“いや、そういえば楠木さんに呼ばれていたはずだ”
近づく直前、フキと別れた理由が頭を過ぎる。
フキだってもしかしたら司令室の方に行っているかもしれない。ああ見えてなんだかんだで気にかけてくれるフキのことだ。先んじて司令室で今日、模擬戦をするリリベルについて勉強してくれているかもしれない。
そう思ってからの動きは早い、千束は反転して元来た通路の方へ逆戻りする。ただ、反転して少し走ったところで、後ろを振り返って背後の少年を一目見ようとする。振り返ってみると、噴水のふちに座っていた彼は、立ち上がって傍に置いていた赤の制服に袖を通しているところだった。
その姿は、とても絵になる光景で少なくない時間、目を奪われた。
もう少し立ち止まっていようかとも思ったが、今優先しようと思っていたのはフキ探しと司令室に顔を出すことだ。
他のことに寄り道してはダメだと自分を律する。
ただ、去り際に少しだけ。
ちょっと、ほんの短い時間でもいいからあの彼と、なんてことのない話でもしてみたかったなという心残りが生まれてしまっていた。
「どうもー、千束が来ました-!」
元気が一番、扉を開けると同時に高らかな挨拶をし、リコリス一の問題児、錦木千束が入室した。
最初は驚いていたオペレーターの人たちも慣れたもので、何事もなかったかのようにモニターを見る人、一礼をする人、軽く手を挙げて挨拶する人と当然のように千束を受け入れている。
そして、中央部の全てのオペレーターを俯瞰できる位置に楠木とミカの両名、それと呆れたような顔をしたフキが千束を待っていた。
「遅いんだよ、千束。お前、どこで油を売ってやがった」
「あー、フキ!司令室に居たのかよ―。も~、いるならいるって言ってよね。あちこち探し回って疲れちゃったんだからぁ」
探し回った、というところでフキは意外そうに目を見開くが、肩を竦めて軽く頭を下げる。すぐさま顔を上げはしたが。
「……探し回ったって。……ったく、手間ぁかけさせたな、千束」
「およっ、なんだいなんだい。フキってば、いつになく素直じゃないか。どうしたの」
「茶化すな。別に冷静になりゃ、お前の勝ち負けがどうこうで、リコリスの価値が変わりはしないって思っただけだ。だから、安心して負けてこい。アホ」
「あ~アホっつった。アホって言ったよフキさんったら。もー、素直じゃないな。……ごめんね、フキ。心配してくれるのはすっごい嬉しい、本当だよ」
嬉しそうに頬を鮮やかに朱に染めて微笑む姿は、満開の花のように人の目を惹いた。そんな魅力的な笑顔のまま、彼女は声のトーンを落として、静かに模擬戦への意気込みを語る。
「私だって模擬戦の勝ち負けはやる気に直結してないけど、頑張るぞって気はあるんだ。私には先生とか、フキにミズキ、あと楠木さんがいるから、頑張ろうって思える。だからさ、大船に乗ったつもりで待っててよ。私が勝つところをさ!」
そう言って、肩を回す千束は、意気軒昂といった姿を見せていた。
「まったく、やる気を出し始めるのが遅い。いいか、千束。繰り返しになるが相手はお前と同じ年で、お前以上の修羅場に放り込まれた史上最強のリリベルだ。くれぐれも油断は禁物と心得ろ」
「わかってるよ、楠木さん。それで相手の情報とか教えてもらえるんだよね。どんな感じの相手なわけ?」
千束の問いに訓練教官であるミカが報告書を開きながら疑問に答える。
「既に知っていると思うが、相手のリリベルの名は七夜黄理。初の任務で七十七人を暗殺した少年だ」
「あっそれ聞いた聞いた。すごいよね、名前が七夜で、敵を七十七人倒したとか。ゾロ目を出すにもほどがない?」
ミカへ満面の笑みで会話の花を咲かそうとする千束をフキが引き留める。
「それは模擬戦には関係ないことだろ。集中しろ」
