Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 何気にハーメルンには流行り神の二次創作が無いと思う今日この頃。
 新キャラが出ますが今回の話限定の登場なのでお気になさらず。それでは戦闘回にむけた導入の一話をご覧ください。




Ask for the moon【3】

 

 夜空には弧を描く三日月が脳天気に輝き、月光が海面に乱反射されていることで星をちりばめたような幻想的な景色が海ほたるから見ることが出来た。

 

 

「……すごい」

 

 

 たきなたちが目的地の海ほたるに到着し周囲の夜景を堪能していると、着いて早々とてつもない強風に歓迎される。たった二秒足らずであったが、それでも目も開けられずスカートがめくりあがりそうになるほどの風速。

 

 陸から吹いているであろう潮の匂いを感じる風に長い黒髪を乱され、苛立つ私はこの強風の合理的根拠(メカニズム)について詳細を脳裏で展開させていた。

 

 

 

 海上や湖面などの水面(みなも)は寒暖差が激的に変化することはない。むしろ、温度差が明確に出やすいのが陸上なのだという。昼と夜、太陽の有る無しで陸上の温度は明確に差異を生じさせる。そのとき、陸上の空気の温度もまた影響を受けるのだ。

 

 

 空気は暖かければ膨張して軽くなる。軽くなれば大気は全体的に空高く上昇していく。

 

 ここまでは上昇気流の仕組みだ。

 

 この上昇気流の仕組みと海に近い地域という条件を組み合わせると、昼間と夜中で風の吹く向きが異なる自然現象に行き当たる。太陽の出ている昼間、その場合は陸地が暖められるために陸地側で上昇気流が発生し、その空いた空間に海からの風が入り込むため海風となる。夜中の場合、相対的に温度の高い海側で上昇気流が発生し、夜中になり冷え込んだ陸地側からの風が入り込むために陸風となる。

 

 

 つまり夜の時間帯こそ、海ほたるにおいてもっとも風の強いタイミングなのだろう。

 

 

 吹き荒れる潮風に髪を乱された私は、合理的な理由を思い浮かべて無惨にもぐしゃぐしゃになった髪を自らの手で梳いた。

 

 夜の海ほたるが目新しいのか、車を降りてから忙しなく独楽のようにくるくると小躍(こおど)りをしている千束。神保町から運転し通しだった黄理くんは夜空と鏡写しな夜の海にぼんやりと視線を彷徨わせていた。

 

 

 髪を整え終えた私は、“自分が二人に代わって、もっとしっかりしなくては”という使命感を強める。

 

 

 そんな感じの決意を新たにしたその時、ひときわ強く吹き抜ける一陣の夜風。

 

 先ほどより心なしか風速の上がった風により、めくれ上がったスカートを抑える。ばたばた、と鳥の羽ばたきみたいに(なび)くスカートと胸元のリボン。顔を叩くように靡いたリボンとめくれたスカートを抑えてから、私はせっかく直した髪がまたもや乱れたことを察した。

 

 風が吹き止み、果たして後ろ髪がどれほどの混乱具合なのか、目線だけを背後に回す。するとそこには、呆然と驚きに満ちた顔で黄理くんが目を見開いていたではないか。ぼんやりとも、安穏ともしていない純粋な驚嘆の様子を見て、黄理くんが何に驚いたのか、興味を惹かれてしまう。

 

 

「どうしたんです、黄理くん?まさか、誘拐犯に繋がりそうな痕跡、違和感でも見つけましたか?」

 

「…………いや、別に誘拐事件とは関係ないんだけど、そうだな。すごい違和感と言えば違和感のあるものを見せられた……ような見てしまったみたいな」

 

「なんですか、その焦点の定まっていない発言は。どんな些細な違和感も見逃さないようにしてください」

 

「俺も信じられない、というか見たまんまを受けとめられなかったんだ」

 

 黄理くんの反応がどうも要領を得ない。言語化に苦労しているらしく、くしゃりと掴んだ前髪をかき上げる。

 

