Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 推奨BGM。

 ベン・トーより“I gotta turn it on”。
 リコリス・リコイルより“反撃開始”。




LIVE for LIFE 史上最強の味わい!豚バラ蓮根の西京焼き弁当280円【4】

 

 夜空を見上げる、今宵の月はどこか赤い色に染まっている気がした。

 

 同じような赤の制服を着る身としては、否応なしにテンションが上がってしまう。胸の中にある僅かな本能、と呼べるものをくすぐられる月夜。涼しい夜風を浴び、頭を冷やそうとするがどうも浮足立って仕方ない。

 

 

 千束は、たきな、黄理を引き連れて赤い月に微笑みかける。半額弁当のため、三食きちんと美味しく食べるというポリシーを曲げ、お昼を抜いたのだ。先生とクルミに心配されるし、ミズキには煽られた。

 

 おまけに空腹の所為でテンションもおかしくなる始末。

 

 

 でも、これまでにないくらい鋭く研ぎ澄まされる五感。ワクワクと胸を高鳴らせる昂揚感が全身を血流のように巡っている。私は静かに、それでいて勇ましく見えるよう胸を張った。

 

 

「いざ、決戦の地へ!」

 

「ただのスーパーだろ」

 

「もう三度目ですよ?」

 

「二人とも塩対応過ぎ、もっとこう感慨深くいこうよ~~!」

 

 千束の言い分を黄理は鼻で笑い、たきなはすました顔で千束の頭を撫でた。雑な対応に千束が文句を言うも、三人が喧々諤々としているうちにスーパー、五輪ピックの店内へと足を踏み入れた。

 

 時刻は既に遅く、三割引きのシールが貼られた総菜はもう残り少ない。

 

 弁当に至っては昨日、四つあったのが今宵は三つのみだ。

 

 昨晩よりも更に過酷な極狭領域と化した狩り場。周囲の狼たちの気配が大きくなり、ピリピリと切り裂かれそうなほどに緊張感を高めていく。息をするのさえ重苦しくなった弁当売り場付近、三頭の若き狼が今宵の夕餉となる弁当を遠目から見つめる。

 

 

「俺はあれにしよっかな、“山ほど採ってきた山菜盛りだくさんの天ぷら弁当”」

 

「では、私は隣の“(さけ)のバター炒め弁当”を」

 

 う~ん、となると、私が取れる弁当は最後の一つか。おかずに興味が持てなかったら、黄理か、たきなの狙ってる弁当を私も狙ってみようか。などと考えていると、ふと三番目にあったお弁当が目に付いた。

 

“史上最強の味わい!豚バラ蓮根の西京焼き弁当”

 

 最強、と西京焼きを掛けているんだろう。この間からよく見かけるブッ飛んだネーミングのお弁当。前はネーミングに惹かれていたが、今日は違った。ただ、無性にあのお弁当を食べたいという気持ちに引き寄せられたのだ。

 

「じゃあ、私は……“史上最強の味わい!豚バラ蓮根の西京焼き弁当”を獲りに行く」

 

「……あぁ、お弁当の名前だったんですね。急に何を言い出すものかと」

 

 たきなの呆れを含んだ言葉に口を尖らせる。まるで人が意味不明なことを唐突に言いたがるみたいに。まぁ、それにしたって、お弁当のネーミングがヤバいのは同感だが。

 

「また三人揃って、見事に狙いがバラけたな」

 

「争い合わずに済んで良いことですよ」

 

「そうそう、せっかく三人揃い踏みなんだし仲良く行かないとねー!」

 

 

 私たちが、にこやかに話しているうちに従業員用の扉が静かに開く。

 

 

 

 狩りの始まりを告げる半額神の姿、半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)の到来。

 

 青年は三割引きの総菜に半額シールを手早く貼っていくと、狼たちが熱い視線を送る弁当コーナーにやってきた。山菜の弁当、鮭の弁当にいつもの半額シールを貼ったあと、彼が半額シールをエプロンのポケットにしまってしまった。千束は、まさか自分の狙ってる弁当だけ半額にならないのかと息を呑む。

 

