Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 真島編、第一話の初投稿です。
 本作の真島のコンセプトは、力に善悪はない。すべては使い方次第。ブラック・ブレットを知る人向けに言うなら、悪に落ちた里見蓮太郎。知らない人向けに言うなら、ヒーローに成れるほど力を悪に使うテロリスト。



Nothing seek, nothing find【5】

 

 多くの買い物客たちの雑踏行きかうショッピングモール。

 

 どこにでもありそうな景観の中にあって、そこには特別目を引く三名の男女たちが歩いていた。

 

 爛漫と笑い、多くの人の意識を無自覚に惹きつける陽光のような髪を持つ少女と、澄んだ清流を思わせる黒髪をストレートに流した深窓の令嬢のごとき少女。そして、しきりにしかめた顔で眼鏡に触れている理知的そうで、何処か霞がかった不確かな雰囲気を発するクセっ毛の黒髪の少年。

 

 

 三人ともに人の目を引くほどには優れた容姿と特異な雰囲気を醸し出している。ただ、傍から見るとこの三名の接点というものが分からない。三人ともタイプや交友関係、性格にともに合致しない間柄に見えるのだ。

 

 しかし互いに微笑みながら会話を楽しんでいるさまは、長らく親交を温めてきた関係性を如実に感じさせる。同時、彼らの関係性はあの三人が積み上げてきた時間を知らぬ者が関与してはいけないという不可侵性を印象に残すものだった。

 

 

 そして、周囲からの視線を理解したうえで危険のないことを把握した千束、たきな、黄理の三名は約一名を除いて、うきうきと買い物を満喫していた。

 

「なぁ、もうこれ(メガネ)外していい?」

 

 渋い表情をした一名、それは先ほどからしきりに眼鏡を厄介そうに触れ、初の眼鏡着用に戸惑う七夜黄理であった。けれど、黄理のその動作は何も知らぬものが見れば、理知的に見える少年が眼鏡のズレを直しているようにしか見えないだろう。

 

「ダメでーす。というか、黄理ってばホントに眼鏡苦手なんだね。それ、度も入ってなければ、フレームも軽いし特に付けてる感覚もないって触れ込みだったんだけど?」

 

「冗談、いくら度が無かろうと軽かろうと在る以上は違和感が凄い。やっぱり柄じゃないんだ。こういう装飾品は──」

 

「似合ってるんですが……黄理くん、ダメそうですか?」

 

「すまない、ダメそうです」

 

「ダメだったか~。むぅ、眼鏡似合ってるのになぁ…………ヨシ、そんなら次はピアスに挑戦だ!」

 

 黄理とたきなの先駆けで、さっさとアクセサリーショップに飛び込んでいく千束。これは、もうしばらく付き合わされるのだろうと眼鏡を付けた黄理はしょぼんと肩を落とし、見かねたたきなが落ちた肩に手を置いた。

 

 

 不幸中の幸いか、たきなの買い物や昼間の食事によって散財が重ねられていたことで伊達メガネ以外のアクセサリーを買う軍資金は存在せず、千束、そしてたきなは泣く泣く、黄理はホッとしながら帰路に着く。

 

 

 ショッピングモールを出ると黄理はその場で立ち止まり、夕焼けの緋色で染まった風景へ眼鏡越しの無機質な視線を向けた。

 

「随分と物騒だな」

 

 それを聞いた千束とたきなが遅れて辺りに意識を向けると──

 

 “彼女らの所属”を示す彼岸花(リコリス)の徽章が刻印されたベージュの制服に、サッチェルバッグ。サードのリコリスたちが風景に溶け込むように、周辺に配置されている。

 

 

「……リコリス、なんか多いね」

 

「何か、あったんでしょうか」

 

 

 たきなの手がそっと鞄の隠し収納に向かうのを千束がペチッとはたき落とし、黄理とたきな、二人の手を掴んで有無を言わせず、この場を離れようとして──

 

 するり、と握っていたはずの少年の手の感触が喪失する。

 

「っ!黄理っ!?」

 

 気が付くとたきなの手だけを握っていた千束は、手中から零れ落ちた黄理の方を振り向いた。たきなも千束につられて黄理を見ると、そこにいるはずの少年から色彩が消失したという誤認に襲われる。

 