「おーい、二人とも何してるの。はやくはやく、謎の誘拐犯に囚われたお姫様を救出しにいくのだっ!まずは五階のシアタールーム“うみめがね”から順番に捜査開始っと☆そんで四階の“幸せの鐘”にも行くでしょ~。一階にあるちょー巨大モニュメント、カッターフェイスも目玉だよねっ」

 

「誘拐犯の発見に目を凝らしてください」

 

「観光に目を奪われている場合じゃないぞ」

 

 

 目の付け所がズレていた千束の暴走を止めるため、私と黄理くんで彼女の両手を握って勝手に何処かへ行かないよう繋ぎとめる。両サイドから手を握られ、千束は不服そう、いや何故か急にご機嫌に?

 

 はて、どうしたものかと考えていると黄理くんが捜索方法についての同意を求めてきた。

 

「バカと煙の典型じゃないけど、上から順繰りに探すのは良いアイデアだよな。まずは五階まで上がるとしますか」

 

「その方が効率的ですか……では五階に向かいましょう」

 

「ちょい待てぇい。その言いっぷりだとバカのポジションに私がキャスティングされちゃうのでは?」

 

「そんな馬鹿な」

 

「あ~!!やっぱバカにしたな~!」

 

「暴れないでください、ほら真面目に犯人たちの痕跡を探しますよ」

 

 

 仲良しこよしで手を繋いだ三人組、なお内訳は女性二名、男性一名。

 

 逃亡防止のため真ん中にした千束の手を引き、それにつられて千束が手を握っている黄理くんもなし崩しで引っ張られた。時刻は深夜、未成年が歩くには適さない時間帯で私たちは海ほたるを、エレベーターではなく非常階段を使って上の階へと向かう。

 

 

 エレベーターを選択しなかったのは、犯罪者が監視カメラ付きのエレベーターを使うとは思えず、階段で痕跡が見つからなければクルミにエレベーターのカメラをハッキングしてもらい捜索が完了するという判断によるもの。

 

 非常階段に不審な影はなく、私たちは四階のデッキまで何も手がかりらしいものを見つけられずに上がってきた。

 

 閉塞的な非常階段と違い、海を一望できるデッキの上はとてつもない開放感と雄大な夜の海を臨むことが出来る。

 

 涼やかな潮風が少し火照った身体をそっと冷やす。季節も初夏に近づく頃合い、そろそろリコリスの制服も夏用のものが支給されるだろう。あっという間に巡った季節に感慨を抱きつつ、改めて四階の展望デッキの全域を改めて観察し直す。

 

 周囲は音もなく静まりかえっていた。昼間は人で賑わうであろう飲食店やアミューズメント施設も眠りについたような静寂。海のさざなみだけが木霊し、辺りに他の人影がないことからまるで施設を貸し切ったようだ。誰もいない海ほたるはあまりにも非日常的で、不思議と足取りが軽くなってしまう。

 

 周囲の夜景も、時折吹き抜ける潮風も、夜天に浮かび輝く孤月も、全てが生まれて初めて見るような新鮮さを伺わせる。どこまでも、どこにでも行けるかのような自由の錯覚。

 

 昼とは明確に異なる夜の世界。

 夜を全身で、自分の中にある全ての心で堪能する。

 昼間にはできず、夕方でもまだ早い。これは夜更かしの特権だ。

 

 

 

 ────いや、千束ではないのだ、ここで私まで浮き足だってしまってはいよいよストッパー役が不在になってしまう。あくまで冷静に、慎重に周囲を見回さなくては。かといって、周囲を見ても不審な人影や怪しげな痕跡も何もないし、誰一人としていないわけなので特に問題は……

 

 

 

 

 “なぜ、誰もいない?”

