次回、投稿はある程度纏まったところで投稿するため、少し遅れることをご報告します。
夕日の差し込んだシックな調度品が置かれたオフィス。パソコンにはロボットのデフォルメされたアイコンが画面をでかでかと占領している。画面の向こう側の存在へ、この部屋の主、吉松シンジは努めて平静な声で問いを落とす。
「彼の側にいたのは護衛か?」
『……殺した方が良かったですか?』
吉松は、そのおそるおそるというハッカーの声に愉快さを覚える。不可能なことをさも、できると言うその素振りの口調。アランの支援を受けたチルドレンを木っ端の傭兵たち数人で仕留めようなどという話に喉の奥からくつくつと靜かな笑いが込み上げる。
その滑稽さに吉松はただ嗤うことのみで返答とした。同時に、仕事の評価は適切に下す。依頼通り、ウォールナットは何事もなく始末された。
「いや、良い仕事だった。先月からの依頼はこれで完全に終わりだ。長い期間おつかれさま。そのうち、また頼むよ」
優しい口調、その裏に秘められた漆黒の意思にロボ太は気づくことなく自信に溢れた声で軽口を叩く
『フッ、名実共に日本最高のハッカーとなったこのロボ太にご用命とあらば、いつでもまた。それでは──』
「立つ鳥後を濁さず。いいねぇ、そういうのが君の美点だよ。ロボ太くん」
ああ、まったく扱いやすく手頃で、便利なその様は実に。
「──道具らしくてね」
救急車の中は悲壮な葬儀場のような空間と化していた。
いや、実質的にはその通りなのだろう。本来であれば、人を緊急で医療機関へ搬送する救急車内は血まみれになった着ぐるみが担架の上で横たわっている。任務失敗の代償として喪われた命。
店長の手配してくれたこの救急車は皮肉なことに霊柩車として機能していた。
もはや、この間の抜けたリスの着ぐるみがウォールナットというハッカーの死に装束となったのだ。
私は静々と口火を切る、目の前でこのハッカーの背中に手が届いていたら、そんなたらればに意味はない。喪われた命にそのような言い訳が通じるはずもないのだ。意味などない、それでも今、私に許されていた行為は謝罪だけだった。
「すみません」
「たきなの所為じゃない…」
千束さんの弱々しい慰めを最後に沈黙が車内を包む。救急車のサイレンは耳障りで、いまはただ護衛対象の喪に服したいというのにクリーナーの偽装車でもちゃんとサイレンは鳴るのかと下らないことを考えてしまう。
私たちが、逝ってしまったハッカーへの哀悼をしていると……。
『もー、いい頃合いじゃないかな?』
むくりと起き上がる着ぐるみの死体。そんなホラー映画さながらの光景に千束さんと私は目を剥いてただ口をつぐんだ。そしてリスの頭部を勢いよく脱ぎ捨て、中から見慣れた顔が出てくる
「ぷっはぁっ!」
その見慣れた人はリコリコで働く同僚であり、今回の依頼で別個に動いているという中原ミズキの姿。状況が理解できない状態の私たちを置き去りにミズキさんは涼を求めて手で自分を扇いでいる。
「あっつぅ!茹で上がっかと思った~、ビールちょーらい!」
元気よくビールを要求する先ほどまで死体……のふりをしていたミズキさん。
彼女は軽く放られてくるビールの一缶をキャッチする。というか、運転手もなんでそんな当然のようにビールを受け渡したのか?
