長らくお待たせいたしました。
今回の妄想アイキャッチ、両手に棍を持つドラマー風の衣装を着た黄理と片手にギター、もう片方にピックみたいに銃を握る千束。
ご託はお終い、あとは力いっぱいに。
夜の海ほたるを戦場とした三対三の局地戦。
非合法組織のエージェント同士が互いを完膚無きまでに叩きつぶそうと牙を交える。たきなの発砲で鳴らされた鐘の音が余韻を無くすより先にダークストーカーが鋭い踏み込みで距離を狭めた。
夜陰に紛れ込む疾走、たきなの追撃を走りながら躱し距離を更に詰める。
私は銃を構えたまま、走り寄ってきた相手が非殺傷弾の的中する間合いに入ったのを確認し引き金を引く。放たれる45口径、非殺傷のフランジブル弾。相手の体に咲く非殺傷の
返り血に染まった服の上から敵手の筋肉の振幅や変動を汲み取り、避けられることを即座に察知した。事実、相手は平然と“弾丸を避ける”。一応、避けた先に弾丸を置く意図で撃つが、それも避けられることが撃つ前から“視えて”しまう。
敵もこちらの急所、頭部や首、心臓に腹部といった致命箇所を照準。
弾道を読み取り、命中すると感じたときには既に体が動き終えていた。
速やかに弾丸の当たらない位置へ体をくるりと滑り込ませ、敵の銃火をやり過ごす。
“ゾクリ”。
「うっそだろぉ……」
知らずのうちに体が震え、口元は無意識に笑みの形になっていた。笑みといっても喜びとはかけ離れた恐怖と戦慄が身を貫き、ひきつった笑顔が零れてしまう。“銃弾を避けられる”、銃の射手には何の被害も無いというのにこれほどまでの緊張と圧迫感を感じさせられるとは……
“私が今まで弾を避けてきた相手も同じくらいビビったんかなぁ”。
そんな思考に耽る間さえ許さないと敵手の銃口が跳ね上がった。
千束はそのままダークストーカーの次の次の次に取る行動を予測、観測。
銃口を向け、弾丸の軌道の読み合いと敵の裏をかくことに私は集中し続ける。
でもそれは私だけじゃなくて相手も同じこと。
私の相手をしている間、敵はたきなと黄理の方にまで手は回せないだろ。
なら、コイツは此処で私が留め続ける。
そんな、ここではないどこかに焦点を合わせる二人の膠着状態を無視し状況は呆気なく動かされる。
思考を高速で回しながら敵さんとにらみ合いによる拮抗を演じていると、不意に黄理が明後日の方角、虚空に残像さえ見せぬハイキックを振るう。何も無いはずの空間に放たれた黄理の蹴りは、破滅的な音を出して透明な何かを吹き飛ばした。転がっていく透明の物体、やがて転がり終わった透明なモノは電磁的なノイズを出したかと思うとその姿を現す。
人型の電子ノイズが途切れると、腕を構造上曲げてはいけない方向へ曲げた男が虚空より現れる。折れ曲がった腕を抑えながら、その瞳に明確な恐怖を宿して。
「なぜだ、少なくとも如何な光学的な手段を以てしても、俺を視界に捉えることなど不可能……なのに、なぜ貴様は俺の接近を見破った!?あまつさえ、先手を打つなどと!」
「──勘」
こともなげに口ずさんだ黄理の言葉に敵はおろか、たきなでさえ“ひゅっ”と絶句の吐息を漏らす。事実として、七夜黄理の知覚は本人からすれば勘としか言い表せないもの。感情を色彩として視認し、集中状態ならば万物の
千束は黄理の気配察知に長けた能力や気配遮断の凄まじさを重々承知している。それでも、時たま見せる異常、異形、常識や論理から逸脱した面に彼女でさえ背筋を振るわせることがあった。
完全な光学迷彩という認識不可の特殊兵装を容易に見抜く怪物的な感性。
あまりにも
