Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 長らくお待たせしました。今回は黄理視点あり。
 リリベル側の説明だと黄理の目線が話を進行させやすいもので。



Time will tell【3】

 

 

 “珍しい”、現在、TVで報道されている大規模な事件を見て、ミズキは裏の事情まで鑑みたうえでそう感じた。

 

 “やっぱ、リコリスの機能不全が響いてるわね~”。

 

 ニュースキャスターは起こってしまった悲惨な事件の顛末を無味乾燥な声で放送している。詳細は暴力団員が警察署で銃を乱射したというもの。動機不明、銃の入手経路不明。分かっているのは既に捕まった犯人の素性くらい。犯人のいた組や犯罪歴を長々と説明しているが、犠牲者の正確な人数が全く開示されていないことについて、今の日本人の何人が疑問に思うだろう。

 

「うっわ、モンモン(刺青)すげぇな、今どきこんなステレオタイプなヤーさんいるもんかね」

 

「チッ、こんな事件、私ら(リコリス)が動けてれば未然に止められたってのに」

 

「まぁまぁ、もう犯人さんも捕まってるんだしさ~」

 

 フキ、千束たちがテレビのニュースを見てる横から話を聞いていたリリベル、七夜黄理が首を傾げて確認する。

 

「あれ、この報道って、確か欺瞞情報(カバー)だったような?」

 

「「「えっ???」」」

 

 千束たちが小さく口を開き、離れたところにいたクルミ、たきな、サクラも目を見開いていたので、黄理はリリベルとリコリス側で開示されている情報量の差に此処で気づく。

 

「しまった、これまだ公開情報じゃなかったか」

 

 

 

 

「──ユー、知ってることキリキリ吐いちゃいなー、アチョー!」

 

「なんだよ、そのインチキカンフー感……」

 

 俺は拳法家っぽいポーズをした千束の名前いじりを無視し、額に手を当てた。

 

 どこまで説明すべきか。

 

 少し悩んだ後、もう手っ取り早く全て説明することを割り切った。どうせ別段、秘密にする必要性もないうえ、どうせ今日はその件で面倒に巻き込まれるのが決まってるためだ。

 

「クルミ、ちょっとタブレット借りるぞ」

 

 クルミのタブレットを借り、リリベルから届いた昨晩の警察署襲撃時の監視カメラ映像を再生する。

 

 画面には、報道とは全く違う事実が映し出されていた。

 

 

 深夜の警察署を手際よく襲撃する銃を持ったツナギ服の男たち。

 

 数は十人前後、極めて効率的な挙動と連携、徹底した破壊と制圧。明らかにただの犯罪者という枠では納まりきらない。下手なヤクザというよりも、軍人上がりのテロリストというのがしっくりする域の練度。報道とは何もかもが異なっている。

 

 単独犯ではないし──。

 

 ヤクザでもない──

 

 そもそも──

 

「モンモンじゃねーのかよ!なにこの怪しいグラサン連中!?」

 

 ツナギ服の男たちが警官たちに発砲している中、テロリストたちを統率するように立つ一人の乱雑な跳ね方をした髪の男を見て、フキがタブレットを掴み上げる。

 

「こいつはっ!?」

 

 フキだけではない。千束たちもまた画面の男に見覚えがあった。先日、夜間に千束と黄理を襲撃し、同日の奇襲によってリコリス東京支部を陥落せしめた犯人。“真島”とだけ呼ばれる正体不明のテロリスト。

 

 東京の治安維持を裏で担うリコリスを襲い、そのまま拠点まで捕捉した手腕。襲撃を成功させた実行力と戦力。並大抵の者ではないことは、この場にいるDAの人間たちにとっては周知の事実。

 

 真島、と呼ばれる男が警察署の襲撃犯であることを知り、たきなは偽装情報のニュースしか流れていないTVを速やかに切る。

 

「黄理くんたち、リリベルの方で事前に対処はできなかったのですか?」

 

俺たち(リリベル)は治安維持まで手が回らないからなぁ……」

 