 

 麻痺していた警戒心が此処に来て嫌な予兆を感じ取る。一瞬だけ全身の血流が反転したかのような怖気と違和感。私の肩が僅かに跳ねたのを切欠として、黄理くんがパチリと仕込みナイフの刃部を抜き放つ。黄理くんが武装したことに際して、私と千束もサッチェルバッグの側面収納から銃を取り出した。

 

「なぁ、こういう観光施設には疎いんだけど、此処ってこんな寂れた場所なんだっけ」

 

 ナイフと銃を両手に携える黄理くんが冗談を口にするように、現状の不自然さについて指摘を行う。あまりに人の気配や人影のない海ほたる、確かに今は深夜という時間帯だが、それでも此処まで人がいないというのは、どこか異常と言うしか無かった。

 

「まさか、寂れるどころか現役の観光地だよ」

 

「なんで辺りに人がいないんでしょうか……」

 

 違和感と不審は一秒ごとに高まり続ける。

 

 此処まで非常階段とはいえ、すれ違う人を一名も見ていないという奇怪な事実に周回遅れながら私は気がついた。一体、どうしてこんなに人がいないのだ?

 

 

 銃を油断無く構えて、辺りに警戒を払う。すると前触れも無しに黄理くんが持っていた仕込みナイフを眼前に掲げて、腰を下げ背をやや前傾に。言うまでもなく臨戦態勢というものだ。黄理くんが武器を構えた先に銃を向けると、そこには聞き(おぼ)えのある光景が広がっていた。

 

 

 見覚(みおぼ)えのある光景……ではなく、聞き(おぼ)え。

 

 

 眼前に広がる惨状を、私たちは今日リコリコで聞いていたのだ。だから、狼狽や困惑はなく、むしろ“都市伝説”の通りなのだと感心する余裕すらあった。都市伝説、街談巷説、道聴塗説に真実という名の血肉が宿る。話半分の都市伝説が現実を浸食して、正常な認識を汚染し始めた。

 

 

 

 丁寧に掃除の行き届いたデッキを赤黒い血液が我が物顔で非日常の色彩に塗りつぶす。湧き上がるように広がる血河の中央には、組み立てにひどく失敗した人形のように五体がバラバラに分割された死体が置かれている。無惨なバラバラ死体は足が辛うじてそうと分かる程度に原形を保っていたが、胴体に関してはもはやどれがどこのパーツかも分からないほどに細切れにされている。

 

 ざっくばらんの微塵切り。

 

 頭部については福笑いの出来損ないみたいな有り様。

 

 

 かつて、黄理くんが行った人体の解体を見ていなければ、今この瞬間の凄惨な場面を目の当たりにしてえずいていたことだろう。流石に吐き戻したりはしないが、それでも不必要なほどに惨たらしく解体された人体を見て気分が悪くなっているのを否定しきれない。

 

 リコリスとして死体や無惨な光景はそれなりに見てきたつもりだ。

 

 それでも、やはりこれはおかしい。異常過ぎる。

 

 注目したのは斬り裂かれた断面のあまりに鋭利過ぎる切り口。筋繊維を千切ったような痕跡はなく、筋繊維の一本一本が視認できるほど見事に斬り別たれていた。よほど、鋭く凄まじい切れ味の刃物でも用いたのか?それこそ、現実には存在しないほどの名刀妖刀でも使って。

 

 

 私たちには、刃物にこだわらずとも同じようなことのできる人間に見当が付いていた。私と千束はじろりと黄理くんを視界に捉える。私たちの視線を不満げに受けとめた彼は、ナイフの切っ先で夜闇の方を指し示す

 

 夜空に浮かんでいた三日月が雲で翳り始める。

 

 月光が薄れるにつれて深まっていく夜の帳。

 

 やがて深度を増した夜闇の向こうから意図的な足音を鳴らし、こちらにやってくる人の形をした妖しき影を見つけた。不自然なほど人の気配のない海ほたる四階。デッキの上には見るも無惨なバラバラ死体。そんな死体から零れた血だまりを無造作に踏みつけ何者かが現れる。

 

 

 

 

「どうも、こんばんは」

 

 夜闇に浮かび上がった人影は、古馴染みの友人へ()りかけるように気安い調子でこちらへ挨拶とばかりに姿を現した。

 

