物語シリーズを参考にしたので、若干寄ってるかもしれません。
嗜虐心と庇護欲をかき立てるような黄理の困惑しきった反応に、追及が厳しめになってしまったが、事実として黄理がここ最近では派手な悪さをしていないということはきちんと判明した。無情にも自分の生活状況と個人情報の暴露を強要された黄理は、事の次第を聞いて呆れたように憤慨していた。
「冤罪にもほどがある。なんだって、夜中に見ず知らずの他人をバラさなきゃならないんだ。大体、俺が人を殺せないってのは、お前が一番知ってるんじゃないのか。ったく、そんな人騒がせな噂を真に受けないでくれ」
「ごめんって~今度、お店で千束さんお手製のスイーツとかサービスするからさ。……でも、バラバラ死体に学生服って聞いて、もろ被ってる人が知り合いにいたら聞きに行くでしょ、ふつう」
「普通はそんな知り合いがいるはずもないのですけどね。しかし、類似項があるのは事実です。黄理くん、何処かの仕事で一般人に目撃でもされたんじゃないですか?」
「仕事以外なら気づかないかもしれないけど、仕事中はそれなりに周りに気を配ってるから、それはないな。財布落としたんで説得力がないかもしれないけど、仕事中にこちらを見ている人間の気配を見逃すほど腑抜けた覚えはない」
黄理の苦しい言い訳めいた発言を聞いた橙子さんはおもむろに煙草へ火を付けた。
「だがまぁ、まったくの無関係というには色々とピンポイントに要点だけを突いてはいるな、その噂。いや都市伝説だったか。返り血ではないにしろ、真っ赤な学生服というのは該当しているし、バラバラ死体なんて実にお前向きな話だ」
「そんな血なまぐさい向き不向きなんて嫌ですよ」
「でも事実として、黄理くんはやろうと思えばできるんですよね?」
たきなの鋭い切り口に黄理も思わずたじろぎ、反論に詰まってしまった。
「まぁ、できなくはないけど、ここ数年そこまで景気よく身体をバラしたことなんてないぜ?精々が、腕や足の二、三本程度で──」
ふーん、それは良いこと、というか悪いことを聞いたなぁ~。
“殺してはいない”と言った黄理のことは信用してるけど、四肢の欠損については後々でツッコミを入れさせてもらおうかな。
猫のような気まぐれで怪しい笑みがつい零れてしまう。
「へぇ?」
「……狡いぞ、たきなを誘導尋問に使うとは」
「いや、黄理の油断が原因でしょ。たきなの所為にしなーい。あとそれはそれとして、腕とか足の件、また別の時に詳しく聞かせてもらうからね」
「……今日は徹底的に俺の不運の日らしい。というか、俺以外に下手人がいるって線は考えられないのか?まぁ、その都市伝説とやらが、まるっきりデマって可能性もあるだろうけどさ」
あっ、言われてみれば、確かにそうだ。
バラバラ死体に赤い学生服ということで思考が限定的になっていたが、別に時間をかけたり、道具を使ったりすれば、結果として人体をバラバラにすることなど極論誰にでも出来るもの。そこに至るまでの倫理的な問題さえクリアすれば、バラバラ殺人の犯人は黄理以外にも考えられるはずなんだ。
「噂についてだが、聞いた話によると返り血を浴びた学生服の人影と解体された死体という話はネットに出回っているそうだ。ただ、現実問題、東京でバラバラの死体が発見されたという報告は上がっていない。所詮はネットのフェイクニュース。しかし、万が一にもファーストの露見に繋がりかねないと恐れて、ラジアータでSNSの情報封鎖はされているようだが……人の口に戸は立てられなかったな。DAも迷惑しているようでね。リリベル、リコリスの方でもこの噂話の収拾と捜査をしているらしい」
「あ~、道理で」
確かに街中を歩いていたら妙な視線を感じてはいた。視線の先にいたのが、明らかに一般人ばかりだったので、“クールビューティ”たきなと“プリティーウーマン”こと千束の魅力に当てられたかと思っていたが、まさか都市伝説で語られる犯人扱いをされていたとは……。
