Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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Miss the chance

 

 

 

“無策で動かない、機を伺う”

 

 

 

 相手が自分より上の実力を持つ人間である以上、無策に突っ込んでも勝利は出来ない。勝負の前に先生も言っていたが、情報の重要性を土壇場で味わった。ああ、これなら勝負の前に黄理の情報収集ちゃんとやっておけば……。

 

 たらればを言ってもどうにもならない。

 

 それよりも今は、立ち止まって冷静に状況を把握しよう。

 

 七夜黄理のあの凄まじい挙動を錦木千束は一手遅れて補足する。一手の遅れは、千束からペイント弾の回避というアクションの時間を奪うことだろう。

 

 さらに問題となるのは完全に気配を絶った黄理の奇襲だ。

 

 あの隠行をどうにか察知し、凄まじい速度で閉所を動き回る黄理に弾を当てなければいけない。速度で相手の照準を避け、銃弾を回避する。洞察力から銃弾の軌道を読み、余裕を持って回避する千束とは明らかに異なる回避のアプローチ。

 

 正面からの遭遇戦を想定する千束と、死角からの奇襲を想定した黄理。

 

 読みの精度の高さは千束の方に軍配が上がる。七夜の業にとって、そこまでの正確性は必要ではない。必要なのは相手の意識が整いきるまでの悪あがきを回避する速度だ。真っ向からのよーいドンの戦闘ならば、千束は無傷で終わらせることができる。

 

 しかし、黄理にそれはできない。暗殺者としての彼の戦術眼が正面切っての戦闘という無様を許さないためだ。

 

 読みの精度と深さの点で七夜黄理は錦木千束の後塵を拝する。 

 

「私にあるものが黄理にはない」

 

 

 読みの深さを発揮するには、相手の行動の制限が必要だ。

 

 部屋のような閉所で様々な動きをされるより、通路など横軸の閉鎖空間に陣取り相手の来る瞬間を見逃さずにカウンターを撃つ。

 

 相手の射撃を回避することはどうにかできた。

 

 問題は相手の攻撃行動の予測をしながら、回避を同時並行してやり遂げられるか。

 

 できるか、できないか。

 もう、そこはどうでもいい。できなければ結末は負けるだけ。

 選択肢が少ない方が割り切りやすい。

 

 千束は部屋を出て、通路に陣取り黄理の気配を探ることに専心する。

 

 銃を構え、周囲を警戒する。上にいる楠木司令、ミカ、フキ、虎杖司令も、次に黄理と千束が遭遇した時が、決着の時なのだと理解した。周囲の人間も千束の次の挙動、七夜がどこに潜んだかキルハウスを俯瞰で見始める。

 

 しかし、驚くべき事だが上から見ている人間でさえ、七夜黄理の姿を視認できない。どこにいるかと探してもキルハウス内にいるのは千束一人だけだ。

 

 

 キルハウス内の千束は待ち伏せに勝機を見いだす。

 覚悟は決まった。勝負をこれでつける。

 

 

 

 感覚は研ぎ澄まされ、あらゆる違和感を見逃さない警戒態勢に移行した。

 

 はずだった。

 

 

 右側頭部、右肩、右膝に走る衝撃と黄色のペイント弾が千束を鮮やかに染める。

 

「あれっ?」

 

 

 倒れた千束の横合いから影のごとく黄理が現れた。

 

 最初の時、いやそれ以上の隠密。

 

 それは攻撃を受けた千束本人、上から見ていた観客、この場に居る全ての人間が気づくことすら許されなかったことを意味する。

 

 

 愕然と震え上がる。

 

 あれこそ、史上最強のリリベル、暗殺の極域に座す七歳の怪物だ。

 

 

 最初に手を抜いた隠行で相手に自分の能力を誤認させ、本気の隠行でとどめを刺す。

 

 流石に完璧に気配を絶つためには、相応の時間を要したが千束が待ちに入ったことが七夜黄理の勝因となった。

 

 今になって気づくことができても、もう遅い。

 

 決着はあっけなく、七夜黄理はキルハウスを後にする。

 

