Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 ロリを増やそう、そうしよう。とりあえずリコリコ本編で増やす新キャラは、これで最後にしますのでどうかお許しください。なお、まだ原作の二話途中にしか行っていない本作を応援していただき、誠にありがとうございます。お時間があれば感想を是非、送ってください。暇人の作者はよろこんで返信をいたします。





The more the merrier【2】

 

 

 たきなたちは降りた駅からしばらく歩いた先のコインパーキングに辿り着くと、そこでやたらと目立つ赤色の車を発見した。乗用車というには洗練されすぎたフォルム。家庭用と言い張るには機能美が過ぎる形状。ひとたび一般道を走れば羨望の目を集めかねないゴージャスな車体。

 

 端的に言うとそれは赤いスーパーカーだった。

 

「すっげ~!かっちょいいっ!」

 

 

 

 たきなは頭痛を堪えるように額に手を当てた。“嗚呼、これが自分より優秀と称されたファーストリコリスの姿か”。たきなは白い目でリコリスの評価とは“何で決まるのか”と本気で思考を別の場所に飛ばしている。そんなたきなの正面には白けた視線もなんのそのとフェンスを握って飛び跳ねている錦木千束がいた。

 

「たきな、見てよ見てみてスゥーパーカー!すっごい良い車じゃ~ん!!せんせありがと~!」

 

「そうですね。すごい、目立ちますね……店長、疲れていらしたんでしょうか」

 

「ぜったい、私が運転するぅ~」

 

 この浮かれた状態の千束さんに運転を任せるのと、精神的に疲労が感じられる私が運転を担当するのでは、どちらが任務の達成に合理的かと考え出したとき。近くの公園の木々や植え込みの間を縫って、まさしくアクション映画のように一台の車が派手に飛び出してくる。

 

それは千束さんが注視していたスーパーカーと異なり、ひどく一般的な白の乗用車だ。そんな十人が十人、普通と言うような白の乗用車は、その地味な外観からかけ離れた巧みなブレーキングでスキール音を鳴らし私たちの前に停車する。

 

 公園を飛び出す際、どこかにぶつけたのだろうか、フロントガラスに大きく罅がはいっていた。そんなどうでもいいことに気を取られていると素早く車の窓が開いて運転手が機械で加工された音声をあげた。

 

『ウォールッ』

 

「ナット」

 

 

 あ、クマだ。

 

事前に通達されていた合い言葉を無意識に口走った後、私は運転手がクマ?らしき着ぐるみを着ていることに遅れて気がついた。地味な乗用車だというのに、その見かけで意味が無くなると気づいているのだろうか。隣の千束さんはホントに何を考えているか分からないし、護衛する相手はクマだし、私は本気で自分が何をやっているのか分からなくなりそうだった。

 

『急げ、追手が来てる。それと要らないトラブルが起こった。さっさとずらかるぞ』

 

「えっ、もしかしなくても今のって合い言葉?カッコわるっ、というか、そっちに乗るの!?せっかくスーパーカー乗れると思ったんにぃ~!」

 

「あんな目立つ車を使わなくてホッとしましたよ。わたしは」

 

「うぅ~たきなってば、ロマンがないなぁ」

 

「任務達成に不要ですから」

 

 車に乗り込んだ私たちの会話を途切るように着ぐるみが自己紹介を行う。

 

『予定と違ってすまない。ウォールナットだ、呼び方は好きにしてくれ』

 

「はいはい、護衛の千束ですよ。こっちはたきな」

 

 スーパーカーに未練たらたらながら、千束さんは着ぐるみと自己紹介を交わした。私は無言のまま、着ぐるみのハッカーの運転に揺られて、脳内で羽田までのルートを展開する。着ぐるみの割りに運転技術に関しては、それなりに丁寧なものだ。まぁ、着ぐるみを外した方が安全なのは、この際言及しないでおこう。

 

「な~んで守られる側が颯爽と車で現れるのよ。普通逆でしょ──ああ、ス~パァーカー」

 

『なんで、彼女はこんなに不機嫌そうなんだ?』

 

「さぁ?任務には支障がないと思われるので無視してもらって結構です」

 

 