 

 血だまりを引きずってやってきたのは血染めの真っ赤な学生服を纏う一人の青年。相手が温厚に微笑みかけているはずなのに嫌と言うほどに感じ取れる違和感。死体を踏みつけ、静かに笑う相手の立ち姿を見据えて脳が訴えかける。

 

 あれこそは理解し得ぬ者であり、理解してはいけない相手だ。

 

 私は恐怖を拭い去るよう手にしていたM&P9を強く握り直す。

 

 こちらの葛藤と怯懦を余所に、返り血に染まった青年は申し訳なさそうな表情を取る。

 

「誘拐事件などとありもしない用件でお呼びだてしてしまい申し訳ありません。こうでもしないとお二方にはコンタクトが取れなかったもので。不作法を謝罪しますよ、“先輩たち”」

 

 

 

 ……やられた、誘拐事件はただの狂言。

 

 これは私たちを誘きだすために仕組まれた罠。

 

 

 でも“先輩、たち?”。千束と黄理くんを真っ直ぐに見て、学生服の青年は恭しく姿勢を正す。もしや、二人の知り合いか何かなのか?

 

「う~わ~、一杯食わされたってヤツこれ?まぁ、ホントに子供が攫われたとかじゃなくて良かったけど……その足下の人、なんでそんなになるまで刻んだの?」

 

 千束の詰問に、返り血を浴びた青年は首を傾げる。

 

「なんで、と言われましても。貴方がたを呼び出して戦ってもらうための小道具以上に理由はありませんよ。別に僕の復讐相手だったとか、裏切り者で処断せざるを得なかったなんてありきたりでつまらない理由はありません。ああ、捕捉になりますが、貴方たちの事務所へ電話をさせたのは足下のこれです。こういうのは、何も知らない愚者の方がいい演技をしてくれる」

 

 千束の赤い瞳から温度が抜けていく。命を、その価値を、あの男は踏みにじる価値すらないと嘯いていた。それがどうしようもなく嫌なのか、彼女には似合わない不快そうな目つきで銃を斜に傾けて構える。

 

 錦木千束の十八番(おはこ)

 銃弾の軌道を予測することで回避し超至近距離(ポイントブランクレンジ)で敵を撃ち抜くC.A,Rシステムを独自に改良した近接射撃格闘スタイル。その構えは得物が異なるというのに、ナイフや棍といった近接武器を扱う黄理くんにひどく酷似した戦闘スタイルだった。

 

 武器を構えた千束に合わせ、私と黄理くんも青年に向け銃を構える。

 

 

 

 “このまま不意を討つ形で発砲し先手を打つべきか”。

 

 “それとも敵に話をさせて、目的や所属などの内容を引き出すべきか”。

 

 

 千束、黄理くんも銃やナイフを構えるだけで動こうとしない。二人は静観の構えを取っているのなら、ここで無理に敵を制圧する必要もない。好きに喋らせることで相手の口を軽くするとしよう。

 

 

 警戒態勢を崩さないままの私たちに、認識と意思の断絶を見取った青年は静かに武器を取り出した。だが、なぜ千束が気分を害したのかが心底分からないと青年はナイフと銃を下ろしてから、無機質な瞳に困惑の揺らめきを見せる。

 

「すみません、もう一つほど理由がありました。強いて言うならば、戦う前のデモンストレーションですよ。僕にはそちらの解体技巧と同等以上の事が可能だというね」

 

「…ねぇ黄理。一応聞くけどあの子、リリベルの後輩クンとか?知り合いって言うなら、今後の黄理の交友関係まで管理する事になりそうだけど」

 

「──見知らぬ顔。少なくともリリベルの関係とかじゃなさそうだ。そっちは?」

 

「あんな物騒でおっかない子、私には覚えなし。あっても忘れるわ~い」

 

 