 そんな嫌な予感に反する形で、半額神マスター宮本は、通常のモノとは違うシール台紙を取り出した。羽を広げる燕のマークに重なる達筆な“半額”の文字。狼となって日が浅い千束とたきな、狼でありながらスーパーの実情に疎い黄理にはそれが何かは分からなかった。

 

 しかし、周囲の狼たちはその特別なシールの意味するところを知り、発するプレッシャーをより強大なものに研ぎ澄ませていく。“月桂冠”、半額神がもっとも自信を持つ弁当のみに出現することがあるというイレギュラー。

 

 ごくまれに出現する特別な半額弁当。

 

 月桂冠と呼ばれる弁当を手にした者こそ、その夜の狩場における絶対勝者。狼らの眼差しが一点、豚バラ蓮根の西京焼き弁当へと集中する。空気が沸騰したように熱く、暑く燃え滾った。

 

 燕の刻印された半額シールを感慨深く貼り終えた半額神は厳かに一礼をして、今宵の狼たちの奮闘を寿ぐように威風堂々とバックヤードへ戻っていった。バタン、と扉が閉まり、獣たちは今宵の夕餉を食らうため、全霊を賭して弁当コーナーへと飛び込んでいく。

 

 

 狼たちの飛び掛かる勢いに乗じ、黄理は気配を薄れさせ、誤魔化すように大勢の死角に潜り込んだ。目立つ赤の装束でありながら、多数の狼たちの認識の空白を縫う挙動。まさしく、幽世(かくりよ)に灯る鬼火に相応しい技巧。

 

 

 たきな、千束は姿を消した黄理のことを一旦、思考から除外して弁当コーナーへと疾駆する。連日、狩場に現れる二つ名持ちの学友と思しき二人の女子高生。もはや、狼たちに二人が未熟な犬であるという認識は無い。狩場を駆ける新たなる狼(ニュービー)と認め、二人に襲い掛かる。

 

 鮮魚コーナーから一人、お菓子売り場の島棚から二人、雄叫びをあげて全霊の飛び蹴り、スライディング、拳が迫る。たきなは真っ向から打ち破ることより、弾きながら弁当の奪取に戦略を回した。まず、この攻撃を凌ごうと駆け出すと、それよりも早く千束が前を駆けていく。赤い制服が風に揺られ、そのまま千束は狼たちの攻撃の中心で立ち止まった。

 

 三方向から囲うようにやってくる攻撃の嵐。

 

 狼たちの攻撃を一人で全て受けてしまえば、そこで千束の離脱が確定する。援護に入らなくては、と飛び出しかけた時、千束の方から言葉では測れないような迫力に足を止めさせられた。時間にしてたった二、三秒ほどのためらい。我に返って、千束の傍に向かおうとして、たきなは次の瞬間に圧倒された。

 

 

 赤い彼岸花が己の真価を此処に発揮する。

 

 

 

 眼光が朱に燃える、千束はまずスライディングしてきた狼の足に、自分の足を引っかけて上に持ち上げた。普通なら、多少足が持ち上がる程度だろうが、狼が発揮した尋常ならざる威力と推進力によって、スライディングした狼が飛行機の離陸のように宙へと上がった。スライディングの体勢で空を舞った狼の足の先には飛び蹴りを敢行した狼がおり、二人が互いの蹴りを腹部に受ける。二人が空中で交差したのが千束への攻撃の障害となったため、拳を振るおうとしていた狼は空中の二人を払いのけるように裏拳でぶっ飛ばした。

 

 

 ただ、裏拳後の狼の硬直は、赤眼に戦意を宿す千束にとって致命の隙。裏拳を振り切って、腰を捻った残心をしていた狼の顎に千束は跳び膝蹴りを叩きこんだ。竹とんぼか、プロペラを彷彿とさせる形で狼が天井に飛ばされていく。

 

 周囲の狼たちの視線が千束に集中する。狼たちを多数、蹴散らすあの強さ。間違いなく、二つ名持ちクラスの脅威。千束に周囲の意識が集まり、それを止めようとした時、微かに下がった警戒心。それを利用する形で黄理が死角より急襲。

 

 顎、人中、水月、頭頂部、他の人体における急所の点穴を蹴り穿ち、多数の狼たちがリタイア。崩れ伏す狼たちを見下ろすように黄理と千束が背中合わせに立つ。たきなは自分が震えていることを不意に自覚した。

