推奨導入歌“takt op.Destiny”より、タクト。
今回のエピソードは、これから先の運命を変える、かもしれないお話。
リコリコに激震走る。晴天の霹靂、雲一つない青空を割る
唐突かつ平然と口走られた予想不可の不意打ち。
風雲急を告げるとはよく言ったもので──。
『やぁ、千束、たきな…』
思えば、黄理の告げた言葉こそが
それは愛を語るというには、あまりにもデリカシーが欠落していた。
欠落し、不足し、喪失して、気遣いというものが一片も存在していなかった。
まったく、乙女心というものに対して無理解で──
『どっちでも良いんだけど、ちょっと俺と結婚してくれないか?』
無頓着な
喫茶リコリコ。表向きは錦糸町に和風喫茶を営業しているが、その裏ではリコリスと呼ばれる少女暗殺者の拠点の役割も同時に果たしている。リコリスである千束やたきな、そして彼女らを監督・補佐するミズキやミカたち。例外的な、ハッカーとしてリコリコで居候をしているクルミ。
リコリコでのお仕事とDAから持ち込まれる任務。
どちらも疎かにしてはならない表と裏、陽と陰。
日常と非日常の曖昧としたバランス。
だからこそ、リコリコでは非日常と日常が混在する光景も珍しくない。その光景が何を指すのかというと、一献やりつつゼクシィ片手にDAからの機密情報に目を通しているミズキの姿である。
ミズキは真剣に目を光らせながら、DAから送られた報告書とゼクシィに視線を右往左往させている。ときどき口寂しくなったのか、湯吞に日本酒を注いで一献を飲み干す。あとはそれの繰り返し。ミズキのそんなコメントに困る様子に、たきなは黙して語らず、千束はいよいよ堪りかねて口をはさんだ。
「ミ~ズ~キ~、“どれかに絞れ”なんてありきたりなこと言うのもなんだけどさ。それ、同時にやってて頭こんがらがんない?」
婚活with情報整理with飲酒。はっきり言って、途中で脳がバグりそうな
「仕方ないじゃないの、どれも手を抜けることじゃないんだし~」
「いや、酒は抜けるでしょ。ていうか、抜かないといけないもんでしょ…」
千束の苦笑いを含んだ切り返しに、ミズキはやれやれと首を振った。
目つきを心なしか、真面目なものにして彼女は眼鏡越しに瞳をキラリと輝かせる。そのまま、突き出すように千束とたきな、クルミへ見せたゼクシィには、“この波乱の夏こそ最大のチャンス!”などというキャッチコピーを全面に押し出した一ページが。
「──乗り遅れるわけにはいかないのヨ!このビィッグウェーブにっ!」
「
ミズキは余計なセリフを差し込んできたクルミをとっとこ追いかけ始めた。中二階でいよいよ捕獲されたクルミにヘッドロックをかけているのを横目に、たきなはミズキが適当に読んでいたDAからの書類に目を通す。
先日、未然に防がれた北押上駅における大規模テロに関する詳細な情報。
最初に目に飛び込んできたのはリコリス側の死傷者多数、生存者はたった一名という欄。何しろ、その生き残りのリコリスを最終的に保護したのは私たちなのだ。知っていて、当然と言えば当然の情報を流し見て、他の情報に焦点を向ける。
排除対象は武装した多人数のテロリストたち。装備は大量の機関銃など。特筆して異常なのは北押上駅で目撃された仮面を付けた燕尾服の男。銃弾を防ぎ切った透明な防盾。
私はDAの書類に、自分の関わった事件と関連する部分がある事に驚いていた。
リコリコに来るきっかけとなった“銃の違法取引”。
リコリコに来て最初に千束と対処することになった“ストーカー事件”。
大量の銃火器も、仮面を付けた燕尾服の男も、銃弾を跳ね返す透明な盾も、どれも覚えがある特異な情報だ。
だが、既知の情報だけでなく、初見の情報も混じっていた。
緑色の髪に黒のロングコートを纏う敵の首魁と疑わしき男。“銃弾の回避”という最強のリコリスのお株を奪う技巧の使い手。それに加え、現場で生き残ったリコリスによると、男の腕から薬莢が爆ぜ、その絶大な推進力でサードリコリスの同胞らを殺したというのだ。
DAからの正式な書類でなければ、SF小説のプロットかと思ってしまうほど現実離れした異常な内容。
