Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 推奨導入歌、オーイシマサヨシの“神域アルゴリズム”。

 基本、鉄火場と説明回しかない長いだけが取り柄の小説でしたが、ようやくラブコメ回です。個人的には、魔法使いの夜みたいな恋愛未満、時々恋愛以上を行ったり来たりするのが目標地点。千束、たきな、黄理も、青子たち洋館メンバーみたいな関係性で話を進めていきたいものです。



Nothing seek, nothing find【1】

 

 

 喫茶リコリコ、錦糸町にある一般的な喫茶店の地下には一般的という基準から大分、外れた施設が存在している。特注の防音設備と大量の予備弾薬、訓練用の人型ターゲット。そう、リコリコの地下にはリコリス東京支部にある射撃訓練場と同等の設備が秘密裏に隠されていた。

 

 喫茶店という日常の真下に横たわるリコリスとしての非日常。

 

 たきなに此処を教えたときは、そりゃもー驚いてたなぁ。

 

 

 日常の影となる非日常そのものな射撃場でわたしはたきな、黄理と一緒に射撃訓練をしている。

 

 リコリコ店員でもリコリスでもない黄理が何故、此処にいるのかというと伽藍の堂には、これほど高水準な射撃訓練場がないため時折、黄理にも訓練場を貸していたりする事情があるわけだ。

 

 一方でリコリコ店員かつリコリスのたきなは何時も通り真面目に訓練に勤しんでいる。

 

 黙々とターゲットに照準を合わせ、静かにそれでいて明確な意思のもとに発砲を繰り返す。拳銃の有効射程ギリギリに配置されたターゲット、セカンドリコリスならば命中させて当然の距離で、それでも弾丸はたきなの意図から外れた地点に弾着する。

 

 誤差修正、修正軌道を読んで次こそはと照準を合わせ直すも、またもや弾丸は狙いから大きく外れたところに飛んでいく。頭部を照準したはずが、実際に命中して赤い粉塵を咲かせた位置は右脇腹にあたる部位。

 

 

 たきなは不満そうにしているけど、わたしは撃ち始めてもう当てにいけるところまで上達したのがすごいと思うわけですよ。

 

 ぶっちゃけ、撃ち慣れてるわたしでも標的からそこそこ離れてしまえば、当たるかどうか限りなく運任せなんだから。

 

 

 そんな千束の感慨を知らず、運任せということを嫌うたきなは続け様に引き金を引く。射撃を繰り返し、かろうじてターゲットに当たりはするものの狙いから大きく離れた場所に当たってしまう事への戸惑いを彼女は表情に出している。

 

 まるで弾丸が当たるのを拒むような錯覚を感じつつ、不快感を抑えてたきなは弾倉にある全弾をとりあえず撃ち尽くした。スライドストップがかかり、ホールドオープンになったところでため息をついて隣の黄理の射撃を見る。

 

 七夜黄理は離れたターゲットの急所から外れたところに連続して弾丸を命中させている。たきなや千束と違い、まともな弾丸を使っているため高い命中率をマーク。撃ちきったところでヘッドセットを外し、黄理はたきなと目を合わせた。

 

「すごいな、その弾でもう当てられるなんて」

 

 ぽやんとした黄理の純粋な賞賛に、少し得意げになりそうになったたきなは努めて気を引き締め赤い弾頭の弾丸をつまみ上げた。

 

「別に当たってませんよ、狙い通りなんて口が裂けても言えない命中率ですから」

 

 それだけ言うとたきなは呆れの入った目線で、いま自分が持っているフランジブル弾を普段使いしている千束に尋ねた。

 

「何ですか、これ?」

 

「わたしも当たんないんだな~」

 

 たきなの苦々しい疑問の声に、わたしは思わず気の抜けた笑みをしてしまう。何せ、たきなと違って、こっちは碌にターゲットに当たりもしてないのだ。ここで大上段から物を言っても説得力が足りない。

 