まったく遺憾である。
「単なる根も葉もない噂じゃないのか?俺たちリリベルの活動にしろ、千束たちリコリスの活動にしろ、情報封鎖が徹底されてるんだ。たまたま、それっぽい噂が流行ってるってオチは有り得ると思うけど──」
「まっ、どっちにしたって根や葉じゃなくて花なんだけどさ」
「それなら、殺人鬼なんて辛気くさい噂じゃなくて、もうちょっと華々しい噂になってもらいたいものだな」
「所詮は噂、単なる都市伝説です。黄理くんと似たようなことが出来る人の実在する想定よりも、噂そのものがでまかせという方が自然かもしれませんね」
「いや、案外、そうとも限らんぞ」
さも美味しそうに煙草を吸って意味深に橙子さんが微笑む。馴染みのないたきなはまだ察しきっていなかったが、相応に付き合いの長い私と黄理はすぐに理解する。“ああ、さぞかし長い話になるんだろうな”、と。
「噂、伝聞、与太話、都市伝説。他にも人が流布する話に関しては様々な表現がある。流言飛語、風聞風説、
「?機能不全って、橙子さん。別にテレビのニュースがやってないわけじゃないんだし、ちょっち、おおげさ過ぎるんじゃ」
「ならば、千束。旧電波塔事件以後の報道体制が、それ以前のモノと何ら変わらんと思うか?万全の機能を発揮していると言えるのかい?」
橙子さんの話を聞いて私は、近年のニュースでは殺人や強盗、そういった血なまぐさい事件の報道件数が少ないと何処かで聞いた記憶を蘇らせる。例え事件性のある報道がされたとしても、奇跡的に死傷者がゼロの“幸運”なケースか、事件はとっくに解決しており捜査、容疑者の確保が既に完了しているという結果だけを報じている場合が多いらしい。
不都合な情報の徹底した管理。人々が平和を甘受しているがゆえ、深く気にされることのない不可侵の情報的領域。
“情報の真空状態”。
ああ、それに近しいことを私はちょっと前に自分で言っていたじゃんか。
“事件は事故に。悲劇は美談に変えられている”。
改めて、自分たちの守る平和の陥穽、あるいは矛盾について思考が回りかけ、それは自分たちが考えてもどうしようもないことと見切りを付ける。深刻な表情で考え込むたきなの小脇を突いて、迷走しているであろう思考を強制的に留め置いた。ただ、不意に脇をつかれたたきなは、不服そうな顔で仕返しにと私の脇腹を小突いてくる。
えへへっ、こしょばいなぁもう。
「いいかい、噂の発生条件は大きく分けて二つある。それが何か分かるか?」
ソファに座っていた私たち三人は揃って首を傾げる。
「ねぇねぇ二人の意見、聞かせてよ。ほら、三人寄れば文殊の知恵っていうじゃ~ん。私たち三人の力と知恵を合わせて、橙子さんをあっと言わせようゼッ!」
「私たちの意見を言うのはいいですが……千束はどうするんです?」
「えっ、わたしぃ?──二人の意見を纏めて橙子さんに発表するっ!」
「良いとこ取りか。大体、それだと三人寄ってないよな、知恵。二人分しか集まってないぞ」
ちぇっ、バレたか。でも実際、噂がどうして出来るんだかなんて、深く考えたことがないんだけどなぁ。SNSとかネットでいつの間にか、なんとなく雰囲気で広まっているものを、言語化しろというのは難しすぎる。
う~んう~ん、ここは笑いを取るべき?
それとも真面目に行くべきか。
そんなことを考えている最中、まず先陣を切ったトップバッターは黄理だった。
「興味を惹かれるもの──。つまらない話、どうでもいいことが語り継がれるなんてないでしょう。だったら、何らかの形で人の興味を惹くことが噂される最低条件なんじゃないか?」
「……黄理くんの言う意見とは異なりますが、重要なのはリアリティかと思います。合理的に考えて、あからさまな嘘を伝聞するなんて必要性を感じられない。そうなると、噂を構成する上で重要視すべきは、人が信じられる程度のリアリティではないかと」
まっ、まずい。思ったよりもガチ考察に入っている。此処でボケたら、返って悪目立ちしてしまうのでは?
