“この場は冗談交じりに返す”
真っ直ぐに千束を射貫く少年の蒼き視線、思わず自分の中にある大切な話を口にしたくなるが、周囲の目線が完全なノイズになって喋ろうとすることができない。
此処は敢えて、ごまかしの一手。
“ごめんよ~、黄理”と内心で謝りながら、ニッコニコと微笑み話を濁す。
「な・い・しょ!こ~んな、大勢の他人に囲まれたところで話すほど、私軽い女じゃないのでーす。大体、ムードがなってない!こういう乙女の大事な話は、もっと雰囲気のあるところじゃないとしちゃいけないもんだって知らないな~オヌシ?」
「そういうものなのか?」
「そーいうもの」
ぽかん、と驚いた黄理の姿が微笑ましくて、一層感情の高ぶりが激しくなる。
「乙女のすっごく大事な話をするなら、二人っきりじゃないと。他の人に聞かれるなんてもったいないじゃん」
細く長く、黄理は深々と息を吐いていく。
「それじゃあ仕方ないか」
「なになに?そんなに私の秘密、知りたかった?」
「あぁ、本当に知りたかった。知らないと……いけない気がしたんだ」
苦しそうな声で、寂しそうに顔を上にあげた彼の姿は、あまりにも魔的だった。
魔性、というのか。誰も彼もが目を惹かれてしまうような妖しい容貌。
なぜか、これを見ているのが自分だけでないという事実が嫌で嫌でたまらなくなる。
勝負を急ごう、もうこれで決着。私の勝ちだ。
でも、そうすると彼はリリベルの本部へ帰ってしまうのではないか?
そしたら、次に会えるのは何時になる?
もっと、彼を見ていたい。もっとたくさん彼と話をしたい。
でも、それ以上に黄理のこの姿を誰かに見られているのはすっごく気分に悪い。
「ふふんっ!今日のとこは黄理の負けだね、リベンジいつでも待ってるよ~!」
「──そうだな。俺の負けだよ、千束」
引き金を引くのと同時に黄理が今までにないくらい感情を込めて、千束の名前を穏やかに呼ぶ。それを聞いた千束は、やっぱりもうちょいだけ模擬戦を長引かせていればよかったと後悔しながら彼の赤い制服を青のペイント弾で染め上げるのだった。
模擬戦を制したのはまだ幼くも真っ直ぐに咲く一輪の彼岸花だった。彼女こそ史上最強のリコリスと評するに誰も文句を言わないだろう。そして対戦相手であったリリベルもまた、史上最強を称するに相応しいと誰もが認めていた。
たかが模擬戦、それでも彼女と彼の戦いは、常人には理解の及ばない隔絶した戦闘であったことをこの場のリコリス全員が口にはせずとも実感していた。
至近距離で銃弾を避ける千束もそうだが、床に壁を平気で走りまわる非常識な動きをした黄理も、多くのリコリスからすれば理不尽この上ない存在だ。今日は千束が勝利したものの、途中経過を見るにどちらに勝敗の天秤が傾いてもおかしくないというのがこの場にいた者たちの見解だ。
リコリスたちが呆然と立ち去るのを虎杖は愉快そうに眺めている。
彼からすれば、今回の模擬戦は黄理にとってあまりにもハンデが多すぎた。明るく、天井のない開けた訓練空間。障害物は少なく、何より武装も常日頃から扱っている黒の鉄棍でさえなかった。そして、一番のハンデは殺傷行為の禁止というものだ。
無謬にして絶対、殺しの究極にある七夜黄理の能力の六割弱を発揮できなかった今回の模擬戦。相手が最強のリコリスであるというなら、勝利する程度は最低条件だと極めて驕った目線で彼は勝負を品評していた。
もっとも、そうであるがゆえにリリベルが誇る最強の敗北という屈辱にも、にこやかに対応ができたのかもしれないが。彼は決着ののちに楠木と友好的に手を握り合った。常の無表情ではなくにこやかな顔は、今回の模擬戦に大変満足していると分かりやすく主張している。
楠木も“実戦ならば結果はどうだったか?”という雰囲気を醸し出す相手へ挑発はせず、アルカイックスマイルで応対する。
