リリベル東京支部における虎杖司令と楠木司令の話し合いは、リコリスとリリベルの連携について、真島に対する今後の方針、東京中に散開しているリコリスの受け入れ時期など多くの事柄に及んだ。
多岐にわたる調整内容。困難極まる両陣営の擦り合わせ。
会合は難航するかに思われた。
しかし、リリベルもリコリスも互いの任務の領分を棲み分け、侵犯しようとする意志のないことが会合をより建設的、具体性を増して進行させた要因と言えるだろう。
一方で、楠木司令を案内したことでやることを終えた黄理は、リリベルの支部に好奇心を持った千束、たきなに引っ張られて、“
両司令の話し合いは無事に纏まり、リコリスとリリベルの活動協力は正式に妥結された。会合を終えた後の楠木司令は珍しく気苦労に溢れた表情をしており、千束たちは疲労困憊の彼女を見送った。
おそらく秘書であろう女性が運転する車に乗り、去っていった楠木司令の疲れ切った様子を見て、黒を基調としたスーツの黄理と青のドレスを纏うたきなは首を傾げる。
「楠木司令とは数えるほどしか会ったことないけど、あの人も弱るときはあるんだな。なんだっけ、こういうの。鬼の
「鬼というと些か外聞が悪いですね。もっと、穏当なもので例えられませんか?」
「例えば?」
「……ネコ、とか?」
「楠木司令が猫かぶるようなタマかな」
「ですね、
黄理とたきなの見当違いな話を横で聞いて、赤いドレス姿の千束はツバ広のヘッドドレスの下でほくそ笑む。
思い出すのはドレスを披露した際の楠木さんのリアクション……。
“──なん、だと?”
社交用のドレス、スーツという特殊過ぎるファッション。
それらに身を包んだ千束たちの姿に楠木司令は普段の鉄仮面が嘘のように狼狽を隠せずにいた。黄理とたきなは“様子が変だな”くらいに捉えていたが、千束は楠木司令を困らせては面白がる確信犯的なところがあった。
リリベルの司令、虎杖さんからドレスとスーツをもらい、親し気に話している千束たち。渡されたスーツの意図や目的。根が真面目過ぎるから、ドツボに嵌るのを知ったうえで敢えて楠木さんに何も語らない。
だって、その方が絶対に面白いし!
「千束、千束……?」
「え、っと、あ~、ごめんごめん。ちょっとボーっとしてたかも。たきな~、そのドレスめちゃ似合ってるぜい☆」
「はぁ、どうも。」
肩を大きく露出させたドレスのたきなは、いつも通りなテンションで髪に手櫛を通す。う~む、照れとか欲しかったけど、特に反応ないのはやっぱ悔しい。
「嗚呼、確かに似合ってる。というか、たきなのかしこまった格好って、見慣れないけど堂に入ってる風に感じるんだよな」
「っ、黄理くんまで、そう言うのは……ズルいと、思います……」
「……なんで?」
不思議そうにこっちを見る黄理を無視して、そっぽを向く。千束の不機嫌の理由を解さない黄理は首を傾げることくらいしかできない。
腕組みして視線を切った千束の後ろ姿に黄理は茫洋と話し始める。
「まったく、綺麗どころが二人もいるせいで相手役の俺の立つ瀬がない。見目麗しいってやつも考えものだ」
ピクっと千束が肩を揺らす。
「……ふ、ふ~ん?まぁ黄理は言ってみれば派手さとかない地味系な感じだから、そーいう悩みもやむなしかな~?かな~~?」
急上昇する機嫌と振り返った時の柔らかな表情。調子が戻り、笑顔を見せたことへの安堵よりも、黄理とたきなは訝し気さが上回った。
「どうして、いきなりご機嫌に。……妙ですね?」
「いつも通りといえば、いつも通りなんだが」
「……ですね」
「ふふん?ちみたちは千束さんのありがたーい笑顔の価値が分からんかね?」
「プライスレスだろ」
「資産価値ないじゃないですか」
「あ~り~ま~すー。千束さんの笑顔を甘く見てもらっちゃ困るね」
誇らし気に胸を張る調子のいい千束に、黄理とたきなは肩を竦めた。二人の相棒たちがノってくれないことを不満に思っていると、雑談中の三人の近くに車が停まった。
ようやく迎えに来た運転手へ千束は、此処までの話の流れを特に説明しないまま気軽に尋ねる。