「化け物め、化け物め化け物め化け物めっ!」
「体を透明にするなんて、トンチキやってる身の上に言われる筋合いじゃないよ」
再びの透明化を敢行しようと立ち上がった男へ黄理が踵による蹴り上げを撃ち込む。空中へ高々と蹴り飛ばされるソードテイル。背景に溶け込もうとしていた無影の暗殺者は、同じ暗殺者である
あまりに鮮やかな決着。
姿や移動音を消し去る暗殺特化の機械化兵士を勘だけで上回る鬼神。
加えて七夜黄理の蹴撃の起点、予備動作を誰も認識できていなかったという点からして、暗殺者としての能力は黄理に軍配が上がっていた。この場に居た人間全ての認識の間隙を縫う異能、浄眼による感情や意識をリアルタイムで観測することで七夜黄理は面と向かって警戒心を極限まで研ぎ澄ました相手だろうと自由自在に不意打ちを叩き込める。
警戒、油断、慢心、尊敬、傲慢、嫉妬、狂信、愛情、憎悪。
効率に伴う合理性と感情に支配された不条理。
論理的な説明の付かない第六感。
しかし、どのような感情や合理性、不条理を
「……常識、論理は当然のこと戦術・戦略の一切
「そんなおっかないのに好かれていたのか、俺?」
「ふーん、モテモテじゃーん」
「黄理くん。嬉しいんですか?」
「本気で覚えがない」
千束とたきなの口を尖らせた戯れ言に黄理は旗色の悪い面持ちで返事をする。だが、呑気な話合いに興じている暇はなく、間髪を入れずに奇怪な次手が“転がりだした”。
「ダサ、ソードテイルもえらっそーに言ってたけど口ほどにもないじゃない。フン、ソッコーで終わらせてコイツらなんてただのモデルケースに過ぎないって証明したげる」
ゴスロリ服を着た少女が、ひどく淀んだ瞳を閉じると背後の闇の中からタイヤ状のマシーンが自走してきた。合計四機からなるタイヤ状の物体は少女の周囲を統制の取れた動きで旋回し始める。おそらく、あの少女の使用する物なのだろうが、少女を観察してたきなは当然の疑問に行きついた。
「操作方法は一体?」
少女はその手に何も持っていない。装飾の過多なゴスロリ装束からして、何かを隠すことはできるだろうが、あの四機の機械を同時にあれほど自然な動きをさせていること自体が異様さを示している。
ロボットみたいに機械自体へ何かしらの細工があるのか。
いいや、それにしては動かし方が有機的過ぎる。
私は四機のタイヤ状機械群の運動パターンに、生物的な操作の痕跡を見出した。敵である少女、確かハミングバードを名乗っていた相手のコントロールするものだというのは検討がつくのだが、一体どうやって動かして……。
こちらが分析することを相手が黙って見ているはずもなく、ハミングバードは自分の側で回転している殺戮機械へ冷たく命じる。
「食い千切っちゃえ」
変化は眼に見えて分かるほどに激的だった。タイヤの外縁から獰猛な肉食獣の牙を印象に浮かばせる“黒い”鋼鉄製の突起が飛び出す。スパイク状の棘、いいやチェーンソーめいた乱喰刃を生やすタイヤ状の機械は、海ほたるのデッキを砕いて壊す勢いで回り続ける。実際、四機が転がった後には破壊の
何かをされるより先に無力化しようと私はすかさず銃を発砲する。
だが、結果から言うと銃弾が相手に当たることはなかった。少女の周囲を回転している機械が盾として銃弾を弾き落としたためだ。一つのタイヤの上に重なり乗るよう二機目が上がり盾の機能を果たす。
信じられないことにハミングバードという少女は、目を瞑ったままこちらを見ることもしない。いや、もしかしてあの機械から何らかの手段で視界や情報を取得している?