 

 

 あれほどの連携を打ち合わせも無しに行使できる実力。

 

 千束が集中させた意識の死角を利用する黄理の攻撃。さながら、光と影、主役と黒子、スポットライトを浴びるプリマの背で暗躍する裏方。

 

 震えを抑えつけ、たきなは黄理と千束の隣に立つ。周囲の狼たちの攻撃をかいくぐるなら、二人から離れ息をひそめて弁当コーナーにひっそりと向かえばいいというのに。この馬鹿げた空気に当てられたのかもしれない。真っ向から戦って、弁当を勝ち取りたいなんて考えてしまっている自分がいた。

 

 そして、それは黄理くんも、千束も同じなのだろう。

 

 ただ、今はこの馬鹿げた衝動と空腹の命ずるままに。

 

 たきなは千束、黄理と共に弁当コーナーへ我先にと飛び込んでいった。

 

 

 

 弁当コーナー前の激戦地帯。争奪戦も佳境となり人数が減り始めたことで、黄理は不意打ちや、死角からの攻撃が上手くいかなくなってきている。それどころか、敵が執拗に黄理を狙い始めるという状況にまでなっていた。狼たちのその判断は合理的と言う他ない。もし黄理を逃がし、またほんの僅かに他の狼へ意識を傾ければ、恐るべき死角からの攻撃が認識外からやってくる。そうなる前に、仕留められるときに仕留めておかなくては。

 

 そう思うのは当然。狼たちの取れる限りの最善手。勝利への最適解。だが、今宵の戦場において七夜黄理は、“ウィル・オー・ウィスプ”は一人きりではなかった。ヘイトを買い過ぎ、過剰に黄理へ意識を向ける狼たちの懐に急接近し、たきな、千束は次々と狼たちを沈めていく。

 

 

 蒼眼を燃やす鬼火と、青と赤、二輪の彼岸花。三人は相互に連動して狼たちを矢継ぎ早に蹴散らし、狩場を支配した。残った狼たちも三人の連携を目の当たりにして、迂闊な攻撃ができず身動きのできないまま咲き誇る彼岸花の足元に崩れ落ちた。

 

 此処で集団に狙われたという不幸に対する帳尻合わせが発生する。狼たちが一掃されたことによって、弁当コーナー前に空白地帯が形成されたのだ。周囲の狼たちの数も激減した好機、それを逃すまいと千束たち三名は弁当の奪取へと動く。

 

 

 黄理が初速から最高速を出す特殊な走法で先頭を切る。

 

 

 頭部から上半身を前方へと投げ出す、あるいは飛び込むように倒れ始め、そこからシームレスに疾走へと切り換え。たきなは見慣れた黄理の動きに合わせて、弁当コーナーに向け跳躍。

 

 黄理とたきなの二人は狙い通りの山菜の天ぷら弁当、鮭のバター焼き弁当を奪取した。千束も七夜黄理と同様の走法で弁当を獲りに駆け出そうとして、ガクンとつんのめってしまう。千束の右足首を掴む意識の無い狼、執念の凄まじさには感嘆するが、千束は意識を失った狼の手を引きはがし、弁当コーナーに走り出す。

 

 

 自分の限界速度を越える勢いの疾走。最後に残された弁当を獲ろうと手を伸ばす。弁当まで数十センチほどのところで、天井を蹴って最後の狼が上よりやってきた。

 

 私の伸ばした手が買い物カゴにぶつかって弾かれる。

 

 降ってきた狼はそのまま豚バラ蓮根の西京焼き弁当を獲りに行こうとして──。

 

「やらせないってのっ!?」

 

 弾かれた手を思い切り振り回し、遠心力とすることでそのまま回し蹴りに接続。狼のがら空きだった(あばら)へと一撃が入る。蹴りを受けた狼はカゴを持った手を広げ、ぐるんと空中で大回転。

 

 弁当コーナー前から大きく吹っ飛ばされるのを回避する。一方、蹴りを入れた私も反動でのけぞって、弁当コーナー前から僅かに距離を離された。

 

