東京支部、襲撃。これから色々と変わっていきます。
車の外の景色を呆然とロボ太と呼ばれる少年は無心で見つめていた。街の夜景は通り過ぎていき、そのたびに明かりが減っていく。夜が白んでいくからではない、むしろ時間としては深夜に差し掛かる頃合いだ。明かりが減っていくのは、ビル群や摩天楼を離れていくから。今、ロボ太を連れた真島は東京から県外へと離れつつあった。
赤いリコリスの襲撃後、妙にご機嫌な真島はその足でロボ太を攫って車の中に押し込んだ。横に真島、隣に屈強な大男に挟んで完全に逃げられなくするための配置。
上機嫌な真島に連れていかれてる中、カタカタと震えながらロボ太は自分の見通しの甘さに苦悩していた。
このままだとマズい。ほんとうに埋められるか、行方不明が自分の末路だ。頭を抱えて、どうにか状況を打開しようと被り物の下の顔が苦渋に歪む。だが、良い考えは思い浮かばず、車は移動を続ける。
車が山梨県に入ったところで、ようやく真島の要求が出てくる。
「ハッカー、此処から目的地まで俺たちの車を監視カメラに映させるな。俺たちの乗ってる車はもちろん、後ろの仲間たちの乗ってるのもだ。できるな?」
「うえっ!?そ、そりゃ、できるけど。本当に仕事をさせる気だったのか?」
「でなきゃ、連れてこねぇよ」
「本当に仕事をするだけなんだな!?その、後になって殺すとか!?」
「ねぇよ。いいから仕事に取り掛かれ。やらねぇなら、お望み通り殺してやるぜ?」
被りものがズレるくらい首を横に振り、真島から目的地のルートの情報をもらうと、すぐに仕事に取り掛かった。何しろ、自分の命がかかっている。思考と論理、これまで培った技術は過去一に滾り、情報の改ざんを成功させる。
でも、ハッキング対策の手ごたえがおかしい。民間や政府のものにしたって、異様に強固なセキュリティに嫌な予感を覚える。けど、真島に文句いうのも怖いし、黙っておくのが最善なはず。
……いや、待てよ──?
「これって、僕を連れてこなくても良かっただろ~!?別に僕が来なくたって、ハッキングのタイミングや標的さえ教えてくれれば──」
「俺たちは現場主義なんだよ。つうわけで、おまえがハッカーだろうが、なんだろうが、つるんで仕事をするなら問答無用で最前線まで引きずってくから、そのつもりでいろよ」
「どこの世界にハッカーを最前線まで連れていくヤツがいるんだよ!!」
「なんだ、声張ろうと思えば、そこそこ出るんだな。その元気でまだまだ頑張っていけ、ハッカー?」
悔しさと真島のイカレっぷりに頭を抱えるロボ太は、ふと目的地のビーコンが差す場所を衛星写真で見てみる。そこは山だった。まさか、自分を埋めるための山か、と思い掛けたが、それにしては違和感が多い。山の所有権や管理者を国が務めている、いわゆる国有地であること。ハッキングしたときの妙な手ごわさ。明らかに制限されている情報。
「……僕たちは何処に向かってるんだ?」
「あっ?言ってなかったか、おまえが調べられなかったリコリスどものアジトだよ」
「なぁっ!?いったい、どうやって!?僕だって調べられなかったのに!」
「おい、ひょっとしておまえ、俺たちが襲撃して殺してなかった二人。あいつらに何もせず、ただ解放してやったと思ってんのか?」
「え、あっ!?」
そこでロボ太は真島の襲撃の内訳を思い出す。死亡二名、“重軽傷二名”。
「まさか、逃がしたヤツをスパイにして……」
「そりゃ、映画の見過ぎだ。あんな短時間で敵組織の女エージェントを口説き落とせるなら、テロリストなんてとっくに廃業してジェームズボンドを目指してる。まぁ、ヤツらは気づかないうちにスパイをしていたようなもんだがな」
真島はポケットから極小の黒い金属片のようなものを取り出す。
「次世代金属を使った小型発信機。金属探知にも引っかからず、特殊な電磁波で遠隔の追跡も可能。こういう誰も知らねぇハイテクを使えば、発信機なんてアナログもちっとはマシな作戦になるもんだろ?」
