Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 大変、長らくお待たせしました。仕事の都合上、色々と動けないことがあったため遅れてしまったこと、此処にお詫びすると共に読者の方々へ感謝を。あと、これは私的な弱音、ホント役所に書類を提出して、やり直し食らうときの絶望感よ。


 なお今回の話はリコリコラジオ・第十八回を参考に書きました。

 長すぎたので二話に分割いたします。次は朝の九時頃に投稿予約済み。それではまた自分の駄文にお付き合いくだされば幸いです。



More haste, less speed【4】

 

 静謐と無音を常とするリコリス寮が今日はいつになく騒がしい。

 

 この騒がしさの要因は、瞬く間にリコリスたちが広めていった噂話の内容にある。

 

 それは娯楽の少ないリコリス寮でも滅多にない見世物の到来を示唆し、やがて噂話は館内放送で事実だと言うことを確定させた。

 

“ヒトヨンマルマルより状況演習を開始。リコリス各員は当該時間までにキルハウスへ集合してください。繰り返しますヒトヨンマルマルより──”

 

 落ち着いた雰囲気も、賑やかな空気にも適応できる篝ヒバナは、この普段とは異なる調子のリコリス寮で自室へと土産話を持っていこうとしていた。そんなところで急に放送された予定にない唐突な模擬戦。これはひょっとして、いま寮に来ているという“彼女”に関連しているのだろうか?

 

 思考が脇にズレそうになるのを抑えて、ヒバナは同室で落ち込むルームメイトへと声をかけた。

 

 

「エリカ、たきなが来てるって。おーい、聞こえてる~?」

 

「…聞こえてるし、知ってる」

 

 おや、耳が早い。ヒバナは同室の蛇ノ目エリカが珍しく噂話を早期にキャッチしていたことに少し驚きを示す。もっとも、机に突っ伏している以上、ヒバナの良い意味での驚きの表情をエリカが見ることは叶わなかっただろうが。

 

「知ってるなら話が早いね。これからフキと模擬戦するらしい、お前の仇を取ってくれる。観に行こうよ」

 

「仇なんかじゃないっ……」

 

 弱々しい声ながら、明確な否定の意思でエリカの言葉は紡がれた。ただ、それに対してのヒバナの反応は芳しくない。

 

「あんたねぇ、あいつの射撃で死にかけたんだろ?それを仇って言わずになんて」

 

「わたしは生きてるでしょっ。敵に捕まったのはわたしじゃん。たきなは悪くない。悪いのは私のはずなんだ……」

 

 エリカは元ルームメイトである井ノ上たきなをやたらと弁護したがる。しかし、それはあくまで個人的な感傷によるもので、ヒバナとしてはエリカの言い分へ素直に頷くことはできなかった。

 

「別に、あんたが気にしないってんならわたしは何も言わない。言う権利はあんただけのものだし……でも、商人は殺しちゃいけなかった。あんたもリコリスなら分かるでしょ?なにを優先して、なにを切り捨てるべきなのか。あの時、優先すべきはリコリス一人分の命じゃなくて、千丁の銃の在処(ありか)について情報を持っている商人。あいつはそれを勝手に覆した」

 

 一般人であれば、拒絶するはずの異常な価値観、冷酷にして絶対の基準。

 

 そう、篝ヒバナは蛇ノ目エリカの友人である。しかし、それより先に彼女たちは“リコリス”、学生服を纏ったDAのエージェントなのだ。友情、親愛、我執、対抗心、それらは全てリコリスとしての責務の前では何の重みもない。

 

 遠回しであれ、ルームメイトに“お前は死ぬべきだった”と言われても、エリカはショックを受けていなかった。むしろ、それを正論と受け取り、返答に窮してさえいた。

 

「っ~~~~。そうだけど、そうなんだけどぉ」

 

 ヒバナは机に突っ伏して落ち込みモード中のエリカを見て、重症だと視線を泳がせる。落ち込んだエリカをどう宥め賺そうかと考え込んでいると、通りがかったサードリコリスから模擬戦の詳細な対戦カードについて聞くことが出来た。いわく、同胞殺しと呼ばれている“井ノ上たきな”と組まされたのは“電波塔の英雄”と名高いあの錦木千束さんだというではないか。