「はいはい。それで、武器は何?どんな銃を使ってるの?」
「使用する銃はベレッタM92FSコンパクトタイプM。もっとも、あまり実戦では使わずに模擬戦でしか扱っていないようだ。実戦においては近接格闘……いや、あれは近接格闘とは言えないな。隠密奇襲と一撃離脱を得意とする」
使用銃器が分かれば、アサルトライフルでも装弾数を数えられる千束にとって大幅に攻めやすくなる。しかし、普段はないミカの歯切れの悪さに戸惑いを覚えた。
「どったの先生。何か気になる?」
ミカと楠木は顔を見合わせ、楠木がコンソールを操作。司令室の画面に、夜の港の景色が映し出された。
画面にあったのは、銃を構えた人間が次から次へと死にゆく異常な映像だ。
最初は、いきなりカメラの死角に消えた人間が頭部を潰されて倒れていく奇妙なシーンが多い。まるでホラー映画の犠牲者のような光景だ。それも後半になるにつれて、猟奇的な光景は減っていくが、代わりに変わっていくものがあった。
それは、映像には鮮明と映らない影の手際である。
加速度的に、その暗殺技術が上昇していく。
その変化は成長や進歩と言うにはあまりに早すぎる。
いくつかの映像をスローにしてようやく、影の正体が辛うじて小さな少年だと判別できる。壁面を滑るように走り、立体的な動きで敵を幻惑し手に持った棒のようなもので敵を殺していく。その動作は巣に糸を張った蜘蛛のようだった。
映像の中に躍る死の影は、あまりにも圧倒的であり、その殺人技巧は目を奪うほどに流麗な妖しい芸術性を放っていた。
その殺傷速度は一人あたり平均で二秒程度しかかかっていない。場合によっては一秒くらいのものまで。しかも手元をズームすると手にあるのは単なる鉄パイプだ。明らかに異常過ぎる。刃も鋭利な切っ先もないのに、どうしてあそこまで人間をバラバラにできるのか。
リコリスとしていくつかの汚れ仕事を見たことのある千束やフキも思わず顔をしかめる。
「……これ、CGとかじゃないんだよね」
「間違いなく本物だ。ここまで監視カメラに映り込まず、相手に気取らせないで殺しを敢行できる手腕。紛れもなく、お前と同類の“天与の才覚”を持った子供だろう」
「やーめて。私はこんなおっかない真似しないよ。殺しなんてすっごい時間の無駄使い。生きるのには、たくさんの時間とご飯に人との繋がり、あとお金と苦労が必要になるくせ、殺しは一瞬で命を台無しにする。いやだよ、殺しなんて」
千束の言葉にミカは痛烈に眉をひそめる。フキは意味がわからないと言いたげに不思議そうな目をしているが、千束が一度言ったら言を曲げないことを知っている以上、無駄な言い争いはしないと口を噤む。
ただ、リコリスの命を預かる楠木だけは口を開いた。
「戦場でもその信念を貫けるか。相手は自分を、そして仲間を殺しに来る。自分や同胞の命を全力で守ろうとしても不測の事態で容易く命は悪党共に奪われる。その時でも、お前はその言葉に後悔を持たずにいられるのか?」
「──そりゃ、分かんないなー。だって、まだそういう状況になってないし。でもさ、もし私が人を殺したら、私を助けた救世主の人に顔向けできなくなると思うんだ。うん、救世主の人がすごい優しくて許してくれたとしても、私が恥ずかしくて顔を出せなくなる。あと仲間が死んでもね。もちろん私が死んだら顔を出す以前の話だし」
だから。
「人を殺すんじゃなくて助けるんだ。私の出来る範囲なんてたかが知れてるけどさ。それでも、私は私が助けられたみたいに人を助けたい、なにがあってもね」
ウィンクをする千束に、楠木は額に手を当てて渋面をつくる。
そうして楠木は千束の言葉に付ける薬なしと、そっぽを向いた。殺しをしないリコリス、それがどれほど異端で歪なことか。これを長く他のリコリスたちと同じ場所に置けない。他のリコリスたちに同じ思想が芽生えたら、これに感化されればどういう事になるかは火を見るより明らかだ。
