Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 推奨導入歌。蜘蛛ですが、なにか、より“Bursty Greedy Spider”。

 楽しい東京観光を書きたくて、東京の観光地を調べていたはずが、いつもの鉄火場とリリベルの事件が絡んでしまった。なお、アーマードコアはネストが楽しすぎて、いつもうろうろしています。逆間接が楽しすぎる。


So far, so good【1】

 

 リコリス東京支部。此処ではテロリスト、スパイ、違法組織などから秘密裏に首都・東京の治安維持を担う若き女系暗殺者たちが訓練や日々の生活を送っている。DAの少女エージェント、リコリスたちが過ごす最重要拠点。

 

 

 そんな建物のとある一室へ紺地(こんじ)の制服を着た少女が入室する。

 

 

セカンドリコリス、乙女サクラは書類の束を上役であり先輩でもあるファーストリコリス、春川フキへと手渡した。いつも通りの仏頂面で書類を受け取ったフキは面倒くさそうにそれらを二つに分け片方の書類に目を通す。

 

「それ、前の地下鉄銃撃戦の報告書っスよね、確か一人しか生き残りがいなかったっていう」

 

「……勝手に見てんじゃねぇよ」

 

「ムチャ言わんでください。持ってきたの、私なんすよ?目に入るのも仕方ないですって」

 

 ヘラヘラと笑うサクラに、フキはそれ以上を言わなかった。どうせ生き残りがいる以上、情報は他のリコリスに伝達されるし、何より、この情報は共有してこそ意味がある情報だ。フキは組織の情報秘匿に一定の理解はあったが、同時に現場に出る人員に不利益となる情報統制を内心で不服に感じてはいる。

 

 某ファーストリコリス(錦木千束)と違うのは、フキはあくまでそれを胸に秘めDAを信じ続けるという点に尽きるだろう。

 

 書類を閲覧し終わったフキは、アイスコーヒーに口を付け苦々しく口を尖らせた。

 

 あの錦木千束と同じ“銃弾の回避”という芸当をやってのけ、腕になんらかの特殊な武器を仕込んだ謎の敵。正体不明の相手に関する好奇心と思索を中断。フキは額に指を当て、春に起きた事件へ思考を飛ばす。

 

「たくっ、春先のミスがここぞって時に祟りやがる」

 

「春先?てぇ~と、あの味方殺しがやらかした銃取引?」

 

「決まってんだろ。あれ以降、同規模の銃取引は音沙汰なし。そうなると、銃の出どころが追跡しきれなかったあの一件と大量の銃火器で武装した集団が不意に現れた地下鉄の事件が繋がる」

 

 ばさりと机に投げ出された書類には、地下鉄での損壊したものの被害額から、弾痕を鑑定し、用いられた銃火器の数量、種別までおおよそ白日の元に晒されている。現時点、集めた情報で不鮮明なのは、リーダー格と思われる男の銃弾を回避する方法や、腕が起爆してリコリスを複数名殺傷したという“与太話”くらいだ。

 

「サクラ、今後の任務はいっそう注意して当たるようにしとけ。どこで、消えた銃が顔を出すか知れたもんじゃないからな」

 

「ういっす、了解しました。まっ、任務で気を抜くなんて馬鹿な真似はしませんよ。ファーストへの査定に響くでしょ?」

 

「任務だけが評価項目とは限らねぇ。普段の訓練、生活態度、総合した上層部の査定。……そして、確固たる実力。そういうもの全て込みでファーストだってことを肝に銘じるんだな」

 

「……じゃあ、あの英雄サマは一体、なんでまだファーストに……?」

 

 サクラが思わず零した言葉に、フキは苦笑しながら目配せを送った。

 

「千束をファーストの勘定に入れんな。あれがファーストになるための最低ラインだったら、誰もファーストになんざなれねぇよ。あいつは例外中の例外だ。降格、昇格うんぬんが適用できない。例外的なまでに強すぎて、DAはあいつ(千束)をファーストにしとくしか選択肢がねぇんだ」

 