「当然ですよ、僕たちが出会うのはこれが初になりますから。お話はかねてより聞いていました。わずか七歳にして人ならざる領域に踏み込んだ魔人たち。電波塔事件を圧倒的な力で平定した二人の英雄。改めてお尋ねしましょう、あなた方が“Case2778”、“Case2808”、七夜黄理と錦木千束で間違いないでしょうか」

 

「間違えてます~。そんな人を、人でなしみたいに言うなっての」

 

「識別番号と名前は間違ってないけど、それ以外は間違いだらけだ」

 

 千束と黄理くんの表情が同時に曇る。嫌な符号、不快な既視感。はからずも、いいや謀られた状況下で私たちは春先に出会った仮面の怪人の姿を思い出していた。二人をリコリスとリリベルの識別番号で呼び表した謎の男。

 

 それと全く同じことを彼は宣言したのである。

 

「貴方も、あの仮面の男と繋がりがあるのですか?」

 

「……おや?失礼ですが、どちら様でしょう。今は先輩たちと話をしていまして、部外者は下がっていただきたい。そうすれば命だけは見逃しましょう。もっともそれ以外の全て、貴方という存在の痕跡や人権等は全て破棄されますが──」

 

「うお~い、ウチの相棒に何言っとるのかな?大体、こっちの名前は抑えといて、そっちは自己紹介も無しとか、おっちょくっとるのぅあぁ~ん?」

 

「なんで急に不良っぽい話し方?……まぁ、千束の言ってることには同感だ。いきなり、会ったこともない相手から先輩呼ばわりされる謂われはない。失せろよ、“部外者”」

 

 黄理くんのとりつく島もない断言を聞いて、血まみれの青年は肩をすくめる。だが、一向に眼前の青年は千束と黄理くんだけを視界に捉えるのみで、私を見ようともしなかった。露骨過ぎる居ない者としての扱いを受け、不快感から眼差しが否が応にも尖ってしまう。

 

 

「これは手厳しい。ですが、あくまで事実を列挙したまでのこと。いや、脱線が過ぎますね。名乗りが遅れましたが僕はコードネーム、ダークストーカー。ゆえあって本名は明かせませんがよろしくお願いします。死ぬまでの間ではありますが、お見知りおきを」

 

「だーく、ストーカー?……ちゅーか今どき、コードネームって」

 

「……学生服で殺し屋という時点で私たちが何か言えた義理ではないでしょう」

 

「すこぶる同感だけど、今はそれどころじゃないだろ」

 

 油断無く銃を構えているが、空気はどうも弛緩し始めている。そんな弛緩の中でダークストーカーを名乗る青年は困った顔でため息をつく。

 

「コードネームについては別に僕たちのアイディアではないのですが……ともかく、貴方たちと面識はなくとも、我々からすれば貴方たちは先輩だ。いや、生みの親というべき存在かな」

 

 何気ない調子で語られた思わぬ出自に、私は足下が瓦解していくような気分に陥った。そんな、まさか、ありえない。あの青年は、千束と黄理くんの……

 

「まさか!?あの人は二人のお子さん!?」

 

「ちっがーう。たきなたきな、冷静にな。このくだり、橙子さんともやったでしょーに。もし、ホントに私が親だったら、何時の子になるって話よ」

 

「昔からこういう早とちりなとこあるよな、たきなって」

 

 むっ、なんと不名誉な。

 

黄理くんの発言の撤回を求めようとして、リコリコ初日にミズキさんと千束を勘違いしてしまった過去を思い出し、上手いこと二の句に繋げられなくなる。対面にいる学生服の青年も呆れた表情でたきなの勘違いに是正を加えた。

 

「そういった血縁ではなく、因果関係というヤツです。長い話になりますが冥途の土産としてお聞かせいたしましょうか。……“新人類創造計画”について」

 

 思いがけぬ言葉を聞き、体に妙な痺れ、いや身震いが生じる。今、青年が口にしたことはトップクラスのハッカー、ウォールナットことクルミが存在を全否定したもの。その真相がこんなところで──

 

「んーっとね、短めでヨロシク」

 