「ミズキもそう思うでしょ?」
「いーから、はよ車乗れや」
ミカさんの密会相手、事がリコリコの閉店にも繋がりかねないということから、橙子さんや虎杖さんがノリノリで手伝ってくれたのは良いのだが、やっぱり気が重い。
ミズキさんとクルミが迎えとして乗り付けた車に乗り込み、千束とたきなに挟まれた状態で俺は読んで字のまま肩身の狭い思いに耐えていた。いや、千束にしろ、たきなにしろ、心配になるくらいには華奢な体つき。後部座席に三人が座り込んだというのに、そこそこの余裕がある。
つまり、肉体的なモノではなく、心情的なことで肩身の狭さを味わっている真っ最中なのだ。なにせ、この場にいるのは俺を除き、全員が女性……一部を訂正。クルミは女性というか、児童だから別とする。
それでも、男が一人だけという状態には変わりない。
気後れしている俺に目も暮れず、千束は此処にいないメンバーについてミズキさんに聞いていた。
「あれ、フキは~?」
「明日の任務があるってんで、泣く泣くリタイア。真面目すぎるのも損よね~?」
「泣いちゃいなかったが悔しそうにしてたぞ」
ミズキとクルミの説明に頷いた千束が手を合わせる。
合掌って、別に今晩来れないだけだろうに……。
「じゃあ、フキの仇討ちってことで、せんせいの尾行がんばってこー!」
「こんな理不尽な仇討ちってある?」
「この場にはあるんですから、深く考えない方がいいですよ。黄理くん」
たきなの言う通りか……。
しかし、どうも気が乗らない。慣れないスーツもだが、“装飾品”を付けることにも抵抗があった。落ち着かない気分で己の胸元に手を彷徨わせる。すると、ちょうど横にいた千束が胸元の首飾りをいじっているのが目に止まる。
俺と千束が同時に首飾りに触れていたところで、たきながそういえば、と。
「千束と黄理くんの付けてるそれ、今朝のニュースで見かけましたよ。金メダルを取ったとか、百年に一人の逸材だとか」
アラン機関の支援、突出した才能の証明であるフクロウのチャーム。それをいじる二人の若き才人たちの反応は緩く、軽いものだった。
「じゃあ、此処にいる私たちは合わせて二百年分の逸材?」
「長い長い」
二百年もかけて二人の人間を待つより、他の人間に頑張ってもらう方がずっと楽だ。あと、千束の評し方だと、まるでお高いワインの売り文句みたいだ。
別に他人からどんな評価をされようと気にしないたちだが、勝手に評されること自体には文句を付けたい。
「二百年後には生身で銃を避けられる人が出てくるんですか。未来は明るいですね?」
「二世紀越えた未来でも、ドンパチは無くならないか~」
達観気味な千束のセリフへ意味深な笑みをしたクルミが割り込む。
「ボクから言わせれば二百年後でも怪しいがね?弾丸を平然と躱すなんて真似、常人じゃ考えもつかない」
「平然と、ってわけじゃないよ~。ありゃ、勘だって。弾丸より早く動ければ金メダルも余裕だけどさ」
「……そういえば黄理くんは千束と同じく弾丸を避けてましたけど」
「俺のは飛んだり跳ねたりして銃口を無理やりに避けてるんだよ。千束みたいに弾丸の軌道を正確に読んでるわけじゃない。ましてや、弾丸より早く動くなんて無理だから。……金メダルは遠いな」
黄理のぼやきに、たきなの反応は芳しくない。最強のリリベル、七夜黄理の急加速、急制動と壁面や平面を滑るような高速移動。これまで幾度か目にしたために断言できることが一つ。あれは千束の弾丸を回避する技術と似た、理解を越えた絶技である。
七夜黄理の高速挙動、閃走・水月。黄理以外、誰も名を知るはずのない七夜の業は、たきなやミズキたちからすれば、十分過ぎるほど常識から外れた技巧だった。
俺と千束の言い分を、ミズキさんは冗談交じりに笑い飛ばす。
「つまり、二人ともアランさんの手違いってヤツだな」
「なんちゅーこと言うかね、きさま♪」
「勝手に見込まれただけだから、見込み違いでいいんじゃない?」
「なんちゅー訂正するかね、黄理は☆」
