Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 可愛い女の子がガンアクションする世界線で、SF伝奇やる無謀を噛みしめての投稿です。

 なお、今回の妄想アイキャッチは、黄理の瞳を隠すように巻かれた赤いリボンをリードみたいに持つ千束と、黄理の棍を持つ手をがんじがらめにする青のリボンを持つたきなで。





Easy does it【3】

 

 

 ポケットに入れていたスマホが震動し、音無く誰かからの着信を告げた。赤い制服を纏った少年はスマホを取り出して通話を開始する。

 

「もしもし──」

 

『──黄理か、連続圧死事件で進捗があった。仮面野郎のいた近辺でサングラスをかけた男の運転するワゴン車が監視カメラに写っていたよ。一回や二回なら偶然と取るべきだろうが四回も側にいては間違いなく関係しているだろうさ。搭乗者たちは四人から五人くらいか?スモークで車内は確認できなかったが、それはまぁどうでもいい。お前なら五人が十人に化けようと如何にでも対処できるだろ?』

 

「いや、対処はできますけど心の準備というものが」

 

『じゃあ今のうちに準備を済ませるんだな。それでこのワゴン車だがナンバーが毎回変わっている。だから乗っている人間の人相を覚えて追跡を試みろ』

 

「橙子さん、相手はサングラスで目元を隠しているんだろ?人相なんて」

 

『じゃあ、かけた顔ごと覚えるんだな』

 

「外していたら意味ないでしょうに」

 

『それもそうだ。まぁ流石にそんな不確かな情報だけでお前を動かしたりはしないよ。四回目以降のヤツらがなぜか、ある女性を追い掛けているという情報を手に入れてね。その女性は警察にストーカー被害を訴えていたから名前も住所も手に入ってる。お前はその女性を尾行して、ワゴン車の連中を捕獲しろ。そうすれば、連続圧死の犯人の尻尾にも辿り着く』

 

「……警察の情報を抜いていることは、この際言及しませんよ。ただ……ストーカー被害の届け出してる女性を尾行しろって、アリなんですか?」

 

『ロハでボディガードをするんだ。相手だって文句はないだろう?そら、情報はお前のスマホに送っておいた。さっさと確認して仕事を終わらせるように』

 

 

 伽藍の堂の雇用主は言いたいことだけを言い切ると、即座に他人の個人情報を送ってくる。この手際の良さは、確実に法を幾つか破っての速度だと思うが、給金のため今は法律を無視して、手がかりである女性の氏名を確認する。

 

 

 連続圧死を行う殺人犯と関係しているワゴン車の連中、それに追い掛けられている女性。複雑な話になりそうだと、黄理は袖に隠し持った棍の感触を確かめ、腰に保持したワイヤー銃のカートリッジが胸ポケットにあるのを見て、戦闘の準備を静かに整えた。

 

「“篠原沙保里”ね。こんな一般人がどうして、物騒な殺人事件に関係するんだか」

 

 

 

 

 

 

 井ノ上たきなは、千束に連れられて到着した押上警察署でリコリコ常連の刑事、阿部という男性からバイトという名目でストーカー被害についての相談事を受け持った。本当に困っている人がいれば助ける、それが錦木千束というリコリスの流儀らしい。

 

 私は千束さんに付き添う形でストーカー被害を訴えている女性、篠原沙保里との待ち合わせである喫茶店へ訪れていた。日本の治安を脅かす凶悪犯の対処に明け暮れていた自分が今ではストーカーの撃退、過去の自分に言っても信じないだろうなと、たきなは窓に映った半透明の自分の虚像を見つめる。

 

「こんなことリコリスがする仕事なんでしょうか?」

 

「えへへ、いいじゃん。こういう一見して関係のない人助けが巡り巡って、自分のためになるんだよ」

 

「それ、誤用らしいですよ。見ず知らずの他人にかけた情けが自分に利するなんて、都合の良い話はありませんよ」

 