いまいち、実際の光景が想像しにくいが現場のサードの証言である以上、嘘は語られていないと思われる。それに、リコリコに来てからというもの、こういった突飛な人間の実在を知っているために無条件で有り得ないとも言い難い。
具体的には身近にいる、銃弾を平然と避けるファーストのリコリスだったり。何でもかんでも切り刻んでしまうファーストのリリベルだったり。加えて、以前の海ほたるで会敵した三人組の中にも銃弾を避けるなんて、芸当を成し遂げる敵がいた。
「銃弾を避けるって、流行っているんでしょうか……」
奇天烈な感想を呟いたわたしは目頭を揉んで、書類を纏めて元あったところへ戻しておく。千束は、中二階でヘッドロックしてるミズキさんとクルミの近くに上がって行って、テンカウントを取っていた。
ちなみに店長は買い出しのため不在。
開店まで時間があるということで、店内では弛緩した空気が漂っていた。上の方でギャーギャーとじゃれ合っている三人分の喧騒を聞き流し、わたしは着物のたすきを締め直す。
“仮面の男”、“透明な防弾壁”、“緑髪の男”、“銃弾を避ける特殊技能”。
「……“新人類創造計画”?」
春先からちらほらと尻尾を見え隠れさせている謎のプロジェクト。そんな、私が無意識で口にした単語に、窮地にあったクルミがこれ幸いとばかりに反応した。
「それだっ!」
「うっわわ!?急にどしたっ。何がそれじゃい!」
「エ~イトォ──?」
どうやらテンカウントまでギリギリだったらしい。
たきなのひとり言を耳ざとくキャッチしたクルミは、もぞもぞとミズキのヘッドロックから抜け出してパソコンをわたしたちに見せてきた。画面には何らかの論文らしい英語の文章。たきな、ミズキ、あと私が幾つか読めないような単語があることから、大分専門的な学術論文みたいだった。
「以前、トーコから頼まれていてな。先日、調査が終わったんで情報を纏めておいた。もう伽藍の堂にデータは渡しているが、こっちでも共有しといた方がいいだろ?」
「おぉ~。って、何か分かったんなら早く教えてよ、このこの~」
ほっぺを引っ張ってみるが、それに特別文句を言わないままクルミはやるせない様な態度で画面をスクロールする。
「バカ言え、調べてみて結局のとこ、大したことは分からずじまいなんだ。完全な解明もされないで自信満々になったらボクの沽券に関わる」
「ヘッドロックされておいて、沽券も何もないでしょ~に」
ミズキの言う通りだと思っちゃったけど、ここで頷けばクルミのご機嫌が悪くなりそうだ。いや、そこまで子供っぽくないと思うけど、念を入れて笑い出しそうな頬に力を込めて表情を固める。隣では同じく笑ってしまいそうだけど、どうにか堪えているたきなが。
どっちかというと、たきなの方がツボだったな……。
ミズキのセリフを無視する感じでクルミは論文の内容に触れた。
「以前、お前たちが相手した連中……新人類創造計画のエージェントから鹵獲した黒いナイフがあったろう?あのナイフを調べたところ、面白いことがわかった」
にやりとしたクルミは、こちらの反応を見てから本題である内容を説明する。
「あのナイフに使われていた金属は、この地球上で存在しない金属だった」
「はぁ?それじゃあ、どこ産なのよ。まさか、宇宙から拾ってきたって?」
「わぁお~!SF、スペースファンタジ~!」
「千束、SFはサイエンス・フィクションです」
たきながすかさず軌道修正してくれるんで、安心して悪ノリできるんだけど、クルミが面白そうに笑っているのを見て、ミズキの発言は本質を突いていたであろうことを察した。
「宇宙で拾った、ね。まっ、当たらずとも遠からずだ」
「……マジでスペースファンタジー?」
「ファンタジー成分は無いけどな」
クルミがエンターキーを軽やかに押すと、画面が変わりよく分からない形状の真っ黒な分子モデルが表示される。
「
「“だった”?……それでは実現はしていないと?」
「あぁ、論文にあるが、バラニウムの精製は数十種類にも及ぶレアメタルとコモンメタルを“無重力状態”で加工しなくてはならない。おまけにそれらの金属を加工するためには莫大な熱量での合金化が不可欠。現時点の技術力では、そこまでの超高温の炉心を無重力空間、いや宇宙で建設するのは技術的に困難とされていた。まさに絵に描いた餅、机上の空論の次世代合金だよ──」