 狼の着地した時と私が跳躍姿勢を取る瞬間が重なる。

 

 カゴを握った狼は着地と同時に床を踏み切った。それは私も同じだ。スーパーの床を蹴り抜く勢いで踏み込んで、前方へと身体を投げ出すように飛び込む。今宵の争奪戦を制する最後の狼が誰なのか、その結果が(けっ)しようとしていた。

 

 

 

 駆け出す二頭の狼、もはやダウンから起き上がろうとする他の狼の存在や、離れた場所で勝負を観戦する黄理、たきなの視線は意識の外にあった。

 

 勝敗のこだわりは既に千束と対面で駆ける女性の狼の頭から蒸発している。

 

 今、彼女たちを突き動かすのは、純粋な空腹と狩猟本能。

 

 またたき一つ、ひと呼吸の間、次の瞬間には勝負が決する。

 

 

 

 今宵の勝敗における決め手、それは様々な要因を上げることもできる。

 

 千束と対峙する狼の弁当コーナーへの距離。直前までの戦闘における消耗の差。年齢による身体機能の強弱。潜り抜けた修羅場の数。半額弁当争奪戦への慣れ。狼としての経験の多寡。

 

 しかし、本当の意味で勝負を決したのは、ある一要素だった。

 

 直前、千束は流れるまま特に意識せず、女性狼の脇腹へと蹴りを入れた。(あばら)に入った一撃は防御が間に合ってはいた。しかし、千束の放った腹部への蹴りによって、空腹が痛みで減衰。

 

 狼を狼たらしめる、空腹による身体能力の超強化を鈍化させていたのである。

 

 

 空腹から来る弁当への渇望、“腹の虫の加護”と呼ばれるスーパー特有の現象。

 

 千束には万全のそれがあり、カゴ持ちの狼には無かった。単純なことだが、その一点が確かに今宵の争奪戦の成否を決定した。

 

 

 

 今宵、最後に残された半額弁当、千束は豚バラ蓮根の西京焼き弁当を奪取し、先ほどまで敵として戦っていた狼を見つめる。月桂冠に届かず、先日まで犬同然だった女子高生に敗北したカゴ持ちの女性狼は肩を落とす。だが、敗北しても腹は減るもの。他の狼たちが回復するより早く流れるように半額の総菜を手に取り、戦場を後にする。

 

「お見事でした──」

 

 簡潔な一言の賞賛を残して立ち去る狼を見て、私は半額弁当をようやく手にしたことを理解する。嬉しい、これまでの悔しさが帳消しになるほどの歓喜に身を震わせながら、私は握った拳を掲げ、無言のまま勝ち鬨を上げた。

 

 

 

 

 とまぁ、勝利に酔いしれて拳を挙げっぱなしにしていた私は、黄理とたきなからそこだと邪魔(要約)とか言われて回収され、お弁当の会計を済ませた。

 

 初めて勝ち取った半額弁当、早く早く食べたいと気が急いてしまい、リコリコへの足取りは駆け足混じりになってしまった。はやる足取りは軽やかに、赤と紺の少女二人と赤の少年は錦糸町の夜道を楽しそうに、あるいは呆れながら笑って駆けて行く。

 

「よっし、とうちゃ~く!」

 

「食事を購入してくるだけでこれほどの疲労があるなんて……スーパーを日々、利用する主婦の方たちは何か特殊な訓練を受けているんでしょうか」

 

「主婦は別格だろ」

 

 おや?なんか黄理が主婦の話題で苦々し気に口を歪めているけど、まぁ、今は待望のお夕飯だ!私が真っ先にレンジへ向かい、たきな、黄理も購入した半額弁当を温める。

 

「あれ、なんか私のお弁当のシールだけ種類が違うよ~?」

 

「鳥、ツバメですね。でも、このお弁当に使われているのは豚バラ肉のはずで、うーん?」

 

 たきなと真剣に顔を見合わせて、うんうん言っているが黄理はマイペースに湯呑みに茶を淹れていた。反応を見るに、たぶん黄理も知んない感じっぽい。気になるけど、今はお腹がぺこぺこ過ぎる。

 

 剥がしたシールをどうしよかと思って、近場にリコリコのコーヒー割引券を見つけた。そこに半額シールを貼り、鞄の中にしまって、と。

 

 さぁて、待ちに待ったお夕飯タイム!

