Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 短編集ラストです。これのみが第四章・本編のストーリーに繋がるお話。
 電波塔事件から四年後、とある雪の夜の出来事です。



番外編・短編集3

 

“再会は雪の降る夜に”

 

 

 

 京都支部に所属していたセカンドリコリスの少女、井ノ上たきなが10歳になった年の冬、ようやく待ち望んでいた場所への転属命令が訪れた。日本の中枢、東京の治安維持を行う東京支部への転属。

 

 東京支部、その本部のある山梨県にて自身の識別番号の再承認、マーダーライセンスの更新、東京での違和感を与えないための立ち振る舞いの講習を終えて、たきなはようやく東京に足を踏み入れようとしていた。

 

 新幹線の中にあるテレビは退屈な日々のニュースを報じている。危険なニュースは一つとなく、興味もない芸能人のスキャンダルや動物園でのパンダの出産。あくびが出るほど平和ぼけした内容ばかり。

 

 ようやく報じられた物騒な話も四年前の過去の出来事を、いま起こったかのように電波に流している。

 

 どの局も電波塔事件以後、過激な犯罪事件を電波に乗せることはなくなった。

 

 四年ほど前、日本全土を震撼させた史上最大のテロ、電波塔事件。その事件を最後に日本は犯罪率が年々、低下傾向にあり治安の良い国とテレビは連日、報道を行っている。いわく国民の遵法精神と平和を愛する国民性の賜物だとキャスターが口にするのを聞いて、たきなは目を閉じた。

 

 平和を愛する人間性を持った人間がいないと言うほど、世間を悪し様に捉えてはいない。けど、百人が百人、平和を愛しているわけではないことをリコリスである彼女は知っていた。京都でも、ついに隠しきれなくなった電波塔事件以降、犯罪の発生率は確かに増えてきている。

 

 首都である東京など、より如実に増加の傾向にあることがたきなには教えられていた。

 

 警察や表のメディアにも明かされることのない日本の本当の犯罪発生率。

 

自分たちリコリスが未然に防がれなければ、この国はどうなっているだろうかと膝の上に置いた鞄に刻まれた彼岸花の徽章(きしょう)を撫でる。

 

 

 

 新幹線の窓から、東京の景色を見るとまるで開花した花みたいな電波塔が目に入る。

 

 

「──彼岸花(リコリス)みたいですね」

 

 無意味でありきたりな感想が出たところで、車内の放送が東京駅に到着することを報せていた。

 

駅を降りると、周辺には見慣れたベージュの制服を着た同胞たちの姿が見える。彼女たちは十歳ほどで紺色、セカンドを象徴する制服を着たたきなを見て、わずかに視線が集中するが目立たないため視線を外し、各々(おのおの)が散開。駅のホームなどで危険人物がいないかを見回っている。

 

 

 

 六歳の頃、私がセカンドリコリスに上がるきっかけとなった事件で、たった一日だけの共闘をした少年と出会ったのも確か駅だった。口元だけを笑みに変え、たきなは改札口を出て行く。東京駅を出て、二時間ぶりに見上げる空模様は完全に冬景色。

 

 日が落ちるのも早いもので、以前ならまだ夕方だったはずの時間帯は既に夜の帳が落ちている。日光がなければ冷えるのも早く、指先は凍り付いたみたいに冷え込む。吐く息は白く染まり、ネオン灯る東京の街並みに紛れて消えていった。

 

 

 リコリスの標準制服の防弾性や活動性は高性能だが、もう少し防寒性を増してもらいたいものだ。そんなことを考え込んでいると頬に小さく冷たい何かが触れた。

 

「……まったく、極めつけですね」

 

 

 追い打ちとばかりに降ってくる雪をうらめしそうにたきなは見る。風の流れで(てのひら)に乗る六角の風花(かざはな)。白く小さな花びらを思わせる雪が、東京に冬化粧を施していった。

 

 

 

 

 

 治安維持のためには、日々のこまめなパトロールが重要だ。

 

いかにリコリスの支援を行うラジアータの情報収集が万全だろうと、そこにリコリスが居合わせなくては対処のしようがない。結果としてリコリスの普段の活動は、担当地域のパトロールに大きく比重が偏る。

 

初めて訪れる土地、東京に慣れるためのパトロールということでたきなは東京のあちこちを見て回る。

 

夜を切り裂く街のネオンと照明の光が、かつて京都の立体駐車場で見た黄理くんの武器が描く軌跡を思い出させた。東京支部に配属されても、やはりセカンドのリコリスにはリリベルの情報は開示されていない。京都支部の司令からも、ファーストに上がるまではリリベルについて話してはいけないと訓示を受けている。

 

