Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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LIVE for LIFE 史上最強の味わい!豚バラ蓮根の西京焼き弁当280円【2】

 

 

 すっかり日が落ちた夕刻。

 

 リコリコのシフトが終わり、千束とたきなは黄理との待ち合わせ場所である近所の公園へ向かっていた。夕刻の公園に着くと、何も考えていない表情で月を見上げてる彼をまず千束が発見する。

 

 勢いよく手を振っている千束に気づいた黄理が二人の元へ合流した。

 

 

「う~し、これで全員揃ったわけだし、張り切って行ってみよっ!」

 

「夜中だってのに元気だな」

 

「スーパーに行くだけなのに、こんなに張り切って…」

 

「ちっちっち、たきなくん。よ~く覚えておきたまえ、スーパーというのは主婦や金欠の学生にとっての戦場なのだ!特売やら季節の商品とかで毎日、様々な顔になるス~パ~マッケッツ、一分一秒、十円一円の世界で生活を賭けて多くの人が戦っているのだよ」

 

 

 千束としてはほんの気楽な冗談、結構な世間知らずのたきなをからかうための真っ赤な嘘。ただ、直前で黄理より聞いていた話と合致する点があったために、千束でさえ予想しなかった擦り合わせが起こる。

 

「──なるほど、黄理くんが護身術や徒手空拳の経験の有無を聞いてきた理由は、そういうことですか」

 

 しきりに感心しているたきなから目を離し、千束は鋭い視線を黄理へと刺し向けた。冗談を言うことが少ない、というか冗談のセンスがないと評される黄理の冗談をたきなが真に受けている。

 

 信じてしまうたきなもたきなだが、黄理の冗談の内容がこれまたひどい。

 

 平和なスーパーで格闘やら護身術がどう活躍するというのか。どんな世紀末スーパーだ、暴力こそすなわち購買力とでもいうのか。

 

「ちょっと、黄理ぃ!よくも純朴なたきなを騙したなぁ!」

 

「?いや、騙したつもりはないんだけど」

 

「…というか、黄理くんが嘘を付いていたのなら、同じような話をした千束も嘘を言っていたことになりますよね」

 

 此処で互いの言及している内容の食い違いから、とても牧歌的な三つ巴が発生する。千束はふくれっ面のたきなを宥めつつ黄理を問い詰め、たきなは千束と黄理の二人を相手取って懇々とお叱りの言葉を紡ぐのだった。

 

 結果的に千束とたきな、両名からお説教と尋問を受けた黄理は、格闘戦や護身術の経験の有用性をきちんと筋道立てて説明してみる。ただ、女性陣の反応は冷ややかで“たかがスーパーに行くだけ”と適当に受け流されてしまった。

 

 話は弾み、気づくと時刻は七時をとうに過ぎている。一旦、話を切り上げて一行は錦糸町のスーパー、五輪ピックへと足早に移動した。

 

 

 

 

 

 七時後半、千束たちがスーパーに来店する。店内ではやたらと耳に残るBGMが流れ、効き過ぎた空調特有の肌寒さが三人を歓迎した。昼間に五輪ピックに来たことのあるたきなは、胸が沸き立つような初めての夜更かしの興奮を胸に夜のスーパーをきょろきょろと見回す。

 

 千束も夜のスーパーに来たことは数える程度しかなく、たきなほどではないが足取りはどことなく気の抜けたもの。

 

 そんな心ここにあらずな二人を先導するように、黄理は精肉コーナーの先へと向かって行く。

 

 

 総菜・弁当コーナーを遠目に見ると弁当は三つほど残っている状況。ちょうど三つあるというなら、三人で分け合うことが出来そうだ。どんな弁当があるかと、好奇心旺盛な子犬のように千束が黄理を追い抜いて駆けだそうとする。

 

 踏み出した一歩、そこで感じ取る異質を越えて異常な空気の重圧。

 

 そこで先ほどまでの浮かれていた気持ちを一掃するビリッとした異様な雰囲気が立ち込めているのを千束、遅れてたきなが意識した。

 

 肌を灼く電流にも似た敵意の視線。身の毛もよだつ緊迫感。

 

「なに、この空気……」

 

「これが……夜のスーパー?」

 

 “いや、夜とか関係なしにおかしい”と、たきなへ忠告しようとして黄理が弁当コーナーへ歩き出す。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくる。二人も無理しない程度に頑張れ」

 

 

 黄理が動き出したとき、店員用扉から若い二十代くらいの青年が異変の中心である弁当コーナーに現れる。青年はぺたりと弁当に“提示価格より半額”のシールを貼り、一礼と共にバックヤードへ下がってしまった。