 長じた分野の違い、という点が大きいだろう。リリベルは治安維持よりも国防と国益に直結した破壊工作と暗殺、要人警護にリソースを割いている。治安維持や事件を未然に防ぐノウハウをリリベルは持ちえない。

 

 ままならぬ状況に(みな)が表情を曇らせ、頭を悩ませる。

 

 深く考え込む千束たちに、店長は気分転換が必要と見たらしい。

 

「……難しい顔を突き合わせて何が解決するわけでもなし。待ってろ、今、甘いものでも用意する」

 

「おお!先生、太っ腹ぁ~。じゃあ、みたらし団子ちょうだーい」

「そんなら私、抹茶団子がいいッス!」

「では、私もみたらし団子を……」

 

 リクエストを聞いたミカの表情は明るい。千束たちのオーダーを聞いて、にこやかに準備を始めていく。

 

「みたらし団子二つに抹茶団子ね、フキ、せっかくだ、何か食べときなさい。黄理くんもどうだ、サービスするよ?」

 

「せ、先生まで、そんな緊張感の……う、うぅ……抹茶団子を、お願いします……」

 

 やたら、恥ずかしそうにしていたが、なんだかんだで注文するフキの横で黄理は苦笑を零し、首を横に振る。

 

「──すごく惜しいですが、此処は(こら)えておきます。今から楠木司令を迎えに行けって、言われてるんで」

 

 既にみたらし団子を頬張ってる千束が黄理のセリフに関心を持つ。

 

「ほぇ、楠木さん?どして黄理が迎えに?」

 

「警察署の襲撃の件で虎杖さんと楠木さんが直接、話し合うらしい。リリベルの東京支部まで案内しろって、お達しだよ」

 

「リリベルの、東京支部ですか」

 

 ひらひらと手を振り、黄理は店を出ようとする。そこでバタバタと二人の少女が店を飛び出してきた。

 

 勢いよく出てきた赤と紺の制服の少女。

 

 錦木千束と井ノ上たきなの二人に、黄理はひどく呆れた視線を向ける。

 

「……今からシフトじゃなかったっけ?」

 

「だいじょーぶ!クルミとミズキにシフト変わってもらったからっ」

 

 “聞いてねーぞ!”、“ボクの了承はどしたー!?”、リコリコの方から二人分の文句が聞こえるが、千束とたきなは左右から黄理の手を取って無理やりに駆け出させた。

 

「後が怖いぞ、絶対に」

 

「あー、そんときはそん時で臨機応変にするから!」

 

「フキさんとサクラさんがいるの(シフト)だから、そう悪いことにならないでしょう」

 

 つまり、ノープラン(いつもの)だろ。黄理は出かかった言葉を声にするのを諦めた。なにせ、千束だけではなく、しっかり者のたきなまで何やら乗り気なのだ。

 

 これでは、ブレーキのかけようがない。

 

「楠木司令だけでリリベルの施設に行くのは心細いでしょうし、リコリスが同行しても問題ないのではないでしょうか?」

 

「たきな、楠木さんをだしにするのはいいけど、あの人に限って心細いとか絶対、有り得ないぞ。その冗談は本人に聞かれないようにするんだな」

 

 

 

 

 二人はリリベル東京支部に興味津々の様子。特に面白いものもないというのに、ご苦労なことだ。さて、俺は二人を此処で撒こうか、真剣に悩んだが後から文句を言われるのも面倒だ。虎杖さんに連絡して同行を断ってもらおうとしたら、何故か快諾される始末。

 

 楠木司令の警護、という名目で二人は訪問者(ビジター)登録されたようだ。

 

 

 虎杖さんの許可が下りてしまった以上、反対する理由もない。茶目っ気ある上司の雑な強権の使い方に頭を痛めながら、俺たちは電車に乗る。

 

 リコリコ最寄りの錦糸町駅から乗り継ぎ、西新宿駅へと降りた俺たちは改札の向こう側で、そっと気配無く佇む鋭利な眦をした赤毛の女性を見つけた。

 