「は、え?ミズキ、なんで」
「運転手さん、これ、って…店長っ?」
ビールを投げ渡してきた人に視線を向けると、救急車の運転をしていたのは見ず知らずのクリーナーの方ではなく、リコリコにいるはずの店長の姿で、何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「驚かしてしまったか?──千束、たきな」
「うぇぇっ!?せんせいまでっ!」
ビールを空ける爽快な音に間髪入れず、ミズキさんは豪快にビールを口にして笑いながら今回の依頼の裏事情のタネを明かす。
「あっこれ防弾なのよ、派手に血が噴き出すのがミソね。マジで重いし、着ぐるみだから通気性さいっあくだったし、もうこりごりよ」
その真相には驚いたが肝心の依頼主の姿がない。いくら防弾とはいえ、実際に撃たれる役回りで命を張ったのだ。肝心の依頼者がいないというわけではないだろう。
「あの、ウォールナットさん本人は…?」
「そーだよっ!どこいった?」
『此処だ』
聞き慣れた機械音声が、ど真ん中を撃ち抜かれたリスの頭部、いや頭部の着ぐるみに仕込まれたスピーカーから聞こえてくる。それと同時に前の座席から、ごそごそと何か音がして、スーツケースの中から現れた
『“追っ手から逃げ切る一番の手段は死んだと思わせること”。“そうすれば、それ以上捜索はされない”。“死人に口なし、生きてる連中だって死んだヤツにまで時間をかける偏執家はそういないからな”』
機械音声と少女の幼い声が同時に聞こえてくる様相は、まるでリスに化かされたかのような違和感を感じさせる。
VRゴーグルらしきデバイスを顔につけた幼い少女、それは奇しくもあのスーパーで邂逅をした少女と同系色をしていた。ゴーグルをつけたままの少女は、あたりを怪訝そうに見回している。
「では、わざと撃たれたんですか?」
「彼のアイデアだ」
金髪の少女はゴーグルをはぎ取ると、そのまま店長へと話題を振った。
店長は軽く手をあげ、運転の方に集中していらっしゃる。
どうやら、事の次第は実働隊である私と千束さんしか知らされていなかったらしい。
「あ~あ~、計画通りなら最後はハリウッド顔負けの大爆発でシメる予定だったんだけど、マ~ジで死ぬかと思ったぁ。なに、あのとんでも幼女は?ミニガンを立射でぶっ放すとか、未来から来た殺人ロボットかよっ」
「少女の殺し屋……あれほどの腕だというのに聞き覚えがないな。……だがまぁ短期決着に持ち込めて本当に良かった。あれ以上、伸びていたら全員が無事に済んでいた保証は無かったワケだしな」
「想定外の事態に、絶え間ない窮地。それを冷静に対処しての任務完遂、見事だった」
事情を知っていた面々が語るのは、やはりあのスーパーでの小さな少女の傭兵の話だ。ともすると、車に対する狙撃も彼女の仕業なのか、七夜黄理が電話で忠告してきたほどの危険人物だ。あの狙撃を行った狙撃手もあの少女といわれても驚きはすまい。
「ちょ、ちょっと待って。色々と聞きたい事とか、何が何だか分からないんだけど。つまりその、予定通りで誰も死んでないって…こと?」
ふらっと安堵か、疲労か、力の抜けた挙動で千束さんが首を横に傾げる。かくいう私も車に背中を預け、長く吐息を零してしまった。店長とミズキさんの悪戯ッ気に満ちた顔を見てようやく千束さんは死亡者がいないという現実を呑み込めたようだ。
「よかった~みんな無事で」
そんな私たちを素通りし、無表情に着ぐるみの頭部部分をつつくウォールナットさんの姿は本当に子供そのもので件の凄腕ハッカーなんて、とてもイメージしようがない。
「この子ってば、めっちゃ金払いいいから命賭けちゃったよ」
「も~~死なせちゃったと思ったしぃあ~も~、無事でよかったぁほんと~ほんとう~!」
そう、いわば、これまでの任務過程は、刺客たちにウォールナットが死亡したと知らしめるためのデモンストレーション。その死まで綿密に計画された大がかりな舞台であり、私たちはその演者だったということか。
……でも、そうなると?
