Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 ストーリーラインとしては、リコリコサイドがガンアクションあと日常系。伽藍の堂はSF伝奇活劇、リコリコの話にもたまに出演。真島サイドは特に描写しないと思いますが、あるとすれば裏の事情の説明、補完がメイン。あとネームド増量しておきます。

 リコリコメンバーと黄理、それと対峙するのに真島さん一人じゃバランスが取れねぇよなぁ!





Easy does it【2】

 

 

 

 司令室へと呼び出された井ノ上たきなに下された辞令は、彼女が予想していたものとは少し違い、でも大枠は外していない命令であった。

 

 いわく外部への配属。つまりは……。

 

 

「転属ですか──」

 

「ああ、配属先は外のDA支部となる」

 

 たきなの感情の乗っていない声に対する楠木の声もまた、感情の色合いを見せないものだ。無表情な二人の事務的な会話は結果と理由を整然と上司である楠木が語り、たきなは沈黙して無表情のままに楠木の言葉を受けとめるという形のものだった。

 

「司令部の指示を無視して作戦を台無しにした責任は重い。現場指揮官からも越権行為の報告を受けている。……扱いきれん、とな」

 

 たきなは楠木が黙ったことで会話の終了を感じ取る。背中を向けようとするたきなに、楠木は配属先の役に立つかも分からない無駄な情報を口にした。

 

「配属先にもリコリスが一人いる。生意気だが優秀なヤツだ。得られるモノもあるだろう」

 

 司令室を出て、たきなは部屋にある制服の替え、僅かな私物、銃をサッチェルバッグに収納、支給されたキャリーケースに荷物を詰めリコリスの寮の外へと向かう。東京支部、あれほど懸命に目指していたはずの場所を出て行くというのに、感情は思っていたよりも揺れ動かない。

 

 配属先が東京ということもあって、たきなの心境には驚くほど変化がなかった。

 

 別に寝泊まりする場所が変わろうと会いたい人に会える場所ならば、どのような環境でも大差ない。たきなはあっさりと十歳の頃から過ごしていた東京支部を未練無く出て行こうとする。

 

 

 途中で東京支部におけるリコリスたちの憩いの場である噴水のあるフロアの付近まで来ていた。噴水を遠目に見るも、たきなは特に噴水のあるフロアに用はないのですたすたとすました顔でその場を通り過ぎていった。多くのリコリスたちにとっての憧れというのは、たきなも知っているが彼女からすれば単に水が出るだけの場所としか認識していない。

 

 

 玄関の前にはフキやヒバナ、そしてエリカが壁に背中を預けて立っている。どうかしたのだろうかと、疑問に思いつつもたきなは靴を履き替えてキャリーバッグを引いて行く。

 

「オイ……」

 

 元ルームメイトであるフキがそっぽを向いたまま、こっちに声をかけてくる。

 

「なんか言うことはねぇのかよ──」

 

 明後日の方向を向いているフキに、たきなは訝しそうな顔をしている。言うこと?これから配属先が変わって、会うことがなくなるので本当に言うことはないのだが、何かを求められているのだけは分かる。

 

 殴ったことに対する感想だろうか?何か恨み言か、捨て台詞でも言った方がいいのか。

 それとも、別れ際の挨拶で“お世話になりました”くらいは言うべきなのか?

 

 ずきり、頬に貼った湿布の裏から熱のこもった鈍痛がしてくる。命令違反の代償だ。リコリスとしての責務を忘れ、スタンドプレーに走ったことで下された転属の辞令。自業自得と言う言葉が脳裏によぎる。自分の決断によって失敗した任務の結果、どれほどの一般市民が犠牲となることか。助かったのはセカンドのリコリスたった一人。この決断の天秤は釣り合っているのだろうかと冷徹な思考が回り出す。

 

まったく考えただけで気が重い。

口を開くのが面倒になり、挨拶をする気が無くなってしまった。

 

何を言われようと、結局すべての責任は行動したわたしのものであり、フキたちが負うべき責任はない。反論や文句を言う資格がわたしに無いのだから言うべき言葉は決まっている。

 

「いいえ、特には」

 

「……そーかよ!じゃあ、とっとと何処へなりとも行っちまえ!!」

 

 かなり遠くまで反響するような大声で吠えるとフキは大股で玄関を後にする。ヒバナもそれに続き、フキの後を追う。わたしも此処で時間を無為に消費するより、早く外の支部へ挨拶をして自室としてもらったマンションの一室に荷物を置きにいこうと玄関から外に出て行く。