 何ものにも揺らがない独特の存在感を放ちながら、あの鋼鉄の女性は駅の雑踏の中で誰の目にも留まっていない。人々の波の中に埋没しながらも、しかと焦点を合わせれば理解できる。

 

 あの人は異質であると。

 

 赤毛の女性、リコリスの司令官である楠木女史は、こちらを見ると不可解そうに目を細めて、近づく俺たち三人を睨みつけた。いや、睨んでないのかもしれないが瞳の圧が強すぎるから、実質、睨んでいるようなものだった。

 

「やっほー、楠木さーん。腕利きの護衛サービスだよ~」

 

「これはどういうことだ、七夜黄理……」

 

「虎杖さんからの了承は出てるんです、困ったことに」

 

「お久しぶりです、楠木司令。今日はよろしくお願いします」

 

 ご機嫌で楠木に挨拶する千束に、マイペースなたきなの応対。

 

 黄理も軽く肩を竦めるだけで、二人の同行を認めている様子。楠木は目頭を揉んでから、顔を上げる。

 

「承知した、虎杖司令が許可を出したのなら、とやかくは言うまい。二人とも、私の護衛ということなら、相応の礼節を弁えるように」

 

「切り換え早いなー」

 

 感心する俺に対し、千束はこれからの行き先に関心が向いていた。

 

「それで、此処からどこ行くの?」

 

「あっち」

 

 黄理が指さした先を千束たちの視線が追いかける。

 

 無造作に向けた指先が示す場所。

 

 そこには天高くそびえる東京行政の拠点である東京都庁が存在していた。

 

 

 

 西新宿駅から徒歩で数分、東京都庁に着いた一向はエントランスの一番奥にある搬入用エレベーターに乗りこんだ。千束、たきなは興味津々に黄理を見つめている。冷静沈着な楠木司令とて関心が皆無というわけではなく、黄理の動きを横目で追いかけていた。

 

 三つの視線、好奇心の思念を背中に感じるが特に反応せず、俺はエレベーターの開閉ボタンを同時に押した。

 

 各階に移動するための数字が入ったボタンが赤く光る。

 

 光が消える前に十二桁の暗証番号を入れ、最後に緊急停止のボタンを押し込む。

 

 

 ガタン、とエレベーターが軽く揺れる。浮遊感に似た感覚。地上から地の底、東京の深淵へ。エレベーターは本来あるBF3よりも更に下へ、下へ降りていく。日常の空気が切り替わる、冷たく鉄錆びた空気。

 

 すなわち、非日常の気配だ。

 

 

 千束たちはただならぬものを感じ、緊張で身構えた。片や馴染み深い空気に、こっちは寝ぼけ眼の焦点が合い始める。

 

 エレベーターの降下が終わると臆す必要のない俺はすぐに出ていく。楠木司令、千束、たきなも続いて外へ。

 

 

 外へ出ると、そこには先ほど入ってきたはずの都庁一階のエントランス、に似た空間が広がっていた。降りたはず、と混乱気味な二人は目を瞬かせる。しかし、混乱はすぐに解消された。

 

 明確に地上のエントランスと異なる点があるためだ。地上ではスーツや観光に来たカジュアルな服装の人々がいた。この場にいるのは赤や紺、ベージュの制服を着た男子学生ばかり。目の前にいる男子学生たち全員がリリベル。

 

 俺は慣れているため、何も思う所はないが千束とたきなは息を呑む。

 

 さて、エントランスにいたリリベルたちはエレベーターから降りてきた俺たちを見ると、一斉に動きを止める。立ち尽くしたかと思ったら、すぐにエントランスにいたリリベルの皆が姿勢を正すや即座に最敬礼。

 

 千束たちがびっくりしてる横の俺はそれ以上に気まずくてたまらない。

 

 目前にいた全てのリリベルたちの最敬礼に表情が引きつった。もう、俺は此処の所属ではないのだから、余計な敬意なんて必要ないはずだ。だというのに相変わらず過ぎて力が抜けてしまう。

