Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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伽藍の堂にて。
かつての最強と称されたリコリスと現在最強を冠するリコリスの出会い。


番外編・短編集2

 

“おいでませ、伽藍の堂”

 

 

 

 電波塔事件後、リリベルをクビになった七夜黄理が放り込まれた支部の名は、“伽藍の堂”と言うそうだ。何事にも動じない無表情の黄理が苦々しく話をする姿は見物であったが、それだけやばそうな場所らしい。

 

 なんでも、所長の橙子という人が特に凄まじい性格の持ち主と黄理が発言したことが印象に残っている。毒のある性格も、華のある性格も、特別に評価しない彼がそこまで言う人物。

 

 

 千束としても前々から気になってはいたのだ。ただリコリコが軌道に乗るまでの間、DAからの任務をこなしたり、様々なメニュー開発やボドゲの導入、SNSの宣伝解禁などと目まぐるしく日々を過ごす中で、中々足を運ぶことができなかった。

 

 

 ようやく、まるまる一日が完全に空いたことと、先生の挽いた豆を黄理に渡すという事情が重なったことでようやく千束は、黄理の働き先へと赴いていた。神保町、多くの人が書籍と喫茶店にカレーをイメージする街。

 

 その街の片隅、高層建築が織りなす影に覆い隠されたビルを千束は見つけた。

 

 

 

伽藍の堂とは、所長である蒼崎橙子が廃棄されたビルをまるごと買い取って、事務所兼アトリエにした所だと聞き及んでおり、外から見る分には廃墟同然の景観。怪しい違法取引に使われそうな建物の見本みたいなところだという感想が先に来る。

 

「おじゃましまーす」

 

 

 そっと扉を開けて、千束はスマホのメッセージアプリを開く。アプリには黄理のそっけない文章で事務所は四階、とだけ通知がされていた。事務所としているフロアの階まで階段を上がっていく。

 

黄理から一階から三階までは所長のアトリエと聞いていて、どんなものがあるのだろうかと好奇心をくすぐられる。

 

 三階まで来たところで、千束はそっと三階フロアの一室を覗いてみることにした。

 

 

 覗いた一室は此処とはまるで違う法則が支配する異界だった。幾つもの人形が整然と並べられ、きちんと背筋を正して座っている。しかし、異常と思うのは人形の精巧さにあった。どれもこれも、人としては考えられないほどの美しさを讃えていながら、人間に恐ろしいほど類似した無機物。

 

 不気味の谷、そんな言葉が頭をよぎる。

 

 いわく人ならざる者が人に近しいほど人間の思考はそれを拒絶するという論説。

 

これはまさにそれだ。あまりにも人間に近しいのに、どれも人間味が皆無だ。

 

人形であるからこそ当然といえば当然なのだが。

 

 全ての人形からは一歩間違えば息をして動き出すのでは、という違和感を思わせる。

 

 すべて、掛け値無しに美しい人形だと断言できるのに、どうしてこんなにも怖いと感じたのか。千束はそれが分からなかった。視線を外し、四階へ向かおうとすると部屋の奥で一つだけ照明に煌々と照らされている人形に目を奪われる。

 

 短く揃えられた黒髪とダークブルーの眼球、それに合わせるような真っ黒な着物を纏ったそれは以前の、模擬戦前に出会った七夜黄理によく似ていた。無機質な、命の気配を感じさせないが故の絶対性と幻想的な美。

 

その空虚でありながら完全な美を放つ人形に魅入られた千束は静かに部屋の中へ入り、奥の方へ歩いて行く。

 

明かりを浴びて部屋に大きく影を作る人形を、千束は改めてよく見つめる。

 

 

 だらりと下げられた両手には何も掴まれていない。ガラス細工の吸い込まれそうな蒼の眼球は確かに私という像を映し込んでいるのに私を見ていない。それが何故か悲しくて、千束はそっと人形の頬を触ろうと手を伸ばし──。

 

 

 

「残念ながら、それは売り物だ。買う気がないなら、見るだけに留めてくれ」

 

 

 背後からの呼びかけで意識が異界より帰ってきた。

 

「わったた、ごめんなさい!?」

 