 私のどうでもよさそうな言葉を笑って聞いた千束さんは、思いついたかのように重たい話題に触れてくる。

 

「そういやさ、たきなは……なんで撃ったの?」

 

 ああ、それはそうか。転属、いいや左遷されたリコリスがなんの不手際で、放逐されたのかなんて知っていて当然だ。さもないと裏の世界、生きるか死ぬかの境界上にいる私たちに明日はないのだから。

 

「ああ、いんや責めてるわけじゃないよ。ただ、どうしてかなーって思ってさ。半日一緒にいたけど、無駄なことをするタイプじゃないでしょ?たきなって」

 

「……あの状況において、最も合理的な選択を執っただけです。……でも、今となっては、あれが本当に執るべき選択だったのか……分からないんです。あの状況で、一人のリコリスを見捨てれば、銃の行方も分かっていたかもしれない。なのに、私は個人的な判断で、その機会を」

 

「“たきな”は間違ってないよ。それにそこまで気負わなくてもいいんじゃないかなぁ。だって、事件はぜ~んぶ、私たちでも気づかないうちに揉み消されてるし。事件は事故に。悲劇は美談に早変わり。今回のことだって、表向きには別のことになってるんだ。消えた銃で起こる事件だって……きっと季節外れの花火の暴発とかになるんじゃないかな~」

 

 そう言い切ると旧電波塔を見て千束さんは笑っている。それもそのはず、過去のテロで壊れた残骸は今では別の皮肉が効いた呼び名になっているのだ。この喫茶店の窓にも、旧電波塔が装飾して見えるようガラスに様々なデザインが塗られていた。事件の裏側を見ていた彼女には旧電波塔はどう見えているのだろう?

 

「最後の大事件だって、今じゃ平和のシンボルだ」

 

 

 全ての行いが別の結末に変わる。私たちの痕跡は残ることもなく、別のものにすり替わる。

 

「でしたら、私たちリコリスの行動の意味はあるのでしょうか。わたしは何をしたんでしょう」

 

「そーんなん決まってるよ、仲間を救った!格好いいって!」

 

 指を軽くスナップして、千束はたきなの葛藤を笑い飛ばす。

 

「わかった!ねぇたきな、そんなら私と一緒に今回の銃取引を解決して、東京支部にざまぁみろって言ってやろうよ!気持ち~ぞぉ」

 

 ……なにが、分かったというのか。別に私はそういうことがしたいわけじゃ……いや、したくないわけではないのだが。そういう単純な話ではない。

 

 というか……。

 

「……ざまぁみろって、やっぱり子供っぽいじゃないですか。千束さん」

 

「ん?あれ、待ち合わせの人じゃない?お~い、沙保里さ~ん!」

 

 

 

 待ち合わせをしていた篠原沙保里さんから事情を聞いたことで、彼女がSNSに上げた写真が以前、銃取引のあった現場の一場面を捉えているということが分かった。今回の相手はストーカーではなく、銃で武装した無法者が彼女を狙っているというわけだ。

 

 思いがけないところで出くわした銃取引事件の手がかりとなる女性、篠原沙保里さんを追う敵を捕らえることができれば、そのまま事件の解決に繋がるかもしれない。

 

「よ~し、沙保里さん!今夜はとりあえず一緒にいません?何はなくとも三人集まればもんじゃの知恵ですし!」

 

「あの、もんじゃだと美味しくなってしまいますよ?文殊、では?」

 

「こまっかいことは言いっこなしだよたきな!大事なのはフィーリングさ!」

「わたしのフィーリングが間違っていると言っているんですが?」

 

 

「うふふ。いいよ、じゃあウチに来ない?二人とも」

 

「本当!じゃあ親睦を深めるためにパジャマパーティーしましょう!」

 

「いいわねぇ。今夜が楽しみになってきたわ」

 

 ああ、事情を知らない沙保里が脳天気なのは良いにしても、それと同じくらいはしゃいでいる千束さんは一体、どうしたことだろうか。パジャマなんて制服と違って防弾性のないものを着て、ボディガードをするなんて想像も出来ない。