 いや、色彩だけではない。生気、重さ、気配、熱、人間を構築する諸々の要素が零れ落ちて、そこに存在するはずの七夜黄理を認識するのが途端に難しくなる。実際、確かに目の前に存在してはいるのだ。そこにいるし、視界に入れることはできる。けれど、黄理を認識しようとすると、途端に焦点が“外され”認識というプロセスを阻害する。

 

 生から外れ死の淵へと迫る隠密、気配遮断。

 

 死の境界を手繰るゆえに、生ある者に看破を許さぬ告死の隠形。

 

 疑似的に死に近づいた魔影は静かに、落ち着いた所作で何処かに行こうとしてしまう。

 

“なんだか大変そうだ。少し、助けに行ってくるよ”

 

 深い霞の向こうから響くように、黄理の声がする方向さえ認知を狂わされる。どこか、遠くに行ってしまう、それに強烈な危機感を覚えたたきなは周囲を不安そうに見渡して、黄理へ上ずった声で尋ねる。

 

「手伝いって…黄理くん、どこに!?」

 

 “たぶん駅の方、今から行けば、まぁ間に合うかもしれないし”

 

 返事を聞いても、黄理がどこにいるかも知れず。千束は辺りを鋭く、より注意を払い俯瞰して黄理へ訴えかけた。

 

「ちょい待ち!行っちゃダメだよ、だって黄理には今日の分の荷物持ってもらわないとでしょ!それに、私服だから現場に行くのは……」

 

 千束の懇願にも近い説得を聞くと先ほどまで居ると察しがつかなかったのが噓のように黄理は二人のリコリスの前に姿を現す。たきなと千束を困らせている、その自覚はあったのかどうも所在なさげに立っている黄理は、苦笑しながら外した伊達眼鏡をふわりと放り投げた。

 

 投じられた伊達眼鏡が静かに受け止められたのを黄理は見届ける。そのまま、黄理は困った調子で二人に向き直り夕焼けを背に儚さを伴って微笑んだ。

 

 

「でもさ、ここでいかないと誰かが死ぬだろ?」

 

 

 “じゃあ、行かないと”。

 

 黄理の言葉を聞き終え、たきなと千束は言い知れぬ不安に苛まれる。命を守ろうとする崇高さは明確に言葉にされているはずだ。けれど、そこに宿る黄理の意思が蜃気楼じみて不鮮明に揺らいでいる。

 

 存在はしている、はずなのだ。

 それにも関わらず、どこか空虚で不確か。

 非常に危うい均衡の中、七夜黄理の生命に対する認識は揺れている。

 

 それがどうしようもなく不安と不吉を感じさせ、黄理が姿を消した後、千束とたきなは互いに頷き合って、北押上駅へと走っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 北押上駅、その地下鉄ホームではツナギを来た男たちと真島と呼ばれた男が並んで、次の定刻に到着する電車を待ち構えている。手元にはバッグから取り出されたマシンガン、PKMが腰だめに保持されていた。

 

 各員に一丁ずつの大盤振る舞い。

 これこそ以前に行われた千丁に及ぶ銃取引の一端。

 

 機関銃を構えたツナギの男たちやその頭目と目される真島は今か今かと電車を待ち構えている。その眼光は飢えた獣のそれだ。しかし、仮面を被った燕尾服の怪人だけは近場の柱に背を預けて傍観に徹しているようだった。

 

 仮面の男がもたれかかった柱には、“駆け込み乗車は止めましょう”、“平和で安全、キレイな日本”などという謳い文句の真新しいポスターが貼られており、男の存在に対する違和感をより顕著にしていた。

 

 

 やがて、少し離れたところより、電車が来ることを知らせる役目の男が、手を挙げたのを総員が確認。真島の表情に凶を色濃く感じさせる笑みが浮かぶ。

 

「──さぁて?」

 

 

 ガタン、ゴトン。

 ガタンゴトン。

 

 連続して聞こえる電車本体、連結部の駆動音。

 

 ホームへと迫る電車はその車体を揺らし、定刻どおり普段どおり、何時もどおりを順守する。何事もないのが当然だと、それを信じる大多数の意思に反映されて電車は定められた発着時刻のままにホームへと進入してきた。

 

「始まり、始まりぃ」

 

 真島の声を聞き、ツナギを着た男たちは各々が全く同時に装填ハンドルを引き、薬室へ弾丸を送り込む。電車がホームに入ってくる、無防備な側面をさらしたままの危機感が欠如した状態。

 

 口角を上げた真島は目を細め、銃口を電車に向けて──

 

