Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 推奨BGM、月姫より“魔眼覚醒”、リコリス・リコイルより“反撃開始”。

書きたかったこと第二位が文章に出来ました。拙い文章ですが、どうか最後までお付き合いください。


Percentage show down

 

 

 

『千束、聞こえているか、応答しろ!……千束!』

 

「うひゃい!?」

 

 ノイズが鳴りっぱなしだったインカムから、楠木さんの大声が聞こえてくる。通信電波がようやく復活したらしい。

 

私の横にいた黄理は、目を細めて耳を押さえている。

 

右耳につけたインカムの大音量と、私の驚いた声を左耳で聞いたためだろう。

 

『やぁっと通信、戻ったわ。つーか、そこの少年、思ってたより数段ヤバイ奴じゃねーの。千束、なんでいきなりそいつに銃ぶっぱなしてんのよ!』

 

「ああ、そっか私たちのやりとり聞こえてなかったんだ。……良かった」

 

『なんも良かねーよ。こっちは映像見てたら少年がナイフ一本で人間をバラバラにするの生で見ちゃうし。あんたはあんたでそんな危険人物に銃を撃つし、何があったの、そこで』

 

「いやね、色々とさ、あったんよ。こう海外ドラマ一話分くらいの壮大な理由が」

 

『三十文字以内で説明しろ』

 

「黄理がキレて、私もキレた」

 

『SNSのショート動画分も保たねーよ』

 

 ミズキのぶっきらぼうな言いざまに、ようやく千束と黄理の緊張が解ける。

 

『千束、どんな理由があれ戦場で味方を撃つというのは褒められたもんじゃないぞ』

 

「せんせい……ごめんね。せっかく先生が作ってくれた弾を」

 

『みなまで言うな、それがお前のしたいと思ったことなんだろう?』

 

 先生の口調からは、間違った行いを注意しているようで、それでいて私への信頼が込められていた。泣きそうになるから、それより先に先生に一言だけ。

 

「ありがと、信じてくれて──」

 

 

「すみません。俺が冷静さを失って、相手を殺したばっかりに千束に余計な世話をかけさせてしまった」

 

『ふぅ、君が気にすることはない。きっと、手段は間違っていたかもしれないが、それでも君は千束のために怒ってくれた。なら、私から言うべきことはないさ』

 

「ミカさん……」

 

 黄理が先生に謝罪をしたところで、展望台が致命的なまでの傾斜になる。今まではどうにか立てていたのが、今では膝をつかないと転んでいってしまいそうなところまで。そのタイミングでようやく、リコリス・リリベルの両司令から通信が来た。

 

『女との約束は破るべきではないな、七夜。いや、それどころではなかったか。作戦は失敗、さすがにこの状況を隠蔽するというのは難しい』

 

『虎杖司令の言う通りだ。テロリスト共が仕掛けた爆弾によって、電波塔が崩壊しつつある、これを隠蔽しきるのは不可能だろう。東京の都市機能を破壊するフウセンカズラの発射は阻止できたが、結果としては我々の敗北と見るべきか』

 

 私たちの負け、その一言がとてつもなく重い。一度、壊れてしまった秩序はどうなるのだろうか、いいや案外、日本人の気質が本当に平和を愛するものだったなら、平和という夢は明日も続いていくかもしれない。

 

“まぁ、日本全体の平和なんて、私にはスケールでかすぎて想像できんけど!”

 

「う~ん、力及ばずか。……悔しいな」

 

 悔しそうに唇を噛む千束を慰めるようにミカがフォローを行う。

 

『しかし、この状況でやれることはない。少なくとも千束と、七夜君は現場で出来る最善を尽くしたさ。帰投しろ、二人とも。そちらに急ぎヘリを回す』

 

『迎えに行ってやるから、少し待っときなさい。あぁ、変なことシてんなよ?』

 

「うおぉい、塔が倒れるかどうかって瀬戸際でそんな余裕あると思いますかね、ミズキ?」

 

『それもそっか、まぁあんたらが落っこちる前に迎えに行くわ』

 

 その時、インカムの向こう側でけたたましいブザーの音が聞こえてきた。

 

『上層部より入電!現場付近には避難者やマスコミの目があるため、ヘリでのエージェントの回収は許可できないと……』

 

 ウッソだろ、マジか。

 

 