 

 私たちは手を合わせ、お互いの奮闘とお弁当を作ってくれた人たち、生産者への感謝を込めて、声を揃えた。

 

「「「いただきますっ」」」

 

 

 

 プラ容器のフタを開けると、三つのお弁当から湯気と共にえもしれぬ香りが立ち込める。芳醇な白味噌とみりんの香り、濃厚さと旨味のインパクトが嗅覚に直に伝わるバターの香り、天ぷらという脂っこい弁当でありながら、爽快な自然を思わせる香り、全くベクトルの異なる香りがリコリコのお座敷に充満する。

 

 私たちは顔を見合わせ、自分のお弁当を口へと運んだ。

 

 豚バラ蓮根の西京焼き弁当、魚介の西京焼きというのは聞いたことがあるけど、肉も同様の調理ができるのか、蓮根と豚バラを一緒に箸で摘まみ、一口。旨味が口いっぱいに広がると、その喜びが全身へと駆け抜ける。うまい、めちゃくちゃ美味い!

 

 黄理やたきなのお弁当も前に食べさせてもらったが、このお弁当は特別、いや格別に美味しい。美味しい、という思いが感動へと変化していき、食事による多幸感で頬が思わずふにゃりと緩んでしまう。

 

 豚バラの柔らかさはまるで霜降りレベルだし、サクっサクっとした歯ごたえの蓮根と組み合わせることで満足感が倍増してる。付け合わせのほうれん草のおひたしもメインのおかずに合わせた味付けがしており、箸が進むったら進む。

 

 白米をパクパクしながら西京焼きの豚バラを美味しく食べていると、たきなや黄理のお弁当も気になってしまう。

 

「二人とも、今日は前の恩返しってことでわたしのお弁当を分けてしんぜよ~。だから、二人のお弁当もちょこっとだけ味見させてぇ~?」

 

「恩返しに対価が付くって、どうかと思う」

 

「返すべき恩が割増しになってるような気がするんですが?」

 

 細かいことは置いといて。いざ、実食!

 

 まずは黄理の山菜のてんぷら弁当、容器いっぱいに盛られた天ぷらは脂っこさを全く感じさせず、豊かな緑と爽快な味わいで纏まっていた。それでいて青臭くないうえに、舞茸や椎茸といったきのこ類まで贅沢に天ぷらとなっている。山菜たっぷりの天ぷら弁当という名前を良い意味で裏切る予想外に笑みがこぼれてしまう。半額とはいえ、このクォリティーが500円以下というのは満足感が高い。

 

 さて、たきなの鮭のバター焼き弁当の方は、どシンプル。それにゆえに一切の誤魔化しの効かない料理なのだが、これも見事な下ごしらえと調理がされており、美味しさのあまり身震いしてしまった。どっちもすんごい美味しく、お箸が止めらんない。

 

「うまうま、もぐもぐ」

 

「……食い過ぎだ、この勢いだとこっちが食いっぱぐれるぞ」

 

「こちらのおかずを減らされるだけなのも(しゃく)なので、千束のお弁当のおかずも同じだけ食べてしまいましょう、黄理くんもほら、千束が夢中のうちに」

 

「よしきた」

 

「“ん~~~”!?」

 

 たきなも黄理もぱくぱく、味見じゃないくらい豚バラ持っていってる!

 

「ちょ、そいつは私のおべんとじゃい!」

 

「人のおかずを遠慮なく口に運んだヤツのセリフか、これが?」

 

「自業自得というものです」

 

 夕餉は和やかに、お互いのお弁当のおかずを食べ合うのほほんとした争奪戦が始まり、あっという間にお弁当は完食し終わってしまった。お腹いっぱいとなったことで、ふわふわとした温かな満腹感と眠気が同時にやってくる。

 

「ふわわぁ~、疲労と満腹のダブルパンチで千束さんはおねむだよ~」

 

 お座敷でごろんと転がり、軽くあくびが出てしまった。半額弁当争奪戦という肉体の酷使と絶品のお弁当で満腹になったのだ。この結果は火を見るよりも明らか、いたって当然の流れだと思うね。

