を妨害。錦木千束の行動進路を開けさせる。いかなテロリストといえど即座に味方を撃ち殺すほどの無法者はいないらしい。
全方位の弾幕に空いた空隙をつき、少女は前方へ赴く。対応しようとするテロリストには哀れだが、こうなってはもうどうにもならないだろう。赤い眼光を纏う小さな少女を近づければ赤い粉塵と共に仲間が減っていく。
少女に対応しようとすると、その死角より無音の襲撃者がやってくる。気配なく行われる打擲。あるいはみぞおちを突いて昏倒、急ぎなら蹴りを顎に食らわせる等、薄暗く障害物に溢れた空間を自在に蜘蛛が駆ける。
急造とは思えないほどの華麗なコンビネーション。
裏と表、光と影は互いに位置取りを巧みに交換しあって、ダンスを踊るようにくるりくるくると華麗に
赤き眼光と蒼の眼光は回り続け、螺旋を描いて敵をなぎ払いながら進み続ける。
身を震わせる感動、ここまで他者と意思を通じ合わせたことは錦木千束の七年の生涯に於いて未だかつて無かった。殺すことしか知らなかった彼と、私は今、同じ信念を抱いて同じものを視ている!
うん、私ってば黄理と相性がいいな!
正面切っての接近制圧、背後を取っての隠密奇襲。
目立ち光輝を放つ表と、意識させずに影となる裏。
踊り子と黒子の即興舞台が戦場を席巻する。錦木千束は最速でより多くの敵を倒せる行動ルートを取り、七夜黄理はそれと対面になる動きで影より彼女の援護に回る。物量差を圧倒的な個の二重奏が蹴散らしていく。銃声、爆発音が混ざり合い二つの影を仕留めようとするも、二人の最強がその反抗を食い破る。
あれ、黄理の手元から赤外線の光が伸びてる?そのまま赤い光線が瞬いたかと思うと、濡らした布を振り抜いたような奇妙な音が呻りを上げた。いいや、ただの音じゃなくて、これは“銃声”だ。
バシュ、と明らかに普通の弾丸による発砲音じゃない。
鋼線が放たれて相手はそれに絡まることで行動を封じられた。
拘束武器!?いやいやリリベルの武装と結びつかない!でもいいなぁ!
「なにそれワイヤーガン?いいなぁ、かっちょいい!あと便利そう!私も欲しい!」
「千束、おしゃべりはまた後で」
「後っていつ!」
「少なくとも、この鉄火場では難しいな」
相手を捕まえることの出来る武器なんて、すごい便利だしスパイの七つ道具みたいでクール過ぎる!戦場で雑談に花を咲かせていると二階より銃弾が降ってくる。伏兵か、どうしよう二階まで昇るか、ここで銃撃するか?
この距離だと非殺傷弾は牽制にしかなり得ない。となると、二階に上がっていくしか……え、黄理?
突然、黄理が商品の陳列棚を蹴り倒し、斜めになった棚を駆け上がって二階の方へ飛ぶ。って、ちょ黄理!こんな囲まれてる時に跳躍はまずいから!
私の心配を余所に黄理はワイヤーガンを跳躍した反対方向へ向ける。
二度、輝く赤外線の射線誘導光。二階の手すり部分に向けて光ったそれは、発砲音を上げてワイヤーを射出する。今度の一射はワイヤーガンと繋がったままで、もっかい引き金を引くとワイヤーガンが高速でワイヤーを巻き取った?
空中で方向転換!?
飛び上がった黄理に放たれた銃弾も照準を付けた先に相手がいないのなら当たるはずもない。
巻き取ったワイヤーで二階に上がった黄理は、二階で銃を構えていた敵を掃討。あっという間に片付けてもう一度、階下に降りてくる。降りる瞬間を狙った射撃もあったが、空中で糸を伸ばし落下方向を変える蜘蛛相手では当たるはずもない。
うんざりしたようなテロリストの声がレジカウンター裏で上がる。
「そんだけの腕があんなら、今すぐにでもこっちに転職しないか!好待遇で歓迎するよ!」
叫ぶ声を頼りに疾走、レジカウンターに潜り込んで相手の脇腹に銃口を当てスパイクを噛ませる。
「私の大好きな人たちのいない環境に興味は持てないな~?」
至近弾、45口径の弾丸がテロリストを横倒しにして吹き飛ばした。
赤い彼岸花が咲いて刹那に散りゆく。
「生憎と待遇で転ぶほど安い子じゃないのでーす」
黄理と千束が多くの敵を蹴散らし、やがて大時計の下で合流。大時計を盾にして息を整える時間を確保した。息が荒くなっている、体は疲れたと疲労を叫ぶが、それ以上に意識は鮮明で今ならあらゆる不測の事態に対応できる。
この瞬間の私は、今まで生きてきた中で一番強い私だ!