目的地が近い。国有地付近まで近づき、山全体を取り囲むようなフェンスが見える。フェンスの横には二人の守衛らしき者たち。真島は窓から上半身を出すと、リボルバーを構え不安定な姿勢のまま発砲した。
銃声が車内まで響き、ロボ太は頭を低く抱え込むように恐怖で震えた。息絶えた守衛を轢き潰し、閉じたフェンスを正面から突破する。瞬く間に響く緊急事態を報せるサイレンの爆音。後ろの車両にいるテロリストや真島はサイレンを鳴らすスピーカーを銃撃し、銃声を鳴らしながら、目的地へと向かう。
「さぁ、派手にやろうか!!!」
しばらくの走行、爆発音や空気の抜ける炸裂音、エンジンが唸る音。頭を低くしていた僕には何がどんな音で、どういうことになったのかわからずじまいだったが、なんらかの攻防の末に車が停まった。
「降りるぞ、付いてこい」
「む、無理だ!?それに僕が行っても足を引っ張るだけだし──」
「荒事でお前に期待なんかしちゃいねぇよ。そら行くぞ」
僕は真島に捕まって、車から引きずり出される。隣の男も出てきたため、車にかじりつくこともできない。車を出ると、何かが燃える焦げ臭い匂いが真っ先に鼻に付いた。いや、視界の隅では横たわる人影があるが、絶対に目にしないように顔を反らす。
震える僕を掴んだまま、真島は配下のテロリストたちに号令をかける。
「各班、俺についてこい。リコリスどもは確実に仕留めていけ。ティナ、てめぇはスポッター兼俺たちの援護狙撃だ。建物の中でも射線は通るな?」
「はい、問題なく」
どこかで聞いた声に僕は急いで振り向く。そして、真島の前で狙撃銃を杖のように立てる少女の姿に声が出せなくなる。彼女は確か、
「じゃあ、こっから俺と影胤が先頭で目標施設に突っ込む。ハッカー、死ぬ気で付いてこい」
「心得たとも、真島くん」
「ちょぉおぉ!?待て、僕とお前とそこの仮面のヤツを先頭に敵のアジトに突っ込むのか!?付いていく以前に死ぬって!!」
「あぁ?チッ、そうだった。被りもんと仮面で顔隠してるヤツがダブっちまった。でも、ティナは狙撃兵で外の役割があるし、下っ端どもに先陣切らせるのもだせぇし。まぁ、やれるだけはやれるだろ」
真島はため息をつくや、僕と仮面に燕尾服の男、大勢の配下の男たちを伴って、眼前の施設に侵入した。入口の金属探知のゲートをくぐり、防火シャッターの前に真島が立つ。
真島が仮面の男にハンドサインをした瞬間、シャッターをハチの巣にする勢いの弾幕が僕らを襲った。バックステップをした真島が僕たちのところまで戻ってくる。雨のごとき弾幕は、信じられないことに半透明な壁によって完璧に防がれていた。
「……なんだ、ゆ、夢?」
「夢が見たけりゃ、死んでから見るんだな」
「ヒヒヒッ!そこのハッカー君は寝ぼけ眼らしい」
「真っ当な常識とつまらねぇ了見持った目はしてるだろ」
真島がリボルバーを構えた。銃撃が止んだタイミングで半透明な壁が掻き消える。己を守る盾の喪失をして真島は獣の俊敏さで飛び出す。穴だらけとなったシャッターを蹴破って内部へ侵入。飛び込んだ後、真島は自分を狙うベージュの制服とグレーの制服をした少女エージェントたちと接敵する。
義眼、解放。
両義眼に内蔵されたCPUが起動し演算を開始する。黒の眼彩が回転を始め、幾何学模様が浮かび上がった。自分を狙う銃口の数、向き、引き金を引くタイミング、全てを刹那の内に掌握した真島はロングコートを揺らし、相手の攻撃のただ中に突っ込む。
リボルバーの装弾数は六発、敵の数はそれ以上。相手の銃火器の数、相手の縄張りという場の有利。真島に有利となる要素は欠片とない。
だが、鋼鉄の魔眼を持つ真島にとって、この状況ですら退屈しのぎとなんら変わらなかった。面として放たれる銃撃を次々と回避した真島は敵の隊列の真ん中に飛び込む。銃を持つ少女エージェントの思考が同士討ちを恐れ、引き金を引くのを躊躇わせる。