 

 

 此処が地上の東京都庁の直下に存在するDAの特殊拠点。

 

 リリベル東京支部。

 

 通称、“逆サ都庁”。

 

 

 

 

 

 最敬礼をしたままリリベルたちは動こうとしない。千束たちからの“どうするの?”という視線を無碍にするのも限界だったので動くことにしよう。

 

 

 俺が軽く手を挙げると周囲の者たちは最敬礼を解く。起立するリリベルたちの間を縫って、一人の赤い制服(ファースト)のリリベルがやってきた。

 

「……アキタカか。久しぶり」

 

「黄理さん、ご無沙汰しております。……こちらにお顔を出されるとは蒼崎さんの、あるいは虎杖司令の案件でしょうか?」

 

「虎杖さん絡みといえば、そうなるのかな。ほら、後ろ。今日はリコリスの司令の道案内だよ」

 

「なるほど、そういう事情でしたか。む、錦木(にしきぎ)嬢まで」

 

 顔見知りであるアキタカは千束への挨拶を目礼で済ませる。一方で楠木司令やたきなには、なんのアクションもしようとしない。些か以上に礼を失した態度だが、此処はリリベルのテリトリー。例え、リコリスの司令とそのお付きとはいえ、過剰なもてなしや扱いは無用という他のリリベルたちに向けたアピールだろう。

 

「嬢はやめぃ」

 

 アキタカの尊称を受けて、千束は渋い顔でその呼び名を嫌がった。たきなは不思議そうな目をしている。

 

「なぜですか、千束?」

 

「えー、なんか無駄に偉そうじゃん。そういうのって、やりにくいんだよ~。あと私はリリベルの総長さまと違って、きわめてふっつーな一般リコリスなんです~」

 

「千束が一般かはともかく、リリベルの総長?」

 

「──はい、黄理さんは虎杖さんに次ぐリリベルの統括権を持つお方。我らの頭目である“総長”に任じられております」

 

 違う、と言いたい。

 

 何度聞いてもおかしな話だ。それはとっくの昔、電波塔事件のヘマが原因で剝奪された階級のはず。元より、総長職なんて虎杖さんの悪ノリで宛がわれた冗談の一つだろうに。アキタカの話を真に受けてるたきなの視線が少し刺さる。

 

 

 説明を長々とするのも面倒だし、楠木司令を待たせるのも気が引ける。

 

 てっとりばやく、虎杖さんに取次ぎをしてもらおう。

 

「アキタカ、虎杖さんに会いに来たんだけど、どこら辺にいる?」

 

「……虎杖司令なら、まだ司令部に詰めておられるかと。昨晩の警察署襲撃への対応や犯人どもの調査をしている最中でした」

 

「ありがとう、じゃあ、司令部に顔出してみるよ。……はい、お客人たちー、さっさとついてきてください」

 

 もう、面倒そうな態度を隠す気にもならない。適当な応対で、虎杖司令のとこまで彼女らを引っ張っていこうとすると、アキタカと俺の話が纏まったところでたきな、千束が話に割り込んでくる。

 

「黄理くんが総長ってどういうことですか?」

 

「黄理~、あっちのでっかい施設って何~?」

 

「……パンフレットでも用意しときゃあ良かったのか、これ?」

 

 後ろから、やや疲れ気味な楠木司令のため息が聞こえる。俺も同じ気分だが、仕事はこなさなくては。楠木司令、あとイレギュラーなおまけ二名をどうにか虎杖司令の元まで。

 

 

「黄理くん、あそこは一体?」

 

「あの辺りは工業開発区、使えそうで使えないガジェットの製造やら、銃の整備をしてくれるとこ」

 

「お~、なんかあっちの方、暖簾(のれん)とか卓球台、っていうか温泉旅館みたいな感じだけど」

 

「あー、大浴場か。リリベル東京支部の唯一の保養施設だ」

 

リコリス(こっち)の支部にはお風呂、無いんだがっ!?楠木さんどーして、リコリスの東京支部はシャワーだけなの~~。湯舟~、広いお風呂~~」

 

