Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 今回の妄想アイキャッチは、作務衣を着て黄理の棍を持つ千束、作務衣を着て七夜のナイフを持つたきなで。う~ん、原作があるけど、色々と混ぜ込んだ所為で投稿が思ったよりも遅れています。

 今年中にはなんとか完結させますので広い心で応援をお願いします。



The more the merrier【3】

 

 

 たきなは頭にかぶった小さなガラス片を払い落とし、M&P9を鞄から抜き放つ。今もこうして操縦者の意思に背き続ける車は、墓穴に突っ込もうと気炎を上げるタイヤのついた棺桶でしかない。

 

このままじっとしていたら、リスの着ぐるみや先輩リコリスと共に埋葬される未来が待っている。

 

 そんな結末はご免だ。

 

 流石の千束さんも、この極限状況で思考が仕事のものに切り替わったのか真面目な顔で、かがみ込んだリスの頭から手を離して銃を取り出す。ガバメント系(1911)をベースに改良されたカスタム銃、おそらく45口径。銃口部には牙、あるいは爪とも取れる特徴的なコンペンセイターが取り付けられていた。

 

 銃を出した千束さんは落ち着き払った声で、ハッカーへ現状の確認を行った。

 

「どこ向かってる感じですか?」

 

『東京湾めがけて加速している、このままだとボクらは海へ真っ逆さまだ』

 

 やはり、奪われた車の自動操作が大きく響いている。まずは操作を取り戻さないことには狙撃へも対処できない。

 

「ウォールナットさん、回線の切断は?」

 

『難しいな。それに制御を取り戻しても、すぐにロボ太に上書きされる』

 

 案外、余裕がありそうな態度に私はウォールナットというハッカーの評価を多少、上げることにした。

 

高精度の狙撃、車の操作を奪われ海に沈められそうになっている状況、この二つが重なってもパニックを起こさないというのは護衛としても助かるし、単に守られているだけの護衛対象よりもこうして共に任務遂行に協力的な人間は好感が持てる。

 

あとは、その運動性を阻害する着ぐるみをどうにかしてくれればいいのだが。

 

それは言っても詮無いことか。

 

「だ~、外からはライフルで狙われてるし、車は海に沈められそうだし。……車の方だけでもなんとかなりません?ハッカさん?」

 

『乱暴なやり方でボクの趣味じゃないが……仕方ない。作業完了と同時に接続されたネットを物理的に切ることは可能か』

 

「うぇぇ、ルーターどこよ」

 

『知らん、ボクの車じゃない』

 

 たきなは鞄の中を無言のまま探り、目当てのものを取り出した。出されたのは無駄を排除しきった手鏡、というかただの鏡だ。取っ手もなければ、鏡の縁を保護する装飾もない。鏡面の反対側が黒色という程度しか特徴のないコンビニでも見かけそうな鏡。

 

 

 

 私は鏡を使い外の様子を確認、狙撃と車の操作奪取を同時に行う狡猾な敵のことだ。おそらく、車の操縦を奪うルーターは、私たちの手の届かないところに位置させるはず。

 

予想通り、車の背後には同じ速度で追従してくる緑のドローンの姿が確認できた。

 

「見てください、千束さん」

 

「どれ、おぉぅ?……たきな、なにその鏡?女の子が持つヤツじゃな~いっ!」

 

「──どこ見ているんですか、外ですよ外」

 

 千束さんは私が持つ鏡を見て、沈痛そうな声をあげた。なにが彼女の琴線に触れたのかよく分からないが、それを斟酌している暇はない。千束さんはなんだか落ち込んだ様子だが、ドローンのことは理解してくれたらしい。

 

「一度で仕留めないと逃げられますね」

 

「この距離はちょっち自信ないな、そっちはたきなに任せるよ」

 

『なら制御を取り戻すぞ』

 

「待った、あと少し海に近づいてからにしてください。たぶんこの距離なら、さっきの狙撃手は当ててくるよ」

 

 千束さんは後方、先ほどスコープの反射光が見えた方を見据えて、ハッカーをたしなめる。海までもうわずかという距離、もし操作を取り戻しても海に落ちてしまえば何の意味もないというのに。

 