「では、黄理くんの公園での事故というのもなんらかの仕込みだったんですか?」
「そーだ、黄理もひょっとして最初から裏方で護衛に入ってたわけ?」
私と千束さんの当然と言えば当然の疑問。店長やウォールナットさんに今回の事件での黄理くんの役割について尋ねてみる。すると、店長が“アッ”と小さくうめき声をもらし、ウォールナットさんは先ほどの何も知らなかった私たちのように首を傾げている。
「ん?きり、公園?ああ、公園での事故は本当にただのハプニングだ。いや、驚いたよ、あのときは」
金髪の少女が呑気に頷いていると顔面蒼白となったミズキさんがビールの缶を車内に落とした。
喜んだり、絶望したりと忙しないものだ。
「あぁっぁ~~~!!!しまったぁぁあ、あいつがまだいんじゃんかぁ!!!」
狭い車内で遠慮無く絶叫したミズキさんは額に脂汗を垂らしながら、千束さんへ笑いかける。
「えへへ~、ちさとちゃま?」
「ちゃまってなんだよ」
これでもかと手をもみ合わせながら、千束へと近づくミズキさん。ああ、なるほど命乞いというのはこういうものなのかと思いつつ、私は血のりを噴き出す構造が気になってリスの頭部を指先でつついてみた。
ああ、“任務は”無事に終わって良かった。これで一件落着だ。
「黄理の説得、手伝ってぇぇぇっぇえ!」
ミズキさんは両手を合わせて全霊で千束さんへ頼み込む。
それに対し白髪のリコリスは朗らかに笑いかけ、ミズキさんへサムズアップを行った。
どうやら、裁定の結果が出たらしい。
「……ミズキ、ガンバッ」
どうやら駄目だったようだ。
誰もが見惚れそうな満面の笑みで千束さんは死刑判決を宣言し、被告人のミズキさんはなんともこう名状しがたい顔で、店長に泣きつき始めるのだった。
あれから、病院でハッカさんことウォールナットの死亡偽装を完璧に終わらせた私たちは、病院でバスに乗り換えて意気揚々とリコリコへ帰ってきた。
約一名、沈んだ表情で足取りがやたら重い人がいたけど、それは気にしなーい。
準備中のリコリコはカーテンが掛けられていても、店内は明るく電気が点いている。たきながそれを見て不思議そうにして考え込んでいた。そう、出るときに先生が電気を消したり、鍵を閉めたのだから、今ここに入っているのは誰なのかと疑問に感じたことだろう。
「他にアルバイト、というかリコリスの方がいるんですか?」
「いや、リコリコに在中しているリコリスは千束とたきなの二人だけだ」
「たきな、実はね。年末のバイトをした経緯で、ウチの鍵を持ってる男の子が一人いるんだなーこれが」
「あっそれは……」
「ちさと~、マジで頼むわよ、ホントにあいつの説得任せたからねっ!シフト結構変わってあげるから!」
「わかった、わぁ~かったってば。まっ、そんな心配しなくともあんま無茶はしないと思うけどね」
わたしが表のお客様用の扉をあけ、半日ぶりのリコリコへ帰ってくるとそこには見慣れた少年の姿があった。
クセのある黒髪、リリベルの赤い制服と夜空に浮かぶ月のような蒼黒の瞳。普段から来ている作務衣姿は和洋折衷のリコリコの店内と非常に調和をしており、初めて私服、というか作務衣の黄理を見たたきなは驚きのあまり呆然と見惚れてしまっている。
「おかえり、待ちくたびれたけど、その調子なら仕事は上手くいったらしいな」
黄理の姿は見慣れているはずなのに、やっぱり視界に入るだけで胸が温かくなってくる。あと、同時に背筋にひやっとくるものがあった。
こちらに穏やかに笑いかけている黄理の手元を見てみると、よく使ってる七夜の文字と鈴蘭の
「うん、ただいま……ところで黄理?その手に持ってるの、まずは置こうか」
わたしと先生の渾身の説得と交渉の末に黄理はようやく不満を呑み込んでくれた。まぁ、その代わり朝の送迎がパーになったり、リコリコで三ヶ月くらいお団子やデザート無料とか伽藍の堂の仕事を手伝うとか色々と条件が付いたけど、まぁこれでどうにかミズキの首も繋がったわけだし、これでヨシッと!