背負っていた鞄から黄理くんの赤い制服を取り出し、抱きしめて暖を取る。もう既に自分の方があの頃の黄理くんより大きくなってしまったとため息を零し、雪の降る夜空に思いを馳せる。

 

 

 この夜空の下に、彼もいるのだろうか。

 

 

 

 雪の降り積もった坂道を歩いていく。足下の感触は非常に柔らかく、雪が足音を吸い込んでいた。無音の雪の夜、坂道の上にたった一つだけ設置された街灯。その街灯に照らされた影法師をたきなは見つけた。

 

ぼんやりした曖昧な気配と立ち姿。

 

目をつぶれば消えてしまいそうなほどに淡い影。

 

 

 そんな影は雪の降る夜だというのに、傘もささずにガードレール越しに眼下の街並みを見下ろしていた。不思議な雰囲気を感じ取ったたきなは、赤い制服を抱きしめながら影に近づいていく。近づく前から確信があった、この影はおそらく自分を知っているはずだと。

 また同様に、この影の正体を自分は知っている。

 

 

 近づいて、ようやく夜影を纏った人物の詳細な姿形を確認した。その人影は自分より少し高い身長をしていた。服装はファーストリリベルの赤い制服、それに優しい色合いをした黄色のマフラーを巻いている。

 

 

 

 雪が乗ったクセッ毛は、以前と変わっておらず目の前にいる少年が誰かを限定させた。

 

 そうなると、取るべき行動は一つだけ。

 

たきなは少年の背後へゆっくりと近づいて、胡乱な声で少年に呼びかける。

 

「お久しぶりですね、黄理くん──」

 

 振り返った少年の姿は以前よりも成長していると一目で分かる。見覚えのある赤い制服。ファーストのリリベルのみが着ることを許された装束だ。向き直った彼の瞳はかつて見たものと同一で、思い出の中において今なお煌めく蒼黒の眼光を(たた)えていた。

 

「やぁ、こんばんは。たきな」

 

 

 

 少年は眼前に立つたきなの指先が冷え込んでいるのを見て、制服のポケットから一本の缶コーヒーを彼女に手渡す。赤い制服を抱えているたきなは、掌で温かなコーヒーを受け取った。

 

「こんなものしかないけど」

 

「直接、モノを渡せるようになったんですね。七歳のときは、ポンっと被せただけで立ち去っていったのに。成長したようで何よりです」

 

「いや、あの時は予定が詰まってたんだよ。それにあの時のたきなは、もう限界だったろ?起こすのも忍びないし、そんなわけであの時はああするしか」

 

「黄理くん、やっぱり人を子供扱いするのは変わらないんですね」

 

 かつては、気に入らなかった要素も、こうして再会したことで寛大に許すことが出来ている。それでも、わずかにムッとした表情をするたきなを見て、黄理は申し訳なさそうに苦笑した。

 

 

 たきなは無表情がデフォルトだった黄理が、普通に笑うのを見て小さく息を呑む。思い出の中の彼は感情を出すのは最低限で、まさしく完成された暗殺者そのものだった。

 

 

 

 でも、今こうして話をしている黄理くんは、どこか……“人間”らしくなった?

 

 いいや、元々彼は人間であるため、この感想は不適切だ。

 

 缶コーヒーを開け、(ぬく)いコーヒーをそっと飲み干す。体内に流れ込んだ甘いコーヒーは、魔法みたいに全身を暖めてくれた。空き缶をどうしようかと、周囲を見渡していると黄理くんが空き缶をひょいと取り上げ、遠くにあるゴミ箱に放り投げる。距離はおよそ十五メートル強、放物線を描いた空き缶は狙い通りカコンと軽く音を出してゴミ箱に入っていった。

 

「お見事」

 

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

 そっけなくも偉そうなたきなの一言と芝居じみた黄理の台詞回し。

 

 たきなと黄理は互いの物言いが愉快過ぎて、互いに雪夜の下で笑い合った。

 

 

 

ひとしきり笑いあった後、たきなは抱きかかえていた赤い制服を黄理に押しつけるように差し出す。かつての黄理が眠っているたきなにかけた七歳の頃の制服。もう、受け取っても着ることのない無意味な代物だけど、それをわざわざ直接返すためだけに東京にやってきた彼女にほだされ、黄理はリリベルの装束を受け取った。

 

「ほんと、律儀だな──」

 

「それほどでも。受けた恩はきちんと──クシュン!」

 

 抱きかかえていた赤い制服を黄理へ返すと、たきなはそっぽを向いて小さなくしゃみをした。

 

 無理もないこの冬の環境下でリコリスの冬制服のみ。他の防寒着を着ていないのだから、寒さに弱いのも当然といえば当然のこと。黄理は首元のマフラーをほどいて、たきなの首へ巻いていく。

