Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 ラブコメパートの続きです。
 やっぱり、鉄火場と戦場の方が書きやすいものがありますね。



Nothing seek, nothing find【2】

 

 早朝、爽快な朝日差し込む伽藍の堂で七夜黄理は約束までの時間を潰していた。昨晩、たきなの下着があまりにも年頃の少女らしからぬことに過剰反応をした千束がたきな、黄理を半ば強引な形で招集した買い物の約束。

 

 

 面倒だ、などと黄理は嘆息する。

 

 別段、買い物に付き合うこと自体に不満はない。しかし、人通りが多いところは少しばかり辛いものがある。人の感情、意思、思念を色彩として捉える浄眼。暗殺などはともかく日常生活では、何の役にも立たないもので人混みに入るだけでも気分を悪くする大きな心理的枷。

 

 伽藍の堂で黄理が時間を潰しているのも、電車の利用者が減る時間帯を狙ってのこと。

 

 ソファーで横になった七夜黄理へ蒼崎橙子は呆れながら笑いかける。

 

「まったく、おまえと来たら。東京に住んでいて人混みで気分が悪くなるって、深窓の令嬢や田舎育ちでもあるまいに」

 

「……山、森暮らしが性にあっているのは否定しませんよ」

 

 人の思念はあまりにも複雑怪奇だ。

 それが表情や言葉と乖離しているとなれば尚更。

 

 外と内での変化が大きいほど気分が悪くなる。橙子さんの言う通り、俺という人間は都会という場所で生きて行くには向いていない──

 

 そんな益体もないことに思考を割いていると、橙子さんが俺にしては珍しい制服以外の格好に着目した。

 

「そういえば千束やたきなと出かけるんだったな?ふむ、坊やにしては洒落た格好だが、もう少し小物にも気を遣いたまえよ〜」

 

「小物、ですか」

 

 橙子さんは自分が普段使っている眼鏡や橙色のイヤリングを見せてくる。ただ、どうにも“余分”な装飾品を身につけるのは気が進まない。こっちは身軽を信条とする軽装の暗殺者。ゆえに無駄な荷重となる装飾品は長らく避けてきた分野。

 

 特に眼鏡なんて視界をいじるものなぞ、正気じゃ付けられる気がしない。

 

「嫌そうな顔をするな。きっと千束やたきなもめかし込んでくるだろう?綺麗どころ二人に見合う、あるいは恥をかかせない程度に身だしなみには気を遣ったらどうだ?」

 

「千束はともかく、たきなが?……想像できませんね」

 

「そりゃ、おまえの想像力が貧困か、たきなの洒落っ気が貧困なだけだ」

 

 なるほど、個人的には後者が可能性として高いと思うけど納得は出来た。俺も服装で千束に文句を言われるのは避けておきたい。何か、行動の阻害をしない程度の小物でも持っていたかなと考えて、俺は自分の作業机から子供の時分に使っていたリリベルの武装鞄を引っ張り出した。

 

 確か昔、京都の任務から戻った際、部屋に置いてあった小物をそのまま鞄の中に放り込んでいたような──

 

 薄れ去った記憶をかすめる奇妙な想起。

 

 あさった鞄の奥底。目当ての “フクロウのチャーム”はすぐに見つかり、それを首にかける。首元に居座る金属の冷たい感触に少しやりにくさを感じるも、チャームを見下ろしてみた。

 

 ダメだ、俺には善し悪しがよくわからん。橙子さんの意見でも聞いてみようとして視線を傾けると、橙子さんは一瞬だが呆然と立ち尽くしたように俺の目には映った。

 

 

 

「お前、さては“それ”が意味するところを知らんな?……虎杖さんめ、わざと知らせなかったのか……いいや、あるいは彼も」

 

「橙子さん?」

 

 俺の疑問がかった声を聞いてか、橙子さんなりの答えが出たかは分からないが、橙子さんの意識がようやくこちらに向く。そして、煙草に火を付けてから橙子さんは真剣な面持ちで俺の格好に対する訓告を投げてきた。