 

『はぁっ!?何、考えてんのよ上層部のアホどもは!』

 

『ミズキ、口を慎め!上層部の意見に逆らうつもりか!』

 

 楠木司令は血相を変えてミズキを怒鳴り上げる。いつものリコリスのオペレーターだけなら軽口で納まるが、此処にはリリベルの司令官が存在する。もし、これが上層部の耳に入れば反抗的なオペレーター一人など早晩、物言わぬ骸になっても不自然ではない。

 

『私は何も聞かなかったことにしておこう』

 

『……お手数をおかけします』

 

『今はそれよりも彼らをどう脱出させるかだ。ミカ君、現在の電波塔で使用可能な脱出ルートはいくつあるかね』

 

『──まだ、貨物用エレベーターが辛うじて生きています。外部階段に関しては、最後まで降りることができるかどうか。いや、現在の崩落のスピードを考えると、どちらの道も……』

 

 

 ドン、ミカが机に拳を振り上げた。普段、温厚なミカの怒り、そして無力感に苛まれた表情に楠木司令も痛恨の顔つきでモニターに視線を光らせる。やるせない顔で俯いたミカの肩に虎杖司令が手を乗せた。

 

『万事休す、と言ったところだな』

 

 

 虎杖司令の通信を聞いた黄理がつまらなそうに言葉を繋げる。

 

「絶体絶命とも言えますね、まったくとんだ厄日になっちまった」

 

「厄日どころか命日になりそうなのに余裕あんね、黄理?」

 

 

 生きるか、死ぬかという状況で余裕ありげな無表情の黄理を見る。このピンチを正確に理解してるのかな?そう考えていると楠木さんが脱出に関しての説明を始めた。

 

『無駄話もそこまでだ。とにかく、千束、そして七夜』

 

『早急に脱出しなくては、退避作業が間に合わん。こちらで確認できた脱出ルートは貨物用エレベーターとお前たちが使った外部階段だけだ。脱出ルートの選択は現場側に一任する。崩落スピードを考えると、どちらも生存率は厳しいが現場の決断を司令部は全力でサポートしよう』

 

 楠木さんの苦渋の声にミズキが即座に噛みついてくる。

 

『バカ言わないで!どっちも生存率なんてコンマ切ってるじゃない、ふざけんな上層部がどうのこうの言ってんのなんか無視して今すぐヘリを飛ばしてやるわ』

 

『やめろ、ミズキ。DAを裏切る気か!』

 

『ガキ二人を裏切るより、よっぽどマシよ!』

 

『二人とも落ち着け!今は言い争いをしている場合じゃないのが分からないのか!』

 

 

 ミズキと楠木司令が顔を付き合わせて、怒鳴り合うのを間に入ったミカが一喝。ミズキは今にも司令室を飛び出していきそうだが、楠木司令の鋭い視線がそれを押し留める。リコリス側の緊迫した空気を無視して、電波塔で窮地に立たされている黄理に虎杖司令は愉快そうに通信を送る。

 

『さて、司令部(こちら)もだいぶ、煮詰まってきたが七夜、脱出の算段はついているのか?』

 

「……まぁ、徒歩で帰ろうかな、と」

 

『だぁほ!!展望台から地面にまで降りる特注の階段でもあるってか!ヘリで私が迎えに行くから千束と一緒に大人しく座ってなさい!』

 

『ミズキ、上層部の命令でヘリの使用は許可されていない。行かせることはできん』

 

『千束、急いでそこから離れるルートを選ぶんだ。この状況下では一縷の望みに賭ける他ない』

 

 

 どうしようもない状況と絶望的なまでの生存率(パーセンテージ)

 

 

 崩れていく塔の破滅を足から明確に感じ取る。もう、時間は残されていない。この場で意味のない拘泥をしても状況は変わらないし、電波塔の方が保たないだろう。下手すれば、このまま電波塔と心中だ。

 

 選ばないといけない。

 

 

 覚悟を決める、崩壊しつつある電波塔から脱出する道があるとしたら。

 

 

 

 

“ヘリ”、“外部階段”、“貨物用エレベーター”、“徒歩?”