 プラスチック・フランジブル弾。赤いゴム弾頭の非殺傷を目的とする特殊な弾。正確にはゴムというより弾力あるプラスチック粉末と、そのままでは軽すぎ、威力がまともにないのをどうにか誤魔化そうと金属粉などを固めた物が弾頭になっている。

 

 リコリコで活動するわたしを助けてくれる先生の弾。

 

 わたしは気に入ってるけど、実際に現場で使おうとすると色々と問題が出てくる。弾頭が軽すぎるため威力が低いことや、発射時の発砲炎による熱で弾頭が溶けて弾があらぬ方向へと飛んでいくこと。

 

 ストッピングパワーと命中率が極端に低い。この二つだけでも実戦で使うには問題が多すぎる。低威力に目を瞑っても命中率ばっかはどうにもなんない。射手の腕がいくら良くても弾頭の溶融は常に一定というわけではない。たきなが命中させられるようになってきたのも、訓練場という一定の環境における変形の傾向を把握し始めたからなんだし。

 

 現場でこの弾を使った“一発勝負の精密射撃”。

 う~ん、ちょっと厳しいかなぁ~。

 

まっ、それなら分かりやすくて単純明快な方法で解決するだけなんだけどさ♪

 

「…ああ、“だから”ですか?」

 

 たきなの脳裏に浮かんだのは敵の弾幕をものともせず相手の懐へ肉薄する千束の姿。超至近距離での迫兵射撃。非殺傷弾の弾道が変化し始める射程の更に内側、拳やナイフなどの近接格闘武器と同じ領域での格闘射撃。たきなが私と同じ解決策に思い当たったのを察して、親指をスナップして頷いた。

 

「そう!近寄れば絶対に当たる☆」

 

「簡単そうに言ってくれるけど、それができれば苦労はない」

 

 呆れた黄理の忌憚ない意見が飛んでくる。言われてみれば確かにそうだけど、もっとわたしのフォローとかしてくれてもいいじゃんか~。

 

「確かに──わたしには到底できそうにありません。この命中率では自分を守れない」

 

 たきなは黄理に向かって無言で手の平を差し出す。たきなの意図を読み解き黄理はその手に実弾の入った箱を手渡してから、ヘッドセットを被り直した。

 

 

 再装填、使い慣れた実弾のリロードにより、扱い慣れた銃の重さを掌に感じ取る。速やかに照準、連続しての発砲は先ほどの命中率が冗談だったかのように、狙い過たずターゲットを連続して撃ち抜いた。

 

 

 

 千束たち三人の訓練をリコリコの店舗側からカメラで見ていたクルミは店主であるミカへと苦言を呈する。

 

「──ミカ、店の地下に射撃場って、お前実はバカなんじゃないか?」

 

「なぁに、防音には金がかかったがいい仕事というヤツには日頃の弛まぬ研鑽が必要だ。どこの国でも似たような言い回しはあってね。研鑽を怠れば一日で己に、二日で師に、三日でより多くの者に気づかれる。音楽家や職人なら錆びた技術を取り戻す機もあるだろうが、我々のような人間は次があると想定するべきではない」

 

「まぁ、研鑽とかの重要さはボクにも頷けるところがある……」

 

 もっともらしいことをミカが口にしているが、それでも訓練施設を此処にする意味は在るのかとクルミは呆れた視線を隠そうともしなかった。

 

「必要性については同意するが、それなら店の地下ではなくもっと別の所に作ってやれ」

 

 

 

 

 

 たきなは間髪入れず連続して弾丸をターゲットに撃ち込む。正中線中央の胸部、標的のど真ん中。

 

 当然のごとく急所目掛けて弾丸を当て続けられる正確性に千束は、狂わず惑わない機械の在り方をたきなに重ね合わせる。

 

「すっごい命中率。実はオイルとガソリンで動くマッシーンだったりしない、たきな?」

 

「水分と食べ物で活動するれっきとした人間です」

 

 先日、珍妙なサイボーグ兵士たちを相手にしているため洒落になっていないとたきなの咎める視線が千束を見つめる。それにたきな個人の言い分としては、黄理くんや千束にだけは言われたくない、というのが目線だけで伝わってきた。