 

「黄理、そいつを付けていくのは構わんが、くれぐれも見えないように注意しろ」

 

「……それじゃあ、意味がないのでは?」

 

 小物を付けろと言ったのに、それを見せないようにしろというのは滅茶苦茶な助言だ。でも、俺が茶化そうとする余地がないくらい、橙子さんの顔つきは鋭利な真剣さを湛えていた。

 

「洒落っ気とは見えないところにまで注意することを言うんだよ。何は兎も角。いいな、わかったか?」

 

「分かりましたよ。橙子さんがそこまで念押しするなら──」

 

 黄理は当惑した不思議そうな顔で首を傾げ、チャームをシャツの内側へと仕舞い込んだ。ふと、視界の端にあった時計を見る。そろそろ、待ち合わせに動き出してもいい頃合いか。

 

 

 

 話に付き合ってくれたことに対し橙子へ礼を言うと、黄理は軽やかに伽藍の堂を後にする。残された橙子は黄理が遠くに離れたことを確認するとがしがしと頭を掻いてため息をつく。

 

「つくづく、才能を持つ者の影をちらつくのが上手い連中だ。アラン機関、才能の盲信者どもめ──」

 

 橙子が舌鋒鋭く吐き捨てると吸い殻を灰皿に押しつけた。果たしてアラン機関は、あの殺人に長けているだけの子供に何を求めるのか。そこまで考えて橙子はゆらりと笑みの表情を創る。

 

「死を与え、壊し、殺すことのみに卓越し異様な天賦を持つアイツに関わるとは物好き極まったな。黄理が他人の用意した使命(芝居)で踊るほど行儀の良いヤツとは思えん。下手な茶番なら、舞台もろともヤツは殺しかねんぞ──」

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は千束の設定した十二時より少し前。私は待ち合わせ場所である駅に到着し、きょろりと辺りに視線を漂わせる。周囲には他にも待ち合わせをしている人たちや、遊びに行こうとする人たちの賑わいで満ちており、喧噪の中で千束と黄理くんの二人を捜し始める。

 

 サッチェルバッグを背負い直し、周囲を見ると駅の掲示板前に千束が立っているのをまず見つけた。

 

 というか、離れたところからでも一目でわかる。

 千束が自覚しているのかは知らないが、彼女はとにかく“目立つ”のだ。

 

 日の光を浴びて髪自体が輝いて見えるボブカットのプラチナブロンド、淡い色を反射する真紅の瞳。何より千束の容姿がやたらと良いため、待ち合わせで退屈しているアンニュイな姿でさえ、ファッション雑誌のモデルのようだった。

 

 あとカラーリングがいつもと同じだったことが判断のしやすさの要因でもあるだろう。

 

 ファーストの制服と同色のロング丈の赤いアウター、インナーは黒のタンクトップという飾り気のないシンプルさ。黒と相対するように合わせられた白のショートパンツからは惜しげもなく見事な純白の脚線美を見せつけている。首元にはネックレスのような何かがあるがインナーの内側にあるためよくわからなかった。

 

 武装の気配さえ感じ取れず、この一帯にいても何の違和感もない。

 なるほど見事に市街地へ溶け込める“衣装”だ。

 

 まぁ、感心もほどほどにわたしは千束にそっと声をかけた。

 

「お待たせしました」

 

 千束が顔を上げると、わたしの足下から頭頂部まで視線が流れ、何とも言えなさそうに表情を曇らせる。

 

「お、おおぅ……新鮮だなぁ」

 

「問題ないですか?」

 

 ファッションセンスに問題あり。

 

 たきなの本日の装いはトレーニング用と思しきグレーのTシャツと黒いジャージの下だけ。“まずは服を買いに行かないとだな”、下着を買う前に寄るべき場所が増えた瞬間だった。おまけに一番の問題点はたきなの背負っている“サッチェルバッグ”だ。