 

 

 店員さんがいなくなった途端、充満する殺気。莫大な戦意を纏って、大勢の人が濁流となって弁当売り場へと雪崩れ込んだ。

 

 此処は既に自分たちが知るモノとは異なる別法則の支配する空間。弁当が半額になった瞬間より、平凡なスーパーは野生に生きる獣たちの狩場へと変貌を遂げた。

 

 場の変貌に着いていけない千束とたきなを置き去りに、殴り合い、蹴り合う人の津波を真紅の狼が切り込んでいった。

 

 

 予備動作を悟らせずに行われる完全な停止状態からの全力加速。天井だろうと自在に足場として運用する七夜黄理の立体挙動はスーパーという異色の舞台にあっても、その鋭さを落としていない。千束たちは目をこらす。戦場でたびたび見たことのある七夜黄理の技、それが平凡なスーパーで行使されるという事実が未だに信じきれていない。

 

 しかし、あくまで事実は事実。

 

 論より証拠といわんばかりに千束たちの眼の前を、七夜黄理が蹴り飛ばした巨漢の男が通過していく。弁当コーナーからかっ飛ばされ、鮮魚コーナー、それすら越えて野菜売り場でようやく不時着、いや墜落した。

 

 さすがにあの威力の蹴りを一般人が食らったのはまずい!?

 

 蹴られた人を介抱しようとするが、なんか既に起き上がってる?すぐに立つことはできなさそうだけど、それでも大けがをした感じではない。

 

「どうなってるの?」

 

「……それについては私が聞きたいくらいです」

 

 既に弁当コーナー前では乱戦が構築され、多くの人たちが弁当を求めて拳を、脚を、五体を使って、他の買い物客を打倒するために闘っている。この戦場の中、特に目を惹くのは人の濁流を蹴散らし、誰よりも襲われていながら誰よりも高い撃破率を上げ続けている黄理の姿。

 

 だが、黄理に負けじと他の人たちも……!!?

 

 軽々と空中へ跳び上がったかと思えば、天井を踏み込み落下によるエネルギーを拳に乗せて黄理へと殴り掛かった!?

 

 

 まぁ、あえなく返り討ちにあってるけど……明らかに普通の一般人にできる芸当ではない。この店、夜だけオリンピックの特待生とか、無名の格闘家たちが来店でもしてる?

 

 呑気に第三者の視点で、場を観察していると強烈な疎外感がやってくる。あんな、訳の分からない空間で黄理は八面六臂に暴れまわっている。

 

 でも、今の自分たちはどうだ。安全圏で傍観者として指をくわえているだけの現状。何より、黄理に置いて行かれたまま立ち止まっている。その事実が千束とたきなのすくんだ足に活力を与えた。

 

 

 状況は呑み込めていない。目的は不透明なまま。

 

 でも、此処で黙って足踏みしていたくない。

 

 そう意気込んで、二人の少女は狼たちの戦場へと飛び込む。

 

 

 

 暴風圏さながらの乱戦の中、七夜黄理を追って二頭の子犬が戦域へと割って入った。だが、戦うため必要な目的と誇り、何より空腹でないものがこの戦場(スーパー)を駆けられるはずもなく。

 

 千束の左側面から見知らぬ男の固めた拳が迫る。

 

 幾つもの荒事を経験してきた千束からすれば、取るに足らないテレフォンパンチ。

 

 余裕をもって、受け流そうと右腕で拳に接触すると、万全の体制と準備でしていた防御をその上から撃ち崩された。銃弾も避ける千束の洞察と観察眼による防御、それがただの拳に上回られたことが、たきなには現実と思えない。

 

 千束の華奢な体躯が、あまりの衝撃に“飛んだ”。

 

 

 防御の上から受け止めきれない攻撃を喰らい、混濁していた千束の思考が床に叩きつけられた衝撃で覚醒した。背中が固い平面に衝突、激痛が意識と思考を再接続させる。

 

 衝撃を浴びた体は、そのまま浮き上がり──。

 

 違う、浮いているのではない。落ちているのだ。千束は自分が床に叩きつけられたのではなく、天井へぶつかっていたことを知る。認識上の天地がひっくり返る異常事態。地面へと落ちていく千束は空中から戦嵐を見下ろし、弁当コーナーの前で大勢の殺気だった獣たちを薙ぎ払う七夜黄理の姿を薄れゆく意識の中で目撃した。

 

 

 

「千束っ!!」

 

 戦場へと踏み入って十歩もしないうち、台風で吹き飛ばされたように宙を舞う相棒へ、たきなは声を張り上げた。天井に轟音を伴って叩きつけられた千束は、意識を失った状態で落下する。