「山中に各種インフラを通すだけでも年間で莫大な予算を掛けていたのだ。この期に及んで、風呂などと余計なものを作る余裕はウチに無い」

 

「余計、ですと?お風呂に浸かれるだけでもメンタルの回復量に大きく差が出るんだよっ。楠木さ~ん、大浴場とまではいかなくても、せめてお風呂くらい~?」

 

「却下だ」

 

 知ってた、千束の交渉がとん挫することくらい。たきなも、それ見たことかと言いたそうに頷いている。

 

「く~~、リリベルだけズルいっ!こうなったら、たきなー、私たちもお風呂にはいってくぞー。黄理、虎杖さんの許可を四、露、詩、句☆」

 

「うちの大浴場、女湯ないけど」

 

「なしてっ!?」

 

「女性職員が少ないのと、この拠点に常駐してるのがリリベルだけだから、女湯を作る必要が皆無なんだよ」

 

「合理的ですね」

 

「だろ?」

 

「広いお風呂ぉ~。お風呂上がりの牛乳ぅ~、卓球ぅ~」

 

「…………ウチの馬鹿が大変、失礼をしている。これの戯言は全て無視してくれ。それと、このことは虎杖司令には内密に」

 

 楠木司令も気苦労が絶えない人だ、いや、気苦労の擬人化みたいな厄介者(千束)を連れていくことになったのだ。これくらいの苦労は織り込み済みか。あと、楠木司令がいると、俺への当たりも控えめになってくれるので、個人的には普段よりも楽なくらいだ。

 

 

 まぁ、これ以上やってると彼女の胃に穴が開きそうなので司令部に移動していると、千束とたきながある部屋の景観に驚愕する。

 

 不機嫌な楠木司令も何事かと部屋を覗き込み、同じく目を見張る。

 

 

 三人が発見した部屋、その壁や床一面には高い眺望から見た東京の景色と空が広がっていた。蒼く広がる大空、流れる浮雲。壊れかけた電波塔、完成間近の延空木、東京駅など。東京の街並みを見下ろすこともできる。

 

 しかし、此処は地下空間のはず。

 

 地の底に空が広がっているはずもない。

 

 だというのに、これは──。

 

 

「すっごい見晴らし……」

 

「空がこんなに広がっています……」

 

「………………」

 

「ああ、千束たちが、これ見るの初めてか」

 

 噂に聞くリコリス東京支部の噴水と似たような施設。リリベル東京支部の名物に該当する部屋を前にした千束たちの疑問に答えを出した。

 

「此処は“スカイラウンジ”。東京都庁のてっぺんに設置されたリリベル用の定点俯瞰カメラ四台の映像をリアルタイムでスクリーンに映してくれる“地下施設”だ」

 

「──いいな~!次にリコリスの東京支部作るときは、リリベルの施設に負けないのを、っていうか、もう都内に作ろうよ~!東京の外だと、行くのが面倒で、面倒で」

 

「良い景色ですね。なるほど、これなら地下の閉塞感や息苦しさを一時、忘れることができそうで精神衛生にも期待できるでしょう」

 

 まぁ、そういう使い方もしようと思えばできる、のか?。

 

 

 たきなが目をキラキラさせて分析しているところ悪いが、この部屋(スカイラウンジ)は事件やテロが発生した際の被害確認、現場の俯瞰、ブリーフィングや逃亡者の監視など、物騒なことで使われることが多い。本当に落ち着きたいなら、大半のリリベルたちは素直に大浴場か自室へ向かっている。

 

 しかし、此処は敢えて口を噤んだ。たきなが感心して、もっともらしいことを言ってるところで話のこしを折るような真似は控えよう。

 

 千束なら話は別だが。

 

「ふと思ったんだけど、なしてリリベルの施設は都内にあって、リコリスは県外なのさ~。アクセスが不便過ぎるし、任務とか、治安維持のパトロールは東京でやるから、無理に東京の外に作んなくてもよくない?」