 

「銃持ってきたな、貴様☆」

 

「ダメでしたか?」

 

「抜くんじゃね~ぞ☆」

 

 表情は極めてにこやかながら有無を言わせぬ口調で千束はたきなに釘を刺す。武器は持ってきてはいけなかったのか、と考えつつたきなは千束の衣装に目を通した。明らかにDAの用意したものとはかけ離れた装い。武器も仕込めなさそうな衣装に疑問が浮かぶ。

 

「千束、その衣装は自分で?」

 

「衣装じゃねぇ」

 

 

 

 些細な言い争いを済ませ千束と無事に合流できたが黄理くんの姿が見えない。まだ来ていないのかと考えていると、千束が微笑みながら駅構内の方を見ている。

 

「黄理、ちゃんと待ち合わせ場所に来れるかなぁ?」

 

「……確かに。乗り違えや乗り過ごしで、別の場所に行ってそうですね」

 

「それなっ!あと、財布を忘れて取りに戻ったりとか──」

 

 楽しげに黄理がどのような手違いをしそうかで盛り上がり始めようとしたところ、先ほどまで誰もいなかった場所から不満の声が上がる。

 

「二人の中で俺はどんな扱いなのかがよく分かった。ご期待に添えなくて悪かったな?」

 

 千束とたきなが声の上がった場所を見ると、そこには見慣れたリリベルの制服ではない七夜黄理の姿があった。下は黄色のカーゴパンツ、上は裾近くに向日葵(ひまわり)のアクセントがある白いシャツの上に黒のサマージャケットを羽織っている。首元には何かネックレスのようなものがありシャツの内側に仕舞われていた。

 

 長袖だというのに不思議と暑い、という印象は抱かせない涼しげな装束。

 

 普段の装いとまったく違う黄理くんの姿を前に、わたしは放心して視線を奪われた。まったく見慣れない、見たこともない黄理くんの格好に思考がかき混ぜられる。そして、見慣れない服装の中でも変わることのないクセッ毛や蒼黒の瞳という黄理くんの持つ特徴を見つけると、どうしようもなく顔が熱くなる。

 

 ただ単に服装が変わっただけなのに……どうしてこんなにも視線を外すことが難しいのか、その理由がわたしには分からない。

 

「黄理、くんですよね?」

 

「そうだけど、そんなに見慣れないか?まぁ普段はリリベルの制服ばっかだし、あとは作務衣とか適当なものしか着てないからな」

 

「えぇと……すごく、新鮮です」

 

「そうか、たきなだって……なんと言うか、すごくラフな服してるな」

 

 黄理くんが言いづらそうにわたしの服装への感想を口にしたところで、わたしはようやく自分の服装がひどく陳腐なものだと気づいてしまった。せめて、もっと色合いがあれば良かったと思っても後の祭り。

 

 しょんぼりモードのたきなが押し黙ると、横から千束が黄理へ手を差し伸べる。

 

「黄理、お手」

 

「来て早々に犬扱いか。今日も調子良さそうで何よりだよ」

 

 呆れた表情を浮かべても、千束は手を引こうとしない。“仕方ない”と、黄理は差し出された千束の手の平へ自身の手を乗せようとする。手と手が触れあうと、千束の手が(ツタ)よろしく黄理の手首へと絡みついた。

 

 何かを確かめるように袖口を掴み、触れてから千束はひくひくと口元をわななかせる。袖の付近で感じた硬く冷たい感触。そう、手首の箇所には黄理がよく使う棍が仕込まれていたのだ。

 

 頭痛をこらえるジェスチャーで頭を抱え千束は声を絞り出す。

 

「黄理もかい……なんで棍、仕込んでるのさ?」

 

「──ふむ、もしやダメだった?」

 

「ワーオ、たきなとおな~じ反応……ダメに決まってるでしょ」

 

「でしたら、昨日の段階で武器の不携帯を連絡しておいてください」

 