 

 かつてのルームメイト、相棒対決と聞いて、多くの子たちが浮かれた足取りでキルハウスの展望エリアに向かっている。去り際に“味方殺しの復帰がかかってるのかなぁ?”と笑い混じりで小走りする子を見送ってヒバナはエリカの様子を伺う。

 

 そこには、机に突っ伏した弱々しいセカンドリコリス(蛇ノ目エリカ)の姿はなかった。

 

入り口のヒバナの脇を躱して、エリカは速やかに模擬戦の実施されているキルハウスへと走り出す。

 

「……復帰なんて楠木司令が許すとも思えないんだけどねぇ?」

 

 また落ち込んだとき、どのようなフォローすべきかと考えつつヒバナは先にキルハウスを目指したエリカの後を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 眼球を保護するバイザー、キルハウスを利用するための申請書、そして、使用弾薬を全てペイント弾に換装し終えて、ようやく千束さんと私は模擬戦前の細々とした準備を完了する。キルハウスに入ると訓練場で遭遇した茶髪にツーブロック風のセカンド(同格)のリコリス、乙女サクラがこちらに気づいた。

 

「へぇ、尻尾巻いて逃げ出したと思ったら、またノコノコやってきたんスねぇ?」

 

 彼女の言う通りだ。楠木司令に迷いを喝破され、居たたまれなくなってあの場を去った私には尻尾を巻いて逃げたという表現が適切。それに対して、反論する気はないが、今度こそ逃げるものかと、相手の挑発しようとする目線を真っ直ぐに見据えて模擬戦開始のときをわたしは待つ。

 

「あぁ?バッカ違うしぃ。作戦だ作戦、エースの体力を温存しといたの」

 

「いえ、千束さん。客観的には逃げたという表現が適当かと」

 

「正直っ!でも今はそうじゃないんだってぇ~、此処は私に合わせてよぅ」

 

 たきなは、千束が何に拘泥しているのかよく分からず首を傾げる。そんな二人の間の抜けたやり取りを見て、サクラは煽るように腹を抱えて笑い出す。また、無暗に敵を挑発しようとするサクラの襟首を掴んで、相棒である春川フキは対戦相手である顔なじみのコンビに対峙した。

 

 

 自分以外のメンツが全て元、あるいは現相棒という状況、そんな特異な状況にも関わらず、ファーストリコリスであるフキは落ち着いた様子のまま、敵対者たちへ軽めの牽制とばかりに悪態を放り込んだ。

 

「たきな、お前は任務以外で戦えるようなヤツじゃない。それにお前の隣のアホは実戦でも殺しをしねぇ。こんな無駄な模擬戦に付き合ってやってることに感謝するんだな?」

 

 フキの建前と自身の思惑が四割、あと本音が六割の配分をされた言葉に、初代の相棒である千束が即座に噛みついてくる。

 

「フキィ、見る目がないな~、よくそんなんでファーストやってんね?」

「ハッ、お前こそその制服は飾りか?ゴムしか撃てねぇ腰抜けが偉っそうに」

 

 互いに、互いのプライドを引っ掻くようなセリフ。

 

 両者の苛立ちがすぐさま、喧嘩腰な言葉として吐き出された。

 

「んだとッテメェ何処中(どこチュウ)だコラァぁ!」

 

「頭ン中までゴムになったのか電波塔の麓で一生、(ちゃ)でもシバいてろや!」

 

 “茶をシバく?”、フキの妙な言い回しの意図が分からず、首を傾ける北海道出身の乙女サクラ。一方で関西圏、京都出身である井ノ上たきなはフキの言い回しの意味を理解した上で、千束とフキの言い争いを横でジッと眺めるだけに留めている。

 

「んだとコラァ?!」

「やんのか、オラァ!?」

 

「アンタら実は仲いいんじゃないッスか?」

 

