Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 当面の目標は、仮面の男(謎)に“ハレルゥゥヤァァ!!”と叫ばせることです。
 推奨導入歌は、ブラック・ブレットより“black bullet”。アプリ天華百剣より“闇を斬り咲く華”です。話に関係はしませんけど、ひたすらに名曲。今話を読む前にでも聞いて頂ければ。

 リコリス・リコイルだったり、月姫だったり、ブラック・ブレットだったりと節操なく書いてしまい大変、申し訳ありません。タグに色々と追加しますので、どうかご容赦の程を。



Easy does it【4】

 

 

千束たちは桜の花びら舞う東京の夜空を見上げる。そこには、燕尾服にシルクハット、おまけで悪趣味な仮面(マスケラ)をつけた怪人が虚空に立つ姿があった。その光景は三文芝居に登場する派手な悪役(ヴィラン)みたいで、まるで現実味がない。

 

 

 仮面をつけた男が、こちらに向かって手を伸ばす。黄理は千束とたきなを小脇に抱えて後ろに跳躍。先ほどまでいた場所に生じる蜘蛛の巣状の罅。何が発生したかは分からないが、千束とたきなはあと少し遅ければ自分たちがワゴン車と同様にぺしゃんこになっていたことだけを理解する。

 

事態や経緯は分からないが、あの仮面の男がこの不可解な現象を起こしているらしい。

 

「──圧殺魔、ねぇ?また随分と直球な名前をつけてくれた。もう少しユーモラスな名前が欲しいところだ」

 

「人間を潰し殺すヤツがユーモアを語るかね」

 

 ぼやく黄理は片手に銃、もう片方に棍を握り相手の動向を観察する。先ほどの攻撃、見えにくくはあったが、ぼんやりと半透明の何かが動くのは視認できた。透過性の高いガラスと思えば、たきなも余裕を持って回避ができる。

 

 黄理よりも高い観察眼を持つ千束なら、銃弾の要領で先読みも可能。

 

 後顧の憂いが消えた黄理は、流れるような動作で低く低く身を屈めて走り出す。初動、加速、方向転換、跳躍。各動作に一切の遅滞、減速を挟まない無音の超高速移動、黄理は宙に浮く男の眼前にまで跳び上がったかと思えば問答無用で神速を越える踵落としを見舞う。

 

 本気で放てば乗用車なら横転、ブロック塀でも容易く打ち破る威力の蹴り。それが透明な何かに遮られ、黄理は仮面の男と至近距離で睨み合う。そのまま蹴りの反動(リコイル)で跳ね返るより先に黄理は蒼眼の輝きの下、棍で透明なナニカの“点”を突いた。

 

 そう、半透明だろうと、目には映らなかろうと物質としてそこにあるのならば、黄理の直感は一切の区別無く、その“境界を手繰る”。

 

はらり、桜が花弁を散らすよりもあっけなく無形の壁はそこから消失した。

 

 蹴りの反動(リコイル)で黄理は千束、たきなの頭上にまで跳ね返ってくる。半透明な壁が消えたことを好機と二人は手にした銃を同時に放った。どちらもサプレッサーが装着されていないため銃声が閑静な住宅街に響く。

 

 

 仮面の男は全力で身を翻して空中で後退、二人の銃弾をどうにか回避した。仮面の怪人は反撃にと千束の頭部めがけて二丁拳銃の引き金を引く。しかし、千束は紙一重、頭部を僅かに二、三度、振るだけで五発以上の弾丸を華麗に避けた……ように見えた。

 

 たきなはその光景を単なる偶然、幸運によるものだと無理矢理に結論づける。

 

そうだ、生身の人間が銃弾を目で見て避けるなんて、非常識があるわけがない。千束の心配をさておき、たきなは仮面の男へ銃を向け、引き続き戦闘をしようと……。

 

 

 たきなの銃のスライドに黄理がそっと手を乗せた。

 

「此処までだ……これ以上は騒ぎになる。何より、あちらがやる気を無くしたみたいだ」

 

 黄理が銃をしまうと、仮面の男も眼下の私たちを睥睨して銃を納めた。

 

「嗚呼、こちらも色々と立て込んでいてね。本来なら、そこの役立たずたちと取引の目撃者のスマホを潰すつもりだったのだが……ふむ、分が悪そうだ。さすがは秘密治安維持組織DAのエージェント。大したものだ」

 