 車は都内の車道を軽快に走り抜けていく。反対車線の車や追い越していく車から視線を感じるが、それも一瞬で通り過ぎる以上はさして問題とならない。スーパーカーのことを吹っ切った千束はそのまま、依頼主とのコミュニケーションを試みることに。

 

「な~んかイメージしてたハッカさんと違いますねー」

 

『底意地の悪い痩せた眼鏡小僧とでも?だとしたら映画の見過ぎだよ』

 

「ほら、やっぱり」

 

「いやいやだとしても着ぐるみはないでしょ。えっ、もしかしてあれが普段着とかじゃないよね。聞くの怖くなってきた。ねぇたきなが聞いてみてよ」

 

 私の肩を揺すってくる千束さんだが、そんなあからさまに面倒な話題を振ってどうしようというのだ。返ってくる言葉がイエスでもノーでも対応に窮するのだから、触れない方がいいと思う。

 

 何より、いくら小声でもこれだけ狭い車内だ。千束さんの張りがある声など……

 

『さすがに普段からこんな格好はしてないさ。まぁハッカーは顔を隠していた方が長生きできるから合理性は辛うじてあるだろう?』

 

 当然、着ぐるみのハッカーに聞かれてしまっていた。それ見たことかと、私が目を閉じると着ぐるみで性別不明のハッカーは、こちらの内情に踏み込んできた。

 

『──それにJKの殺し屋の方が異常だよ、“リコリス”』

 

 リコリコへ依頼をするくらいだ。当然、私や千束さんが何者かを理解しているとは思ったが、日本でも特に秘匿性の高い情報であるリコリスのことを平然と口にするとは。“なるほど、消される理由には事欠かないだろうな”、と思いつつ、私は反撃とばかりにらしくもない無駄口を叩いてみた。

 

「クマのハッカーよりも合理的ですよ」

 

「たきな、いぬだよ」『リスだ──』

 

 千束さんの言葉をすぐに訂正したウォールナットさんの発言に私は呆然と着ぐるみをもう一度、見てみた。茶色の毛並み、視界確保の関係でやたらとでかい目、それと車の天井にこすれるように立つ耳。

 

これを、ノーヒントでリスと言い当てるのは難しい気がする……。

 

 

『──それで、その学生服にはどんな合理性があるんだ?』

 

「あ~つまり、日本で一番目立たない格好なんですよ、これ」

 

 どうでも良さそうに千束は、リコリスの多くが切望する赤の制服の襟を自分の手で引っぱる。リコリスの制服は、基本として色による違いはあれど全てがコートワンピースの上着とプリッツスカートになっている。プリッツスカートはサイドをグレーとすることで赤や紺、ベージュを目立たせるデザインになっていた。

 

 ファーストの制服は赤をメインカラーとしているため、そこそこ目立つ。しかし、それは赤の制服に袖を通す者が、その程度の要因で任務に支障をきたすことはないというDAから言外の信用によるものだ。

 

 また、リコリスの制服は特徴的なデザインであるが学生服ゆえに街中の雑踏に紛れ込まれれば、警戒心の高い犯罪者や悪党でも単なる学生としか認識できまい。

 

『なるほど、JKの格好は都会の迷彩服というわけか……それならボクはまんまとその迷彩に欺かれたわけだな』

 

たきなは感慨深くうなずいたハッカーの声を聞いてから、助手席に視線を移した。

 

「そのトランクケースは?」

 

『ボクの全て……国外逃亡には身軽な方がいいだろう?』

 

「着ぐるみ脱いでから言った方が説得力ありますよ~。でもいいなぁ。私も海外行ってみた~い」

 

『一緒に来るかい?』

 

「あ~たぶん、税関でハネられる。私たち戸籍ないからパスポート取れないんですよ」

 

 

 

 さらっと語られる重い話題に会話の流れが切断された。だが、それを見計らったかのように千束の携帯に着信が入る。それは、この場に居ないはずの黄理からの電話。やっぱり護衛任務を受ける気になったのかな、と考えながら千束はすぐに着信へ応じた。

 

「はい、もしも~し?やっぱ、黄理もお高い報酬にお目々がくらんじゃったかな?」

 

「あの護衛任務中に私用の電話は……というか、黄理くんが電話?もしかして、護衛任務に参加するんですか」

 

『今日の任務?いや、それは断った。きちんと報酬が出るのは魅力的だけど、今日はのんびりとしたかったからな。というか、それと関係してそうな件で、文句と警告の電話をしたんだ』