 サクラの言い分を聞いて、たきなも無言で頷くもフキ、千束は抜群のコンビネーションで舐めた口を叩いたサクラへ凶悪そうな目つきでメンチを切っていた。

 

「目ン玉ついてんのかぁサクラァ?」

「どこ目ェつけとんじゃいおどれぇ?」

 

 両者、腕を組んでサクラに絡んでいる姿を見て、たきなは自分なりに彼女たちの関係性を理解した。

 

「なるほど、これが“仲良し”ということ……」

 

「だぁってろ!ド天然!」

 

「たきな~~~!」

 

 気の抜けるような発言をしてくるたきなへ大声をあげるフキ、妙ちきりんな解答を出した相棒を咎めるようにたきなの肩を掴んで揺さぶる千束。場は完全に混迷を極めており、収拾のつかない有り様に変貌していた。

 

「……えっ、ひょっとして真っ当なツッコミって、アタシだけ?」

 

 ドン引きしたサクラは、げんなりとした調子のまま改まって、敵である井ノ上たきなを観察する。艶やかで美しい黒髪、整った双眸、鋭くも真っ直ぐな信念灯る眼差し。自分の前任、東京支部に自分が来れるようになった原因の天然気味なセカンドリコリス。

 

 

 警戒、敵愾心、嫉妬、憎悪。出会って言葉を交わす内に気づいたことがある。乙女サクラ(アタシ)にとって、井ノ上たきなはまさしく天敵と呼べる存在だ。人質がいようと冷静に、合理的に味方もろとも敵を撃滅しようとする判断を、サクラはむしろ好ましく思っていた。

 

 味方殺しと呼ばれようと、冷徹に敵を始末しようとする合理性と判断力。

 

 波長が合うかもしれないと会ってみれば、自分の想像していた相手とは異なる在り方。サクラの重きに置くことに頓着しないたきなの在り方、一般的なリコリスとしては異様な価値基準。その全てが妙に気に入らない。

 

 だからこそ、過剰なまでに挑発的なセリフや頭に血が上りやすくなっていたというのは事実である。ただ、それを踏まえて反省する気は毛頭無かった。サクラは自分の居場所を守るため、井ノ上たきなという自身とは反りの合わない外敵を撃退するのみ。

 

「負けるためにわざわざご苦労なことッスねぇ」

 

 

 相手の反応を見るための気軽な悪態、サクラのそんな言葉を受けとめて、たきなは短く静かに、だがそれでいて熱く思いのこもった言葉で乙女サクラへ逆撃を返した。

 

「勝ちますよ、私たち」

 

 寸分の迷いもない声は快刀乱麻というようにサクラの挑発を斬って捨てる。以前のたきなでは考えもつかない言い草にフキは目を見開き、千束は嬉しそうに相棒と肩を組む。

 

「ヒュー、言うねぇたきな!よーし、いっちょやったろうぜい!」

 

 

 

 

 脳天気に勝利を確信している千束、たきなペアに思わずサクラが舌打ちをする。怒り心頭な相方と違って、昇った血を引かせたフキはサクラの隣に立って、無言で戦意を滾らせている。刻限は訪れた。最高潮にまで高まった戦意を感じ取ったのかリコリスたちを率いるトップ、楠木司令の声がスピーカーより下りてくる。

 

『時間だ、始めるぞ』

 

簡素にして無駄のない楠木司令の調子に当てられ四名の感覚が研ぎ澄まされていく。

 

『双方、実戦だと思って臨むように』

 

 言われるまでもないとばかりに頷く四名、むしろ実戦以上に睨み合った両コンビの意気込みは模擬戦の開始に向けて高まり続けている。

 

 キルハウスを上から俯瞰できる展望エリアでは、固唾を呑んで勝敗を見守る者、野次馬で来た者、たきなの勝利を祈る者、帰る前に千束たちの顛末だけ見届けようとする美女の姿と様々な者たちが、この模擬戦の帰趨を傍観していた。

 

『……それでは、始めっ』

 