 

「珍しいですね、千束がもっともなことを言うなんて」

 

「……たきなさーん?その言い方だと、私の発言の大半がとんちんかんって統計になってそうだけど?」

 

「ごもっとも」

 

 千束に睨まれたので、無駄口を叩くのは止めにしとく。

 

「特に今まで気にしてなかったけど、なんでリリベルの施設は東京にあるんだろうな?楠木司令は詳しい事情とか知ってます?」

 

「……生憎と私が管轄し、上層部から渡されているのはリコリスの活動に必要な情報のみだ。リリベルに関しては、ファーストのリコリスたちと同等の事前情報しかない」

 

 それもそうか、と俺たちが納得しかけたとき、楠木司令は予想に反して彼女なりの考え方を開示してくれた。

 

「……しかし、推察を働かせることはできる。これは互いの組織の設計思想による違いだろう。我々、リコリスは治安維持上の障害となる存在を奇襲ないし、秘密裏に排除することを旨としている。対し、リリベルは起こってしまった事件、事故の被害を最小化するため、犯罪者やテロリストを最高火力で撃滅する方針だと聞く。リコリスと比べ、リリベルは拠点を悟られても、真正面からの対処や逆撃が可能と見込まれているため都内に拠点を設けられるのだろう。敵に警戒されぬため、か弱く、庇護の対象だと印象付けさせるようにさせているリコリスと違ってな」

 

 確かに、正面から撃ち合い制圧ができる千束やフキが例外なのであって、一般的なリコリスが正面から敵と撃ち合いになれば、不利なことは予想できた。拠点を都内から離れた県外に隠し、常に敵対者を奇襲できるようにしているというのはよくできた考えだ。

 

 ただ、付け加えるとすれば。

 

 リリベルはリコリスに向かない要人警護や敵対組織の包囲覆滅、よほどの特殊な事態、例えばクーデターへの初期対応などを想定している。そのため、リリベルはリコリスのように東京の外に拠点を置くことができないのだ。

 

 

 リコリスとリリベルの違いで盛り上がり始めた頃合いで、俺たちはようやく司令部に到着する。部屋に入ると、秘書と何かしらの話をしていた虎杖司令が、ありがたいことに、それを中断して此方の対応を優先してくれた。

 

「楠木司令たちの案内、ご苦労だった。予定外の来訪者が二名ほどいたが、エスコートは上手くいったかな、黄理?」

 

「ええ、まぁ。これ以上ないってくらい、二度と御免ってくらいにはエスコートしてきました」

 

 広い解釈の余地がある愚痴を聞き、虎杖司令は愉快気に笑う。千束とたきなに振り回されてる俺の姿が大層、お気に召したらしい。不本意なことだが。

 

「こうして、直に対面するのは電波塔事件以来でしょうか。お久しぶりですな、楠木司令」

 

「ご多忙の中、時間を作って頂き恐縮です、虎杖司令。つきましてはリコリスの任務で、ラジアータの運用を一部融通して頂いていること、深く感謝いたします」

 

「なに、この度は予期せぬ事態が生じたためだろう。リコリス側の大きな落ち度や失策が無い以上、リリベルが協力することに上層部も表立った批判はできまい」

 

 真島、と呼ばれるテロリストの脅威度はリコリス、リリベルが既に共有しているところ。虎杖さんは敢えて、拠点襲撃のくだりは会話に入れず、にこやかに話を弾ませていた。虎杖さんと楠木司令が握手を交わしたところで、虎杖司令は手元の端末を操作。

 

 ニュースにもあげられた警察署の映像を立ち上げた。

 

 ただし、ニュースのように民間人が見ても衝撃を受けないよう一部だけを抜粋したものではない。正真正銘、ありのままの現場の風景が開示される。

 

 

 瓦礫、血しぶき、横たわる亡骸、弾痕と散乱した数多の薬莢。

 