「言わなくても下着買いに行くだけで銃とか、棍とか使う~?ふっつ~?」

 

「なる…ほど?」

 

 黄理は分かったのか分かってないのか怪しい表情で頷いているが、たきなは不可解そうに俯いて深く考え始めてしまった。千束はそんな真剣に悩むほどのことか、などと考えながら今日のショッピング(ミッション)が前途多難であることを開始前から思い知らされるのであった。

 

 

 

 

 三人が無事に合流できたことで待ち合わせの北押上駅でジッとしている理由はなくなった。準備は完了、さぁ此処を発とうと──その前に黄理の方を見て千束は嬉しそうな笑顔を満開に綻ばせた。

 

「武器を持ってきたのは減点だけど…その格好、すっごい似合ってるよ!」

 

 赤面し照れ笑いをする千束は浮き足立ちながらも、黄理の態度をそろりと伺ってくる。何か、黄理に期待するような素振り。黄理は少し考えてから──

 

「……千束は普段の制服と同じ赤で、あんまり新鮮って感じじゃないな」

 

「いやそこは何でもいいから褒める~!」

 

「適当なこと言うと怒るクセに」

 

 

 つれない黄理の態度を見て、千束が胸に秘めていたほんの少しの期待を忘れ、切り替えようとした時──

 

 

「よく似合ってる」

 

 たった一言。陳腐で、飾り気も、洒落も、気も利いてない言葉。

 

 黄理の想いだけが込められたそれを油断しきったところに聞いてしまった千束は、ふわりとよろめきながらあやふやな意識で立ち尽くす。

 

 一向に動かない千束を不審そうに見た黄理が痺れを切らし歩き出すと、同様にたきなも後を着いていく。先ほどの刹那の体験を十秒弱ほどかけて認識した千束は、黄理とたきなの後を晴れやかな表情で追い駆けるのだった。

 

 

 

 目的地までの途中、千束はオシャレの話を熱く語っていた。

 

「うぇ~。スカート、一枚も持ってないの?」

 

「制服だけですね。みんなそうでしたし、特に不都合は……」

 

 たきなが平坦な口ぶりで服のことを言いかけて、そのまま言いよどむ。休日のオシャレをしないままショッピングに来てしまったことを後悔する態度のたきなを見て、千束は“その理由を考えない”ように努力した。

 

 

 たきなの視線の先に誰がいるのか、見ない。

 たきなの想いが誰に向けられているのか、見ない。

 感情とそれに付随する動きを見ないようにして、今は楽しさのみに表情を委ねる。

 

 

 たきなは何か言いたそうに黄理を見て、そのままぷつんと黙りこくってしまう。それを見て、わたしは“ホッと”してしまう自分の感情からも目を逸らし、たきなへ喜色満面で買い物についてのことを言い(つの)る。

 

「ねねっ、スカート買おうよ、ぜったいたきな似合うって」

 

「……一枚くらいはあっていいかもしれません。しかし、わたしには適切なものがわかりませんので、千束が選んでくれるのなら……」

 

 迂闊にもたきなが服に関する全権委任発言をしたことで、千束は目に見えて色めき立つ。

 

「えっ、いいのぉ!?やったぁ~!テンションアガるわぁ~~↑↑」

 

「たきなも柔軟になったなぁ」

 

 意気軒昂な千束の浮かれ具合を伺いつつ、黄理はたきなの変化にこそ感心した。リコリコに来た頃は、本当にリコリスの平均値みたいな反応しかしなかったというのに、よくぞここまで成長を──

 

 トン、とたきなが黄理へ体当たり、というより寄りかかるが適切か。

 

 保護者目線で謎の感慨に耽る黄理にめざとくたきなは反応し、無言で黄理の肩へじゃれ合いのごとき体当たりで子供っぽく不満を伝えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 クルミはリコリコにある風呂場でゆったりと湯船に浸かりながら、銃取引の捜査を動かないままに行っていた。演歌を流し、湯船で体を休めながら行うそれは一般的な捜査機関のそれとはほど遠いが、それ以上の精度と量の情報が確かに精査されていた。