 

「ほえっ、文句と警告?」

 

『たぶん千束たちが依頼を受けた護衛対象の乗ってる車って、たぬきのパチモンみたいな着ぐるみが運転する車だろ?』

 

 千束、たきなは黄理のぶっきらぼうな発言を聞いて、眼前で運転しているリスの着ぐるみを着たハッカーを見る。

 

「あ~、黄理、たぬきじゃないよ。一応、リスね?」

 

『れっきとしたリスだ』

 

「やっぱり、そこは譲らないんですね」

 

 どうでもいい訂正を払いのけ私は千束さんと黄理くんの電話を横で聞いていると、そこで初耳の話題が耳に入る。

 

『リスでも、たぬきでもこの際イノシシでもいいけどさ、人を思いっきり轢いておいて、挨拶もなしってのは(たち)が悪いんじゃない?とりあえず、ミズキさんに伝えといてくれないか──』

 

 

 

 私と千束さんは、そっとハンドルを握るウォールナットさんを見てから、フロントガラスの罅の謎が氷解したのを互いに感じ取った。道理で駐車場から、急いで離れたがっていたわけだ。

 

ただ、どうしてこの場にいないはずのミズキさんに“伝えること”があるというのか?

 

『あとできつい一撃を見舞うって』

 

「きつい一撃?どしてそれがミズキに?まぁ、伝えとくけど」

 

 黄理くんのそれなりにドスの利いた電話越しの発言を、千束さんが復唱すると運転席に座ったリスの着ぐるみの総身が五センチほど跳ねた。道路のアスファルトが罅割れているところで車体が跳ねでもしたのか、いやでも後部座席にはそんな感触はやってこなかったが……

 

「それで黄理くん、警告というのは?」

 

『たきなか、あ~、実は公園でそっちの護衛対象を狙ってるヤツらと一戦交えたんだ』

 

「えっ、わたし聞いてないんですけど!?」

 

『いやだって、今言ったから』

 

 千束さんの額に血管が浮いた気がする。何より、私も同じ気持ちになりかけている。

 

「そういう時は一言、連絡いれて一緒に片付けた方が楽でしょ~が!」

 

「そうです。相手をその場で撃退できたなら、任務を早期に終わらせることができたのに!」

 

 二人の猛口撃をどうにか謝り倒すことで“この場”では、引き下がってもらえた黄理は、簡潔に公園で起きた出来事と警告を伝える。

 

『公園にいた連中は半分ほど片付けておいた、なんというか一流と二流の合いの子みたいなヤツらだったよ。今はそいつらを手当てして、クリーナーに任せてきたとこ』

 

「そういえば店長が言ってましたね、今回の敵はプロよりのアマだと。人数は十人ほどと聞いていますが、黄理くんは公園で何人ほど撃退したんですか?」

 

『公園で倒せたのは五人だ。もう半分と一人は、仕留めきれなかった』

 

 依頼に関係しそうな電話であるため、千束はスピーカーフォンにして音声を運転席にいるウォールナットさんにも聞こえるようにしていた。平然と敵を半数減らしたと報告する電話越しの七夜黄理の発言に、リスのハッカーは無機質な機械音声の賞賛を送る。

 

『この場にいないが、なるほど、君も相当に優秀なようだな』

 

『そりゃどーも』

 

 だが、私と千束さんは、さっきの黄理くんの発言に嫌な予感を感じた。あの、七夜黄理が敵対した人間を逃がす?いくら、十人の武装した傭兵とはいえ、たきなも千束も七夜黄理がその程度の一流未満の相手を半分も逃がすなんて不手際を犯すとは信じられなかった。

 

 

「さっき、半分と一人を逃がしたって黄理、言ってたよね。なんで一人だけ別に数えたの?」

 

 千束の問いかけに、黄理は話が早くて助かるというように小さく含み笑いをした。それから黄理はようやく本題である、公園で出会った存在に関する情報を二人に伝えた。

 

『公園で出くわした連中を叩きのめそうとしたら、バケモノじみたヤツが出てきやがった。ったく、弾道がワケ分からん動きをしやがる。千束、たきな、いいか……金髪で七歳かそこらの、青いドレスを着た女の子に気を付けろ。あれが敵に回るなら、かなり厄介だ』

 

 弾道?ワケの分からない動き?