 

 

 なんか変なのが混じってた。

 

 というか、本気の口調で言ってる人がいた。私のすぐ横でぼーっとした無表情で外を眺めている覇気のない相棒が口にしたことである。千束は黄理の腕を掴んで、顔を付き合わせる形で引き寄せた。

 

「さっきの話、詳しく」

 

「いや、詳しくも何も言葉の通りだけど。普通に徒歩で帰るよ」

 

「そうじゃなくて、どこを行くの!」

 

 

 そうだ、考えてみれば黄理と虎杖司令の会話は妙なくらい余裕そうな雰囲気を醸し出していた。まるで“絶対に安全”なルートがあるというかのように。

 

 この状況でも使えるような安全な道があるというのか。

 

 

「──どこってそりゃ、階段もエレベーターも使えないんだろ。じゃあ、展望台を出て表を走っていくよ」

 

 そう言って、黄理が平然と指し示した場所を見て私は顔を凍り付かせる。

 

「黄理く~ん、おかしいなぁ、私には窓しか見えてないんだけど」

 

「昔から閉め出された時は窓から出るってのが、よくある手じゃないか」

 

「窓から地面まで300m弱の高低差は滅多にないって、どうして気づけなかったかね?」

 

「今、気づいた。けど、このまま何もしなけりゃ死ぬだけだ。それなら、動いた方が得だろ?」

 

 

 絶句した、本気で言ってるし、本気でやる気だ。窓から見る表の景色は鉄骨が悲鳴を上げて千切れ、階下では爆発の黒煙が昇っている。どう足掻いても、真っ当な思考では降りることができるとは思えない。

 

 

 だけど、黄理は降りることができると確信を持っていた。

 

 

 それを補強するような昔語りを虎杖司令が愉しそうに口にする。

 

『以前の話だが、七夜は京都で爆弾が仕掛けられ崩落するビルからも自力で脱出した。今度は、まぁ少し高くなったが問題なかろうて』

 

『問題しかねぇぇ!!千束、あんたその場のノリとかでそこのナイフ小僧と身投げなんかすんじゃないわよ。急いで迎えに!』

 

『ミズキ、おそらく今からヘリを飛ばしても、二人の救助は間に合わん』

 

 

 ミカが腕時計を厳しい表情で見ている。彼もいざというときには命令を無視してヘリでも飛ばす算段だったのかもしれないが、もはや状況は一刻を争うどころか、一秒だって時間がない。タイムリミットは非常に少なく、選択肢はひどいラインナップ。

 

 

 でも、相棒が出来ると確信を持っているのなら、私も覚悟を決めて選ぶだけだ。

 

 

「通過するルートは?なにも本当に身投げするわけじゃないんでしょ?」

 

「塔の鉄骨は中心部から傘が広がるみたいに剥がれていってる。それを辿って、電波塔をぐるりと螺旋階段よろしく降りていく。まぁ、最後の数十mに関してはこいつを使ってどうにか着地するさ」

 

 黄理は腰のホルスターからワイヤーガンを取り出して、カートリッジを装填する。

 

此処に来るまでの戦闘の時、彼があのワイヤーガンを使って空中で方向転換などの移動をしていたのは実際に見ていた。あの銃には小型の巻き取り機が付いているらしい。それで最後の着地はどうにかするという考えだという。

 

 

黄理の話を最後まで聞いて、思ったことはただ一つ。

 

 全体的にプランが荒い。文字通りの地に足の付いてない作戦。恐ろしいほどにプランの可否は、実行者の技量・天賦に依存していた。運が絡む要素もあるかもしれないが、プランの無茶苦茶な組み立てから考えて、幸運(ラック)などは誤差程度にしかなり得まい。

 

 

 必要なのは徹頭徹尾、実行者の身体技能のみ。

 

 

 想像(イメージ)すべきは崩れゆく鉄骨から鉄骨へと飛び乗っていく自身の姿。目的地は塔の真下、母なる大地。移動経過の想定は全くと言っていいほどできない。実行したこともない想定を人間の脳は拒絶するためだ。

 

 

 だけど、想定の姿を黄理に置き換えると、途端に想像(イメージ)が現実味を帯びた。そう、これまでの戦闘や電波塔での黄理の活動の中で彼の立体挙動は何度も観察済み。私の前には、リコリスはおろかリリベルでも並ぶもののいない立体的で複雑な肉体運用に習熟した少年がいる。

 

 