何よりDAの上層部が、彼女にどういった対応をするか。
「好きにしろ、ただしお前の任務に同行者は出せんと思え。そんな危なっかしくて甘い考えでは仲間が死ぬ」
「え~、私ぼっち確定ぃ?」
「嫌なら、リコリスとしての責務を果たせ」
「それはダメ。悪党でも、命大事に、だよ」
そこまで言って、司令室の扉が開く。開いた先にいたのは、リリベルを指揮する虎杖とその秘書だった。
「歓談中に失礼する、楠木司令。さて、それで……準備の方は整っているかね」
「お久しぶりです虎杖司令。模擬戦の手はずは万全に終えてあります。それに本日、そちらのリリベルの相手をするリコリスもこちらに。ああ、つかぬことをお聞きしますが、そちら側のリリベルはどうしました。迷子であるというなら、館内放送をかけますが」
「気遣い、痛み入る。そうだな、そちらのお嬢さんが準備万端というなら、こちらも憂いなく相手ができるというものだ。それでは、“来い、七夜”」
その声と同時にミカと千束の間を縫って、小さな影が横切る。千束は、急に死角から現れた人影に驚き、気の抜けた声を上げる。
「おわっ!?」
一方でミカは少年のあまりに完璧な気配の断絶に驚愕する。彼とて海外で数多の実戦を繰り返してきた熟練の兵士。この近距離にいる人間に気づかないほど老いたつもりはないと自負していた。
その自負を覆すほどの尋常ならぬ隠行。
千束とて、洞察力や観察能力は他者と隔絶したもので非常に勘が鋭いはず。その警戒を容易くすり抜ける気配の絶ち様に唖然とするほかない。
あまりに唐突な出現に千束は体勢を崩す。仰け反り、背中から倒れそうになるところを、静かにこっちに向けて伸ばされた手が助けてくれた。思わず、といった反射で千束は、その手を握る。手を伸ばしてくれたのは、自分と同じくらいかそれ以下の背丈をした赤い制服の男の子。クセのある黒髪に、蒼を帯びた黒瞳。間違いない、さっき噴水で見かけた少年だった。
握った手の感触は、思っていたよりも温かい。
気配のなさに驚きこそしたが、ひとまず笑いかけ感謝の言葉を口にする。
「とっと、ありがと、えーっと、君が私と模擬戦する七夜──」
そこで手は離され、少年は偉そうな男性の横に位置取った。
挨拶をしようとするも、千束の言葉に耳を傾ける気配はなくそっと虎杖の傍に立ち、次の指示を待つように目を閉じている。
「無視かーい……」
こちらを無視する七夜の姿のせいで少しこめかみに血が上がっていくのを感じた千束は、模擬戦を行うキルハウスに行っているとだけ言い残し、司令室を後にする。
その様子に悪戯が成功したという笑みを零した虎杖司令は、我々もキルハウスに向かうとしようと提案。あまりにも突然の出来事に楠木たちは怯懦に飲まれかけた意思を振り払い、キルハウスへと向かっていった。
普段リコリスたちが訓練場として使うキルハウスは、観客席側が大盛り上がりしていた。これまで年上のファーストを訓練でこてんぱんに倒してきた疎ましい史上最強のリコリスと謎の少年の対決。
娯楽に飢えている他のリコリスにとって、これは完全に見せものでしかなかった。
上の窓から、無責任に勝負の結果について話している姿はコロッセオの観客そのもの。
リリベルについて知ることのないセカンド以下訓練生のリコリスたちは、少年が何者かで盛り上がり、リリベルについて知っているファーストたちは千束と同い年のリリベルがどうしてリコリスの訓練施設にいるのかを話している。
その姦しい様子に楠木は苛立っているが、虎杖という部外者の手前、追っ払うこともできずに口元をひくつかせている。ミカは静かにするようジェスチャーをして、彼女たちを大人しくさせてみたが、今度は声を潜めて話を始めた。