泣く泣く私も真面目ちゃんとしての考察を一応、答えてみた。
「最初に話を始める人の影響が大きいんじゃない?今の時代、口コミの力って偉大だし。いっぱい知り合いとかフォロワー、顔なじみがいる人が話したとすれば、それが人から人に伝わっていくと思うんだよな~」
「──なるほど、お前たちの意見はよく分かった。黄理とたきなは情報の内容そのもの、千束は噂を媒介する人に焦点を合わせたわけだ。悪くない着眼点だが、それだけでは正解とはいかんな。……まず以て噂を発生させる本質的な条件とは、“情報の持つ重要度”と“その情報の不確かさ”に分けられる。噂というものは、この両車輪なくして走らないものなんだよ」
「……正確性ではないのですか?」
「不確かであることに意味がある。いくら、人々にとって重要度の高い情報でも嘘や本当と分かりきっていると、それを他者と共有、あるいは確認のために媒介されることがない。曖昧として、実体が掴めないゆえに人は不安を抱き、他者とそれを共有していると実感するために噂は広まっていく。しかし、人から人へ伝聞される過程で噂は必ず、その形を歪める。伝言ゲームの弊害と似たような原理だな」
「噂に尾ひれがつくとはよく言ったもんだね。曖昧さが増していって、それを確認しようと更に噂が広まり……行きつくとこ、嘘か真かが確定するところまで行けば、噂は自然と消えるってわけかぁ。煙草の火みたいに」
「おいおい、まだ吸い始めなんだぞ。そんなにすぐ消えられたら困るんだがね」
橙子さんは煙草の吸い殻を灰皿に落とし、こちらの様子を伺ってくる。
「
橙子さんの難解な言い回しに、たきなが難しい顔で考え込んでいる。一方で私や黄理は要するに“存在するから噂されるのか、噂されたから存在するのか”みたいな話なのだと、此処までのご高説を噛み砕いて理解する。
というか。橙子さんの言い回しが無駄に小難しいのが悪いと思うんだけど……
ジトッと、考え事に勤しむたきなを余所に私と黄理は、伽藍の堂オーナーに冷たい視線を向ける。二人分の白眼視を受けても橙子さんは平然と煙草の紫煙を天井へとゆっくり吐いていった。
「──まぁ、何が言いたいのかというとだ。近頃の都市伝説で“返り血を浴びた学生服の殺人鬼”が噂されているが、その噂の主題となる殺人鬼の配役は、ウチの坊やか、それともそんな殺人鬼はいないのか、まだ別の殺人鬼がいるのか。なんにせよ、今回の噂は作為的な気配を感じる。いいか。噂が収束するまでは大人しくしていろよ、黄理?」
「大人しくも何も悪さなんて
「フン──千束、たきな。ウチのぼーやを見ておいてくれ。こういう馬鹿げた噂は踊らされたが最後、疑心暗鬼の深みに嵌りロクな目に遭わないからな」
機嫌も悪し様に橙子さんは、実にぞんざいなセリフで黄理のプライバシー侵害の許可を出してくれた。
ん~む、なんでこんな風に機嫌悪いんだろ?
なんか悪い事でもあったのかな?
そんなアタリを付けようとしていると、黄理が小声で原因について捕捉、というよりネタ晴らしが適当か。下手に橙子さんを刺激しないようにという配慮で、私とたきなにヒソヒソと耳打ちをする。
「ほら、前にあった“新人類創造計画”っての、リコリスのデータバンクを当たって、リリベルの情報班とも取引したんだけど、
「……なるほど以前、東京支部に橙子さんがいたのは“新人類創造計画”について調べるためだったのですね。ああ、そういえばあの時、調べ物があるって言っていたような」
「あ~、橙子さん。昔っから凝り出すと長いんだよねぇ。事件の捜査、今回も長引きそうな予感がしてきたにゃ~」
「にゃーってなんですか」
「……聞こえてるぞ、無駄口なら洒落た喫茶店で叩いてこい。はぁ、黄理。今日はこの辺で店仕舞いにしよう。東京の夜道は物騒だ、そこのお転婆な二人を送ってやれ」
「?別にその辺のチンピラ程度、千束とたきななら普通に対処できますよ」
「女子に対する普通の気遣いをしろと言ってるんだ。私は」
かちん、と私とたきなの機嫌が黄理の株と同じくらいに急降下。いやね、そりゃ素人のチンピラでも、不審者でもやっつけられるよ?でも、そーじゃないでしょ!女の子の扱いとちゃうでしょーよ!