 不貞腐れた表情でそっぽ向いたフキにサクラは、少し気まずさを感じ黙り込んでしまう。口を(つぐ)んでいると、気を紛らわせるため周りへの関心が強くなる。その例に漏れず、黙っていたサクラは机の上にある書類に視線が吸い寄せられた。

 

 フキが先ほど読んでいたものではない、むしろ彼女が読んでいなかった方の書類だ。日付からして、地下鉄関係ではない。かといって、古いものではなく、今年、フキが担当した任務らしい。

 

 それが妙に気になったサクラは、思わず手に取って目を見開く。

 

「おい、見ていいって言った覚えは──」

 

「なんすか、これ?」

 

 

 “ Mission Failed(任務失敗)”、サクラが見た書類の束には、任務失敗を示す赤文字の判が一律に捺されていた。任務内容は危険対象と想定される個人の暗殺。大規模な違法組織やテロリスト集団の相手と比べて難易度的には容易な、いわゆるサードリコリスがこなすような“雑務”。それを、ファーストリコリスである春川フキがしくじった?

 

 同様の書類が複数枚あることから導き出される、同じ対象の暗殺に“複数回”失敗しているという事実。備考欄に目を通す。標的の名前は七夜黄理、所属はリリベル?見たことのない単語に首を傾げるが、今はそれどころではない。

 

 顔をあげ、サクラはフキの目の奥に焦点を当てた。

 

「どーして、先輩が出てんのに個人の暗殺程度に失敗するんすか!わけわかんね~~」

 

「…………獲物が特別なんだよ」

 

 フキは回答にもならない愚痴を呟くと、書類を取り上げシュレッダーの中にまとめて放り込む。それから、やかましく文句をいってくるサクラを小突いて、何も答える気はないと宣言するように目を閉じるのだった。

 

 

 

 視覚を閉じたフキの内心で、ある疑問が浮上してくる。

 

 “史上最強のリコリスとリリベル、どちらがより強いのか”。

 

 過去に一度だけ行われた模擬戦の結果は、千束の勝利。だが、その勝利は“辛くも”という枕詞がつく僅差の決着。あれから年月が経過した。両者の未熟な五体は、よりしなやかに強靭に。修羅場を幾たびも越え、経験と肉体の均衡は完璧に近づきつつある。

 

 もしも、今の錦木千束と七夜黄理がぶつかったなら?

 

 脳内でひらめいた思い付きの比較を、フキは即座に思考から取り除く。

 

 “七夜と千束じゃ、暗殺者としての性質が違い過ぎる。どっちが強いとか、弱いとかって話じゃねぇ”。

 

 そういった内容を考えていると、サクラが急に呼びかけてくる。

 

「先輩、先輩っ!」

 

「あぁん?」

 

 フキがうんざりした声と共に目を開けると、眼前のテレビには先月の地下鉄事件のカバーストーリーである脱線事故の責任を取ることとなったどこぞの重役たちの謝罪会見が放送されていた。

 

 

 

 

 

 時を同じく、場所を別として。喫茶リコリコで一カ月前の脱線事故に関するニュースを見て、たきなはしみじみと簡素な同情のセリフを口にする。

 

「この社長さんも気の毒ですね」

 

 何も知らず、何の過誤もしていないのに、責任だけを被せられた社長にたきなはしみじみと同情を寄せた。一方で横になってゲームをしていたクルミは楽しそうなしぐさを隠すことなく笑っている。

 

「な~に、苦労は買ってでもしろって良く言うだろ?」

 

「……クルミなら違和感なくその論法を適応できそうですが、さすがにあの社長たちのような年齢の方には適応されませんよ」

 

「年功序列。古い考えだ」

 

「そこは(とし)の功とでも」

 

 むしろ、それなら若い者より詳しくないといけないのでは?そう、クルミも考えるが、裏社会に身を置く自分たちとでは知ることのできる情報に差があるのは当然。お座敷に寝転がったクルミはせんべいをかじって片目を瞑った。

 

「この社長、なにも知らないんだろうなぁ~」

 