 静かに、それでいて鋭く楠木司令の声を以て開戦は此処に宣言された。

 

 

 

 

 

 

 双方、最初に動いたのはファーストの二名、錦木千束と春川フキ。互いの実力、取る行動、呼吸を理解しきったゆえのまるで示し合わせたかのような同時の動きだし。放たれた火箭のように赤い制服を靡かせ激突する両者。

 

 フキが牽制に振るった裏拳を、千束は鮮やかに弾く(パリィ)

 

 駆けだした二人はそのまますれ違い、位置関係を入れ替えた。互いに敵の相棒を背にして、千束とフキは敵に挟まれた状況に陥った。千束はフキとサクラに挟まれ、フキは千束とたきなに挟まれるような位置取り。

 

 しかし、その絶好の機をサクラは敢えて見送って、後退して事前にフキと決めていた作戦通りに指定ポイントへ待ち伏せる段取りで動き出す。

 

 ウィーバースタンスで腕を伸ばし反動(リコイル)を吸収する構えでフキは千束へ三発のペイント弾をお見舞いする。

 

 飛来する三発を千束は避け、腹部に抱えるように構えた銃で反撃。たきなもそれに合わせてペイント弾を撃つがフキはその矮躯としなやかな関節、類い希なる体幹を用いて、超低姿勢で全力疾走を行った。

 

 

 高速で床面に映し出され動く影のごとき挙動。以前、フキと対戦したセカンドやサードたちが悪し様に“ゴキブリ”などと揶揄していたが、あれは虫というよりも獲物目掛けて、身を屈める野生のジャガー、あるいはチーターのそれだ。

 

 四足で駆ける獣がごとき高速挙動。

 

 人間の膝下(ひざした)よりも低い姿勢で、あれほど早く人間が走れるなど常人ならば想像だにしないだろう。しかし、千束とたきなはフキの動きに勝る魔技を目にしたことがあった。

 

 空間を三次元、立体的に駆け抜け天井だろうと壁面だろうと疾駆する死の影。膝下より低いなどというのではなく、相手の(すね)よりも低く、さらに低く影絵に編まれた怪物のごとく敵の直下より奇襲する至高域の暗殺者の姿。

 

 

 たきなは戦慄と共に理解した。

 あれは、“七夜黄理”が得意とする高速挙動の技に類似している、と。

 

 かつて、黄理より動きの要諦だけは聞き出したものの、実践するにまで至らなかったそれを不完全とはいえフキは使いこなしていた。もっとも、フキがたきなの評を聞けば、嫌そうな顔で否定してくるだろうが。

 

 七夜黄理の高速立体挙動はあくまで三次元的でこそ意味を為す。超低姿勢の高速挙動による下方からの奇襲。如何にそれが巧みな動きであろうと、それだけでは七夜の技巧を完璧に会得したとは言い表せない。

 

 未だかつて、七夜の技を完璧に模倣した者は存在しない。

 

 唯一、真に迫り更なる研鑽を積めば習得しうると目されたのは、DAにおいて最強のリコリスただ一人なのだから。

 

 しかし、それがそのまま春川フキを惰弱と意味する訳でもない。むしろ、低い姿勢のまま高速で奇襲するスタイルは大元である七夜の技巧を外れ、独自のスタイルといっていいほどに錬磨されてきている。

 

 千束はフキの動きについて、知っていたゆえ動揺することなく冷静に射撃でルートを封じていく。千束があからさまにたきなの方へと誘導するのに舌打ちをして、フキは近辺のドアを開けて撤退。

 

 逃げる前、背面に視線を向けぬままフキは背後のたきな、千束へ発砲。

 

 背後を見ぬままに撃ったため容易に回避できたがたきなは、先ほどのフキの挙動を実際に見たことで心理的に大きな衝撃を受けていた。

 

「まさか、千束さん以外にも黄理くんの技を真似できた人がいるとは……」

 

「実はフキも黄理と付き合いが長くてね。黄理の暗殺でちょくちょく顔を会わせたり、命を狙ったりしているうちに、フキも平面的な移動でなら黄理の移動術を真似できるようになっているわけだよ」

