Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 あけましておめでとうございます。新年最初の投稿です。
今年もどうかご贔屓にお願いいたします。



Lycoris A moon eclipse
Easy does it【1】


 

 

 早朝、カーテンを開くと澄み切った空気と柔らかな朝日が黄色がかった白髪に当たり、きらきらと眩しく光を反射する。

 

千束は朝靄の中、静かに目覚めの時を待つ東京の街並みをセーフハウスの窓から満足そうに見つめた。

 

 後ろのつけっぱなしのテレビからは東京の桜が満開になる頃合いであり、今日の天気は五月並みの好天だと平和で穏健なニュースばかりが飛び交っている。この平和の裏側を知る千束は、それでも嬉しそうに平穏な朝の一時を過ごしていた。

 

「今日も天気で、私も元気。ありがたい~」

 

 千束はしなやかに伸びをしてコーヒーのドリップを待っている。

 

 その間もニュースはまだまだ明るい話題を電波に乗せていた。八年前に壊れた旧電波塔、それにかわる平和の象徴“延空木”の完成が間近だという。全長634mであり、その威容はまさしく現代日本の技術の結晶とも言える。

 

「高さが電波塔の倍か~。さすがに600オーバーの高さからは落ちたくないなぁ」

 

彼女はまるで、それ以下の高度からなら落ちたことがあるような不可解な独り言を呟いてリモコンを操作。テレビの電源が落ち、画面は黒く染まる。奥のリビングの机に置いたスマホの着信音が鳴る。

 

先生かな、と着信相手の見当をつけ、スマホの置いてある机まで行こうとすると、足下できらりと光る危険物に気づいて方向転換。

 

「あっぶな。そういや黄理から没収したの、忘れてた」

 

 相変わらず罠とか刃物の収集癖がある黄理の自室から没収した鋼鉄製のトラばさみ。燃えないゴミの日に粉々にして捨てようとしていたのだが、黄理の部屋にあったものというだけで、捨てられず上階の偽装部屋に十数個置いてあるのは、自分でもどうかと思う。

 

 震えているスマホの電源をつけると、予想通り先生からの着信。

 

「おっはよ、せんせい」

 

『千束、すぐ来てくれ』

 

「おっとぉ、約束より早いねぇ。なになに、なんかあった?」

 

『トラブル発生、リコリスのピンチだ』

 

 朝一番での連絡が穏便なものではないと思ってはいたが火急の用件らしい。

 

 

「朝から忙しないなぁ、普通もうちょい夜中に動くもんじゃない?悪党って」

 

『そういうな。悪党だって早起きをするものさ』

 

「りょーかい、それじゃあすぐに向かうね。緊急の案件かぁ。……念を入れて黄理も呼んどくよ」

 

『その方が確実だな。だが現場の状況は刻一刻を争う。どちらかの到着次第、すぐに状況を開始してくれ』

 

 

 先生はそう言うと通話を切り、現場の所在地を送ってきてくれた。武装の収納されたサッチェルバッグを背負い、黄理のスマホに電話を入れる。幸い、黄理も起きていたのか2コール程度で無事に繋がった。

 

「グッモーニン!お目覚めかな、黄理?」

 

『まぁ、起きてはいたよ。それで、こんな朝早くになにかあった?』

 

「へへへ~、ちょっと朝の軽い運動に付き合ってもらいたくてさ~」

 

『騙そうとするなら、その猫なで声は向いてないから止めた方がいいな……それで、場所は?』

 

「話が早くて助かるよ。現場の場所はこれから送る。到着したら私か、先生と連携してリコリスの救助ね。作戦は“命大事に”、で!」

 

『つまり、いつも通りってことだろ。了解、手早く片付けよう』

 

 

 着信が終わり黄理の声がスマホから途絶えると、少し寂しい感じがして私はなんとなしに机の上にある子供の頃の黄理との写真を眺めてみる。五秒ほどの放心、それから先生が緊急と言っていたのを思い出したことで部屋を慌ただしく飛び出し、スクーターが置いてある駐車場に降りていく。

 

セーフハウスのあるマンションの階段には、踊り場ごとにきれいなポスターが貼ってある。“日本の治安、八年連続で世界一位”、今年になってからあちこちで見かけるポスターは、まるで深層心理に働きかけるようにあらゆる場所に貼り付いていた。

 

多くの人へ言い聞かせるように、信じ込ませるように貼られたポスター。

 

 それを横目に私はスクーターに跨り、朝靄の中で微睡(まどろ)んだ東京の街へと走り出す。

 

 

──

 

大きな街の動き出す前の静けさが好き。平和で安全、きれいな東京。

日本人は規範意識が高くて、優しくて温厚。法治国家日本、首都東京には危険なんて有り得ない。社会を乱す者の存在を許してはならない。存在していたことも許さない。

 

処分()して、除去()して、消去()して、綺麗にする。

 

危険なんて元々無かった。平和は私たち、日本人の気質によって成り立ってるんだ。

 

そう思えることが一番の幸せ。それを作るのが私たち、リコリスの役目……なんだってさ!