絶好調で気分が最高に上がってきている。
息をすること、目を開けて世界を見ること、隣に黄理がいること、全てのことが楽しいと感じる!その横でワイヤーガンの予備カートリッジを装填している黄理は私の方をじっと見ていた。
「どったの黄理?」
「いや、大したことじゃないんだけど。……千束が隣に座ってるなって」
なんだそれ。なんだか無性に面白い。見たまんまのことをさもすごそうに真面目に口にする黄理の顔がツボに入った。派手に噴き出してから改めて黄理を見つめる。今の私は彼にどういう風に見えているのか、ちょっと気になるな。
「逆立ちでもしてるように見えてる?」
「君がいるのが見えてるかな」
ぐっ油断しているタイミングで、こやつめ!
思わぬ不意打ちが意識の外から刺さった。高鳴ることのない心拍が不意に跳ねた気がする。
というか、真面目な顔でそんな見つめてくるの、すごくズルい。黄理の静かに煌めく蒼黒の瞳がずるい。姿勢悪く座っているのに絵になるのがずるい。無表情なくせに話し方が柔らかいのがずるい。なんてことない言葉で私の心を満たすのがずるい!
「ったはぁ、黄理はズルいよ、反則イエローカードです」
「?どういう経緯でそうなったんだ、千束ってホント予測がつかないな」
「それはこっちの台詞だよ。心広い私でなかったら、即刻レッドカードで退場してるとこだから。まったくイエローカードで勘弁していることに感謝してよね」
「やたら、イエローカードのとこ強調するけど、まさか俺の名前とかけてる?」
無言で微笑み、黄理の呆れたような顔つきの追求を退ける。何が悲しくて、自分のギャグを自分で説明しないといけないのか。黄理とそんなとりとめない話をしていると大時計の向こう側、ショーケース裏手の方から大声が上がる。
「大時計の下だ!」
裂帛の声を聞き、周辺のテロリストは統制の取れた動きでこちらへと迫る。向こう側から手榴弾が放り込まれた。蹴り返す時間はない。黄理と私はお互いに一瞬だけ見つめ合ったのち、即座に右と左へ別れて走り出す。障害物から飛び出すと同時に手榴弾が爆発。
辺りの残骸を巻き上げ、煙が立ちこめる。チャ~ンス!この煙に乗じて距離をつめよう。姿勢を低く保ち、店舗フロアを軽快に走り抜けていく。途中、当てられそうな位置にいた人についでとばかりに非殺傷弾を撃ち込んで制圧。
クロークの付近を通ってから、敵の懐に潜り込もうとして敵が機先を制する。
「クロークの方に逃げた!もう一人、十時方向の商品棚の間を走ってくる!」
読まれてる!?
こちらの行動の把握が予想より二手は早い。それも視線を切るような進路を取っていたはずなのに見切られた?監視カメラの確認、いやそうじゃない。リアルタイムでこっちの動向を確認している。となると相手がこっちの行動を読んでいる方法ってなんだろ?
思考が纏まるより先に敵が先手を取った。
アサルトライフルの銃火が空間を舐めるように蹂躙する。
人間一人、二人に向けて良い火力じゃないぞこれ。いったい、こちらをなにと思っているんだか。日本が世界に誇るKAIJYUとでも戦っているつもりか?
こうも銃撃を受け続けては出るに出られない。複数の射線が重複していることで回避スペースやタイミングが際どくなっている。むざむざ、避けきれない弾丸の雨に飛び込む事は出来ない。むむ、どうしようか。
私が表に出ないと、黄理が裏方から攻撃に転じられない。私の突撃で生じる意識誘導、その影に潜み攻めを行うのが黄理の役割。ただ、その役目を私が果たせないとすると、黄理は動けなくなる。
彼は生粋の暗殺者だ、それゆえに正面突破はまず取らない選択。次の相手方のリロードのタイミングで私が出て行って、どうにか突破口を作るしかないか。そう思っていると商品棚を背にした黄理が手を振っていた。
視線をそちらに合わせて、何を伝えたいのかを確認する。
反対方向の黄理がジェスチャーを送ってきた。敵の方を指さして、えっちょっと待った。
待った待った待ったぁ!