 

「黄理くん、せっかく一つ返したのに、また貸すのはどうかと思います」

 

「それならあげるよ。たきなはほっとくと冬場もリコリスの制服だけで乗り切りそうだ」

 

 そういって黄理はおおらかに大人っぽく笑って白い息を吐いた。巻かれた黄色のマフラーからは、ぼんやりとコーヒーの香りと柔軟剤の匂いがした。ぼんやりとマフラーにくるまっている私を見て、不意を突くように彼が笑う。笑っている黄理くんの顔があんまりにも幸せそうで、私の顔に熱が集まる。

 

 真っ赤になっているであろう顔を目深に被ったマフラーで覆い隠す。

 

 

 ぼんやりと眠そうで覇気の薄い顔をした目の前の彼を睨む。戦闘時の鋭く尖った蒼の眼差しとは正反対な、穏やかで毒気のない夢を見ているような焦点の定まっていない双眸。研がれた刃のごとき鋭利な雰囲気は欠片も感じない。

 

 なにより、以前の彼はこんなにも穏やかに笑わなかった。

 

 今の彼は七歳の頃の彼ではない。以前と違うはずなのだ。それなのに、目の前にいる黄理くんともっと話をしたいという情動が抑えきれない。どうして、私は黄理くんとこんなにも話をしたいのだろう。

 

「黄理くんは今もリリベルで活躍しているんですか?」

 

「……リリベルはちょっと前にクビになった。今じゃ、小さな支部でのらりくらりとDAの任務とウチの所長が引き受けた任務をこなしてるよ。東京に来てるたきなとは真逆だな」

 

「クビって、一体なにをしたんです。黄理くんほどの人なら、それ以上の活躍で失態をカバーできるでしょうに」

 

「何かをしたっていうか、しなくなったからクビになったんだ」

 

「しなくなった?でもDAの任務は請け負っているとさっき」

 

「殺しだよ。人を殺さなくなったから上層部も俺が要らなくなったんだろう──」

 

 

 言葉をほんの少しの間だけ失う。黄理くんはあれほど卓越した殺人の技量を持っているのに、どうして殺人をしなくなったのか。それにDAを、リリベルをクビになったのに、どうしてそれほど幸せそうに笑っているのか。

 

 

 疑問は渦巻いて、言葉にならないほど混乱している。目を白黒させている私を見て、黄理くんは彼の方から事情へ言及する。

 

「もう人を殺すなって、誓いを交わしちまった。だからもう……暗殺者は店じまいにしたのさ」

 

 

 誰と、どうしてそんな誓いをしたのか。たきなは黄理の顔を見て、そこで口をつぐんだ。目の前の少年の顔が精悍な男性のそれに変わり、追求しようとする意思がそこで綺麗さっぱり忘却された。

 

 ああ、黄理くんは素晴らしい日々を過ごしてきたんだ。

 

 だって、そうじゃないと黄理くんが、こんなにも格好良く見える理由に説明がつかない。

 

 ああ、彼は人を殺さない道を選んだ。リコリスとして犯罪者を殺す私と真逆の道。胸が、いたい。胸の中心に鈍くうずく痛み。ああ、どうして変わってしまった彼と出会ってしまったのだろう。なんで、これほどに悲しいのに、黄理くんと出会えたことがまだ嬉しく感じるのか。

 

分からない、解らない、わからない。

 

 しばらくの沈黙の後、たきなは涙をこらえながら黄理へ自分が東京に来るまでの経緯を語る。

 

 

「わたし、京都支部から東京支部に転属になったんです。京都にいた多くの犯罪者たちを殺してようやく憧れの東京支部に転属してきました。それで今日、ようやく黄理くんに会うことができた。でも、なんででしょうか。……正反対ですね、私たち」

 

 人の命を奪って望む場所に辿り着いた少女と、人を殺さずに幸せに笑う少年。

 

 

 二人の歩んできた真逆の道のりは、交わらない矛盾の螺旋の中に囚われている。たきなはそれを感じ取って、その場を立ち去ろうとするがその手を少年が優しく掴んだ。

 

 矛盾螺旋の中、正反対の道に位置する二輪の徒花。だが、少年は正反対の自分たちにも重なり合う地点、境界線となる事柄があるのだと口にする。

 

 

「そうだな、きっとたきなのいる道と俺がいる道は正反対なのかもしれない。けどさ、目指しているところは同じなんだ」

 

「同じ?」

 

「たきなは今日よりも良い未来を目指して頑張ってきたんだろ。俺だってそうだ。今よりもっと良い場所に行きたいから、より良い世界で生きていきたいから頑張ってきたんだ。俺たちは同じ場所を目指してる。だったら、別に過程なんてどうでもいいだろ?」