「けれども轢かれた代償にしては安上がりだなと、被害者Aは思うのであった──」
「どこか、怪我を?」
「いや特には。上手く受け身取ったし」
青の給仕服に着替えたたきなの心配そうな声に、黄理は感慨もなく平気そうな顔をしている。
「あの時、結構なスピード出してたはずなんだけど、なんで無事なのよ。いや、怪我されるよりは良かったけどさ」
「轢いた人間の台詞とは到底、思えないな。普通なら、どんなに急いでいても救急車か警察に電話しとくものだろうに」
「そりゃ、“普通”の一般人だったらね。あんた、車に衝突したかと思ったら、そのまま木に平然と着地してたじゃない」
ミズキは私たちの説得が終わり、ナイフをしまった黄理の席から離れたカウンターの隅で晩酌を始めている。命の危険が無くなったおかげで、遠慮無しの軽口を叩けるようになったのはいいがミズキも切り替えが早過ぎやしないか。
「まぁ、任務で急いでいたということを考慮して……一つ貸しだからな、ミズキさん」
そういうと黄理は緑茶を口にして、ミズキに鋭い目で牽制を入れた。ミズキもさすがに旗色悪しと思ったのか、杯を置いて黙って頷く。よし、これでホントの本当に一件落着と。
そんな話をしていると、扉の鈴が鳴り来店した客の存在を知らせる。
「いらっしゃいませ」
たきなは無表情なまま、来店してきた女性へ礼をする。今夜、最初のお客様は千束たちは見慣れた眼鏡で赤髪の美女。彼女はそのまま流れるようにカウンター席に華麗に歩いていき、当然のように黄理の隣に座った。
「やっほー、なんか黄理が車で轢かれたって聞いたんだけど……案の定、無事だったみたいね。うんうん、男の子ってのはこれくらい元気じゃないと」
邂逅一番、黄理の苦々しい顔を見て楽しそうに腕を組んだ美女はミカへコーヒーを注文し、頬杖をつきながら持っていた鞄をフロアに置いた。
「……黄理くんのお知り合いですか?」
「ああ、そっか。前は昼間にコーヒー飲んだだけで自己紹介もしてなかったものね。初めまして、可愛らしいお嬢さん?“伽藍の堂”ってとこのオーナー、あと七夜黄理の雇用主をしてる蒼崎橙子です。元リコリスだったけど、いまはリリベルの支部……ってことになった伽藍の堂で仕事をしてるわ」
「仕事って、橙子さん趣味と気分でしか動かないじゃないか……」
黄理の愚痴をデコピン一発で沈黙させ、橙子さんはコーヒーを受け取った。
「井ノ上たきなです。先月よりリコリコに配属となりました。その、よろしくお願いします。蒼崎さん」
「橙子でいいわよ。偶にウチの仕事も手伝ってもらうかもしれないから、そのときはよろしくね」
人当たりの良い笑顔で橙子は手を軽く振って、コーヒーに口を付ける。店を歩く姿にしろ、ただコーヒーを飲む所作にせよ、一挙手一投足があまりにも凛然たる動きでたきなは盆で顔を隠しながらも私の方へやってきて、橙子さんについてのことで内緒話をする。
「とっても綺麗な方ですけど、そこまで衝撃、的?なところはありませんよ?いえ、元リコリスの方がリリベルの支部を任されているというのは少し驚きましたが、特に衝撃的な人ということは……」
「いーや、たきなは分かってないね。あれで橙子さん、眼鏡を外したらすっごいんだから」
「別に眼鏡をつけていても、十分綺麗な人だと思いますけど」
「ちゃうんだって、橙子さんは……いまはそういう認識で良いか」
黄理の隣に座った時は鋭く瞳を尖らせていたのに、今ではきらきらと大人びた橙子さんの姿に憧れを持つ眼差しでたきなは盆を握っている。しかし、隣の黄理が疲れたような態度をしている時点で普通の人ではないと分かりそうなものだが。まぁ後でどんな風に驚くのかを見物させてもらうとしよう。
「そうだ、千束さん。今日の任務で、千束さんの渡してきた映画の意図が分かった気がします。ええ、大変、任務に役立ちました」
「ん?意図って?」
「ですから、ああいうミニガンを幼い少女が立射するなんて、有り得ない状況にも咄嗟に対応するための想定を兼ねたイメージ訓練なのでは?」
