リコリコが大分、賑やかになりました。
たきなは目を見開きながら、眼前の争いに困惑を隠せないでいる。
それはつくづく、奇妙な口論だった。
「だっっっから、いい加減な目分量で商品の内容を変えんじゃねぇ!!」
「目分量なんかで決めてないですぅーー!ノリと見栄えと、わたしからお客さんへのサービス精神で出してるの!」
「いい加減以外の何物でもねぇじゃねぇか!」
「はーー↑この頑固頭はどうやったら、柔軟性ってのをインストールできるかね?いっそ、頭から柔軟剤でも被ったら、どぅぅぅですかぁ~?」
「そう言うそっちは、おつむが柔らかすぎるみてぇだな?やっぱ、中身がすっからかんだと、思考も柔らかくなるようで何よりだよ」
“んだとー!”“やるかっ!”
赤い着物の給仕服を着た少女が向かい合い、互いに威勢よく啖呵を切り合っている。いや、啖呵どころではなく、罵倒や悪態に踏み込んでいる気がするがそこまで険悪な雰囲気ではないのが、また不思議なところで。
──それはともかく。
リコリコでも特に人気の高いメニュー、“千束スペシャル”。
この大出血覚悟のサービスメニューに、ついに売り上げコストの観点からメスが入る。いや、前々からたきなは苦言を口にしていたが、千束が譲らずあの手この手でメニューを続けようとしていたため、結果としてメニュー改革は此処まで滞っていたわけだ。
しかし、それも前までの話。
私や千束のかつての相棒、春川フキのリコリコ加入で色々と店の売り上げが抜本的に見直されることとなったのだ。正直、私はあそこまで白熱した口論はできない。途中で呆れて、熱が冷めてしまうためこれまではうやむやになってきた。
でも、フキさんがああも言ってくれるなら、一安心だ。
安心して押しつけ、ではなく任せることができる。
千束とフキさんが至近距離で睨みを利かせていると。
「まぁまぁフキ先輩。一旦、落ち着いてください。それよりセンパイもどうっすか?千束さんが作ったこれ、めっちゃ美味いッスよ!」
フキさんと同じくこの間、新たにリコリコへ加わった二人目、乙女サクラは満面の笑みで大き目の器に盛られたパフェ、“千束スペシャル”を味わっている真っ最中。グーサインに笑顔付き、なんとも幸せそうな様子である。
あ、フキさんの動きが止まった。
これ完全に怒りが許容量越えたようです。
「お・ま・え・は!なに・食ってんだ!!」
フキさんは額に青筋を立て、パフェを食べてるサクラさんの薄翠色の着物の胸元を掴むと、がくがくと頸椎がちょっと心配になるくらいには揺さぶっていた。パクパクと甘いモノを頬張っていたツケが回ったようで、顔色が少し青めになってからサクラさんは解放された。
奥にいたクルミがひょこっと顔を出し、すごい剣幕をしてたフキさんを見て、そのまま奥の座敷へ引っ込んでしまう。相変わらず、危機察知だけは勘が良い。
「たきなー、たきなからも言ってやってよ!フキのヤツ、客しょーばいのことなんも分かってないんだから~」
「はぁ、顧客サービスについてはとやかく言いませんが、リコリコの純利益から見たら、フキさんの提言は全てもっともなことなので特に反論はないです。というか、私からも“千束スペシャル”は数量を更に限定するか、完全予約制で注文を取るべきかと」
「アァーー!たきなまでフキの味方する~~」
「資本主義に味方したんです」
「じゃあ勝てない!資本主義つっよ!」
千束は顔を青めにしたサクラさんと肩を組んで、サービスメニューの必要性とか、味とか、お客さんの要望に応えることの大切さで持論を展開する。わたしはフキさんと並んで……お互いにこんなしょうもない内容でまた肩を並べることになるとは、とため息を同時に漏らした。
思いがけず、敵味方が入れ替わっているこの現状。せめて、店長が自治会の集まりから戻ってくれば、鎮静化するのだが。
「新人コンビも随分、馴染んだものね~」
一応、リコリコ、この支部のオペレーターという保護者枠のミズキさんは酒瓶を傾けながら、感慨深そうに盃を空にしていた。昼間、しかも営業中の堂々たる飲酒。フキさんはすごい嫌そうな顔をしてから深々と肩を落とす。
「や~、そらミズキさんの馴染みっぷりにゃ負けるッス。仕事中なのに酒飲んでても違和感が全くねーんスから」
「だよねー、あのフキが観念して、お小言を言わなくなるくらいだし」
「──観念したわけじゃねぇ。くだらねぇことに無駄な労力を回すのが馬鹿らしくなっただけだ」