 

 青いドレス?金髪、で七歳の女の子?()

 

 電話越しの黄理くんの発言は、あまりにも緊迫した台詞と裏腹に幼い少女を警戒しろなんて、ふざけた内容の警告を電話で伝えてきたのである。思わず顔をあげた千束さんと私の赤と菫の視線が合わさった。考えていることは同じだろう、もしや黄理くんは相手が子供だから、手を出せずに逃がしてしまったなんて言う気だったのか。

 

「厄介ってど~いう意味かな~。もしかして、幼女に優しいで定評のある黄理は、相手が七歳の女の子だから、傭兵と一緒に逃がしちゃったって言いたいのかなぁ?」

 

 

 千束さんの言葉に険と不穏な圧が込められる。怒りの兆候はそれだけにとどまらない。彼女が持つスマホからギシギシと軋む音が聞こえている。それに千束さん同様に、私も機嫌が悪くなってきたのを自覚するが、此処で黄理くんに気づかれるなんてことはしない。意趣返しなら店でたっぷりとしようと心に決め、今は無言で怒りを抑え込んだ。

 

『そんな定評は持った覚えがない。まぁ、遭遇しちまえば俺が言った理由も分かるよ。……それじゃあ、夕方にリコリコで』

 

本当に言いたいことだけ言って電話はそこで切れた。ああ、私たちの堪忍袋というものも切れそうだ。

 

目に禍々しい光を宿す二人の学生服を着た殺し屋の女性たちに、ウォールナットもどこか腰が引けているような気配を漂わせる。

 

 車内の雰囲気が最悪のまま、走行することしばらく。

 

やがて、車は羽田空港に向かうための高速道路への入り口付近に近づく。人目が多い高速道路上でなら、相手もそう簡単に手が出せなくなる。

 

「ウォールナットさん、この先で高速に入ってください」

 

『ああ、分かった』

 

 

あとは高速を降りてから空港に向かうまでの襲撃に備えていれば……言っている側から高速の入り口を通りすぎる乗用車。

 

「……ウォールナットさん?」

 

『どうした?』

 

「いやいや、それはこっちの台詞って、あれ?……なんか、嫌な感じしない?」

 

「嫌な感じ?」

 

 千束さんのどこか、呆然とした声を聞いて、運転席を見るとウォールナットさんがハンドルから手を離しているというのに、ハンドルは勝手に回り運転手の操縦を受け付けない状態になっているのが見て取れた。電子制御だったのかと感心するよりも、意識は自分たちが敵の手中に落ちたという事実を認識する。

 

『車を乗っ取られたか』

 

「まずいですね……」

 

『ロボ太のやつ、腕を上げたな』

 

 

 千束は、たきなとウォールナットの二人の声を聞きつつも車の背後に視線を向ける。視線の先でほんのわずかに煌めいた光。七夜黄理を凌駕する千束の観察眼を以てして、辛うじて気づけた危険の香り。背筋を這い回る死の予感。300m後方で一瞬だけ反射した光がライフルのスコープによるものだと認識すると同時に千束は着ぐるみの頭部とたきなの頭を思い切り下げて、全速力で車内にかがみ込む。

 

 そのまま叫んだ彼女の言葉は、一秒遅れで現実と化す。

 

「狙撃っ!!」

 

 

 千束の張り上げた声に一瞬遅れて白の乗用車が激しい揺れに襲われる。伏せるたきなに降り注ぐ粉々のガラス片。後ろの窓ガラスとフロントガラスに生じた空洞を見て、凄まじい危機感に苛まれる。いま動かす事のできる目だけで周囲を確認すると、運転席のヘッドセットはもぎ取られたかのように無くなっていた。

 

 千束さんが庇わなくては、着ぐるみの後頭部から鼻先にかけて綺麗なトンネルが開通していたことだろう。

 

 走行中の車で命中率の高い胸部ではなく即死の頭部を狙った恐るべき精度の狙撃。

 

 

「──さっき、黄理が幼女がどうこう言ってたけどさ、車の電子制御をジャックされて、ライフルで狙われてる状況よりも、やばいのって考えつかないな~」

 

 