 彼の身体技能を見ることで、私の肉体操作技巧も上がっているという実感はある。洞察に全神経を集中させ、彼の移動ルートをコピーしていけば、実証不可能な生存率(パーセンテージ)も、ゼロでは無くなる。

 

 もっともゼロではないというだけで、黄理と行く道も生存率はコンマを切っている。

 

ミズキ、それに先生の提示した“ヘリで大脱出作戦”、“エレベーター”に“外部階段”も、生存率でいえば同等なくらいだ。

 

 

 しかし、選択する人間の態度が悲観的か、楽観的かは結構、重要な判断材料(ファクター)だ。

 

 

 先生、ミズキには悪いが、こうなったら黄理のプランで行く。

 

 それにこのプランを選ぶ最大の理由は……。

 

 

 

「ハリウッド映画みたいでかっこいーね?」

 

「映画か、遺作にならないように気をつけないとな」

 

 そう言って黄理は持っていた銃で展望台の窓ガラスを五、六発ほど使って撃ち抜いた。使い終わった銃をホルスターに納めて、彼は外の様子を見ている。

 

「ああ、そうだ。千束、降りてる途中、俺が合図したら君の銃を貸してくれないか?」

 

「ほえ、私の?……何でまた?黄理だって銃は持ってるのに──」

 

「使うかは微妙だけど非殺傷の方が便利かもしれないからね」

 

 

 理由は不明瞭、黄理が無表情なため何を考えているかの推察も不可。この銃は救世主の人がくれた大事なもの。けど、命を預ける相方に惜しんでも仕方ないか。軽く目を閉じてから、渋々といった表情を作る。

 

「貸してもいいけど、ちゃんと大事に使って返してよね」

 

「分かった、必ず返す。これ以上、君に貸しを作ると後が怖そうだ」

 

「おっと、貸しはトイチだぞ☆」

 

「たちの悪い話だな……」

 

 

 迷いは吹っ切った、リスクは考えるだけ無駄なこと。覚悟はとうに決めている。

 

「さて、と。鬼が出るか、蛇が出るかなぁ」

 

「蛇だとしても、鬼よりの蛇だろ?」

 

「どっちにしろ、鬼出るじゃん」

 

 あながち間違いではないか。およそ、今から私たちの行く道なき道は、選択そのものが鬼門。紐無しバンジーと変わりない。安全帯、命綱、そういった安全のための道具(ツール)は存在せず、使えるのは自分自身のみ。だけど、命を賭けた大一番には、もっとも付き合いの長い肉体(ツール)を使う方が安心できる。

 

 

 

『だーあもう、かんっぜんに飛ぶ気満々かい!・・・死んだら承知しないわよ千束!!』

 

『千束、お前が選んだ道ならば、その選択と道行きはきっとお前に微笑むはずだ』

 

 先生たちの通信を聞いて私は自信ありげな顔でドローンにピースサインをした。

 

絶望的な状況でも、私を支えてくれる人がいる。背中を預け合える相棒がいる、それだけのことなのに、嬉しくて笑顔が抑えられない。

 

 

 

手持ちの鞄から使うことのない装備を展望台に放り投げて、少しでも装備重量を軽くする。予備の非殺傷弾のマガジン一つを除いて、鞄の中にモノはない。

 

 軽くなった鞄を背負い直す私と対称的に黄理は、ほとんど手ぶらだった。いや、足下には実弾のマガジンが捨てられているので、軽くはなったのかもしれないけど元々軽装の彼にはあまり影響はなさそうである。

 

 

 私たちが準備を終えたところで、両司令から最終通信が送られる。

 

『それでは七夜、下に車を手配しておこう。もっとも、君たちが降りる方が早いから、多少待ってもらうかもしれないが』

 

「了解です、じゃあのちほど虎杖司令」

 

『千束……幸運を祈る』

 

「ブフッ、らしくないね楠木さん。まっ、心配しなさんな!私たちならなんとかなるって!」

 

 

 リラックス状態の虎杖司令の通信と、幸運などとらしくない台詞を言ってくる楠木さんの違いに軽く噴き出した。ただ、のんびりしていられるのも、ここまで。

 

 黄理が穴の空いた窓の縁に立つ。私も黄理の背後に回り、彼の体、筋肉の動きを観る。これまでの人生にないほどの緊迫した時間、それに伴って上がり続ける集中力のボルテージ。世界の解像度が二割増しになった気分になるが、冷静に肉体を動かすため思考はフラットに留めておく。