 

「あっ……たきな……」

 

 

 

 そういえば、一般的な自室というのはどういったカモフラージュをすべきなのか。もらった自室を黄理くんに見てもらいアドバイスでもしてもらおうと考えながら、たきなは寮を後にした。何か言いたそうなエリカを置き去りに、たきなは凛と背筋を伸ばして東京支部を去って行く。

 

 その背中に後ろめたいモノや後悔の影はなく、凛々しい姿のまま次の配属先に向かっていった。彼女の若干の足取りの軽さは、一人暮らしという未体験の日々に対して少しだけ浮かれていることの証左でもあるのだが、たきなはそれを自覚しないまま錦糸町へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 キャリーケースを引いて、たきなは見慣れない街を歩く。錦糸町北口を通り過ぎ、下町風情のある街並みを横目にたきなは指定された支部へと向かう。こんな街中にリコリスの支部があるとは思えないが、指示にあるのだから仕方ない。

 

 

 指定された住所に辿り着くと、たきなは呆然とした目で眼前の住居を見る。

 

そこにあったのは周囲の景観からは少し浮いた木造の建築物だった。というか、どこから見てもただの飲食店、いいや喫茶店にしか見えない。

 

 

 透き通るような鈴の音色と共に扉を開く。店内の内装は外装と同様、和洋折衷のもので落ち着いた雰囲気をしている。店内には畳のお座敷席や中二階という特徴的なスペースがある。窓に嵌め込まれたステンドグラスは、煌びやかな日差しを鮮やかに乱反射し、店内を暖かく照らしている。

 

 ほんのりとコーヒーの香りがしたところを見るに、喫茶店というのは単なる偽装(アンダーカバー)だけでは無さそうだ。そんなことを考えていると、テレビのニュース音声が耳に入ってくる。

 

 

────

 

『──今や匿名支援の代名詞であるアラン・アダムズという謎の人物。まさに人の善意によって、世界に羽ばたく才能たちが萌芽したと言っても過言ではありません』

 

『またしても、人の善意が歴史を作ったと言うことですね~』

 

『アランの支援を受けた者の共通点は、このチャームのみ』

 

 テレビの画面がフクロウをモチーフとした黄金色のチャームをアップで映す。

 

『スポーツ選手のみならず、研究者や芸術家など、多岐にわたる分野での支援が確認されていますが、その選出方法は不明のまま。確かなのは支援を受けた者が大成するということですが、世間ではその資金源や選出方法の不透明さに不満の声も──』

 

「不満だわぁ~。今すぐ、わたしにいい男を支援しなさ~い!」

 

 

“凡人のやっかみですな”、狙い澄ましたかのようなタイミングでテレビキャスターの鋭い舌鋒が電波に乗る。それを聞いた若緑色の着物に眼鏡をかけた女性はテレビに食って掛かる勢いで立ち上がる。もしや、あれが楠木司令の言っていた“優秀なリコリス”なのかと少し司令の人間評価力に不審を抱く。

 

「あの……」

 

「うっわ!?……あんた、誰よ?」

 

 

 こちらが話しかけるまで気づかない警戒能力の不備、なんというか戦闘系エージェントというより後方支援のエージェント並みの身体能力にしか今のところは見えない。これが、優秀なリコリス?

 

「本日付でこちらに配属となりました。井ノ上たきなです」

 

「来たか、たきな──」

 

 

 落ち着いた低い男性の声が自分の名前を呼ぶ。カウンター席の向こうでは紫紺の和装を着た黒人男性がいた。和装を慣れた様子で着こなす姿から、彼がこの和風喫茶店のマスターと一目で理解できる。黒縁の眼鏡をかけ、杖をついている彼は穏やかな目で、わたしを見つめてくる。

 

 そして、カウンターで日本酒を口にしている女性が得心したように頷いた。

 

「あぁ確か、命令ブッチしてDAクビになったっていう噂の」

 

 そのあけすけで的確な発言は、目から鱗が出る心境をわたしに感じさせた。

 

「──クビ、そうですね。客観的には、いいえ主観的にもクビというのは正しい表現ですね。なるほど、その鋭い観察眼が楠木司令に評価される一因に……」

 

「……あんたひょっとしてドが付く天然なわけ?」

 