 

 それを感じ取った千束はたきなの追及の目線を笑ってやり過ごし、今後の使用弾薬についての話題へ持っていった。

 

「実弾がそこまで上手なら急所だって外せるんでない?無理に先生の弾撃つことないよ」

 

「だな、便利なときもあるけど、使い続けるには値段が…」

 

「ほんとにお金の問題意識が強いですね、黄理くんは。でも、便利な時?基本的に不便な場合しかないと思うんですが?」

 

「えへへ~、いつか分かるよ!」

 

 くるり、と回って背中越しにたきなの興味をくすぐるよう、千束さんは謎めいた微笑で答えを濁そうと──

 

「制圧対象を生かしたまま捉えることができる。尋問したい相手を捕まえるときに便利なんだって」

 

 おぉい!?黄理ってば、あっさりバラしたな!

 

「ちょぉい!?ネタバラシぃぃ!?!」

 

「別に引っ張るほどのもんでもないだろ」

 

 黄理の呆れた態度に食って掛かり肩を揺さぶる千束を放置して、たきなは非殺傷弾の用途を理解する。

 

「重要な情報を持った、殺せない相手を撃つための弾丸?」

 

 まぁ、殺さないのはわたしの基本スタンスなわけだけど、大体はそのとーり!

 

 たきなの理解したという声を聞き、ネタバラシを引っ張りたかった千束が頬を膨らませてたきなの言葉に応える。

 

「そ~、生きたままターゲットを捕まえられるの。不便ってよく言われるけど、ちゃんと便利なとこもあるのさ!」

 

「はいはい、分かったから……昔からこの弾のことになると、千束は妙にうるさいんだ」

 

「なるほど、それはまた面倒な」

 

「聞こえてる~。そういうのは気遣って小声で話すもんでしょ~!」

 

 小さな口をとがらせ、千束が精一杯の抗議をするが黄理とたきなはそれを視界から外して非殺傷弾の入った箱を見る。

 

「一応、この弾も役に立つときはあるんだ。ターゲットを仕留めちゃいけないとき、あとは…非殺傷弾じゃないと打開できない場面とかで便利になるかもしれない」

 

 千束と黄理のDAのエージェントからはひどく外れた言葉を茫洋と聞いてたきなは微笑を含んで軽口を溢す。

 

「仕留めるまでが…仕事だったんですけど?」

 

 微笑みながら、以前と違うことを面白がっているたきなの話に千束もまた笑顔で応じた。

 

「もう違うでしょ?」

 

 

 

 

 

 淡い春が過ぎ、初夏の気配を漂わせつつある時節。

 

 ある日の晩。閉店後のリコリコでは白熱する千束とそれを平熱で見守るクルミと黄理、保護者不在でお座敷をゲームのためだけに占拠するという混沌とした状況が形成されていた。

 

 ドタバタと座敷で跳ね回る千束を横目に黄理とクルミは二人っきりのモノポリーという結構な難行に興じている。やがて、肩を落として千束の動きが完全に止まったのを頃合いと見て、黄理とクルミはボドゲを切り上げる。

 

 テレビ画面に表示されたポップで色鮮やかな“LOSE”の文字に、黄理とクルミは顔を見合わせた。

 

 また派手に悔しがるな、という表情で──

 

「んなぁぁ゛ぁ゛~~!ぐや゛しい゛ぃぃ~~!」

 

 予想通り千束はVRゴーグルを外し悔しさに地団駄を踏む。千束の後ろ側、座敷に座る黄理は嘆息しつつ、千束の奇声に驚いて帰ってきたたきなに軽く手を振る。

 

「いい加減負け越してんだから観念したらどうだ?……あ、お帰りたきな」

 

「…ただいま戻りました。あの黄理くん、千束は何を?」

 

「いつもの奇行」

 

「コラコラ、そんないつもじゃないぞ」

 

 クルミは呆れた目を隠そうともせず、やれやれと首を振る。

 

「ムキになりすぎなんだよ」

 

「だってこの人名前がムカ──あっ、たきな。ちょーどいいとこに!これやってこれやって~!」

 

 目を白黒にしちゃってるたきなの手を取って、わたしはゴーグルをちゃちゃっとたきなに付けて銃型のコントローラーを抱えさせた。周囲を見渡すような動作と感心したような声をたきながしてるが、もしやVRゲー初心者か?