 それでも、彼女は“命大事に”なんて、無理を通そうとしている。車は加速し、防波堤のふちに乗り上げる。目の前には既に海が見えていて、もう時間など残されていないことだけが明白。

 

「ぼちぼち、お願いしマース」

 

 千束さんの気だるそうな声と共に45口径の非殺傷弾、三発が防弾加工の窓を撃ち破った。

 

『3……2……1』

 

 

 ツーカウントと同時に顔を隠す姿勢で肘を使って、窓に残ったガラスを力尽くで突破。視界は開けている、呼吸も乱れてはいない。銃を握る右手を支えるように左手を添えて固定、反動(リコイル)に備える。

 

 照準はドローンの芯を定めた。

 

元より車を追跡するほどの速度を出せるドローンだ、防弾などという重量を上げるカスタマイズは追加できまい。必要なのは、正確に命中する一発だけ。

 

 外したら、なんて余分は私の中になく、ただ当たるという確信を以て引き金を引く。

 

 そう、京都の爆弾魔事件に比べれば、この程度の窮地なんて大したことはないのだから。

 

 

 撃墜に成功、破片と黒煙をあげ、その末に道路で粉々になるドローンを見送った。同時に私も視界の端に瞬いた“発砲炎(マズルフラッシュ)”を確認、喉が冷たくなるのを感じ取る。

 

 まるで空気が全て凍ってしまったみたいに肌を冷気が撫でつけた。

 

 “死”、生命活動の極限、末期に思い知らされる感覚が全身を突き刺す。そんな冷たく虚無に落ちる感覚に囚われていた私は足下の手の感触を元とする引力に引っ張られて、死神からの遁走に成功した。

 

 アスファルトに刻まれる弾痕、その的確な狙撃は先ほどまで自分の頭部があった場所を正確に狙っていた。間一髪、もし足下から引いてもらえなかったなら、窓から出した頭は頭蓋ごとその中身を、ドローンみたく道路にばらまいていたことだろう。

 

 

「ありがとうございます…」

 

「“命大事に”って言ったでしょ~。それよりも」

 

 千束さんはウォールナットの背中を掴むと、そのまま後部座席の方へ引っ張りこんだ。私も今は千束さんの小脇に抱えられているせいで大分、狭くなってしまったのだが。

 

『何をする?』

 

「重し~ん、ほれ、ぼちぼち海が近いよ。ちゃんとこっちに体重かけて」

 

 三人分、あとプラスアルファで着ぐるみ分の加重が片方の後部座席に集中する。悲鳴のようなスキール音とゴムの焦げる嫌な香り。次いで車内で足を思い切り踏みとどまっていないと吹き飛ばされそうになるほどの圧倒的な横Gの加重。

 

 車はどうにか、埠頭と海上のすれすれのところで停車する。外からの僅かな力がかかっただけで海の底まで沈んでいきそうな不安定な停車姿勢。

 

「はーい、とりあえず落ち着いて、動かないでください。せーので出ますよ」

 

『ス、スーツケースを~』

 

「私が」

 

 スーツケースの取っ手を掴んだ時、外から甲高い鋼鉄の衝突音が鳴る。同時に車の不安定な姿勢にかかった衝撃で車のバランスが致命的に崩れていく。

 

「まっず、せーのって話やっぱ無しで」

 

 そういうと千束は窓ガラスを爪先に鋼鉄の仕込まれたローファーで蹴り破って、護衛対象を外へと投げ捨てる。私もまた同様にスーツケースを窓の外へ投げ捨てた。

 

“ウワワァァァァ!?”などとウォールナットさんの慌てた声が聞こえてくる。自分を投げたときは無反応なクセに機械関係にはやっぱりうるさいものなのか。あわあわとリスの着ぐるみが大事そうにスーツケースを抱き留め、額の汗をぬぐう動作をしていた。

 

 

横方向に垂直に立ち上がりつつある車体、私と千束さんは上の窓ガラスに向かって車内を“駆け上がった”。

 

 私たちが車から飛び出すと同時、鉄の棺桶はそのまま東京湾へと沈没。あと一歩、遅かったなら自分たちも海葬の憂き目に遭っていた。

 

「場所を変えましょう、此処だといい的ですよ」

 

「りょーかーい」

 

『…スーツケースはなるべく、丁重に扱ってくれ』

 