「DAのことを知っている?……答えなさい!あなたはあの銃取引にどう関わっているんですか!現場から消えた銃はどこに!なにが目的なのか!」

 

「さて、ね?あいにく私はそれらに関知していない。知っていても教えるなんて不手際は残すはずもないだろう?」

 

 たきなは仮面の男を強く睨んで、油断無く銃を構え続ける。だが、黄理の横にいた千束もついで銃をしまった。ワイヤーガンを片手に握ったままだが、彼女もこれ以上の継戦は難しいと判断したらしい。

 

「まっ、やるつもりがないなら早く帰ったら。ハロウィンはまだまだ先だよ?」

 

「忠告痛みいる。だが、此処でお別れというのも味気ない。……この出会いを祝し、高らかに名乗りを上げたいが──それも難しいか。せめて、君たちの名を聞いておきたい」

 

「帰れ、夜道で仮面をつけた野郎に名乗る名はない」

 

「右に同じ~く。仮面を外すのは最低条件。それと自首までがセットね?」

 

「手厳しい……だが成る程。わたしのイマジナリーギミックを一撃で破り、銃弾を躱す。そうか、君たちが我々の前身にあたる“Case2778”、“Case2808”か」

 

 仮面の怪人が零す独白、その台詞に黄理と千束は、極限の悪寒と緊張を以て上空に立つ男を(のぞ)む。そう、今の数字は自分たちと深く縁がある四桁。千束たちの様子を見て、少し困惑していたたきなも少し遅れ意味を理解する。そうだ、彼女にとっても“2778”という四桁は印象に深く残っている。

 

「どうして私たちの識別番号知ってるのさ──」

 

「ヒヒヒヒッ、さてどうしてだと思う??」

 

 おどける仮面の道化に黄理は冷たく蒼の視線を向ける。そんな黄理の横にいたたきなが、識別番号以外にも男の漏らした情報の断片に反応した。

 

「イマジナリーギミック?先ほどのバリアみたいなもののことですね?」

 

「その幼稚な呼称は好みじゃない。斥力フィールドだよ、愚かなお嬢さん」

 

「──その口、軽いんだか堅いんだか、どっちなんだ」

 

 黄理の下らないものを見る目に仮面の男は恥じ入るように脱帽、背中を向け立ち去ろうとする。

 

「失敬……今日は此処までとしておこう。そこで転がっている役立たずたちも急ごしらえで集めた雑兵。別にいくら絞り上げられようと、知るはずのない情報は引き出せないだろうしね。だが、君たちになんの成果もないのでは申し訳が立たない。私、個人の名は明かせないが、かつての所属を開示しよう」

 

 

 

 仮面の男はシルクハットを大袈裟に被り直し、首だけをこちらへと向ける。

 

 そのまま男は、どす黒い真実の一端をあっけらかんと口にした。

 

「“元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』”。それがかつての私の所属だ。……覚えておきたまえ、君たちが属するDAもこの国の深い闇の中にいるが更なる暗がりというのは探せば見つかるものなのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 仮面の男は言いたいことだけを言い残すと、そのまま本当に何もせずに立ち去っていった。たきなは男が消えてから、しばらくしてようやく銃をしまう。そして千束、たきなはほれぼれするコンビネーションで黄理を左右から掴んで捕縛、待ちに待った尋問の時が訪れた。

 

「じゃあ、黄理?教えてもらおっかなぁ。なんで、こうタイミング良く助けに来れたのか。あと、さっきの男のこととか」

 

「ええ、そうですね。あの狙い澄ましたようなタイミングで現れたことは、明らかに不自然すぎます。それに先ほどの男、確実に銃取引に関与している可能性が高い以上、無関係というわけにはいきません。本部にきちんと報告するために詳細な情報を教えてもらいます」

 

「こんながっちり人を捕まえて、教えてほしいってのは冗談だろ。これって要は尋問……分かったよ、話すからとりあえず離してくれ。いやホント洒落抜きで」

 

 がっちりと左右から腕を完全に極められていた黄理は、困ったような顔つきで二人の少女に降参宣言を行い、どうにか解放してもらう。

 

「元々、橙子さんが拾ってきた仕事だったんだよ。なんでも連続圧死事件とか言ってたな。死んだ被害者たちが平らに潰されているって妙な事件で、それの足取りを追うために現場付近をうろついてたワゴン車を追っていたら、そっちとかち合った。男に関しちゃ俺は知らないぞ。さっき、奴がいってた“なんちゃら計画”だって初めて聞いたくらいだし」