「はじまりぃ~」

 

 悲劇の開幕を宣言した。

 

 

 

 

 引き金が引かれ、聴覚がまともに機能しなくなるほどの膨大な銃声が轟く。

 

 銃声は万雷の喝采であり、生じた発砲炎はスポットライト。

 

 嵐のごとき銃弾の乱舞は、電車の側面鋼鉄に凄まじい数の穴を空ける。瞬く間に虫食い状になり果てた車体。中にいるであろう人間の生死など、見るに及ばずという惨状。それを見た真島は腹の底から歓喜を爆発させる。

 

「ハハッハハッハハハハハハ!!!────ハァッ!」

 

 

 鋼鉄もガラスも、平和も秩序も、何もかもが砕け散り電車が無音で停まった。銃火と硝煙の香気に酔いしれた男たちは、己らが為した流血と破壊の跡を確認するために銃を下ろす。弾丸の乱れ撃ちに蹂躙された車内に視線をなぞってみると、そこには破壊の痕跡しか残されていない。

 

 撒き散らされた血痕、人体の内にあって最も濃い赤色(せきしょく)が見られなかった。加えて死体も存在せず、あるのは壊れた無機物の破片、残骸のみ。夕暮れ、大勢の人々が家路に着こうという頃合いにも関わらず、電車内は無人。

 

 当然のこと、襲撃を計画した段階でこの時刻に発着する車両が回送であるか否かは確認済み。人が“普通”なら乗っているべきなのだ。

 

 

 崩れる予定調和、怖気を誘う奇妙な感覚。

 

 幾多の死線をくぐってきた真島の直感が現状に対し猛烈な拒否反応を発する。

 

 何か、不可解なことが起きていることを察知し──

 

 危険察知(アラート)、思考を超克し本能が危険の警鐘を鳴らす。

 

「──おっと?」

 

 

 真島は横にいたツナギの同胞の一人を柱の裏へ蹴飛ばし、死の気配漂う地点より強制的に離脱させた。遅れて、凍り付いたように静かだった駅構内に響く一発の銃声。飛来するは不意を突いた一発の銃弾。

 

 車内から放たれた銃撃は狙っていただろう男の頭部を外れ、あらぬところへ着弾。仲間の無事だけを確認すると真島は面倒くさそうにぼやいた。

 

「あっぶねぇな」

 

 見事な狙い、少なくともカタギではなかろう。というか、カタギは銃なぞ扱わないだろうし。銃を放ってきた電車の方を見ると、中で銃を構えていたのは制服姿の女子学生?

 

 

 

 女子高生と拳銃、あまりにも異様な食い合わせ。

 

 明らかに場に、状況に、環境に、そぐわない武装・服装と年頃の存在を見た真島や他のツナギ服の面々が忘我に暮れる。油断、というには酷な話だ。彼らが適切に現実を許容するまでの時間、それを少女の暗殺者たるリコリスが見逃すはずもない。

 

 

 殺意を込めた銃声が一斉に奏でられる。一発、一発に明確な必殺の意図が匂う照準。少女たちの使用火器は拳銃のみ、火力では男たちが優越している。だが、少女たちの姿に思考をせき止められた男たちは、意識を疑問と状況把握に充てることを余儀なくされた。

 

 

 思考に明け暮れ、立ち尽くしていた男たちは音速を越えて放たれた銃弾を──

 

 不可視の防盾によって退ける。

 

 

 男たちの眼前に存在しているであろう透明な壁。少女たちの放った銃弾はことごとく透明な何かに弾かれて、敵を仕留めるに至らなかった。翻って、透明な力場に守られた男たちは柱にもたれかかり手掌をこちらへ向けている仮面の魔人に一礼。

 

 

 

 斥力力場の発生、少女たちは知る由もないがこの異常事態の原因を為した仮面の男は“クツクツ”と愉悦の声で喉を鳴らす。

 

 不可視の壁によって全ての弾丸を防がれた。そんな現実離れした光景を前に、今度は少女たちが思考の凍結に陥らされる。先ほどの先制攻撃、有利な状況で銃を撃っていたはずが入れ替わる立場。状況を正確に理解しようとして混乱する思考。

 

 敵の混乱を感じ取った真島はうんざりした態度のまま電車へと近づく。両の手はポケットに入れた状態、腰に下げた銃を抜いてもいない。

 

 

 真島はツナギ姿の同胞らを指さし、仮面の男に視線をやる。 

 