「諦めがついたんですね」
「たきな、おめーは馴染んだっていうより千束に感化されてきてっから。そこんとこ、危機感を覚えなさいよー」
そんなこんなをしていると、見慣れた青年が店の扉をくぐってくる。
今、リコリコは準備中のプレートを出している時間帯。この状況で店内を訪れるのは、店の関係者、特殊な仕事の依頼人、一部の業務で提携している“伽藍の堂”の橙子さんと、此処にいる“黄理くん”などに限られる。
黄理くんはいつも通りのぼんやりとした表情で現れ、千束とフキさんのにらみ合いに、“またやってる”という目つきをするや、自然な流れで目を反らした。
彼がカウンターに腰かけると。
「そうだ、ちょっと知恵を借りたいんだけど、XO醤ってあれなんなんだ?」
こちらの思考を断絶する勢いと脈絡のなさで話を始めるのだった。
ミズキさんは酒が入っているため、あんまり期待できそうにない。
千束とフキさんは黄理くんの突発的なクエスチョンで、ぽかんとした顔になり、サクラさんは未だに顔色が青めだ。でも、辛うじて聞くことはできたようでサクラさんは端的な答えを用意した。
「うぷ、……ふつうに調味料じゃないッスか?」
「それはそうだけど、そうじゃなくてさ」
「どういう経緯でそういう話題に興味が出たのかは置いておいて、質問の趣旨を詳しく話してください。具体的には、XO醤の何に疑問があるんですか?」
「いや、名前のとこ。あれ、中華の調味料だろ?それがなんだって、急にアルファベットのXとOが出てきたんだ?」
本当にどういう意図から出た質問なのか。黄理くんが不思議そうな顔をしているところに、千束がサラっと適当な意見を出してきた。
「あ~、作った人リスペクトで付いたとか?ほら、XOって名前の人が」
「格ゲーのキャラ名かよ」
フキさんは千束の意見を鼻で笑って、再びにらみ合いを始めてしまった。よく飽きないものだと感心してしまう。
私の意見として、思いつくとすれば……。
「アルファ米と同じ命名法ではないですか?アルファ米は保存と簡易調理のため、アルファ化デンプンの効果を利用している、という話を聞いたことがあります。XO醤も、XO?みたいな名前の栄養素が関わって、そういう名前がついた可能性が──」
「アルファ米は保存食だろ?調味料と似た命名ルールが適応されるか?」
言われてみると、黄理くんの意見にも頷ける点がある。しかし、そうだとすると、なぜXO醤はXOというアルファベットを冠することになったのか。
四人のリコリスとリリベルが一人、腕を組んで悩み込む。
すると。
「たしか、XO醤のXOってブランデーの等級で最高級を意味するXOから来てるはずじゃない?」
カウンターのすみっこを陣取っていたミズキさんが、この質問の核心をあっさりと突いたのだ。
なんでも、XO醤のXOは、“
なお、ブランデーの最高級を意味する文字を使ってはいるがXO醤にブランデーは入っていない。というがっかり情報まで説明されてから、千束たちと黄理は微妙に疑わしい目つきで解説をしてくれたミズキをジトリと見つめた。
「ミズキさんの話、マジすか?」
「いや待て、酔っ払いのたわごとの可能性もあるだろ」
「でもさ、あのミズキの、酒に関わる本当に使いどこのない雑学だよ、フキ?」
千束たち、三人が顔を見合わせて驚愕しているところ、黄理くんはコーヒーを頼んで遠い目をした。
「まさか、酔っぱらうことで信憑性が上がる話があろうとは」
「シラフで話してくれれば、素直に尊敬できたのですが…」
この扱いのひどさにはミズキさんも不服そうだったが、ちょうど酒瓶が空になったため店の裏手へ酒を取りに行く。紆余曲折はあれど話が落ち着いて場の空気も、うやむやになったようだ。千束と口論をしていたフキさんもお座敷のちゃぶ台を掃除したり、サクラさんはもくもくと巨大パフェを食べ進めていっている。
「ちなみに黄理くん。どういう経緯でXO醤の名前の由来を気にしてたんですか?」
「……リリベルの依頼で潰した人身売買シンジケートの裏帳簿が入った情報端末がXO醤の中から出てきてね。それで、ふと名前の由来が気になった」
あまりにも突拍子もない状況下での思いつき。あと、ごく自然に人身売買のシンジケートを潰している辺り、千束と同じ底知れなさを匂わせている。
黄理くんは普段、リリベルからどんな依頼をこなしているのだろう?