相手の思考が近接格闘に切り替わるのを待たず、真島はリボルバーでリコリスを射殺する。弾ける血しぶきが効果的に目くらましとなる形で命中させる真島は、黙々とリコリスたちを片付けていく。時たま、どうにか反抗射撃をしようと自棄になった射撃を受けることもあったが、射線を躱し同士討ちを誘発。相手の行動が数手先で被害を拡大させるよう動かし、自分の行動は数手先まで効果を発揮するよう真島は未来を視てきたように動き続ける。
たった五分、戦場を踏み荒らした真島は返り血を浴びて無傷で立っていた。
真島はリボルバーの
投げたグレネードがリコリスたちの方に返ってくるや起爆。破片と爆炎が殺傷を撒き散らす。真島は悲鳴を浴びながら、無表情で進み続ける。ロングコートを影のように翻して、リコリスたちを蹴散らす真島は鬼神の強さを発揮していた。
部下のツナギ服の者たちも真島の後を追うが、流れ弾を受ける者やリコリスの反撃で致命傷を負う者と、被害は着々と増えていく。
敵、味方問わずに軽々と命が零れ落ちる。
真島はそんな地獄絵図を生み出したことに感慨も見せず、蛭子影胤とロボ太を連れて悠々とリコリス寮、いや彼女たちの東京支部を進撃していく。しばらくして、離れた曲がり角辺りから数人単位の衣擦れの音を聞き分ける。
「ティナ、仕事だ」
ブゥンと風斬り音と一緒に球形ドローンが付近に展開される。今、真島たちがいる施設の遥か外、森の木々の向こうに潜むスナイパーはリコリスたちを捕捉した。
空中に浮かぶ狙撃補助の機械化兵装、シェンフィールド。
滞空するシェンフィールドに弾丸が向かい、命中する直前で弾道が変化した。弾道が曲げられた弾丸は、次のシェンフィールドを経由して更に弾道を歪めていく。二度、三度の弾道変化が起こった後、施設の外から放たれた弾丸は入り組んだ施設にいたリコリスの脳幹を撃ち抜くに至る。
赤い制服を着たリコリスの胸元が真っ赤に染まり、どしゃりと水をぶちまけたような音を立て斃れていた。動揺しているグレー服のリコリスたちの隙を真島が見逃すはずもなく、蹂躙が為された。
リコリスたちを片付けた後、真島は首を傾げる。
「あ?おい、コイツもあのリコリスと同じ赤色だろ。やけにあっけねぇな」
「ふ~む?階級の最上位といってもピンからキリまでいるんじゃないかね。真島くんが今晩、出会ったのはアランの支援を受けた子なんだろう?」
「そんなもんかねぇ。……ん?コイツら、どっかで見た覚えが」
血だまりの中、ベージュの制服に包帯をした二人のリコリスの死体を見て、真島は立ち止まる。そう、彼女らは真島が以前に襲撃し、敢えて生かすことで拠点探索の一手とした二名のリコリスだった。生きてリコリス寮に戻ったことで、結果としてこの事態の引き金となった二人のサードリコリスは、どうしてこうなってしまったのかを知ることなく息絶えていた。
ぴくりともしない二人から、すぐに興味を無くした真島は赤い制服を着るリコリスに関心を示している。
「おい、ハッカー、赤いリコリスってのは、DAの中でも腕利きじゃねぇのかよ?」
真島が気軽に呼びかけるが、ロボ太は喋る気力も言葉を発する思考も残存していなかった。死体が廊下いっぱいに広がり、動かない肉の塊を踏みしめる感触。辺りの景色は赤色でいっぱいになり、赤くない方が少ないくらいだ。
人、瓦礫、血が燃え、硝煙の香りでむせ返る。この場において命の価値は空気よりも軽い。ロボ太はようやく気付いた。
────僕は今、地獄といえる景色の中にいる、と。
真島と影胤は身じろぎしないロボ太の姿に揃って首を傾げた。二人の魔人の進軍が止まったところで、さらなるリコリスらの増援が慌ただしくやってくる。配下の男たちが応戦するが、リコリスたちの必死の逆撃と連携に真島たちが押し返される。
ツナギ服の男たちが続々とリコリスらに駆逐されていく。真島と影胤が支援や防御に回るも、それを越えて被害を出してしまう巧妙な追撃。