核心らしきものに思い当たった気がするも、こちらの射撃の間断を狙って漆黒の
「もうサーカスにでも売り出したらどうだ。ウケること間違い無しだよ」
“言ってる場合じゃないでしょう”、なんて無駄口を叩くよりも先に牙を剥く鋼鉄の車輪。二機は黄理くんへ、一機は私に。時速は軽く60キロを越えているだろう。
あのタイヤに付いたギザギザの乱喰刃、チェーンソーの要領で敵を切断するのだろうが無駄に猟奇的過ぎる。
確かにコントローラー無しで自在に動かせるのは凄い技術だと言うほか無いが、武器として見るなら実用性はとても低い。千束に見せられた映画で人体へ向けてチェーンソーを振るう殺人鬼がいたが、実際には肉片や骨で刃が滑り、髪と衣服で刃が絡まり動作不良を起こすのが関の山。
いわんや、防弾防刃の加工をされているリコリスの戦術武装鞄なら、接触させるだけで機能不全に追い込める。迫るタイヤ一機を見据え、冷静に鞄を肩から下ろす。そして、タイヤ目掛けて鞄を投げる。私の方の一機を壊し次第、黄理くんの援護に回ろう、と考え始めて私は視界の端で瞳を閉じたまま酷薄に嗤うハミングバードという少女を捉えた。
失策、悪手、誤り。
「“死んじゃえ”」
致命的に何かを間違えたと認識した時には、私は死にものぐるいでその場から飛び退いた。刹那、凄まじい破裂音と轟音、強風が私の側を吹き抜ける。防刃加工をされたサッチェルバッグがあっさりと両断され、タイヤは今も平然と駆動し続けている。
“切れ味が良すぎる……”
内心の恐怖を飲み下し、タイヤへ弾丸を撃つも強度で負けているのだろう。何ら痛痒を与えることなくタイヤは疾走する。こうなれば、このタイヤの破壊に拘泥せず操作をしている本体を討つ。
「たきなっ!」
鋭い刃と透き通った意思を感じさせる黄理くんの声が私を突き刺した。
読み違えれば、即死という状況下でのとっさの判断。
蒼黒の瞳と菫色の瞳が重なる、そして私は……
“距離を詰めての直接攻撃”
“不意を撃つ形での援護射撃”
葛藤と逡巡は刹那に晴れた。黄理くんの眼差しから瞬時に意図を読み、銃を静かに構える。後背から迫るタイヤの駆動音は感覚からカット、どうせハミングバードとの距離を詰めるよりもタイヤの速度の方が早い。
どのみち、このタイミングでの回避はもう望むべくもない。ならば、対処は全て黄理くんへ任せる。彼の方にも二機が来ているが、それも踏まえての一手だ。私は不意を撃つ形で、速やかに“千束と相対しているダークストーカー”へ銃弾を放つ。
残弾すべてを喰らわせる勢いの射撃。千束と相対していた敵の不意を突く射撃は、予期したとおり全弾を回避される。恐るべきかな、完全に意識外だったというのに間一髪で全てを避けきられた。敵もさるもの、だけど“千束”を正面にしてその隙はあまりに致命的。
ダークストーカーは自身に向かってくる弾丸を避けるため、千束への牽制を放棄せざるを得なかった。そして、その隙を逃すほど千束は甘くない。千束はそこで射線をダークストーカーより外し、ハミングバードへ照準。
そう、この場に於いて、たきなを始末しようとしていた彼女の意識外を穿つ絶好のタイミング。幸いなことにハミングバードの立ち位置は辛うじて千束の非殺傷弾の間合い。デトニクス・コンバットマスターが銃火を吠えた。
フランジブル弾の粉塵は相手のゴスロリ服を赤く染める。
少女の閉じていた瞳が見開かれ、信じられないと言う表情でその場に崩れ落ちた。しかし、最後の力を振り絞って千束たちに鋭利なチェーンソーを巻き付けたタイヤの怪物たちをけしかける。
迫る鋸状の回転刃。少なくともあの黒い刃は尋常の金属ではない。人体だろうと平然と喰い斬るおぞましき殺戮機構。
しかして宜なるかな、この場には誰よりも何よりも“殺す”ことに長けた魔人が立っていた。黄理の双眼が蒼く輝き冷たい死の気配を寒々と纏う。
彼の認識する総てが一斉に破綻する。いや、内包していた破綻が表面上に浮かび上がった。込み上げる狂気と愧死念慮を無言に噛み殺し、蒼眼の暗殺者は自分らを挽き殺さんと奔る車輪のガラクタの点を手繰る。