たきなが無言で直立状態のまま、黙ってしまったのを横目に黄理は、まったく別種の思い付きで話を続ける。
「そういえば話のついでなんだけど、リコリスの方の東京支部を襲撃した“真島”って奴。
驚きの速さで安穏とした空気から剣呑な会話へシームレスに移行する。突然すぎる急転直下、サクラはパフェを喉に詰まらせ、フキはお座敷の段差で躓いてしまう。どう考えても”ついで”で突っ込んでいい話ではないのは明らかだった。
千束とたきなの二人は慣れてきてるので特別、大きな反応こそしなかったが、顰めっ面は隠しきれてないため、何か物申したいのやもしれない。リコリスたちの反応を素知らぬ顔で受け流し、黄理は以前、フキから頼まれていた話の結果をここぞと持ってきた。
「虎杖さんからの伝言、東京支部襲撃時の監視カメラのデータと当時の作戦記録をリリベルにも共有してくれ。データの送付が確認され次第、こちらのラジアータの使用権を一部、リコリスの方にも回すって」
「ホントかっ!?」
「嘘言っても仕方ないだろ。リリベルの方だと真島と直接、遭遇したのは俺しかいないんだ。しかも映像とか、写真も無いもんだから、モンタージュやら似顔絵やらをさせられる始末だし……」
「やはり、リリベル側でも真島の脅威度は相当、高いものと認識しているようですね」
「ああ、そのためにリコリスとの協力も積極的に行うって上層部に伝えてるらしい。虎杖さんからの連絡待ちだけど、今後の対応を協議するために楠木司令を呼ぶことになるかもしれないな」
「えっ、楠木司令がッスか?」
「組織運営は俺たちがどうこう騒いでも何ともならんしな。上のことは上の立場の人たちが話し合いで纏める方が早いだろ?」
「まっ、言われてみればそんな感じ?少なくとも、フキとか黄理を伝書鳩にするよか、虎杖さんと楠木さんが直接、話し合った方が早そうだし~」
「誰が伝書鳩だ、このアホウドリ!」
「はい!アホっていう方がもっとアホー!」
「知性が感じられない会話ですね……」
「きっと、どっかに飛んでいったんだろ」
黄理が雑なまとめで話を纏めようとしたとき、千束は黄理の隣に座って微笑みかける。嫌な予感がした黄理は何とも言えない表情で頭を掻いた。
「さっきの話なんだけど、真島の似顔絵とか書いたんだって、黄理~?」
「……言ったか?」
「言ってましたね、ラジアータの使用権についての条件の説明時に」
たきなの正確な補足に完全に退路をふさがれる。
最後の抵抗と黄理はあさっての方に視線を逃がすが、千束と同じくらいにっこりしたたきなが回り込む。フキとサクラは、あの鉄面皮のたきながこんな華も恥じらうような笑顔を浮かべていることに驚いていた。
千束、たきなが七夜黄理、直筆の似顔絵について興味を持ち、追及が開始された。黄理の陥落は早く、七夜画伯が書いたマリモの書き損じみたいな似顔絵はあっけなく四人のリコリスたちが目にすることとなる。
結果はお察しだ。
千束たちが腹を抱えて笑い、フキは黄理に真面目にやれと叱る始末。
この話の流れで、黄理が千束たちに真島の上手い似顔絵を書けるのか、と反撃に打って出る。爆笑状態で浮かれていた千束と、絵に謎の自信を持っていたたきなは黄理の反撃の注文を快諾。
出てきた絵は、やっぱり子供の落書きの延長みたいなクォリティーだったのは言うまでもない。
フキは頭を抱え、黄理は自分の絵の方がマシじゃないかと言い出し、千束とたきなが感情的に反論する。この尋常ではない大論戦を最後まで見届けたサクラは疲れ果てた面々を見て、リコリスとリリベルに欠けがちな要素を再認識するのだった。