「今回の模擬戦、受諾してくれたこと、大変感謝する。うちの七夜にも様々な課題を見ることができたし、良い影響になったことだろう」
「ありがたいお言葉です。我々としても、千束と比肩する存在という貴重な実例を見ることができました。それに今回の模擬戦を見たリコリスたちもこれに触発され、より訓練に身が入ることでしょう」
「自信喪失なんてことにはならないかね?なにせ、自分たちの最強は銃弾さえ避けてしまう超人だ。もっとも、それができなければ、我らリリベルの最強と対峙することはできないが」
「そうした点は私たち司令官が適切に管理していきます。能力の限界を見計らう加減は、自分では分かりにくいものですから。上の者が正確に測る方が支障がないかと……しかし、リコリスとリリベル、互いに指揮系統の別たれた存在ではありますが、いつかまたこうして命がけでない状況で互いの実力を示し合いたいものです」
「そうだな、そうなったときこそ我々が白星を頂こう」
「ええ、こちらも全力で応じさせて頂きます」
朗らかに握手しているようで互いに牽制している様は遠くから見ると青春のような一ページに見えるが、双方の秘書からすると一刻も早く退室したいと願うギスギスっぷりだった。ミカも巻き添えで近場にいたので大人同士の複雑な組織の権力構造を知ってしまい、早く離れたいと顔に書いてある始末。
大人というのは、複雑怪奇なものだ。
「なんか、先生の顔色が優れていないような……って大丈夫か?おい、千束?」
「へっぇあ?うん大丈夫、私は元気で今日もいい天気、テンションばっちり!」
「お前じゃなくて先生な、せんせい。ってか、お前も変な調子だし。あぁもう、ミズキさんはどこに行ってんだ?こういう時に、千束をしゃっきりさせるのが担当オペの仕事じゃないのか?」
「あ~、ミズキかぁ……今日は婚活パーリィーに行ってくるって、先生から聞いたよ」
「……それ、流石に楠木さんには言ってないよな。何かしらの建前用意したんだよな?」
ぽかーんとした千束は、一向に返事をせず呆けていた。それが余計に不安感をかき立て、ミズキさんのことは置いておこうとフキは千束の目線に合わせた。
「千束?おい、しゃんとしろ、いくら模擬戦で疲れたからってだらけすぎだ」
「うぅぅ、だらけてないし。今、めっちゃ考え事であたま一杯なんだよ~」
「?さっきの模擬戦の反省とかか?」
「いやね、そういうんじゃなくて……」
相手の七夜黄理という少年のことを考えている、そう言いかけて千束は口を閉じる。
いくらルームメイトでも語れない事情がある。
というかフキには言わんぞ、と固く決心して千束は司令室の扉の方へ顔を逸らした。千束がどこか元気がない、体調面で問題はないはずだがそれでもフキが気になってしまったのは去年の弱った彼女を見ていることが影響している。
しかし千束が触れて欲しくなさそうな態度をしているとフキは潔く身を引いた。
深く詮索はしないが、気には留める。
なんだかんだで二人とも相性の良い存在なのかもしれない。
フキと千束が黙りこくっていると司令室の扉が開いて黄理が入室する。赤い制服はペイントが落ちきらなかったためか、肩にかけるように持っている。サラリーマンとかスーツを着こなす大人がやれば格好いいような姿だが、黄理のような子供がやると背伸びをしているような可愛らしさが先に立つ。扉の方を見ていた千束は、その姿に最初に気づいて笑いかける。
「アハハッ!なに、黄理そのかっこう~」
「まぁ格好がつかないのは素直に認める。でも、千束のおかげでこの有り様なわけなんだけど?」
「……黄理、過去に囚われても今は変わらないゼ!過ぎ去った昔のことは忘れて、まだ見ぬ未来に夢を見ようか!」
「映画の台詞か何かかい?加害者と被害者っていう関係性がなければ感動ものなんだけどな」
「えへへ、照れちゃ~う」
軽口をたたき合う千束と黄理の姿は、友好的なモノで険悪な気配は一つと無い。