前方にナイフ、後方に袖より棍を一本取り出し、死を司るであろう点へ投擲。無瑕疵を謳歌する存在をこの瞬間に終わらせた。崩れゆく鉄屑の結末を見届けることなく、ベレッタM92FSコンパクトタイプMを抜き撃つ。野生の獣のそれを優に上回る七夜黄理の動体視力。たきな、千束の元に飛びかかってきた機械に一発ずつ弾丸を撃ち込んだ。
元より、黄理の境界を手繰る異能は干渉さえすれば十全に機能する。ナイフ、棍などといった近接武器に限定されず、“弾丸”であれ、七夜黄理の認識下でなら死の概念を具現が可能。
七夜黄理は、これらの仕組みを正確に理解しているわけではない。蒼崎橙子と共にこの現実離れした異能について、研究や理解を深めようとしたが結果は常に判断不能。ゆえに、線や点など触れれば、その物質を壊すという程度のことしか知らない現状だ。けれども、七夜黄理にとっては詳しい理屈も、仕組みもどうでも良いことだった。
肝心なのは、この瞬間に自分の意図した通りの結末を実現できるかどうかに尽きる。
二発の弾丸は二機の車輪機構を撃ち抜き、瞬く間に内部構造を即死に至らしめた。
互いに互いの呼吸を知るが故に機能する三者三様、刹那の連携。それを見届けて、なおダークストーカーは下らない茶番に付き合ってしまったと倒れた二人の機械化兵を酷薄と見下す。
「お見事、と言いたいところですがこちらの二人ごときにここまで時間を要するのは正直、期待はずれですね。先輩たちならもう少しやりようがあったのでは?まぁ、そちらの足手まといを抱えていることを加味すればやむを得ないとは思いますが」
倒れた仲間の安否を気遣うことなく、ダークストーカーは千束たちに微笑みかける。だが、たきなに向けられる視線にだけは変わらず軽視と侮蔑の念が込められていた。
「んっだとう、だ~れが足手まといなんじゃい。仲間も助けようとしないアンタらに比べたら、助けて助けられるこっちの方がよっぽど強いっての」
「見解の相違でしょう。それに、まさかそちらの黒髪のお嬢さんが本気で役に立ったと?貴方がた二人の援護や支援、サポートがなければ、真っ先に死んでいた。彼女の行動は全て、先輩たちが役に立っているように見せてかけていたに過ぎない」
「連携もしない人間がとやかく言うなよ。それにこれで三対一だ、こっからひっくり返せるとでも?」
「ええ、先ほどの足手まといを含めた一連の動きよりも簡素かつ速やかに」
ダークストーカーの言葉の端々からは、たきなという存在を心から認めていないことと仲間の一切を不要と断じる不遜が滲み出ている。たきなはおもむろに食ってかかる勢いで口を開いた。
「──試してみますか?」
「試すまでもなく」
たきなが銃を上げるのと、ダークストーカーが動き出すのは全くの同時。不遜で傲岸、されども銃弾を平然と避けるという技能はまぎれもなく本物だ。
敵の評価も一部は正しいだろう、私には千束や黄理くんのような特異な技能に持ち合わせはない。けれど、それがどうしたと開き直る。彼らと共にいるのに必要なものはそんな分かりやすくて単純なものではない。
もっと曖昧で定義なんか出来なくて、それでも明確に存在するもの。
自分自身の確たる意思。
それを懸命に探し、見出そうとしているたきなだからこそ、ダークストーカーに強く嫌悪を抱く。新人類創造計画はあたかも黄理くんや千束が諸悪の根源で、味方たちと協力もしないくせに身勝手に弱いと決めつける。
一環した全ての物事の不都合が自分の所為ではないという態度。
それを認めることだけはできないっ。
私が銃を重ねて撃つも敵影は軽やかに弾丸を避けながら間合いを急速に潰しにかかる。千束がマガジンの装填をしているとき、黄理くんは一階方面と思われる下方に視線を指し、そのままダークストーカーと正面からぶつかり合う。
まず敵の先手、頸骨を砕こうとするハイキックが放たれる。黄理くんも読み切っていたと思しきタイミングで上段蹴りを繰り出す。