 “命があるだけでも我慢してください”と言いかけて、私たちは上の幹線道路に立つ人影を見た。

 

五人の傭兵たちを伴い、陽光を照り輝かせる千束さんとはまた明度が異なるプラチナブロンド。手に持ったあまりにも大きな狙撃銃はまるで現実味がなく、コスプレの一環であれほどの大きさのライフルを持たされているのでは、なんて考えが浮かんでしまう。

 

ターコイズブルーの淡い青を主色としたドレスは、少女の可憐さをより引き立たせるもので、青空を背景にこちらを見下ろす姿はあまりにも美しく…魔的だった。

 

 あれが、車内のウォールナットさんや私を狙ってきた狙撃手(スナイパー)

 

 あれほどの正確な狙撃を放ってきたというのに、その若過ぎ、いや幼すぎる風貌に驚きを隠せない。多く見積もってもティーンにすら届かない容姿、あの年齢であそこまで精密な狙撃をこなすなんて……。

 

 同時に黄理くんが電話で伝えてきた内容を、私は此処で思い出した。

 

 “バケモノじみたヤツ、金髪でドレスの少女”。

 

 間違いない。あの子が黄理くんの言っていた敵なのだと気づき、私は息を呑む。

 

 背筋に痛みを伴った警鐘が鳴る。肌をひりつかせる畏怖と恐怖の念。

 

 

数秒、少女と私たちは視線を交差させ、先に視線を切った少女の後に続いて傭兵たちは車に乗り込んで動き始めた。

 

 

 

 

 

 

『オイッ、なんであそこでさっさと撃ち殺さなかったんだよ!』

 

「海辺のため、強い潮風で着弾点が絞れません。あのまま適当に人気のないところを走らせていれば、仕事はもっと簡単に終わったはずですが?」

 

『ウッググ、分かったよっ。標的の位置はまだ追えている。何発使ってもいいから、確実に仕留めるんだぞ!』

 

 ロボ太は自分の失態を無感動に言い含めてくるティナの言葉に返答を窮し、悔しそうな声で通信を終わらせる。近くにいた傭兵たちは、ロボ太の最後の言葉に、表情を嫌悪で歪めた。

 

「何発でもだとっ?クソ(Shit)、それをよりにもよってティナに──」

 

「標的の座標が来ました、今度は狙撃ではなく前線で私が護衛たちを払いのけます」

 

 傭兵の一人が激昂のまま、大声を出そうとする直前、ティナの冷静な声が彼らの熱を冷まして車へと乗り込んだ。そう、即死率は高いものの命中性や確実性で劣る頭部狙撃を、ティナが何故、選択しているかなど共に戦場をくぐり抜けてきた男たちにしか解りはすまい。

 

 傭兵たちは依頼者であるロボ太の発言に思う所はあるものの、仕事を受けたプロとしての最低限の矜持で怒りを静め、標的の位置座標まで車を走らせる。標的が最後の籠城先に選んだ廃墟に向け、(オウル)と呼ばれた神算鬼謀の狙撃手(スナイパー)は、カフェインの錠剤を噛みしめた。

 

その碧眼に恐れと殺意を込め、ティナ・スプラウトは眠気という帳が晴れた思考で、標的の行動パターンを予測し始める。公園で遭遇した敵との会敵を避けるため、確実にあの廃墟で仕留め切らなくては。そうなると障害となるのはあの二名。

 

 あの赤い服と紺色の服の護衛は手練れだ。

 

 でも、その戦力を鑑みても……

 

「支障はありません。ウォールナットは確実に仕留めます」

 

 

 

 

 

 

 たきなたちは近場にあったスーパーの廃墟に身を隠していた。

 

商品が棚から消え、埃を被った店内は照明すらないため、店の中というよりゴミ箱の底などという印象を抱かせる。誰も使わなくなった廃スーパーは時の流れに忘れられ、立ち入る者全てを拒絶する。

 

「敵の攻撃を受け、現在は使われていないスーパーの廃墟へ避難しました。──はい、護衛対象も一緒に。三人とも目立った怪我はありません。……では、次の合流ポイントで。失礼します」

 