「仲いいな、二人とも。いつそんな仲になったんだ?というか、もしかして千束、さっきボケっーとしていたのは、まさかこいつ関連じゃないよな?」
「ナンノコトカナ~?そんなに知りたいなら、私とタイマンで模擬戦に勝ったら教えちゃるヨ!」
「お前勝たせる気ねえだろ。銃弾避ける変態リコリスが」
「変態とはなんじゃい!?」
「銃弾を平気で避けるのは変でいいんじゃない?」
「「あんな無茶苦茶動く
フキと千束が楽しそうに会話の掛け合いをしているのを横目に黄理は合いの手を挟むが、一瞬で協力体制をとった二人に挟み撃ちにあってしまった。
「仲が良いね、二人とも」
「うえ~どこが?」
「こっちの台詞だ」
「やっぱり仲が良いように見えるけど?」
「ちゃんと目ン玉開けてんのかぁおい?」
「もしかしてド近眼?ちゃんと眼鏡かけた方がいいよ♪」
フキはやたらドスの利いた声を出し、千束は辛辣に黄理へ迫る。これ以上はやぶ蛇かなと、黄理は千束へ僅かばかりの未練を見せながらも撤退を選んだ。
リコリスとリリベル同士のなんの変哲もない会話、千束はもう少しこれを続けていたかったが、時計を見た彼の上司である虎杖が退出を促す。
「さて時間だ、行くぞ七夜」
「了解──じゃあ、また近いうち。どこかで会おう」
「“また”──そうだね。また!絶対会おうね黄理!」
虎杖はそろそろ帰る時間だと言って秘書と黄理を連れて司令室を後にする。残された千束は、どこかぼんやりと夢見心地になり彼らが出て行った扉を見ていた。それを見たフキと楠木は処置なしと肩を落とす。
ただ、ミカだけは千束の頭に手を乗せ、穏やかに声をかける。
「リコリスとリリベルは指揮系統は違えど、国を守るという点で道を同じくする者たちだ。いつかきっと、彼と肩を並べて戦える日が来るさ」
「そう、だね。そうだよ!黄理と私がいれば、なんだってできる気がする!だって、私たち最強だもんね!」
ミカの慰めとも取れるような不確かな未来への期待を込めた言葉を、千束はまだ見ぬ未来を夢見るように朗らかに笑いかける。ミカは知っていた。リリベルはリコリスの造反時に処理を行い、リコリスもまたリリベルに向けて同様に動かされる。互いが互いの暴走を止めるくびきであり処刑執行部隊なのだ。
ミカは、七夜黄理という存在の歪さを僅かに理解した。あれは千束と違い、殺人に適応しすぎた子供なのだ。殺しの才能を持ちながら、まったく異なる道を歩んだ二人。千束はまだ気づいていないかもしれないし、もしかしたら自分の勘違いかもしれない。けれど、もし千束の想いが恋慕だったとき、それが成就することは不可能に等しい。
だが、そのときになって彼女が選んだ道に幸ありますようにと、一心に娘のような存在への幸福を願うのだった。
千束は呆然としたまま、寮の廊下をふらふらと歩く。
黄理たちが去っていくとまるで、これまでの時間が白昼夢だったような感覚に襲われた。
起きて見るような泡沫のごとき儚さの現実。
今日の出来事、七夜黄理との出会いが現実のものであることを再確認すべく千束は初めて出会った噴水の前に向かっていった。彼は模擬戦の終了とともに此処からいなくなってしまった。すると何故だか、いつも何気なく過ごしていたリコリス寮が、ひどく空虚になってしまった感じがする。
噴水前に行こう、彼との思い出をまたリフレインするように。
少しでも黄理との記憶を思い返したい。彼と話した時間は、フキや先生よりも短いはずなのに何故か頭の中で同じくらい大事な部分を占めていた。彼ともっと話したいことがあった。下らないことでも言い合って笑っていたかった。
模擬戦とかではなく、ありふれた話をしておけば良かったかもしれない。
彼は此処にはいないはずなのに思い出すだけで温かくて穏やかな想いが胸から溢れてくる。
もう触れられないのに、指先、手の平は彼と触れあった感触を覚えている。
また、出会いたい。顔を合わせて、一緒の景色を見てみたい。