 

「武器相場に変更ナシ、か。まったく、ややこしい仕事を引き受けてしまったな」

 

 千丁もの銃火器を入手して、それを売るわけでもなく死蔵している現況。確かに銃の需要は、この銃規制が厳格な日本ですら除ききれない事実。しかし、需要がいくらあろうと、それを使う知識や経験ある人間ばかりはそう簡単に揃えられない。

 

 片目をつむり、画面から目を話すと風呂場の戸が唐突に開く。おや、とクルミは胡乱な調子で疑問を抱いた。確か、ミカに風呂入ってくると言っておいたし、無断で入ってくるほどの不作法をする人物ではないはず。

 

 となると、あとは一人だけだ。本日、リコリコにいるフロアスタッフは千束、たきなが離脱しているためミズキのみ。実際、ご機嫌ななめに戸を開けきってきたのはミズキ本人だった。ミズキは風呂に浸かるリスを見下ろし、絶望気味な声音で問いかける。

 

「テメー、なにしてんだ?」

 

「見てわからんか、風呂だ」

 

 ミズキはさっさと居候をフロアに立たせるべく、風呂で茹でられたリスを引っ張り出す。

 

「アホかー!営業中だぞっ!」

 

 風呂場より上げられたクルミは脱衣所の扇風機で“あ゛ぁ~”などと声を震わせている。ミズキはそれを平坦な眼差しで見ながら、クルミの捜査結果に疑問を投げかけた。

 

「相場に変化ないからなんなのよ?まだ買い手が見つかんないだけじゃないの?」

 

「ミズキの言う通り、今は“まだ”闇市場に撒かれてない。この筋では追えないなっ、っととぉ~」

 

 扇風機の風圧に負けて、ひっくり返りそうになるクルミの華奢な身体をミズキが支え、もう少しだけ考察に頭を使ってみる。

 

「千丁も銃ガメてなにすんだか?売り買いじゃないとなると自分らで使うとか?腕は二本しかないのに欲張っちゃって」

 

「百人くらい兵隊がいるんじゃないか~」

 

「拳銃ならともかく、アサルトライフルとかの二丁持ちはギャグでしょ?つ~か、百人って軍隊か!そんなん居たらDAがとっくに見つけとるわ」

 

 クルミは割りとミズキの意見に否定的な心情だ。実際に“DA”のハッキングをした自分からすれば、己の能力を絶対視する相手ほど手玉に取り易いものはない。ただ、元とはいえDAの人間にそれを言うほどクルミも幼稚ではなかった。

 

 濡れた金髪から水気を拭い、リスのモチーフが描かれた大きめのシャツに袖を通す。ひとまずの話に区切りが付いたところで店長の呼び出しだ

 

『お~い、二人とも~』

 

 店長の声を聞いて、ミズキは自分が労働力確保のためにクルミを呼んだことを思い出した。ミズキはおおざっぱな返事をしてフロアの方へと戻っていく。ただ、その前に着替え中のクルミへしっかりと釘を刺すのを忘れない。

 

「ほら、店長一人に店を切り盛りさせられんでしょ。あのでこぼこ三人組は夕方まで帰ってこないんだから、あんたも働きなさ~い」

 

「はいよ~」

 

 労働からは逃れられないようだと察したクルミはパソコンを閉じようとする。画面には銃取引の現場の鮮明な映像が映っていた。ツナギの連中を指揮する位置に立つ黒いロングコートの何者か。クルミは一旦、パソコンを閉じてフロアに向かう。

 

 フロアに向かう途中、思い出したかのようにクルミは押し入れの中にあった黒のナイフを手に取る。純黒にして、謎めいた未知未明の刃金。ダークウェブですら何の情報も出てこなかった、この世に存在しないのに実在する黒い金属。よく磨かれた黒刃の側面に自分の像を映し、クルミはニヒルで愉快そうに笑って独白を零す。