わたしはクルミの言葉に引っかかりを覚え、ちょっち聞いてみることに。
「ん~?でもさ、クルミがナイフを調べて、そのバラ、ニウム?ってのに行き着いたんだよね。だったら、ばっちり実在してなくない?」
「そこだ、本来なら実在していないはずの漆黒の合金で造られたナイフ。それを所持していた存在しないはずのプロジェクトである“新人類創造計画”のエージェント。フフッ、面白くなってきた……」
クルミはパタンとPCを閉じ、何かを企んでいるような顔でニマニマと笑い出した。好奇心旺盛なのは別にいいけど、その所為で以前にも死にかけたということを忘れてなかろうか?相変わらずというか、なんというかクルミの本質は秘密とされた情報を知りたがっているらしい。
解き明かし甲斐のある謎を前に胸を熱くしているクルミと対照的に、平熱のたきながすっげー鋭利な指摘をかました。というか、言葉で突き刺しにかかったのだ。
「あれ?……この情報、もしかしなくとも使えないのでは?」
「フグゥッ!?!」
一応、ナイフに使われている合金の正体だけは分かったが、それ以外のことが全く分からずじまいなのだ。新人類創造計画、バラニウム、それがこれまでの事件とどのように関わっているのか、そこら辺が分からないまま。
きっぱりと言うわけにはいかないが、使えるか、使えないかで言うなら……
言うとしたら~~。
「……だから、最初に言ったろ。大したことは分かってないと。ただ、このバラニウムの論文を書いた学者の名前は判明してるんだぞ。
「その人物の現在の所在は?」
「…………」
ありゃりゃ、二の句が出なくなっちゃった。黙り込んだクルミを見て、頬杖をつきミズキは呆れた状態で日本酒に口をつける。
「は~、天下のウォールナットもヤキが回ったかしらね?」
「うっ……これだけの情報を収集するのが、どれだけ大変だったことか!?」
「労力に比して得られたものが少ないのでは……?」
わたしや、ミズキも
クルミはお座敷の畳でぱたりと力なく倒れてしまう。
湯呑へ一升瓶を傾けているミズキはDAの書類も、ゼクシィも放り出して吞兵衛モードに切り替えたようだ。酔っているためか、カウンターに置いてあったゼクシィを指先にひっかけて、床に落としてしまう。
バサリ、とゼクシィが頁を開きながら落下。
クルミはダウナー入ってるし、たきなはDAの書類に夢中で、ミズキはミズキだし。残ったわたしは落ちたゼクシィを拾い上げようとして、偶々、開いていたページに掲載されていた馴染みのある名が視界に入り込んできた。
あんまりにも物騒なイメージが先行して、この雑誌にそぐわないため一瞬見間違いかと思った。
驚きすぎて、鳴らないはずの心臓の鼓動が変な風に跳ねた気がしたけど、何度見返しても結果は同じ。
雑誌に載っていた名前は“蒼崎橙子”。
橙子さんの名前があったページには、あるチャペルのステンドグラスの“大規模改修に着手”ということが大々的に書かれていた。改修された実物も写真で掲載されている。そのステンドグラスは蒼を基調色とし、中心に太陽と月が日蝕を思わせる配置で重なり合っていた。
実物でもない写真を見ただけで理解する。
これはとても“綺麗”で、人の心を震わせる力を持ち、見た人々の感性と情動を魂の奥底から動かす美しさを誇っていた。見惚れ、見蕩れ、目を奪われる。言い知れぬ感動に身を震わせ、わたしは“きれい”という事実に困惑しながら目を細めた。
千束の瞳に讃えた赤い燐光が、綺羅星の
声にならない感動に身を震わせつつ、二人の少女は仄かに瞳を輝かせた。
──カランカラン、と耳朶に響く澄んだベルの音色。
感動で朧げになっていた思考が泡のように弾ける。
誰か、お客さんが来たらしい。
千束と私は、現状で接客上戦力にならないミズキさん、クルミの分までお客様に歓迎の意を込めた接客をしようと意識を切り替え、しゃんと背筋を伸ばす。
「いらっしゃ~い!」
「喫茶リコリコへようこそ──」