 惨劇の爪痕を次々とスクロールし、虎杖さんは最後に署長室の映像をピックアップした。整った調度品は全てがガラクタにされており、壊れていないものなどない被害状況。本来、署長が腰かけているであろう執務椅子の後ろには荒い文字が、壁を占領している。

 

 

 血のように赤い文字で書かれたそれは、挑戦状だった。

 

 “勝負だ、DA”

 

 

 何とわかりやすい意思表明。曖昧に別の意図として解釈する余地が無い。

 

 文句というか、思う所があるとすれば。

 

「これ、DAのことを知らない警察の人は“勝負だ、ダ”とか、読んだのか……」

 

 ブッ、錦木千束と井ノ上たきなの両名が顔を背けて息ぴったりに噴き出した。緊迫した空気の中、気の抜ける黄理の発言がツボに入ったようだ。腹を抱え、プルプルと震えている二人の動向に首を傾げるも、司令同士は口を真一文字に結んで難しい話を続けようとする。

 

「……くくっ……ああ、とにかく、真島というテロリストはDAの存在を知ったうえで、犯行を起こしている。DAの上層部から正式に真島は処分対象になった。リコリスの拠点を探り当てる情報収集能力、千丁に及ぶ銃火器の所持、何より当人の戦闘技能。DAという組織が、やっきになるだけの価値はあるとのことだ」

 

「承りました。必ずや真島とその組織を処理し、今一度リコリスの真価を──」

 

 虎杖司令は気炎を上げて熱弁する楠木司令を敢えて遮った。

 

「楠木司令、此度の件はリコリスやリリベルといった管轄分けで処理される問題ではない。先ほども言ったろう、“DAという組織”とね。上層部からの通達だ、“リコリス、リリベルの両組織は本件に合同で当たり、早期解決をされたし”」

 

 楠木司令がギョッと表情を驚きで崩す。俺たちは意外なものを見た、と目を瞬かせる。鋼鉄の女司令、平常心と合理性で構築された楠木司令が、ああも愕然とする場面に出くわすとは。

 

「期間を限定したとはいえ、両組織を同時運用するのですか?上層部もまた思い切ったことを……」

 

「あぁ、真島の脅威度を高く見積もったことと、リコリスの拠点が喪失している現状を鑑みての特殊な裁定だ。限られた間だが、今後もよろしく」

 

 この話はリコリス側としても望ましい話だった。拠点を失い、ラジアータの情報工作無しでは、パトロールや平常時の治安維持すらままならない。おまけにラジアータをリリベルから借用しているのは、正式な契約などない口約束。それを正式に、公然と使えるだけでも、大きなメリットとなる。

 

 しかし、楠木司令は安易に首を縦に振らず、毅然と虎杖司令を見つめた。

 

「大変、素晴らしい話かと。…………ですが、一つ、お互いにはっきりとさせておきましょう。虎杖司令、私はリリベルの指揮系統に一切関知しない。これを踏まえ、リコリスたちの指揮系統にも口出し無用で願います」

 

 リコリスとリリベルの協力、それが上層部の指示であるなら楠木にそれを断る権利や意思はない。けれど、リコリスという組織がリリベルの下部組織化する展開を彼女は警戒し、それだけは避けねばと決意を編む。

 

 

 楠木司令の恐れ知らずな発言に秘書さんがいきり立とうとするが、虎杖さんはそれを抑えて鷹揚に頷いた。これはあくまで協力関係であり、どちらかの組織が相手を吸収することのない様にという確約を求めているのは、誰の目にも明らか。

 

 千束たちすら緊張で身をこわばらせている中で、俺や近くのオペレーターの人たちは単なる取り越し苦労だと知っていた。

 

 

 虎杖さんは極まった仕事人間だ。

 

 求めるのは仕事の質の向上と効率化。出世、金、名誉、そんな在り来たりなモノで虎杖さんは動かない。いわんや、リコリスへの対抗心や組織の吸収など余分の一言で切って捨てるだろう。

 

 まぁ、此処で指摘して楠木司令が素直に納得するとも思えない。

 

 千束への対応みたく満足のいくまで、やりたいようにさせておけばいいか。

 