 

 

 

 

 

 日も暮れ、営業時間を終えたリコリコでは、いつも通りご機嫌な千束が黄理の肘を極めた状態で腕を組み、今回、請け負った依頼の説明をしようとしていた。なお、黄理がいる理由は、今月の伽藍の堂の給金未払いが確定したためである。

 

「は~い、ではみんな~!こんかいの依頼内容を、せっつめいしよう~!!たのしいたのしいお仕事ですよ~!」

 

 黄理の困った顔を見てるたきなは、フフッと微笑を零してから黄理を助けようかと考えるも、特に支障はないかとスルーすることを決定。普段、依頼の説明をしているミズキと目を合わせ、事情を聞いてみることに。

 

「横で楽しそうとは思えない顔をした黄理くんがいるので、説得力に欠けていますね……そういえば、どうしてミズキさんが説明しないんですか?」

 

「今回、やたらと千束が乗り気なのよ、付き合う方の身にもなれって~の」

 

「ちょいちょい!私語禁止!あと、そこのリス、ゲームしてない?」

 

「聞いてるよ~」

 

 中二階ではクルミがゴーグルをつけて、携帯ゲームにいそしんでいる。まぁ、聞こえているなら問題なしかと、気を取り直し。

 

 

 おっほん、わざとらしい咳払いをして、千束は本題へと移った。

 

「依頼人は72歳、男性の日本人。過去に妻子を何者かに殺害され、自分も命を狙われたためにアメリカで長らく避難していた。現在は~~きん、き、き、筋?」

 

「筋萎縮性側索硬化症」

 

 クルミの的確かつ迅速なフォロー。

 ただしミズキはそれでも不満があったようで──。

 

「長いわ、略せない?」

 

 はて、と少し考えて、黄理は脊髄反射の思い付きを意見として出してみる。

 

「じゃあ、きんしでどうだ?」

 

「きのこじゃないんですよ」

 

「こら~!依頼と関係ない方向に脱線しない!」

 

 依頼の説明をゆる~く聞いているメンバーを叱る千束。隣で関節を締められている黄理はかかる力の増加と肘へ沈み込むような、押し返すような、強い弾力の感触に対して困ったように天井を見上げた。

 

 白熱してる千束、そういうことに疎いたきな、ゴーグルをしたクルミらは、その危険な状況に気づいてもいない。

 

 気づいているミズキ、ミカは静観の構えを取る。敢えて千束にも、黄理にも助け船を出さないスタンスは、中立というより成り行きに任せる保護者の立場というものを固持しているためか。

 

 

 薄氷の上をゆく危険な状況下にも気付かず、あることに気づいたたきなは控えめな所作で挙手をする。そして、たきなに気を取られた隙を見逃さず、黄理は意識の空白を掴んで千束の拘束から抜け出した。

 

 

 此処での、たきなの“気づき”というのは通達された依頼人の病状、加えて高齢ゆえ真っ先に危惧すべきことの指摘。

 

 つまり──。

 

「ご自身で動けないのでは?」

 

「ああ、確かに」

 

「そう!去年、余命宣告を受けて最後に故郷の日本、それも、東京を観て回りたいって」

 

 千束の発言を受け、黄理とたきなは顔を見合わせる。依頼人は命を狙われているうえ、ろくに動けもしない状態で“東京を観たい”というのだ。妻や子の追悼という内情なら、千束とて落ち着いたトーンで説明をするだろう。

 

 しかし、千束の反応を見るに “東京を観て回りたい”の意味は……。

 

「観光、ですか?」

 

「泣ける話でしょ~。……要するに!」

 

「その依頼人の道楽に付き合えってこと?」

 

「ちゃ~う~わ~。まだ命を狙われている可能性があるため、ボーディ↑ガードゥします!」

 

イントネーションでウケを狙っている千束のボケをスルーして、たきなはお座敷に姿勢よく座ったまま、依頼人側の情報について補足を求めた。

 

「なぜ、狙われているのですか?」

 