 廃スーパーのレジを越えた場所で、スーツケースを引きながら私は店長への報告を終えて、千束さんや護衛対象と共にバックヤードへと向かう。スーツケースを片手に殿(しんがり)として背後を警戒する私は割れたガラスを踏み砕く音に反応し、そちらへと銃を向ける。

 

銃口の先には艶やかな金髪を靡かせた一人の少女がいた。

 

 

瞬間、引き金に指の力が入りかけて……。

 

“命大事に、だよ”。

 

引き金を僅かな迷いと躊躇が押し止める。

 

同性でもハッとするほどに容姿の整った欧州系の美少女。彼女は私同様、片手に大きなケースを引いていて私の姿を確認するや否や、静粛な動作でケースを開け放つ。

 

 

取り出された銃、いやそれは銃火器というにはあまりにも無骨で、個人兵装というにはあまりにも鈍重な見た目をしていた。

 

室内戦用に限界まで銃身(バレル)を切り詰めコンパクトにカスタマイズされているが、それでも小柄な少女の体躯に似合わぬほどの巨大で重厚な形状。

 

いくら、M61バルカンのダウンサイジング品とはいえ、あれに“ミニ”の名を付けるアメリカ人のジョークセンスは私には理解できない。

 

ああ、金髪の少女が持つ武器のことは知っている、まずリコリス時代の教育による知識のものと、リコリコに来てから千束さんが渡してきた映画の中で見たことがある程度のもの。

 

フィクションの中でしか個人使用を許されない銃火器。

 

現実で生身の人間に扱いきれる代物ではない。

 

ゼネラル・エレクトリック社製M134。

 

六本の銃身を電気のバッテリーパックを用いて回転させながら毎分2000~4000発という超高速連射を行う怪物銃。個人で運用する、いやできる兵器ではない。訓練を受けた屈強な軍人でも、個人で制御しきれる反動(リコイル)ではないと断言した兵器。

 

 

ヘリや塹壕などに固定して使用することが前提の旋回機銃(ガトリングガン)、その脅威はただの機関銃(マシンガン)の連射など比較にもならないほどだ。あの銃に名付けられたあだ名を思い出してしまう。

 

 いわく、被弾した人間が痛みを感じることなく死に絶えることから付けられた名は……“無痛銃(ペインレスガン)”。言葉だけなら千束さんの非殺傷弾のような慈悲深さを感じるだろうが、被弾すれば即座に人をミンチに変えるという悲惨さに慈悲は欠片と混入していない。

 

 華奢な両足をしっかりと踏ん張って、こちらに銃口を構えている姿はまるで重い荷物を懸命に持ち上げようとする幼子のようで愛らしさすら感じてしまう。

 

「お覚悟を」

 

 冷たく殺意に濡れた少女の声はあまりにもか細く幼さに溢れた可愛いささやきをしていて、一層あんな重厚な兵器を運用できるはずがないと常識的思考が目の前の光景を否定する。

 

 

 

 同時にリコリスとしての思考が、“まともに使えるわけがない”と正常な思考を回らせ。

 

 しかして、リコリコに来て千束さんの勧める映画を見て培った非論理的思考は“撃ってくる”と異常な解を吐き出した。

 

 

 どちらの思考が一体、正しいのか。

 

 少女がトリガーボタンを押すより先に、私はスーツケースを千束さんの方へ蹴り飛ばすと、全力で陳列棚の方へ伏せていた。

 

『フギャ!蹴るなぁあ!?』

 

 潰れたリスのような声を聞き届け、たきなは伏せたまま次の瞬間へ向け覚悟を決めた。

 

 

 

 そして、破壊の嵐はやってくる。

 

 

 途切れることのない銃声、一秒100発を越える弾丸の雨をうずくまって回避する。“ああ、なるほど、これは確かに怖いな”と冷静に恐れを感じる自分が脳裏で呟いた。かつて、井ノ上たきなという人間が左遷される原因となった行為が立場を変転させ、此処に再現される。

 

 

 因果応報なんて実在したんだ、と死に瀕したことで壊れた理性が下らない感想をのたまう。

 

スーパーだった場所の大半は銃弾が惨たらしく食い破り、金髪の少女の腰の高さ以上のモノはうずくまることのできた私を除いて全て粉微塵となっている。

 