「影胤ぇ、そいつらは任せた。今日は単なる小手調べなんだ。念押しとくが、頭数を減らすなよ」

 

「承知した、わが友よ」

 

「ハッ、仮面外したら考えてやるよ」

 

 脱力、緩み切った声で真島はもう一人の仮面の魔人、蛭子影胤(ひるこかげたね)に生返事をする。透明な防盾、斥力フィールドの裏から出た真島は、気負った様子もなく落ち着き払った姿で敵が陣取っている電車内に乗り込んだ。

 

 幾つかの銃口を向けられているというのに驚くほどの自然体。

 

 あまりにも無防備かつ泰然と敵の仲間たちへ命令を下す様子を見るに、確実にこの男がリーダー格であろうことは間違いない。ならば、先んじてこの男を仕留めることで敵の指揮系統の崩壊を狙おうとリコリスたちは総員が真島へと銃口を向けて──

 

 

 引き金(トリガー)が引かれるまでの一瞬、真島は静かに細めていた目を見開いた。

 

 それを契機とし、両眼に宿る演算機械(CPU)が駆動する。

 

 “義眼、解放”。

 

 此処に緑髪の男、真島が持つ鋼鉄の魔眼が解き放たれた。

 

 

 ナノ・コアプロセッサがゼロコンマ数秒の速度域で演算を開始。黒い瞳の中で高速回転する幾何学模様。視野が爆発的に広がり、認識が拡張された世界の色彩がより鮮明となる。思考速度が増幅(オーバークロック)され、周辺の物質、人間の動作がのきなみ鈍化する。

 

 己のみが時間の流れから隔離されたような異質な感覚。

 

 何度味わっても慣れない薄気味悪い感覚に舌打ちを鳴らし、真島はホルスターから一丁の銃を抜いた。

 

 幅広の銃身(バレル)を持つダブルアクションの大口径リボルバー。高火力を誇る45口径(フォーティーファイブ)。マテバや、キアッパ・ライノなどと同じく下部に位置する銃口。何より特筆して奇妙なのは、一般的なシリンダーを側面に開放する振出式(スイングアウト)ではなく、バレルを半ばから折ることでシリンダーに装填を行う中折れ式(トップブレイク)であったことだ。

 

 

 明らかに特注、いやそれにしても異様すぎるリボルバー。

 

 自身の武装を抜き放った真島はだらりと銃を下げていたが、腕を上げて構えるまでの(いとま)をリコリスたちが許すはずもない。

 

 少女たちは電車に無防備に入ってきた真島へ即座に発砲。超至近距離での射撃は、常人では撃たれたことさえ認識できないままに彼岸へ送られる致命の弾丸(フェイタルバレット)。照準先は脳幹、心臓など一撃で仕留められる部位ばかり。

 

 合理的、効率偏重の修練を積み重ねた必中の弾丸は“当然のごとく回避される”。

 

 

 少女たちの位置関係、銃の構え方、指先の僅かの挙動。

 

 そこから弾道を計測。次いで弾丸の通過位置を離脱。

 

 此処に魔人は銃弾を回避するという不可能(フィクション)を実行に移す。それは現実に起こりえるはずのない事象、しかしそれが現実に起こりえる神業だということを東京支部に属するリコリスたちは知っていた。

 

 同様の魔技を執行するファーストのリコリスの存在を知るがゆえに──

 

「そんな……バカな……」

 

「これって、電波塔の英雄の…」

 

「ありえ、ない」

 

 驚愕に打ち震えるリコリスたちに真島は素早く、銃を跳ね上げて照準と同時に引き金を引いた。45口径の弾丸は、その破壊力を存分に行使して命中した獲物を破壊する。弾け飛んだ頭蓋、ばら撒かれた中身を踏み付けに真島は一人一人、丁寧に仕留めていく。

 

 ベージュの制服が燃えるような()に染まる。

 

 五人、六人と、車内のリコリスたちも抵抗するが唯一の抵抗手段たる弾丸をあっさり避けられてしまっては抵抗のしようもない。

 

 

 弾倉(シリンダー)が空になったのを確認し、真島は手首のスナップを利かせ銃身を半ばから折り曲げる。折り曲げのアクションによって解放されたシリンダーのエジェクターが排莢。六発分の空洞ができたシリンダーへ真島はスピードローダーを用いて速やかに再装填(リロード)を行う。

 

 