「ま、まぁ何はともあれ、だ。ようこそ、たきな。DA外部支部“喫茶リコリコ”へ」

 

 

 少し慌てた男性の歓迎の言葉を聞き、わたしも会釈をしてもう一人のリコリスの方に一礼する。

 

「貴方から学べ、との命令です。千束さん。東京で一番のリコリスから学ぶ機会が頂けて光栄です。こちらの支部の戦力となれるよう、研鑽をつんでいきますのでよろしくお願いします」

 

 たきなの台詞を聞いて、二人の大人が顔を見合わせる。

 

「あ~たきな、それは千束ではない」

「それって言うなっ」

 

 違う?しかしこの場にはミズキという女性以外に、他に人は……

 

「?…………はっ!」

「違げぇからな!そのおっさんでもねぇよ!」

 

 わたしの無言の勘違いを即座に軌道修正し、若緑色の着物を着た女性はドカッとカウンター席に座った。カウンター向こうの男性が笑いつつ、自己紹介を始めてくれた。

 

「はは、此処の管理者のミカだ。よろしく」

 

「井ノ上たきなです」

 

「そっちの彼女はミズキ、元DAの情報部に所属していた。今ではうちの後方支援を一手に担ってくれている」

 

「元?……ですが、彼女は此処のエージェントなのでは?」

「嫌気が差したのよ、あんたらみたいな孤児集めて、リコリスなんて殺し屋に仕立てているキモい組織に愛想がつきてね」

 

 

 何故か,DAに批判的な言葉だが“なぜ、孤児を救っている機構(システム)”に不満があるのか?

 

 そのまま野垂れ死ぬよりも、よほど人道的な社会機構だとわたしは思っているが、彼女の中ではそういう捉え方をしていないようだった。口を尖らせているミズキさんを見ていると、カウンターの向こうにある額縁に入れられた写真が目に止まる。

 

 ミカさんと黒いスーツを着た壮年の男性、そして彼らの前で写真に写っているのは、日だまりのような色味をした白髪の少女と、かつてわたしが京都で出会った頃の背格好をした少年、“七夜黄理”が四人で笑っている写真。なぜ、リコリスの支部に彼が写っている写真があるのだろう?……ミカさんに聞いてみようとしたタイミングで、扉が激しく鈴の音を鳴らして何者かの闖入を告げる。

 

「来たわよ~、うちで一番やかましいのが」

 

 日の光を背負って現れたのは写真にいた少女を成長させた赤の和風給仕服に身を包んだ少女だった。溌剌とした立ち姿に光を放つような美しいボブカットの白髪。アクセントに結ばれた赤いリボンは彼女の瞳の色と同色であるが故によく映える。紅玉(ルビー)を思わせる虹彩からは生気に溢れた眼差(まなざ)しが輝いていた。

 

 

「たっだいまぁ!先生、たいへん!食べモグの口コミで“この店のホールスタッフ”が可愛いって!これってわたしのことだねよぇ!」

 

「あたしのことだよっ!」

 

「冗談は顔だけにしなよ酔っぱらい」

 

 ミズキさんが赤い給仕服の少女へ突っかかるけど、それに対して鋭利な反論が飛ぶ。それをミカさんが止めるかと思いきや事態は更にややこしいことになっていく。

 

「……ふっ、こそばゆいものだな」

 

「えっ、それ私が褒められてって意味だよね。此処でせんせが乱入してくるとか、収集がつかなくなるんだけど。というか、口コミに上がってるのはホールスタッフ!つまり、わたしだってば」

 

「あたしだよっ!」

 

「ちゃうっつーの!」

 

 

 DAのエージェントらしからぬドタバタした会話に圧倒されていた私に気づいた彼女はこっちを興味深そうに見つめてくる。

 

「おっやぁ?その制服はリコ、リス?……ってか、どうしたのそのお顔?」

 

「例のリコリスだ、話していただろ千束?」

 

 驚いた白髪の彼女と同じく、わたしもミカさんの方へ振り返る。

 

 この喫茶店の店員にしか見えない少女が史上最強と呼ばれるファーストリコリス、錦木千束なのか。

 

「今日からお互い相棒だ。仲良くするんだぞ」

 

「この子が~!」

 

 一瞬ごとにコロコロ変わる表情、あけすけな態度と明るい雰囲気は、側にいるだけでこちらを翻弄してくるようで、わたしはこの人が本当にリコリスなのかも疑わしく思い始めていた。距離を詰めてきた彼女はそのまま私の腕を組んでにこやかに微笑む。