 どうにか、黄理ともう一度、話そうとしても側頭部にペイント弾の直撃を受けたことで、意識が朦朧とする。千束は薄れゆく意識に抗おうとするが、それもあえなく彼女の思考は未明の闇へと落ちていった。

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『教えて!喫茶リコリコ』

 

 

 ペイント弾を浴びた千束(七歳)は呆然と喫茶リコリコの床に大の字でうつ伏せになっていた。

 

 というか、表情を見るに鬱そのものだ。

 

「え~、なんで負けるんだよ~。ちゃんと考えて黄理と戦おうとしたのにぃ。っていうか、思い切り格好付けて、“魅せつけてあげる、私の全てを”なんて言ったのにぃぃぃ!!こっから反撃開始、私のターンじゃないの~」

 

「格好付け損ねたな、チビッ子」

 

「むっ、出たな。リス吉」

 

「ウォールナットな」

 

 ボロ負けした千束の心の傷口に容赦なく塩を塗り込んでいくリスの着ぐるみ。彼女は簡易にこの場を要約して説明する。

 

 

「これが初めてか、はたまた二回目か。とにかく、迷えるバッドエンド来訪者よ。喫茶リコリコへようこそ」

 

「んっ?そういや、ここに来たのって初めて?いいや二回目?ううん……まさか、私ボケ始めてる?」

 

「深く気にするな。そういう細かいことを考えたらキリがない」

 

「えっ、黄理!?」

 

「そっちじゃねぇ」

 

 リスの思いもよらぬツッコミの早さ。それに瞠目しながらも、立ち上がった千束はリスに正面から視線を合わせた。

 

「待って待って。今回って、一体なにが原因で負けちゃったのぉ」

 

「ボクはそこまで戦闘に詳しくないから、何も言えないが……お前、いきなり会った同い年の男の子にあそこまで執心とか、分かりやすく思春期だなぁ」

 

「だぁぁぁ!!ちゃうて、違うの!あれ、そういうんじゃないから。もっとこう、あれさ。ああいうのさ、なんだっけ……ぷら、てんぷら。や、違う。そうプラスチック!プラスチックみたいに透明な気持ちで黄理とは戦っていたんだよ!」

 

 思春期とか、なんだか色恋に持っていかれそうになったので、千束はまくし立てるように言葉を連ねたが、思い切り選ぶ文面を誤った。

 

「それをいうならプラトニックじゃないのか」

 

「あ~、そーともいう……かも」

 

「認めたがらないのは、昔も今も変わらないか。まぁいい、ボクは戦闘はド素人だから、専門家を呼んでいるカモン、スペシャリスト!」

 

 今?昔?と千束が頭をひねりだしたところで、喫茶店のカウンターの奥から見慣れた赤い制服、頭には黒猫のマスクを被った、七歳時点の千束より年上かつ謎のファーストリコリスが現れた。

 

『やぁやぁ、悩める小さなリコリスよ。待たせたな。喫茶リコリコの救世主、不幸になるエンディングにメスを入れるてんっさい、黒ヌッコ仮面がやぁぁって来ました!』

 

 変声機を使っているのか、機械的な音声が怪しさを倍増させている。

 

「いや、お前もバッドエンドには慣れ親しんで、ブエッ!?」

 

 驚くほどのスピードでリスの着ぐるみにチョップを入れつつ黒ヌッコ仮面はリスの着ぐるみを店の奥へと投げ飛ばした。

 

「リッスさぁぁぁん!──まぁ、いなくなっちゃった齧歯類は置いとくか」

 

 切り替え、判断がおそろく早い千束は黒ネコのマスクをつけた女性を見つめる。

 

 主に今の自分とは違う点を。

 

『そうとも、今はユーが最・ユウ・先!わからないこと、気になるこぉと。直前の選択肢で何を選び取るべきだったか、何でもおねぇさんに相談してみなさい』

 

「おっぱい!なんでそんな大きいんですか!」

 

 即座に質問が来た。ネコの考えていたのと大部分が異なる質問が来た。

 