 そんな千束の呑気な声に乗じて、狙われている張本人のウォールナットさんも気の抜けるような発言を現実逃避気味に言い出してきた。

 

『アクション映画だと、そういうのがフラグになってくるんだがな』

 

「二人とも映画の見過ぎですっ!」

 

 

 いよいよ我慢の限界とばかりに大声を出した私に驚いて、伏せっていた千束さんがウォールナットさんの頭にぶつかるのを見た。それに対し、いい気味だなんて思い浮かんだことがどうしようもなく、千束さんに感化され始めているという実感に繋がって頭がまた痛くなる。

 

その雑念を払い、任務続行だと思考を切り替える直前、少しの違和感が後ろ髪を引いた。さっき、二人がぶつかった衝撃で動いたのか、ズレたのか分からないが、助手席に置いてあるスーツケースの“内部”からもガタッという音がして妙に耳に残ったのだが、あれはなんだったんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 黄理は、本気で今日が厄日だと考えながら木の上で逆さまになって腕を組んでいた。

 

 見知った人間の思念に誘われてのこのこと足を運んだら、たぬきの出来損ないみたいなのが運転する車に轢かれるし、それの後を追ってきた連中は銃を持って、今の自分の眼下にいる。

 

本当に、今日はツイてないものだ。

 

 俺も、さっきの車を追ってきた連中も……。

 

 

 

 意識が冷え込み眼下を見下ろす視線は、生き物を見るものから動くだけのモノを見る目に切り替わった。

 

 黄理の蒼黒の瞳が鋭く尖り、銃を装備した獲物たちの死角から奇襲を行う。数は十人前後、しかも相手の動きからして、実力のほどは一流未満といったところ。その程度の相手に手こずる要因は皆無、混血はおろか七歳の頃の千束にも届いていない。

 

 黄理は、まず自分が逆さまに引っかかっている大きめの枝を棍で叩き折り、そのまま正面の木へと飛び移った。するりとまるでサイレント映画のワンシーンのように音無く、一瞬で行われる暗殺者の手管。

 

 へし折られた枝が地面に落ちると、銃を構えた傭兵たちがその落下音がした方にすぐさま銃口を向ける。その反応速度は素人とは異なる訓練を重ねた者特有の迅速さ。だが、それを見越して動く者こそを人は恐れと共に一流と呼ぶのだ。

 

 まず、黄理は飛び移った木の下にいた男の頭上に現れ、軌跡の残滓すら残さない棍の打撃をそのまま叩き込む。閃鞘・八穿と呼ばれる技の劣化改良版、混血を想定して八撃を一瞬で撃ち込むはずの技はたった一発で相手の意識を奪い、あざやかに昏倒へ追いやった。

 

 気絶した男の背中を蹴り、わざと見つかる位置に転がす。

 

「どうした!?」

 

 仲間思いな台詞を吐いた男は、悲しいかな次の獲物として蒼黒の目を持つ蜘蛛に平らげられてしまった。それを皮切りに三人、四人目も銃もろとも腕の骨を蹴り砕かれて地面に横たわる。

 

 七夜の暗殺者にとって、姿を隠す領域が山のようにある木々の乱立した木立(こだち)や密室といった狭い空間は己の優位に立てる特殊な環境だ。そこで七夜黄理が遅れを取るはずもない。むしろ、問題となるのは相手の実力や技量ではなく、黄理の抱える幾つかの制限の方だった。

 

 

 七夜黄理は、常識に語れぬほど卓越した暗殺者である。

 

その暗殺技巧や殺戮技能は、歳を重ねるごとに鋭く実戦的に尖っていく。史上最強のリリベルと呼ばれ、今も尚その最強の名を返上していないことから、彼の腕が落ちてはいないのは明白だ。

 

しかし、黄理は千束と不殺の誓いを交わしている関係上、その技能の大半を使うことができない状態にあった。この問題に対し黄理は七夜の技の大半を劣化改良したり、ものによっては使うこと自体を禁じていたりする。そう、対混血を想定して作られた暗殺技術の数々は人間を相手に使うにはどれも大袈裟に過ぎる。

 