 

「どうでもいいって……。いいんですか、今の黄理くんは正義の味方なんでしょう」

 

「別に殺しをしないから正義ってわけじゃないよ。自分が悪党だってひねくれたことを言う気もないけど。……リコリスの殺しは巡り巡って多くの人たちの平穏を守っている。やり方は過激だけど、それで守れるものもある。なら、それでいいじゃないか。人殺しは悪だから、その行為に付随する全てが悪なんてことはない。残るもの、守れたものはきっとあるんだ」

 

「じゃあ、黄理くんは善悪、どっちの味方なんですか?」

 

「さしあたっては困っている人の味方。善悪なんて小難しいことは考えても答えなんか出やしない。なら、やりたいことをやってみればいいんじゃないか」

 

「やりたいこと……」

 

 たきなは黄理の話を聞いて、いつの間にか胸の鈍痛が無くなっている事に気づいた。

 

「もう私は東京支部に来ることも、黄理くんに会うことも叶っているんです。これ以上を望んでも、やりたいことを探してもいいんでしょうか」

 

「やりたいことを我慢するなんて不健康だろ。そりゃ、生きていく中で色んなしがらみがあるんだとしても、それが君のやりたいことを妨げる理由にはならない。まぁ、どうしてもやりたいことが見つからなくて困ったのなら……」

 

 黄理は制服の中から、一枚の名刺をたきなに渡した。

 

 

「今は神保町にある伽藍の堂って支部で、なんでも屋みたいな仕事をしてる。だから、たきな。もし、困ったことがあれば、いつでも依頼してくれ。出来る事なんてたかがしれてるけど、俺に出来ることなら何でもするからさ」

 

 

「……いいんですか、そんな安請け合いをして」

 

「あ~、もし伽藍の堂を利用する際は、お手柔らかに」

 

「前言撤回が早すぎます。もうちょっと格好を付けられないのですか?」

 

 

 はらはらと雪の降る中でたきなは、黄理の横に立っていた。そうして、またとりとめのない話に花を咲かせる。東京のパトロールで見てきたこと、京都とは違う街並みに圧倒されたこと、語った内容は平凡だったけど、あまりにも楽しくて、夢のような時間だった。

 

 

 

「なぁ、たきな。君に聞きたい事があるんだ。名残惜しいけど夜も遅い。今日はそれでおしまいにしとこうか」

 

「──なんですか、黄理くん?」

 

「君は来たい場所に、目指した場所に辿り着けたか?」

 

 質問は漠然としていて、それでも力強く黄理はたきなを見つめていた。聞いているだけで微睡みに沈んでしまいそうなほど優しい声音。たきなは少し考えて、黄理に微笑んで彼の曖昧とした質問と眼差しに応えた。

 

 

 

「はい、目指していたところにも、来たかった場所にも来れました。そして、会いたかった人にも……黄理くん、貴方にも会えた。ああ、夢みたいに素敵な再会でした」

 

 雪降る夜に月光のごとく輝くたきなの笑顔を黄理は見た。

 

安心したように黄理は白い息を吐いて、まだ幼く小さな少女へ笑いかける。

 

「また会えるよ」

 

「──ほんとう?」

 

「嘘なんかじゃないさ。きっとまた会える。なにも特別なことなんかじゃないんだよ」

 

「……おかしいですね、私は夢みたいに素敵なことだっていうのに、黄理くんは何も特別なことじゃないって。ああ、でもそうですね。今日の再会も特別なことなんかじゃなくて、ありふれた普通なことなんだとしたら、それはきっと」

 

 

 マフラーに軽く触れて、たきなは雪の積もりゆく東京の街並みへ微笑んだ。そう、此処で黄理と再会できたことも、何ら特別なことではない。きっと、また出会える

 

これまで夢のごとく手に届かないと思っていた特別が、なんでもない日常になっていく。

 

 それはきっと。

 

「夢よりも素敵なことなんでしょうね」

 

 

 

 

 雪夜の闇の中へ立ち去る黄理くんを私はそっと見送った。

 

少し寂しいけど、悲しくはない。だって、また会うことができる。そう考えただけで心の芯から温まるように心臓が熱く鼓動を叩く。楽しげに跳ねるステップ、それに伴ってなびくマフラーの感触が首元を撫でる。

 

 

たきなは七夜黄理と次に出会うときの光景を思い描きながら、立ち止まることなくひとり雪夜の帰路につく。

 

しんしんと雪は降り積もる。たきなは儚げに雪へ笑いかけ東京の街へ駆け出した。

 

 

 

 

 




 次回より第四章“錦木千束、七夜黄理”暗殺計画
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