敵の黒瞳の内部、高速で廻り続ける幾何学模様さえ視認できる至近距離。
衝突、いや黄理くんは蹴りを仕掛けた足の先端で相手の足を絡め取り、ダークストーカーを四階の転落防止柵の向こう側へと片足のみで投げ飛ばす。
一階目掛け堕ちていく人工の魔人。一方、黄理は片足だけで自分と同等の
「黄理っ!」
「黄理くん!!」
黄理くんが敵を追い、一階へと落ちていった。はやく援護に回らないと。階段の方に駆け出そうとして、千束に手を掴まれる。
「たきな、ジェットコースターはお好き?」
「何を言ってるんですか、今はそれどころ……まさか」
「ザッツラ~イ。じゃあ、超特急で下ってくよ」
言うが早いか、千束は柵にワイヤーガンを射出。ワイヤーが絡んだのを見ると、そのまま手を繋いで柵へと全力疾走。まさか、そんな滅茶苦茶な。それらの言葉を口にするよりも早く、私たちは安全柵の向こう側に飛び出した。
解き放たれるは重力という名の
潮風と落下に伴う下からの吹き上げの旋風を浴びて、私と千束は海ほたるの四階から一階へと落ちていく。キラキラと輝く海、眼下の喧噪など知らんぷりの三日月、月光に照らされる半円状のオブジェ、カッターフェイス。そして笑顔で無理を通す千束の顔、目まぐるしく全ての光景が一瞬で過ぎ去り……
体感時間、一秒未満。
私たちは黄理くんとダークストーカーなる青年が激闘を繰り広げる一階部へと降り立った。互いに銃撃を行いながら相手の戦略、戦意を読み切り、ここではない何処かを見て暗殺者たちは激突する。
降りてきた私たちは黄理くんの援護射撃を敢行、それを危なげなく回避しダークストーカーはカッターフェイスの裏側に回る。三対一で戦況不利と見て立て直す算段か。その考えが違うと思い至ったのは恐ろしいほどの火花が跳ねているのを見てからだ。
三日月のようなカッターフェイスから溶断時に生じるような凄まじい量の火花が飛ぶ。海ほたるに設置された巨大オブジェ。いいや元は海底トンネル掘削のためシールドマシンに用いられていた全長14.14メートルもの
それがダークストーカーの持つ一本のナイフによって一刀両断された。
たきなたちには知るよしもないが、今夜この場に揃った新人類創造計画の三人の被験者は全く異なる技術的コンセプトを持つ。例えば、まったく新機軸の技術、“光学迷彩”を持つソードテイルや、アメリカのNEXT計画で生まれた
彼らは
まず第一に両目に埋め込まれた義眼は超高速演算ナノコアプロセッサを内蔵し、高精度の演算を可能とする。銃弾の運動エネルギーから敵対者の筋肉の随意運動、瞳孔の反応を読み取り錦木千束の銃弾回避を実現した。
また、ダークストーカー固有兵装。七夜黄理の万物切断の技を模造するために設計された高周波ダガー。刀身を超振動状態にすることで剪断力を究極までに高めた稀代の一品。地球上に現存する物質では刀身が振動に耐えられぬとされたため、新たな金属の創造を余儀なくされ結果、完成を見た理外の刃。
最強と謳われる
七夜黄理めがけ倒れゆく巨大な鉄塊、この状況では千束もたきなも共に取るべき手段というのはない。そして、そういった
肉体どころか魂にまで刻まれた七夜の業が熱を帯びる。閃鞘・八点衝。義眼の演算子による予測を以てしても辛うじてしか捉えきれない高速八連の斬撃。直感で手繰った赤黒い線に沿ってナイフを通す。
手に伝わってきた冷たく燃える死の感触。
たちまち鉄塊は八等分に切り刻まれ鉄屑と化す。瞠目すべき魔技にダークストーカーは哄笑を上げながら銃を放つ。たきなは射線から緊急避難、千束はその場で身を反らし寸前での回避を行うが胸元のリボンが銃弾によって撃ち千切られる。
はらり、と落ちる青いリボン。その波及によりシャツのボタンも千切れ飛ぶ。
結んでいたリボンが
「そんな……まさか、あなたもなのか!?」
発せられる大音声。それは罪を弾劾する声にも取れ、絶望に嘆く悲鳴にも聞こえた。
「そうか、全て、凡てが……貴方たちの所為だ。──お前たちが、お前らのような者がいなければ!!!」