 

「新人類創造計画……か。こっちも厄介で面倒な仕事になりそうだ」

 

 

 

 

 

 下着を買う前にと立ち寄ったブティックで千束は高らかに宣言する。

 

「それでは、たきなズファッションSHOWのはじまり、はじまり~♪」

 

「随分と唐突だな」

 

「見世物は性に合わないんですが……」

 

 同行者であるたきなや黄理のみならず、周囲の利用者にさえ奇異の目線が向けられるが、それを一顧だにせず千束はたきなをブティックの更衣室へと放り込んだ。

 

 それからはもう怒濤の勢い。服とはこれほど種類があるのかと驚くくらい千束はわたしに大量の服を着るようにと渡してくる。

 

 冷静な面持ちを保って、千束の言うがまま服を次々と着替えていく。足が綺麗に映えるもの、落ち着いた雰囲気に見せるもの、シック風?可愛い系?エトセトラエトセトラ。

 

 スカートを中心にこれまでしたこともないような服装に目を回す勢いで着替え続ける。鏡に映る自分は間違いなく自分なのに、変わりようが凄すぎて実感が持てないほどだ。同時に、そんな自分ではないような自分を黄理くんに見られることは、どうにも居たたまれないものがあった。

 

 ただ、見られることが嫌というわけではない。では自分は一体、どうして欲しいのか冷静にそれを考えようとしても千束が休む間もなく服を勧めてくるので、とうとう羞恥の感情さえ追いやられ、着せ替え人形に甘んじる。

 

「いいねっ!さいっこうに可愛い、千束さんのお墨付き!」

 

「何着せても似合うって、これ実は相当すごいことなんじゃないか?」

 

「……どうも」

 

 二人の賞賛は心からのもので、普段なら照れつつも感謝の言葉くらいは言えるのだろうが、着せ替えの連続で疲労困憊した身体は伝法(でんぼう)な言葉遣いを選んでしまった。でも、千束も黄理くんも楽しそうに笑って、真剣に今を過ごしている。

 

 慣れてしまった硝煙や血の香りもなく、背に這い回る死の気配もない日常。

 未だに慣れず、違和感が先行するが……心が浮き立つのを抑えられない。

 

 

 わたしにとって。

 千束や黄理くんと共に居られるここは──

 

 とても、とても綺麗なところなのだと自然に心の底から思いが湧いてきた。

 

 

 

 

 最終的に元より来ていたオシャレ値ゼロ(千束換算)の服は憐れなことに紙袋の底へ追いやられ、わたしは買ったばかりの服に身を包む。薄い黄色でフリルのあしらわれたトップスとスカートをはためかせ、有頂天な千束のあとを黄理くんと共に追い掛ける。

 

「たきな~、リップグロスって持ってる~?」

 

「あの、千束。そろそろ本来の目的を……」

 

 本題から外れに外れたが、今日の目的は下着の購入。

 

 服はあくまで本題前の寄り道に過ぎない。

 

「そうだった、本命のことをポロッと忘れてたよ~」

 

「忘れるくらいなら、別段無理に──」

「行きます、これは絶対です」

 

 こちらの応答を赦さない速度域で返事をした千束はランジェリーショップへと向かう。そこで動いた人影はわたしと千束の二つだけで。

 

 あれ?黄理くん?

 

「俺はそこら辺で時間を潰しているから、決まったら呼んでくれ」

 

 じゃあ、と手をあげそのままくるりと反転した黄理くんの(すそ)を千束が掴む。

 

「どこへ行こうと言うのかね、き~り~?」

 

「逆にどこに連れ込もうとする気だ、お前」

 

 千束はにっこりと微笑んで、ランジェリーショップを指さす。

 

「いや、俺の行く意味ないだろ?」

 

「当然。えっもしや、たきなの下着姿を見たかったの~?」

「本当ですか、黄理くん!?」

 