私がそのジェスチャーの意味を呑み込むより先に黄理は、手に持っていたものを大きく弧を描くように投げてから敵の弾幕の
矢面に飛び出る黄理の頭上に飛ぶ一つの物影。千束はそれを視認すると落下予想地点に走る。その落下地点はちょうど、黄理の登場で意識の死角となったポイント。この瞬間、主役と黒子、その役割分担が綺麗に入れ替わった。
表と裏、白と黒、
地面を滑るように、あるいは流水のごとく駆ける少年。彼が大きく振りかぶると、一対の鉄棍が銃を放っていた二人の男の手首を貫通。穿たれた手はもはや動くことはないだろう。戦果を確認するより先に七夜黄理はサブアームのベレッタを取り出して二、三発撃ち返しながらなお先に進む。
元より牽制、当たるはずもないが敵が怯んでくれたおかげで回避は容易になった。
体力の限界まであと六秒、それを越えてしまえば七夜黄理は打ち捨てられた襤褸切れとなるのが必定。ただまぁ、それは彼が一人きりだったらの話だ。
黄理が咄嗟に投げた拘束用のワイヤーガンをキャッチして、私は相手の死角である側面に切り込む。こちらの動きを読んでいた人間が、咄嗟に仲間へ呼びかけようとする。
「まずっ、側面から……」
遅い!このタイミングなら、こっちが相手の対応の上を行く。
C.A.R.システムで構え照準を合わせる。いいや、合わせる必要すらないかもしれない。安全装置を下ろした時点で赤外線の誘導光が射線を教えてくれている。どのようにワイヤーが飛んでいくのかという赤光の導き。
引き金を引くと、即座にワイヤーが射出され狙っていた人間を拘束する。おお、始めて使ったけどやっぱ良い感じだ!
拘束した緑髪の男を乗り越えて、その横の男性へ非殺傷弾を二発ほどみぞおちと胃の辺りに撃ち込んだ。そう、昔の偉い人は言いました。まず
物理的な意味ではないのだが、それを知るよしもない千束にはまだ早い概念だったらしい。非殺傷弾をドテッ腹に喰らい重力の呼び声が命じるまま地面に男が崩れ落ちた。その横で声を上げようとしていた人間を緋色の眼光が静かに見下ろす。
「ふぅん、目以外の感覚でこっちの動きを読んでたんだ──」
ワイヤーで縛り付けられた“クセのある緑髪の男”は、瞳を包帯で覆っていた。元より見えないのか、はたまた感覚を制限して聴覚を鋭敏にしているのか、まぁそれも捕縛してしまえばなんてことない。
緑髪の男は包帯ごしながらも怪物と出くわしたかのようにこちらへ恐怖で歪んだ顔を向けてくる。男は拘束された状態で、最後の抵抗をしようとしたのかポケットから何かスイッチのようなものを取り出し。
銀閃が空を斬る。拘束された男の右上腕部に深々と刺さったのは、“
それも腕部を動かす上で最重要な点を正確に壊したのだ。
もう、彼の右腕が自由に動くことは一生ない。それを知らない錦木千束は刺さりどころが悪かったのかと思いながら失神した男の肩口に止血帯を強く縛り付け、ナイフを抜いて応急処置をする。黄理は地面に落ちたスイッチらしきものを踏み砕く。千束の手で無造作に投げられたナイフを受け取り彼女の手伝いでもしようかと傍に近寄った。
その時、“コロセ、コロセ、コロス”と七夜黄理の脳裏に不快な衝動が木霊した。
思考が急激に冷え込んだ。
コロセ、その男はこの場でコロスべきだ。
直感が理性を虫食いにする。かつての鬼神を見逃した時に類似した感覚。さすがにあの紅赤朱ほどの脅威を感じはしなかったが、それでも生かしておくには危険すぎると本能が殺人を推奨する。ナイフを逆手にとって、頭上で振りかぶろうとする体勢となった。
それを見た千束が両腕を大きく広げて進路を妨げる。
「黄理、ダメだよ。……命大事に。約束したでしょ」
「その男は危険だ。きっと生かしておけば後々に響く。きっと、この事件よりも碌でもないことをやらかすぞ」
冷たい確信が七夜黄理のナイフを掴む手を動かしていた。元よりその男は意識を失っていて、拘束された状態だ。まな板の上の魚よりも手早く解体できる。
かつてのように見逃して手ひどい応報を受ける前にこの場で八つ裂きにしよう。構えたナイフが千束の眼光を受け赤く照り返した。
「どいてくれ、千束。そいつは此処で始末する」
蒼の眼光が殺意に光り、赤い眼光がそれを遮る地点に立ち塞がった。
「どかない、絶対、黄理に約束を破らせない」
また、奇妙な言い回しをするものだと黄理は冷淡な目で千束を見つめる。そこで伸びてる男のためとかではなく自分たちの約束のために殺人を止めようとするのか。その選択は七夜黄理には存在しない。選び取れない道を行く千束が羨ましく思える。
だが、殺さなくてはならない。
「そいつが生きていれば、また事件が起きる。これよりもっと狡猾で、甚大な被害を出すかもしれないぞ」