「普通に面白いヤツを勧めただけなんだけど?」
互いに首を傾げるわたしとたきな。お互いが疑問符を浮かべ首を傾げていると、カウンターのミズキや橙子さんが弾けたように笑い始めてしまった。
「違うんですか?」
「違わいっ。あっちゃ~どうりで感想がやたらと実戦的なワケだ」
どうやら、たきなの四角四面っぷりをまだ見誤っていたらしい。
ふっつうに楽しんで欲しかっただけだというのに、日常生活でまで訓練を想定するとはわたしも考えが及ばなかった。
しかし、そう考えるとわたしって、休日にまで訓練を強要してたブラック上司みたいなことにならないだろうか……でも、此処まで来てたきなに面白いって言ってもらえないのは、なんか悔しいっ。
「むむむ~。絶対にたきなに面白いって言わせる映画を用意してやるぅ」
「なんか目的と手段、いや色々と間違ってないか?」
「役立つのであれば別になんでもいいですが、今度は量を減らしてください」
黄理とたきなの無表情コンビが冷静に冷や水をかけてくる。
“え~、まだまだ面白い映画がいっぱいあるのにぃ~”。
口を尖らせた千束に目もくれず、たきなは黄理の空になった湯飲みへ茶を注いでいる。
「そういえば、黄理って電話の時点でどこまで気づいてたわけ?」
「ふむ。というと?」
「だ~か~ら~、着ぐるみの中身はミズキってこととスーツケースの中身にも気づいてたの?」
そう、七夜黄理は異常な勘の良さを持っていることを千束、そしてたきなは知っていた。黄理の勘の良さに関して、千束は電波塔の展望台が印象深いだろうし、たきなは京都の爆弾魔事件の際の立体駐車場が印象に残っているだろう。
「うん、なんで着ぐるみなのか、とか。スーツケースに人を突っ込んでいる理由はとんと分からなかったけど、実際にはあれってどんな意味があったんだ?」
むしろ、質問を返されてしまって千束とたきなは頭を抱える。
「千束さん、ひょっとして最初から黄理くんを連れていれば、最初から気づくことが出来たのでは?」
「う~ん、そうすると敵にバレるかもしれなかったから、状況的には微妙だけど間違いなく私たちが騙されることはなかったなぁ。も~黄理っ、次の任務は絶対に一緒に来てもらうからね!」
「いや、伽藍の堂の仕事の手伝いをしてもらうって話だったんじゃ……まぁ給料出るなら行くけどさ」
不承不承という態度だが、黄理から言質を取ったとガッツポーズを取る千束。そんな千束と黄理を見て、たきなは何かに気づいたらしい。
「そういえば……今回の任務で得られた教訓があります」
「その心は?」
「謎掛けかよ」
すぐに千束が引っかき回そうとするが、黄理がそれを押し止めて彼女の言葉を促した。
「はい、つまりですね。リコリコに来る以前は命があれば銃火の下にいても大したことはないと思っていたのですが、スーパーでミニガンの掃射を受けて理解できました。機銃掃射されると人って、怖いと思うものなんですよ」
たきなは何処か得意そうに、この世の真理……ではなく一般的、というには非常識に振れ切った常識を欣喜雀躍に説明してくれた。そんなたきなの独演を聞いた千束、黄理は唖然と目を大きく見開くことしかできず、ミカは処置無しというように天井を見上げ、橙子は腹をかかえて大爆笑中。
残ったミズキも晩酌の酒を噴き出したのち、口元をぬぐってこの場の全員の総意を代表してたきなに言い放った。
「やっぱ、あんたってド天然でしょ?」
────
「おかしい、なぜあんなにも笑われたんでしょう」
「あ~たきな的には割りと大発見だったんね?」
「千束さん、わたし何か間違っていたんですか……」
「間違っていないんだけど、説明するほどかっていうとうーん。あっ、ねぇたきなっ。そういえばっ!」
「はい?」
「わたしの名前だよ。スーパーで傭兵たちに撃たれてたとき、名前で呼んでくれたでしょー。あれでいいんだよっ!ほれ、もっかい言ってみてよ“ち~さ~と”って!」
「覚えてません、千束“さん”の記憶違いではないかと」
「え~~~ぜったい言ったよ~。ほら、千束ってわんもあぷり~ず?」