 

 いや、ひょっとするとテレビゲームに触ったことさえ始めてかもしんない。だけど、このゲームは実際の挙動をそのまま拾うタイプのゲーム。だったら、たきなにも勝ち目がある!

 

「リアル、ですね…………いや、なんですかこれ?えっえっ、千束?黄理くん?」

「細かいことはいーからいーから。仇とってよー、ハイスタート!!」

「がんばれ~」

 

 

「もう何がなんだか…んぅう?」

 

 わたしのかけ声と黄理の気の抜けきった応援に困惑しっぱなしのたきなは、ゲームの開始に伴い攻撃を躱す動きを取り始める。

 

「やっわわわっ、ぶっつかる~!黄理、そっち持ってっ」

 

「だからお座敷でやるもんじゃないと、っとと」

 

 黄理に反対からちゃぶ台を持ってもらい、たきなの移動スペースを確保。クルミもいそいそとたきなの挙動圏内から退避。これで周囲は安全と胸を撫で下ろすと、たきなは華麗に後方へ宙返りして……てぇ?

 

 あまりの衝撃にあんぐりと口が開く。うめき声としか呼べないような当惑の呼吸が言語化されないまま声帯を通過する。乙女の秘密の花園、というか絶対領域。スカートの中身が、そんな開けっぴろげに!?

 

「──黒い?」

 

 黄理の呑気な声を聞いてから、わたしの意識が再起動した。

 

っていうか、見ちゃったの!?

 

「あわわっ見んの禁止っ!」

 

「はっ?なにをっ!」

 

 慌てて黄理の頭を抱きかかえることで、その視野を覆い隠す。既に見えたあとだから、もう遅いんだけど思考は先ほどのたきなのスカートの中身と黄理がそれを見たっていう事実でいっぱいいっぱいだ。もう、思考がろくに纏まらない!

 

 じたばたと動く黄理を抱き捕まえて、たきなの尊厳を守ろうと黄理の目を覆い続ける。

 

 

 

 必死で黄理の頭を抱え続け、少ししてから周囲が静かになったのに気づく。ぎゅっとつぶっていた目をおそるおそる開けると、そこには仁王立ちでこっちを冷たく見るたきなと、どこか驚愕して顔を赤くしたクルミが……っていうか、ゲームの結果は!?

 

 たきなの背中の方、テレビ画面を見てみると、そこには輝かしいWINNERの字があった。

 

「勝った?よっしゃぁぁ!」

 

「──ゲームの勝敗はともかく、千束は何をしているんですか?」

 

 たきなのお顔がなんだか怖いんだけど……あれ、なんか忘れている気が。

 

 なんだっけ、なんだっけ?

 

「ほぇ?……あっ」

 

 そこで、わたしは黄理の顔がわたしの何処に位置してるのかを見て正気に戻った。

 

「わぁぁ!!?」

 

 反発する磁力でもかかったように跳ね除けられ黄理はようやく柔らかな暗闇から解放される。ただ、はじき飛ばされた先にあったちゃぶ台に後頭部を痛打、悶絶してから黄理は身を起こした。

 

「黄理くんも!一体全体、なにをしてたんですか!?」

 

「何してって……何もできなかったんだけど?いきなり視界を奪われたかと思ったら頭蓋骨割る勢いで締め付けられたんだぞ。ったた、俺の頭蓋に恨みでもあるのか?」

 

 頭を抑えて黄理はしかめっ面で恨み言を言い連ねる。だが、頭部に圧力をかけられたところまでは記憶しているらしく、それを聞いた千束は顔を朱色に染め上げて、ちゃぶ台の向こう側に隠れようとしていた。

 