「長話は橙子さんのとこで聞き飽きたんだけど、好きにしてくれ」

 

「…軽くないですか、二人とも?」

 

 重大な事実、特に二人に密接な関係をしているというのに、なんだか当の二人の応答は不思議と軽いモノだった。変に力が入っていない、気負った様子のない自然体でリコリスとリリベルの最強は話の続きを視線で促した。

 

「貴方たちには知る資格と責任がある。貴方たちが電波塔で何をしたのか、してしまったのかを知るときだ」

 

 

 そういうと、学生服の青年の背後から二つの人影が近衛のごとく控える。一人はゴシックロリータというのか、可愛らしい洋装に身を包んだ少女。もう一人は顔を隠すほど深くフードを被った壮年の男性。

 

 急に現れた敵の増援。だが、学生服の青年もあとの二人も動く気配はない。どうやら、話を終えるまでは戦闘を行う気はないと見受けられる。

 

 ダークストーカー、そう名乗った青年は両目に宿る黒瞳を(くら)く輝かせて話し始めた。

 

 新人類創造計画。

 

 電波塔における英雄の登場がもたらした影響。

 

 それと関係するプロジェクトについて。

 

 

「新人類創造計画、いわくデマ、安い陰謀論、ありえざるプロジェクト。ですが、実際にその被験者として僕たちは存在している。新人類創造計画は1989年、アメリカで行われた特殊機械化小隊(マシンナーズプラトゥーン)プロジェクトがそもそもの始まり。当時のものは、ひどく杜撰なもので人体実験、その失敗例の見本市みたいなものだったそうです」

 

 

 青年は大仰に双腕を広げ、政治家のような身ぶり、手振りをしてくる。

 

 声は所々が狂喜によって跳ねており、それが一層の違和感と警戒心を助長させた。

 

「日本はこの失敗した計画を元に自国でも超人兵士を創り出そうとして、結果は破綻してしまいましたとさ。ここまでが裏でも語られるカバーストーリー。だが、本当に参考としたのはもう少し新しいものでした。アメリカにおける最新の超人兵士創造プロジェクト、通称をNEXT。人体に機械的な処置をほどこし最新鋭の技術によって最強の兵士を生み出すという計画」

 

「ネクスト、というのは初めて聞きますね」

 

 私の疑わしい視線を一瞬だけ見て、青年はどうでも良さそうな態度を見せる。

 

「なんといってもアメリカの最高機密に属するものらしいですよ」

 

「じゃあ、なんでキミがそれを知ってるのさ。バリバリに日本人っぽいけど、日系?」

 

「あいにくと生まれも育ちも日本です」

 

 

 その言葉には信念と誇りが僅かばかり感じ取れた。隠したり、どうでも良さそうに見せていても、不意に生じる相手の本質。私たちがそれを理解しようとしているのを、意にも介せず話は一方的な速度で進んだ。

 

「新人類創造計画はコンセプトだけは当初からはっきりしていました。その内容は次世代技術と人体の完全な融合。特殊なテクノロジーを用いた最強の兵士を生み出す実験。だが、計画の肝心要の部分には不明瞭なものもあった」

 

「資金源とか?」

 

 いつもお金のことで苦労している黄理くんが実感のこもった言葉を吐露している。

 

 黄理くんの洒落っ気に付き合うよう微笑んで青年は血に染まったまま愉快そうに肩を震わせた。

 

「流石に明朗会計とはいきませんね。まぁ、そこではなく不明だったのは計画の目標となる到達点です。いくら最新鋭の技術や兵器があっても、それを使った人間がどの程度の戦果や戦力となるべきか。具体的な指標、理論値と呼べるモノがなかった。“これでは普通の兵士に順当に資金を回した方が安上がりなのでは?”という意見もあったそうです。実際、金をかけた機械化兵士がその費用対効果に見合うかどうかは重大な問題でした。それは計画の存続に影響するほどに」

 

 

 現実に存在し得ない超人兵士の出す戦果のモデルケース。あるいは実例。

 