 武装の投擲と首をもぎ取る二段構えの“極死・七夜”なぞ、どう頑張っても人間を殺してしまう威力にしかならない。それゆえに七夜の技の基本である高速移動の閃走・水月や比較的に威力の調整がしやすい蹴り技の閃走・六魚や一鹿などを最近では多様していたりする。まぁ、七夜の暗殺者は元より一撃必殺、即時離脱を旨とする。正面戦闘のために技など繰り出すこと自体が下手の証明。

 

 だからこそ技の使用制限は大きな枷とはなっていない。

 

差し迫って大きな問題は、集中し過ぎた際に認識してしまう“命の境界線と点”の方だ。

 

 かつて旧電波塔で得た“死の究極”。あれ以来、集中力を高めすぎると認識している範囲全てに線や点が浮かび上がっているように感じ取ってしまう。あの死が満ちた認識下では、相手を“殺さない”ようにするので精一杯だ。黄理も余裕がある際は集中力を上げすぎないよう注意して戦っているのだが……そうするとこういう事態を引き起こす。

 

 

黄理はぼんやりと集中力を上げすぎないよう流れ作業のごとく五人目へ蹴りをいれる。

 

すると適当に放った一撃は思っていたよりも破壊力が高すぎたのか、相手の体内から嫌な破砕音と肉の潰れる生々しい音が鳴るのを聴いた。肋骨がくだけ、肺にでも刺さった感触が足から伝わってくる。なんということか、集中力を上げすぎないようにしていると今度は加減を間違えて、相手を殺しかけてしまうという悪循環。

 

「活殺自在、とはいかないもんか」

 

 

 黄理は、胸を抱えて気胸の症状で倒れ込んだ男の応急処置を始める。作務衣の袖から取り出される応急処置用の消毒液や包帯、そして注射針など。ひとまず注射針を苦しむ男の胸に刺して肺から漏れた体内の空気を抜いておく。残った連中はどうかと、様子を見ると敵の方も撤退を始めていた。

 

 まぁ、姿も見えない相手に奇襲され一気に実働隊が半分ほど減らされたのだ。

 

 懸命な判断だと頷いた黄理が無表情のまま応急処置を進めていると、妙な色合いの思念を感じ取った。金、いや少しにごった黄色系統の思念。その色合いと流れからして、幼い子供のもの。

 

こんなところで子供?

 

 

 黄理は木立の影から、そっと撤退する相手の背中を盗み見る。五人ほどの銃を持った成人男性たちの中に紛れ込む輝くほどに艶やかな金髪、そして碧眼の幼い少女。着ている青いドレスは少女の愛らしさと非常に合っており、舞踏会場なら引く手あまたの美しさだ。年の頃は、おそらく七歳かそこら。銃を持つ大人に取り囲まれていながら、平然としているのは異常だが、それよりも異常なのはその実力だ。

 

 七夜として培ってきた暗殺者の直感が激しく警鐘を鳴らす。

 

 

「あれって七歳の頃の千束よりも強くないか?」

 

 黄理の動揺と注意力の散漫さによって漏れた声は、常人では聞き取れぬものだった。事実、他の傭兵の男たちは気づくような素振りも見せていない。だが、黄理の僅かな失態を、金髪の幼子は拾い上げ手に持った狙撃銃を居合いの抜き打ちさながら、振り向き(ざま)に引き金を引いた。

 

 完全に静止した直立状態から後方に全速力で回避。飛来する弾丸を黄理は飛び退いて、間一髪でやり過ごす。金髪の少女は、その奇妙な移動法に目を見開く。まるで、自分と相手の相対距離が伸びたかのごとき迷妄をもたらす信じがたい光景。だが、すぐに冷静さを取り戻すと少女はボルトを引き、薬莢を排出(リジェクト)、そのままボルトを押し込んで薬室に二発目の弾丸をスムーズに装填。刹那のボルトアクションを終えると黄理の頭部を正確に狙う次弾を放つ。

 

 網膜に焼き付く発砲の瞬間のマズルフラッシュ。

 

 二発目となる抜き打ちの狙撃で、直前まで寝ぼけていた七夜の意識が覚醒する。

 

脳髄に火が点いたような幻覚、神経を(ほとばし)る快感にも似たしびれ。

 

意図して下げていた集中力が加速度的に上がっていく。それに伴い、双眼に宿る人間味を辛うじて宿していた蒼黒の色彩が、殺意と死の蒼き色合いに駆逐された。途端、周囲一体に感じてしまう数多の線と点。