 

 気絶したまま床に落ちるのはまずい。たきなは千束を落下地点で受け止めようと立ち止まった。

 

 たきなの行動は高潔で、常ならば賞賛に(あたい)しただろう。

 

 だが、狼たちの戦場において食欲と結びつかない行動の全ては、どれほど慈悲深く、賢明な行動であれ、無意味な愚行へと堕する。

 

 隙だらけのたきなへ向け、大気を揺るがす速度の掌底が放たれた。先ほど千束がどうなったかを見ているたきなは、身を反らす形で回避を選択。追い詰められた恐怖による会心の挙動。たきなが間一髪で第一波の攻撃を避け切った次の瞬間、回避のため広げていた腕の手首を何者かに掴まれる。

 

 万力のごとき握力。

 

 たきなの手首を握っていた大学生くらいの女性は、掴んだ腕を全力で引っ張った。勢いよく腕を引かれたことで体幹が崩れ、たきなの両足が床を離れた。たった数センチ、一秒未満の滞空。

 

 僅かに浮いているたきなの背後、はじめに黄理に蹴り飛ばされた巨漢の男が突進してきた。野菜売り場から全速力でやってきた男は、眼前のたきなを邪魔そうに見るや、走る速度を緩めず浮いている紺地(こんじ)の制服の脇腹へ爪先(つまさき)を捻じ込んだ。

 

「ガッ、ハ!?」

 

 

 爪先の蹴りを脇腹に受け、たきなも天井へと蹴り上げられた。しかし、飛んだ先には落下中の千束が存在し、身動きの出来ぬ空中で千束とたきなは正面衝突を果たす。

 

 

 狼たちの強烈な洗礼を受けた二人は折り重なる形で床へと墜落。

 

 指一本動かせない満身創痍の両名は敗者として、戦場の隅に倒れ伏した。

 

 

 

 

 暫くして、仰向けで途切れ途切れの意識をした千束たちの所へ黄理がやってくる。身じろぎも出来ず、声も出せない千束とたきなは曖昧とした意識をどうにか繋ぎ止め、七夜黄理を見上げる。

 

 弁当を片手に持ち、どこか心配そうに二人を見下ろす黄理の姿は誇り高き野生の狼を彷彿とさせる。

 

 

 意識が朦朧(もうろう)としている千束、たきなは全く同じことを考えた。

 

 “頭、打ったかもしれない”。

 

 

 

 

 

 “…………~イ、…………起き…………閉店時………そ………オ~イ…”

 

 

 靄の向こうから聞こえる遠い呼びかけ。微かな声をたよりに、薄れがかった意識を手繰り寄せ、閉じていた瞼を開けて激痛が走る身体を無理やりに起こす。

 

 一体、何が起こったのかと倒れるまでの状況を思い出そうとするが、残留した痛みがノイズとなり考えが一向に進まない。いや、それよりも真っ先に確認しないといけないことがあった。

 

 私と一緒にスーパーに来ていた二人、たきなと黄理はいま何処に──?

 

 心配も束の間、たきなはすぐに見つかった。近くの長椅子で私と同じように横たわっており、介抱を受けた痕跡がある。安堵で力が抜け、胸を撫で下ろす。

 

「良かったぁ──」

 

 って、あれ?黄理がどこにもいない?

 

「……むっ、ようやく起きたな。それなら早く君の同級生、いや学友を連れて帰ってくれ。もうそろそろ閉店時刻なんだぞ」

 

 溌溂とした元気な声がいきなり鼓膜を叩いてくる。ぎょっとした千束が声の主を見ると、そこには長い黒髪を編み上げ、背中に流している中性的な白エプロンの店員さんがいた。男の子?女の子?わからん、どっちかと問われればどっちもいけそうな気がするし。強いて言うと、どっちでもない感じがする。

 

「ん?なんだ、まだ寝ぼけているのか?まったく、あれしきで情けない。いや、狩り場における掟も知らない“豚”なら当然だな」

 

「…………ぶ、ぶぅ!?」

 

 なんか、あまりにスムーズに豚呼ばわりされ、本当に鳴き声みたいな声を出してしまった。レムレム中のたきなが今の声でむくりと起きる。でも、こっちはそれどころじゃないのだ。

 

「こんなかわいいブタさん、ど~こ探してもいないから!!」

 

「……ちさと、うるさいです。イタタ、あたまが……」

 

 ひどい頭痛と格闘中のたきなが千束の大声に顔をしかめる。たきなが起きたのは良いことだが、今はなんとしてもブタさん発言をした性別不明の店員さんを言い負かさなくては、女子のプライド的なものが重傷を負いかねない。