 

──

 

 

 

 

 

 

 朝の(もや)に包まれた東京、巨大かつ奇怪な生物の目覚める前を思わせる街並みを黄理はぼんやりと屋上から見下ろしていた。千束からの着信が切れると彼はポケットにスマホをしまい、伽藍の堂の屋上を後にする。

 

 

 建築途中のビルを買い取って作られた伽藍の堂は、本来なら六階建てだったそうだ。

 

それが四階まで建造を収縮され、現在では六階は消え五階になるはずだったところは屋上と化している。オーナーである橙子は四階から一階までは自分の手を入れているが、周囲がビルで囲まれている屋上には手を入れていない。

 

いわく、知らない人間の目が触れる可能性のあるところに自分の痕跡を残すのは趣味ではないらしい。よって屋上は黄理の休憩所となっている状況だ。階段を降り、オフィスとして普段使用している四階に着くと雇用主が煙草を吹かしながらビスクドールを机の上に飾っていた。

 

しかも見慣れないヤツだ。

 

「橙子さん、その人形どうしたんですか?」

 

「ん?なぁに、黄理もとうとう人形の素晴らしさに気づいたのかしら?」

 

 眼鏡をかけた橙子さんは、性質が温厚ではあるが決して無害というわけではない。というか従業員としては彼女の買い物は非常に有害過ぎる。

 

「あいにく、芸術的感性が鈍い(タチ)で。お高いのだけは見て分かりますよ」

 

「あら、それは大変ね。どんな時でも芸術的なセンスは研ぎ澄ましとかないと。彼女へのプレゼントを贈るときになって悲惨なことになるわよ?きちんと普段からセンスは磨いときなさい」

 

「善処します。それで、その人形はもしやまた買ったんですか?」

 

「ご明察。いやね、ルネサンスのアンティークとしては微妙なもので造詣も微妙。だけど、どうにも気になって……うん一目惚れってヤツ?」

 

「厄介な惚れ性だ……」

 

 此処で今月の給金が出るのか否かという質問をする気が失せた。先日、百万単位の入金があったというのに、もう既に雇用主である彼女は素寒貧になってしまったと誇らしげに胸を張っている。

 

「別に黄理はいざとなれば、リコリコでバイトできるじゃない。ミカさんだって、人手が増えるのは大歓迎だって言ってたわよ?」

 

「本当にまずい時は世話になりますけど、それ以外で軽々と面倒を見てもらうのは……」

 

 年末年始に給料が出なかった時は、やむを得ず世話になったこともある。けれど、頻繁に面倒をかけるのは問題が大きすぎる。虎杖さんからもらった通帳やカードもあることにはあるが、あれも易々と使うわけにはいかないと心に決めている。

 

 従って、黄理も橙子と同じくオケラの状態。

 

「そっか~。……“ならば仕方ない”。真っ当ではない仕事をするとしよう」

 

 橙子さんがおもむろに眼鏡を外す。

 

切り替えられる性質に応じて彼女の双眸が鋭く細められる。

 

「昨晩、同様の手口で事件が発生した。また被害者は惨たらしく“ぺしゃんこ”だ」

 

 放られた調査資料には、押し花みたいに潰されて血しぶきを地面いっぱいにぶちまけた“真っ平ら”な死体の写真があった。いいや、これはもはや人間の死体ですらない。常識で語ることのできなくなった骸からは意味と人間性が剥奪される。

 

 良識と条理の境界からはみ出したモノは、死体ではなく肉の(かたまり)にしか扱われない。

 

「“連続圧死事件”……これで四件目だ。現場はDAが封鎖し、情報は警察まで降りきっていない。迂闊にニュースに取り沙汰されれば、社会不安を煽るだけと報道にも察知されていないだろう。SNSで噂話程度なら上がっているが、そちらはラジアータが情報統制中」

 

 そこで橙子は口を閉ざして、調査資料の中にあるぼやけた写真を手に取った。真夜中の監視カメラが捉えた下手人の姿。シルクハットに燕尾服、都会の中でも目立つ装いだが、それよりも顔につけられた仮面が最も異様さを示している。

 