最後の念押しだった。間違いなく、その男には異様な何かがある。此処で始末を付けておかないと後悔する羽目になるだろう。黄理は感情を排した語気で語った。それに相対するは感情論で固められた少女の言葉だった。
「──なら、私たちがまた止めにくればいい。何度だって、一緒に事件を解決しようよ。私たちならなんだってできるさ!だって、私たちは“最強”なんだから!そうでしょ、相棒!」
そういって私は黄理に手を差しのばす。この手をとってくれないとなると、黄理を力尽くで止めないといけない。それは果たしてできるだろうか。隠密戦闘も、正面戦闘も現時点で私より数段は上手である黄理を相手取れるか。
今、できるのは黄理を信じて手を伸ばすことだけ。真っ直ぐ差し伸べられた手を黄理は見つめている。振りかぶられたナイフは頭上で止まっていた。千束と黄理が見つめ合う。どちらも相手を思いやっての行動であり、自分のための利己的な行動でもある。
赤の双眸と蒼黒の双眸が交差する。
無言の根比べ、先に音を上げたのはナイフを握っていた少年の方だった。
ナイフを下げて底部を腿に押し当てると刃部がパチンと音を立てて即座に収納。花と七夜の二文字が彫られた小さな棒を腰のホルスターへ押し込む。
不服そうに、けれど微かに笑って彼は錦木千束へ向かい合う。
「俺のことをずるいなんて言っていたけど、千束も相当だぞ」
「そうだねぇ。私ってばずるい女なのです。……知らなかった?」
「いま知った。けど、それが相棒の選んだことなら仕方ない。此処は君に譲るとするよ」
「うん、ありがと。さっすが相棒、話が分かる!」
「君は、分からず屋なところがあるからね」
「あ~、あはは。記憶にございません」
苦笑いしているのを見るに、リコリスの本部でも不殺主義を通しているようだ。
“せめて俺くらいは物わかりがよくないとだろ?”そう締めて黄理は敵のいなくなった観光施設を出て、展望台へと階段で上がっていく。エレベーターはトラップの可能性を考慮して使えない。駆け足気味に進みながら、展望台を目指して駆けていく。千束はインカムのスイッチを付けて、展望台の様子でも司令部に聞いてみることにした。
「展望台って、外から様子がわかる~?」
インカムを通じて司令部へ話を通すと、周辺にちらりと飛行する小さな物体があった。
支援用ドローン。これが飛んでいると言うことは対空網は機能していないのか?
『外から見ると展望台には今のところテロリストは一人しかいないっぽいわ。雲だって、そこまで都市に広がってないから“フウセンカズラ”は警戒しなくても大丈夫そう。そっちにクリーナーも行ってるし、支援で何人かのリコリスだって向かっている途中よ。これは事件解決決まったでしょ。ちょろいわね!』
「ちょいちょい、そういうことは解決してからじゃないとフラグになるってば~」
もう事件は終わったようなものと通信越しのミズキは浮かれきった様子で声を上げていた。だが、そのミズキの発言に嫌な予感を感じた千束は、通信機越しに担当オペレーターを掣肘する
「楽しそうな人だな、リリベルにはこういう人いないから新鮮だよ」
「へぇ、じゃあリリベルで引き取ってくれる?もう新鮮さ無くなってカピカピになってるけど」
『誰がカピカピじゃい!』
展望台へと登り階段を走っていると黄理の息が荒くなっている。かつての模擬線でも感じていたが、彼の持久力はどうやら私よりも低いらしい。時々、休みを挟んでからすぐ動けるのを見ると、スタミナの回復はかなり早い。けど、持久力が低いため私よりも継戦能力は低めだ。
千束は息も切らさず、疲労の影はまだまだ薄い。だが、黄理の方は少し汗ばんで息が荒くなっていた。それを見て、千束は可憐なかんばせを綻ばせ黄理に微笑んで彼の前を駆けていく。
黄理が後ろから追いかけてくるのが、なんとなく面白くてたまらない。趣味が悪いと思われるけど、それでも彼に追い掛けてもらうことはなんだかとっても楽しいのだ。
「黄理ってば遅いよ、急いだ急いだ!早く来ないと東京が大変なことになっちゃうぞ~」
「はぁ、まったく元気いっぱいだな」
二人の少年少女は、電波塔の階段を楽しそうに駆けていく。千束は自分を追い掛ける黄理の姿を楽しそうに見て、黄理は眼前で朗らかに笑う千束の姿をまぶしそうに見ながら階段を登っていく。
一段一段、この二人だけの時間を味わうように階段を進む。
外部階段からは東京に吹き抜ける風をじかに感じることが出来た。気持ちいい風が体を撫でつける。曇っていて日の光に照らされてこそいないが東京の景色は展望台からでなくとも美しい。
この瞬間、リコリスの最強とリリベルの最強は限りなく近しいものを抱いて、同じ場所を目指していた。それはとても幸せなことで、なぜか……夢を見ているみたいな時間だった。
次回“反転衝動”。
今日中に投稿します。