 超人兵士と呼ばれるには、どのようなラインを定めるべきか。

 

 かちり、と歯車が噛み合ったように理解が回る。

 

「電波塔での千束と黄理くんの状況報告(デブリーフィング)……」

 

「勘がいいですね……その通り。現実には存在しないはずの超人兵士が叩き出した実例。先輩がたの活躍により欠けた理論値(ミッシングピース)は埋められ、我々に明確な指針を与えてくれた。例えばCase2778、人体を卓越した技量によって刹那に解体する殺人技巧の究極。例えばCase2808、並外れた観察力から銃弾さえ回避し敵陣を蹂躙する戦闘技巧の極点」

 

 

「……本人の預かり知らないとこで随分と勝手な物言いをされてますね、二人とも?」

 

「有名税ってヤツかな~」

 

「頼むから減税してくれ」

 

 たきなたちは互いの顔を見合って、“始末に負えない”と言いたそうに顔を顰める。

 

 三人の態度からは狂気に酔いしれる青年の熱量に比べ熱を感じらず、つまらなそうに冷めている。井ノ上たきなは呆れ果てた顔をもはや隠そうともしておらず、錦木千束と七夜黄理たちは、もはや話に付き合うことさえ億劫そうだ。

 

 ダークストーカーを名乗る青年の口走った内容がひどく退屈だと菫色と赤色、蒼黒の瞳が雄弁に声なく語る。

 

 

「……ここまで言えばお分かりでしょう。新人類創造計画、その被験者たる僕たちは貴方がたを越えるために作られたっ!どうですか、貴方たちが最善と思った選択や行動が巡りに巡って悪を結実させたと知った気分は──」

 

 観劇(オペラ)や芝居の一場面から抜け出したように青年は高らかに笑い上げた。

 

 なんて滑稽、なんという悲劇かとダークストーカーは腹の底から(わら)っている。

 

 しかして鏡合わせに黄理と千束はダークストーカーの姿を冷めた目で滑稽そうに眺めていた。違う点を挙げるとするなら笑っていないことと、相手を侮辱しようとする悪意や醜悪な(あざけ)りが無い程度。僅かには似ているはずのに決定的な点がずれている。

 

 その差異こそ、彼らの不理解と認識の断絶の源泉であることを千束やたきな、黄理は察していた。だが、眼前の青年はそれに気がついていない。気づこうともしていないのだろう。敵であろう相手の姿を見て、千束たち三人はその歪んだ滑稽さに哀れみの目を向ける。

 

「分かった事なんて一つだけだよ。君のことは……なんか嫌いだ」

 

「そうだな、戦う理由なんてそんなもんでいいさ」

「同感です」

 

 

 千束の言葉に頷きながら私は構えた(M&P9)安全装置(セーフティー)を落とす。

 

 彼は自分が千束や黄理くんを越えるための被検体だと言っていたが、その在り方はまったく違う。というより、同じと言いたくなかった。

 

 どうしてなのか、それは具体的に説明できないけど、それでも違うと心が叫んでいた。それはダークストーカーなる青年が自分を無視し続けていることの反発心も影響していたろうが、もっと本質的な意味合いから私は“否定”を選ぶ。

 

 

 それを聞いて千束は華のような笑みに顔を綻ばせ、黄理くんは夜空のような蒼黒の瞳に感情の光を灯す。ダークストーカーの長い話を終え、相手との決裂を明確に決定させたところで彼の背後に立っていたゴスロリ服の少女とフードの男が前に出る。

 

「先輩たちを越えることで僕たちの存在意義は継続される。そうだとも、僕たちは断じて失敗作などではないのだから」

 

 双方、相手の意思を認めることは出来ず、銃火と単純な力を以てして相手の願いを打ち砕こうと武器を取る。たきなが引き金を引こうとしたとき、向こう正面の敵側から異様な機械の駆動音が聞こえてきた。

 

 金属同士の擦過音、アクチュエータの収縮と膨張、金属の高速回転音。

 