「ワンモアも何も呼びませんよ」
「そっか、そういえば俺も会ったときからずっと“くん”付けだったな」
そこでたきなが瞬間冷凍されたかのように身動きを止めた。それからほんの僅かに黄理の方へ振り向いて、煮え切らない様子で黄理に問いを行う。
「もしかして……黄理くんも呼び捨てにして欲しかったり、するんですか?」
「──別に無理に変えなくてもいいさ。なんだかんだと長い付き合いの呼び名だし、ここで変わったら落ち着かな、あいたっ」
橙子が横から黄理の側頭部を軽く小突いて、頬杖をついたまま呆れた目線を送ってくる。そして目に見えるほど不機嫌そうなたきなはそっぽを向いて、腕を組んだまま視線を鋭利に尖らせた。
「とにかく。わたしが千束さんを呼び捨てにするなんて“天地がひっくり返っても”有り得ないと思っていてください」
その言葉を聞いて千束は黄理の顔を見てから、にやにやとご機嫌そうに口笛を吹いた。千束の笑顔があまりにも余裕ありげなもので何か失策を犯した気分になるたきな。彼女は尖った視線のまま千束へ対峙した。
「何でしょう?」
「うふふ~べっつに~~」
やはり、まともな応対はせず千束はその場で嬉しそうにくるりと和装の給仕服を翻して踊るようなステップを踏んだ。不可解そうなたきなを見かね、ミズキは頬杖をつき晩酌に使った食器を片付けながら答えを示す。
「あのねぇ、たきな。そこの黄理にしろ、千束にしろ、やろうとすりゃ天井だろうと走り回る非常識な連中でしょーが?そんな奴ら相手にして“天地がひっくり返っても”、なんて随分と洒落が利いてるじゃない?」
「あっ……」
たきなはミズキの他人事の指摘でようやく気づいたらしい。にやつく千束に黄理が後ろからチョップを入れて言葉の追撃を阻止したわけだが。やっぱり、たきなは口元を引きつらせてがっくりと落ち込むのであった。
風向きが悪いと感じたのか、話題を変えようとたきなは任務のことを思い出して、千束の方針についての言及を振りかざす。
話題を替えるという意図もあったが、実際のところたきなが今回の任務で感じていた最大の疑問、そして問題点の追求でもある。たきなは感情を平坦に落ち着かせ、憮然と千束の信条へと挑んだ。
「やっぱり、命大事にって方針、無理がありませんか」
千束とたきなの性質上、最大の差異が此処に明らかとなる。
「あの時、きちんと二人で動いていれば、このような結果にはならなかったはずです」
「はーん、でもそうなったら、私が困ったんだよねぇ。あの幼女に狙われ続けんのマジでおっかなかったのよっ!?」
「だって、目の前で人が死ぬのほっとけないでしょ~」
人を食ったような態度を取るミズキと千束に、たきなは唇を噛んだ。
「私たちリコリスには殺人が許可されていますっ。敵も味方も、その全てを守る。そんな馬鹿げたことに、リソースを使うなんて──」
重く湿った空気を払うように千束が快音を出して
「あの人たちも、“今回”は敵だっただけだよ。誰も死ななかったのは、うん良かった良かった」
「そういう話じゃ、ないと思います……」
やはり、どこか納得がいっていないたきなは、渋々というように引き下がって頬を膨らませていた。千束はそれをからかおうと動き、黄理がそれに立ち塞がる。背後に庇われたたきなが無言で黄理の背へ小さく拳を当てて、事態は収拾が付かなくなる一歩手前の様相をしていた。
「いやぁ青いわね~。おねえさん年甲斐もなくワクワクしてきたわ」
眼鏡をかけた橙子は、千束たちのやり取りを見てどこかツヤツヤとし始めている。たきなの攻撃とも言えない小突きにされるがままの黄理は上司の悪趣味に妹分を巻き込ませないため
「変なちょっかい入れないでくださいよ。たきなは擦れてない真面目な子なんだから」
その露骨な子供扱いにいよいよ堪忍袋の緒が切れ、たきなは黄理の踵に自身の爪先を叩き込んだ。その不意打ちに跳び上がった黄理の姿を見かね、店主であるミカが助け船を寄越してくれた。
「まぁまぁ、二人ともそこまでだ。私たちも騙すような作戦を立てて悪かった」