フキが一言言ってやろうと歩き出そうとする前に、楠木が模擬戦の開始を宣言する。
「定刻となった。模擬戦を開始する。使用するのはペイント弾で、制限時間は一時間。その時間内にペイント弾を受けた者は敗北として模擬戦を終了とする。また、相手を過度に負傷させる動きがあった場合、その時点で模擬戦を中断。危険行為を行った者の敗北とする」
「おや、たった一発で模擬戦は終わらせると?」
「長々とやっても仕方ないでしょう。実戦ならば、一撃をもらってしまえば、その時点で終了です。実戦的ではないですか」
「それでは、あまりに早く終わりすぎてしまうやもしれないな」
「かもしれません。ですが、こうも衆目を集めている以上、手早く済ませるのが双方のためでもありましょう」
「よかろう、こちらも異論はない」
楠木による模擬戦の事前説明は終わった。
千束と黄理の両名はキルハウス内で互いに離れた位置で模擬戦の始まりを待つ。
そして、勝負開始を告げるランプが点灯する。
夕焼けのような赤、日向のような黄、そして空のような青。
勝負の開幕を告げるブザーが鳴る。
二人の最強は擬似的な“戦禍へ”向かう。
常人とは隔絶した能力と才能を持つ二人。そんな似たもの同士の二人の行動は正反対なものになった。
銃をコンパクトに抱えるような構え、ウィーバースタンスから発展したC.A.Rシステムで動いた千束は勢いよく走り出し、敵の索敵を始めた。
一方の七夜黄理は、銃をだらんと下ろした姿勢のまま、開始位置の部屋にあるドアに蹴りを入れる。その蹴りによって出た音は、自分がここにいるぞという分かりやすい合図になってしまった。
自分は相手の位置が分からず、相手は自分の位置を大まかに察することができる。あまりにも不利な展開。それを最強のリリベルは、表情を変えぬまま行った。
「誘ってるねぇ。いいよ、のってあげる」
千束もその音を聞いて、相手の位置を把握した。音のした方角へ走る。もちろん、罠であることを承知だが、相手の姿が見えれば攻撃は容易く回避できる。服の上から目視できる筋肉の動き、動き出す先を見つめる瞳孔、脚捌き。そして、事前に映像で見ることのできた壁面を使って立体的に獲物を強襲するあの行動術。
相手の全身を正面から見ることができれば、相手の行動の先読みをして、ペイント弾を全弾打ち込める。
いよいよ、音がした部屋に到着する。到着次第、戸を少し開けて索敵。
その場にいたら相手はペイント弾を撃ってくるだろうから、体勢を低くして突入する。相手を視界に捉えたなら勝負は決まったも同然、もう相手の攻撃を完全に回避して接近できる。
あとはペイント弾を撃ち込んで終わりだ。
そう意気込んで、部屋の扉を全力で開ける。すると、扉は壁との接合部が壊れていたのか、開かずにそのまま倒れてしまう。想定外の事態。扉の先、部屋の真ん中には、こちらへやってきた千束をぼんやりと見つめる七夜黄理の姿があった。
銃を構えもせず、だらっと腰の下まで下げている脱力姿勢は完璧に隙だらけ。
銃を上げて、構えてから照準を合わせるのが、どれほど早くてもこれなら相手の攻撃を避けるまでもなく倒せる。
銃を撃とうとして、ようやく相手側に動きがあった。脚の方に緊張、リリベルの指定制服であろう灰色のズボンの上から、壁に向けて跳躍しようという動きが予測できた。その動きは映像であらかじめ確認済みだ。
銃口を壁に向け、相手が銃の向ける先に来たところを偏差で撃とうとして──
七夜黄理の姿を見失う。
いや、彼の影を追うことはできた。千束が銃を向けるより素早く壁面を蹴り、狭い室内を複雑な機動で走り抜ける。二秒、完全に視界から七夜を見失った千束は、三秒目にようやく相手の影を目で捉える。
“うっそでしょ!?”