「このふざけたナリの仮面野郎の跳梁をこれ以上許してはならない。DAからの正式な依頼だよ。黄理、これ以上の犠牲者が出る前に犯人を撃退しろとのお達しだ。リリベルやリコリスも事件の解決に動いているそうだが、こいつの凶行の手口が掴めない。普通の手段でないのは確かだろうな。どう考えても人間を丸ごと平らに潰すなんて芸当が真っ当な手段で出来るなど考えられん」

 

「ああ、それで真っ当じゃない俺に話が来たと」

 

 つまらなそうに語る黄理の瞳は永久凍土よりも冷酷に冷え切っている。

 

「犯人が出たら、その時に連絡を入れる。それまでは好きに金銭を調達していればいいさ」

 

「……了解、差し当たっては千束に呼ばれているから、そっちの手伝いに行ってきます」

 

「なんだ、幼稚園の児童の相手か?それとも日本語学校の教師の手伝い?」

 

「いや、ピンチのリコリスの救助」

 

「……おまえ急がなくていいのか?」

 

「まずそうだ。橙子さん、下のハーレー借りてきますよ。確かサイドカー外してましたよね?」

 

「ああ外してある。分かったから、さっさと行ってやれ。これでリコリスが死んでいました、なんて話になったら寝覚めが悪い」

 

 橙子へひらひらと手を振って黄理は一階のガレージに降りていく。ガレージには橙子さんの足である赤の車とハーレーが置いてある。黄理はヘルメットを被り、ハーレーに乗って千束からの連絡にあった現場へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

──

 

 この大きな街には深く黒い裏がある。いつもと変わらない日常、だらだらと続くその日常の影で動く裏方たち。表舞台は裏方の働きにも生き死ににも関心が無く、法治国家日本は今日も平和、何事もなく日常は回る。

 

平和を(おびや)かす邪魔者は知らず知らずのうちに消え、何処か遠くへ打ち捨てられる。

 

危険など最初から無いのが当然。平和は日本人の気質によって成り立っている。

 

くだらない欺瞞で、滑稽な話だと思うのだが。

 

それでもこの日常には“守るだけの価値”がある。

 

──

 

 

 

 

 

 

冷めきった思考でたきなは嘆息を堪えて、状況を整理する。ただの銃取引の現場で生じたセカンドが人質になるという非常事態(イレギュラー)。東京の繁栄の裏で忘れ去られた廃ビルのフロアは、平和な日本とは思えないほどに破壊の限りを尽くされている。割れたガラス、壊れた椅子や机、あちらこちらに残された弾痕。

 

 

 遮蔽物の向こう側では、排除すべき対象が興奮気味に怒鳴りつけてくる。銃口を頭部に向けられているエージェントは、自分と同じ紺色の制服を纏ったセカンドのリコリス。まったく、セカンドが人質になるなんて、たるんでいると叱責されてもおかしくない失態だ。

 

 まぁ、叱責も説教も、全ては生きていたらという注釈が付くわけだが。

 

 

「司令部、こちらアルファワン。私たちで対応できます、射撃許可を──司令部」

 

 

 この場の指揮権を持つファーストリコリス、フキの通信に司令部は応答しない。“ザザッザザッザザア”、耳元のインカムがノイズを発する。突如として断絶された指揮系統。もう司令部の命令更新は期待できない。司令部からの命令は待機とされているが、あと一分もしないうちに人質となったリコリス、蛇ノ目エリカは無惨にも物言わぬ死体となるだろう。

 

状況は最低を更新し続け、一向に打開策は出ないまま。

 

「司令部?司令部!?」

 

 フキの懸命な声は、“相手に状況を有利だと感づかせるだけだな”、とたきなは氷のような心境で周囲を見渡す。

 

「聞こえてんだろぉが!」

 

 ひときわ大きな怒鳴り声が響く。うるさい、まるで駄々をこねた赤子、いいや赤子は泣くのが仕事だというが、大の大人がそれをやってもどうにもならないだろうに。

 

 

「ちくしょう。こんなにやりやがって……十秒だ!さっさと出てこい!こいつぶっ殺すぞ!」

 

 

 味方の損害を悲しむ程度には情があるような台詞だが、エリカに銃を向けている男の中にあるのは歪んだ自意識と傲慢による感情の奔流だ。使えない部下、馬鹿のしくじったとばっちりで自分が問われる責任。その事実から目を背けるための八つ当たり。

 

 全ての発端で原因とも言える学生服の格好をした女の殺し屋ども。男は十秒を待つと言ってはいたが、“十秒を待たずに殺してやるぞ”と内心で邪悪に歪んだ笑いを噛みしめる。嗜虐心と復讐心が混在する悪意に満ちたカウント。