わたしたちの歓迎を受け、普段よりも更に夢見心地な表情をした少年の足取りが床を叩く。誰が来たのかを見た私と千束の立ち居振る舞いが僅か、傍目からは認識できぬ程度に弛緩した。私たちと向かい合った彼は、茫洋とした立ち姿で静かに微笑んだ。
リコリコの常連、古馴染みである黄理くんは私たち二人の歓迎に、軽く片手を挙げながら挨拶を返す。
「やぁ、千束、たきな…」
黄理くんのことだ、まずはコーヒーではなく緑茶からの注文かと当たりを付け、急須と湯呑を棚から取り出す。ただ、茶葉の用意だけは手を回さず、黄理くんの希望と気分を聞いてから。時々、なんの脈絡もなくコーヒーを最初に注文することがあるので、コーヒーの準備も怠らない。
そこまでして、わたしは喫茶店の業務にすっかり馴染んでいることに不思議な可笑しさを覚えて、小さく笑った。黄理くんも優しそうに微笑みながら、わたしと千束の所に来て、本日の注文を──。
「どっちでも良いんだけど、ちょっと俺と結婚してくれないか?」
衝撃的だった、的というか衝撃しかなかった。
衝撃的な告白、なんて言葉があるだろうが、おそらく瞬間的な衝撃力でいえば、まさしく黄理くんの言い放ったことが最大値を計測するだろう。通りすがりの新幹線に轢かれたとか、身近で爆風に晒されたとか、落雷が直撃したとか、隕石が頭めがけて落っこちたりとか。
何はともかく、衝撃だった。
わたしと千束は日向ぼっこをしているときの黄理くんもかくやというほどに、気の抜けた状態で黄理くんが口にした内容を理解しようと口を開いたまま立ち尽くす。
たきな、千束は完全フリーズの放心状態。
ミズキは口に含んでいた日本酒を吹きだして咳き込んでいる。クルミは俯いていた顔をあげると、真顔の千束、たきなの様子にたじろいで、即座に机に突っ伏し直した。妙な雰囲気になったことを察した黄理は首を傾げて、先の発言に問題があったかと考え始める。
「む……俺、なんか変なことでも言った?」
そこで、状況把握、というか黄理の発言の意味を吟味し終わったたきな、千束が再起動。二人とも互いに顔を見合わせてから、黄理の方に身体を向けてモナ・リザもかくやというアルカイックスマイルを浮かべる。
たきなはメニュー表を、千束はゼクシィを、揃って振りかぶった。
二人の迅速かつ的確な投擲は黄理の顔面に見事、命中。デリカシーそのものが皆無の少年は乙女たちの同時投擲によって、あっけなく撃退されてしまうのでした、まる。
顔にゼクシィとメニュー表を叩きつけられた黄理が立ち上がってから、わたしたちは黄理をお座敷に正座させて、先ほどの“とんでもプロポーズ”について追及することにした。
「ヘイヘイ、黄理さんや。さっきの、なに?」
「なにって、言ったとおりだけど?どっちか、俺と──」
ぴたり、と先のセリフの復唱中断。少年は沈黙を守る。
わたしとたきなの鋭くなった目つきを前に、黄理は賢明な選択をした。
「そのさきはい~から。どういう経緯でそういうウルトラCに辿り着いたワケ?」
「そうです。いくら黄理くんが普段、何も考えてないように見えて本当に何も考えてないことが多いと言っても、あんな突飛なセリフがなんの脈絡もなく出ることもないでしょう」
わたしよか、お怒り心頭のたきなに怯みながら、困った顔で黄理は周囲を見渡す。救援を求めてのことだろうが、クルミもミズキも呆れた顔つきで、遠巻きにしているだけ。明らかに助ける気はなく、むしろ黄理の窮地を肴にする気満々だった。
にしても、さっきのはない。ほんと~うに、ナイッ!
“結婚”、その単語が入る会話中に、“どっちでもいい”、“ちょっと”。なんて問題ワードが二つも入ってるのだ。移り気とか、浮気性の人間でももうちょい体裁は整えるだろう。いや、移り気も浮気性も、隠すこと自体がアウトだが。
まったく!失敗するプロポーズというやつに見本があるとするなら、黄理のはまさしく見本というべきものだった。誰も見習わないし、参考にもならない見本である。
っていうかプロポーズなら、二人きりで、もっと雰囲気があって、真剣な思いがあるなら、私もやぶさか…………~~じゃなくてっ!
ぷんすこした私たちを見て、黄理は経緯と事情を説明してないことに思い当たったみたい。ふっつ~に遅いけど、気づけただけでも及第点……かな?