「──リコリスもリリベルも、絵を必修にするべきじゃないッスかねぇ」
ロボ太は不本意なことに嗅ぎなれてしまった薄いホルマリンの香気と線香、チーズに硝煙の匂いが漂う地下の一室でため息を吐く。どうして、こうなったのか、と。
先日、リコリスたちの拠点襲撃に参加させられた後、ロボ太は半ば強制的に拠点を真島たちと同じ場所にすることを強いられた。現在は真島たちの根城である、とある大学病院の法医学教室、地下遺体安置所の一区画で過ごし始めていた。
真島の部下たちは怖いし、死体安置所という拠点自体がイカれている。こんなとこで寝食をして、正常な思考をしていられるわけがない。ロボ太はそう思いながら、慣れ始めてきていることを自覚せず、ダークウェブでリコリス、というより女子学生が関係する事件を幾つか、探ろうとしていた。
結果は全て、空振り。相手の拠点が陥落しようと、電子情報のガードはやっぱり堅牢のまんま。ロボ太は隣でリボルバーの整備をしている真島へ気になっていたことを尋ねることにした。
「なぁ、やっぱり、この間の赤いリコリスってアンタと同じで銃弾を避けてたのか?」
「──だろうな、あの至近距離じゃ、まず外さない。それに避けた後の反撃が冷静過ぎる。当たらないって確信がないと、あの動きはできねぇ」
「おんなじことをやっといて、よく言うよ……」
「俺の場合はハイテク頼りの猿まねだからな。さすがに素であんなことやる自信はねぇわ。でも、さっすがオリジナルってだけはあったな」
チャリッ、と胸元のフクロウのチャームを弄んで、真島は凶暴な笑みをロボ太に向ける。ロボ太が被り物の頭を抱え、怯える様を無視して思い浮かべるのは、銃弾を避け、RPGの弾頭を弾丸で不発に至らしめる技巧の暗殺者たち。
「“Case.2808”、“Case.2778”、俺の“眼”を造るきっかけになった連中…」
「それが、こないだの二人の男女だっていうのか」
「面白くなってきたろ?」
ぜんぜん面白くない、とロボ太は言いたかったが、グッと言葉を呑み込んでパソコンに向き直る。すると、部屋の奥の方から、色濃い隈をした女性がやってきた。
室戸菫、学会を追放された天才医師とは聞いているが、正直、対面した感想を言うなら、ただの変人か奇人のどっちかだ。菫医師は見ている方が不安を覚えるような表情で笑うと、この場の新顔であるロボ太に絡んできた。
「やぁ、ロボ太くん。君は剥製とミイラ、どちらが好きかね」
「……え、っと。それって、一体、何の質問で」
「答えねぇ方が身のためだぞ、ハッカー?若い身空で息もしねぇ保存資料になりたくねぇだろ?先生のたわごとは基本、無視しとけ」
「あっぶなっ!?なにっ今、僕って軽いノリで殺されかけてたの!?」
「先生は重度の
真島が首をしゃくりあげた先には、縫合跡まみれの死体が安置用の寝台で転がされていた。どう見てもイカれてる。号泣しながら足に縋りつくロボ太を引きはがし、真島は赤いリコリスともう一人の青年が映された動画に目を通す。
己と同じ、アラン機関に支援を受けた異才、あるいは天才。
ガキの身でありながら、裏社会の闇に浸かる殺し屋。
だというのに、殺しをやらない奇妙な信条と流儀。
動画が映された液晶を指で小突いて、真島はポツリと呟きを零す。
別の場所、リコリコにいた千束も、自分たちが書いた真島の似顔絵をペラペラとめくり、あの夜に遭遇した真島の正体と目的を想像し、薄っすらと笑い似顔絵を置く。
思いがけず、真島と千束は同じセリフを口に出した。
『君は──』『お前は──』
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