でも、千束さんは既にバックヤードに退避し、スーツケースもそちらへと投げた。

 

 私のやるべきことは全て遂行済み。千束さんも既に退避しているだろう。

 

 “なら問題ない”。

 

 

 弾丸の雨はまだ降り続けている。破壊の衝撃で陳列棚やレジだったものが粉塵として宙に漂っているのを見て、ぞっと悪寒が背骨を貫く。耳は今も続く銃声で麻痺し、キーンという耳鳴りしか聞こえない。

 

 この場をどう潜り抜けるかと、絶望的な状況で自分の手の内を再確認しようとしたとき、限界まで屈んで私に手を伸ばす赤のリコリスの姿を見つけた。

 

どうして?なんでそんな無駄なことを……。

 

任務は護衛の命を守ること、此処で私一人の命に拘泥する理由なんて……

 

“命大事に”、なんて馬鹿げた信条をのたまった人の姿と、今自分へ向け手を伸ばす千束さんの姿が重なる。耳はまだ聞こえていないのに、口を大きく開いて大声で喋っているであろう“手を伸ばして”という声なき声が心によって聞こえた気がした。

 

 

 全てを破壊し尽くす銃弾の雨の下。

 

 ファーストとセカンドのリコリスの伸ばし合った手が力強く繋がれる。

 

千束さんが不格好に這いつくばりながら伸ばした手を、床に張り付いていた私は掴み返して死の領域から引きずり上げられた。絶死領域(キルゾーン)からの生還。全身を床にこすりつけるように超低姿勢で引っ張られた私たちの体は、どちらもひどく埃まみれだった。

 

 

 バックヤードに退避すると護衛対象であるリスは、どんぐりを抱えるようにスーツケースをしっかと抱えてガタガタと震えていた。無理もない、私も先のガトリングガンの銃口の先にもう一度、戻れと言われれば全力で首を横に振るだろう。

 

 

 さて、あの銃弾の雨をどう突破するべきか。

 

 再装填や弾薬の補充を狙って……いや違う。

 

 ──敵は、まだいたはず。

 

“敵は五人から十人程度。プロよりのアマが揃っている。こういう連中は下手なプロよりも面倒だぞ”、店長が言っていたことと黄理くんが公園で半数を片付けたと言っていたことから、敵はあと五人から四人ほど残っている!

 

 

 ミニガンの掃射を受けた衝撃が強すぎて、他の傭兵たちの存在を忘却してしまっていた。

 

そうださっきの掃射は、こちらを仕留めるのではなくこちらへ誘導するためのものだとすれば、此処も既に安全圏では……。

 

 

 鈍った思考の虚を突くように、銃を構えた男たちが二人ほど現れる。即座に放たれるフルオート制射、だが比較対象が悪い。

 

先のミニガンに比べれば、こんなもの。

 

私はサッチェルバックの側面部にある紐を引いて、防弾エアバッグを瞬時に膨張させる。防弾として機能するのは数秒ほど、しかし反撃にはそれで十分だ。

 

ウォールナットさんを背に庇って私もエアバッグ越しに敵へ銃弾を打ち返す。店内側で麻痺した聴覚がようやく回復しはじめ、自分の放つ銃の発砲音を聞きながら敵へ牽制の射撃を試みる。

 

 

 制射の合間を縫って、狙い澄まされた銃弾は襲撃者の肩、腕に命中。少なくない出血によって敵の攻勢が弱まった。それと同時にエアバッグは収縮、萎んだエアバッグを即時回収し私はウォールナットさんを庇ったまま通路の角に身を隠す。

 

 

 けど、千束さんは隠れた私と異なる選択を取っていた。銃を斜に構えて一歩、また一歩と普段通りの歩幅で敵との距離を詰めていく。腕を押さえ銃を取りこぼした二人の背後から三人の後詰めが現れた。

 

 

 三人目は手榴弾を持っていて、ピンに指をかけ投擲のモーションを取ろうとする。

 

「よぉっとっ」

 

 

 気の抜ける声を発してファーストリコリスは華麗に跳躍。

 

 赤の眼光を仄めかせて錦木千束は左壁面を足蹴に天井へと張り付いた。

 

あまりにも自然な反転、一切の雑音や違和感もなく錦木千束は逆転した視界を眼下に従えて天井に着地する。

 