 

 

窓からは東京の街並みが一望できた。空はあいにくの曇り模様。見渡す限り果てのない蒼穹であれば、もっと映えたろうにと肩を落とす。そして、黄理が僅かに背後の千束へ視線を向けた。

 

刹那、重なり合った蒼黒の瞳と赤い眼光。

 

黄理の瞳は無言のまま、命知らずなギャンブルの始まりを告げていた。

 

丁か半か、生か死か。表と裏、交わることのない事象が未確定ゆえに交錯する絶界域。

 

 

 今、電波塔事件における最後の生存を賭けた戦いが始まる。

 

 完全人力の降下作戦。

 

 

 黄理の体が窓の外に飛び出した。一秒、いやもう少し早かったか。とにかく、それをすぐさま追うように私も窓の外、電波塔の壊れていく鉄骨の上へと身を躍らせる。

 

 

死の淵を征く奈落への直滑降。行けば引き返せない片道切符。行き先がこの世か、あの世かは自分に全てかかっている。死の想定は頭から破棄、生存のみに意識を集中させる。生存率のアベレージを測定。

 

始める前に、生存の結果のみに焦点を合わせる。

ルートは眼前の少年が教えてくれるため自分がすべきは黄理の躍動の観測。

 

地上まで300m弱、東京で今現在最も高いランドマーク“電波塔”。

その展望台から地上までの一方通行。

 

 

「さぁて──」

 

 既に賭け金()は自分自身と黄理にオールベットした。あとは自分の肉体、経験、技能の全てを用いて、賭けに打ち勝つだけ。

 

 

「ショウ・ダウンだ」

 

 

 

一瞬、重力から解放されたかのような浮遊感、すぐさま体に課される万有引力の鎖。飛び込んだ先の鉄骨に着地して味わう足下に体重をかけられる幸福。

 

それも束の間、黄理はすぐさま次の鉄骨へと跳躍していく。恐怖を飲み下し、私もそれに続く。塔の支えであった鉄骨群は糸のほつれのごとく、千々に別れてばらけていった。足場とするのは、壊れつつある鉄骨の真上。

 

鉄骨から鉄骨へと飛び移る様は熟達した曲芸師の巧みな演目を凌駕している。

 

 

 

 壊れゆく電波塔に二つ、赤い制服の人影が宙を舞う。ひらり、ひらりと重力を味方に付け勢いよく、次から次へと鉄骨へと飛び乗っていく。傍目からは平然と重力や高度を無視して、考えもせず自然体で崩壊の真っ只中を通過しているように見えるかもしれないが、実行している千束からすれば、命がけの綱渡りの連続だ。

 

 螺旋状に電波塔を降りていくため、回転するように鉄骨を飛び渡っていくルート。

 

 障害となる要素は山とある。

 

横合い、左右上下から吹き荒れる風の抵抗、体にかかる重力、上がりすぎないように調整し続けている加速力、全身を苛む遠心力。小さなボルトや鉄の破片などの飛来物の回避など。それら全てを観測、並行して処理、さらには最優先で黄理の動きをトレースし続けてと、千束の高い洞察、観察の処理能力を以てしても限界をとうに振り切っている。

 

 

 限界を越えて、なお前に進む。

 

展望台のある中央部から開くように崩壊する様は、余裕があれば花の開花に似ていると思えるだろうが、そんなことに思考を割く時間はない。黄理の動作、体術による移動を不完全だが擬似的に再現して彼の進んだ道を追従する。

 

 

 こうして改めてまじまじと見ると、本当に凄まじい移動術だ。まるで四足歩行の獣に、蜘蛛の機動力が付け足されたような挙動。自然界には発生しない、人間特有の技術の結晶。

 

 肉体の重心操作、体幹制御、そして瞬発力の発動と完全な制動。

 

 感嘆の感情が千束の胸の中に溢れてくる。しかし、とめどなくこみ上げる感情に蓋をして、今はただ七夜黄理の挙動を観測するだけの装置として自己を再定義。斜めに傾いた鉄骨の上を走っていき、次の鉄骨へと飛んだ。

 

 

 

 

 降下進捗率、地上より230m付近を通過。

 

 

 

 

 

 

 