 

 再装填(リロード)の間も真島を狙うリコリスらの弾丸は相変わらず命中することはなかった。かといって、ホーム側の男たちには透明な防壁の所為で弾丸が弾かれてしまう。万事窮する状況下で残存するサードリコリスたちは真島のいる車両から後方の車両に後退する。そう、ホーム側の敵影は防壁の後ろに隠れており、処理はできないが攻撃もない。

 

 そして、緑髪の男には弾丸が通用しない。

 

 この状況では不服ではあれ、後退こそ次善の一手。真島のいる車両を離れたリコリスは指令本部へ通信を行う。

 

「司令部!主犯と思しきリボルバー使いは、“銃弾を避けます”!繰り返します、敵の主犯は──ぇあ?」

 

 バツン!

 

 鋼鉄のワイヤーが無理やり千切られたような破滅的な音が身体の内より聞こえた。

 

 通信の応答を聞くより先に少女の視界、いや上半身がくるくると回転しながら落下していく。鈍化した思考の中、回転している少女は自分の上半身を亡くした下半身を“見下ろして”、自分と同じように身体を二つに千切られたサードのリコリスと目が合う。

 

 何が起こっているのか、敵は何処にいるか、通信で報告をしなくてはとか、纏まらない思考をしているうちに半身だけとなった少女は床に転がり落ち、静かに、そして凄絶に息絶えていた。

 

 

 

 

 

 自分のいる車両から逃げた少女たちの背中を見て、真島は首に手を当てる。

 

「こいつらかぁ?銃取引のとき売人もろとも取引に行った連中をヤッたの──」

 

 ぽつりと当たりを付けた真島は、そのまま冷たい視線を維持してリボルバーをホルスターに収納。その後、何かを確かめるように右腕をぐるりと一回転させる。

 

「こいつ使うと、(そで)が肩口から無くなんだが……まぁ、死んでった連中の弔いだ。派手にやるか」

 

 哄笑を浮かべながら掲げられた右腕から“みしり”と不吉な音と共に皮膚へ亀裂が走り、そこからシリコンで作られた人工皮膚が剥離。亀裂の内側より漆黒を塗り固めたような黒鉄(くろがね)が垣間見えた。

 

 

──この日本の平穏と日常には、裏がある──

 

 全ての人工皮膚が剥がれ落ちた後、真島の右腕(うわん)は無機質で禍々しい黒腕(こくわん)に変貌を遂げていた。

 

──禍々しくて、血に染まった真っ黒な裏が──

 

 黒の義手を解放した真島は連結通路にある扉の向こう、隣り合った車両で背中を向け、逃げ出している少女たちに狙いを澄まして右腕を胸の高さに付ける。

 

「まっ、“二発程度”でいいだろ?」

 

 空気が破裂したような炸裂音の反響。

 カートリッジの撃発によって生じた超推進力が黒い残光を残す。

 

 

 漆黒の凶星(ブラック・ブレット)が地の底で流れた。

 

 義手の尺骨神経に該当する箇所より伸びたエキストラクターから二発の大型薬莢が飛び出し、灼けた火薬の匂いが周囲に広がる。義手に内蔵された十発のカートリッジのうち二発、その衝撃によって具現する爆発的な推進力は、電車の隣接する車両との間に存在する壁を障子紙よりも容易く打ち破り、黒鋼の拳は最も手近にいた少女の腰椎部を叩く。

 

 否、叩くでは済まなかった。真島の黒拳は一人目の少女の腰に命中後、腹部を貫通。上半身と下半身を千切り飛ばし、威力収まらぬ黒腕は二人目の少女も同じく真っ二つに引き千切った。電車の壁、二人の少女たちの肉体。それらを破壊しつくしてなお残存する余剰推進力を真島は右足の踵の踏ん張りで殺しきる。

 

 摩擦熱で擦り減った靴底、それは余剰分でしか無かった推進力の凄まじさを事実として物語っている。煙を上がる靴のつま先で床を叩いて、真島はこの壊滅的な成果に対してやる気のなさそうな態度で愚痴った。

 

「しまった、カートリッジ二発も要らねぇ。一発で良かったわ。ったく、相変わらずさじ加減が分からねぇな~」

 

 焼き弾け飛んだ(そで)の残骸をむしり取り、真島は眼下でへたり込んで恐れと共に震える少女を見下ろす。握っている銃はスライドが引ききり、残弾がないことを一目で理解させた。脅威度、皆無。仕留めるに能わず。だが、しかし──