 

 黄理とたきなは寝転んだ私を見て頷きあうと手をグーにして、左右両方からほっぺをぐりぐりとこね回してきた。あうあう、とほっぺをパン生地みたいに捏ねられた私は、やむを得ず眠気を棚上げにする。

 

「千束、店の戸締りをして今日はもう帰りますよ」

 

「ん~、あと六時間~」

 

「夜が明けるな、そんなしっかり寝たら」

 

 黄理とたきなに手を引っ張られ、私たちはリコリコを出て家路に着くことにした。

 

「それじゃ、お休み。俺はもう帰るのが面倒なんで、伽藍の堂で寝るから」

 

「ずっる~い!じゃあ、なんで私は起こしたのさ!!」

 

「それだとたきなが帰れないだろ。じゃあ、お疲れ」

 

 それだけ言うと黄理はあっさり女の子二名を夜道にほったらかして、伽藍の堂がある神保町方面に消えていった。

 

 というか……。

 

「ふっつ~に置いてかれたけど、“夜道は危ないから送ってく”くらい言えなかったかな?黄理のヤツめ」

 

「諦めましょう、黄理くんですから……」

 

 以前も似たようなことあったけど、やっぱり黄理はその辺の意識が甘いというか、緩いというか。仕方ないと割り切って、私たちは錦糸町の夜道をてくてくと歩いていく。しばらくすると、少し離れたところで小さな人影を見つける。蜂蜜色の髪、小柄な体躯。やけに見慣れた少女の姿。

 

「お~い、クルミ~。どしたの、こんな夜遅くにふらふらしちゃって」

 

「こんばんは、珍しいですね。クルミが外出なんて」

 

「なに、ボクだって外に出るくらいはするさ」

 

 手に下げたお菓子いっぱいのコンビニ袋を見て、クルミがお菓子目当てで夜の錦糸町をウロチョロしていたことに目を見開く。

 

「クルミ~、あんまし不用心にふらふらするのはいただけないなぁ。おっかない連中がもう狙ってないとはいえ、クルミくらいの子だとお巡りさんに見つかったら、一発で補導されるでしょ?」

 

「ですね、それに児童だけで夜の東京を徘徊するのは危険と言わざるを得ません」

 

「児童って……問題ない、事前に辺りの監視カメラやドローンの映像でこの辺りを出歩いている人間は精査済みだ。不審人物に、警官、一般人もこの辺りにはいないことを確認してから出歩いている」

 

 おっと、余計なお世話になったかな?まぁ、私たちのとこに転がり込む前からクルミは隠れながら生きてきたわけで。私たちの懸念なんて当然、解決したうえで外に出ているのだろう。というか、ひょっとすると近くに私たちがいることも相まって外に出ているのかもしれない。

 

 でも、心配なのは間違いないので、クルミを送ってから私たちは家に帰ることにした。近道のために近所の公園を突っ切るコースを選ぶ。夜の公園は昼間よりも若干、不気味な雰囲気だったが短時間しかいないんだし、モーマンタイ。

 

 雑談交じりに公園を通っていると、途中で強い風が吹く。スカートを下から持ち上げるようないやな感じの風。私とたきなはスカートを抑えるがクルミは平気な顔で、てくてくと歩いて行ってしまう。そのとき、私は偶然視界に納めてしまった。クルミのダボっとしたパーカー、その下にスカートを履いてないことに。

 

 大きめのパーカーを着ているだけでスカートを履いてない。パーカーとパンツだけですか!?なんという強烈奇天烈なファッションスタイル。スカートがないため、パーカーがちょっと短すぎなワンピースみたいになって──。

 

 遠くの方で風鳴のような音が聞こえた。

 

「ん?……いま、なんか変な声聞こえなかったか?」

 

「単に風の音では?」

 

「ちょっとクルミ、やめてよ~。こんな夜中に怪談話とか、雰囲気ありすぎるって~~」

 

 私がクルミの冗談、そのときは冗談と捉えた台詞を笑って返すと、遠くから変な光がやってきた。やたらケミカルでサイケデリックかつ毒々しい色合いの光がぴかぴかと迫ってくる。

 

 なんか似たような話を、怪談というより漫談みたいなノリで聞いたような覚えが。これって、確か。前に黄理がお店で語った心霊現象みたいな冗談、のはず?