 七夜黄理は、足場である鉄骨から鉄骨へと渡るルートを慎重に決定していた。展望台で無茶をして全身全霊の挙動をしたため、今の自分の肉体の性能は最低値にまで落ち込んでいる。

 

 その状態で、自分と千束が通過できる鉄骨の順路を冷静に選び取る。少し前の自分ならそんな複雑な真似はできなかったろう。しかし、今の自分なら実現可能だ。先の殺意に呑まれて発現させた“死の究極”、死の概念を手繰る異能。

 

 一度、発現させた感覚は肉体が覚えてしまっている。意識的に世界に対する認識を脳裏でいじり、生と死の感覚を狂わせた。変貌を遂げ、ひび割れた世界を感じ取る。視覚ではなんら代わり映えのない世界だが、なんとなくあちらこちらに線が入っていることを感覚が訴えていた。

 

 “境界を手繰る”。

 

 ああ、世界とは斯くも脆く、死に易い。

 

 いや、無意味な感慨に浸る間も惜しい。無為の思考はカット、壊れゆく電波塔に認識を合わせる。電波塔に次々と走る亀裂、いいや死の線の数、速度、方向から、崩壊の順番と壊れ方を予測。千束と二人で通過できる道を逆算。

 

 

 上がりすぎた加速を一旦、殺してから次の鉄骨までの跳躍距離を調整。

 

 次の足場へと小さな体を跳ねさせた。

 

 落下してくる鉄塊や、ボルト、ガラス片などの少ない順路を選択。それでも流石に皆無というわけではなく最低限の回避を必要とする。千束は依然、自分の背後にぴたりと位置しているようだ。

 

 

 彼女の思念を観るに、だいぶ余裕は無さそうに思われる。

 

 

 となれば体力の損耗が少ない道を選ばなくてはいけない。

 

 眼前の鉄骨が折り重なって立ち塞がっている場所に蒼の眼光を向ける。各鉄骨の線の重なる位置、場所を把握。腰のホルスターから銃を抜いた、千束も思わずそれに合わせて自分の銃を抜いてしまったが、その顔には困惑が浮かんでいた。

 

 

 一秒、一瞬を争う場で悠長な説明は望めない。簡潔に事を終わらせるだけで充分だ。鉄骨が道を塞ぐように組み上がっている地点に直進する。明らかな過剰速度、これではブレーキを今すぐかけようも鉄骨にぶち当たって体が砕ける勢い。

 

 千束はそれでも黄理の選んだルートを追い掛ける。既にルート変更をする余力はないし、覚悟を決めた時点で黄理の決断を信じ切ると決めていた。

 

 

 

 黄理は正面の数本の鉄骨、いいやその鉄骨に幾つかある“点”に銃口を向けた。なんとなくで線をなぞった時から理解していた。自分が感じ取っているものは“死”そのものだと。

 

 

 線は寿命、過程としての死であり、点こそは終焉、結末としての死なのだと直感が区別する。

 

 

 黄理が鉄骨に向けて発砲。ちっぽけな弾丸は鉄骨に一発ずつ命中。

 

 突然の黄理の無意味な行動は、千束だけでなく司令部の人間も疑問を浮かべ次の瞬間、どうしてそうなるのか、分からないままに起こった事象だけを理解させられる。

 

 

弾丸が“点”を穿った瞬間、存在に内包されていた死の結末が現在に具現。

 

立ち塞がっていた鉄骨が朽ちるように崩れ去って破壊される。折り重なっていた鉄骨に空いた風穴。そこに黄理と千束は体を滑り込ませる。驚愕に強張る体を千束は、懸命に動かして黄理の後を追う。

 

 

 

 次の鉄骨までの滑走距離を獲得し、黄理と千束は限界まで加速。

 

 渾身の力で十メートルは下方に位置する鉄骨へダイブする。着地、二人同時の重量を受けて鉄骨が支持力を失い崩れるが二人の暗殺者は着地の勢いを加速に変えて次の足場へと向かった。

 

 

 

 降下進捗率、地上より130m付近を通過。

 

 

 

 

 ちょっと前にインカムからミズキの興奮した声が聞こえたのを思い出す。確か、“150mを越えた、後半分”だったっけ。黄理を追い掛けていて時間の感覚が鈍化している。過ぎた時間は、一瞬か一分か、永遠か。認識が焼け付いて思考が纏まらない。