 

 金髪の少女の思念を読み取り、完全に意識の切り替えを終えた黄理は超近接狙撃を弾丸が見えているかのような素振りで回避。弾丸を避けるなどというフィクションでしか有り得ない常識破りの動作。そんな凄まじい回避を目の当たりにした少女は、驚きを示すことはなく冷徹に黄理の回避した先に視線を向けていた。

 

 

 直後、背後からやってくる死の予感、圧倒的な殺意の思念。

 

黄理は咄嗟(とっさ)に、棍を近くに生えていた木の根本(ねもと)にある“点”へ突き立てる。たちまち、それなりの樹齢をした木は、断末魔のごとき軋みを吠え轟かせて倒れていく。

 

倒れる木の悲鳴にも似た破壊音の裏で虫の羽音のような雑音が混じる。

 

音のした方を見ると、そこにはドローンのような宙を飛行する球体状の機械が二、三個ほど滞空しているのが見えた。あれは一体?

 

 ……いや、今は差し迫っている背後の脅威に対応するべきだ。

 

 黄理の背中を守る盾のような位置で木が倒れると同時に、急造の盾とした倒木越しに着弾の音が鳴る。後ろで銃を撃てるようなヤツは残っていない。それに発砲の音も先ほどの一発だけ。それなら、信じがたいが有り得るのはたった一つだけの単純な解答となる。

 

「弾道を変更した?」

 

 

 それも反らすとか、曲げるなんてちゃちなものではない。真っ直ぐに飛んだ弾丸が、そのまま若干の軌道を修正して後退した? 軌道変更の代償か、僅かな減速をしてこそいたがそれでも殺傷性は残っている。弾丸が意思でも持っているのかと問いたくなるほどの常識外の理不尽。

 

 

 間違いない、この公園で遭遇した銃を持つ連中などよりも、あの幼い金髪の少女こそが最も殺戮性能に長けている。ともすれば、以前の夜に遭遇した仮面の男に互するか、わずかに勝っている?

 

 

 少なくとも、七歳頃の千束や俺が纏めて挑んでも刹那に殺されかねない。

 

 更に今の自分は不殺の誓いが嵌められている。相手も自分も無事に事を終えられる可能性は五分か、あと一回りは低いだろう。棍を逆手に握り、作務衣の袖から銃を取り出して戦闘の構えを静かに取る。

 

 高まっていく戦闘のための意気と研ぎ澄まされていく直感。

 

 黄理が覚悟を決め両手に武器を構えると、相手はこちらが護衛の人間でないとようやく気づいたのか残っていた五人ほどを引き連れて撤退していく。黄理は倒木にもたれかかり深々と肺を空にする勢いで息を吐いた。

 

「ありゃ、ロハでやるには荷が重いな。せめて、千束たちに電話で伝えておくか……バケモノみたいなおっかない女の子がいたって」

 

 作務衣の袖に、棍とすっかり手に馴染んできたベレッタM92FSコンパクトタイプMを手早く収納。襟を正して、黄理は銃声を聞きつけた公園の利用者から傭兵連中を見えない場所へ隠した。

 

 あとはクリーナーを待つだけ……なのだが。

 

 肺に穴が空いてるヤツは応急処置を済ませたとはいえ、本格的な医療行為の世話にならなくてはならない。だが、事態が表に出ては困るため一般の医師に診せるわけにもいかずクリーナーに一任する他ない。もぐりの裏医者か、それともクリーナーで医療行為の出来る者が担当するか。

 

 どちらにせよ、金がかかるのは間違い在るまい。黄理は給料をもらったばかりで良かったと考えながら、作務衣の袂からスマホを取り出す。着信履歴を起こし、クリーナーの番号よりも先に護衛任務中の少女へと電話をかける。ああ、そうだ。自分を轢いたであろうたぬきの被りものをしたミズキさんをちょっとは驚かしておくか。

 

 黄理がかけた電話の応答は早く、三コールを待たず聞き慣れた声が耳をついた。

 

『はい、もしも~し?──』

 

 

 

 

 

 

 傭兵として日本で非合法に活動する男たちは、自分たちを先導する娘ほどに歳の離れた金髪の少女の声を沈痛そうに聞く。涼やかで透き通るように可憐な声も、都合の悪い報告をするときにはやはり声音に憂鬱の陰りがあるのが聞き取れる。