 

大体、パジャマなんてわたし持ってないし。

 

 

「今夜は大いに盛り上がりましょう!」

 

 準備をするため、此処から一時離れると言い残して千束さんが離脱する。去り際に“命大事に”と念押しされたが、そんなこと言われるまでもない。必ず沙保里さんの“命”だけは守ってみせる。

 

 むん、とリコリスとしての使命感に燃えていると、横からぽやぽやした様子の沙保里さんが千束の印象をこそっと耳打ちしてきた。

 

「テンション高い子ねぇ。不安が吹っ飛んじゃった!よ~し私たちも行きましょうか」

 

 

 

「…………私はむしろ、不安になってきましたよ」

 

 

 

 

────

 

 

 手がかりとなる女性、篠原沙保里を追い掛けると、そこには見慣れた二人の少女の姿があった。まぁ千束の方はいそいそと何処かに行ってしまったが、たきなはどうやら篠原沙保里と同行するらしい。

 

「なんで千束とたきながいるんだ?」

 

 

 黄理はそう言って首を横に傾けながらも、動き出したワゴン車はもちろんのこと、篠原沙保里やたきな、それと空中のドローンにすら気づかれないように気配を殺して追跡を続ける。完全に気配を絶った七夜の暗殺者にとって、獲物の認識の隙を縫うなぞ児戯にも等しい。

 

 調子を確かめるように棍をくるりと回し即座に袖に収納。

 

 影に溶け込んだ黄理は見知った顔や獲物であるワゴン車の人間に気づかれない距離を保ち、どのタイミングで襲いかかるかを無音のままに考え出すのだった。

 

 

────

 

 

 

 

 

 日が落ち、辺りは暗く街灯が夜道を照らし始める時間帯。日本の治安は世界で一番と言われていても女性が一人だけで平然と歩くには勇気のいる頃合いだ。たきなは護衛対象に、命の危険が迫っていることは告げずに、あくまでストーカー対策の体で応対し続ける。

 

 彼女が変に身構えれば、武装した連中がどう反応するか想像できない。SNSに上げられた写真だけに用があるというなら、スマホの破壊程度で収めるはずだ。この平和が売りの日本で、人死にを出せば警察などが徹底的に被害者の足取りや交友関係、トラブルなどを総ざらいする。事件に繋がるモノを全て隠匿したい犯罪者からすれば、それは望まぬ選択肢。

 

 

「それにしても、たきなちゃんと千束ちゃんが今日はじめて会ったなんて信じられないなぁ。二人とも息ピッタリって感じだったけど」

 

「同じ顔見知りがいた程度の繋がりしかありませんよ」

 

「そうかな~?けっこう、相性が良いんじゃない?」

 

「……そう見えるのでしょうか」

 

「あはは、そこまでげんなりしなくても」

 

 しまった、護衛対象に気を遣わせてしまった。たきなは何か、話題転換をしようとするが、少し濁して語った自分がリコリコに左遷された身の上話というカードは既に切ってしまっている。こうなると、何を話したモノか。天気、いや沙保里さんの家族構成、例えば兄妹の話?それとも黄理くんの話……いいや此処に居らず知り合いでもない人の話をされても彼女が困るだけだ。

 

 となると、これまでの会話を掘り下げでもすればいいのか?

 

 たきなが真剣に会話の話題作りに悩んでいる中、篠原沙保里はたきなが転属された話に親身になって声をかけてくれた。

 

「たきなちゃん、前のバイトで大きなミスしちゃって千束ちゃんと同じ職場に来たのよね?」

 

「そうですね、わたしのミス……いいえ行き違いがありまして。……確かに判断的にはミスだったのかもしれませんけど、わたしはあれを単なるミスだと切り捨てたくないんです」

 

 そう言って、遠い目をするたきなは同性から見ても、あまりに美しく目を惹く立ち姿をしていた。ほんの僅か、たきなに見惚れた沙保里は慌てて話の続行を試みる。

 