 

 そういえば、以前も聞いたことがある。黄理くんはリコリスに時たま狙われることがあったと。昼食でクレープを食べているときとか、ドーナッツ片手に呟いていたりとかで、印象に薄かったが、まさかフキさんが黄理くんを狙っていたリコリスとは……

 

 

 でも、なんでだろう。

 

 黄理くんの暗殺を、どうしてフキさんが担当しているのだろう?確かにフキさんは高い実力を誇るファーストリコリスだ。けれど、黄理くんを標的とするなら、彼に不意討ちをしやすい私の方が適任ではないか。別に黄理くんとの関係性を周知しているわけではないから、この想定は無意味と分かっているが……分かってはいるのだけど。

 

 

 別に黄理くんを暗殺したいというわけではない。ただ、どうにも自分以外の他人が黄理くんの命を狙うという事実に私は不思議と腹が立っている。でも同時にやってくる言い様のしれぬ昂揚感。七夜黄理の技巧の断片とはいえ、それに対峙して打倒できる機が来たことにたきなは身を震わせた。

 

「やりますね、フキさん」

 

「だろう~?じゃあ、こっからが本番だ。行こっ、たきな」

 

「ええ、やっつけましょうか」

 

 乱暴な口調を“らしくない”と思いつつ、たきなは挑発的に口角を上げ千束とアイコンタクトを行う。戦意はまだ脈々と血潮を巡っており、思考は冷静のまま。

 

 にやりと微笑み合った二人は、フキたちの追撃に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 乙女サクラは事前に春川フキと協議し決定した作戦のことを思い返す。

 

 作戦内容は単純な各個撃破。敵の錦木千束とかいうファーストは待ち伏せからの攻撃で確実に脱落させる。その後のたきなはサクラが対応していいという話で、作戦は纏まっていた。先輩の意見に否を唱えるつもりはない。しかし、サクラとしては純粋に疑問に思うことがあった。

 

『別に先輩が向こうのファーストの対応、あたしが向こうのセカンドの対応でよくないッスか?そっちの方がほら、効率的でしょ?』

 

『却下だ。だいたい、お前の案は効率うんぬんじゃなくて、たきなを真っ向からねじ伏せたいってだけだろうが』

 

『ありゃバレました?』

 

『隠す気もなしによく言うわ。……普通のファーストなら、それも有りだったかもしれん。だが、相手は千束だ。私だけじゃ一手足りない、こっちが向こうの気を引くから、サクラは死角から確実に狙い撃て。くれぐれもヤツの視界に捉えられるなよ』

 

『ういっす、確実に初撃で仕留めます。……でも、フキ先輩がそこまで言うほどのヤツなんですか?言っちゃあなんですが、あの千束っての警戒するほどには見えませんがねぇ。フキ先輩以上にヤバいのがいるなんて想像もできませんし』

 

 サクラの偽らざる本音、それは油断ではなくきちんと相対して感じ取った彼女なりの確信によるもの。サクラから見た錦木千束は、春川フキよりも殺意で劣っている。言うなれば、殺傷性に関する凄みというものが欠落しているのだ。

 

 リコリスとして、それは致命的な欠陥である。

 

 まず以て殺意の鋭さが欠けた相手に“春川フキ”が負けるはずがない。

 

 乙女サクラが東京支部に転属した初日。東京支部に在籍しているセカンドとの連携訓練と称され、サクラはセカンド十名とチームを組んで春川フキと対戦した。

 

 模擬戦の結果は見事に惨敗、サクラは九名のセカンドリコリスたちと同じく訓練場の床に這いつくばることとなった。春川フキはその独自の低姿勢による移動法と攻撃パターンでセカンドを鎧袖一触に打ちのめした。サードではなくセカンドを十人相手にしての圧勝。サクラにとって、あの日から春川フキは東京支部最強のファーストという認識を持っている。

 

 そんなフキ先輩が自分だけでは手が足りないなどと……。

 