上下を逆さにした状態で千束は天井を駆け抜けた。

 

それに激しいデジャヴを覚えたたきなは、すぐにその既視感の正体に気がついた。

 

私は……あの奇妙にして、妖しい機能美を放つ動きを知っている。

 

 

「あれって、黄理くんの移動術?」

 

『なんだあれ?ワイヤー?それとも磁石でも仕込んでいるっていうのか…』

 

 観客であるたきなやウォールナットさえ置き去りにファーストの制服を靡かせ、赤き彼岸花は鮮烈に咲き誇る。

 

 

 常識を逸脱した異常な動作に傭兵たちは刹那、思考を凍り付かせた。そして、その刹那の思考を取りこぼすからこそ、一流と二流の壁は厳しく別たれている。

 

手榴弾を持つ男の頭上まで走り抜けると、千束は相手の頭頂部へと非殺傷弾を撃ち込んだ。赤い彼岸花が血しぶきのように飛散する。

 

フランジル弾で頭部をじかに揺らされ、男は手榴弾のピンを抜かぬままに失神。非殺傷弾の反動(リコイル)で停止せざるを得なかった千束は、身軽な猫のようにくるりと回転し、正常な重力環境へ戻ってくる。

 

上下逆転した姿勢で味方を撃ち殺した……ように見える千束へ、残った二人の傭兵たちはアサルトライフルの弾丸をありったけ撃ち続ける。

 

とっさにたきなは千束の方へ手を伸ばす。そうだ、いくら黄理くんの動きができたとしてもあの至近距離では退避しきれない。ダメだ、あのままでは彼女が死んでしまう……。まだ借りを返せていない、それどころか感謝の言葉だって。

 

 

「千束っ!!」

 

「だ~いじょ~ぶっと!」

 

 

 最強のリコリスは姿勢を少し反らしたり、首をほんの僅か振る程度で的確に。空恐ろしくなるほど冷静なまま銃弾を避けていく。

 

 銃弾は銃口から真っ直ぐに飛んでいく、だから銃口から身を退ければ銃弾は一発も当たらない。そんな馬鹿げたことを言われて即座に実践できる人間なんていまい。ましてや信じる者などいるはずも……。

 

 

 だが、もしこの光景を幼い子供が見たなら、銃弾は避けられるなんて非現実(ファンタジー)を信じてしまうだろう。

 

 それほどまでに錦木千束という最強のリコリスの回避は、超然としつつ当たり前のような動作で行われていた。

 

七夜黄理の閉所を立体的に超高速で動くものとは正反対の低速動作。

 

 千束は銃弾を全て回避するとC.A.Rシステムの構えのまま、相手の腹部、肩へとリズム良く銃弾を命中させ、相手を昏倒させた。背後、先ほどたきなの銃撃を受け、肩から血を流していた男が立ち上がろうとするが、その方に視線を向けぬまま相手の後頭部へ非殺傷弾を命中させる。

 

 

 たきなはその光景を目の当たりにして、声も出せずにいた。

 

 これが、七夜黄理に比肩する最強のリコリス……。

 

 

 

 たきなが呆然と立ち尽くしていると、その間に千束は鞄から手際よく応急処置の道具を出し始めていた。

 

「そのまま。──じっとしててね」

 

 後頭部を押さえている男の肩の出血箇所を冷静に看て彼女は止血用のワセリンや包帯を準備し出す。

 

 ああ、本当にこの人の“命大事に”という信条は敵、味方関係なく行われるものなのか。

 

「千束さん……先ほどの少女がやってきます。早く脱出しましょう」

 

「少し待って。手当しないと」

 

「その人は敵なんですよ、命をかけて守る味方でもないのに!」

 

「だよね~。でも、今日は敵だったけど明日は違うかもしんない。なら見捨てらんないでしょ」

 

 倒した相手を治療するリコリスなんて聞いたこともない。それも戦場のど真ん中、情報源として尋問のため生かすのではなく、自分の信条として生かすなんて……。

 

 

 ああ、きっとこの人なんだ。

 

 黄理くんがあれほど卓越した殺人を捨て、不殺を選んだ理由は眼前のこの女性なのだ。

 

 そう思うと胸が焦がされるように不可視の痛みと熱を持つ。

 