「いや、別に気に病むほどではないさ。ところで、その人形。やたらと熱心に見つめていたが、もしや気にいったのか?生憎とオケラの身の上でね。二束三文とまではいかないが、買い取るというなら安くしとくぞ」

 

 

 煙草の紫煙がアトリエに漂う。振り返った千束が見たのは、くすんだ赤髪をポニーテールに纏めて、こっちを見やる美しい女性だった。美しい、という概念を織り交ぜて人の形を作れば、こうなるという形状に千束は息を呑む。

 

 赤い双眸と琥珀色の瞳が視線を交錯させる。

 

 

 それからワンテンポ遅れて、彼女は黄理が言っていた伽藍の堂の所長についての話を思い出した。

 

“美しくはある、けどそれ以上に怖いと感じさせる女性。魔的というべきなのかな”。

 

 正面に立つ女性の琥珀色の瞳は、こっちを愉快そうに見つめてくる。

 

 ああ、これは確かに魔的と言うほか無い。

 

「えっと、その買い物じゃなくて配達に来たんですよ。ほら、黄理が豆を切らしたって聞いて、リコリコお手製の豆の配達に参上しました!……蒼崎橙子さん、でいいんですよね?」

 

 

 差し出されたコーヒー豆の袋を受け取った蒼崎橙子は。彼女が黄理の言っていた行きつけの店の店員だと出自を把握する。同時に、彼女こそ史上最強を謳われるリコリスかと、まじまじと千束の立ち姿を観察した。

 

「ああ、なるほどね、君が黄理の言ってた喫茶店の店員さんか。背後からいきなり済まない。いつもは客なんて寄りつかないものだから、珍しくなってつい話しかけてしまった」

 

「あ~、私の方こそいきなり入っちゃってすみません。すっごく不思議な感じがして、ついふらふら~っと」

 

「いや、展示スペースではあるから、別にいくら入っても見てくれても構わないとも。ただ、こいつを気に入るとはお目が高い。確か錦木千束さん、で良かったか?」

 

「良かったら千束って呼んでください。名字でも名前でも、どっちでもオッケーです!」

 

 そういうと橙子さんは笑って携帯灰皿に煙草を入れて、私に合わせてかがんでくれた。

 

「なら、私は橙子と。名字呼びは好ましくなくてな。……千束ちゃん。この人形は黄理をモデルに私が手ずから作ったモノだ。作り手としては相当な出来に仕上がったと思っているし、限りなく本物に近しい偽物だと評価している。だが、そうすることで今のあいつからはかけ離れたモノになってしまった」

 

 橙子さんは人形の額を軽く小突いて立ち上がる。

 

「人形は何も考えず、語らずに此処にいるだけ。なんともつまらない代物。それに比べアイツは日々を楽しそうに過ごしている。あの鉄面皮は相変わらずだが、アイツがああも穏やかに変化していくなら、表情をもう少し柔らかく仕上げとくんだった」

 

「そっか、だから黄理と似ているようで、似てないんですね」

 

「……いい目を持っている。その審美眼、いいや感性というべきだな。作り手としてはそういった独自の世界観(センス)を持つ人間には、多くの作品を見て欲しいところだ。もう一つ、良い出来の人形が置いてある。黄理がよく視ているお気に入りの人形だが……見ていくか?」

 

 黄理のお気に入り?

 

それを聞いた千束は元気よく、声をあげ橙子の後を付いていった。

 

 隣の部屋、黒の遮光布を取り払うと、その下には白磁の人形があった。頭部は星のない夜空を思わせる漆黒の髪、瞳は右目に蒼、左目に朱を宿している。悲しんでいるのか微笑んでいるのか判別のつかない口元。

 

 白と黒の彼岸花が意匠とされた着物を纏う白い肌と黒い長髪をした活人形。

 

一目見て、これは矛盾したまま存在を完成させていると感じ取った。

 

 正反対の要素が入り交じっているのに、自然に真逆のモノと融け込んでいる。俯瞰してみることである種の調和や確たるテーマ性が浮かび上がる。

 

 

