ひとまず、三話はどうにか書き切れて一安心です。
ただ、今年中に本編書き終えるスケジュールなら、もう少しオリジナル回も挟みたいですね。次回、ひょっとしたらオリジナルの話を投稿するかもしれません。お目汚しとなるかもしれませんが、面白くなるように頑張ります。
なお、メルブラ編は来年か、早くて十一月を目処にしていきます。
嬉しそうに肩を組んで飛び跳ねている千束と困ったように、でもはっきりと嬉しそうにするたきなたち。そんな彼女らを展望エリアから見ていた楠木司令の側近は隠しきれなかった驚愕に目を細めた。
「あれが錦木千束ですか……動きは初めて見ますが、どのような魔術なのですか?それに此処数年、模擬戦で負け無しの春川フキを下すとは……」
千束が東京支部を離れてより秘書の任を預かった秘書からすれば、東京支部において最強のリコリスは春川フキという印象が強い。数々の任務を完璧にこなし、セカンドが十人がかりでも被弾することなく圧倒する絶対の実力。ファーストの看板に相応しい怪物ぶりだ。そんなフキを越えるリコリスが存在していたことに、彼女は改めてDAという組織が持つ深淵の深さを思い知る。
「…ヤツは卓越した動体視力で射線と相手の射撃タイミングを見抜く天才だ。それに加え、電波塔で共闘した最強のリリベルの戦闘スタイルを独自に体得している。フキですら、その一部を劣化模倣しかできなかったゲテモノを、千束は完全に扱うことができるのだ」
「春川フキの、あの常識外れな挙動が劣化したものだと?……最強のリリベルの戦い方を容易く会得しているとは、規格外ですね……」
秘書の語った“容易く”という点を修正しようかと考えるが、楠木司令は敢えて沈黙を選ぶ。地上300mからの落下といってもいい滑走。あんな命がけの状況で千束は生きのびるため、七夜の技巧を体得する他なかった。
とはいえ、そこまで説明する必要はないし話せば
リコリスとリリベルの共同作戦で在る以上、情報開示はリコリス司令の独断ではするわけにはいかない。
「規格外か。……リコリスは実力や武装、思想までもが均一化され、個ではなく群を以て最大効用を叩き出すことが基本理念ではある。リリベルとて、それは同じ事。だがな、どれほど均一に規格を定め管理をしようと、そこから突出し規格に納めることさえできないような怪物がふとした
先代、最強のリコリスと呼ばれた蒼崎橙子にしても、現最強を冠する錦木千束にしろ、優秀な分、クセが強かったり扱いにくいこともあるわけだが。
また、優れた実力を持ち人格的には扱いやすいが、論理的な説明付けが不可能な技能を運用するリリベル、七夜黄理も同じカテゴリに含まれている。
独白を終えた楠は銃に見立てた指先を秘書の額の目前に構えた。
「この距離からでも千束を撃つことは困難を極める。間違いなく東京支部において最強と呼べるのは千束のみだろう…………しかし、それ以外は生意気なクソガキだ──」
無表情な楠木司令の声に感情の色合いがつき、愉快そうな口ぶりで錦木千束への悪態を漏らす。秘書は楠木司令のそんな人間味ある発言を聞いて、仲が良いのか悪いのかと戸惑いの眼差しを向けるのだった。
「おーい、迎えの車来たってさ~。はやく来ないとおいてっちゃうぞ~。置いてかないけど~」
「──どっちなんですか。いま行きますよっ」
急かす千束の声に応じ、たきながキルハウスから出ようとすると、曲がり角で顔中を青いペイントで染めたフキが腕を組みながら現れた。
「頭ばっか狙いやがって、取引の時の意趣返しか?」
そういう意図はなかったが、がむしゃらにやっていたら、照準がやたらと顔ばかりに合ってしまったので、ひょっとしたら無意識にそういった思考が働いていたのかもしれない。そんな自分に子供っぽいな、と微笑をこぼす。
「……ええ、そういう気分でしたから」
以前は子供っぽい自分のことが嫌いだった。
でも、今は不思議と良い気分だ。
たきなが自慢げにフキに笑って、その横を通り過ぎていく。完全にたきなが視界からいなくなったとき、フキは声を大にして文句を言い届けた。
「命令違反に独断行動、おまえ使いもんになんねーリコリスだよ。二度と戻ってくんじゃねぇ」
その言葉はたきなの耳に届き、なるほどとたきなは納得と共に頷きを一つ。それから、たきなはフキの方に振り返った。
「私からも一ついいでしょうか?」
「恨み言か?」
「いえ、エリカさんにあのときは怖がらせてしまい申し訳ありませんと伝えておいてください」
たきなの発言に思わずフキは振り向いてしまった。絶対に振り向くものかと思っていたのに、たきなが謝罪をした事実に仰天してあっさりとその意志がくじかれる。以前、フキがたきなを感情のままに殴ったのは、見知らぬ銃取引の商人を皆殺しにしたことでも、任務を失敗させたことでもない。背を預け、信頼すべき味方を敵もろともに殺そうとした事実に激怒したのだ。
その認識が、ここで急に覆される。
「あぁ!?だって、おま。エリカのことなんてどうでも、えぇ?」
何をこの人は狼狽えているのだろう?