「じゃあ、たきなちゃんは前の職場に戻りたいのかな?」

 

「戻る……いえ、別にそれはどうでも」

「いいんだ!?」

 

 

驚く沙保里の顔を見て、ようやく緊張していた意識が僅かに緩む。たきなは横にいる一般人の女性に、これまで同じリコリスである千束やフキ、司令にも言わなかった自分の心の中にある本音を吐露した。 

 

「何処にいようと私の役目は何ら変わりません。ただ私は、“私の決断と私の決断の決め手になった人の言葉の正当性”を証明したいのかもしれません」

 

 そこでようやく、たきなの菫色の瞳は沙保里の目を真っ正面から見つめ返した。護衛対象である沙保里は、自分の生命が守られているということを知らぬまま、たきなに向かって胸を張る。

 

「私も協力するよ!こう見えてバイト経験豊富なおねいさんだからね!」

 

 頼りになるアピールなのだろうが格闘経験が明らかにない彼女に言われても、たきなは微妙に頷くのをためらう。胡乱な眼差しで周囲を見ていると、道に立つミラーに徐行でこちらへと迫る怪しげなワゴン車が映っていた。

 

 

 

 どうすればいいか。たきなの頭の中には二つの選択肢がぐるぐると回っている。銃取引の時と同様にこの場だけの安全を取るか、それとも手荒くなるが確実に危険をまるごと摘み取るべきか。

 

 いや、今回は銃取引と違い、命の危険はないはずだ。あの時は人質の命が天秤に乗っていたが、今回は命ではなくスマホのデータが相手の狙う目的。ならば、確実にこの場で彼女を狙う者を根こそぎ退治する。相手に捕まったとしても、絶対に沙保里さんの“命”だけは守ってみせる。

 

「ありがとうございます。……では先に行っててください。後で合流しますので!」

 

 

 そう言ってたきなは沙保里さんの返答を待たず、彼女をその場に置き去り、いや囮にして近くの曲がり角に身を潜めた。その状態でたきなはワゴン車の動きにいつでも対応できるように身構える。サッチェルバッグから取り出されるシルバースライドモデルのM&P9。サプレッサーが取り付けられたことで相手への奇襲の成功率は上昇する。何より、周囲の一般人への正体露見、事件発覚を防ぐリコリスの必需品。

 

 

 あとは冷静にタイミングを見計らうだけ。ワゴン車の連中が沙保里さんを捕まえたら、事件の情報を聞き出しつつ殲滅して沙保里さんを救助。

 

完璧な作戦だ。

 

 

なお、この場にいないが、元ルームメイトであるフキがいたのなら“実現難易度が高すぎることに目を瞑ればな!”などと怒鳴りつけてくれたことだろう。

 

 

曲がり角で待機しているとワゴン車からサングラスで目元を隠した男性たちが、沙保里さんを車の中に拐かしたのが見えた。たきなは銃を構えたまま、夜陰に紛れ車へと接近。ヘッドライトを点けて逃亡をしようと動き始めるが、そうはさせない。

 

 たきなは牽制と相手の逃亡を妨害するため、運転席側へ銃弾を撃ち込んだ。蜘蛛の巣状に割れるフロントガラス。ついで光源であるヘッドライトを撃ち壊し、確実に動けなくするためタイヤを撃ち抜いてパンクさせた。

 

 これでもう逃げ場はない。

 

「取引した銃の所在を言いなさい!!」

 

 サプレッサーにより減少された発砲音。続けざまに撃ち込まれる銃弾に、銃撃戦を想定していなかった無法者たちは困惑したまま車内にうずくまる。

 

「おい、滅茶苦茶撃ってくるぞ!日本の警官はそんなバカスカ撃たないんじゃなかったのか!」

 

「俺が知るか!!クッソ、なんで取引のこと知ってやがる!!」

 

「いいから撃ち返せよ!このままじゃ、俺たちだって“あの人”に殺されんだぞ!!」

 