肩でこっちの肩を小突くのは止めて欲しい。いたい、地味に痛い。俺の不服も余所に、千束は何か浸る様に窓の外を眺める。
「──まぁ、金メダルとはいかなくても誰かの役に立てるでしょ?DAに戻されてる場合じゃないのよ。黄理だって、そうだろ~?」
千束の感慨深い声に、俺の心は同意を示さない。
リリベルに戻されようと、DAの下で動くことになろうとなんでもいいのだ。俺の関心は、ただ一つ。錦木千束が何を選び取り、どう生きていくのか。
それだけが、七夜黄理の止まった心を突き動かす、唯一の■■なのだから。
なんでもない日常の風景、リコリコで笑う千束の顔を思い描く。
ドクン、と心拍のような静かで、確かな衝撃の残像が心臓を叩くのを感じた。
車を降りると、そこは明らかにVIP御用達とでもいうようなビルだった。監視カメラ、見張りの人間が等間隔に配置されている。用のある者だけを通し、それ以外を排斥する。まるで結界のような隔絶した空間。
クルミのガイドで指定のフロアに着いたはいいが、さっきから千束が浮かれっぱなしな所為で疲れて仕方ない。
「やっべぇ雰囲気じゃねっ?」
「浮かれるのはいいが、体裁は保てよ?」
「えっと、この辺りに……」
たきなが壁の四角い窪みを押し込むと、そこから暗証番号を打ち込むタイプの操作端末が出てくる。このギミックに千束は目を輝かせた。
「すげぇー!」
この幼児並みの感想を拾わずに、たきなは知らされていた暗証番号を打ち込む。というか、東京都庁でも暗証番号を打ち込んでいたが、あの時はどうして騒がなかったのか不思議だ。やっぱり、隠された操作端末が出てくるのが良かったのだろうか。
まぁ、気にする必要もない。
今はミカさんの身辺調査という任務、任務?
いやこれ、任務と言うよりも──。
俺の葛藤する間にたきなは暗証番号を打ち終え、秘密のBarに通じる通路を開かせていた。どうやら、クルミの情報は正確だったようだ。
「通りました」
「さっすが、ウォールナット」
開かれた通路を前に千束は見栄を切る様にささやく。
「じゃあ──ミッションスタート♪」
「これ、
隠し通路をしばし歩くと、一人の男が折り目正しく一礼をしてきた。纏う衣装は品の良いホテルマンといったところ。男は俺たち三人を見て、柔らかな表情でテンプレートな接客応対を口にした。
「ようこそいらっしゃいました。おそれいりますが、お名前をお聞かせ頂けますか?」
笑顔でありながら、感情の揺れを見せない男を前に俺はげんなりとため息をつきたくなる。煙るような不審と警戒の情念。浄眼に映る灰がかったねずみ色の思念は見ているだけで気が滅入る。しかも疑いは全部、俺に向けられていた。
もう、さっさと偽名を出して通してもらおう。こっちが口火を切るより早く、両隣にいた千束とたきなが気丈に、これまた表情を変えることなく堂々と偽名を宣言する。
「
「
男からの疑念がより強まった。というか、いくら偽名と言っても、もっとあるだろう。言いたいことは山とあったが、何食わぬ顔で二人に続く。
「
明らかに偽名で二人の綺麗どころを同伴する若い青年。怪しいことこの上なく、普通であれば通される事はないのだが、今宵この場に限っては訳あり、怪しいは深い詮索を許さぬ免罪符になり得る。
「山葵海苔子様、蒲焼花子様、大熊猫七哉様ですね。どうぞこちらへ。ご案内いたします」
正気か?と疑いたくなる偽名の確認がされ、俺たちはすんなりと受け付けを通された。インカム越しにミズキさんがクルミと騒いでいる声が聞こえた。建物の外、車内で待機するミズキさんが驚愕している間に、俺は小声で千束とたきなのあんまりな偽名に文句を付ける。
「わさび、蒲焼きって、もっと何かなかったのかよ?」
「たまたま目に入ったのが、わさびだったから仕方なし」
「文句は千束とクルミに言ってください。命名は二人の独断と悪趣味です」
『独断と組み合わせるなら、偏見じゃないか?』
「蒲焼花子なんて名は悪趣味が過ぎていますよ。というより、黄理くんの大熊猫もなんですか?