戦場の空気が換わった。
先ほどの緊急事態ゆえの場当たり的な対応から、明確な意図による指揮の変化を魔人は素早く気取ることに成功した。テンプレの対応でとりあえず応戦していた数分前とは別種の群体。指揮官の明確な戦略と思考の元に行動する卓越した連携に真島ですら舌を巻く。
対応が早え、ハッカーの工作で不意打ちを成功させたってのに、もう混乱から切り換えてきやがった──。
フェンスを破り、施設の襲撃までかけた時間は二分に満たない。本来なら、この場所は決してバレることのない安全なところだったのだろう。絶対の安全という前提条件を崩したはずだった。だというのに相手側は混乱を素早く収拾し、反撃の策を構築したうえで指示を出し終えている。なるほど、
影胤の斥力フィールドは対戦車クラスの兵装でも完全に防御できる。ただ、永遠に張り続けられる防壁ではないし、守っているだけでは勝利は手に入らない。撤退か、さらなる追撃か。真島が考えを纏めようとしたところで、ゆっくりと廊下の防火壁が降りてくる。
分断狙い、おそらく各個撃破でもしたいのだろうが。
「この程度なら壁にもならねぇ」
いつも通り、任務を終えてリコリス寮に戻ってきた者、任務まで待機していた者、非番のため訓練に勤しんでいた者。いつも通りの日常は突然、灰塵と化した。笑い合っていたいつもの空間、食堂、訓練施設。それらが銃撃と襲撃者の進軍に踏み荒らされる。
日常の終わりを告げる警報と個人端末からの指示が事態の恐ろしさを知らせる。
リコリスたちは混乱の中、多数の襲撃者らと交戦に入った。
だが、前線に出た者たちの多くが斃れ、負傷者も増え続ける一方。しかし、そこでようやく司令部より通信が入る。
『総員、傾注。これより敵を指定ポイントまで誘導し、火力を集中して相手を撃滅する。交戦は許可するが誘導こそが目的だ。深追いはするな。戦線を退きながら指定ポイントまで敵を誘導せよ。分断し、各個撃破を行う』
冷静沈着な楠木司令の指示が下る。その指示から、リコリスたちの動きに統率の合理性と群体としての纏まりが生まれた。ファーストリコリス、春川フキはサードとセカンドの混成部隊を率いながら敵勢力を誘導し、指定ポイントまで連れてきた。インカムに通信を入れる。
「司令部、敵集団を指定ポイントに誘導完了」
『ご苦労、今から防火壁を下ろし、相手を分断していく。フキ、全火力を寸断した敵戦力へ叩き込め』
「了解──」
防火壁が降りていく。これで敵戦力を鑢で削るように減らしていき、対処する。ここまでの被害、損耗、自分たちの帰る場所を踏み荒らされた怒りを倍にしてやる番だ。フキは沸騰しそうなほど赤熱する怒りを自覚したまま、無言で銃を構えて号令の口火を切る。
「全火力を集中させる。発砲タイミングを合わせろ」
「上が此処まで援護してくれるなんて、現場じゃ滅多にないっすね。これでヘマしたら、どこに飛ばされるやら」
サクラの軽い口調にフキは口を尖らせるが、敢えて口出しをしない。こういった軽口さえ叩けなくなる状況になれば、部隊の連携に影響しかねない。フキが沈黙していると、セカンドの二人、ヒバナとエリカまで軽口を言い出す。
「此処にきてドジなんてしないでよ?」
「し、しないよっ!そんなドジなんて!!」
エリカの緊張状態が不安だったが、この調子なら問題ないだろうとフキは判断する。防火壁が降りきる。もうすぐだ、あとはタイミングを見て、敵を各個に撃破すれば……。
「警戒を怠るな!発砲のタイミングがズレたら、司令部の援護も効果がねぇんだぞ!」
フキたちが周囲のリコリスに発破をかけ武装の確認をしていた、その時。分厚い鋼鉄の壁を
負けじとフキがフルオートでサブマシンガンを放つが、眼前の男は射線をひらりと避け、リボルバーで撃ち返してきた。弾丸は身を翻したフキの武装に命中し、銃だった残骸が床に転がる。しかし、武装が無くなった事実よりもフキは鋭い戦慄を抱いた。
“弾丸を避ける?”