『私よりもアイツの方が強い。こればっかりは実戦でないと理解できないだろ。……それにな、サクラ。私より強いヤツなんざ、探せばあっさり見つかるもんだ』

 

 東京支部に在籍するファーストの中でもトップの人間が言う謙遜はひどく現実感が薄かった。ようは油断せず、全力でぶっ倒すというフキ先輩らしい謹厳実直なプラン。なら、相棒であるアタシもその流儀に合わせるとしよう。

 

 

“そぉい!”、と離れた扉の方から気の抜けるかけ声と蹴り開いたドアの開閉音が聞こえる。

 

「おいでなすった!」

 

 サクラは獲物が自分の待ち伏せている空間にやってきたことを察知。伏兵が木箱の影から飛び出し千束の不意を突いて射撃を行う。

 

 通常のリコリスならば、常人のファーストならば、それで十分のはずだった。

 

 しかし、サクラはよくよく思い出すべきことがあったのだ。模擬戦前、フキはあくまで死角からの攻撃、視界に入るなと厳命していた。不意を討つ程度ではまだ足りない。例え油断しきっていようと敵の姿を千束の両眼が捉えていれば、絶対回避の理は十全に機能する。

 

 セカンドに相応しい正確無比な射撃、それをことごとく回避しながら赤き彼岸花は緩やかに距離を詰める。装弾数の限度まで撃ち続けても一向に当たる気配はなく、そのまま千束がサクラの銃を掴み上げ行動を制限。銃口で(ほほ)へ触れ、からかうように笑いかけた。

 

「良い腕してるねぇ、しょーじんしたまえよ」

 

「舐めやがって!」

 

 咄嗟に銃を掴んでいる千束の腕を振り払おうとするが、それは冷静さに欠けた衝動的行動。むしろ、腕が伸びきったことで懐にいた千束はよりサクラを無力化しやすくなった。サクラの銃を梃子の要領で没収して後頭部に銃口をこつりと当てる。

 

 頬に触れたので一回、後頭部に当てたので二回。

 

 

「わぁ~お。実戦だったら二回は死んでるね。しめて四階級の特進になりまーす」

 

 サクラをおちょくっていた千束は、そこで自分を狙う銃口の気配に気づき身を僅かに引いた。サクラの援護としてフキの放ったペイント弾は千束ではなく壁を鮮やかに染め上げる。

 

「なんスかアイツ、舐めたことを──」

 

「主役を譲ろうってハラだろ……そういうヤツなんだ」

 

 

 木箱の影からフキは千束と並んでこちらを真っ直ぐに見つめるたきなの姿を確認。形勢は最悪の一歩手前。敵は二名健在、対しこちらは相方が武装解除され自分しか銃を持っていない状況下。銃を失ったサクラと自分でどこまでやれるかを考えながら、フキは次のマガジンをリロードした。

 

 

 

 

 

 千束の隣に並んだたきなは再度、自身の胸へ問いかける。

 

 自分の選択に後悔は?

 

 “これまでの選択に悔いはない”。

 

 なら、これから後悔する羽目になるかもしれませんよ?

 

 “かもしれない、でもその時はその時です”。

 

 開き直り、腹をくくった黒髪の少女は、これまで出会ってきた人々の顔を脳裏に浮かべる。神秘的で妙に大人びたリリベルの男の子、ふざけているようで確固たる自分を持ち、揺らがないファーストのリコリス。

 

 

 それ以外に、優しく包容力のある男性の店長、酒癖は悪いが他の人をよく見ている女性に、小柄なハッカー。新しく居場所となった店のクセモノ揃いなお客さんたち。リコリスとしての活動に比べれば、なんと退屈でありふれた平凡な日々の出会いだろうか。

 

 なんでもないような日々を、井ノ上たきなはようやく愛おしいと思えるようになり、無意識のままに口角を静かに上げた。

 

 

 

 

 

 

 フキは散々、煽りからかわれて苛立っている現相棒を落ち着かせるため、わざとらしくなんでもないようなトーンで助言を口にする。

 

「闇雲に撃つな、弾の無駄だ。……」

 