「……パンダが好きだから?」
「──あぁ、長年、千束と行動を共にしていると、こういった弊害があるんですね。以後、気を付けます」
「うぉい、黄理のセンスは天然ものだから。あと、たきなも割りとドが付く天然気味だってことを自覚しなさい」
千束の物言いに反論しようとするたきなを差し置き、場を纏めるためクルミはあっけらかんと総括の感想を述べた。
『今日び、データを活かせないヤツは生きてけないが、データを信じることしかできないヤツはどんどんアホになってくからな~。お前らも気を付けとけー』
遺憾である。
俺としては、わさびや蒲焼きよりは大熊猫の方が命名的にマシだと思うのだが。まぁ、人のふり見て我がふり直せということくらいは肝に銘じておく。
通されたBarの奥の席に着いた俺たちは、周囲を軽く見回してミカさんの姿が無いかを確認する。席もクルミがBarの大半を見通せる位置を取ってくれたおかげで、ミカさんはもちろんのこと密会相手の姿も見逃しはしないだろう。
ミカさんは何処にいるかと目を凝らすと、あっけなく彼の背中を視界に捉えることができた。がっしりとした体躯、見慣れた杖、ただ今日は服装が普段と違っている。いつもの紫色の着物ではなく、ばっちりと決まったスーツ姿。服に着られているような俺と違い、服を着こなす彼は遠目に見てもサマになっているというもの。
こんな俺の感想と相反し、千束はげんなりと呟く。
「うわっちゃ~、せんせ、ばっちり決めちゃってるんだけど」
身内、知り合いのこういう気張った格好は見る側も気まずくなるものだ。気持ちは分かる、俺だって橙子さんや虎杖さんの“そういう場面”に出くわしたら、気まずいなんてもんではない。割りと本気で命に関わる。
『やっぱ、逢引じゃないのか?愛人が来て、気まずくなる前に撤退した方が傷は浅いと思うぞ』
クルミのセリフに頷きたいが、生憎と俺には引き下がれない理由があった。ミカさんの尾行は、虎杖さん直々の依頼になっている。ドレスやスーツなどの支給品に加え、きちんとした報酬まで出ている以上、仕事としてこなさなくては……。
正直、虎杖さんの恋路に関心はない。
しかし、仕事として受けた以上はやり遂げるのが流儀。
気配を悟られぬため息を潜めていると、視覚えのある思念の色彩と人影がミカさんの横の席に着いた。千束は気づかれないように注意しながらも声を弾ませてミカさんの方を覗き見る。
「……来たっ!」
待ち人、来たる。
ミカさんの横に座った人影が店内の淡い明かりに照らされ、はっきりと容姿を露わにする。
丁寧に撫でつけられた亜麻色の髪、豪奢でありながら品のあるスーツを着こなす伊達男っぷり。胸元には
俺や、千束、たきなも度々、逢った覚えのある人物。俺はそれほど面識があるわけではなく、なんなら名前も咄嗟に出なかったが、隣の千束はすぐに見当がついたらしい。
「えっ……ヨシ、さん?」
思い出した、吉松さん。貿易商をやっていて、お土産のセンスが微妙にずれている、あの人か。
彼の登場に、俺と千束は顔を見合わせて頷き合う。
これは逢引だ、と確信して。カメラでこっちの様子を見ているミズキさんも同意見なのか、痛恨の極みという感じの声音で嘆息する。
『ったぁ……逢引だな、こりゃ』
『え?』「えっ?」
ミカさんの嗜好を察し切れてないクルミ、たきなは訝し気な反応を示す。
これは、虎杖さんへ伝えにくい報告になりそうだ。
……よし、目的も果たしたことだし、さっさと帰ろう。先ほどは撤退なんて微塵も想定していなかったが、もう帰らない理由を探す方が難しい。潜んでいた俺たちがこの流れで突然、二人の時間に割って入るなど無粋にもほどがある。
「帰るか。これ以上、此処にいても野暮だろ」
「だね。……あ~、私としたことが~」
「あの、状況が呑み込めないんですが?」
『……んっ!?待て、もしかしてミカってそうなのか?となると、虎杖がやたらとミカのことを気にしていたのって……はぁー、お前らこういうのは先に言えよ~』
「行こう。邪魔しちゃ悪い」
「でも、えっと」
「あーあ、虎杖さんにどう報告したもんか……」
「愛の形はひとそれぞれなんだよ、たきな」