 

 視界がぼやける、眼に映る全ては白と黒に色づいている。

 

 

 それでも目の前で瓦礫や鉄塊を卓越した技巧で捌き、躱す黄理の姿だけが鮮明に色彩を保っていた。生存のために躍動する肉体が、彼の後ろ姿が雄弁に告げる、必ず生き残ってみせると。命の在り方、認識は私とすれ違っていても、彼はもうただの暗殺者ではない。

 

 

 暗殺者としての七夜黄理の在り方を歪めてしまった。

 

 無理矢理ではあった、強引だったし、強制するなんてらしくない。彼から殺人という選択を奪ってしまった。それでも、他人の命・自己の命、それらに無関心すぎる彼の在り方が悲しすぎて、なんとしても変えたかったんだ。

 

 

きっと彼の人生がよくなってくれると信じたい。

 

黄理は私の相棒だから。私が初めて好きになった人だから。私と同じ世界を視て欲しい。

 

“我ながら格好悪いなぁ”。

 

こんな利己的な心は彼に見せられない。彼のためと言いつつ、結局は自分のため。

 

いいや、意外と展望台で黄理も似たような思いに駆られたのかも、だとしたらこれでおあいこだ。

 

そう思い微かに笑っていると、背筋に痛み同然の冷気が這い寄る。死の気配、絶対回避不可の致命領域(デスゾーン)。突如として足に力が入らなくなる。黄理を観察することに神経を集中させていた私は、自分のうちにある疲労に今このとき気がついた。

 

極限状況での観察、洞察。

 

そして風や落下物の回避、鉄骨の壊れ方の予測、並行して行っていたそれは無意識下で千束の精神力を苛んでいた。それに加え移動に伴う肉体の疲労が最悪の時に重なって姿を見せる。黄理の背中は既に次の足場へと飛んでいた、惰性で飛んでしまったが今の私では次の足場まで届かない。

 

 

疲れ切った肉体では彼に追いつけない……。

 

今の私には、“死の断崖”を越えられない。

 

 

「千束、銃!!」

 

 

 怒鳴る勢いで黄理が私の方へ手を伸ばす、彼は崩れゆく鉄骨の上で急停止し私の方を振り向いた。落ちていく瞬間、黄理の伸ばした手へ私は無意識のまま、自分の銃を黄理にパスしていた。

 

 救世主さんがくれた銃(デトニクス・コンバットマスター)を黄理が掴み取る。そうだ、今から落下死する自分には不要なものだ。それなら、どうか私のもらった銃は黄理が役立てってぇ?……ちょいちょいちょい!!

 

 なんで私に向かって銃を構えてるかね!?

 

 

 

 ほんの一瞬、千束の赤い瞳と黄理の蒼黒の瞳が重なった。その目を観て、千束は“非殺傷弾”がどこに命中するか、その軌道を読み解いた。下方には“おあつらえの位置”に鉄骨があって、そこから黄理の意図を逆算。

 

 

 

 落下する体を僅かに動かし、銃弾が“命中する場所”に姿勢を取る。

 

 覚悟を決め、これから来る痛みに備えて歯を食いしばった。

 

 

 

“そういえば、先生が作ってくれた非殺傷弾って、私喰らったことなかったな。いや喰らいたいなんて思ったこともないけど”

 

 

 救世主より贈られた銃が45口径に相応しい銃声を奏で、本来の持ち主に目掛けて発砲される。左肋骨下部、着弾した箇所に鮮やかな赤い彼岸花が花開く。痛い、イタタタっ死ぬほっど痛いんだけど!

 

肺の空気が弾丸の衝撃で吐き出される。腹部の激痛によって、肩の痛みがぶり返す。

 

 

けど、弾着の衝撃によって体に“外部からの重心”が生まれた!