 千束と話した所為で口が軽くなっており、喉元まで出かかった“銃は取り上げられているから、無駄な説教か”という追い打ちを心中のくずかごに捨て、サクラの瞳を見つめる。

 

「…っ、射撃には自信あるッス!」

 

「だから余計にダメなんだよ、アイツの術中に嵌るだけってのが」

 

 

「忘れ物ですよ~」

 

 転がされてきたサクラの銃、武装解除し無力化した相手の武器を返してくる。それがどれほどリコリスとしてのプライドを虚仮にしているかを理解しきった挑発にサクラは思わず乗ってしまった。

 

 やられた、フキは相手の遣り口の巧みさに舌打ちし、サクラを止めようとする。

 

「熱くなんなっ、おいサクラッ!?」

 

 フキの制止も間に合わず、サクラが飛び出すとそこには、並び立つ赤と紺のリコリスの姿があった。第一射、千束のペイント弾がサクラの銃に命中し、彼女の手から銃を弾き落とす。千束の攻撃を引き継ぐ形で隣のたきなが放った正確な射撃は両肩、腹部、足に命中。

 

 死亡判定、サクラが崩れ落ちるよりも早く、二人のファーストが疾駆する。互いに低く身を屈め、真っ正面から衝突する勢いの加速。千束はフキに向かって先行、たきなを後ろにフキと最短最速でぶつかり合う攻勢を取る。

 

 それに即座に応じてしまうフキ、彼女も気づいてはいるはずだった。

 

 千束は、たきなに華を持たせたがるだろうと。ゆえに千束はたきなを無力化する前ならそれほど脅威ではなく、単なるサポートしかしないのだから変に固執する必要はないはずだ。

 

 しかし、千束と相対したことで冷静さは斯くも容易く失われた。

 

 幼少からの付き合い、自分には出来ない生き方、先の事件の失態を知られてしまった事。それらの要素が複雑に混ざり合い、フキは千束だけに意識が奪われて、たきなを意識の死角に追いやってしまった。

 

 

 

 こちら目掛け、身を屈めて突っ込んでくる千束はフキを見ていなかった。見ているのは背後で銃を構えているたきなの姿だけ。たきなの銃からペイント弾が放たれる。位置関係上、千束ごと当たるはずの射線の発砲。だが、視界に捉えているのであれば、錦木千束に弾丸が命中する道理はない。全力疾走していた千束は、その場で急停止してから、ひらりとその場で宙返り。

 

 

 千束がフキの視界を遮蔽していたために、たきなの弾丸を回避することは不可能。ペイント弾はフキの頭頂部、額、ゴーグル、右と左の頬に命中。それ以外の箇所には一滴もペイントをつけることなく此処にセカンドリコリス、井ノ上たきなはファースト最強と呼び声高い春川フキを見事に下したのであった。

 

 

 

 それなりの衝撃を伴って、叩きつけられたペイント弾。いくら訓練用と言っても、火薬のストッピングパワーを以てして放たれたペイント弾を頭部に連続して受けたことで、意識を失ったフキはその場で崩れ落ちそうになる。顔面から床に倒れそうになるフキを千束がキャッチし、付近の壁にもたれかけさせる。

 

 

 模擬戦の結果は千束とたきなの勝利で幕を閉じた。

 

 勝利の実感が湧かず呆然としているたきなに千束はピースサインを向けて笑いかけた。

 

「やるじゃん」

 

「……どうでしょう、また味方ごと撃ってしまいましたから、今度はどこに飛ばされますかね」

 

「っぷ、アハハハハ。たきなもホント言うようになったねぇ~」

 

「良い反面教師がいたものですから」

 

 

 ピースサインを下げた千束は拳を握ってたきなの方へ腕を伸ばす。千束の意図に気づいたたきなはやれやれと嘆息をしてから自身の拳を千束のそれと軽く触れ合わせた。ぶつけるというよりは当てる、触れるという程度の接触。それに千束は嬉しそうに笑って、たきなと肩を組み始めるのであった。

 

 

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