頭を低くし、腰をかがめて俺たちはそろりそろりと移動し始めた。気配を殺し、誰にも気取られぬほどゆっくりと鈍重な歩みでこの場を後にしようとする。
それがいけなかったのか。
いいや、あるいはこの場に居合わせたこと、ミカさんの隠していた領域に踏み入ったこと、思い当たる節はいくらでもあった。けれど、俺たちは必然として二人の会話を聞いてしまった。
その行為がどういう未来に繋がるかを、知らないで。
「急に呼び出してすまなかった」
「──いいさ」
「はっきりとさせておきたいことがあってね」
早く立ち去りたいが、どうにも千束の動きに精彩がない。ミカさんは千束にとって親代わりのような人、それがどういう人と付き合ってるか、気になるのも仕方ないだろう。
耳をそばだてる千束を見かね、たきなが小さく提案をする。
「別に店の常連なんですし、普通に挨拶をするくらい……」
「いーから、こっちこっち。あとでちゃんと説明したげるから」
「たきなにはまだ早くない?」
「黄理くんとは一度、私の正しい年齢認識をきちんと擦り合わせた方がいいみたいですね……」
たきなに睨まれたが、此処は逃げるが勝ち。早いとこ出た方が吉だ。さっさとこの場を離れようと急ぎ、抜き足差し足で移動する。しかし、俺たちが脱出するより早く、決定的な真実が密会する男たちの口から語られた。
「手術後、私は君にあの子を“託した”……その意味を忘れたのか、ミカ?」
その言葉の意味を、千束は消化しきれなかった。
誰よりも思い入れがあるからこそ、意味の重さを知るがために。
「何のために千束を救ったと思っている?あの心臓も、アランの才能の結晶なんだぞ。全ては、あの子のより良い未来を考えてのことだ」
「──えっ」
先行していた千束が急に立ち止まる。その所為で臀部に顔をぶつけ、たきなが慌てながらも小さな声で器用に千束をせっつかせる。でも、たぶん千束は
「…………あ~あ、出会っちまったか」
「ちょ、千束、出ないんですか!?」
「ヨシさんだよ!」
期待に胸を高鳴らせた千束は、俺の手を掴んで勢いよく立ち上がる。
千束に掴まれた手を解こうとする直前、感じた小さな震え。
それが、俺にこの手は振りほどけないと刹那の内に理解させる。
出るつもりはなかったというのに、気が付くと千束と並んでミカさんと吉松さんと向かい合っていた。突然、前触れもなく出てきた俺たちの姿にミカさんたちは面食らっているが、千束はそれに乗じてか、不安と期待をないまぜにした声で尋ねる。
「……ヨシさんなの?」
「千束っ!?」
慌てふためくミカさんを余所に吉松さんは
「ミカ……」
「いや、違う!」
「ごめんなさいっ」
「すみません……」
二人揃って頭を下げる。尾行したこと、こっそりとプライベートを覗いたこと、いいや、謝罪の本題はたった一つに集約する。
知るべきではないことを“知ってしまったこと”だ
「先生のメールをうっかり見ちゃって……」
「リコリコの今後の営業に関わる案件かと早合点してしまいました」
後ろから観念してか、たきなも申し訳なさそうに顔を出す。
「司令と会うのかと思い……」
謝罪をしようと丸く収まる空気ではない。
だが、許されるかどうかよりも、優先すべきことが今の千束にはあったのだ。
「ねぇ、今の話。……お願い、ちょっとだけでいいの、私にも。……ヨシさんと話をさせて」
願うように、希望するように、
されど、彼はそれを行使しようとしなかった。
彼は腹をくくったのか感情を鎮めていき、凪いだ瞳の焦点を千束に合わせる。
「──なにかな?」
長らく千束の求め続けた
吉松シンジにとっても、ミカさんにとっても、千束にとっても。
それは、きっと誰の思いもよらぬ形で。
運命という目には見えないものの介在を疑う劇的な場面。
誰もが息を呑む中──。
俺だけがひどく冷めた心胆で千束たちの再会を眺めていた。
長らくお待たせいたしました。モチベが上がり切らず、エルデのDLCが迫る中ですが投稿を再開していきます。どうか、完結までお付き合いください。よろしければ、感想、ここ好き、などお願いいたします。
黄理の浄眼によるより詳細な視点は、本作完結後のリリベルのSSで執筆したいところ。まぁ、今は何より本小説を完結させることを最優先にして参ります。