 

 “あの人”?取引に繋がる情報かもしれないが、今は早急にヤツらを片付けよう。時間をかけて冷静さを取り戻されたら、沙保里さんを人質にしかねない。今は相手に考える間を与えずに攻撃を続ける。弾丸を全て撃ちきり、空になったマガジンを排莢。鞄から次のマガジンを取り出し再充填(リロード)

 

 

 車内の男たちへ再び照準を合わせようとしたとき、横合いから誰かの手が伸びる。この距離まで接近されて気づけなかった!?そんな私の困惑などおかまいなしに、銃を掴んだ相手、いや彼女は呆れた表情を浮かべて私を先ほどの曲がり角に引っ張り込んだ。

 

「油断大敵だね、たきな。…ていうか、なにしてんの!」

 

 赤い瞳を爛々と輝かせて、これまで見たことのないほど真面目な表情をした錦木千束というファーストリコリスは不意にこの場に現れた。

 

 

「尾行されていたので(おび)きだしました。それより早くヤツらを」

 

「ちょーちょいちょい。ひょっとして沙保里さんって車の中?えっ護衛対象を囮にしたの?」

 

 

 

 千束が痛恨の顔つきで頭を抱える。なるほど、これが本部でも手を焼いたという噂の合理的行動というやつか、と千束は肩を落とした。彼女はひとまず、ワゴン車の連中を制圧するために鞄から銃を取り出す。

 

 そのままたきなに、どうしてこうなったのかを聞こうとして……。

 

「相変わらず思い切りがいいよな、たきなって」

 

 

二人の頭上から聞き慣れた声が降ってきた。その声は二人が知る少年の声。二人のリコリスがそろって声のした方へ顔を上げると、無表情でこちらを見ている赤い制服の少年が(へい)の上で屈んでいる姿を見つける。

 

 

 リコリスというDAのエージェント二人の意識に気取らせずに接近した史上最強の君影草(リリベル)。七夜黄理はブロック塀の上から千束とたきなへ向かって、この緊迫した状況に似合わないほど落ち着き払った声音で呼びかけた。

 

「やっ、こんばんは。お二人さん」

 

「黄理!?」「黄理くん!?」

 

 

 夜闇と同化してしまいそうな黒髪、あどけない顔つきと満月を思わせる蒼黒の瞳。塀の上から声をかけてきた黄理は、ひらりと猫科動物そのものの身軽さで降りてくる。というか、どうして此処にいるのか?黄理を問い詰めようとすると、車内の方から怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 

「この女がどうなってもいいのか!!」

 

 それを聞いた黄理は、軽く右手を振って袖から取り出した棍を握る。相変わらずの目にも止まらぬ早業。手品・奇術の物体消失と出現の芸みたいだ。って、それどころじゃない。沙保里さんが大変な目にあってるじゃん!

 

「まずは向こうを黙らせてから、話を続けますか」

 

「納得のいく説明、できるんだよね」

 

「そうです、どうして此処にいるのか。きちんとした経緯を話してもらいますよ」

 

 こういう自分を追い詰めるときばかり、連携が巧みになるのは勘弁してくれと黄理が苦笑する。そのまま黄理は左手に銃を持ち塀に寄りかかった。千束も取り出したワイヤーガンを両手で握り、赤い瞳に喜びの(いろ)をにじませ黄理の横に並んだ。

 

「たきな、余裕あれば後ろでこっち覗いてるドローンやっちゃってよ。あ、車のやつらが怯むように音出してね」

 

 並び立った赤い制服の男女の姿に視線が離せずにいたが、たきなは千束の言う通りにサプレッサーを外して目線だけで背後にいるというドローンを確認する。夜空で視認はしにくいが千束の言ったことが真実であることに驚愕した。

 

自分が気づかなかったドローンを察知していた千束の底知れない実力の片鱗を感じ取り、たきなは感嘆に身を震わせる。

 