映像で見たよりも、遙かに速い。映像で見るのと、実際に目にするのでは感覚として大きく違い過ぎる。映像で見た時はあの動きを巣を張った蜘蛛のようだと思ったが、実際に見るとあれはネコ科の大型獣の動きだ。
縦横無尽に部屋を躍動する姿は、目で捉えるのが厳しい。卓越した予知洞察の目を持つ千束だが、実際のところ動体視力は天才の領域にはあっても人外のそれに遠く及ばない。七夜黄理は誰にも語っていないが、元より彼が相手にしていたのは魔と人の混血。
怪物的な混血の殺害を常とした彼にとって、単なる天才を幻惑するなど容易いことだ。
七夜黄理の空間を三次元的に最大限活用した動きは、実地で初めて見る千束を感嘆させた。閉所における立体機動、捉えきれずとも動きを制限しようと千束は黄理の動きの先にペイント弾を撃つ。
しかし、それは誤りだった。
青い色のペイント弾が壁を染めたと同時、千束の体の各所に衝撃がくる。
右肩、左肩胛骨、左踵、背中のど真ん中。最高速からゼロへの変速、踏ん張ることもできない壁面で完全な制動をかけ、相手の認識を欺く七夜の業。隙を見せた的の四カ所を黄色のペイント弾が鮮やかに染める。
ペイント弾の衝撃を受け、千束はもんどり打って床に倒れ伏す。そして、先ほど千束が立っていた場所の背後付近に七夜黄理が冷然と立ちつくしていた。
その姿は、周囲の人間から言葉を奪うほどに恐ろしく絶対的な姿を示している。
ペイントに塗れた体とじんじんと身に刻まれた弾着の衝撃による痺れ。
敗北したのだと、状況を把握するまで時間がかかった。
倒れたまま、上のガラスの向こうにいるフキや先生たちを見て、千束は自分の敗北を噛みしめる。そして、こちらを見ようともせず一切に興味を示そうとしない七夜黄理の立ち姿を、恐れと共に見上げた。
あれは、自分の理解の外にあるものだ。
理解の外にあり、それでも関わりたいと思っていたはずだったのに。
“どうして、こうなったんだっけ”
意識が混濁した状態の千束を置いて、七夜黄理はキルハウスを出て行く。
去りゆく彼の背中に千束は、そっと手を伸ばす。一度は繋がった手はもう、握られることはないのだろう。
きっと、彼とはもうありふれた話をできないなと、悔しさや恐れではなく、僅かに惜しむような気持ちを抱いて千束はそっと涙を流した。何故、涙が流れたのか、その理由も知らぬままに。
END
『教えて!喫茶リコリコ』
和風な店内の雰囲気、モダンな店内風景。
室内に漂う珈琲の香りがここを喫茶店だと明確に主張してくる。そんな洒落た空間にペイント弾塗れになった小さな七歳くらいの少女が立ち尽くしていた。
「うえっ!?なにここ、あれ、さっき私キルハウスにいたはずだよね?」
混乱した千束の前に店のカウンターで座る人影、いいや着ぐるみが座っていた。
「え~、なにこれネコ、イッヌ?いやさ、UMA?」
「残念、リスだ」
着ぐるみから幼げな少女の声が出てくる。置物かと思っていたそれの急な発声に千束は死ぬほど驚いた。というか、叫んだ。
「シャァァベッタァ!?」
「当然だ、着ぐるみだからな」
当然のようにしゃべるリスの着ぐるみに呆然として状況が掴めない千束。
「ふむふむ、それで着ぐるみさん。どして私は喫茶店?にいるのかな」
「深く気にするな。いずれ、お前の方が詳しくなる場所だし、今の時点で言っても多分、お前には意味不明だろ。ひとまず、此処は喫茶リコリス。お前の窮地を救うお助けコーナーって覚えとけ。あとボクのことはウォールナットと呼べ」
「はぁ、お助け?ウォールナット?なにそれ金属の留め具?」
「残念、それはナットだ。植物性有機物の方な、ていうかお前英語とかフランス語話せるだろ、なに小ボケを挟んでるんだ」
「ん~~?ああ、クルミのことか!いや、脈絡もなく急に単語だけ言われても、咄嗟には出てこないって。リスで関連付けてようやくわかったんだし」
千束がそうぼやいて口を尖らせたところで、リスの着ぐるみをした何者かがようやくこの場所に来た理由を話し出す。
「さて、此処にやってきたってことはBAD ENDになったってことだな」
