Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 ギリギリ、七月中に投稿完了。
 今回はリコリコ二次創作において、稀に見ぬほど主人公らしからぬ導入から始まります。普段よりも短い導入編、お楽しみください。



Another day, another dollar【1】

 

 

 東京都神保町。

 

 某所にある人形工房、興信所、建築事務所兼DA外部拠点・伽藍の堂にて。

 

 その日、勤労に励む最強のリリベルこと七夜黄理は伽藍の堂で四ヶ月に一回周期のペースで繰り出される蒼崎橙子の伝家の宝刀の餌食となった。

 

 

 

「──すまんが、今月の給料は来月送りとさせてもらう」

 

「…………成るほど、うん…………成る程」

 

 早朝、伽藍の堂に出勤した出会いがしらに申し渡された内容に、黄理は一度、意味を咀嚼して飲み下そうと努力する。一分ほどの時間を要し、たった二言、三言の内容を消化した黄理は、煤けた調子で天井を仰いだ。

 

「橙子さん、また金欠ですか?」

 

「またとはなんだ、またとは。人聞きの悪い。これはやむにやまれぬ金銭不足による突発的な予測困難のイレギュラーだよ」

 

「一年の中で定期的にあるんだから、言うほど唐突でもないでしょうに」

 

 黄理は金払いの滞った雇い主のどっしりとした構えに愕然とする。ちっとは申し訳ない素振(そぶ)りを見せても良いものだが、蒼崎橙子は一味違った。威張るわけでも、虚勢を張るでもなく、自然体で自分の財布事情を赤裸々に明かした。

 

「なんだ、私だって、これで一文無しの素寒貧だぞ」

 

「つまり、今月の給料は……冗談抜きで無いということですか?」

 

「冗談にしたくとも先立つものが無いからな。笑って誤魔化せるなら、とうにしているが。笑っても泣いても無いものはない。そんなわけでだ、社員は各自で金銭を都合することとする」

 

「社員、俺しかいないじゃないですか……お国の紐付き暗殺者が文無しとか、笑い話にもならない……」

 

 頭を抱えた黄理は、財布にある真っ黒なカードのことを思い出す。ただ、これは巡り巡って虎杖さんに請求のいくブラックな切り札。よほどのピンチや差し迫った窮地でもない限り、手を出すのは控えておきたいところ。

 

 ……ガシガシと頭をかいた黄理は、どんよりとした眼差しで思い立つ。

 

 

 

「しゃーない、リコリコに転がり込むか」

 

「リコリコに?それならひとつ、言伝を頼む」

 

 この会話の流れで言伝という内容にある推測が先んじる。今、俺の中で生じた推測は間違いなく事実に即しているだろうということも。いやな予測を抱えつつ、俺は話だけは聞くことを決めた。

 

 聞きたくないけど決めた。

 

「……なんですか、橙子さん」 

 

 口をへの字に曲げた黄理の予測を裏切ることなく、橙子は優し気に微笑んだ。

 

「ミカさんか、ミズキのヤツに“金、貸してくれないか?”と」

「全力でお断りします」

 

 すげなく断りを入れ、黄理は足早に伽藍の堂を飛び出していく。元々、黄理の出張るような荒事の案件がなかったために滞在する必要がないことに加え、金の切れ目はなんとやら。今日明日の食い扶持を稼ぐため、七夜黄理は本日の業務から早退するのだった。

 

「──やれやれ、こうも財布が寂しいと手っ取り早く金を稼ぐ才能が欲しいもんだ」

 

 

 

 

 

 

 卓上に並べられた美食を食べ終えて、男は満足そうに一息をつく。美食の余韻が冷めやらぬ頃合いを見計らって、空いたグラスにワインが注がれる。亜麻色の髪を撫でつけた男性、吉松シンジは食事を用意した腹心である姫蒲へ感謝を口ずさんだ。

 

「ありがとう、姫蒲くん。堪能させてもらったよ、どうやら君にはコックの才能もあるようだ」

 

「恐れ入ります。ですが、調理の道を選んでいたら、機関は支援をしましたか?」

 

 姫蒲の問いかけに吉松は真紅のワインで喉を潤してから、生徒に教導する口ぶりで言い含めた。

 

「選ぶ?機関が支援する才能は神からのギフトだ。選ぶ余地など存在しない。いいや、そんな余地がある時点で、機関が支援すべき天与の才ではないのだ。真に“才能”と呼ばれるものは、それほどに絶対で完璧を誇る。それゆえにアランチルドレンたちは、生まれながらに役割が示されている」

 

 吉松の持論を受け、アラン機関の女性エージェント、姫蒲は迷うことなく追従する。

 

「人生の意味を探す必要はありませんね」

 

「そうだ、幸福なことだ」

 

 男と女は肯定しかしない相手との会話を交わし、満足そうに頷き合った。吉松シンジがワインを飲み終える時機で、姫蒲は千束の写真を一目見てから、白衣の収納されたカバンを静かに閉じる。

 

 既に千束を標的とした吉松の“仕事”は始まっていた。その禍中にいる千束は何一つ知らぬままに。支度を済ませた姫蒲に流し目を送りながら、吉松は優し気な声音で姫蒲にリクエストする。

 

「千束の扱いは丁重に頼むよ」

 

「状況次第と言ったところでしょうか。確約は致しかねます」

 