 どきり、と心臓が今日一番の拍動を鳴らす。でも、相対する黄理くんの表情は何時も通り、ぼんやりとしたもので慌てたり、驚いたりしている様子はなかった。

 

「ノるなノるな、たきなまでそっち側に回られたら本気で困る。とはいえ荷物持ちをやれ、といっても下着を男に持たせるのは流石に……」

 

 そう言って、黄理くんは私の方に同意を求めてくる、のだが……。

 

「いえ、別に(かま)いませんよ」

 

「ちょちょちょっ!かまえかまえ!!」

 

「なんで言い出した千束が慌てているので?」

 

 不可解なことに自分から言ったはずの千束がむしろ、泡を食って慌て出すではないか。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、たきな。いくら仲良くて昔から知ってる相手でも下着は預けちゃならんて」

 

「じゃあ、俺の行く意味は──」

 

「“責任”」

 

 びたり、と磔にされたように黄理の五体に不可視の縛鎖がかかる。

 

「たきなのパンツ見て、恥ずかしい思いさせて自分だけ無傷ってのは、ちょっち虫が良すぎるな~」

 

 千束の暴論を前にとうとう黄理くんのぼんやりと弛緩した雰囲気は崩れ、面倒くさそうにため息を吐いた。やむなく彼は千束の無茶苦茶な論法に屈する道を選択。まぁ選択の余地は皆無でしたけど。

 

 ランジェリーショップへ向かう最中(さなか)、黄理くんは一つの要求を提示した。

 

「訴えられたら腕の良い弁護士を頼む」

 

 黄理くんの最悪の想定を聞いた千束は胸を叩いて確約する。

 

「安心してよ、もしものときはわたしが弁護するから!」

「知ってるか、千束?それを世間一般では自作自演とか言うんだぞ」

「あるいはマッチポンプですね」

 

 

 紆余曲折あって、ランジェリーショップに女子二名男子一名の三人組が来店する。三人とも年齢的には同年代。どう間違っても兄妹とは見えないし、兄妹で来店する可能性もない。かといって、その関係性を紐解こうとするととてつもなく男側に非があるような想像しか出てこないわけだ。

 

 結果として、周囲の女性客はとてつもなく居たたまれない、あるいは不審そうな視線を黄理へと向ける。視線の針がざくりざくりと刺さっていく。針のむしろ、居心地の悪さ、七夜黄理はそういう言葉が生まれた経緯とはこういう状況だったのかな、と思考を完全に此処ではない何処かへと避難させるのであった。

 

 

 店に入っておいて来店直後から店の外しか見てない黄理を放置し、千束はたきなの下着選びに付き合う。

 

「どう、好きなのあった?」

 

「…好きなのを選ばなきゃいけないんですよね?」

 

 周囲に陳列される下着はどれも色彩豊か、華やかである反面、そこまで色合いが必要なのかともたきなは思ってしまう。見えもしないのだから、特にこだわる必要はないと思われる。

 

 あと身も蓋もなく言ってしまえば、これほどまでに種類があると何が良くて何が悪いのか、好きか嫌いかも判別付けにくいというもの。であれば、指針となるのは実利と合理性の二極のみで──

 

「強いて言うなら仕事に向いているものがいいですね」

 

「お求めは銃撃戦向けのランジェリーですね、ってそんなんあるかぁ!」

 

 打てば響く勢いで千束はたきなの要望を声を張って却下する。

 

これ(トランクス)いいんですけどね。通気性もよくて、運動性に優れている。さすが店長だなって思いましたよ」

 

「うん、間違いなく先生の意図を読み違えてる。そんなこと考えてるわけないだろー。大体、トランクスなんて“人に見せられた”もんじゃないでしょうに」

 

 

 わたしはそこで千束の言ったことがおかしくて首を傾げた。

 

「パンツって見せるものじゃなくないですか?」

 

 下着、それは女子も男子も、あまねく全ての人間が着ていて人目につくことがないものだとわたしは考えている。だというのに、千束はそれが人に見られる懸念を想定しているようで、その異常事態がわたしには思いつかずとっさに口を挟んでしまう。