そう言ってきたリスの着ぐるみは、タオルを千束に差し出す。それを受け取った彼女は全身のペイント弾を拭き取る。
「ふえ、バッド?なにが?」
「BAD ENDだよ、例えば生きたまま丸焼きになったり、凍りづけになったり、獣に食われたり、大量出血で命を落としたり、銃で撃たれたり、心臓止まったり、なんかしら心当たりはないか」
「いや、私そんなヒドイ目あってないし。待てよ、最後のくだりは思い切り心当たりあるけど、生きてるから問題ないか」
「だろうな、今回は別段、即座に死ぬ類いのENDじゃない。というか、今回の模擬戦のくだりで死に至るものは一つだけだ。あとはペイント弾まみれになるルートしかない。良かったな……とはいかないぞ。お前、死んでこそいないとはいえ、ここはBAD ENDの救済コーナーだ。お前は単にペイント弾まみれになっただけじゃない。こっから先に未来はないと思え」
「物騒だなぁ。え、どうして此処から先に未来がないって話になるのさ」
「お前、あと八年後くらいに殺されるぞ。あの七夜ってのに」
「へっ!?なんで、いきなりそんなことに!私、なにもしてないじゃん!」
「何もしなかっただろ。それが原因だよ。まぁ、あと模擬戦前にあいつの戦闘シーン(無修正)を見た所為で実物と映像のギャップに戸惑ったってのもあるか。とにかく、七夜と会話しないでおくと自動的に模擬戦で負けてあいつと話す機会がないままになる。そうなると将来、お前が殺しをしないリコリスとしてDAの活動しているってんで上層部の目に止まり、あいつがお前のとこに送り込まれる。夜中にお前のセーフハウスに来て、まだ見ていないDVDが山積みになったテーブルの下で情熱的な一晩を過ごしておしまいだ」
リスのやれやれという、言葉を聞いて千束は赤面する。
「えぇえ!情熱的、一晩?なにそれどういうこと!?」
「ん~、率直にいうとテーブル下で体を七つに解体されてお終いってところかな」
「色気ゼロじゃん、むしろ、殺意ガン盛りじゃん!」
思っていた展開と違ったようだ。
「お前とたきなのBADには大抵、あの男が絡んでくる。まったく、厄介なヤツに惚れたもんだな」
「たき?いやそうじゃなくふぇ──ッ惚れ、ってなんかないし!なんでそんな話になるかなウォールナットさんは!?」
「別に隠さんでいいよ、面倒くさい。お前の男の趣味の悪さと運のなさは筋金入りだ。諦めとけ」
「ちょいちょい!まだ、そんな気持ちないって、七夜って子とは話したこともないんだし」
千束の発言にリスの着ぐるみの眼光が輝く。
「それだ、お前。模擬戦前にあいつと話すの、言い訳をして逃げたよな」
「うっぐ、逃げ、てないと思うけど」
「お前、やりたいこと最優先で動くんだろ。だったら、人見知りなんてらしくないことしていないで、さっさとあいつと話してこい。……でないと、ボクがここで働く未来がなくなって、ソッコー死ぬ」
最後の方は声を小さくしていて、聞こえなかったが話をしてこいと言うのは聞こえた。
「でも、なんだか七夜って子。不思議な雰囲気があるんだよね。それのせいで何を話そうかってなって」
「とりあえず、勢い任せに話してみろ。それで案外なんとかなる。こざかしい考えなんかじゃなくて、お前の思うことを素直になれ。あと、今後のことについて話すがな。選択肢は無謀でない限り、勇敢に選んでけ。それが未来を照らす道標だ」
「勇敢?それってつまり無茶しろってこと?」
「違う。無理ない範囲で、だ。いくら銃弾を避けられるっていっても死ぬ時は死ぬ。そこの見極めを誤れば、当然にBAD行きだろ。まだ、リコリス・リコイルの本編が始まってもないんだ。今のお前に主人公補正はないものと思え」
「なにその、メタな話。というか、主人公、本編?リコイル?えっとえーと?」
「今回は此処まで。さっさと直前の選択肢に行け。やりたいこと我慢するから、こんな目に遭うんだ。変に心残りになるくらいなら、さっさと話してこい」
Bad End Title
“出逢い方さえ違っていたなら”