 

「よろしく相棒~千束で~~す!」

「っはい、あの井ノ上たきなで」「たきな~!初めまして、だよね!」

 

 そういえば、十歳から東京支部に居たが彼女を噂以外で認識するのは、これが初めてなのか。

 

「えっとそうですね。十歳の頃に京都支部から東京支部に来ましたが、こうしてお話をしたり会うのは、これが初めてに」

「おぉ~転属組ぃ?いやいや五年もいれば東京の子だよね!うむ優秀と見た!ねぇねぇ歳は!?」

「えっと今年で16歳に」

 

 会話だけで目が回りそうになるなんて、初めての経験だ。そういえばルームメイトであるフキも、外のパトロール・任務で遭遇している黄理くんも無口、物静かなタイプで錦木千束という少女はまさしく私の初めて出会うタイプの人だった。

 

「いっこ違いかぁ~!じゃあわたしがおねえちゃん?──でもでも“さん”は要らないからね。ち・さ・と、でおけー!!」

 

「はぁ……」

 

 

 出会ったばかりで、自分をおねいちゃんと言い放つのは、どこかの誰かの言い口にそっくりで思わず頬が緩んだ。その顔を見ていたミカ、ミズキは仏頂面だったたきなという少女が初めて見せた表情に目を瞠るが、そのまま笑って二人のリコリスたちを眺めている。

 

 やがて、千束がたきなの頬の湿布を見て、疑問を投げる。それに対して私が“事実”だけを答えると彼女は微笑んだまま、しずしずとリコリコの固定電話の方に行き、慣れた動作でダイヤルを回し東京支部にいるファーストリコリスへと電話をかけた。

 

 

 

「殴らなくたっていいでしょうよ!は?当然~?司令、司令ってちっとは自分で考えろっての!…………うっせーアホっ!!」

 

 叩きつけられた受話器がガチャンと音を立てる。なぜ、あんなにも怒っているのかが見当も付かないが、電話は終わったらしい。おそらく、東京支部、それもフキさんへの直接の電話だろうか?

 

 振り返る千束さんに先ほどの怒気はなく、快活な笑みで次なる予定を告げた。

 

「よーし気を取り直して仕事に行こうたきな!」

「了解しました」

「あっ、せんせのコーヒー飲んでからでいいよぅ。すごく美味しいから~」

 

 そう言われ、私はコーヒーに舌鼓を打とうとする。

 

「わたし着替えてくるねぇ。それじゃあ、ごゆっくりぃ…………あったきな!!」

 

「はいっ?!」

 

 こちらを見てくる千束さんは、とびっきりの笑顔でわたしの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「“リコリコへようこそ~”」

 

“ウヒヒ~”と含み笑いだけを残して彼女は店の裏の方へ入っていく。あれが、東京で最も優秀とされるリコリスなのか、そう考えながらコーヒーを飲むが混乱した頭では味にまで意識が向かず、目を白黒させたまま私は着替えてきた千束さんに連れられて次の仕事先に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 千束さんの仕事先に向かう途中で彼女は困ったような顔でこの場にいない人のフォローを行う。

 

「悪いやっちゃないんだけど、とにかくお堅くてさ~。あっフキのことね?」

 

「親しくされているんですね」 

 

「元ルームメイトだったの、わたしたち」

 

 そうか、今は外部にいると言っても彼女とて東京支部にいたのだ。その頃であれば、フキさんともルームメイトであるというのは不思議でも何でもない。

 

「なるほど……そういえば千束さんはどうしてDA本部にいないんですか?」

 

「ん?ん~~問題児、だからだよ」

 

 おや、と千束さんの言葉に妙な聞き覚えを感じた。優秀でありながら、DAの本部ではなく外部へと放逐をされた凄腕のエージェント。男女の違いこそあれ、その境遇に似通っている存在を私は知っている。

 

「千束さんは優秀なリコリスと伺いましたが……まるで黄理くんみたいです」

 

「んうぇ!?黄理を知ってるの!?」

 

「あれ、千束さんも黄理くんのお知り合いで……そうだ、額縁。店に子供の時の黄理くんの写真がありましたけど、あれって?」

 

 そう、店では聞きそびれたが、店内にあった額縁の少年は間違いなく自分の知る少年だった。かつて、京都にふらっと現れて爆弾魔事件へ共に挑んだ大人っぽい彼……。

 