 

「ほうほう、つまり黄理は何の情報もなしに、あのワゴン車を追っていたと?」

 

 黄理は、それとなーく顔を背けたつもりだが二人のリコリスから見ればバレバレすぎる不審な挙動。

 

「つまり、黄理くんの任務のネックも沙保里さんだったということですね?」

 

「そう、だな。……あぁ、白状すると橙子さんから沙保里さんって人の情報は聞いてたんだ。ストーカー被害で警察に届け出をしているってね。だから、彼女を追い掛けて、ワゴン車の連中を捕まえることで圧殺事件の手がかりを掴もうとしてた……わけです」

 

「ねぇ、ひょっとして沙保里さんがストーカーって思ってたの、黄理じゃないよね?」

 

「いえ、黄理くんが一般人に気づかれるような拙い尾行をするとは思えませんが……どうなんですか、黄理くん?」

 

「誓って言うけど、そこに転がってる沙保里さんを尾行したのは今日の夕方頃からだよ。彼女が喫茶店から出てきたとき、二人がいたんでそりゃもう驚いたんだぞ」

 

「圧殺事件のこと、わたし何にも聞いてないんだけど?朝、リコリコまで送ってもらうときでも、お店でのんびりしてるときでも、帰りの迎えにくるときでも、色々と言うタイミングあったよねぇ?」

 

 かつて、“離さない(許さない)”と誓ったゆえに千束は、黄理の生活の大半を掌握していたりする。現在、寝床にしているセーフハウスの住所、伽藍の堂でどんな仕事をしたのか、かろうじて口座関係は自由だが、それもいつまで保つことか。

 

 千束の手が黄理の襟首を掴み上げる。掴まれた黄理は顔面蒼白となり、どう誤魔化す、いいや説得しようかと全力で考え込んでいる。

 

 

すると黄理を追い詰める魔の手は、さらに数を増してきた。

 

「送り、迎え?どういうことですか、黄理くん?まさか、千束さんがリコリコに出勤する際、黄理くんが送り迎えをしていると?」

 

 千束とは反対側から、たきなも同様に黄理の首元を掴みかかった。

 

「いや、それにはきちんとした理由があって──」

 

「それは一体どのような?」

 

「あの銃取引事件のときなんだけどさ。六階に駆け上がってはいいけど、中からの機銃掃射があって下にまで落っこちたんだ。そのとき、運悪く千束のスクーターを下敷きにして壊したのが原因で。……まったく、思い切りの良いリコリスが……いや待てよ、あの現場だけど、たきな、あそこにいたよな」

 

 此処で反撃とばかり一転してたきなに半眼で問い詰める黄理、彼の視線だけの問いかけにたきなはそっぽを向いて対応しようともしない。言質を取らせないぞという徹底した構え。子供っぽい質問からの逃避。理不尽、此処に極まれりだ。

 

 一方で全ての事情を知っている千束だけが、この状況を理解し面白がれる立場にあった。

 

「……え~、そ、っそんなリコリスがいるんだ。っぷぷ、そっかぁそんな派手に思い切った行動するリコリス、見てみたいねぇ。うふっふふ、そうでしょ~たきな~」

 

 うりうりとそっぽを向いたたきなにすり寄る千束、そんな彼女にされるがままになっているたきなはうんざりとした表情でため息をついて夜空を見上げた。なお、この二人、未だに黄理の襟首を掴んだまま離していなかった。

 

 そのまま黄理を挟んだ状態で二人は、お互いが黄理とどう出会ったのかを楽しそうに語り始める。二人のタイプがまったく異なる少女に挟まれ、黄理は今夜はひどい目に遭うことだけを直感で理解する。そのまま沙保里さんを無事送り届けると、彼らは三人揃って未明の夜道へ歩み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『この距離のドローンに気づくとはな……』

 

 東京の夜に紛れるようにある一台の車が車通りのない夜道の路肩に停車している。外から見れば、それは東京という石と鉄のジャングルで息絶えた巨獣の死骸にも、獲物が通りがかるのを待つ静止状態のハンターにも見えた。

 

 車内の液晶にはデフォルメされたリスのアイコンが映っている。先ほどの機械音声は、このリスが発したものだ。その発言に特別な反応をせずに後部座席の男は窓の外を見て、ある少女の名を無意識のうちに口にした。