フキの目に映る男の影に、もっともなじみ深い腐れ縁の少女の影が重なる。
銃弾をものともしない領域の存在。リコリスにおいて最強を謳うアイツと、“錦木千束”と同様のことをやらかすヤツが敵として立ちふさがる。エリカやヒバナたちが物陰から銃弾を撃つも、弾丸はことごとく命中しない。
「おいおい、手ごたえがねぇな。赤いリコリスは強えって話じゃねぇのか?あの赤い目したリコリスはもっと面白かったぜ?」
ゾッと、フキの背筋に冷ややかな汗が流れた。あの男、まさか千束と既に交戦している?千束までアイツにやられた、とでも。どうする、現有戦力でアイツを止めることができるか?敵の後ろに控えている連中も間違いなく手練れ。
無策で挑めば全滅は免れない。だが、相手の実力は千束と同格か、厳しく見積もってそれ以上。どうすれば勝てる。いいや、勝たなくてはいけない。それこそ、何と引き換えにしても。
フキが現状に歯噛みしていると、戦局を観察していた司令部より新たな命令が下りた。不利な現状、リコリスたちの激しい損耗、何より東京支部の秘匿が破られたことによって、楠木司令は遂に決断する。
『──全リコリスに通達。現時刻を以て、東京支部の持つ全施設・全機能を隠蔽処理後、放棄する。もはや、この“場所”に拘泥する価値はない』
それは、この東京支部の全てを捨て去り、跡形も無くすという最後通牒でもあった。楠木司令の言葉に思わず、フキが口を挟む。
「此処はっ!……私たちが守るべき場所じゃないんですか」
『はき違えるな』
厳正な司令官は、粛々と優先順位を開示する。そんな、フキと楠木司令の会話を残っている全リコリスたちは黙って聞くことを選んだ。
『真に守るべきはお前たち、残されたリコリスだ。施設なぞ、時間と資金さえあれば、どうとでもなる。だが、お前たちの経験や技能は何物にも代え難いことを自覚しろ。これ以上の損耗は許さん。総員、撤退──』
東京支部に詰めていたリコリスの内、三割の大多数が死傷。これは多くの軍隊において、全滅の定義に当たる状態だ。サード、セカンドたちや、元より数の少ないファーストリコリスも数名が死亡との報告がされた。
撤退の命令を聞いた多くのリコリスたちが声を殺して涙を流す。
東京支部は、多くのリコリスたちにとって憧れの場所だった。暮らしてきた生活の痕跡、日常の思い出。鍛錬を積んできた訓練場、多くの者たちと卓を囲んだ食堂、憩いの場所だった噴水。どれも簡単に捨てると決断できるものではない。
だが、リコリスたちにとっては最優先事項である命令は既に下された。多くの者たちが涙ながらに施設を離脱する。隠蔽工作として、この施設はあと数分もしないうちに爆破される。もう、此処に帰ってこれないことを理解したフキも瞳に雫を溜め、怪我をしたリコリスたちを連れて戦域を後にした。
仲間の喪失や自分たちの敗北を噛みしめて──。
迷い無く退いていくリコリスたちの動きに危険を察知した真島も撤収を命じる。一部の部下が追撃を提案してくるが、引き際を見誤れば損耗がデカいと本能で理解するがために彼は迷いなく引き上げた。
放心状態となったロボ太を掴んで、真島たちが施設を出る。ちょうど、内側からの爆破によって、施設が折りたたまれるように倒壊していくさまを眺めることが出来た。
『こちら
「ほっとけ、ほっとけ。不意打ちとはいえ、まともに力押しするしか出来なかったこっちの方が損害はでけぇんだ。調子に乗るのは、勝ちが決まったときでいいだろ」
「ほう、では真島くんはこの状況が勝利ではないと?」