 

 セカンドリコリス、蛇ノ目エリカには十秒という僅かな時間も遺されてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ハーレーのブレーキをかけ、現場近辺に駐車。それに跨っていた七夜黄理は耳元のインカムで通信を行い、状況がどうなっているかを確認する。

 

「こちら七夜。現場に到着。まだ人死には出てませんか?」

 

『おっそーい。もうかなり、やばい状況だよ。ビルの六階でリコリスが人質になって大ピンチ。早く来てよね~』

 

『黄理……ひとまず、ポイントには千束が待機している。そこからでは、階段を使っても間に合わないだろう。これから千束が突入するから君はバックアップを──』

 

 通信を聞いた黄理は目の前のビルの六階部分を見る。そこの思念は怒りや憎悪、困惑に焦燥と入り交じっていて如何にもな鉄火場の思念の色彩をしていた。しかし、その混じった思念の中で見慣れた少女の特徴を持つ思念を見つけてしまった。

 

 まさか、あの合理的でしっかり者な彼女が人質になるなんて考えられない。それでも、黄理の思考はそこで行動を起こすことを決定した。ビルの六階部、高さはおおよそ15~18mといったとこ。ああ、それなら二秒足らずで届く距離……。

 

「了解、じゃあすぐ向かうよ」

 

 

 それだけ言うと返事を聞かず、黄理は重力を無視してビルの垂直な壁面を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 たきなが辺りを見回していると、近くの死体が寄りかかっている木箱の上にある大型の機関銃、PKM を発見する。日本で扱うには大袈裟すぎるほどの火力と連射性を持つ重苦しい鋼鉄の凶器。

 

 もし、あれを使って銃のブローカーたちへ奇襲を敢行できたなら、エリカを救える可能性が出てくる。今の彼女は床に跪かされていて敵よりも低い位置にいる。機関銃の掃射による一筆書きで敵を一網打尽にするしか選択肢は無い。合理的に考えれば、彼女を助ける手段はそれしかないのだ。

 

 だが、この合理性は井ノ上たきなのモノで、リコリスのモノではない。リコリスならば、同胞の損耗を受け入れ、命令を遵守することこそリコリスの合理性だ。此処で命令を無視してまで銃取引の情報源を失うより、同胞のセカンド一名の命で任務が達成できるのならリコリスとして後者を選ぶことが合理性に当てはまるのでは……。

 

 答えのない葛藤がたきなの思考に広がっていく。  

 

そんな中で(かぞ)えられていく命のカウントダウン。 

 

 

あぁ、そもそも合理的に考えて、井ノ上たきなにエリカを救うべき理由は存在するか?

 

 “特別な理由はない”。

 

 

 助けたことで得られる利点(メリット)や、その行動の意味は?

 

 “意味なんて無い”

 

 

 でも、わたしはやると決めている。それは何故(なぜ)

 

 

 

 何故も、なにも……。

 

 あの雪降る夜の黄理くんの一言が、わたしの胸の中に息づいている!

 

 

『善悪なんて小難しいことは考えても答えなんか出やしない。なら、やりたいことをやってみればいいんじゃないか』

 

 

 本当に無責任な言葉だ。こんな言葉を真に受けるなんて、どうかしている。

 

 成功しようと、失敗しようときっとわたしの決断には、何かしらの反動(リコイル)が起こるだろう。養成所へ逆戻りか、はたまたサードに降格か、それともマーダーライセンスの没収とリコリスをクビにでもなるか。

 

 ……下らない自己保身に迷っている時間はない。

 

 

 大切なことは“為すべきではなく、やりたいかどうか”。 

 

たきなはあんまりにも利己的な考えで人命を救おうとする自分へ向けて静かに笑う。 

 

それは無謀、蛮勇、愚策による行動に違いない。

 

しかし、その勇敢な選択は運命を大きく変える行動となる。

 

「フキ……」

 

「ぅぐ……命令は待機だ」

 

「でも、このままじゃエリカが!いまなら、まだ!」

 

 ヒバナ、フキの言い争いを余所に、たきなはPKMを掴んで腰だめに保持。弾薬を纏めたベルトリングを薬室に押し込んだ。照準は特別、考える必要はない。ようは屈んでいるエリカの高さにまで銃口を向けなければいいだけのこと。

 

 息を吸って、吐く。思考はクリア、指先にまで集中しきった意識が行きわたり、此処に来て緊張による震えが起こることはない。

 

 

「構わず撃ってぇ!!」

 