 

「──千束、か」

 

 ドローンが撃ち抜かれるまで録画し続けていた映像を見る男の瞳には、僅かな喜悦が見て取れた。彼の瞳に映るのはドローンを撃ち落とした凛々しい黒髪の少女ではなく、赤い制服を着込んだ白金の少女、ファースト・リコリスの錦木千束、同系統の赤い制服を着た黒髪の少年、七夜黄理の姿だった。

 

『リコリスと知り合いか?……いや、もう一人は男だから、また別なのか。それにしても国家に仇為す者を始末すると噂されている処刑人が、まさかティーンの男女とは驚きだな』

 

「博識だね、“ウォールナット”?」

 

『知識をひけらかすのは趣味ではない。だが、無知であるのは許せなくてね』

 

 互いに相手の心情を探り、本性を暴こうとする会話。ウォールナットはやがて、この核心について触れない無駄な会話を切るように、自分の願望を無感情に機械音声に乗せた。

 

『だから、もっと知りたいことがある。知らないと安心できない、というべきか』

 

「報酬の額のことかな?依頼したDAのハッキングには満足している。十分、報いる額の報酬を用意しよう」

 

『そうじゃない──』

 

 車内のスピーカーから聞こえる声が緊張に陰った。ようやく、本題を語ろうとする意思に対し後部座席に座る男、吉松シンジは瞳に冷酷の色を垣間見せる。

 

『どうして銃取引なんぞに関わる?施しの女神にタブーはないのか?』

 

 折り目良く仕立てられた漆黒のスーツ、その胸元に一点だけ鈍い輝きを発する特徴的なバッジがあった。それこそ、近年では匿名支援の代名詞と名高い謎の組織、吉松シンジという才能の狂信者が所属する機関の証し。

 

旧き時代において、叡智をもたらし幸福を招くもの、ギリシャ神話でも勝利の女神の供とされた動物をモチーフとしたアクセサリー。すなわち、フクロウのバッジが彼の胸元で鈍く光を反射していた。

 

『なぁ、アラン機関?』

 

 “踏み込みすぎたな”、吉松シンジはミラー越しに運転席に座っていた女性、自身の秘書的な役回りをする姫蒲へ目配せを送る。彼女はその視線の意図を的確に理解し、車内液晶を操作。その操作を受け、彼方に仕掛けられた信管が作動。

 

 遠くにそびえ立つマンションの中央部から爆炎が立ち上る。その爆炎を確認してから、吉松シンジを乗せた車は何処かに走り出した。

 

もうしゃべることのない相手に向かって吉松シンジは裏の世界で生きていく上での金言を送る。

 

「人は無知である方が幸福な生き物なんだよ、ハッカー」

 

 

 

 

 

 

「ああ……ホント、ひどい目にあった」

 

 早朝、開店時間前の一時。黄理は心底、疲れた様子でリコリコのカウンターに突っ伏していた。疲労困憊した黄理の頬をぷにぷにと横から千束が突っつくが、それに対応する気力も今の彼には残っていない。そして、ナチュラルにいちゃつきムーブを横で行われているがミズキにとっては、七歳の頃から見続けてきた光景ゆえ突っ込む気にもならない。

 

 だが、それでも一昨日(いっさくじつ)の黄理が千束ならび、たきなと行動をしていた件は流石に見逃せなかったようだ。

 

「朝まで両手に花でいちゃつくからよ、あー不潔不潔。大体、千束たちが護衛したって女もいちゃついた写真をSNSでひけらかすから、ひどい目に遭ったんじゃない。けつろーん、人ってのはねぇ、いちゃつかない方が幸福な生き物なのよっ!!」

 

(ひが)まない、というかそれ言ってて悲しくならない?」

 

「るっさいわね!わたしはSNSへの無自覚な投稿がトラブルになるって言ってんの!あと、周囲の迷惑を考えないいちゃつきもトラブルになるかんな、覚えときなさいよ黄理!」

 

「あのねミズキさん、俺が疲れているのは別件だよ。昨日、俺が管理任されてるマンションで爆発事件があったんだ。そのせいで警察に呼び出されることになるわ、面倒な事後処理が色々とあったり。というか爆破って火災保険効くのかな?」

 

 

 ミズキから手渡されたスマホの画像が想像より小さかったのか、ミカが眼鏡を外し千束のサポートありきで銃取引の現場を確認している。カウンターで伏した黄理にミズキは、ふと思い出したことを聞いてみた。