 

「あ~七歳の頃の写真かぁ。うん、その時にね、黄理とコンビ組んでちょっと仕事した後に、あの写真を撮ったんだぁ。いやぁ、まさか黄理を知ってる子がウチにくるとは。この千束さんの目を以てしても見抜けなかったよ」

 

「まさか、千束さんが黄理くんを知っているなんて……というか、写真を見て思いましたけど、やっぱりあの小さな頃から黄理くんって大人びていたんですね」

 

「大人びてる?いやいや、黄理ってば子供っぽいでしょ?」

 

 

 ん?千束さんが何を言っているのかが分からない。あのリリベルの少年に、そんな隙があったかと脳内を探るが、結果としてそのような事例は見つからなかった。結論として、七夜黄理は大人びているとしか出てこない。

 

「いえ、大人びてますよ黄理くんは……どなたかと間違えているのでは?」

 

「いやいやいやいや!!間違えてないって!?黄理って子供のままじゃん!わたしがバカっていうと、必ずバカって言い返すんだよ!?」

 

「それは千束さんが子供っぽいだけでは?黄理くんはいつでも、どんなときでも冷静で落ち着いていて決して動じない人です。それに大人相手でも物怖じしないできちんとした意見を言ってましたよ」

 

「そりゃ単に黄理が鉄面皮なだけだよぉ~。黄理が大人っぽいってないない」

 

「黄理くんが子供っぽい可能性の方がないと思いますけど」

 

 

 二人のリコリスは顔なじみに対する間違った評価を正すべく、お互いの持論を持って相手の意見に牙を剥く。しかし、結果は平行線のまま。議論に疲れたたきなは、ふと十年前に起きた大事件のことを思い出していた。

 

「……今から、十年前。まさか旧電波塔の事件って黄理くんも関わっていたんですか?」

 

 たきなは顔を上げてビル群の彼方(かなた)に視線を向ける。その先には鉄骨が花弁のように開き東京の街に立つ旧電波塔という巨大に過ぎるオブジェが(そび)えていた。

 

 

「一般には電波塔も千束さんの仕事だと……まさか黄理くんも関わっているなんて」

 

「あ~~~。って壊したのわたしたちじゃないよっ!?」

 

「電波塔をテロリストから守ったリコリスの話は地方でも有名ですよ。でも、まさかリリベルまで関わっているなんて。なんというかDAの秘密主義も本当に極まってますね」

 

 それに苦笑いをしながら千束も同意するように頷いた。

 

「だよネ~。まっ結局のところ、あの通り派手に壊れちゃってるし。無事に電波塔から脱出できただけでもツいてる方だよ」

 

 フウセンカズラ、展望台でのバラバラ殺人など電波塔の裏事情は話が長くなるため、千束は敢えて触れずたきなに向かって肩を竦めた。千束もなんだかんだとDAの秘密主義に若干、毒されているわけだが本人は無意識のままである。

 

「しかしミスをすれば、どのような方でも外に放り出される可能性はあるんですね……」

 

 しみじみと語るたきなの言い様は、黄理や千束の境遇と自分を重ねてのものか。

 

「例の銃取引?でもさ、商品は取り押さえられたんじゃないの?」

 

「いえ、そもそも現場になかったんです」

 

「…………なんですと?」

 

 

 千束は初耳だった情報の開示を受け。きょとんとした表情でたきなを見る。一方のたきなもファースト・リコリスという自分より階級が上の存在が、セカンドでも知っている情報を聞き及んでいないことを理解し、DAの根底にまで染みついた隠蔽と秘密体質に再度、呆れてため息を零すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を少し遡って、喫茶リコリコでは店長であるミカが固定電話で、この支部の大元である東京支部のトップ、楠木と連絡を取っていた。

 

「銃が確認できなかった?……しかし、あそこに武装したブローカーたちがいたのだから、ブツはあるはずだろう。……数は?」

 

『情報によると約1000丁、大小様々な銃が未確認のままです』

 

 千などという大袈裟な数字に思わず、ミカは笑って冗談混じりに愚痴を吐く。

 

「1000?まったく日本で戦争でもしようってのか」

 

『あるいはそれ以上のことでもしようという気なのか……いいえ始めから誤情報だったという可能性も捨てきれません』

 