会いたい、会いたい、会いたいな。
噴水へと向かう足取りは急かされるように早く、羽のように軽やかに。
この想いがなんなのかは、まだ分からない。先生に聞けば分かるかもしれないが、聞こうという選択は不思議と最初からなかった。この想いは私だけのものだ。誰かに聞いてもきっと分からないと思う。なら、自分自身で答えを見つけるしかない。
彼とまた出会える日は、いつになるのか。
それは考えても解りはしないだろうし答えも出ない。
ならこの瞬間、やりたいことを一番最初にしよう。
まずは出会ったところに向かう。黄理との思い出を思い返そう。
噴水があるフロアへと着いた。噴水前まで行こうと早歩きで進む、そうすると懐かしいような冷たい感覚に襲われる。周囲には人気が無くなっていた。近づくにつれ感じられるのは冬の夜長みたいな暗く冷然とした静かな気配。どうしたことだろう、彼はもうリコリスの施設にいないはずなのに、彼の存在を無性に感じた。
錯覚だろうか、また会いたいと思うあまり感覚が誤作動を起こしてしまったのかもしれない。
錯覚でもいいと足取りはより早く進んでいく。
ようやく噴水のところに着く。そこは、彼がもういない場所だったはずだ。
でも、千束の視線の先には、今も鮮明に輝く記憶のままに彼がいた。
記憶の中にいる彼よりも、この場にいる彼の方が格好良いと笑み毀れる。赤い制服はペイント弾で汚れ、出会った時と同じように傍らに置いてある。
出会ったときのように、黄理は噴水の真上の天窓から入る日光をぼんやりと浴びていた。
どうしてここにいるのかという疑問は、彼がここにいるという事実に塗りつぶされる。疑問による不信感よりも嬉しいという温かな感情の奔流が彼女を動かし続ける。
少し歩く速度を落とし考える。
話しかけようか、それとも少しだけ彼を観察していようか。
答えは決まっていた。
「き~り?帰ったんじゃなかったのか~?」
話しかけよう、やりたいことはいつだって最優先に。
しばらく会えなくなると思っていた相手にすぐさま会えた。だったら、待っている時間さえもったいない。やりたいこと最優先で動いてしまう身体は理性が溶けたように、すぐさま黄理の元へと身体を走らせる。
こちらを見た黄理は、驚きもせずゆっくりと目覚めるように目を開いた。そして、彼は傍らに置いていたペイントまみれの制服を膝の上に置き、自分の横をぽんぽんと叩いて、千束を呼んだ。千束は、彼が制服を避けてくれた位置に座って彼と向かい合う。
「今は虎杖司令の車待ち。送迎車が来るまで暇が出来て……気がついたら此処にいた?」
不思議そうに首を傾げる黄理の姿を、ずっと見ていたいと心が躍る。
「えっへへ、どうして疑問系なんだよ~?」
「どうしてかな……よく、分からない。分からないんだ、ただ此処にいたら──」
「此処にいたら?」
少し、黄理は口をつぐんだ。自分の中にあるよく分からない感情を言葉で形容しようと言葉を選んでいる。その悩んでいる姿を千束は急かさず、静かに待っていた。沈黙は十秒くらいだったろう。
沈黙した音のない時間でも千束は楽しそうに噛みしめていた。そして、ようやく黄理は自分の心を言葉にする。言葉にしたはいいものの、その感情がナニカまでは彼にも分かっていない。
それでも千束にとってはその言葉だけで充分だった。
その言葉は、それくらい錦木千束の胸の中の大きな感情を揺さぶった。
「また、君に会えるような気がしたんだ」
なぜだろう、顔がとっても熱い。わからない、さっきまで走ってきたからか?
よくわかんない。
分からないけど、今はとにかく気分が良い!
「そういえば……」
「おっとと、どうしたの。何か気になることでもあった?」
「ああ、まだ模擬戦のときの質問、答えてもらってなかっただろ。此処なら、あつらえ向きに二人だけだ。……だからもう一度、聞いてもいいか」
“千束は、どうして人を殺そうとしない?”