 

 “いやな予感というのは往々にして的中するものだ”。

 

 昔、先生がそんな感じの話を言ってたのを思い出した。

 

 

『ロオォォォォオオォオォリィィィィイイィイィィ!!!』

 

 

 

「「「出たぁぁぁぁ!!?」」」

 

 私たちは毒々しく、けばけばしい発光をしながら、“ロリ”とか“ペド”と叫ぶ異様な不審者?人?ホントに人?から逃げ続ける。クルミを脇に掴んで、たきなと私は公園をドタバタと逃げ惑った。

 

 異常すぎて脳が理解を拒む事態の中、急いで黄理へSOSの電話をコール。

 

 

『──なんだよ?こっちはいま寝ようと…』

 

「黄理、すぐ助けてっ!?」

 

『ただ事じゃないな。状況は?』

 

 電話越しの必死の声を聞いて、流石の黄理も目が覚めたのか、真面目なトーンの返事が返ってくる。私は簡潔に、いま私たちの置かれている状況、そして、尋常ならざるロリコンに襲われていることを臨場感と危機感たっぷりに説明した。

 

『……千束、分かったよ……俺もう眠いんだ、そういう与太話は昼間にでもゆっくり聞くから寝かせてくれ』

 

「ちょぉい!?黄理だって前に似たような話してたじゃんか!?いや、ホントなんだよ!信じられないかもしんないけど、ホントにこの世のモノとは思えないロリコンが!!」

 

『ねむい……もう限界。……じゃあ、おやすみ…………』

 

 プツ、と電話はそこで途切れた。

 

「切ったぁぁぁ!?」

 

 まさかの裏切り、というか見捨てられたことに驚愕し絶叫する。あまりにもバカバカしい状況かもしれないけど、まさか電話切るとか!横のたきなもおっそろしくすわった目つきになって、ここにはいない黄理への怒りゲージ溜めてそうだった。

 

「千束、よく考えてみたのですが、私たちは別にロリというわけではありませんよね?」

 

「むぅ?まぁ、この歳で自分をロリと豪語するのは無理筋な感じがするよね。えっと、たきなはロリータ系が好きとか?」

 

「いえ、ですから……向こうの狙いはクルミだけだと思われます」

 

「………………なるほど」

 

「おい千束!?冗談だよな!冗談だと言ってくれ!?」

 

 そこそこの沈黙が私のガチさを物語っていたのか、クルミが血の気の引いた顔で、問い詰めてくる。とはいっても、この馬鹿げた状況を打開するにはどうすればいいんだろう?HENTAIへの恐怖は確かにあるけど、なんか発光体が持っているランドセルやスモッグを見る限り、大人しく背負ったり、穿いたりすればワンチャン大人しく昇天する可能性あるのでは?

 

 そうこう迷っているうちに、私たちは公園の隅へと追い詰められた。私とたきなでクルミを背に守ろうとするけど、マジでどうしよう?たきなは背中のサッチェルバッグから、銃を取り出そうとしてるしで、本当にどうしよう。

 

 

 あわやもうダメかと思ったそのとき──。

 

「破アァァアァァァーーーーー!!!」

 

 唐突な力強い声と共に発光するロリコンの化身が大きく吹っ飛ばされる。吹き飛ばされた不審者と入れ違いに禿頭(とくとう)のマッチョなお兄さんが現れた。

 

「大丈夫かい、お嬢ちゃんたち?」

 

「あ、ありがとうございます。えぇっと、お兄さんは?」

 

「な~に、俺は単なる通りすがりの寺生まれの坊主さ。よそ様や人からはTとか呼ばれている」

 

「まさかと思いますが、お知り合いですか?」

 

「いや、さすがにお寺さんに知り合いはいないって」

 

 背中に庇ったクルミが臆病なリスみたいにひょこっと顔だけ出す。そんなクルミへTさんは微笑んで、ロリコンの発光体と対峙する。

 

「お嬢ちゃんたち、此処はいいからさっさと逃げな」

 