 真っ赤に蕩け染まった千束は、先ほどまで黄理の頭部が挟まっていたところを両手でかき(いだ)いて、ふらふらと(かぶり)を揺らす。胸元へ両手を置いて祈るかのごとき仕草は、真っ赤に染まった顔つきと相まってどうしようもないほどに蠱惑的だった。

 

 

 そのあまりにも魅力的な姿に思わず、クルミもたきなも二の句が継げなくなる。ただ、それを見ていない黄理は、ぼんやりと先ほど自分に何が起こったのかを整理しようと試みた。

 

「いやホント、何があったんだ。確か、あのときゲームしてるたきなが大立ち回りして……それから、黒くて柔らかい──」

 

 

 “黒くて”、のところで千束が、“柔らかい”、でたきなが。

 

 反応はほぼ同時、黄理が薄れた記憶を辿りきるよりも早く、その記憶を刈り取ろうと二人のリコリスが阿吽の呼吸で不意を突く。最強のリリベル、至上の暗殺者である七夜の認識の外を穿つ二輪の彼岸花。

 

 体勢を崩したため、七夜黄理には何の抵抗も許されない。

 

 投げつけられたちゃぶ台とゲームのコントローラー、千束とたきなの友情ツープラトン攻撃を前に黄理はお座敷で昏倒する羽目となる。

 

 

 

 

 

 沸騰して煮えたぎるコーヒーの載ったお盆を頭に乗せ正座している黄理を店の端っこに置いといて、わたしはさっき目に飛び込んできた光景が自分の見間違いかどうかを考え込む。果たして、あれは本当に現実(リアル)だったのか。

 

 う~む、うーんうーん。ダメだ、考え込んでも堂々巡りだし自信が持てない。かといって、黄理に事実確認するのは……やっぱ無し。

 

「クルミ~、たきなのパンツって見たことある?」

「あるわけないだろ」

 

 即答、ちぇっ何でも知りたいんじゃないの~?

 

「トランクスだよな?」

 

 さも当然というような黄理の言葉が聞こえた。

 

 すぐに黄理の額へ銃の形を取った手の人差し指を音無く当てる。

 それ以上、妙な(正しい)ことを言ったら、この指が火を噴くゼ☆

 

 まぁ、主に熱を以て襲いかかるのは熱々なコーヒーなんだけど──

 

 今はそれより。

 

「ぱんつ、見たの?」

 

 普段よりも数段、低いトーンと殺気を滲ませた声に少年の顔色が蒼白となる。

 

「さっきもだけど。前に海ほたるに行ったとき見えたのが…何でもない」

 

「何でもあるでしょ。さすがに」

 

 マジで一押しして頭からコーヒーを飲ませてくれようかとも思ったけど、千束さんの鋼の自制心でどうにか抑え込み、つかつかと店の奥へと歩を進める。

 

「ノーパンでなきゃ、なんでもよくないか?」

 

「千束の中だと、そういう話じゃないらしい」

 

「ふ~ん、それはそれでいいとして。どこ行くつもりなんだ?」

 

「まぁ、予想は付くよ」

 

 

 クルミ、黄理のやり取りを背に更衣室で身支度中のたきなへ歩み寄り、勢いのままスカートを堂々とめくり上げる。唐突にスカートをめくられ、たきなは普段通りの奇行かと困惑と疲れの半々の声で千束に応対した。

 

「なんですか?」

 

 呆れ果てたたきなの声を前に絞り出すような千束の慨嘆の声。

 

「──な゛に、これ?」

 

 わたしのガチの困惑と嘆きの声にたきなは見たままを実直に告げてくる。

 

「下着ですよ、見れば分かるでしょ」

「そーじゃなくて!男物じゃん!まさか、これって黄理のヤツとかじゃないよね、ねったきなさん!?」

 

 千束の訴追にも懇願にも似た声で、たきなの顔がたちまち赤くなる。カァッと紅潮する表情の真意は怒りか、はたまた照れによるものか。

 

「なんでそこで黄理くんが出るんですか!?変なことをいうのも大概にしてください!」

 

「男物のパンツ履いてる子がゆーかね!」

 

 男物のパンツ?と聞いて、たきなの表情が不審そうに戸惑いを浮かべた。

 

「これが店の指定じゃないんですか?」

「…………し、て、い?」

 

 たきなを問い詰めた事で、この事態の真の黒幕が誰なのかが判明する。

 

 それは、あまりにも意外な人だったのです!