「俺の知り合いじゃなくて千束の関係かよ。一体、何したんだ。あそこまで恨まれるとか、尋常じゃないぞ」
「また、何処かで変な人の感情を逆撫でにしてきたんですね。いつもこうなんですか、黄理くん?」
「俺の知る限りじゃ、いつも通りだよ」
「ちょちょちょっ!いやいや会ったこともない相手に恨まれても知らんし、分からないって!あ~、もうとにかく詳しい話はこの場を乗り切ってからっ!」
「「誤魔化した」」
「しとらんって!」
三人の小芝居なぞ知ったことではないと気炎を上げ、全霊を込めた速度でダークストーカーが迫り来る。その疾走とかける熱意と迸る狂気を見て、この場面こそ決着の好機なのだと予感する。言葉による次の策を伝える時間は皆無。互いが最善を尽くすより手はない。
元より言葉なぞ不要。連携は即座に互いの呼吸と意図を読むことで成立させる。
視線を交わし頷き合い、黄理、千束、たきなは最後の激突に臨む。
まず千束と黄理の両名が迫るダークストーカーを挟み込むような位置取りで鶴翼を開く。挟み撃ちとするのは弾丸を避け、あらゆるを切断する二頭の怪物。激昂に呑まれようとダークストーカーの肉体は最適合理に沿って千束と黄理の銃撃や近接攻撃を捌き切る。電波塔の英雄も尋常ではないが、新人類創造計画においてある男の完成を見るまで最高傑作と謳われた青年の技量も尋常では測りきれない。
「僕は……アランチルドレンに二度も敗れるわけにはいかないんだっ!」
それまでの余裕をかなぐり捨て、青年が叫ぶ。
ダークストーカーの瞳に宿る幾何学模様が高速で回転。
挟み撃ちにしてきた
この戦場に於いて、彼が最も軽んじ見下した存在。正確には“認めてはならない”と認識していた黒髪の少女。新人類創造計画において、自らに貼られた失敗作のレッテルを否定するためには、最強の
その不合理な思考という檻が、この場で警戒すべきもう一人の存在を見逃していた。それ以外にも理由となることはある。錦木千束と七夜黄理は敵対者の心理を極限まで理解、洞察する。
一人は筋肉や瞳孔、汗に表情などの観察によって。
もう一人は浄眼という理外の
二人がダークストーカーに仕掛けた心理誘導、隙をあえて晒し、また殺気をぶつけ、いかにも次の手で仕留めようとする動きをブラフとして取りもした。しかし、結局のところ勝負の分かれ目となったのはダークストーカーが二人の存在感に呑まれたことと、二人に対する過度な執着心。
それこそ、真に決着を付ける鍵となった。
たきなは深く、確かに神経を研ぎ澄ます。千束と黄理くんが創り出した好機、信頼、合理性、そしてリコリコで培われた不殺の信念を以て弾丸が肩、右腕、膝に着弾。
“決着”。
怨嗟の呻きを唱え、最強の
やった、と肩から力が抜け、私は黄理とたきなに笑いかける。
「ふい~、これにて一件決着!」
笑って、この場を納めるように胸を張った私に、二人は見えてるとこでヒソヒソと声を抑えて話をしていた。
「厄介者ばかりに好かれるよな、千束って」
「…言われてみれば確かにそうですね」
「他人事みたいに言ってるけど、割りと二人も厄介者筆頭みたいな立ち位置だかんな」
どの口で、と言いたくなるブーメラン発言。
温厚な千束さんも黙ってらんないぜ。
「そういえば黄理、肩は大丈夫なん?おもっきし撃たれてたけど」
「痛い、けど貫通済みで骨も急所も外してあるし、問題ないだろ。あとで包帯でも巻いとくよ」
「それなら、バッグの中に包帯が……」
たきながバッグを取ろうとして、伸ばした手は空を切る。そこでたきなは四階の方を見上げた。ああ、そっかたきなのバッグはタイヤのおばけに切り刻まれていたっけ。私は鞄から包帯を取り出し、上着を脱いだ黄理に包帯を巻き付ける。
こうしてあらためて見るとやっぱり黄理の体、心配になるほど細い。あばらが見えそうで見えない、くらいの肉付きで筋骨隆々とは異なる体躯。しなやかというと聞こえが良いけど、感じられる印象としてはひ弱が最初に来てしまう。
でも、それがいい!
