Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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推奨BGM、リコリス・リコイルより“反撃開始”もしくは“ALIVE”


Go ahead

 

 

“追いかける、追撃しかない”

 

 

 咄嗟に千束は追いかける選択を取った。ただ、彼を追いかけたい。やりたいこと最優先で動いた考えなしの反射な行動。相手が格上であるということは既に分かりきってる。これは愚策か……いいや、この時点で追跡するなら、まだ相手を補足するのは難しくない。

 

 完全に体勢を整え直し隠行を完成した彼と戦うよりも、この時点の追撃こそ勝利への最短ルート!

 

 部屋を出て、既に音はしないが、このキルハウスの構造はリリベルの彼より、この施設を使ってきたリコリスである自分の方が理解度は高い。

 

 部屋を即座に離れ、七夜黄理の曖昧な気配を追う。

 

 “なんとなく”ではあるが、千束は黄理の気配を僅かに感じ取ることができた。

 

 それは生来の洞察と観察眼が千束の意思により精度を高めていたからだ。

 

 七夜黄理という存在を深く知りたいと願うことにより、本来の常人では察知しようのない彼の気配の影を追いかけることに成功していたのである。

 

 

 先ほどの部屋から離れた廊下で、ようやく千束は七夜黄理を発見した。見つけたことが嬉しくなって、千束の足取り、減らず口もより一層、軽やかになる。

 

「黄理、見っつけたぁ!こっからはもう逃がさないよー!」

 

「──らしいな」

 

 出会いざまの千束の射撃に黄理は先ほど出した刹那の俊敏性を再度、無理矢理に発現させる。己に向けられた照準を急加速で振り切る、千束が銃口から射線を読んで避けるのと違い相手の意識の虚を突く回避法。

 

 しかし、それも十全に結果が発揮されるのは一度目に限定される。完全の初見ならば、効果は発揮されたろう。しかし、これは二度目で、なおかつ彼のスタミナは一度目の奇襲のそれによって削られており回復しきっていない。

 

 

 壁や床を滑るように、弾くように加速減速を繰り返し、七夜黄理は千束の元へ疾走する。走りながら、彼も銃を撃つが今の彼の弾丸であれば、回避するのは十分に可能。千束の余裕をもって回避する姿は、舞踏会の華のように可憐なものだった。

 

 対する黄理も荒々しくステップを踏むように千束の銃撃を高速で避け続ける。

 

 超低間隔で重なって鳴る発砲音は、高速で弾かれるピアノの連弾にひどく似通っていた。

 

 硝煙香る音楽を背に二人の男女は凄絶に踊る。互いの銃撃を合いの手に青と黄色のペイント弾が周囲へ撒き散らされる。

 

 紅き眼光と蒼い眼光が火花を散らす。

 

 

 距離にして20メートルの舞踏会場はたった二秒とコンマ6で縮められる。

 

 

 自分に向かってくる黄理を真っ向から見て、千束は息を呑む。

 

 あれ程真っ直ぐに自分だけを見つめてきた相手を彼女はまだ知らない。

 

 知らないからこそ、知りたい。人類に課された知的欲求と好奇心が彼女の脚を動かす。

 

 理解不能の思いに突き動かされ、千束も一歩、また一歩と黄理へ迫る。相対距離5メートルを切った時、黄理の姿がかき消えた。床と水平に走る超低動作から、壁面へと神速で張り付き千束の頭上に現れた。

 

 千束の想定を越えた瞬発動作。彼女の洞察を破る零から百への瞬転に対応は一手、遅れて相手の急襲を許すこととなる。

 

「あわわっあわぁ!?」

 

 濃密な死の感覚。制服の上から黄理の肉体の動きを予測する。それと同時に千束は自分の一秒先の死を予見した。引き絞られた死の一矢、彼の脚から繰り出される剛撃は成人男性でも易々と絶命に至らしめる威力を秘めている。

 

 それを見た千束は、相対距離を縮めるという失策を此処に来て自覚した。

 

 