 たきなのもっともな質問に肩をすくめたミズキは外連味たっぷりな口調で、依頼人の事情を簡単にまとめつつも、詳しい内情に関する補足を放り投げた。理由は簡単、ミズキも詳細を知らないためだ。

 

「それがさっぱり。大企業の重役で敵が多すぎ、資産、権力、怨恨、口封じ、報復、エトセトラエトセトラ。想像だけはいくらでもできる、と。まぁでも~、その分報酬はたっぷりだから」

 

 瞳をらんらんと輝かせ、ミズキはとろけきった笑みを浮かべる。ダメな大人の見本みたいになったミズキから目を離し、千束は説明の締めに移る。

 

「日本に来て、すぐに狙われるとも思えないけどね~。それと、行く場所はこっちに任せてくれるって。腕が鳴るなぁ~、わたしがすっごいプランを考えるから!」

 

「「ものすごく不安」」

 

「なにおう!?」

 

 黄理とたきなは気合の入りすぎている千束の様子から一抹の不安を憶えた。もっとも、黄理は依頼人の末期(まつご)の願いを叶えるという状況で、気負い過ぎているのだろうと長い付き合いから千束の考えを推察し、たきなは千束が自分の趣味に走りすぎないかという点に不安を抱く。

 

 

 結局は千束のテンションを見て“いざというときは自分がどうにかする他ない”。

 

 そう思い至ると、たきなは肩を落とし、黄理はお座敷に腰かけた。

 

 

 すると、此処まで我関せずだったクルミが依頼の手伝いに手を上げる。

 

「ふむ、そういうことなら、旅のしおりでも作ろうか?」

 

「それだ!」

 

 千束は、たきなと黄理の腕を掴んでクルミがいる中二階の方へと上っていく。千束に捕まった二人は今夜も長くなりそうだと思いながら、東京の観光名所として紹介できそうなところを脳内の引き出しから探し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、リコリコには黄理を除くいつものリコリコの面子が揃っていた。たきなは眉をひそめて時計を睨みつけ、黄理が指定の時刻になっても来ないことに千束は歯噛みする。

 

 そんな焦れている千束やたきなの思いと裏腹に、リコリコへ指定された時間どおり今回の依頼人が現れた。

 

 

「お待ちしておりました~!」

 

 千束の明るく溌溂とした歓迎の明るいあいさつ。威勢と元気の良い第一声を受けても、お付きのSPを控えさせた老人の表情に変化は見受けられない。自走型の車椅子に座った依頼人の松下氏は、目元に何らかの補助機と思われるゴーグル、鼻から呼吸を介助するチューブなどを付けており、顔から表情を察するのさえ難しい様子だった。

 

 いいや、そもそも自立呼吸さえ困難な身の上では、声帯や表情筋さえまともに機能しているのかも怪しいところ。一同の困惑をよそに松下氏は機械の車椅子を巧みに操作して、リコリコの面々たちの方へスムーズに移動する。

 

「遠いところ、ようこそ。今日はよろしくお願いします。松下さん」

 

 ミカの落ち着いた歓迎を受け、思いもよらなかった依頼人の病状に動揺していたミズキやたきなが続いて頭を下げる。

 

『少し早かったですかね?楽しみだったもので』

 

 車椅子から聞こえる老人の機械音声、依頼人の楽しみにしていたという言葉を聞き、狼狽え気味だった千束は気を取り直す。

 

「いえいえ、準備万端!このとおり旅のしおりも完璧で~す!」

 

 紙媒体、お手製の東京観光のしおり。ただし、依頼人の身体を見る限り、しおりを手にとって直接、見ることは……。

 

 雰囲気が落ち込むより先に、クルミは気を利かせて提案する。

 

「千束、データで渡そうか?」

 

「え?……あっ」

 

 口元を抑える、楽しんでもらおうとした矢先、最初にしてしまった大きな失敗。千束が申し訳なさそうに、どうしたものかと悩んでいると。

 

『ありがとう、助かります』

 