そのまま、私たちは特に打ち合わせをせずに全く同じアクションに移る。
たきなは黄理の左腕、私は黄理の右腕に組み、というか行動の自由を奪うように肘の関節を
「こーんなか弱い女の子を捕まえて、ひっどいな~。あんまりにも悲しくて涙が出ちゃうよん」
「ええ、千束の言う通りです。黄理くんはもっと女心というものを勉強してください」
「少なくとも、世間一般で言うか弱い女の子というのは腕組みを関節技にしないと思う。ていうか、この状況、なんだかデジャヴを感じてやまないんだが……」
黄理はこの時、春先にたきなが初めて千束と組んでリコリコの仕事を請け負った日のことを思い出していた。“篠原沙保里”という女性を狙うストーカー退治の後、謎のコンビネーションの良さで二人は黄理を拘束し、そのまま尋問にまで移ったあの日の夜。
今にして思えば、初日でああも巧みな連携と協力体勢が取れているのだ。息が合わないなんて心配するまでもないということか。その連携の矛先がやたらと自分に向いているのが、不本意ではあるが嘆いても仕方ない。
腕を極められたまま関節に生じる鈍く軋む痛みを無視し、少年が二人の少女のエスコート役を果たそうとしていると、静寂がBGMである伽藍の堂にレトロな黒電話のベルが鳴った。今どき、一人一台のスマホという携帯端末最盛期、それと逆行する代物の黒電話が元気に着信のベルを鳴らす。
伽藍の堂において電話番を仰せつかる黄理は、両手に華の状態で受話器を掴み取った。
たきなと私は、黄理がやりにくそうに電話に出ているのを思う存分、観賞する。ふふん、乙女心の分かってない黄理を困らせるのは楽しいなぁ。左腕を組んでいるたきなと、黄理を挟んで笑い合う。
さて、夜はまだまだ浅いわけだし、これからどう夜更かししよっかな~。
そんな平和にボケた思考を切り捨てるように、黄理が出た電話口から剣呑な話が聞こえてきた。
『お前の子供は預かった』
機械的に加工された音声。開口一番に電話向こうの何者かは、18歳の少年に向かって非実在児童を誘拐したと騙ってきたのである。私とたきなの瞳からスッと光が消える。平行して関節の曲がる方向とは違う向きにかかる力。
流石に誤解で肘を砕かれてはたまらないと、黄理は電話越しの相手と傍らにいる千束、たきなに訂正を行った。
「十八年、生きてきてそんな覚えはないんですけど……橙子さんの関係ですか?」
『男、子供?あれ、成人した女のはずじゃ──』
成人した女のはず、と聞いてから私たち三人は伽藍の堂の女主人を手招きする。事態をよく分かってない橙子さんは首を傾げながらも、黄理の持ってた受話器を預かり、電話を変わってくれた。
そして、電話の相手が変わったことで、暫定誘拐犯は先の脅迫を
『お前の子供を預かった』
「…………あぁん?」
えらくドスの利いた五十音の始めの一語だった。なんというか聞いているだけで怖じ気づき、震えが止まらなくなりそうな疑問符。威嚇というより、脅迫に匹敵する不審の声を聞いてから黄理はためらうことなく、一番の疑問点をつまびらかにする。
「子供って橙子さん、いつこさえたんですか?」
「えっ、子持ちだったんですか。お相手は一体どのような……」
「待った、たきな待った。黄理は自業自得にしても、ここで巻き込まれるのはまずいんよ。戦略的にこの場は
黄理の即死級の危険球に続いて、たきなも大暴投を橙子さんへキラーパス。受話器の向こうの合成された音声は、怒りのあまり瞳孔を開けている橙子さんを置き去りに、“警察への連絡禁止”とか、“身代金の額と受け渡し方法”に、“娘の命が惜しければ~”なんてことをまくし立てた。
蒼崎橙子がその戯れ言を一応、最後まで聞いたのはここまで自分を虚仮にした相手がどんな要求をするのかの確認と、単純に相手を逃がさない合理性の追求である。受話器が砕けんばかりに軋む音を立て、心胆が凍り付くほどの冷たい声を出す。
「──あいにく、私に子供はいない。預かってる坊やも誘拐されるほど腑抜けたヤツではないからな。おい、貴様どこの誰の子供を誘拐した?それが私となんの関係があるとでも?」
『え……ちょっと待て、十歳になる子供がいるって……あれ、まさか……この番号って』