 

 

「そういや、あんたって虎杖さんから高層マンション三棟の権利書もらってたわよね……それで貧乏キャラやるのって、軽く詐欺じゃない?」

 

「キャラじゃないです」

 

 黄理が虎杖から、やたらと使い勝手に困るものを渡されているのを知るミカ、千束はそれに同意するように曖昧な笑みを浮かべた。一方、あるものは遠慮無く使う主義のミズキはそれに対して批判的なスタンスでいる。

 

 虎杖からもらった金銭は使ってないにしろ、マンションの数部屋はセーフハウスとして使ってしまっているため、何が何でも使わないという信念を持っているわけではない。

 

 

「あぁ、連続圧殺事件の犯人は逃すし、これでまた今月分の給料は無しか」

 

「相変わらず、そっちは妙で物騒な事件ばっか請け負ってるわねぇ」

 

 ミズキの身も蓋もない感想を黙殺して項垂れた黄理を励ますようにミカが声をかけてくる。

 

「またしばらくリコリコでバイトでもするか?」

 

「いえ、まだ生活できるだけの金は残ってるので……本当に不味い時になったら、お願いします」

 

「え~~、いいじゃん!また一緒にリコリコで働こうよ~。年末年始だって、お手伝いで来てくれた時があったでしょ!それと同じノリでさ!」

 

「いや、今はたきなが働き始める時と重なってるし、俺まで世話になったら面倒だろ?」

 

 千束が頬を膨らませ、不満の表情をする横で大人たちは銃取引について語っていた。

 

「三時間前ってことは、うっわ楠木さん偽の取引時間を掴まされたってこと?」

 

「つくづく、ラジアータがその時、どんなことになっていたのか分からんのが痛いな」

 

「おっさん、虎杖さんと連絡取れたんでしょ。どう、銃の流れた先は分かった?」

 

「いや、リリベルの方でも1000丁なんて銃の存在は確認できてないそうだ」

 

「リコリスもリリベルもダメかぁ。そうなると手がかりは、あんたらが遭った仮面野郎が言ってた“新人創造計画”だっけ?」

 

「それじゃあ、ただの新人教育だよ。“新人類創造計画”……で良かったよね?」

 

「ああ、橙子さんが調べてくれているけど、陸上自衛隊がらみでDAとはまた別の指揮系統っぽいな」

 

「あと、私と黄理の識別番号が漏れてるし、いやーな感じしてきたなぁ」

 

 銃取引の決定的場面を捉えた一般人女性の護衛から、DAの情報網でも詳細を知ることの出来なかった“新人類創造計画”という謎のプロジェクトの露見。謎は深まる一方だ。千束は口角を尖らせて、コーヒーを口にする。

 

「それで、か弱い女性を襲った不届き者たちはどったの?」

 

「橙子さんが持っていったよ。大した情報は持ってなかったから、とっくにクリーナーに引き渡したんじゃないかな?」

 

「そっ、クリーナー呼びつけるのもお高いからね。千束~、あんたも少しはクリーナー使うときはよく考えて……聞いてんの?」

 

「聞いてるよ~。でもDAに渡したら殺されちゃうでしょ」

 

 

 それのどこか問題があるのか、と思った黄理だが、それを口にすると千束が悲しい表情をするため、そっとミカさんが淹れてくれたコーヒーを飲み気分を落ち着かせる。千束、たきなの二人から徹夜で互いの関係を聞かれて疲労が溜まっている。

 

 今日くらいはリコリコで一日、のんびりしていようと中二階の方へ向かおうとする。

 

「DAも写真のヤツら追ってるんだよね。私たちが先に見つけちゃえば、本部にぎゃふんって言わせられるかも~!そう思わない、たきな?」

 

「──いいかもしれませんね、それ」

 

 座敷席から上に上がろうとする途中、黄理は奥の更衣室から出てきた黒髪の少女の姿に見とれてしまう。これまで下ろしていただけの髪は二つに纏められ、爽やかな青色の着物は彼女の気質と相似しているため相性が良い。

 

 菫色の瞳がおそるおそる、こっちを見つめる。

 

「どうでしょうか、この格好?」

 

「…そう、だな。見違えたよ、たきならしいのになんだか別人みたいだ」

 

「──はぁ、女性のほめ方がなっていませんね。そういうときはもっと、こう……んぅ?」

 