 機械音声ながら、優し気な声色は微妙な雰囲気の払拭に一役を買ってくれた。クルミがパソコンを操作し始めた辺りで、松下氏はお付きのSPへ告げる。

 

 

『あとはこの方たちにお願いするので、下がってよいですよ』

 

 指示を受け、黒服の男性は黙礼をした後、速やかに黒のバンで走り去ってしまう。クルミやたきなは、松下氏へ気を遣わせないよう、慎重かつ努めて機械から目を離そうとするが、かえってぎこちない動作となってしまっていた。

 

 

 松下氏も察したのか、敢えて冗談めかした声で鷹揚に笑うと、機械の補助を受けている現況を雑談のネタに用いたのである。

 

『ハハハ、今や、身体の大部分にガタが来ていましてね。機械に生かされているのです。おかしく思うでしょう?』

 

 

「そんなことないですよぅ。わたしも同じですから」

 

 松下氏の話に同情も憐れみも一切浮かべることなく千束は穏やかに微笑んだ。

 

「ここにぃ~」

 

 胸元へ手でハートマークを形どった千束。その意図を予想した松下氏は感嘆か、それとも共感か、詳しいことは分からないが機械音声に予想を乗せて問いかける。

 

『ペースメーカーですか?』

 

「いえ、まるごと機械なんです──」

 

 千束の発言に、たきな、そしてクルミは驚きを隠せない。此処しばらく、交流を深めてきた千束のまだ知らされてない情報に、二人はハッと息を呑んだ。

 

『人工心臓ですか…』

 

 松下氏には驚きこそあったものの、詮索をしようとする意思は感じられない。人の健康、身体の事情については彼も思うところがあるのだろう。無意識に聞き耳を立てていたクルミは、そこそこの付き合いになる千束の未知の情報に、僅かばかりの不満と好奇心を感じた。

 

 どこまで、何を口にしていいか、距離感を測るため話しにくくなりそうな雰囲気。そんな場の空気を変えるため、敢えてミズキは千束の人工心臓のくだりを笑い話のネタに選んだ。

 

「あんたのには毛でも生えてんだろうね」

 

「機械に毛が生えるかっての」

 

「……高性能?」

 

「いやいや、い~やいや。たきな落ち着いて。いくら高性能でも機械に毛なんか生えないから。というか、その性能はどこで役立つのさ」

 

 目を白黒させてるたきなの不規則発言に、笑いながら注意をする千束。そういったやり取りのおかげか、重苦しく混沌とした場の雰囲気は静かに落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 

 けど、場が落ち着いてきたということは、同時に混乱していた者もある程度の思考の整理がついたということ。たきなはようやく千束の心臓に関する驚きを消化し、今度はその詳細について知りたいと考えてしまう。ただ、どう切り出したものかと、どう言い出すべきかと再び困惑のただなかにあるたきなが意を決して──。

 

「先ほどの話は、どういっ──」

 

「よ~し、できたぞぉ~」

 

 クルミの作業がちょうど終わり、タイミングを外してしまった。リコリコが誇るスーパーハッカーの仕事は手際よく旅のしおりのデータは既に送信済み。しおりのクオリティについても、千束の熱意と巻き込まれた黄理とたきなたちの奮闘の甲斐あって問題なし。

 

『おお、これは素晴らしい』

 

「えへへ、ちょっと待っててくださいね。も一人、観光のガイドで肉体労働役が来ますから。そろそろ、来る頃──」

 

 いい加減、遅刻というのにも限度がある時間。千束はもう一人のガイド兼護衛である七夜黄理を待っていると、スマホに黄理からの通知が入った。

 

 内容は簡潔そのもので、シンプルな一文。

 

 “虎杖さんから呼び出し。後で合流する”。

 

 

 一行未満の簡素なメッセージを見て笑顔を浮かべた千束の額がちょっとだけピキッ、となったような。それを見て、これはまずいとミカは依頼人に見えない位置から身振り手振りをして、看板娘を落ち着かせるのだった。

 

 

 

 

 

 まったく、ほんとにまったくっ!