「完全に間違い電話だ、馬鹿者っ!!今どき間違い電話なぞする犯罪者が何処にいる!!絶対に犯行に失敗する、というかしてるから、さっさと攫ったガキを開放して真っ当に働けっ!」
電話向こうの相手が泡を食って、急ぎ通話を切断する。わ~、いまどき誘拐で身代金を取ろうとか、それに間違い電話なんて大分レトロな犯罪者だなぁ。
「仕方ない。功徳を積むと思ってボランティアにでも勤しむか。黄理、臨時の、しかも稼ぎにもならない仕事だ」
「……暇してるからいいですけど。橙子さん、本音の所は?」
「誰に喧嘩を売ったか、きっちり跡形もなく後悔させてやる。今どき誘拐で金をせびろうとする間抜けを引きずってでも連れてこい」
「清々しいほどに私怨じゃないか」
凄惨な笑みを浮かべ紫煙を吐いた橙子さんは、卓上のパソコンを操作し始めた。
「そうだが、人助けに繋がるのだから過程はどうでもいいだろ?」
たきなと黄理は、“なるほど”と納得して頷いているが、いやいやそういうこっちゃないでしょ。煙草を咥えている橙子さんがパソコンの画面をこちらに向ける。電話してきた相手の発信元が判明したようだ。
レトロな刑事ドラマじゃないのだ。“逆探知のために会話を引き延ばしてください”、なんて現実の捜査に起きるはずもなく、ノウハウさえあればネットサーフィンするよりも簡単に電話してきた相手を見つけることができる。海外に幾つデータ受信の中継点を作り電話した場所を誤魔化そうとも結局は簡単に調べが付くのだから。
黄理の携帯にメッセージ音が鳴り、犯人たちの座標の送信が行われた。
あ~あ、ご愁傷様だ。まさか、たまたま橙子さんに喧嘩を売っちゃうとは。
「じゃあ、早いとこ片付けてきます。ガレージの車、借りてきますよ」
それだけを言い残し、下の階に一人降りていこうとする黄理の両腕に私たちは抱きついた。
「……見ず知らずの子供が窮地にあるらしいんだが、二人ともこれは一体?」
「あのね、こういうとき、とっても頼りになる素敵で無敵な美少女たちがいるのに、なに一人で勇み足になってるのかね?」
「人質がいる状況では、瞬間的な犯人の制圧と人質の安全、精神衛生を考慮した救助が必要です。一人よりも三人で行くべきではないでしょうか?」
私たちの満面の笑みの提案に黄理は、なんとも言えない表情で首を傾げる。
「これ、ただ働きになるって聞いただろ?二人を雇う予算がないんだけど」
「ツケでもいいよ~?」
「分割ローンも利きますから」
私たちがどうあっても着いていくということをようやく理解した黄理は、車の鍵を手の中でもてあそぶ。それから反らしていた目を、ようやく私たちに真っ直ぐ向けてきた。
「初回特典とか、サービスみたいな割引って無いの?」
「さてどうなんでしょう、何か良い案はありますか?」
「む~、美少女二人が一緒に行くって大サービスがあるのに、まけてもらおうとするとか黄理はなんて我が儘なんでしょ~。仕方ない、リコリコの無料コーヒー券もつけちゃろう」
「緑茶もおまけで頼むよ……じゃあ二人とも、手伝ってもらえるか」
黄理の私たちを頼ろうとするささいな言葉を火種にして、胸に淡い熱が生じる。あやふやで、曖昧で、不確かなはずなのに心をじりじりと焦がす感情の熱量。黄理を挟んで向かい合うたきなも林檎みたいに頬を真っ赤にしてる。
私は、此処に来てたきなが黄理に抱く気持ちを、なんとなく察してしまった。
同じ人に向ける同質量にして同系統の想い。
女の子の一世一代、相手を思う度に胸に灯り心を翻弄する極大の感情。
人生でたった一回だけ許される、一回限りの他者に対する感情。
最初にして、最後になってしまう想い。
成就するかどうかも分からない。
初めての……
この感情がなんなのか、答えが出そうになる直前で私は車の助手席に飛び込んだ。
助手席でにこにことしている私を見て、黄理とたきなは仕方ないといった足取りで運転席と後部座席につく。
まだもう少し、あとちょっとだけ。
私の七歳の頃からの想いとたきなの黄理に対する気持ちに名を付けるのは後回しにしよう。いつか、あっさりと答えなんて出てしまうとしても、今はまだ三人でいられる時間を、三人が笑い合える時間を過ごしていたいのだから……