 

 敵である以上、生かす理由は特にない。

 

「じゃあな」

 

 真島は取り出したリボルバーの銃口を生き残った最後の一人へ向ける。

 

 真島は冷たい引き金に指をかけ──

 

 

 後頭部に受けた不意の蹴りで電車の外へと叩き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 眼前に存在していた銃口が消え、最後に生き残ったサードリコリスの少女は唖然と口を開く。先ほどまで立っていた黒いロングコートの男が蹴り飛ばされ、入れ替わりで自分の目の前には同い年くらいの少年が立っている。

 

 テロリストに蹴りを入れ、着地した少年の立ち姿はひどく認識し辛い。まばたきをしたら、そのまま見失ってしまうのではと思うくらい、眼前の少年には存在感というものが欠如していた。

 

 見目は整っている、と思う。しかし、存在感、いや生きている、と感じさせる生気が極限まで薄弱なのだ。

 

リコリスの少女は銃を下ろし、改まって少年の姿を確認する。

 

 黒のサマージャケット、(すそ)に向日葵の柄をあしらった白いシャツ。黄色味の強いカーゴパンツを履いた冷たい気配を纏う男の子。

 

 

 突如として現れた少年は、あたりに散らばった死体を眺めて問いかける。

 

「あれ、サードの子しかいない?セカンドとか、ファーストは?」

 

 リコリスの組織構造を理解していないと出てこない質問に、リコリスの少女は余計この少年が何者なのかが分からなくなる。

 

「え、ぇえと、はい。今回の急襲はサードのみで……」

 

 そこで少女は口を噤んでしまう。少年が何者かも分からない状況で、作戦の開示や無条件に信じ込むことなどできるはずもない。でも、助けられておきながら、相手のことを疑うという非礼に少女が難しい顔をしていると……

 

「生き残りは?この調子だと君だけ?」

 

「……は、い。わたしだけが……私だけしか」

 

 銃の再装填すら忘れ、サードリコリスの少女は自分が涙を流すという“無意味”な行動に時間を費やしていることを自覚する。どうにか泣き止もうとしても涙が止まらない。泣きはらした少女を見て、冷たい気配の少年は銃と一本の鋼鉄製の棒を取り出す。

 

 

 悠長に話をしている二人の前に透明な防壁に叩きつけられた真島が身体を起こす。

 

 やれやれと頭を掻いて。途方に暮れている少年は正面の少女から目を離すとホームにいた者たちを恐ろしいほど冷酷な眼差しで補足した。蒼い、狂気を帯びた月光に類似する靜かな眼光。

 

 

 蒼の双眼に見据えられた男たちは、これまでの生涯が刹那の間に脳裏で氾濫した。

 

 それに加え、体内から熱が消えさり臓腑の凍り付いた感覚が奔る。

 

“死ね死ね思ね死ねシネシネシネ終ね壊ね滅ねシヌ死ぬ死ぬシヌシンデシニ死ね止ね死ね死ね至ね史ぬ死ぬ死ぬ屍ぬ死んだ死んだシンデ死んで死死死死死死死死止止止止止止、死ぬ死に死んで、死に絶える”。

 

 

 男たちは一瞬、ほんの一瞬だが、“自分が死んだ”と錯覚した。

 

 死の錯覚により硬直した者らに先んじ、正気を取り戻した真島と影胤と呼ばれた仮面の男は強く足腰を叱咤して、電車内から極寒の()線を向けてくる人間大のカタチを取ったバケモノへ身構える。

 

「真島君、彼だよ。彼こそ我々の原点。“Case2778”だ」

 

「へぇ、あれが?聞いてた以上のバケモノじゃねぇの」

 

 無駄口を叩いているようで、彼らの立ち姿からは慢心が拭われていた。仮面の男は二丁の拳銃を持ち、真島は右腕をだらりと空け、左手にリボルバーを構えている。周囲のツナギを着た連中も、ようやく我に返ると機関銃を構える。

 

 少年の影が闇に同化。意識の薄れた瞬間に動き出し、そのまま眼前の透明な防盾の前に出現。しかし、男らはこの透明な防壁が戦車砲の直撃すら耐えきる強度であることをいやというほどに知っている。少年の持った棒切れなぞ、なんの意味もないはずと。

 

 男たちの心理的慢心は、絶対の盾の霧散と共に崩れ去った。

 