なんで、どうして。七夜黄理を変えることができた人が……どうして彼女なのかと思い、そこで頭はようやく任務のことを思い出した。

 

「千束さん、敵に追いつかれます」

 

「でも、ほっとくと死んじゃうでしょ。それは気分悪いな~」

 

 私と千束さんの間に横たわる意識の差異は底知れぬ断崖のように深々と広がっている。剣呑で刺々しい空気にも関わらず、リスの着ぐるみはタブレット端末をいじって逃走ルートの確認を進めていた。

 

『脱出ルートはまだ敵にマークされていない。……今なら行ける』

 

 それだけ言い残しウォールナットは敵の治療を始めた千束さんから背を向けてそそくさと逃げていく。私は怒りにどうにか飲み下し、スーツケースを転がしていく。

 

少なくとも味方を守って、ではなく敵を守って死ぬなんて間の抜けた死に方は私には選べない。それと今の私では、実力、信念の他あらゆるものを費やしても、彼女の決意を曲げる想像が出来ないと悟った。

 

 

 でも、千束さんの信条に私はさっき救われてしまった。

 

 

 だとしたら、彼女の命を救うという決断は、あの日の私の決断と同様に正しいと言えるものだったのか……。一月前のあの瞬間が脳裏で何度も壊れた映写機の様に灯っては消え、点っては消えていく。

 

今の私にはいくら考えても明確な答えというやつは出てこなかった。

 

 

 

 

 

 肩を無遠慮に看られている傭兵の男は、自分に応急処置を施している少女を見て怪訝な声を出す。

 

「おい、なんの真似だ……」

 

「見て分かんない?応急処置だよ、ここじゃ本格的に治療出来ないし、後でちゃんとした医者に行くんだぞー」

 

 消毒や包帯で止血を行われた男は、殺すつもりで対峙していた相手からの行為に感謝よりも困惑の感情を抱いた。

 

「やめろ……からかっているのか」

 

「──じゃあ、死にたい?お勧めはしないよ」

 

 そういって銃口で頭部を小突いてくる言葉はあまりに軽く、なんなら引き金だって軽そうな口ぶりに男は諦めて為されるがままにすることに。

 

「やめてくれ……死にたくなんて……ない」

 

「誰だってそうだよ。うん、聞き分けが良くて大変、ケッコー!」

 

 治療を続行している少女は患部からは目を離さないまま、話題を変更する。

 

「今日、夕飯は誰と食べる?」

 

「……人質か?」

 

「物騒だなぁ。単なる世間話だって。言いたくないならいいよ、大事な人の話を無関係な人に話したくないなんて当然だもん」

 

「……無関係、ではない。お前は俺の治療をしてくれて……。ああ、クソ。……家族だ、今日は仕事を終えたら、家族と夕飯を食べる予定だった」

 

「いいねぇ。じゃあ、予定で終わらせるんじゃなくて実現しないと。医者にいったら寄り道せずに家に帰るよーに」

 

 千束が笑いかけながら、労るように男の治療された部分に触れると。周りで彼女の弾丸に斃れたはずの傭兵たちがうめき声をあげつつも身じろぎをしたではないか。

 

「なんだと……」

 

「ああ、大丈夫。私の撃った人は別に死んでないよ。相方が撃った人も当たり所がよくて軽傷で済んでるみたい。そもそも、私の弾に殺傷性ないしー」

 

「ゴム弾か……なんでわざわざ、いや良いもう行っちまえ。相棒を待たせてるんだろ」

 

「分かった。ちゃんと鉄分取れよ-」

 

 そう憎まれ口のようなこちらへの気遣いを言い放って立ち去ろうとする少女の背中を男は引き留める。

 

「そっちはよせ。こちらのハッカーのドローンが見ている。何より、護衛対象を外に出すな。うちのスナイパーの腕はお前の技術と同様、常識では測れないぞ」

 

 

 それだけ言い残し男はぐったりと壁に体重を預けて目を閉じる。沈黙した男に目もくれず千束は嫌な予感が絡みつく足を全開で走らせた。その予感を振りほどくように。その予感が現実に追いつくより先に。

 

 

 