「見ず知らずのお子さんを助けるなんてお人好しが過ぎますよ、黄理くん?」
後部座席に座ってベルトを締めた、たきなの言葉を聞いて黄理は瞳が零れそうになるほど目を見開いた。隣に座っている私も、たきなの発言に驚き呼吸がぴたりと止まった。そうだ、たきなにはそう見えているのだ。それがとても優しい錯覚で、幸せな誤認だったとしても、黄理のことを知る誰かがそう言えることに意味があった。
うん、本当に良かった。たきなに会うことができて、本当に良かったと思っている。
この思いは何があろうと変わることはないのだろう。
「……うん、黄理はホントにお人好しなんだから!」
太鼓判を押すように私が笑いかけると、黄理はほんの少し嬉しそうに、そして寂しそうな笑みを浮かべ首を振る。
“そうだったらいいんだけどな……”
かすれきった小さな囁きは車の
「ねぇねぇ、今から現場に行っても多分もう撤収したりして足取りを追い掛けるとこから始まるんだろうし。何ならクルミにも頼んでおこうか?」
「そういやあの子、凄腕のハッカーって謳い文句なんだっけ。じゃあ、頼んでおいてくれ」
リコリコで庇護されている少女を巻き込んでいいものかと思案した黄理は、とっくに私やたきなを巻き込んでいることに思い当たると、あっさりクルミへの協力を要請。そのまま車両は木更津方面へと向かっていく。
「ところで間違い電話をしてきた誘拐犯は、どこから電話をかけてきたんですか?」
首都高に乗るまで、次のボドゲ大会のこととか、もうすぐ夏服になるなんて話題に夢中になっちゃったけど、たきなの一言で思考が夜更かしドライブから緊急の仕事に立ち返った。
「そうか、まだ言ってなかったよな。ふむ、論より証拠というか、百聞は一見にというか、ほら見えてきた」
無感情に呟いた黄理の蒼黒の瞳が夜景の明かりを帯び、神秘的な光を発する。助手席にいた私は、その刹那の光に魅入られ思考が滅茶苦茶に撹拌される。ただ、後部座席にいたたきなはそれを見ずに済んだおかげで黄理の視線の先にあるものから車の行き先を知る。
「なるほど、そういうことですか」
「────え、っとなになにっ!?何処行くって話だっけ!」
「見れば分かります。前ですよ、前」
たきなに促された私がフロントガラスの向こうを見ると、一瞬で行き先が何処なのかを思考が確定させる。見れば分かる、言うよりも理解し易いとはよく言ったものだ。
高速道路上、行き先を明示した青の看板。
そこには木更津という文字の上部に別の行き先について書かれている。今から私たちが通る道路、というか海底トンネル。“東京湾アクアライン”、東京と千葉を繋ぎ、東京湾を横断する唯一の道。このまま進み続ければ、やがて千葉へと越県してしまうが虎杖さんに連絡をしていないとなると黄理が何処で止まるのかも予想が付く。
「あ~。なるほどね」
海に浮かぶ人工の島。東京湾を横断するアクアラインの要所。
海上に建造され、五階層からなる多数の商業施設を抱えた世にも珍しいパーキングエリア。
“海ほたる”。
黄理がアクセルを僅かに強く踏み込むと、加速による慣性力がじんわりと身体にのしかかる。車の速度は120キロを優に越え、アクアラインを迅速に走り抜ける。首都高に乗って雑談をしている間に、銃やワイヤーガンなどの装備の確認は完了していた。そうなると、残っているのはもっとも重要となる行動の開始のみ。
攫われた顔も知らない子を救うため、千束たち三人はまだ先の長いアクアラインの向こう側にあるであろう海ほたるを見据えるのだった。
次回からようやくSF伝奇のSF要素を出せるかと思います。本格的に戦闘シーンの開始。なお、新キャラは出さないという約束ですが、一話だけに登場する敵側登場人物についてはその限りではないものとしていきます。
新人類創造計画について、そろそろこの辺りで明かしておきたいところ。
年度末ゆえ、次回はもしかすると来月になるやもしれません。ひとまず、海ほたるを舞台としたオリジナル回をお楽しみに。あと、毎度のお願いで恐縮ですが、感想もよろしければお願いします。