満足げに頷きつつ、ぺたぺたと背中を擦りながら治療を済ませると、上を脱いだ黄理の前でたきながほんわかと茹で上がっていた
「たきな、どうかしたのか?」
「あ~、黄理は可愛い可愛いたきなを見ちゃダメ~」
黄理の首を掴んで、たきなと違う向きに回す。黄理もなんだか分からないが抵抗せず、それに従って視線をずらす。はて、何かあったかなと黄理が首を傾げているのを視界から外し、たきなは別の話題への誘導を試みる。
「そういえばっ、千束はアラン機関の支援を受けたことがあったのですか?」
「ふふ~ん、そんな見え見えな誘導に乗っかる私じゃないのでーす。まぁ、単純な話で言うと、良い女にはミステリーが付きものだってことさ!」
ミステリー?と黄理、たきなは首を傾げる。
ついでにたきなは他の部分にも疑問を呈した。
「いい、女?」
「なーんでそこで首傾げるのかな~、たきな~?」
あーだ、こうだと言い合っていると気絶していたダークストーカーさん?が呻きながら、こっちをスッゲー睨んできた。
「こんな、ことが……僕が“
握った拳を地団駄のように地面に叩きつける。拳からは血が流れているのに、痛みも無視して拳を振り続けた。私はそれを冷静に瞳に映し込んだまま立ち尽くす。もし、電波塔で私や黄理が動かなければ、──“
「ああ、こんなはずじゃ。こんなことが……何故だ、僕に不備など無かったのに。有り得ていいわけが…………ハミングバードやソードテイルのようなブリキ細工がいなければっ」
地の底から世界の全てを呪う涙ながらの怨嗟が聞こえてくる。
でも、それと彼の選択とは別問題だ。人を殺したのも、たきなを甘く見ていたのも彼の決断。電波塔で私と黄理が行ったことが彼の境遇の遠因ではあるのだろうけど、私は自分のやりたいと思ったことに後悔はない。
厳しめのご高説でも披露してやろうかと一歩踏み出して、私の歩みは黄理に押し留められた。どういうことかと戸惑っていると、黄理の目と“もう一人の相棒”を見て理解できた。
──そっか、じゃあ後は任せたよ!
千束が一歩、後退し元の位置に戻るのと同時、たきなは静かにダークストーカーに歩み寄る。もっともそれは位置関係の話であって、心情に寄り添おうとする意思は欠片も見せなかった。たきなは今まで言語化できなかった苛立ちが何なのかをようやく理解し、それを敵に叩き込むべく歩を進める。
「不殺が馬鹿げている、貴方はそう言いましたね。確かに、それは一見すると不合理に見え、戦場に於いては無駄に思えるのかも……。けど、私はそうは思いません」
「──な、に?」
「千束も黄理くんも、一度だって言い訳をしなかった。自分の
たきなは敵が、わざとらしく“新人類創造計画”は黄理くんと千束の電波塔における行動が原因で生まれたと発言していたことを思い返す。それは無意識下で、たきなの胸中に刺さり絶対に否定するのだと無言のうちに誓っていたのだ。
二人が歩み、積み重ねてきた選択を貶める発言がどうしても許せなかった。卑劣な責任転嫁を見逃さず、たきなは自らが憧れた
たきなの言葉を聞き、屈辱あるいは納得とも似た表情のままダークストーカーは再び意識を落とす。それからの後処理は迅速かつ明朗としたものだ。自分の識別番号であるLC3023で
事後処理や後始末の達人たちも真っ二つにされた海ほたるの巨大オブジェ、カッターフェイス“だったもの”の破片を前に絶望的な表情をしていたが、翌日のニュースまでにはどうにかなるだろう。加えて敵の残した武器・装備一式については橙子さんがうきうきと持ち去っていった。
事後処理を終え、私たちは海ほたるの駐車場に戻って来られた。
ふぅ、と一息をつき今夜の喧噪の全てに片が付いたことを再確認すると千束の言ってた言葉がふと思い出され、笑いながら千束のセリフを私はここぞとばかりに引き継いだ。
「──いいですか、ここまでやって一件落着です」
照れくさそうに、それでもしゃんと胸を張って誇らしげに締めの言葉を告げたたきなを見て、千束と黄理は吹き出して笑い合った。なぜ、笑うのかと頬を膨らませ問い詰めるたきなの追及を躱し、笑い合う三人の乗った車は夜の海ほたるを後にした。
ダイジェスト版、リメイクでは敵の三人をもうちょっと活躍させたいところ。
次の投稿でオリジナル回、Ask for the moonを畳みきりたいと思います。