 エリカの悲鳴にも似た声を聞いて、たきなは機関銃を抱えたまま敵の機先を削ぐために無言のまま立ち上がった。

 

「「たきなっ!?」」

 

 同行者の突然の行動にフキ、ヒバナは狼狽した声を上げる。慌てきった彼女たちに対して冷静なたきなは引き金を引いた状態で敵に向かって銃口をなぞるように動かしていく。嵐のように吹き荒れる銃弾の雨。機銃掃射によって、銃を構えていた男たちはあっけなく鉄火の嵐に命を呑み込まれ斃れていく。

 

 

 銃声にかき消されて聞こえていなかったが、窓の外では“ダンッ”と何かを蹴るような音がしていたがそれはまた別の話。

 

 

 

 

 辺り一面が血の海になるのは、あっという間だった。動いている者がエリカを除いて全て皆無になった後、たきなは銃取引の現場に入る。まず始めにエリカの生存確認、それから無感動に周辺の生き残りを確認する。

 

生存者ゼロ。

 

エリカは無事に助けられたが情報源となる敵対者の生存は認められず。

 

 たきなは傍目からは分からない程度に肩を落とし任務の失敗を受け入れた。

 

「おまえ──」

 

 ヒバナは震えるエリカを慰め、フキはたきなと拳を握った状態で対峙する。たきなに向かって怒りを堪えながら、フキは先ほどの行動の理由(ワケ)を問い詰めた。

 

「エリカを殺す気か──」

 

「?……」

 

 たきなは一瞬、フキが何を考えているのか、何を言っているのかがよく分からなくて首を傾げる。そして、考えに考えて井ノ上たきなは簡潔に自分の行動によって得られた結果だけをフキに確認した。

 

 

「助かってますよね?」

 

 

 フキの返答は腰の入った拳の一発だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 銃取引の事件が機関銃の掃射でうやむやに終わって、その場で待機していた千束は現場を離脱しようとしていた。ミズキが迎えに来てくれるらしいからスクーターだけをどっかに隠しておこうと下に降りると、そこには見慣れた少年がスクーターを下敷きにして横になっていた。

 

「ん~っと。なにしてんの、黄理?」

 

「二度寝でもしてるように見える?」

 

 憮然とした調子で黄理は、立ち上がって体中にかかったガラス片を払い落とす。

 

「六階まで上がったら急に窓ガラスが降ってきて、このザマだ。まったく、下にこいつがあって命拾いしたよ」

 

「ふ~ん、ところで黄理の命を救ったスクーターの持ち主は誰だと思う~?」

 

 なんか、黒い笑みを浮かべた千束がじりじりと黄理の方に近づいてくる。

 

「下手な洒落だ。座布団の一枚も期待できないぞ」

 

「しゃらっぷ。そういう話じゃないのです。あ~ん、困っちゃうな~。これでわたしのリコリコまでの足が無くなっちゃったな~。困る~すっごく困る~。……ちらっ」

 

「──分かったよ、そのスクーターはクリーナーに言って直させ」

「ブッブ~。そうじゃなくて、すぐに私の足代わりになってくれる人を募集中なのさ!」

 

 ウィンクをして黄理を指さす千束は、スクーターを壊されたのに凄くご機嫌に笑っている。それを見た黄理は、どうやら下敷きにしたスクーターが直るまでの間、朝一番の自分の予定は決まってしまったことを理解して空を仰いだ。

 

 ハーレーを借り続けることになりそうだと橙子さんに言っとかなきゃな、と黄理は覚悟を決める。

 

 

 

「はいはい仰せの通りに。お姫さま──」

 

 黄理の軽口で頬を桜色に染めた千束はいそいそとスクーターのヘルメットを被り、黄理が乗るハーレーの後ろへ乗って彼の腰に手を回す。けたたましく鳴るエンジンの音だけを置き去りに、赤の彼岸花(リコリス)君影草(リリベル)は、錦糸町の“とある喫茶店”へと走り出していった。

 

 

 なお、現場に急行して千束を迎えに来たミズキとは完全に入れ違いとなり、二人揃ってミズキに謝り倒すことになるのも、また別の話。

 

 

 






少年は変わりゆく自身の在り方と命の価値に迷いを持ち、
とある少女は救いをもたらされたことで不殺を心に誓い、
もう一人の少女は暗殺者であることに疑問さえ抱かず。


三者三様、交わることのなかった三輪の徒花。

太陽のような少女、夜闇に消えてしまいそうな彼、月のような彼女。

三人の過ごす時間が重なり合うとき、彼女、彼らの物語は遙か最果てへと響き渡る。


“Lycoris A moon eclipse”

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