 褒め言葉というには拙すぎるはずなのに、たきなはなんだか顔が熱くて言葉に詰まってしまう。それを見ていた千束は対抗心を燃やし、座敷席の方へと立ち上がった。

 

「うぅぅぅぅ、黄理!ねぇ私はどうよ!ホラ、ほれほれ!!」

 

 そういって、千束はその場で自分の着物姿を見せつけるようにくるりと回るが。

 

「いや別に普段通りの千束だろ?どう、と言われてもな?」

 

 特別な褒め言葉をこの朴念仁から引き出すにはインパクトが足りていないらしい。千束はあらためてたきなを見る。純和風、まさしく大和撫子のお手本のごとき黒髪美人。青い着物を華麗に着こなす姿は、熟練の給仕そのものだ。

 

 

「くぅぅぅぅ!!可愛すぎぃぃ!すっごい似合うよ、たきな!」

 

「はい、どうもありがとうございます」

 

 すごい平坦な声で感謝をされるが、それ以上にたきなの可愛さに千束は感動している。千束は座敷席の方にいる黄理へスマホを投げ渡す。それを危なげなく受け取った黄理は、千束が何を求めているかを理解しカメラ機能を立ち上げる。

 

「ほら、せんせもミズキも寄って寄って!あっ、これお店用の写真だから、黄理はいれてあげなーい。バイトに来るなら、入れちゃるよ~!」

 

 たきなを脇に抱えて嬉しそうににやけている千束は、先ほど黄理が自身を褒めなかったことを根に持っているらしい。カウンター前で四人が纏まっているのをフレームに納めて黄理は嘆息する。

 

「別にいいよ、もう俺が映ってる写真ってSNSに幾つか載ってるじゃないか」

 

 シャッター音は軽やかにリコリコの新たな同僚を映した時間を、写真に代えて切り取った。写真を撮り終えた黄理はスマホを千束へ投げ返して、今度こそ中二階の方に眠りに向かう。中二階に上がっていった黄理を見届けてから、たきなはリコリコのSNSを開く。そこには黒い書生風の着物を着て接客をしている黄理の写真があって……。

 

 

 そっとデータを自分のスマホに保存すると、横から赤い着物の少女がこっちを見てくる。

 

「……なんでしょう……」

 

「ん~、いや~~~なんでもないよぅ~~。ただ、たきなって可愛いなぁって」

 

 にやにやとする千束さんの姿に僅かな苛つきを覚えるが、あれで史上最強のリコリスと呼ばれた人、尊敬するべき先達だと心の中にいる自分を懸命に宥める。目を閉じて怒りを鎮火させているところ、表の戸の方から鈴の音が聞こえてきた。

 

 そうか、もう開店時間──。

 

「お客さんだよ。ほら、練習通りに!」

 

 

 たきなは満面の笑みの千束と並んで、来店してきたお客さんへまだ拙くはあるが彼女なりの笑顔で微笑みかける。

 

「やぁ、ミカ──」

 

 お客さんが店長に呼びかけをしたことが気になるが、今はそれよりも先に言うことがある。たきなは開店前に練習した通りの言葉、接客業の定型句というべき歓迎の言葉を千束とともに口にした。

 

「「いらっしゃいませ~!」」

 

 

 中二階にいた黄理は二人の重なった声を楽しそうに聞いて、そっと目を閉じ畳を枕に眠りにつく。頭の中には昨夜、出会った仮面の怪人の姿、その脅威がありありと浮かんでいる。だけど、ステンドグラス越しの朝日に照らされることで不吉な思考が引いて、優しい微睡みが体を包む。

 

きらきらと色彩豊かに光る日常(リコリコ)を見て黄理は大人しく睡魔に身を委ねた。

 

 

 





Tips

 錦木千束、井ノ上たきな、ともに七夜黄理と関わりながらも、人を殺す、生かすことのニュアンスが微妙に食い違っている存在。これから日々を過ごしていく中でそれらは無事に噛み合うため特に問題点は無し。

共に七夜黄理へ淡い感情を(いだ)いているが、彼女たちが克服すべきは鉄壁とも言える七夜黄理の朴念仁さである。

 一話、無事終了です。二話はそれなりに時間がかかると思いますが、今後も応援、感想を頂ければ十三話の向こう、メルブラ編まで突入できる気がするので今年もまだまだよろしくお願いします!
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