「……せいぜい痛み分け、ってとこだな」
真島は、そう呟くもロボ太を実際に連れまわし、“そこそこ使えるヤツ”だと認識を新たにする。“今晩は、この少ない戦果で今は満足しとくか”、と小さく呟いた真島は、無法者たちを率いて朝焼けの中に姿を晦ましていく。
大きな被害を出しながらも相手の内情や組織構成を調べられなかった真島たちと、東京支部という拠点を喪失し、三割ものリコリスたちを失ったDA。
両者の戦いは、どちらも得るもののないまま引き分け。互いに多くの被害を出し、夜間に行われたリコリス寮襲撃という事件は両陣営の不完全燃焼に終わるのであった。
千束たちが武装集団に襲われた翌日、喫茶リコリコが開店してから一度も使われなかった緊急連絡が届く。
“リコリス東京支部。外部勢力の襲撃を受け、壊滅”。
この緊急連絡を聞き、ミズキは本部の被害を調べに現地へ。千束、たきなはリコリコでの待機となり、ミカは本部からの追加報告を厳しい表情で待っている。黄理もリコリスの情報を共有するため、リコリコに詰めていた。
重い空気が立ち込める中、カランと扉のベルが鳴り二人の人影が店へ入ってくる。赤と紺の制服を着る二人のリコリス、包帯を巻いた春川フキと乙女サクラがリコリコへ伝令として訪れたのだ。
「フキ!?」
「……千束か。なんだよ、私らが本部を守れなかったことに文句の一つでも──」
「無事で良かったぁ~」
本気で身を案じる千束の言葉に、悪態をついたフキの方がバツの悪い顔をする。今の彼女からすれば、思い切りなじられた方がいっそ気が楽だったろうに、千束の善意はそれを許さなかった。
千束の声を聞きつけ、裏の方からミカが出てくる。厳しい表情をしていたミカは、痛々しい教え子の包帯姿に悲し気な顔をするもフキの無事な様子を見て、安堵のままに胸を撫で下ろしていた。
「先生……すみません、東京支部をみすみす陥落させ、他のリコリスたちにも大きな被害を出してしまいました」
「いいんだ、今は無事でいてくれたことが最大の朗報だ。よく無事に脱出してくれた、フキ」
安堵するミカの微笑みを目にして、フキが一瞬で茹で上がってしまった。呆然とするフキの様子に大体のことを察したサクラは、軽く咳き込みをして話の流れを元に戻すことに。
サクラのよくできた対応のおかげで我に返ったフキはリコリコを訪れた理由を思い出す。
「今回の私たちは東京支部の伝令役として此処に派遣された。もう連絡が届いていると思うが昨晩、武装したテロリストたちの強襲を受け、東京支部にいたリコリスの三割弱が死亡、MIA扱いとなり、被害の拡大を防ぐため、楠木司令は残ったリコリスらを退避させ、施設を放棄した」
フキの話にたきなが首を傾げた。
「放棄?ですが、東京支部にはこれまで行われた作戦計画のデータやラジアータ等の重要性が高いものも多くあるはずでは?」
「……ああ、そういうものを敵に渡さないため、施設はリコリスたちの撤退後に爆破された」
施設を爆破した、という内容に黄理は感心した口ぶりで頷く。
「思い切った真似をするんだな、リコリスの司令も」
「……センパイ、コイツにリコリスのことを聞かせていいんですか?そりゃ、此処にいるんだから、カタギではないんでしょうけど、明らかにリコリスじゃないっスよね」
「一応、そいつはリリベルって私たちと同じDAのエージェントだから問題ねぇ」
「リリベル?」
「後で詳しく話してやる。とにかく、東京支部から撤退したリコリスたちの多くは、DAの息がかかった宿泊施設に仮で泊まっている状態です。今のところ上層部からの通達待ちですが、東京支部は多くの機能と権限が凍結され、一般の治安維持任務の遂行も困難になっています」