私は急に挙動不審になったフキさんの様子を訝しく思う。
「──あのとき発砲したことについては弁解はしません。けど助けたいばかりにがむしゃらに動いて、彼女の心理的負担を想定せず行動したことは誤りだったと思うようになったんです。……知っていますか、フキさん?」
「な、何がだよ?」
「実は……機銃掃射されると人って怖いと思うものなんですよ?」
リコリコで過ごす中で学んだことを胸を張り自信たっぷりにフキに説明する。それを聞いたフキは呆れ、焦燥、困惑、不審、怒りと万華鏡のように表情を次々と変えていく。黙り込んでしまったフキを置き去りにたきなは微笑みながら、フキに対して念押しを行った。
「じゃあ、フキさん。エリカさんの件お願いできますか」
たきなの渾身の笑顔を見たフキは、目を点にして立ち尽くす。
僅かに思考、会話の空白の時間を経てフキが再起動を果たし、彼女は思わずといった感じで吠え上げた。
「ふぅ…………んなもん自分で言ってこい!!バァァァカ!!!」
自分よりも遙かに子供っぽい捨て台詞を残し、フキは肩を怒らせ去って行く。それを見送り、たきなは確かに人づてに謝罪するのは失礼かと反省する。千束には悪いが、少し寄り道をしてから帰るとしよう。
でも、それにしたって。
「バカはないでしょう。負けたの、そんなに悔しかったんですかね?」
模擬戦が終わり、ペイント塗れになったフキとサクラは更衣室でタオルやリムーバーを使ってペイントの汚れを落としていた。何やら、不機嫌そうに更衣室に来た先輩へ意を決し、サクラは頭を下げる。
「すみませんでした、自分の射撃が甘いばっかりに先輩にまで恥をかけさせてしまって」
サクラの唐突な謝罪にフキは、ぶっきらぼうに手を振って気にするなとジェスチャーをする。
「お前の射撃に問題はねぇ。むしろ避けやすかったんだ。射撃がなまじ正確だったからな」
呆然としたサクラはフキの奇妙な言い回し、いや表現を正しく理解した。
「ええ!あいつ弾丸を“視て”避けてんですかっ!?そういうのはスクリーンの中だけッスよねぇ?」
「そういうとこがむかつくんだ、よっ!」
ペイントを落とすための
「──お前は!」
フキの突然の行動に面食らったサクラが見たのは、模擬戦で自分たちと対戦したファーストリコリス、錦木千束の姿だった。
「やっほ-、調子はどうかね?」
「いきなり出てきやがって、何が」
「待て、サクラ」
今にも飛びかかりそうなサクラを背にして、フキはかつての相棒と向かい合う。
「何の用だ?」
「いやね、お礼でも言っとこうかなと思って」
「礼なんざ言われる義理はねぇ」
「そーかなー?でも、あのときフキがたきなに発破をかけてくんなかったら、立ち直るのかなり時間食ったかもしんないしさ」
「ハッ、そんな私が面倒見がいいように見えるのか?節穴だな、その眼ガラス玉にでも入れ替えたのか?」
「もー、照れちゃってぇ~。まっ、たきな以外にも発破かけるためだったんだろうけど」
それだけ言い残し、千束は颯爽と更衣室を出て行ってしまった。サクラは、自分がたきなと面と向かって出会ったことで、らしくもない焦燥に駆られていたことに遅ればせながら気づくことができた。サクラは恥ずかしそうに顔を赤く染めるが、歯を食いしばってフキに直角の最敬礼を行う。
サクラの真摯な礼節による一礼を見て、がしがしとペイント塗れの頭をかいたフキは励ますように、労るように彼女の肩へ軽く手を乗せた。
「ったく、野暮なこと言いやがって──」
本日のリコリス寮を大いに騒がせた一幕は終わり、サードやセカンドは皆一様に今回の模擬戦をそれぞれが無責任に評していた。その中で、どんよりと盛り上がりからかけ離れた雰囲気で机に伏せているセカンドとそれを扉のところで観察するルームメイトがいた。
「勝ったら、戻ってくるはずじゃなかったのぉ」
「まぁ噂なんてそんなもんでしょ?四、五割合ってれば良い方で、あとはデマなんてお約束。いい加減に立ち直りなさいって、エリカ?」
「んぅぅ~~~~~」