 

「定期報告──公園で情報にない敵の襲撃を受け、半数が離脱。至急、ターゲットの位置座標の共有を要請します」

 

『もう半分やられたのかよ!?……でもおかしいな、ボクがキャッチした情報には護衛は二人の女だけのはずなのに。まぁ護衛の女を二人、車に乗せた。あとは煮るなり焼くなり、あの老人を好きに料理してくれ……あと、襲撃してきた連中の数は?』

 

「不明です、公園の木々に潜んでいた一人を銃撃しましたが木が倒れるアクシデントで仕留め損ない敵の総数は把握できませんでした」

 

 荒れた心境を落ち着かせるような華奢で幼い美声を、周囲の荒くれ者たちは背筋を伸ばして拝聴する。誰も信じることはないだろう、屈強な体躯を誇る傭兵たちの中で最も高い実力を持つのはティーンにも届かないこのブロンドの少女なのだ。

 

 そんなことを露ほども知らない依頼主のハッカー、ロボ太はわざと聞こえるように電話越しからこちらの働きぶりを揶揄してきた。

 

『チッ、使えないな。給料分は働けよ。それとも、その大層なお名前は飾りなのか?なぁ、(オウル)

 

「……ロボ太郎さん、敵の居場所を早く送ってください」

 

『ボクの名前はロボ太だっ!』

 

 そんなどうでもいいことを吠えると、電話越しのハッカーとの通信が途絶。そして、傭兵たちの端末に標的のリアルタイム座標が送られてきた。幼稚な態度や凝り固まった自負を除けば、腕がいいのは認めるしかない。

 

 ブロンドの少女は依頼主の評価を若干上げ、手に持つレミントンMSRのマガジンを再装填した。彼女は青いフリルのついたドレスをたなびかせ、その幼い背丈にそぐわない長大な狙撃銃を背負い車の方まで移動する。

 

 

「……すまない、ティナ。俺たちがもっと連携をとっていれば」

 

「いえ、私も二発撃ち損じました。……みなさん、気を付けてください。この任務、単なる鴨撃ち(ダックハント)では無さそうです」

 

 周囲の大人たちに物怖じせず、それどころか鷹揚に頭を下げてくる傭兵たちを指揮して、ティナ・スプラウトは車に乗り込んだ。アクセルに足が届かない関係で助手席を指定席とするティナは襲いかかる睡魔を退けるためカフェインの錠剤を幾つか掴んで、そのまま噛み砕いて嚥下する。

 

 ティナは本来、深夜の超長距離狙撃を行うスナイパー。

 

夜間の狙撃を多くこなし、達成困難な任務を完遂し続けてきた。ティーンにも満たないこの金髪の少女は(オウル)と裏社会で呼ばれる真性の怪物なのだ。

 

標的が昼間に国外へ逃走をはかるというイレギュラーを起こさなければ、彼女は昼間に活動するタイプの傭兵ではない。しかし、本領と真価を発揮せずとも、ティナ・スプラウトは特殊な手術によって超人というに相応しい能力を手にしている。

 

昼間で判断力が鈍っていたとはいえ、殺すつもりで対峙した人間を逃すなど初めての経験。今、ティナの思考を支配しているのは、先ほどの数秒の戦闘によって仲間を半減させ、自分の必殺を凌駕したキモノ?を纏う謎の人影。

 

 

木立(こだち)に消えていった人影を頭に思い浮かべ、ティナは走り出した車窓から東京の街並みを見て、ぽつりと無意識に呟いた。

 

 

「わたしを邪魔したあなたは……だれ?」

 

 

 




Tips

 遠野志貴は魔眼殺しの眼鏡、両儀式は物事を俯瞰して捉えることで魔眼を制御している。七夜黄理も魔眼こそ持っていないが普段から、ぼんやりとして集中力を上げすぎないことで“境界を手繰る”異能を制御している。代償として、突発的な戦闘や注意するほどの実力がない敵には加減し損なうことが多々ある様子。

 日常生活でも黄理は意識を敢えて鈍化させることで過ごしており、リコリコ常連の人たちの黄理の印象は、“どこか天然気味でぼんやりした少年”となっている。

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