「えっ、ホ、ホントか!?」

 

「クルミ…」

 

 現金なことにクルミは目をキラキラとさせて、Tさんを見つめる。たきなは呆れた風にクルミを見るが、おばけよりもおばけみたいな不審者に狙われていたのだ。クルミの反応をとやかくいうわけにもいくまい。

 

「任せとけ。ああ、それとな。夜道はいつだって危ねぇもんだ。あんまり、夜中に出歩くもんじゃないぜ」

 

 私たちはTさんへ、ぺこりと一礼してから速やかに公園を脱出した。後ろから聞こえる“破ぁー!”という力の籠った言葉。天へと昇っていくロリに魅入られた不審者。安全なとこまで逃げてから、私たちは“寺生まれってスゴイ”と思ったのでした。

 

 

 

「──ということがあったんだよね」

 

 私はミズキへ昨日、本当にあった恐怖体験を叙述的かつ熱のこもった語り口で話し終えた。ハリウッドの巨額を投じたホラー映画顔負けの恐怖体験を詳細に語り、何より最後の最後で犠牲者ポジのわたしたちが助けられるというどんでん返しに、ちょっとした映画よりも面白いストーリー展開になったのではないかと分析してみたわけですよ。

 

 なお、ミズキの反応はというと。

 

「千束、あんた、冗談が死ぬほど下手なところまで黄理に似なくてもいいでしょうに──」

 

「冗談じゃなくてホントにあったことなんですー!」

 

「はい、まさか現実にあんな恐ろしいことが起こるなんて……」

 

「命を狙われるよりも具体的な恐怖がボクを狙ってたんだぞ。ランドセル、スモッグを怖いと思うなんて、はじめての体験だった。そして、最後の体験にしたいものだ」

 

 リコリコのお座敷に横たわったクルミは、しんなりと力尽きていた。クルミだけではない、私やたきなも疲労が色濃く顔に出ていると自覚している。給仕用の着物姿で私はカウンターに伏せており、たきなもレジの近くでボーっと何もないところを見ていた。

 

 先生やミズキは複雑そうな顔で私たちを見ている。しっかりもののたきなやクルミまで話すものだから、反応に困っているのがよくわかった。これ、私だけが話してたら、下手な冗談としか見られなかったな。

 

 さて、どうやって二人に信じてもらおう。

 

 たきなやクルミと生産性に欠ける相談をしていると、リコリコの表口のベルが来客を知らせる。扉を開けて現れたのは、私たちの見慣れた青年。ファーストリリベルを示す赤い制服、クセッ毛と蒼黒の瞳、どことなく気の抜けた顔。

 

 

 私たち三人は顔を見合わせて心の底から楽しそうに笑い合う。

 

 お座敷でぐったりしていたクルミ、レジ横でふにゃりとしているたきな、そして私は、それぞれが同時に、完璧な連携で黄理へと飛び掛かっていった。

 

 

 

 

 

 錦糸町に存在する和風喫茶店リコリコ。和菓子とコーヒーを合わせる他に様々な独創的メニューを提供したり、ボードゲームなどを行う温かな雰囲気の店。そこにはもう一つの顔がある。DAと呼ばれる非公式の秘密組織。その中でも治安維持を主な任務とする彼岸花の名を冠する女系暗殺者。

 

 時として日本の平和と安寧のため命を奪うことを命じられる立場にありながら、“命、大事に”などという正反対な信念を胸に今、一瞬一瞬を笑って生きる少女たち。

 

 赤の制服と紺の制服を纏い、表と裏の日々をドタバタと過ごすリコリコの二人の看板娘、“錦木千束”、“井ノ上たきな”。千束とたきなに関わる少数の裏の事情まで知る者たちは、彼女たちのことを────。

 

 “リコリス”と呼んだ。

 




 あけましておめでとうございます。ギャグ全振りのお笑い回、これにて終了です。次回から本編へ戻ろうかと思います。次回以降、原作乖離が激しくなる恐れがありますが、どうぞお付き合いください。なお、今年は別に連載を抱えてしまったので、投稿速度に不安が残るところですが、リコリス二次と両立させていこうと思います。

 悪事のSSを今年もよろしくお願いします。

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