 速度はともかく、移動先は予測できた。しかし、距離が近すぎるため今の千束では彼の動作に対応が追いつかない。距離を取るまでは無理でも、一定の距離を保つべきだったのだ。既に全ての打開策は遅きに失した。今、想定を越えて襲来する無謬の暗殺者の姿に千束はうろたえて銃を撃つこともできない。

 

 頭上を取った七夜黄理は、体に刻まれた動きのままに千束の頭蓋を蹴り砕い──

 

 

 急停止。

 

 頭上という最適な攻撃位置を取ったことで、七夜黄理は条件反射で必ず相手を殺し切る攻撃を取りかけた。これは模擬戦であり、殺傷行為は厳に禁止されている。肉体に刻まれた反射の技巧と七夜黄理が今世で培った理性が衝突し致命の隙を曝す。

 

 空中で僅かに停止した体へ向け、千束は至近距離からペイント弾を放つ。しかし、空中で黄理は身を翻し軽やかに避けて着地。

 

 千束は着地した黄理の額へ銃口を向ける。黄理も着地後の硬直を見せないまま、スムーズに千束へ銃を構えた。

 

 ベレッタM92FSコンパクト・タイプMとデトニクス・コンバットマスターが互いに向けられる。

 

 銃の種類さえ分かってしまう距離。二人の男女の超絶技巧により織りなされた舞踏が凪ぎ、全ての観客が決着を確信した。

 

 錦木千束の洞察眼は、今この瞬間において七夜黄理の思考の全域を自分が占めていることを感じ取る。千束の行動に対する理解度、彼女へ向けられる凄まじい集中力、標的に対する執心の深さ。微笑みと共に七夜黄理のことが更に分かってくる。

 

 彼にとって、このキルハウスのように開けた明るい空間は、そもそも得手ではないのだろう。彼の独壇場となるべきは、散らかった障害物が多くある薄暗い密室空間。そういった場所でこそ彼の暗殺術は漆黒の輝きを放つ。

 

 

 壁や床を駆けるあの移動術は、たぶん天井でもおかまいなしに駆け抜けることができたのかもしれない。そうなると、この模擬戦という舞台では彼の全力は最初から見ることが不可能だった。彼の完全な技の数々を観られなかったのは、ひどく惜しい気持ちになる。

 

 

 ゼロレンジ、互いが手を取り合える距離で、黄理と千束は鏡合わせに銃を構えたまま動かない。

 

 最強のリリベルは痛恨そうに眉をひそめ、対する最強のリコリスは得意満面に笑みを浮かべている。

 

 

「避けて撃たれたい?それとも黙って撃たれたい?」

 

「そりゃ素敵な二択だ。どっちも勘弁してもらいたいってのは通じないんだろ?」

 

「とーぜん!ほれほれ、ちゃんと戦う相手の情報収集をしてこなかったツケがやってきたぞぉ」

 

「返す言葉もない」

 

 黄理は素直に肩を竦め、千束は黄理をやり込めたことを喜ぶように頬を赤らめて笑った。

 

 今の台詞をフキやミカ、楠木が聞いたら、よっぽど渋い顔をすることになるだろう。もっとも、キルハウスの音声は上の観客席にまで届きはしないのだが。黄理が構えている銃を見て、千束は薄く笑った。こうして構えてこそいるが既に彼の銃は打ち止めとなっていることを知っていたためだ。

 

 

「弾、もう撃ちきったでしょ。ダメだよ~、ちゃんと残弾数は数えとかないと。いざって時、困っちゃうからね」

 

「確かにな、でも、“いざ”って時になってから言うのはどうなんだ?」

 

 黄理のベレッタM92FSコンパクト・タイプMの装填数は8発。対して千束のデトニクス・コンバットマスターは6に1を足しての7発。勝負の分かれ目は銃に対する慣れによるものだった。常日頃から 主力兵装(メインウェポン)としているモノの差。

 

 それが熟練の暗殺者である七夜黄理を敗北へと追い込んだ。

 