「この人形は、太極をテーマに作ったものだ。黒と白、陰と陽に別たれながらも一個の存在として合一を果たすように作り上げた。結果として生まれたのが、この捻れた矛盾の人形さ。黄理はね、暇さえあればコイツをじっと眺めていたよ。このひねくれ者に何を投影しているのかと思ったが、あいつはこの人形を通して君の姿を見ていたのかもしれないな」

 

 

 彼はどんな表情でこの人形を見ていたのか、その時の黄理を見てみたいな、と考えるも頭はすぐに別の事に意識を向ける。

 

「私に似てます?似てるって言っても片目くらいだと思いますけど。……でもそっか、黄理は私に似てると思ったのか~」

 

「案外、似すぎているからこそ見えていないだけかもしれんが。まぁそれはいい。黄理の心境についてだが、それは私にも分からん。あいつ自身、口数が少ないしそれを外部へ発する意思が薄いのでな。ただ、君を見ているとなんとなくそれが分かるよ。不殺のリコリス、自分のために誰かを救おうとする君の在り方は矛盾しているくせに、真っ直ぐすぎるくらい芯が通っている」

 

 リリベルの支部の所長というだけあって、平然とリコリスというワードが出てくる。千束はそれには驚きもせず、しかして眼前の矛盾を形とした人形に自分が似ているという話を聞いて、驚きを漏らした。

 

「矛盾ねぇ~。そこまで食い違ってないと思うんだけどなぁ。人のためになることって、回り回って自分のためになる。だったら、自分の幸せのために誰かを助けることは何も矛盾しない。っていうか、そんな小難しいことじゃなし、やりたいからやってるだけ。それでいいじゃないですか」

 

 

「そう言いきれるのは間違いなく君の美点だろう。黄理の話では要領を得なかったが、こうして直接話をしてみて分かったことがある──」

 

 

 蒼崎橙子は胸元のポケットから眼鏡をかけ、雰囲気を和らげた。いいや、雰囲気だけではない。先ほどまでの冷たく合理性のみが光る性質が丸くたおやかな性質に変化する。その素早すぎる変化は、まるで別人と入れ替わったみたいだった。

 

「素敵な女の子の前には、道理も無茶も引っ込むってね?」

 

 ウィンクをされた千束は、急な橙子の変容に反応が遅れる。

 

 

「……橙子さん、どっちが素なんですか?」

 

「さて、どっちでしょうか?ま、どっちにせよ、私は私ってことで良いじゃない。白か黒か、そんな明確に区切れないのが人間ってものなんだし、女はミステリアスなくらいじゃないとモテないものよ」

 

 

 

 “じゃあね~”と言い残し眼鏡をかけた蒼崎橙子は一人、アトリエを出る。彼女の後を追って部屋の外に出ると、そこには見慣れたクセッ毛の男の子。七夜黄理が何食わぬ顔で部屋の外にいた。人形だらけの部屋を出て、コンクリと鉄筋が剥き出しになったビルの廊下へ戻る。

 

 

 部屋の外は埃っぽくて薄暗い。でもその不都合などが、自分の居る場所こそ現実なのだと強く認識させた。

 

「千束、どうして此処に、ってああ配達に来てくれたのか。悪いな、都合が合えばこっちの方で取りに行ったんだけど。……というか橙子さんと話をしたんだな」

 

 

 

 

「……なんというか、すごい人だったろ?」

 

 千束は、ようやく黄理が言っていた“凄まじい性格の持ち主”という人物評の意味を理解する。なるほど、蒼崎橙子という人物は、確かに常識の尺度で測り得ない強烈な人だと納得をしながら黄理に頷く。

 

 

「同感、あれは間違いなく“凄まじい”女の人だったよ──」

 

 

 

 





TIPS

 七夜黄理の不殺と人助けの基準は錦木千束と明確に異なる。彼は生きてさえいれば、どんな形だろうが問題ないと、敵対した相手の後遺症などおかまいなしに攻撃を行う。人助けに関しても、助ける、助けられないの線引きをせず無節操にその場で助けるのみ。

 助けた相手の今後の人生に興味はなく、目の前で困っていたからと助けた相手の性質にも関心がない。それを指して、蒼崎橙子は黄理の歪な救い方を“地に足がついていない在り方というのは、地に根を張って生きる者を踏みにじる恐れがある”と警告をした。
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