ミカが出したのは試験管に入った三色の団子。たきなはふくれっ面のまま“甘い物で釣ろうなんて、そんな手で誤魔化されるわけがない”。という徹底抗戦の構えをしていたが。
「あ~~、先生甘いもので買収するつもりだな~」
喜びに跳ねた声は、先ほどの会話の空気を既に忘れきった声音で抗戦する意思は皆無だった。たきなは仮想敵が戦場を勝手に離脱し、既にどうでも良さそうに甘味の方へ向かってる姿に肩を落とす。
「たきなに黄理の分も用意している。今回は色々とすまなかった。それで、千束?この団子は要らないのか?」
「ううんっ食べます~~♪」
「頂きます、ミカさん」
「店長がそう言うなら異存は…ありません」
「ありそうじゃ~ん」
「ありません」
たきなは食べる前から思考回路が甘味にとろかされたような千束の様子と茶目っ気たっぷりに笑いかけたミカの態度から、先ほどの会話を続行するのは困難だと理解する。
「たきな~、お座敷に座布団だしといて~」
たきなは奥の座敷の方へ黄理の手を掴んで引っ張っていく。その様子を羨ましそうに見た千束も団子を急いで頬張り、ついて行こうとするとミズキが珍しく真面目な表情で“待った”を掛ける。
「あいっかわらず切り替え早いわねー、まっそれがあんたのいいところなんだけど。たきなにもそれ期待しちゃダメよ。あれ、真面目で冷めてると思ったけど……根っこは熱くなりやすいみたいだし」
「わかったよぅ。きちんとフォローするって」
「分かればよろしい」
たきなが押し入れの中から座布団を出すと、その上部に液晶モニターの光に照らされた金髪少女の姿を千束は見た。ただ、それを見た黄理とたきなは首を少し傾げ、それから黙って押し入れのふすまをスッと閉めてしまった。
二人は疑問に思いつつも見なかったことにしたが、ぎょっとする千束にとっては流し切れる違和感ではない。
「なんかいたよ~~いまっ!」
座敷でふすまを一生懸命に開けようとする千束の声に、フロアからミズキが機嫌良く押し入れの住民について話し出す。
『あ~しばらくウチでかくまってくれーって。あんまり散らかすんじゃないよ~』
千束たちがふすまをようやく開けきって、中にいる少女とあらためて顔を合わせる。それと同時にフロア側でベルが鳴る。新しい客の来店だが、今は千束とたきなは休憩中、黄理も座敷でゆっくりと甘味の相伴に預かる様子だ。
「おぉ。いらっしゃい」
ミカは最近でよく顔を出すようになった古なじみを歓迎する。そこに裏の座敷側から楽しそうな喧噪がフロアにまで響き渡る。
“わぁぁ、座敷童かなんかかとおもったぁ~~”
裏の楽しそうな喧噪。落ち着いた店内の様相と裏の喧噪が奇妙な調和を果たす。それに暖かな愉快さを感じた吉松シンジはミカへ微笑みかける。
「賑やかだね」
「ああ、すっかり騒がしくなってしまって。……最近、よく来てくれるね」
「君のおはぎは美味いからねぇ。前はコーヒーもまともに淹れられなかったのに」
「十年もすればな……忙しいんじゃないのかい?」
「ようやく仕事が一段落したところさ。掃除に手間取ってね・──リスのようにすばしっこいヤツだったよ」
そう言うと吉松シンジは大人びた相貌からはかけ離れた少年みたく爽やかな笑顔に顔を綻ばせた。
千束は押し入れの民と化した幼女へ笑いかけながら、今後の居住予定について尋ねる。
「それでキミ?ここに住むの?」
「お前らの仕事を手伝う条件で……言っとくけど格安なんだからな」
泰然とした雰囲気は、その年頃にそぐわないが偉そうという負の印象はなく、揺るがない自己あってのものという認識を強くさせる。千束は仕事を手伝うということにピンときたのか、自分のスマホを取り出す。
「それなら……この写真の男を見つけて?あっ、手前の人じゃなくて奥の、そうそれそれ」
“ちさとちゃーん”、その聞き覚えのある声に千束は、難しそうな顔をしてふすま、たきなと黄理が団子を食べてるちゃぶ台、それからフロアの方を忙しなく見回してから。
フロアに駆け足。飛び出すようにフロアに行くと顔だけを突き出した。