 

 でも、千束はわたしの問いに簡潔にまたもやワケの分からない理屈を述べた。

 

「いざってとき、どーすんのよ?」

「いざって、どんなときです?」

 

 そこで千束の頬に朱が差し込む。

 

 そのときの千束の脳裏では、たきなへの返答ではなく鋭い眼差しと真剣な表情で下着姿の自分を求める“彼”のイメージがよぎり、いわゆる勝負のときに纏う自信と勝算のある下着はそのまま──

 

「知るかっ!」

 

 

 たきなはますます眉をひそめた。普段の快活ではっきりとした千束らしからぬ曖昧さ。非常に“らしくない”。それはどうしてか見ていられず、たきなは千束の手を取って速やかに更衣室へ連行。

 

 狭い密室で二人の少女は向かい合って視線を交差させた。たきなの芯の通った意思ある視線と迷い揺れる千束の瞳。分が悪いのは千束の方であっという間に更衣室の鏡側へ追い込まれる。

 

「…なに?」

 

「千束のを見せてください」

「ふえっ!?」

 

 ド直球に物怖じせず、隠すことなくたきなは千束の秘密の開示請求を願い出た。

 

「見られて大丈夫なパンツか知りたいんです」

 

 たきなはその場で(かが)み、ジッと千束の下腹部より下に視線を向ける。

 

「えぇ?……っと……あぁ……?」

「早く!」

 

 急かされるまま、なんだか半泣きで千束は白のホットパンツを下ろし、たきなへ下着を見せる。たきなはたきなで、まるで奇妙な生態の生物か、理解しがたい現代アートでも見たようにうんうん唸って結論を出す。

 

「これがわたしに似合うというとちょっと違うような気が……」

 

「その通りだよ!なんで見せたのわたしっ!」

 

 

 

 

 下着を買い戻ってきたわたしたちと合流し、黄理は安堵している。しかし、ランジェリーショップを出たところで黄理は先ほどの行動の是非を冷静に振り返った

 

「なぁこれ、誰も得してなくないか?いや、たきなは酷い目にあってないから、相対的に割りを食ったのって俺たちだけ──」

 

「あー、聞こえナーイ!それよりっ!これでもうトランクスとはおさらば。男物のパンツは全部処分するからね」

 

「代替物資は入手できたので異存はありません」

 

 たきなの言い方だと、下着というか支援物資みたいな意味合いに聞こえてくる。まぁ、それはおいおい軌道修正するとして、いまはぺこぺこのお腹を満たすことが最優先だ。

 

「さて、と。次は千束さんお待ちかねのオヤツタイムだ☆」

 

「目的は完遂しましたが?」

 

 たきなの不思議そうな眼差しを見て、わたしはにこやかに微笑んで答えとする。

 

「諦めろ、どうせ今日はもう夕方まであちらこちらに引っ張り回される運命だ」

 

「そのとーり、今日はたっぷり付き合ってもらうよぉ。あんだけ恥ずかしい思いまでしたんだし、まだまだ時間はあるんだから♪」

 

 そうだ、まさかのたきなの反逆によって、思いもしない恥を晒すことになったのを忘れたわけでもないのだ。今日はとことん付き合ってもらおう!

 

 浮かれた千束は何時も通りなので特に気にもしていないが、たきなの発言に妙な点があることに気づいた黄理はそのことについて尋ねた。

 

「恥ずかしい思い?たきなの下着買いにいって、なんだって千束が」

 

「あぁ、それは」

 

「わわっ!絶対に内緒だから!!」

 

 乙女の秘密を無防備に答える前にわたしはたきなへ抱きつき、これ以上の情報漏洩を寸でのとこで防止する。更衣室で起きたあの恥ずかしくて、楽しくて、面白い光景は誰にも明かさない乙女同士のトップシークレットなんだから──

 

 

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