 だが感嘆ばかりしていられない。思考の切り替えはスマートかつ即座に行われ、たきなは後方に滞空しているドローンへ弾丸を命中させるイメージを固める。脳内で雲のように漂うあやふやなイメージ。それを自己の状態、銃を持つ手の感覚、弾道の予測、ドローンの壊れる瞬間を一瞬のうちに想像し尽くし、たきなは振り返って引き金を冷たい眼差しのまま標的(ターゲット)目掛けて引いた。

 

 

 夜天を目指して流れる9mmパラベラムの流星。たきなが放った無骨な流星は、空に浮かんだドローンを狙い違わず撃ち落とす。そしてドローンを撃ち落とす際の銃声に怯んだ男たちの視線を切って並び立つ史上最強の彼岸花(リコリス)君影草(リリベル)は、友人へ話しかけるような態度で敵に声をかけた。

 

「やぁ、取引したいんだけど?」

 

「いや、この状況だと難しい気がするぞ」

 

「うわっわ!?」

 

 フロントドア越しに銃口を向けようとする男。黄理はつまらなそうに嘆息して開いた状態のフロントドアへ前蹴りを叩き込んだ。先ほどのたきなの銃声を越える轟音。蹴りの衝撃を受けとめきれなかったドアは銃口を向けようとしていた男ごと後ろの方に放物線を描いて飛んでいく。

 

 屈強な成人男性と頑丈なはずの車のドアが纏めて蹴り飛ばされた光景に、車から出てきた男たちや、運転席で痛みを訴えている男はしばし言葉と思考を失う。それを見逃すほど、最強の彼岸花(リコリス)は甘くも優しくもなかった。

 

「はーいはい。大人しくしといてね、っと!」

 

 夜道の闇を切り裂く赤い閃光。それは弾道を誘導する赤外線であり、射手に鋼線(ワイヤー)がどう放たれるかを教える導きの光でもあった。

 

 二人の男性はあっけに取られたまま、拘束されて地面に這いつくばる。

 

 まさしく圧倒的、自販機に硬貨を入れ飲み物を取り出すよりも早く、手慣れた様子で武装した犯罪者たちを制圧。要した時間など短すぎて数える気にもならない。たきなが曲がり角から出て、ワゴン車に近づくとワイヤーに拘束された男が銃を千束さんに向ける。

 

 しかし、それは私や黄理くんが対応するより先に千束さんが見ることもせずに銃弾を撃ち込んで対処してしまった。あれっ?何か着弾したときの光景がおかしい。赤い血のようなものが吹き上がったかと思ったら、そのまま“粉末”のように地面に落ちていく。いや、あれは液体ではなく間違いなく粉末で……。

 

 地面に落ちたそれを確認すると、それは赤色をした合成樹脂だと分かる。つまり、先ほど千束さんが撃ったのは……ゴム製の非殺傷弾?なぜ、こんなものを使っているのかと千束さんに問おうとすると、彼女は救急箱を片手に運転席側の男性の銃創を看ていた。

 

 それでようやく、わたしは千束さんが言っていた言葉の真意を理解する。

 

 ……いや理解できない。

 

「いのち大事に、って敵もですか!?」

 

「そうだよ~。はいオッケ-!これで痛くナーイ!」

 

「あいたぁぁぁ!!」

 

 バチーンと包帯を巻いたところを叩いて、千束は治療が済んだことを知らせる。思い切り痛がっているが大丈夫だろうか。

 

 

 

「ほれ、たきな。ちゃんと沙保里さんを救出する。それとしっかり謝るんだぞぉ~」

 

 千束さんが半眼でこちらを見て、後部座席にいる沙保里さんを指さす。使うことのなかった棍をくるくると回していた黄理くんが、わたしの行動の是非に是よりの意見を述べた。

 

「保護対象は無事なんだから、別にいいんじゃないか?」

 

「だ~~、このバカちん。それだけでなんでオッケーって思うかな」

 

「守る相手をほったらかしにして、どっかに行くバカにだけは言われたくない。というか、なにその荷物。護衛に必要なものなのか?」

 