『胸かよ!いや、そうじゃなくて、ここBAD END相談コーナー、もっと大事な質問をぉぉう、いや七歳頃なら仕方ないのか……でも、ええい。ちゃんとご飯食べて、よく眠れば、もう育ちますよ、ええそりゃもう育ちます。でも、大きくなりすぎると銃撃戦で跳ねたり、飛んだりがつらいんよ。……いや、とにかくちゃんと先生の言うこと聞いて、好き嫌いしなきゃ、“同じ”くらいになるから』

 

「ほんと!私もネコさんみたいなデカパイになる!?」

 

『デカパイやめぃ。センシティブな話題にアクティブだなこいつめ』

 

 黒ネコのマスクをつけたファーストリコリスは疲れたように肩を下げ、本題に移る。

 

『はいはい、バスト成長うんぬんはまた後で。今はバッドエンド回避について説明するよー。今回のも第一回目と同様のペイント弾エンド。黄理に模擬戦で負けたせいで、これから八年後、十五歳の時に黄理がリリベルから刺客としてわた、じゃない天才リコリス錦木千束のセーフハウスに襲撃してきます。そしたら、そこでデッドエンドだね』

 

「デッドエンドって、どういうこと?」

 

『うーん、ネタバレになるし、十五才っていうとかなり先だから、どうなるかわからないけど、サブタイが“Under the table nightmare”になったら千束、死にます。』

 

「なんでぇ!?えっそんな私テーブル運がない女なのぉ」

 

『テーブル運って、そんなピンポイントな運勢あるわけが……あるんだなぁ。これが』

 

 腕を組んだ黒ネコのマスクの女性は、頷きながら遠い未来のバッドエンドフラグを回避する助言をそっと口ずさんだ。

 

『テーブル関係の選択肢は基本、恐ろしいエンディングに繋がるから部屋で待たせたりするならそれ以外で!フラグミスとか、好感度調整とか、色々な事情があるの。十五才っていうと、昔の成人みたいな一種の通過点。生きるか死ぬかの瀬戸際なのさ。……さて、未来の話もいいけど、まずは今、現在。大事なのは今の積み重ね。とにかく!今回の選択肢で選ぶべきは、少し無茶をしてでも黄理を休ませないことが重要なのです』

 

 そういうと、黒ネコはテレビのモニターをつける。

 

 そこにはどうやって撮ったのか知らないが、カメラ目線で七才の七夜黄理の走っているシーンが大々的に映されていた。

 

『黄理は、十秒を全力で駆け抜けるためだけに調整された体を持ってる。そのため瞬発力重視で、長時間はあの速度と俊敏性を発揮できない。疲れやすいってことだね、だから攻めて攻めて、攻めまくる!休ませる機会を与えない、少しでも休ませたら万全の隠密から奇襲っていう無敵コンボ決められるから……選ぶ道は、って聞いてる?』

 

「な~るほど~……」

 

 頷きつつも、千束は黒ネコの話よりもテレビに目を奪われていた。

 

 躍動する黄理の四肢、真っ直ぐに千束、いや標的を狙い澄ます瞳は蒼黒の色彩を放つ宝石のように見えてくる。恐れよりも、憧れよりも、鮮烈な千束の胸を弾ませる感情を、まだ彼女は形にもできない。

 

 なぜ、黄理にこうも惹き付けられるのか?千束にとって、彼は不可思議な謎そのものだ。けど、それは嫌じゃない。悩み続ける時間さえ楽しく感じてしまう。顔をほころばせながら、小さなファーストリコリスは、最強と謳われるリリベルの勇姿に胸を躍らせるのであった。

 

 

『テレビに釘付けになっとるし。こりゃもう耳に届いてないな、さては。まぁ、此処まではチュートリアルみたいなソフトエンド。こっから先が大変になってくるわけだ。とにかく選択肢はなるべく勇敢に、それでいて無謀なことはしない感じでシクヨロ!……しっかしこんなに私って分かりやすかったかなぁ?』

 

 

 

 

 




Bad End Title

“巧遅より時として拙速を”
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