 

 

 

 

 それはまるで断崖絶壁を背にした火サスのラストシーンの追い込みみたいな緊張感だった。身支度を済ませたたきなを引っ張ってきて、カウンター向かいの先生にわたしは強めの口調で追及に入る。

 

「洗いざらい聞かせてもらいましょーか!」

「これ結局、俺悪くないってことでいいんだよな。じゃあ、お盆下ろして良い?いい加減邪魔で邪魔で」

 

 わたしの横には正座からは解放された黄理が座って事の次第を見守ろうとしている。器用に頭にお盆を載せたまま、頬杖をついているカウンターに座る姿は何時も通りにしているのにどうにもシュールな格好だった。

 

「いい感じに冷めてきたな、一杯ボクにくれ」

「……好きにとってくれ」

 

 クルミが適温になったコーヒーを欲しがったので、黄理は席を立ちその場でしゃがんでコーヒーを提供(サーブ)。無遠慮にバランスのことなど考えず、クルミは適当にカップを取ったというのに頭に載ってるお盆は小揺るぎもせず、まるで頭部にくっついてるみたいだ。

 

「では、わたしもいただきます」

 

 なんか、脳天気勢のおかげで緊張感がないけど、先生に対する視線の鋭さだけはどうにか維持してわたしは真っ正面から黒幕へと相対(あいたい)した。

 

「あっ、わたしにもちょーだい」

 

「お前もか」

 

 

 

 ようやく、冷静さを取り戻せてきた頃合いを見計らって、ミカは千束を刺激しないように穏やかな口ぶりでこれまでの事情と経緯を簡潔に説明した。

 

「店の制服は支給するので下着は持参してくれといったのだが……いやまさかこうなるとはな」

 

 先生もホントに目を白黒させてるから、予想外だったのはこっちもか。どうやら先生の言い方も悪かったんだろうけど、それにしたってたきなのチョイスが……

 

「どんな下着がいいのか、分からなかったもので」

 

 いいのが分かんなくても、悪いのくらいはわかるでしょ~。

 

 たきなのド天然発言を受けて頭痛に呻いているわたしを余所に黄理が楽しそうに軽く噴き出す。含み笑いを溢す黄理の足の甲を強めに踏み、わたしはたきなの方へ顔を上げた。

 

「だからって、なんでトランクス~?」

 

「……べつに笑わなくても…………理由ですか?といっても私じゃなくて店長が」

 

「なるほど、あの時わたしの好みを聞いてきたのはそういうことか」

 

「“そういうことか”、っじゃなーい!!」

 

 うんうん、と先生は頷いてるけど納得しちゃまずいでしょ。そんな頭が痛いこっちの考えを知らず、黄理はやっぱり楽しそうに笑っている。どうにかこらえようとしてるけど、ツボに入ってしまったのかこらえきることが出来てない感じ。

 

「ックク、やっぱりたきなは凄いよな。こっちの予想の斜め上を行くから」

 

「黄理くんの言う予想の斜線の向き……上なのか、下なのかで褒め言葉にも悪口にもどうとでも取れますよね、その発言?でも、別に悪くないですよトランクス?履いてみるとこれが開放的で」

 

「ッハハハ。ダメだ、もう面白すぎてお腹が痛い」

 

「おーい、笑ってる場合か~。ボクだって笑いそうなのこらえてるんだぞ?」

 

 たきな、黄理、クルミは朗らかに愉快そうな掛け合いに興じている。

 

 ただ、その間もお盆を頭に載せた黄理を憐れに思ってか、ミカはそっと何気ない所作で頭の上に乗ったお盆を預かった。

 