 おぞましきことにその無機質極まる音は相手の“人体内部”から発せられていた。漆黒の両眼に複雑怪奇な幾何学模様を浮かばせたダークストーカーは腰を下げ、ナイフを盾のように構えて銃を剣のごとく持つスタイルに移行する。

 

「そうだ、紹介が遅れましたね、こちらの二人は」

 

 ダークストーカーの促す言葉に乗って、二人の敵もまたコードネームを開帳する。

 

「私のコードネームはハミングバード、それじゃあ、さよならねセンパ~イ?」

 

 ゴスロリの少女がそう言うや否や、彼女を取り囲む陣形で円盤(ディスク)状のドローンらしき物体が滞空。

 

「──ソードテイル」

 

 フードを被った壮年の男は、もっとも簡潔な自己表明を済ませた後、体表に電子的なノイズを纏ったかと思えば、そのまま夜の海ほたるの背景と同化するように姿を失ってしまったではないか。

 

 

 異様、異常、奇妙、奇怪。

 

 際限なく壊れていく既知の常識。

 

 現実とは思えない光景だけど、これは間違いなく現実の出来事に相違ない。

 

 

「さぁ、互いの価値を賭けて殺し合いましょう。……どうか精一杯に抗い戦って、死んでください」

 

 

 背中を撫でつける恐怖と圧倒的な危機感。

もはや、一秒だってこんな奇妙な相手と対峙していたくない。

 

 たきなはこの場にいた誰よりも素早く銃の引き金を引いた。狙うはリーダー格と推察されるダークストーカー。敵影の肩、足、腕、三カ所を照準し発砲。

 

 

 引き金と連動し撃鉄(ハンマー)薬莢(やっきょう)内部の撃針(ファイアリングピン)を打撃。銃砲へ刻まれた軌道螺旋(ライフリング)に沿って弾丸が高速の螺旋回転と共に放たれる。

 

三度、銃口を()く発砲炎。

 

 激戦の開始を告げるたきなの発砲。その脅威を目前にしてダークストーカーは、ゆらゆらと体を幽鬼さながらに揺らしながら“弾丸を回避した”。

 

当たる相手を逃した弾丸は偶然にも海ほたるの四階デッキに存在する“幸せの鐘”に命中。弾丸を受け、鐘はこの混沌とした場にそぐわない澄み切った音色を鳴らす。

 

 

 鐘の残響が耳に入り込むのさえ忘我して、たきなは驚愕した。

 

 弾丸の回避、それ自体は既に見たことのある事象。けれどもそんな馬鹿げた真似を千束以外が再現する可能性をたきなは想定したこともなかった。混乱した頭で、なお冷静であろうとするたきなは先ほど青年が言っていたことを小さく言い零す。

 

「新人類創造計画の被験者は、千束と黄理くんを越えるために生み出された……?」

 

 

 “七夜黄理の解体技巧”、“錦木千束の回避挙動”。

 

 凄まじい、恐ろしい、そう考えながらも同じ旗の下に任務をこなしてきた故に、深く認識することのなかった超人的な技術の数々。

 

最も頼もしく思い肩を並べてきた味方の固有技能が今、悪意と敵意の武装を伴って自分たちへ向けられた。

 

 




Tips

 新人類創造計画が破綻した理由の一つは、特殊機械化兵士の製造コストの高さに起因する。超人兵士を一体作るよりもリコリスやリリベルといった孤児や身寄りのない子供を鍛え実戦投入するDAとの価格競争に敗北し、その予算を大きく削減された。
 
そして新人類創造計画が破綻した最大の理由は、最後にして最高傑作と謳われ、“弱者の味方”を標榜する機械化兵士の暴走により、プロジェクトは真の意味で崩壊。戸籍を失ったダークストーカーはじめとする機械化兵士たちは野に放逐された。廃棄同然の扱いを受けた彼らは、自らの存在意義をもう一度手にするため最強のリコリスとリリベルを抹殺する計画を実行した。
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