あっフリーズした。ヒバナは蛇ノ目エリカがショックと混乱のあまり、奇声をあげて思考能力を喪失したことに肩を落とす。“こうなると、長いんだよなぁ”と他人事、いや事実として他人事であるのだが、ルームメイトでありチームとして命を預ける相手である以上、薄情なことは言っていられない。
此処は嘘も方便。ショック症状にはショック療法で対応だ。
「あっ、たきな──」
エリカを励ます、というより
聞き慣れた声を纏い、見慣れた黒髪を靡かせる強い意志を秘めた眼差しの少女。
此処にいるはずのない井ノ上たきなは、その前提を軽々に覆して現れた、
「はい、お久しぶりです。ヒバナさん」
「えっ!?マジで出た!?」
背後から絶対に有り得ぬはずの声を聞いたヒバナは心臓が飛び出す勢いで跳び上がる。一方、驚いたヒバナの脇から室内を覗き込むたきなを見たエリカも同様に目を丸くしている。
「たきなっ!?」
「はい、井ノ上たきなですが……“マジで出た”とは一体?」
ヒバナの発言に訝しげにたきなは表情を曇らせる。そんな疑問も何らかの形で結論づけたのか、たきなは座っているエリカの側にまで近づいてくる。エリカはもう会えないと思っていたはずの相手が急に現れたことで気が動転しているのか、目を白黒に慌てている。部屋の外ではヒバナが、いつでも動き出せるよう僅かだが、膝を曲げ足に力を入れていた。
もし、たきなが東京支部から異動させられたこと、そしてその原因となったエリカに恨みでも持っていたなら、顔を合わせること自体がリスク。暴力でなくとも、罵倒でも受けてしまえばエリカが立ち直るのに、どれほどの時間を要することか。
いざとなれば実力行使でエリカと隔離する心の準備だけは済ませて、ヒバナはエリカとたきなの邂逅を自室の外から傍観する。目前に現れたたきなにエリカは、千々に乱れきった心境の中、どうにか謝罪の言葉を形にしようとする。でも、エリカの一世一代ともいえる覚悟を決めた謝罪よりも先に、たきなは深く頭を下げていた。
「……えっ?」
「すみませんでした、エリカさん。あのとき、貴女の心理的負担を考慮せず、発砲してしまい……本当にごめんなさい」
たきなの心からの謝罪を耳にして、エリカ、そしてヒバナは唖然とする。だって、たきなが謝るべきことではないのだ。あの時点でエリカを救うには、あれが最適解だったとヒバナも内心では理解している。リコリスとして任務を失敗させたことは明確に間違いではあるが、エリカの救助ではあれ以上の選択肢は望めなかった。
たきながエリカに向かって謝るべきことなど何もないはずなのに……。
私の方が謝らなくちゃいけないはずなのに……。
呼吸の仕方を忘れたように、俯いたエリカは声にならない嗚咽をこぼす。ふと顔を上げると、視界で滲んでいるたきなは困ったように慌ててエリカを見つめている。どうしてだろうと思考に血の巡りが通ったところで、ようやくエリカは自分の頬を伝う一筋の熱を感じ取った。
「…………ちがっ、ちがうよ、たきなは悪くないのっ。謝ることなんて、なにもないはずなのにっ!」
「いえっ誰が悪かったのか、という話ではありません。エリカさんの心情や恐怖心を考慮しなかった私の落ち度ですからっ。その、泣き止んでもらいたいのですが……」
常に冷静なたきながあわわ、と泣き出してしまったエリカをなだめようと狼狽えている。それを扉のとこで眺めていたヒバナは、警戒していた自分の見る目のなさに軽く失望する。井ノ上たきなは自分の予想だにしない高潔さを持っていたし、東京支部にいた頃から少し良い意味で変わったかもしれない。
ただ、それがリコリスとして好ましいものかは、今は分からない。
でも少なくとも以前の彼女よりも好感は持てる。いまはそれで十分だとヒバナは苦笑しながら、泣き出したエリカに狼狽えているたきなの隣に立つ。ヒバナ、たきなの臨時タッグは、えんえんと泣き出したエリカを泣き止ますために十五分ほど奮闘することとなる。
後日、その場面だけを見ていたサードリコリスが、何を勘違いしたのかヒバナがたきなと一緒になってエリカを泣かせていたなんて噂が広まるのだが、噂というヤツは四、五割合ってれば良い方で、あとはデマがお約束というものだ。