「あ~ヨシさんいらっしゃい!ちょーっとごめんね、忙しいからまたあとで~」
どうやら急いで挨拶だけして引っ込むことにしたようだ。すぐさま裏に戻っていく千束を見て、吉松シンジは何を考えているのか分からない笑みを深める。
「すっかりレディだな……」
「あれが?」
釈然としなさそうなミカに、カウンターに座っていた橙子が愉しそうに声をかける。
「女の子っていうのは気づいたら一人前のレディになっているものですよ。ミカさん?そちらの方は初めましてかしら。私は蒼崎橙子、リコリコの大ファンなんですの」
「ハハッ、吉松シンジです。どうぞ、よろしく。わたしも最近、この店に来るようになりましてね。ミカと千束の大ファン、といったところかな?」
「シンジ……」
嬉しそうに困った顔をするミカと、それを微笑ましそうに見つめる吉松シンジの両者に橙子は何かただならぬ関係性を看破した。挨拶もそこそこにシンジは橙子との会話を切り上げると、カウンター向こうのミカへと向き直った。
そして、彼は核心に迫る問いを、自分の本来の目的をミカへ甘く問いかける。
「ミカ…………千束と此処で、どんな仕事をしているんだい?」
押し入れの中で写真の解析を行う少女へ千束は聞き忘れていたことを思い出す。
これから長い付き合いとなるのだから、絶対に必要になる情報。
千束は新たなリコリコの仲間となった少女に微笑みかける。
「今日から仲間ね。名前は?」
「ウォールナッ」
「ちょいちょいっ!そいつはもう死んだんでしょう?ふつうの名前は?」
金髪の少女は僅かに言いよどみ、やがて確固たる意思の眼差しと共に自分の名を告げる。
「クルミ」
「日本語に、なっただけだぁ~。よろしくぅクルミ?」
「ああ、よろしく千束」
にこやかに抱きついた千束をあしらうような声や態度からは、どちらが年上か分からない。幼いながら写真解析を本業顔負けにこなす手際を見た千束は、ふと以前に遭遇した仮面の男が言っていた事が脳裏に浮かぶ。
「追加で調べて欲しいことがあるんだけど」
「この写真の男の趣味とか言うつもりじゃないよな?」
「そうじゃなくて、“新人類創造計画”って知ってる?」
千束の口にした単語をクルミが耳にすると訝しげな顔つきで眉をひそめ作業の手を止める。
「なんだ、秘密暗殺組織のエージェントがあんな与太話を真に受けるのかい?」
「知ってるんだ!?」
と、千束が驚いた声を上げるとクルミの腹の虫がこのタイミングで騒ぎ始めた。クルミは格好良く話をしていた分、ここで間の抜けた空気に耐えきれなかったのだろう。顔が真っ赤になっており、これ以上のシリアスは続行できそうにない。
「フフッ、まずは出といでよ。一緒にお団子とかたべよーぜい」
そう千束が言い出すと、たきなは音無く立ち上がって両サイドに髪を纏めていたゴムを片方、外し指にかける。撃鉄となる親指にひっかけ、銃口の代替として人差し指で照準を合わせる。
千束の背後に立ち、そこでたきなは彼女の後頭部を狙う。
なんとなく、たきなのしたいことが分かった黄理は特に口出しをすることもなく、ぼんやりと団子を頬張っている。
「たきなも~~」
千束が振り返った時、すかさずたきなは親指の撃鉄を落とし輪ゴムを放つ。
「あいちっ」
千束は首をそらすだけで視覚外からの不意撃ちをあっさりと回避、外れた輪ゴムの弾はクルミの額を強かに撃ち据える。撃たれた側である千束も、撃った側のたきなも、この状況を呑み込めていないみたいで二人は示し合わせたかのようにまったく同音同時に間の抜けた声を開いた口から零した。
「えっ?」
「え?」
団子を食べ終えた黄理は緑茶で舌の上の甘味を喉に流し込む。そして、事態を把握しようと棒立ちしている千束とたきなの姿を見て、リリベルの少年はとりとめない感想を述べた。
「なんだ、相棒として上手くやっていけそうじゃないか」
TIPS
以前よりパトロールで同行していた七夜黄理の影響か、井ノ上たきなはコーヒー党ではなく緑茶党。橙子は紅茶党だが、リコリコではコーヒーしか頼まない。ミズキは酒。