 曲がり角に置いてあるでかい鞄。

 

それをめざとく発見した黄理は、視線をそらした千束を呆れた顔つきで観察する。

 

「……ぅん、必要、すげー必要不可欠な重要物資なのだよ」

 

「確か千束さん、パジャマパーティーするって現場を一時離脱しましたよね」

 

「わっ、たきな!しぃ!しぃーだよ!それは乙女の秘密ぅ」

 

「パジャマがどう護衛の役に立つんだか……」

「まったくです」

 

 腕を組んで千束の行動の否をあげつらう黄理とたきな。

 

「あっれぇ?わたしの味方はいない感じ?」

 

 たきなは千束の間の抜けた声に同意しようとしたがそれより沙保里さんを優先。持っていたM&P9をサッチェルバッグの隠し収納にしまって後部座席の方へ。

 

 ひとまず敵対していた男たちは全員が制圧できた。わたしは後部座席で麻袋を被せられていた沙保里さんを驚かせないよう落ち着いて救助する。

 

「たきなちゃぁぁぁん!!」

 

 

 

 車から出した救助対象に抱きつかれて、たきなが困惑している。珍しいものが見られた、と微笑ましそうに彼女を見ていると嫌な思念を黄理は感じ取った。背筋に走る冷たくざらついた気配。自分たちへ向かって放たれる狂ったような殺意の思念。

 

 黒くおぞましい殺意の奔流に最初に呑み込まれたのは、命を奪う意思も覚悟もあるはずがない沙保里さんからだった。フッとスイッチが落ちたかのように意識を失う一般人の女性。たきなは割れ物を扱うように慎重に沙保里さんを横にして周囲の警戒を行う。

 

 

たきなと千束は、ただごとでないことだけを察知して銃を再び取り出した。

 

 

 

たきな、千束、そして黄理は互いに背中合わせに銃を構えて辺りを警戒。

 

 黄理が突如として、車内にいた治療済みの男をいきなり車外へと全力で投げ飛ばした。

 

「ちょ、黄理その人まだ安静にしないと──」

 

 壮絶な圧搾音が千束の声を遮る。刹那、無形の力にあっけなく押し潰されるワゴン車。それは見えないスクラップマシーンが稼働しているのではと思わせるほどに短時間の圧砕(プレス)作業。

 

 

 

 地面にめり込むワゴン車“だった” 鉄の塊(スクラップ)。立体状の車が見るも無惨な平面に変わる。上から見たワゴン車を紙面に書き上げれば、きっとこんな風になるのだろう。たきなは潰れた車を見下ろして、血の気の引いた顔で黄理の方を見る。

 

 

 視線の先の彼は、爛々と“蒼ざめた眼光”を輝かせ無表情で銃を構えた。

 

「追いついたぜ……圧殺魔」

 

 

 

「ヒヒヒ──」

 

 

 冷たく尖った黄理くんの呼びかけに反応する引きつった笑い声。悪意に充ち満ちた笑い声、だが決して嘲笑ではなくもっと別の、動物が獲物相手に舌なめずりするような本能的悪意の発露。聞くだけで身の毛もよだつような邪悪の呼び声。

 

 

 

そんな笑い声は何もないはずの空中から聞こえてくる。

 

虚空に浮かび上がった仮面をつける男のシルエット。

 

 

 “まるで季節外れの怪談話みたいだ”。

 

たきなは油断なく銃を構え、千束と黄理の横に並んで、恐るべき怪人と相対した。

 

 





Tips

 黄理は、たきなの護衛対象を囮に敵を一網打尽にする案を“思い切りが良い”と賞賛している。それは、黄理もいざとなれば同じ手段を執るということに他ならない。生命さえ無事であるのなら、それでいいだろうという彼の思考が垣間見れるシーンと解釈できる。

 興味も、悪意も、善意もない。無関心に人助けをする歪んだ在り方こそ、七夜黄理が今後、克服しなければならない重大な欠陥である。

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