フキに会いに行っていた千束が妙に疲れ切ったたきなと合流する。なんだか、げんなりとしており、胸元がなんだか湿っているような気がするが深くは追及せず、二人は東京行きの電車に乗り込んだ。
たきなは呆然と車窓に納まった夕焼けを眺めて、ぼんやりとしている。千束は、ふと模擬戦でのたきなの選んだ行動を思い出し、笑いながらたきなを呼ぶ。
「ねぇ。たきな?」
「……なんですか?」
「あのとき狙って撃ったろ?当たっちゃう~、とか思わなかった?」
たきなは千束が差し出してきた飴を受け取って包み紙を剥がす。そのまま飴を口に含むと、イチゴとミルクの甘みが口の中で柔らかく解けていく。赤い果実のプリントがされた包み紙を夕焼けに透かしてから、たきなはぼんやりとした調子で呟いた。
「避けると思いましたから。……非常識な人ですよ」
“千束は”。
敬称、というより他人行儀だった“さん”が
それを聞き、夕焼けの太陽よりも眩しい笑みを千束は浮かべる。
「なんか、色々とあったけど、スカッとしたな~」
そこでたきなは車窓から視線を外し、千束へ悪戯っぽい笑みを向ける。
「えぇ、そうですね───」
二人して、悪戯が成功したかのように笑い合っていると、千束のスマホに何かメッセージが届く。メッセージアプリの画面に送られてきた写真には店のみんなと
いつもぼんやりと、気の抜けた無表情をしている黄理にしては珍しい悔しがっている顔を見た千束は、すぐさまたきなにもそれを見せる。
「ほれほれ、たきなも見てみ?」
「…えっ、黄理くんもこんな顔するんですか?」
「するする、あれで結構、負けず嫌いなとこあるし。ムキになるところなんか、ホントに子供みたいなんだよ?」
大人びた姿しか見てこなかった私は、思いがけない黄理くんの写真に思考が止められてしまった。写真の中では、拗ねた黄理くんの頭に手を乗せている虎杖さん、それを隣で笑って見ている店長、それに勝ち誇っているクルミや常連の阿部刑事、北村さんたちが笑っていた。
トーク画面には“ボドゲ大会延長戦”の文字。
「じゃあ、どうする?」
「どうするもなにも──」
二人の赤い瞳と菫色の瞳が交錯する。夕焼けの赤い光に照らされた互いの眼差しは、やりたいことを見つけた迷いのない決断の意思に染まっていた。
リコリコで都合、五度目になるボドゲの敗北を喫した黄理は行儀悪く立て膝で頬杖をついて、憮然とした悔しそうな表情を浮かべている。早々に負けて手番を喪失し、暇を持てあましている黄理はスマホの通知音を聞いてメッセージアプリの画面を開いた。
「……随分と不格好なピースだな」
機嫌悪そうに拗ねていた黄理が急に穏やかに微笑み出したのを見て、周囲の客やミカ、虎杖までもが黄理の見ていた画面を見ようと側にやってくる。
トーク画面に送られてきた写真には、肩を寄せ合った千束とたきなが揃ってピースサインと笑顔を浮かべている一瞬が切り取られていた。まだまだ、たきなのピースは不格好だけど良い変化の兆しをリコリコにいるみんなは如実に感じ取る。
“二人で行くぜ”、なんて千束はともかく、たきなにしては格好付け過ぎな文面を見て、一斉に店内へ朗らかな笑い声が満ちる。思わず笑ってしまった黄理は、真っ先に敗退してしまったゆえに空いた時間を使って初心者向け、あるいは盛り上がりそうなボードゲームの物色を始めた。
ちなみに七夜黄理の選んだボードゲームが彼の得意なジャンルや勝率の悪くなかったモノに偏っているのは、妹分に良いところを見せたいという余人には計り知れない複雑な心情の発露に違いない。
より簡潔に言ってしまうと、格好悪いところを見せたくないなんて子供じみた悪あがきだ。
Tips
七夜黄理は反射神経や心理戦要素のあるボードゲームに強いが、集中力を下げている関係でぼんやりしていることからケアレスミスやプレイミスが多く、最終戦績は割りと低め。浄眼などという心理戦向けの最強のカードも、集中力が低い状態では有効に活用できていないのが現状である。