 

 

 

そう、先ほどまでの錦木千束は七夜黄理を無理に追い掛けて力尽き、落下しつつあった。もう派手な動きはできず、体を動かすための重心が疲労によって完全に消滅している状況。それを瞬時に見た七夜黄理は、非殺傷弾を使って錦木千束に即席の重心を作ることにしたのだ。

 

 

 弾丸の衝撃を喰らって生まれた重心を使い、私はくるりと宙で二回転して下方の鉄骨に着地。どうにか死を免れる。そして、転回(ターン)した黄理は、私と同じ足場へと着地してくる。此処で足下を見ると、地上までの距離がおよそ50mを切っていることに気づく。

 

 

「千束、掴まれ!」

 

「黄理っ!」

 

 

 強く、お互いの存在を証明し合うように力一杯にお互いを抱き留める。そして、私たちは最後の足場から宙に身を投げ、地上へ向け落下していった。黄理が腰のホルスターからワイヤーガンを取り出す。

 

20mほど落下して、黄理はワイヤーガンを射出。

ワイヤーが少年少女、両名の加重を受け、同時に巻き取りを開始。

 

 ワイヤーとそれを保持する黄理の肩に異音が鳴る。みしり、ぎぎ、日常ではまず聞くことのない不吉な音だが、この程度で生を獲得できるなら容易いと黄理は痛みをこらえて、ワイヤーガンを掴む手に力を込めた。

 

 

「……やっばい、上見て上!」

 

 上から降ってくるのは先ほど足場にした鉄骨。黄理は千束の腰に回した方の手をほどき、千束の銃を静かに構える。非殺傷の弾丸しか込められていない銃だとしても、今の彼には関係ない。

 

 

 黄理の蒼黒の眼光が冷気を帯び、冷たい蒼の光を発する。

 

蒼ざめた月光のごとき蒼眼。浄眼の機能が最高潮に達した瞬間、彼の感覚は死の概念を、視覚しないまま直感により“手繰る”。亡霊のごとく蒼の眼光を放つ少年は、飛来する鉄骨の線と線が重なり合った“点”に照準を合わせる。

 

千束には、黄理のしていることがさっぱり分からない。銃弾一発では到底、ありえない破壊を起こす彼の行動は明らかに常識から外れている。ただ理解出来ないとしても、黄理の行動は生き残るための最善を選んでいることを私は知ってる。

 

なら、細かい事情とか複雑な理屈なんてもうどうでもいい。

 

相棒を信じる、それ以上に大事なことなんて有り得ない。

 

 

 

 “点”に非殺傷弾が命中、赤い花が鉄骨に咲く。彼岸花の咲いた場所を中心に鉄骨全体に罅が入り、内側から爆散するように鉄塊が(ほど)ける。最後の障害であった鉄骨が粉々に壊れて、破片は黄理たちを避けるように落ちていった。

 

 

 ワイヤーにより速度が減速しきったとき、ようやく黄理と千束は地面へと着地した。これまでの壊れつつあった足場とは比べものにならないほどの安定感に千束はその場でへたり込みたくなるが、上から大小様々な破片が落ちてきている状況では止まっていられない。

 

 

急いで二人はその場を後にする。

 

 地上から300m弱の場所から命綱なしの人力脱出。

 

それを無事に成し遂げた二人の顔には爽快なまでの達成感と、全身に広がる疲労感に包まれていた。

 

 

 

 電波塔から僅かに離れた歩道の所で黄理と千束は仰向けに寝転がって、荒く呼吸をする。千束はなんとなく凄いことをやり遂げた達成感と重すぎる疲労、そして腹部と肩の激痛により、笑いながら痛がっていた。

 

 

「あ~~、めちゃ痛い。というか死ぬほど痛んでます。展望台の仕返しかなぁん?」

 

「悪かったよ、あれくらいしか方法が思いつかなくて……」

 

 

 そこまで言って黄理は口を閉じる。これ以上の弁解は野暮なだけだし、どんな悪態も甘んじて受けよう。無言で千束に銃を手渡すと、彼女は大事そうに銃を抱きしめた。そういえば、此処まで無茶苦茶して肩には銃創、非殺傷弾とはいえ腹部に銃弾を彼女は受けている。何か、重大な後遺症でもありはしないだろうか。

 

 

「なぁ差し迫って困りそうなことってあるか?」

 

 

「そうだね~。困ったことかぁ」

 

 

 

 黄理が心配そうにこちらを見てきたのがおかしくなって千束は小さな笑みを浮かべた。横で寝転がった彼の手をそっと握って脱力しながら今後、困りそうな内容を満面の笑みで告げる。

 

 

「──ジェットコースターに乗っても、スリルが味わえそうにない体になっちゃったこととか?」

 

 

 

 

 

 

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