「楽観的だな。らしくないじゃないか楠木。現場にいた商人の尋問はどうなっている?」

 

『機銃掃射で粉々ですよ。あの肉片が話してくれるというならコトは簡単だったわけですが……全員の死亡を確認。情報は得られず仕舞いです』

 

「さすがに“あれ”ではそうなるか」

 

 たきなの決断をスコープ越しに見ていたミカは、何とも言えない表情で笑っている。結果として味方の損害が無かったのは素直に喜ばしいが、任務の目的を達成できなかった時点で評価としては及第点以下になるな、と教官時代の冷静な思考が先の任務を評している。

 

「そういえば楠木。あの時、現場であった通信障害、あれはなんだったんだ?ラジアータの管理下に於いてあんな事態は、これまで……」

 

『通信障害。さてなんのことでしょう。ラジアータは依然、問題なく稼働しています』

 

 見え見えの嘘にミカは頭を抱える。確かにおいそれと漏らして良い情報でないのは確かだが、同じDAの陣営すら信用せず情報を隠匿するのは本気で連携不全を起こしうるとミカはかつての傭兵時代の経験から悟っていた。

 

「わーかった。とにかく、そちらでは銃の行方は不明のままなんだな。それなら、後で虎杖さんに確認を取ってみよう。リリベル側で処理された何らかの事件と連動して、銃の足取りが分かるかもしれん」

 

『可能であればお願いします』

 

「ああ、だが楠木、そっちが直接、虎杖さんと連携した方がシンプルに動けるんじゃないか」

 

『リコリスとリリベルは基本的に別たれた指揮系統にあります。そう易々と虎杖司令とコンタクトを取っては、上層部に痛くない腹を突かれかねません。簡単に協力はできませんよ、組織内の政治力調整という縛りがあるもので』

 

「しかし、前に千束の暗殺指令の撤回の時は虎杖さんと」

 

『あれはお互いに妥協できるポイントと利害の一致が上層部に認められた故です。あんな綱渡りを常態化させるなど不可能です』

 

 とりつく島もないとミカが肩を落とすと、楠木司令との電話も同時に切れる。

 

 厄介な気配がし始めたことを察しながら、ミカはそのまま虎杖司令の持つ個人用の携帯の番号のダイヤルを回し電話をかける。その表情は情報収集というより柔らかな世間話でもするような、嬉しそうな顔で電話をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 千束は様々な仕事先にたきなを連れ回しては、呆気に取られている彼女を楽しそうに見つめていた。幼稚園では子供相手にガチの急所について説明し出したり、日本語学校ではロシア語が話せることから露系の人たちの教室を任せたり、組事務所でなんて、それっぽい会話をしたことでコーヒー豆を怪しげな粉と勘違いしたり。

 

 うん、黄理と違って大まじめというか、すっごくからかいやすい。

 

 この調子でリコリコの仕事のことを分かってもらおうと、私は拳を掲げて次の目的地にたきなを引っ張っていく。たきなの表情は、なんというか状況を飲み込めておらず唖然としているようだった。組事務所を出た千束は、その足でまったく正反対の場所へと指針を向ける。

 

 

「さぁ~て、次は一転して警察署に行きマース!張り切っていこう!」

 

「あの、千束さん……この部署って結局、何をするところなんですか?」

 

 だが、疑問符を頭につけたたきなの言葉で、どうやらリコリコの仕事内容が伝わっていなかったことを、ようやく理解し小休止もかねて付近の旧電波塔がよく見える公園で腰を落ち着ける。

 

「えへっへへ~。ごめんごめん。やってるうちになんとなくわかるかな~なんて考えてたんだけど、ちゃんとした説明してなかったね」

 

 紙パックのトマトジュースを飲んでリラックスしている千束に、たきなは指折りでこれまで行った仕事先を数えた。どこもリコリスの活動とは結びつかないような場所ばかり。

 

「保育園、日本語学校、組事務所……はては警察署、共通点が見つかりません。要約すると、この支部は何をするところなんですか?」

 

「む~なにするとこかぁ。あらためて聞かれると考えちゃうな」

 

 頭を抱えて、難しそうにこれまで行ってきた場所の共通項をたきなは考え込んでいる。

 

ネタバレは簡単にしない主義なわけだが、真剣に悩んでいるたきなが可愛いあまり、あっさりと答えをばらしてしまう。というか、言ってしまえばシンプルなことで。そう、ここまで行って来た場所における共通点は、ただ一つ。