…………。
いやいや、やっぱし赤点で。
「経緯って言われてもな。橙子さんの仕事の関係だよ。二人のどちらかを誘ってこいって言われてきたんだ」
「どちらかって…」
うん、私もたきなと同意見。……でも、おかしい。
結婚というイベントが伽藍の堂で絡むの、想像できないんだけど。
「……伽藍の堂って、いつから結婚相談所に鞍替えしたの?」
「見かけ、廃墟そのものなテナントでは無理がありますよ」
「そーよ、あんなとこで紹介とかされても失敗が目に見えてるっつーの」
「ミズキの場合はやる前から、結果が目に浮かぶよーだがな」
「目にもの見せてやろうか、このリス……」
口元をわななかせたミズキに対し、したり顔のクルミ。それは置いておいて、どんな仕事なのかな?大体、結婚って言っても、私たち戸籍がないからマジのはできないはずなんだけど……。
「この間、橙子さんが仕事で結婚式場の補修をしてね。その補修の出来栄えに喜んだ結婚式場のオーナーさんが、おまけの依頼でチャペルの広告もやってくれって、依頼を注文したんだ」
「橙子さんの仕事って……もしかして、これっ!?」
黄理の説明と、さっきまでたきなと偶々見ていた雑誌の活字が瞬時に繋がる。
私は急いでゼクシィを開いて、黄理にステンドグラスのページを見せる。ステンドグラスの写真を見てから、黄理も“それそれ”なんて軽いノリで頷いた。
黄理の話だと、橙子さんがステンドグラスを改修したチャペルのオーナーが感謝を兼ね、追加依頼として宣伝を頼んだようなのだ。男女一組、式場を実際に使い、ドレスやタキシードなどを貸し出し、宣伝写真の撮影。
橙子さん本人は“ありがた迷惑だ~”なんて言ってそうだ。
そして、噂をしたからなのか、ちょうど話題に上がっていた伽藍の堂の女店主、蒼崎橙子ご本人が唐突に、愉快そうな雰囲気でリコリコへ現れる。
橙子さんは正座している黄理を見て、こくりと頷き──
「ちょうど良い頃合いだったか。おい、黄理。首尾はどうだ?」
「首尾もなにも、この通りなんだけど…」
正座をしている、というか“させられてる”のを無視してのマイペースっぷり。眼鏡をつけてない橙子さんは、黄理の現状を特に疑問としてないらしい。どうして、黄理がこうなったか。本人の過失もだけど、黄理に変なことを吹き込んだ橙子さんも同罪じゃい。
「と~う~こ~さ~ん──」
「ん?」
思いがけぬ千束の低音な呼びかけに、間の抜けた疑問符で応じた蒼崎橙子は、感情豊かな千束と、ドライクールなたきなの婉曲的な文句を受け、ようやく黄理がやらかした内容を知ったのだ。
「馬鹿者め。“どっちでもいい”なんて、そんな口説き文句があるか」
「口説いてないです」
橙子さんの言い草に、黄理は自分の言い分を即答する。
ん~、確かに黄理にその気がないのは長い付き合いだし、分からなくもない、かも?けど、他の人が聞けば、粉かけてるとしか思われないに一票!
「おっかしいな、橙子さんの言う通りに頼んだんだけど」
「お前ね、確かにどちらでもいいとは言ったが、本音も建て前も抜きに主語だけで会話をするな。こういうときは迂遠に千束、たきなの予定をなにげなく探って、暇してる方を誘えばいいんだ」
「なんと──そんな手が」
「ちょいちょい、暇してるって、言い方よ」
「橙子さんも、黄理くんも、今の話を私たちに聞かせて、頷くと思ったんですか?」
私たちの冷たい視線も気にせず橙子さんは肩を竦めるだけだ。
「なんだい、せっかく一世一代の乙女の晴れ舞台だぞ。それの予行演習ができると思えば、有意義だと思うがねぇ」
「じゃあ、橙子さんが自分でやってよぅ~」
「冗談。結婚式の真似事なんて、こっぱずかしいことが正気で出来るか」
「私たちには、それを勧めておいて、橙子さんは随分な言いようですね…」
「そりゃ、君たちは青春真っ盛りだからな。多少の恥や困りごとなんて、へっちゃらだろう?大人はそういう恥を偲ぶものなのさ」
「ぶ~ぶ~、大人ズルいぞ~~」
なんて文句や呆れを私やたきなが口にしても、橙子さんがこれしきでくじけるはずもなし。こっちの反応を見て、もっと面白そうに笑うばかりだ。愉快そうに笑う橙子さんはカウンターに吹きだした酒を拭っているミズキにも手招きをする。
「じゃあ、ミズキはどうだ?結婚式場の宣伝、バイト代が出るぞ?」
にこやかな橙子さんの勧誘を受け、ミズキは……いったん、深呼吸?