「はっ?」

 

 あまりにもテロリストらしからぬ間の抜けた声が漏れ、少年の持つ棒、いやさ鉄棍は構えていた機関銃もろとも──

 

「させっかよ!」

 

 黒鋼の腕と鋼鉄製の棍が衝突、鉄が弾けて火花を散らす。

 

 壮絶な怪物同士が激突し、弾き飛ばされたのはより軽量な怪物の方だった。鋼鉄の義手を振るう怪物は、弾き飛ばされた相手へ向けて射撃。空中に飛ばされた暗殺者の怪物は撃たれた45口径の弾丸を棍で弾き、自身のベレッタで敵集団の機関銃を優先して撃ち抜いた。

 

 たかが弾丸の一発。

 

 それも万物必滅、森羅必壊を為す“Case2778”と称された少年の攻撃であるならば、強度も寿命も、運命さえも否定し尽くす。少年の的確な射撃は、機関銃を撃ち抜き一発で機能を的確に殺していた。

 

 スクラップとなった残骸を捨て男らは拳銃を抜くが、彼らの前に立った真島は下がれと無言のままに合図をする。しかし、そこで真島にも七夜黄理にも想定外の動きがあった。背後よりサードリコリスの少女が車窓の影から突如として射撃。意識外からの発砲はテロリストを二名ほど撃ち殺して真島にも放たれるが、緑髪の魔人は当然のごとく回避。

 

 崩れ死したテロリストを見て真島、そして対敵であるはずの七夜黄理までもが舌打ちを鳴らす。まるで、“余計なことを”と言わんばかりに。

 

 

 絶対的、必然的な死の予感。それを色濃く感じ取った真島は、眼前で不機嫌そうに脱力姿勢を取る少年とかつての電波塔での光景が重なるのを感じた。

 

 

「──何処ぞで会ったか、ガキ?」

 

「知ったことかよ、テロリスト」

 

 それだけを言い、少年は獣が獲物に飛び掛かる予備動作のごとく身を沈める。背中をひりひりと灼く冷たい死の気配。久方ぶりに感じ取ったそれを愉しむように真島は──

 

「真島君?今回は小手調べ、ではなかったのかな?」

 

 仮面の男の愉快そうな声に水を差され昂っていたテンションが急激に下がる。

 

「そういや言った。言った、言ったっけなぁ~。クッソ、せっかく楽しめるかと思ったんだが……まぁ、お前が、お前らがそうか」

 

 真島は少年、七夜黄理と視線を交差させると悪党らしい笑みのままスイッチを取り出す。それに不吉で面倒そうな予感を感じた黄理は、スイッチ目掛けて射撃。だが、ベレッタの弾丸を真島はいとも容易く避けて、ツナギの同胞らが退がり始めたところでカチリとスイッチを押し込んだ。

 

 

 爆破が発生。地下鉄構内が揺れ、衝撃が密閉された空間を蹂躙した。

 

 天井が崩落し、降り注ぐ瓦礫。

 

 七夜黄理は舌打ちをして、背後にいるサードリコリスの様子を伺う。敵を無力化しながら、彼女を逃がすことはできないと判断。まずは崩落した地下鉄からの離脱を最優先にすべきと決定。刹那、初速から最速に至る身体運用によって後退。電車内に飛び込んだ魔影は、にやにやと嗤う緑髪のテロリストの後ろ姿を蒼眼で睨みつける。

 

「じゃあな~、生きてたらまた会おうぜ~」

 

 それだけを言い残し、彼らに付き従う餓狼の群れは崩落する地下鉄を去っていく。君影草(リリベル)の少年は天井に走る赤黒い死の線の軌跡、数、密度を観察。辛うじて、逃げ延びることのできる脱出経路を視認。

 

「二度と御免だ……ったく、面倒な」

 

 落ちてきた天井の中央部で不気味に脈動する点を少年は銃弾で穿ち、強制的に安全地帯を構築。作り出した安全地帯と元より存在する危険の空白地帯を縫ってひた走る。

 

 サードリコリスを背負った七夜黄理は崩壊する瓦礫の雨をすり抜け、真島たちが去っていった方向とは別の線路より、地下鉄構内を脱出するのだった。

 

 

 

 

 

 爆発事故で封鎖された北押上駅を外から見ていたたきな、千束の二人は、姿を消した黄理を探そうと周辺に意識を向けている。ややあって業を煮やしたたきなは、黒服の男らが封鎖している駅へと早足で近づいていく。