 

 さぁ、此処から反撃だと腕をまくり上げたところで。

 

「ようやく目が覚めたか、ご両人。起き抜けに悪いが閉店時間が迫っている。今すぐに、とまではいわないが立てるようになったなら、疾く家路に着くんだな。……そこの棚に、どこかの店員が仕入れ過ぎたカロリーメイトが山になっている。あいにくとメープル味しかないが、腹が空いたなら持っていくといい。他にはソイジョイという選択肢もある。低GIで腹持ちもよく、大豆は健康に良い」

 

「イオリ!?なんで、こんな奴らに夕餉を恵んでやるんだ!?」

 

「店長と呼べ、店長と。別に他意はない。半額弁当の争奪戦に巻き込まれた者へのアフターケア、そして放置しておけば処分となる在庫の片づけにちょうどいいと思っただけの事。閉店時間は迫っているんだ、きちんと仕事をしてくれ。タケル」

 

「ムムム、名前で呼ぶなっ!──全く!いいか、私が戻るまでにそこの礼儀知らずどもを帰らせておくんだぞ!」

 

 

 タケル、という男性的な名前で呼ばれることを嫌がったから、女性なのか?

 

 肩を怒らせた端正な顔立ちの少女、いや少年?みたいな子は、頬を膨らませてバックヤードを出ていった。残されたのは、未だに弁当コーナー前での現実を上手く呑み込めていない私たちと、鋭すぎる目つきをした青年。

 

 青年?そだ、この場には、あともう一人いないといけない。

 

 少なくとも、来店したときには二人ではなく三人だった。

 

「店長さ~ん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど…?」

 

「なんだ、カロリーメイトやソイジョイだけでは不満か?」

 

「千束、お腹が空いたんですか?」

 

 違わい、そーじゃなくて聞きたいのは私たちと一緒に来た彼の居場所だ。

 

「私と同じ赤系の制服を着た男の子って、今どこに?」

 

 たきなもそこで思い出したのだろう、共にスーパーに来店して慣れた素振りで乱闘に突っ込んでいった黄理のことを。

 

「君と同じ……ああ、彼か。どこにいったかまでは俺には分からん。ただ、君たちに大きな怪我がないのを確認したら、半額弁当を狩って帰っていったぞ」

 

 “帰っていったぞ”、“帰ったぞ”、“買って帰った”、“半額弁当”。

 

 素っ気ない言葉が店員用休憩室に反響した気がした。

 

 

 黄理のヤツ~!半額弁当を買ったら、私たちは放置!?

 

 半額弁当>私たちなのか!

 

 ふっつ~~、起きるまで近くで見守るなり、手を握ったりするもんでしょ!?

 

 温厚な千束さんもイラッ☆とキタ。たきなに至っては、瞳から光が消えてるし。これは後々できっつ~くお仕置きしなくては。黄理をどんな風にこらしめようかと考え始めて、ふと鈍い痛みが再発する。

 

 千束が弁当コーナー前で右腕越しに受けた掌底、たきなは脇腹に喰らった蹴り。

 

二人の身体を今なお苛む鈍痛が、あの常軌を逸した光景の実在を証明している。

 

「……夜のスーパーというのを侮っていました。まさか、あれほど熾烈な購買方法で日々の食事を手に入れている人がいるなんて……」

 

「いや、あそこまで可笑しな光景、普通のスーパーだったらありえないから。半額弁当を乱闘してまで買うなんて、このスーパーだけだよ」

 

「──それはどうかな?」

 

 千束とたきなは、休憩中の青年の試す意図が込められた声に反応した。

 

「君たちが体験した半額弁当の争奪戦は、このスーパー特有のものではない。需要と供給、購買の偏りと条件さえあれば、あの手の争奪戦は全国のスーパーで発生している」

 

「……マ~ジで?」「本当にそんなことが──?」

 

 スーパー、五輪ピックの店長、宮本伊織は無言で肯定する。スーパーの秩序を担う半額神は狩場のことを何も知らない二人の子犬へ、半額弁当を巡る戦いの詳細を伝えた。

 

 

「全国のスーパーで日夜、半額になった弁当を奪い合う戦場が発生している。一見して単なる乱闘、無法地帯に見えるだろうが最低限の秩序が存在する。正式に明文化しているわけではない、狩場に集った者たちの暗黙の了解で定められた掟」

 