スゥ~~~、っと息を吸ってから。
「…やぁるかぁぁ!!」
かけていた眼鏡がズレるのも厭わず、ミズキは持ちかけられたバイトのキャンセルを叫んだ。いや、そこまで全力で、というか此処で全力ださんでも……。
だかしかし、橙子さんだって負けていない。
「そうか、やってくれるか!そこまで元気に“やるか”と快諾されると持ち掛けた身としても喜ばしい」
「どーゆー耳してんだっ!“やんない”っつー意味の“やるか”だよ!!」
荒くなった息を鎮めて、ズレた眼鏡をかけ直すミズキ。
「絶対、いやだから。相手もなしに、ウェディングドレスに袖を通したら、婚期がっ…………婚期がっ!!!」
「遅れるって?」
同じステータス:未婚、であるはずの橙子さんはミズキの熱弁に首を傾げている。なにもそこまで深刻になる必要はないだろうというリアクション。
いまいち、ミズキの異様な熱意にノリきれてない千束、たきなを筆頭に、橙子に、クルミや黄理の反応はどうも鈍い。ミズキの話を踏まえ正座していた黄理は、お座敷のクルミに声をかける。
「婚期が遅れるって話、色々と種類があるよな。ほら、ひな人形を片付けずに置くと、婚期が遅れるってのも聞くし」
「言われてみれば確かにな。でも、逆に婚期が早まる、というか早く結婚できるなんて迷信は中々ないのが、世間の実情ってやつを端的に示していて面白いぞ」
「遅らせるのは簡単で、早く嫁がせるのが難しいってこと?」
「ボクに聞くな、ボクに……まぁ、遅れていることには理由が付けやすくて、早いのには理由がつかない。まぁ、今も昔も、女の心情は難しいってことだよ」
知った口を叩いているが、外見は完璧に幼女にしか見えないクルミが言うと、違和感がすごいため黄理も微妙な顔つきで考え込んでしまった。盛大に宛ての外れた橙子は、仕方ないとファイルを取り出して、黄理に手渡す。
「仕方がない……黄理、そこに記載されてるモデルから適当に選んでおけ」
「了解です。結局、高くつく方になりましたか──」
橙子と黄理の会話を聞いて、千束とたきながビクッと身じろいだ。
「ちょ、ちょっと待った!結婚式場の依頼って、新郎役は黄理がやるの!?」
「あれ、はじめに言ってなかったっけ?」
黄理のきょとんとした顔を前にして惚ける千束。橙子にコーヒーを出していたたきなは、黄理が話した内容を思い返して、そういえば、と首肯する。
「結婚してくれないか、と黄理くんは言ってましたね。まさか、言葉通りだったとは……」
「伽藍の堂の予算が潤沢なら、俺だって出番なかったんだけどさ。いつも通り、資金が有と無の境目を行ったり来たりしてるもんだから、本職のモデルじゃなくて俺なんかが引っ張り出される事に。新婦に関しちゃ、千束、たきなに任せれば、芸能事務所のモデルさんより安くなるって、思ってたんだけど……取らぬ毛皮の値段を、算段に入れるべきじゃないな」
気だるそうに頬杖をついてる黄理は、女性モデルの宣材写真をパラパラと適当に流し見ていく。写真の女性はだれもかれも、十人十色の美貌を写真越しでも魅せつけていた。焦燥感に身を焦がされてる千束とたきなは、唇を噛んで黄理へ熱い視線を送る。
橙子の表情は一貫して、からかい交じりの意地が悪い笑顔。
「いいのかね、お二人さん?こちらとしては、どちらかが新婦役を引き受けてもらえれば、モデルを雇う分の資金が浮いて助かるんだが?もちろん、ただ働きなんてことはなく、バイト代は発生する。とはいえ、この部分は既にミズキとの話でも触れていたな。……まぁ、無理強いはせんが──」
そう言うと橙子は黄理の見ていたモデルの宣材写真のファイルを取り上げ、ひらひらと千束、たきなに見せつけるように掲げた。
千束、たきなの思考にあったのは、新郎姿の黄理が顔も知らない美人モデルと結婚式をしているところ。しょせん、宣伝広告の撮影目的。相手だってプロだし、黄理については特別、鈍いのだから心配する必要なんて、ない。
ないけど…………ない、からって──。
自分を納得させるために熟慮していた二人の頭の中で、新郎姿の黄理がバージンロードの先にいる光景が思い浮かんで──。
“しっかたないなぁ、特別に協力してあげよう!”
“微力ですが、協力できるかと思います”
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皆様の感想をお待ちしています。