 

 考えなしの無茶をたしなめる様に、たきなの手を掴んで押しとどめる千束。

 

 掴まれた手を不愉快そうに見て、たきなは相棒と顔を突き合わせる。

 

「離してください……千束」

 

「ダメだよ、行かせられない」

 

 怜悧と決意に固められた菫色の瞳と優し気に揺らめく赤色の瞳が交差。

 

 千束の静止に、たきなはその手を振り払うため力を入れようとする。しかし、たきなを視界に捉えた千束の目は筋肉の初動を見切り、ぴたりとたきなが込めた膂力は相棒の手の内でコントロールされた。

 

「私服で銃出すと捕まるよ。……それに制服着てないときはリコリスじゃないって言ったでしょ?」

 

 千束の言葉を前に、それでもたきなの決意に揺らぎは見られない。リコリコに来たときと同じくらいの冷え切った視線が千束を貫く。たきなのいっそ悲しくなるほどの使命感に(いろど)られた菫色の眼光と対峙し、千束はおどけるように買い物袋を持ち上げた。

 

「今日はもう帰ろう。ほら、戦利品だって多いしぃ~」

 

「千束はっ!!」

 

 思いがけぬほど大きな声を出してしまったことは、たきな自身が誰よりも驚いていた。自分の中には、これほどの激情が働く余地があったなんて、と。

 

 周囲の人だかりが何事かと二人に視線を集中させるが、すぐに封鎖されている駅の方に興味を移す。周囲の意識が自分たちから離れたことを把握してから、たきなは声をひそめて千束に八つ当たりにも似た言葉を打ち付けてしまう。

 

「千束は、見ず知らずの旅行者は助けて黄理くんや同胞であるリコリスは救えないというのですか──」

 

 泣き出しそうな菫色の瞳は、感情は別として理性では理解していた。周囲のひとだかりや駅を封鎖している黒服の人員に気づかれず侵入し、発生した事件に関与するのは無理がある。今から行っても遅いだけで何にもならないことは明らかだ。

 

 千束は、その在り来たりな正論でたきなを説き伏せようとはせず、自分自身の思いと言葉を尽くす。

 

「……助けを求めてない人を助けられるほど、人の手って長くないんだ」

 

 滔々と声を紡ぐ千束の瞳は迷いと葛藤に揺れながらも、自身に課した救う人の線引きは動じることがなかった。

 

「手当たり次第に、相手の都合なんかお構いなしで助けたら、きっと何処までも助けなきゃいけなくなる。それに、そういう助け方は本当の意味で救いにならないんだ」

 

「千束の言ってることは……よく、わかりません」

 

「わかってるでしょ?だってたきなは黄理が行こうとしたとき、“何かが違う”って思わなかった?」

 

「────」

 

 二の句を継がず、黙り込んでしまったことが最大の証明であった。歯噛みして沈黙したたきなを千束は柔らかく抱きしめて微笑む。

 

 

「だいじょーぶ。どうせ、黄理のことだから、ひょっこりと──」

 

 千束のスマホに着信が入る。素早くスマホを取り出した千束、誰からの着信かを見るため即座に千束の傍に回ったたきな。二人はこの着信の相手が、七夜黄理であることを確認してから、安堵のため息を一つ。

 

 

「千束……さっきは、いきなり声を荒げて……」

 

「気にしな~い!ほら、逃亡した荷物持ちを確保しにいくぞぉ~!」

 

 

 千束宛てのメッセージにあった合流希望ポイントを確認。

 

 ミズキに連絡を取り、医療キットと車両を手配。

 

 敢えて今日の戦利品であり、形ある思い出の買い物袋を持ったまま、黄理が待機しているであろう地点へ千束とたきなは駆け出した。

 

 




 次回、エピローグ。
 オリジナル回はどうにか今月中を目標に投稿していきます。ただ、ひょっとすると七月に流れるかもしれませんが、どうかお許しを。

 タイトルだけは決まっているので、先に出しておきます。結婚式のオリジナルエピソード、タイトルは“Can only end one way(行き着くところはただ一つ)”。結婚は人生の墓場的なニュアンスでタイトルを決定しました。どうか、お楽しみに。

オリジナル回のエピソードについて

  • 結婚式
  • パンダ捕獲作戦
  • 半額弁当争奪戦
  • ordinary days編
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