「わりぃ、ティナ。あの女の子にお前を重ねちまった……ったく、それじゃあ勝てねぇわけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 全てのものがミニガンの掃射で壊れ果てた店舗側で(オウル)と呼ばれる少女、ティナ・スプラウトはレミントンMSRを外の方に構えた。

 

 ゆっくりとボルトを押し込んで弾丸を薬室(チェンバー)へ送り込む。

 

 そのままティナは照準もつけることなく、数キロ先を見通すスコープも使わないまま引き金を外で滞空する球状の機械へ向けて発射する。

 

 一発目を撃つと同時にボルトを引き排莢。流れるような動作でボルトを押し込み、また射撃。この動作を終えたティナは狙撃銃の銃床を床に付けて、その場に立ち尽くした。

 

 そう、ティナ・スプラウトの放つ弾丸は極論、相手を最初に捕捉していなくとも良いものなのだ。

 

 信じがたいことだが、彼女の弾丸はその途中、過程の段階で相手に命中させるという結果へと辻褄(つじつま)を合わせることができる。思考駆動型インターフェース“シェンフィールド”、それはティナの脳に埋め込まれた特殊なチップにより操作を可能とする狙撃補助の特殊機械化兵装。

 

 滞空して周辺環境の風速や湿度、また地球の自転状況をデータとしてティナに還元、それのみならず機械自体が狙撃の中継点となるのだ。

 

 中継点というのは文字通りの意味を指し、弾丸に対して一瞬だけ強力な斥力を部分放射することでティナの放つ弾丸は最大で三回の弾道変更を可能とする。

 

 

 シェンフィールドはあくまで滞空するのみで、高速移動などできないことが欠点ではある。けれど、こうして敵を待ち構えて狩るようなシチュエーションでは、彼女は恐るべき神算鬼謀の狙撃手(スナイパー)として、その真価を発揮する。

 

 

 シェンフィールドは今、二発の弾丸に軌道変更を加えた。

 

 それを脳内で確認し、ティナはそっとドレスを翻してその場を撤退していく。

 

「ハートショット、ヘッドショット、弾着確認。任務完了、これより作戦領域からの離脱を開始します」

 

 

 そう、既に標的の命運は二発の弾丸によって撃ち抜かれた。

 

 倒れゆく標的のデータを確認し、ティナは口元を悲壮に歪めてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「たきなっ、出ないで!!!」

 

 背後で聞こえた千束の声にたきなは立ち止まって振り返るが、その横をタブレットに視線を奪われたままのウォールナットが通り過ぎていく。直前での静止、普段から快活とふざけているような千束さんの必死の呼び声。

 

 その懸命さが何よりも異常事態を示していることを理解し……。

 

「ウォールナットさん!外は──」

 

 

 着ぐるみの背中に手を伸ばし、掴むより先に鈍く何か水気を孕んだ音が残響する。

 

 ガシャン、と破砕音を出して落下するタブレット。

 

 落ちたタブレットの真ん中には、弾丸の貫いたと思しき一つの弾痕。

 

 

 悲惨な結果を見てはいけない、はやくウォールナットさんを救わなくては。

 

 “もう間に合わない”、と冷静な自分が冷たく結論を出す。

 

 

 リスの着ぐるみを支えていた生命力がするりと抜け落ち、膝をつくより先にリスの頭部に続いて絶死の弾丸が落ち込まれた。心臓に一発、頭部へ一発。

 

どこからの狙撃?まだ敵の増援が?救命治療は間に合う?

 

分からない、ワカラナイ、解らない。

 

 なにも────わからない。

 

 一秒、呆然と血だまりに斃れ込んだウォールナットさんの亡骸を見下ろしてから、私は訓練で叩き込まれた動きのまま遮蔽物へ身を隠す。ふと、千束さんの方に目線をずらすと、いつも明るく太陽のように輝かせていた双眸からは光輝が喪われていた。

 

 彼女は頭部と胸元から大量の血を流し続けている着ぐるみの死体を言葉無く眺め、無表情に立ち尽くしていた。

 

 

 いま、分かることは千束さんと私が任務を失敗したという悲惨な結果だけ。

 

 私たちの今日一日の奮闘も空しく。

 

護衛対象の命は、あっけなく彼岸の向こうに逝ってしまった。

 

 

 

 

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