 

 黄理はまた、唐突に約束を……。いや、あとで合流するってことだし、とっちめるのはその時にしよっと。あ~もう、昨日のしおり作りのあと、家に帰さずリコリコに泊めとけばよかった。まずったなぁ~。

 

 まぁ、いつまでも自分のことでご機嫌斜めになっていてはガイド失格だ。

 

 観光を楽しみにしてる松下さんを待たせないよう、素早くメッセージをタイプ。“はよ来い、置いてっちゃうぞ”とだけ送信すると怒りを完全に冷まして、にっこりスマイル。

 

 よっし、最強で無敵な千束さんスマイルふっかつ!

 

「よ~し、気を取り直してぇ。東京観光、しゅっぱ~つ!」

 

 松下さんの車椅子をそっと、でもスムーズに押して店の外へと飛び出していく。お天気は日本晴れの行楽日和。気持ちのいいお日様の光を浴び、さぁ出発っ、と思ってると、たきなが先生たちと何か話し込んでる?

 

 邪魔をするのもどうかなって思ったけど、松下さんの今日という日はもうとっくに始まってるのだ!一分一秒だって大切に、全力で楽しむために使いきらないと!

 

「たきな~、行くよ~!!」

 

「…はいっ!」

 

 

 

 店の外で“車、回して~”と千束が呼び掛けているが、それを一旦後回しにしてミズキは呆れた表情を隠そうともせずミカへ半眼を向ける。

 

「言ってなかったの?」

「……千束に任せればいい」

 

 ミカは保護者の威厳たっぷりに重々しく断言をする。ミズキは事情を知っているためか、敢えて何も言わずに車の準備のために店を出ていった。

 

「ボクにも説明してもらうぞ──」

 

 クルミの瞳に光る“納得できるか”という意思。

 

 ウォールナット、かの天才ハッカーはリコリコを一時の仮宿と割り切っていたはずだった。しかし、この瞬間、クルミは自身でさえ説明できない激情に駆られ、知ってしまえば後戻りはできず、厄介ごとに巻き込まれるであろう千束の抱える後ろ暗い事情に、強い意志を持って踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 虎杖より緊急の任務を受け、迎えの車に乗った黄理は時間通りにリコリコに向かうことを断念。一報だけ入れて後から千束たちと合流することを決めた。

 

 きっと怒るんだろうなぁ、いやもう怒ってるか、と黄理は困った顔のまま愉快そうに口角を上げてスマホを手にする。

 

 遅れる旨のメッセージを送り、スマホをポケットにしまい込むと直後にすぐさま返信。慌ただしいなと思いながらスマホを取り出し確認すると、文面から機嫌が悪くなってるのがよく分かる一文が返信され黄理は困った顔で頭を掻いた。

 

「……申し訳ありません、七夜総長」

 

 隣で運転をするファーストリリベルの青年、アキタカと呼ばれる彼は沈痛そうな表情を浮かべてハンドルを強く握る。別に彼の所為ではないし、特に気を悪くもしていない黄理は話題を変えるため、任務の内容を確認のため聞き返した。

 

「それで、空飛ぶ爆弾は国会議事堂に向かってるんだっけ?」

 

 黄理の再確認の言葉にアキタカは頷きを一つ、改めて任務内容を説明する。

 

「はい。本日、首相官邸宛てに爆薬を積んだ自動操縦のヘリを国会議事堂に落とす、という脅迫状が送付され、DA上層部はリリベルに事態収拾を要請。犯人からの要求は未だなく、脅迫による利益が目的ではないとシミュレート班は予測しています」

 

「派手なことするよなぁ」

 

「ええ、このまま行きますと議事堂にヘリが墜落、積載された爆弾の起爆により、議事堂は倒壊し政治的にも大きな空白が生じる恐れがあるとのことです」

 

「政治家先生たちは?もう避難でも始めているのか?」

 

「いえ、もしもこの情報がマスコミに知られれば、東京の治安を揺らがせる恐れがあるとのことで与野党には通達をしていません。一部閣僚と首相には既に今回の一件に関する守秘を強く要請しておりますので、外部に知られることはないかと」