そうだ、彼はあまり感情を表に出すことがなかったが、模擬戦の最中に唯一、大きく感情を出したときがあった。最後の大一番での質問。なぜ、殺しをしないのかという問いかけ。彼はすごく問いの答えに期待しているが、特別で壮大な理由は千束の中にない。
内情は極めて利己的で、勝手気ままなものだと自負している。
聞いたら、彼は笑い出すかもしれない。けど、それならお互いバランスがいいだろう。
うん、彼には本音でぶつかろう。黄理もそれを望んでいるから。
何より自分もそうしたい、と心は穏やかに告げていた。
「気分が良くない……殺しは気分が良くないから、やらないの」
「気分が良くない?」
「そうだよ、誰かの時間を奪うのは気分が良くない。単純でしょ?でも一番大事。私にとってはね」
「相手が悪党だとしても?」
「悪党にも泣いてくれる家族とか友達がいるかもしれない。人の時間はそれぞれがとっても大切で、誰かの自分勝手な都合で奪っちゃいけないんだよ。誰かの時間を殺して奪うのは気分が悪いから、悪党でも死んだら気分がよくない。せっかくなら良い気分で明日を生きていきたい。これって、そんなに不思議かな?」
「気分で人の命を左右するのは、自分勝手じゃないのか?」
「私はいいのだ!相手が自分勝手に私の時間を奪おうとするんだから。だったら自分勝手に助けられても文句は言えないでしょ?」
「無茶苦茶な理屈してるな」
「無茶上等!人の命って、わりと軽いでしょ。いや、重いものではあるんだろうけど、世界にとってかけがいのないっていうほどでもなかったりする。でも、どこかの誰かにとっては世界より重いなんて、ザラにあるわけで……だったら、他人の都合で奪っちゃうわけにもいかんって」
「それは……夢みたいに素敵な話だな」
「素敵だろ~?……昔、私は助けられたんだ。心臓が弱くて半年持たないって言われて、どうすればいいのかなって迷ったよ。でも、どこかの救世主さんが私を助けてくれた。私にこれからも生きていける心臓をくれた。だから私は、生きてる限り誰か困っている人を助ける夢を、命を懸けてみてみたい!」
そこまで言って千束は、黄理の目を見て真摯な問いを投げる。
「黄理は、人殺しってどう思う?」
それは、黄理にとっては解答の出せない難問だった。息子を得て憑きものが落ち、一度は捨てた道に気がつくと舞い戻っている。片や千束は、人殺しを己の意志でやらないと明言した。
その違いに、七夜の頭領と呼ばれた男は恥じ入るばかりだ。
「……よく、分からない。情けないことに今の俺の中には答えがないんだ……。おかしな話だろ、君はきちんと自分の中に答えを見つけているのに……ほんと、情けないな……」
七夜黄理は目を伏せて、自身の無様さを弾劾する。
けれど、正反対なことに錦木千束はその答えに否を唱えた。
「黄理は情けなくなんかないよ。……ホントに情けなかったなら、私の質問の答えをこの場で考えて適当に話してるだろうし。黄理はね、ちゃんと考えて、“今は自分の中に答えがない”っていう答えを出したんだよ!それならきっと大丈夫。黄理は必ず今よりも素敵な答えが出せるようになる、絶対に!」
黄理は呆気にとられた表情をしたのち、自分が彼女に勝ち得ないことを察する。勝てないという気持ちのはずなのに、不思議と今は爽快な気分だ。
「……参った。君の勝ちだ、千束」
黄理は模擬戦で口にしていた最後の台詞を言い直す。あの模擬戦は自分の負けで勝負がついたのではなく、錦木千束の勝利で決着したのだという意味を込め七夜黄理は改めて勝負の結果を言い直した。それを聞いた千束は満面の笑みでピースサインをしながら勝利を誇る。
「おうとも!どんなもんだい!」
千束がピースして黄理へ向かって得意満面に笑っていると、ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえる。黄理は制服を肩に担いで立ち上がった。黄理はどこか柔らかな気配となり、千束へ二回目の別れを告げようとする。
「じゃあ、これでまたお別れかな」
「そういえば、これって今日二回目のお別れだ。おもしろいなぁホント」
「面白い、のか?」
「うん、だってまた会おう!なんて真面目に言ってすぐ会えちゃったんだし。有言実行にもほどがあるって」
「ああ、未来の話をすると鬼が笑うって言うくらいだから、まだ分からない未来で会おう、なんてのは叶うか分からない曖昧な別れかと思っていたけど。そうでもないらしい」
「そりゃ鬼が笑うんだから、縁起がいいってことでしょ。それに黄理ってば七十七人を倒した七夜なんてあだ名で、運が凄い良さそうじゃん。だったら、また確実に会える可能性も高くならない?」
己の名前も、鬼が笑うというくだりもそう捉えるのだなと、黄理も少しだけ面白そうに笑みを浮かべた。黄理がほんの少しだけ笑う姿を見て、千束はそれを大事に覚えていようと真剣に彼を見つめる。やがて、虎杖の秘書が来て、別れの時は訪れた。
ただ単にさよなら、というのは縁起が悪い。
ならば、別れの挨拶は一度目と同じように。
「またな、千束」
「うん!また会おう、黄理!」