 

「ええ、当然の条件ですな。互いの指揮権については、侵犯のないよう気に留めておきます。実際に、合同で動くとして問題は幾つか出るでしょうが、今日の内に予想される細かい点は詰めておきましょうか。あぁ、楠木司令。聞けば、リコリスは拠点を失っているとか。必要とあらば、臨時で我々の拠点の一部区画を貸し出す準備がある」

 

「──それも上層部の?」

 

「ご想像にお任せしよう」

 

「えっ、ってことはこの拠点、リコリスが使えるようになるってこと?」

 

「もうリコリコって拠点がある千束たちは必要ないだろ」

 

「ですね。そもそもリリベルである黄理くんは、どの程度、こちらの支部を使っているのですか?」

 

「定期的な健康診断の時くらい。あれ、他にあったっけ?」

 

「私としてはもう少し顔を出せと常々、言っているんだがね」

 

「黄理って、その辺が疎いもんね。虎杖さんが定期的にリコリコで利益に貢献してるのを見習ってよ~」

 

「伽藍の堂の給料事情が解決したらな」

 

 千束と黄理、さらには虎杖司令が気易く会話している光景、おまけに千束たちの支部兼喫茶店リコリコに、虎杖司令が顔を出しているという情報で楠木司令の思考が固まった。

 

「────なに?」

 

「そうでした、虎杖さん。この前、お願いした黄理くんと私たちの──」

 

「ああ、近頃忙しいあまり、せっかく用意したものを届けられず仕舞いだったか」

 

 虎杖さんが秘書に目配せをすると、速やかに頼んでいたものを持ってきてくれた。俺と千束、たきなの三人分の“衣装”。特殊な場所へ潜り込むためのリコリス、リリベルの制服と同じ服飾による環境迷彩。

 

「黄理のタキシードに、千束くんとたきなくんのドレスだ」

 

「お~、さっすが虎杖さんっ!仕事が早い☆」

 

「これでドレスコードは問題ないでしょう、あとはクルミの仕事次第ですか……」

 

 千束とたきなはドレスを見て、浮かれているようだが気づいてほしい。もしも、作戦通りにするとなったら、俺個人の誠実さがかなり漸減するのは間違いないということを。

 

 ダメか、本気で二人とも行く気らしい。

 

 かしましくドレスを身体にあてがって喜んでる千束、たきなと違い、タキシードを用意された俺の気分はひたすら低空飛行のままである。着飾るということに殊更、意義を見出せない以上、浮かれることも難しい。

 

 まぁ、“必要なこと”なのだから、似合わぬ礼服でも着ることになりそうだ。

 

 

 

 虎杖司令はにこやかに千束たちと談笑している。話の内容は、くれぐれも事の真偽を明らかにしてくれとのことだ。よほど、ミカさんの密会相手が気になっているのか。リコリコの閉店は困るし、虎杖さんからの命令でもある。

 

 俺も本腰を入れないとな。

 

 そういえば、と楠木司令の方を見ると、なにやら遠い目をしていた。

 

 虎杖司令がリコリコに来店していたり、千束たちにドレスを渡したり、処理するには情報量が多すぎたらしい。とうとう楠木司令の思考は宇宙の彼方にまで飛んでしまったように呆然と口を半開きにして立ち尽くしている。

 

 

 同じ気分だった俺は、元気づけるように楠木司令の肩を叩いて曖昧に笑いかけた。

 

「…………はぁぁぁ~」

 

 楠木司令が余計に気落ちし深いため息をつく。

 

 もしや……これは俺が悪いことになるのだろうか?

 

 

 




 創作におけるアジト、拠点の中で作者が最も感動した設定は、セガの“セブンスドラゴン2020”の東京都庁。都庁を最前線かつ最後の砦として、圧倒的に不利な戦いに挑んでいく。セブンスドラゴンはマジで名作だと思う次第。

 リリベルのアジトも出せたので、リコリスとリリベルの描写も一層、盛り上げるよう執筆していきます。
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