「ラジアータの喪失が響いているな……」
リコリスたちの任務を秘匿、情報的な支援を行うシステム、“ラジアータ”。それを失ってしまったということは、リコリスの様々な活動に大きな制限が掛かってしまうことでもあった。ミカは事の重大さに顔をしかめて考え込んでいる。
「昨日の晩、もしかして千束を襲った集団が、東京支部を続けざまに襲撃したのでしょうか?」
「だね、どうやって支部の場所を見つけ出したのかは分かんないけど、昨日の奴らが襲撃犯って考えていいでしょ~」
「お前らもやっぱり襲撃を受けてやがったか……」
千束たちも被害の大きさに頭を痛めている中で、フキはリコリコに来た目的の一つを果たそうと黄理へ声をかけた。
「“七夜黄理”、司令部から今回のリコリスの被害を鑑みて、リリベル側に要請したいことがある。リコリス側の施設機能が復旧するまでの間、リリベルのラジアータによる支援を頼めないか?もちろん、こちらの任務が優先的でなくてもいい。このままだと東京支部が解体され、残されたリコリスたちも何処に飛ばされるか……」
「いや、俺の一存でどうこうできる問題じゃないぞ」
「分かってる。だが、お前だけがリリベルを統括する虎杖司令との唯一のパイプなんだ」
強い意思の眼差しでフキは黄理を見つめた。なんとも言えない雰囲気で、普段は騒がしいリコリコが静寂に沈む。そして、千束とたきなの何か言いたげな視線に耐え切れず、黄理は首に手を当てる。
「虎杖さんに聞くだけ聞いてみるか。でも、聞いてもらえるか分からないのだけは念頭に置いてくれ」
「助かる……」
リリベルへの協力要請ができたことで、フキは肩の力を抜いて椅子に腰かける。力が抜けたフキに水を差してしまうタイミングでサクラが苦笑いをして──。
「センパイ、センパイ?あともう一つ、大事な用事がありましたよね?」
「ウグッ…………」
急に言い淀むフキに代わって、ため息をついたサクラが大事な用事という話を繋げた。
「センパイからだと切り出しづらいっぽいので、此処はアタシから──。えっと、このリコリコって店と東京支部、あとリコリスとリリベルの伝令役のため、楠木司令からの指示でアタシとセンパイは本日より
サクラが元気よく“お世話になりますっ!”と言う隣で、相棒の春川フキは気まずそうに“よろしく、お願いします”と小声で挨拶を行った。リコリコの一同は急な配属の話を聞いて目を見開く。当事者である千束とたきなは声を大にし、驚きを
「「えぇぇ~~!!!??」」
片や部外者の黄理は“曲者揃いなリコリコにまた曲者が増える”と、自分のことを棚上げにした思考で笑みを浮かべ、ぶっきらぼうに呟いた。
「また一段と騒がしくなりそうだな」
目まぐるしく変わる日常の中、喫茶リコリコに新たな従業員が追加されることとなり、計らずして黄理の言葉はひどく現実味を帯びたものとなる。騒がしい日常と物騒な非日常がやってくる、そんな予感を感じさせる光景にミカはため息をつくと新たにリコリコに加わった二人を歓迎するためのコーヒーを淹れ始めるのだった。
フキ&サクラがリコリコに合流。リコリス東京支部が壊滅したので、ここから色々と変わっていく感じで。フキやサクラも好きなため、千束たちとの交流を増やし気味にしていこうと思います。あと、リリベル側の細かな設定、描写もここから増加予定。今後もぼちぼち書いていくので良ければ、感想やここ好き評価などをお願いします。