 そこでミカは、ここまでごく自然にお盆を頭に載せていた黄理の異常なまでに強靭で卓越した体幹に息を呑む。熟練の戦士たる彼が遅れて気づく日常に溶け込む異常な技巧。あまりにも当然で何も支障の見せない動作だったため誰も気に留めていなかったが、黄理の怪物がかった異様な体術の底知れ無さにミカは内心の戦慄を隠しながら微笑んだ。

 

 

 

 

 カウンターの向こう側。

 

 たきなたち三人が平穏で呑気な話題に盛り上がっていると──

 

「あー、もう!とにかく!」

 

 無理矢理、会話の流れを断ち切って千束は主導権(イニシアティブ)を確保。そのままたきなと黄理に向かって、明日の予定を強制的に言い渡す。

 

「明日の十二時、駅に集合ね!あと、黄理も荷物持ちでくること!」

 

「仕事…というわけではなさそうですね。話の流れから見て」

 

「というか、なんで俺まで。これでパンツ選べとか言われても正直困るぞ?」

 

「ちゃうわ!!たきなのパンツはわたしが選ぶから!」

 

「あの、私の物なら私に選ばせてください…」

 

 わたしが即座に違うというも、時既に遅くたきなが真っ赤に茹で上がってるし。まぁ、その辺の羞恥心がたきなにもあるというのは少し安心だけど……

 

 黄理はますます不思議そうに首を傾けている。

 

「分からないな。じゃあ俺、必要か?二人ともその辺の学生より鍛えているんだから、荷物持ちが必要なほどお嬢様でもないだろ」

 

「デリカシーって言葉、知ってる?」

 

「黄理くんらしいですね」

 

 わたしとたきなの白眼視に困惑を深めつつ、黄理は先生とクルミに視線で助け船を求めた。

 

「あ~、わたしからはノーコメントだ。ただ、これ以上、二人を怒らせない方がいいと思うぞ」

「右に同じ。いや、敢えてコメントするなら千束の言うことにはボクも同感だよ。デリカシーというものを学ぶんだな」

 

 先生やクルミの救援が芳しくないことを理解した黄理は、ため息をついて明日の自分の運命(荷物持ち)を受け入れた。ただ、未だに釈然としていない黄理の弱みにわたしはつけ込むことにした。

 

「き~り?確か、たきなのパンツを見ちゃったんだよね?」

 

「そっ、そうなんですか!?」

 

「えっ。まぁ、別に見ようと思って見た訳じゃないけど」

 

 あんまりにも女の子の機微を無視した黄理の切り返しに“イラッ☆”っとたきなの機嫌が急降下するが、へそを曲げられて明日の約束がおじゃんになるのは困るから、伝家の宝刀を此処で切る!

 

「女の子に恥ずかしい思いさせたんだから責任!──ちゃんと取ること!」

 

 “責任”、というかつて別の何処か聞いた反論の余地がない言い草に黄理は頬を引きつらせて、自分の打つ手がないことを理解した。

 

「だから、その言い分は狡いと思うんだ……分かったよ、俺も行けばいいんだろ。謹んで荷物持ちをさせてもらいます……」

 

 黄理が渋々ながら首肯したのを満足そうに見てから、千束は得意気にリコリコを後にする。だが、すぐさま言い忘れたことがあると戻って、小悪魔めいた笑みでたきなと黄理に注意事項を宣言。

 

「あっ二人とも制服着てくんなよ~。私服ね、私服」

 

 バタン、今度こそ嵐の擬人化みたいな少女は去り、台風一過となった店内で首を傾げたたきなが黄理とミカへ問いかける。

 

「指定の私服はありますか?」

 

 二人は顔を見合わせて、同時に何とも言えない表情でぎこちなく笑って見せた。

 

 “指定したら、それ私服じゃないよね?”と言いたそうに。

 

 だが、それを察することは今のたきなには難しかったのか、彼女は深く考え込みながら帰路を辿る。千束、たきなが帰ったあと、残った紅一点のクルミも押し入れに帰って行く。残されたミカと黄理はたきなの明日のファッションで多分、千束がまた吠えることになるのだろうなとアタリを付け、カウンターに倒れ込むのだった。

 

 

 

 

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