 “店員が売り場から消える前に駆けるなかれ”。

 “その夜に己が食する以上を狩るなかれ”。

 “狩猟者でなきものを攻撃するなかれ”。

 “獲物を獲った者を襲うなかれ”。

 “店に迷惑をかけるなかれ”。

 

「──長々となってしまったが、要するに全ての掟はこの一文に要約できる。“汝、礼儀を持ちて誇りを懸けよ”。これらの掟を守らない者、破った者は総じて豚と呼ばれ、掟を遵守する者らを“狼”という。例外として掟を知らぬままに弁当を欲する者、あるいは素人同然の未熟者は犬と分類される」

 

「…………なるほど、じゃあさっきの人が私のことを豚っていったのは、別に私が太って見えるとかじゃないんだよね」

 

「あの、千束?そこは今どうでもいいと思うのですが」

 

「わたし的には大問題じゃいっ」

 

 やたらシリアスな顔を近づけられ、たきなはそれを押しのけながら首を傾げた。リコリスである以上、体重や健康はDAできちんと管理されている。太ることなどありえないのに、千束は変なことにこだわっている。半額弁当のこともだが、千束の執着するポイントも未だに分からない。

 

「たきなだって、黄理から太っているように見られたらイヤでしょ?」

 

「──そうですね。はい、完全に理解しました」

 

 千束とたきなは、互いの手を強く握りしめる。一方、青年は二人が急に握手し出したのを訝しそうに見てから、エプロンを整え直した。

 

 休憩時間は終わり、加えて閉店時間も近い。この二人ももう大丈夫そうだし、青年は休憩室から店舗側へ戻ろうとする。

 

「待ってください、つまり黄理くんも“狼”と呼ばれる一人ということですか?」

 

「ふむ、黄理というのが君たちと来店した青年というならば、その通りだ。かれこれ、数年前から錦糸町や神保町のスーパーに現れ、狼として活動していると聞く」

 

「錦糸町と神保町?じゃあ間違いなく黄理だ」

 

「────彼は幼い頃より半額弁当争奪戦に参戦してきた。出没する時期は不確定だが、出現したら確実に弁当を狩る名うての狼。その高い勝率と戦場での神出鬼没の戦い方から、狼らは彼をウィル・オー・ウィスプと呼ぶ」

 

 聞きなれぬ妙な呼称に千束とたきなは、何か話を聞きそびれたのかと眉をひそめた。青年も千束たちの反応を見て、説明し損ねた内容に気づく。

 

「多くの“狼”たちは弁当が半額になる時間帯や、頻度、スーパーの品目傾向などの情報を他の連中と共有する。狩場のことだけでなく、そこを縄張りとする狼、強敵となる狼のこともな。狼らは特に目立つ者、強い者の戦法や特徴などを茶化して“二つ名”を付けるのさ」

 

「黄理くんの場合は、それがウィル・オー・ウィスプだと?」

 

「……ハロウィン?」

 

「彼の着る服が炎に見えたことや、虹彩が蒼みがかっていることを指しているんだろう。所詮、スーパーでだけ通じる渾名のようなものだ。さて──」

 

 青年は休憩室の扉を開け、振り返る。

 

「これに懲りたら、大人しく弁当は半額になる前のモノを購入することだ。はっきり言うが、君たちには荷が重い」

 

 

 助言らしきセリフを口にし、彼は店舗側へと行ってしまった。説明は受けた、狼と呼ばれる存在、黄理が飛び込んでいった戦場のこと。正直、教えてもらったことを半分も呑み込めていないが、肝心な部分は一つだけ。

 

 黄理が平然と突っ込んでいくのに、私たちには荷が重い?

 

 そんなの認められないという子供っぽい意地があった。

 

 足に力を入れた、まだ膝が震えているけど立つことはできる。たきなも脇腹を押さえてこそいるが、歯を食いしばって前を向いてる。なら、私たちは完全に負けたわけじゃない。勝つまでの準備期間というだけ。

 

 ボコボコにされたんは正直、悔しい。

 

 いや、嬉しいとかいうようになったら大問題ね。

 

 でも、こういうわけわかんない状況を、どうにかしていくのはなんだか不思議と楽しくなってしまう。この気持ちはなんといえばいいかな。

 

 例えるなら……。

 

 そうだ、トライアル・アンド・エラーを要求される状況というのも悪くないって感じ?

 

 

 

 へろへろになって歩く錦糸町の夜道、月明りは真っ白に帰り道を優しく照らす。

 

 黄理に半額弁当争奪戦のことを、もっと問い質そうと心に決める。あとそれとは別で私たちを置いてった件について、お仕置きも絶対にやり遂げると誓い、私はたきなと一緒にソイジョイをほおばった。

 

 

 

 

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