 

 下準備は万全、となると後はこちらの手際次第。黄理はたわませていた認識を、静かに研ぎ始めて任務への備えを始めていく。思考が冷え始め、瞳の中に暗殺者の冷徹が宿った。

 

「犯人の絞り込みですが、相手からの要求がないため難航しております。おそらく、自動運転技術に対する過激な反対派あたりが妥当ではないかと考えられますが…」

 

「そこらへんは別にいい。ヘリはどの辺にいる?」

 

「じきに葛飾区上空へ入ります。偵察中のセカンドの報告によると、高度150を維持したまま霞が関方面に向かっているようです」

 

 ふむ、葛飾区か。車内で地図を開き位置関係を把握。千束たちと合流しやすそうな場所、ついでに霞が関に入るよりも早くにヘリを落とすなら。

 

 ──まぁ、なんとかなるか。

 

 大体の見当はついた。地図をたたんで冷えた目を上げる。

 

 黄理が顔を上げたところで、アキタカは虎杖司令からの連絡事項を伝達する。

 

「今回の任務における虎杖司令の要望は事故に見える形での墜落。準備、作戦案は一任するとのことです。七夜総長に特別、作戦案がなければリリベルのシミュレート班が作戦立案を──」

 

「そっちは大丈夫、ひっそりと事を済ませればいいんだろ?予定がつかえてるんだ、さっさと始末しようか」

 

 あっさりと、あまりに平然とした黄理の態度。アキタカは思わず、どのように事態を収拾するのかという好奇心を掻き立てられる。

 

「しかし、総長。爆弾を乗せたヘリは都市部上空を飛行しています。ヘリを墜落させるために重火器を使えば、下の建物に被害が…。一体、どのように」

 

「“隅田川”」

 

 アキタカは大きく目を見開くと、ハンドルに額を当てて一瞬でも疑いを持った自身に恥じ入る。助手席の黄理は、もうすぐ信号が青に変わりそうだから、それよりも前見てくれないかなぁ、と口には出さず無言のまま困っていた。

 

 ようやく、踏ん切りのついたアキタカが顔を上げると墨田区方面に車を走らせる。

 

「承知しました。それでは早急に隅田川を通る水上バスの時間帯を調べておきます」

 

 アキタカが目を輝かせて助力を申し出るが、あいにく、隅田川を通る水上バスの時間帯に関しては、昨日の晩に予習済みだ。

 

「問題ない、隅田川を通る水上バスの通過時刻は頭に入ってるよ」

 

「……ッ、なんと。既に作戦に必要な情報を集め終えているとは……七夜総長、このアキタカ、誠に感服いたしました」

 

 いや、観光ガイドに必要なんで、取り急ぎ突っ込んだ一夜漬けの情報なのだが。思わぬところで役に立っている。問題は、それを大げさに捉えられていることなのだ。訂正すべきかを考えて、別にいいかと思いとどまる。

 

 口を開くのもおっくうだ。

 

「では、総長。ヘリを落とす火器は何を用意すれば?市街地のため使用火器に大幅な制限が課されます。事故に見せかけ、それでいてヘリを墜落させるほどの武装は持ち出しに……」

 

狙撃銃(ライフル)を一丁、用意してくれ。種類はなんでもいいけど、ゼロインは500固定で」

 

「承知しました」

 

 アキタカは黄理の言葉に頷くと、それ以上の質疑を自分に禁じる。

 

 車を走らせることしばらく、墨田区に到着するとアキタカは本部へ連絡を入れて狙撃銃を手配。普段の緩んだ空気が消え、最強のリリベルとして思考を研ぎ澄ましていく黄理は、視界の端々に感じる赤黒い線に極力、目を向けないようにして息を吐いた。

 

「さっさと終わらせて、リコリコの方と合流しないとな」

 

 

 





 次回の冒頭は、黄理をメイン視点にして話を始めます。まぁ、冒頭だけであとは千束とたきなをメインに話を進めていきますのでお楽しみに。
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