 

「困ってる人を助ける仕事だよ☆」

 

 

 私の言葉を聞いたたきなは、切れ長の菫色の瞳を溢れんばかりに見開いて驚いている。

 

「個人のためのリコリス?」

 

「そう、組事務所へのコーヒー配達も、日本語学校の先生に幼稚園の子供のお世話も、誰かに喜んでもらえるよぉ」

 

 緩みきった千束に釘を刺すようにたきなは自分たちリコリスの存在意義を語った。

 

「言うまでも無いことですが……わたしたちリコリスは国を守る公的秘密組織のエージェントですよ?」

 

「おぉぉ。そう言うとなんか映画みたいで格好いい!……でもさ、凶悪犯を処刑する殺し屋、なんて呼ばれたりもしてる。こわいねー」

 

 

 私の言葉に納得いってなさそうなたきなは遠くの旧電波塔を見つめている。

 

「ああいうことの起きる時代ですから。わたしたちの活動は必要でしょう」

 

「そうねぇ。そーなんかもねぇ」

 

 確かにリコリスという存在が平和の維持に一役買っているのは事実だが、そのための殺人になじめない私は気の抜けた声で生返事をたきなへ返した。緩みきった千束を視界から外して、たきなは壊れて役目を果たさなくなった旧電波塔を遠目に眺める。

 

 

「それにしても、どうして新しい電波塔が完成するというのに旧電波塔は残されているんでしょう。非合理的です」

 

「壊れてできた意味だってあるんじゃないかな~」

 

「そんなもの、あるんでしょうか」

 

 たきなの言葉はある種、当然のことだ。壊れているものがそこに有り続けるのに、大した意味はないかもしれない。けど、ああやって残っていること自体に意味があるのだとしたら、誰かの思い出の中に有り続けているのだとしたら、そこにはきっと大切な意味が生まれるのだと思う。

 

 まっ、私の考えであって、たきなにはそうじゃないかもしれないのだから、言わんでもいいか。

 

「どーかなぁ。あるかもねぇ。ないかもねぇ。でもそう言う意味不明なところがわたしは好き」

 

「だから意味不明なことをしているんですね。……黄理くんみたいです」

 

 そこで千束は丸まっていた背中を伸ばし、真剣な眼差しでたきなの視線を捉える。

 

「ホント?たきなは黄理がそういう風に見えてた?」

 

 何者にも価値を求めない、そんな寂しそうな黄理の姿と私を重ねてくれたという事実を聞いて、私は胸に仄かな熱を覚えた。冷たい拒絶の意思と気配を纏う最強のリリベルと恐れられた彼と、平凡な日常を過ごす自分とが似ているという感想を聞けたことで私の中の様々な想いがじんわりと暖かな熱を持つ。

 

「はぁ、そういう風にしか見えないというか」

 

 目を白黒にしているたきなには分からないかもしれないけど、この瞬間わたしはたきなと出会えたことに心から感謝と感動を抱いた。うん、たきなが“黄理と私”は似ている、そう感じてくれたことが何よりも心を暖かく跳ねさせる。

 

 

「──えへへ、まぁともかく!DAが興味持たなくても困ってる人はいっぱいいてさ。きっと、どこかで助けを求めてる」

 

 嬉しさのあまり顔がにやけてしまうが、お構いなしにとベンチから立ち上がってたきなへ手を差しのばす。今の黄理の姿に私を重ねてくれたたきなへ、真っ直ぐに思いの丈をぶつける。

 

「だからたきなの力を貸して!」

 

 手を差し出した笑顔の千束。

それを呆然と見つめていたたきなは彼女の手をとって立ち上がる。握られた手の感触に満足そうに頷いた千束は、たきなの手を握って軽やかなステップを踏む。

 

「さぁてそろそろ、警察署に行く時間だ-!それじゃ、他になんか質問ある~?」

 

 

「……有りすぎて、聞ききれませんよ」

 

 





 黄理の出番はひとまず無し。というか、彼はあくまで攻略対象であって、主人公は千束とたきなとなっております。原作があるって、本当に楽だなとしみじみと実感する次第。次回もすぐ投稿するので少々、お待ちください。

 しかし、橙子さんが“人を助ける仕事”なんて言うと怪しいだけのに、千束が言うシーンとなると劇的に違うのは一体何故なんだろう。分かる人はいらっしゃいますか。
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