 何より殺傷禁止、キルハウスという開けた明るい舞台、体術の行使不可。多くの要素が錦木千束に自然と味方した。それでも過程は完全に綱渡りだったと千束は思い返す。何か些細なミスでもしていたら敗北していたのは自分だったかもしれない。

 

「こういうのは、実体験を踏まえてじゃないと体に浸みないから、ばっち良いタイミング。事前に言うんじゃなくて土壇場で言った方がいいの。どっかのえらい社長さんも言ってるからね、“時には歩くより前に走れ”って」

 

「生憎、社長なんて偉い人には縁がない生活をしていたもんで」

 

「そんなん私だってそうだよ、これ映画の話。黄理は見たことないの、映画?」

 

「見る機会も、見たいものもなかったからな」

 

「そっか、じゃあ今度おすすめの映画をいっぱい渡そうか?アクション、サスペンス、ホラーに、大ヒット作からB級のサメ映画までなんでも揃えてあるよ!」

 

 銃口を向けられ観念したような黄理の立ち姿。千束の中で、どうしてか少しでも長く見ていたいなんて妙な思考に繋がる。でも、終わりの時間は楽しければ楽しいほど早く訪れるもの。

 

 

「面白そうな提案だ。……けど、そろそろ決着をつけないとな」

 

「──そう……だね。うん、もうちょいやっていたかったような、もうこんな疲れる模擬戦はこりごりだなぁってのが半々で来てる。ほっんと、疲れたー」

 

「褒め言葉、として受け取るべきか?」

 

「うむ、くるしゅうない」

 

 なんだそれ、と無表情ながら呆れたような雰囲気を出す黄理は、最後に気になっていたことを千束に問いかけた。

 

 

 

「……ひとつ聞いてもいいか?」

 

「な~に?言っとくけど私の体重にスリーサイズ、好みのタイプはトップシークレットよ☆」

 

「いや、それは別にいい」

 

 “いますぐ撃ったろか、この朴念仁”、と千束の引き金にかかった指に力が入りかけるが、強い自制心でどうにか押さえ込み、黄理の質問を待つ。

 

 

 

 問いかけは飾り気のないたった一言、素朴かつ簡潔なものだった。

 

「千束は、殺しはやらないのか」

 

 千束の軽口を続けようとしていた思考が凍る。

 

 

 本当に、彼はこんな短い時間で自分の深いところまで知ってくれた。

 

 それはむず痒いようだが、少しも嫌でないことが千束は不思議だった。

 

 

 

 しかし、七夜黄理にとって、この質問は何ら不思議なモノではない。

 

 模擬戦でも如実に出ていた急所を外す弾道、殺気を見せも感じもさせない千束の動き、七夜黄理は錦木千束が殺人を厭っていることを、その動きのみで完全に洞察した。

 

 それは彼にとって最大の疑問だった。相手の照準と射線を正確に読み取って銃弾を避けるという神業。それは人外の怪物と関わらない限り現代における最大の殺人技巧になる能力。そんな天与を持ちながらも、千束の殺しを厭う姿勢が黄理の反応に乏しい感情の琴線に触れた。

 

 質問と言うより独白のような呆然とした黄理の声。それは千束に向けられたものであり、彼自身に向けられたものなのだろう。

 

 切実な身を切るかのごとき問いかけ。

 

 思いも寄らぬ質問に銃口が僅かにぶれる。

 

 彼ならその隙をついて、押さえ込むこともできたろうに身動き一つ無い。

 

 七夜黄理は本気の目だ。この真っ直ぐな視線に応えたい。この視線をもっと独り占めしたいというおかしな考えさえ出てきてしまう。

 

 けれど、此処には多くの観客がいる。いくら聞こえないからと言って、自分の大切な思い出と自分の信念を軽々に話していいものか。

 

 

 僅かばかりの葛藤。

 

 それを飲み下した千束は──

 

 

 

 

“正直に真っ直ぐな言葉で返す”

 

 

“この場は冗談交じりに返す”

 

 

 

 

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