 いつにない姫蒲の弱気とも取れる発言に吉松は、はたと気が付いた。そう、標的は千束でも周囲には千束と同様にアラン機関の支援を受けた少年がいる。錦木千束と同格、アラン機関の寵児である天賦の持ち主。

 

「そうか、七夜黄理くん。ご老公の支援対象、あの騎士(ナイト)くんが千束の傍にいるのだったか。……だがまぁ、問題ないとも」

 

 吉松の微笑みを目にして、姫蒲は大人しく頭を垂れる。吉松の瞳の中には二つの思考が揺らめいていた。腹心である姫蒲への絶対の信頼。そして、千束の才能が目覚めない限り、七夜黄理の不殺の枷も外れないであろうという確信。

 

 それらを全て、考慮したうえで吉松は改めて断言した。

 

「できるよ、君なら──」

 

「……はい」

 

 やがて、腹心が退室し、一人きりとなった部屋で吉松は余人には決して見せない苛立ちの感情を含んだ顔つきで窓の外の夜景を睨みつけた。“アランチルドレンの才能”には役目に相応しい世界がある。それから外れてしまうことは、総て不幸の要因にしかならないと本気で信じたうえで吉松は吐き捨てる。

 

「あんなところでいつまでもままごとをさせてはいけないのだ」

 

 

 

 

 

 

 千束はどんぶり級に大きな椀に盛られたパフェを持って、今日もご機嫌にリコリコの仕事に従事する。フキやミズキの視線も何のそのと店内に千束の浮かれ切った声が響く。

 

「ヘイ、お待ちっ!」

 

 千束の非喫茶風な発言に、さしもの常連からも苦言が飛び出る。

 

「千束ちゃ~ん、居酒屋じゃないんだから」

 

「おっと、昼間から飲めるのかな?」

 

「阿部さん、勤務中ですよ……」

 

「え~、もう呑める口になってるけど?」

 

「僕も、僕も!」

 

「閉じて下さ~い」

 

 ガヤガヤと皆が騒ぐ中で大きすぎてアンバランスなパフェが無事に配膳された。そびえたつ甘味の威容に伊藤さんは僅かにたじろぐ。

 

「おおぅ、今日のもやっぱり凄い迫力だね」

 

「でっしょ~う!なんたって、千束スぺシャ~ルだから☆さ~ら~に~、今なら通常よりも二割増しくらいで盛っちゃります!食べたい人、今すぐ挙手!」

 

「はいはい、私も~!」「俺も~!」「ごちになりまーす!」

 

「ひーふー、みー、っと。はい、千束スペシャル三つ入りまーす☆」

 

 

 ご機嫌な千束の注文の聞き返しに厨房からの反応はない。おや、と千束が不思議そうに見ると厨房の手前で、乙女サクラが両手でバッテンを作り、声を出さずに離れるような素振りをしている。

 

 なんだろうと思ったのも束の間、背後からサクラの頭が掴まれ、そのまま厨房に引きずり込まれた。なんというホラー現象。千束は目を点にして一度振り返ると、常連の皆にサムズアップをして決め台詞を言い放つ。

 

「あいるびーばっく──」

 

 

 

 

 どした、どしたと千束がバックヤードを覗き込むと、サクラにアイアンクローをするフキと暗い顔でパソコンの画面と向き合うたきなの姿が。ややあって、たきなが小さく首を横に振る。フキは顔に手を当て、深刻そうに天井を仰いだ。なお、もう一方の片手ではアイアンクロー中のサクラがダウンしている。

 

 白目を剥いたサクラが打ち捨てられ、その横でフキはがっくりと膝を付いた。

 

「えっとー。たきな~、千束スペシャル三つだよ~……?」

 

 “千束スペシャル”。常連向けの特別なオーダー。スペシャルに相応しいボリュームと低価格。コストが赤いという大問題点を除けば、リコリコでも一、二を争う人気メニュー。

 

 千束はタイミングが悪かった。たまたま、たきなが店の売り上げを計算していなければ、フキがリコリコの経営状況を確認さえしていなければ──。

 

 何事もなかったろうが、その何事かは今ここに起こってしまった。

 

「不味いです、このままでは……」

 

 

 

 

 営業時間後、リコリコメンバーに緊急招集が掛けられた。

 

 裏手の休憩スペースである奥座敷。たきなが開いたタブレットPCには、今日までのリコリコの経営状況が記録されていた。分かりやすい工夫か、数字には黒と赤の二つが使われているらしいが、画面を埋めている色は一色だけ。

 

 千束の制服や着物と同じ“赤色”である。だが、この赤い数字は良い意味で使用されたものではない。一同は苦虫を嚙み潰した表情に早変わりする。クルミは気まずそうに経営状況を一言で評した。

 

「赤字だな……思いっきり」

 

「依頼から得たお金を合算してもこれです。いえ、リコリコの経営だけで利益を出すのが難しいとは分かっていますが、それにしてもこれは……。銃弾や仕事の経費は何処から捻出(ねんしゅつ)されているんですか?」

 

「あー、言われてみりゃ、そーっすよね。喫茶店の売り上げだけじゃあ、銃弾の購入とかクリーナーを雇うほどの額は出せないはずでしょーし」

 

「おい、まさかとは思うけど、リコリコの運用資金って……」

 

「アッハハ……、DAからの支援金が、ちょっとね。ちょっと、千束のリコリス活動費っつーことで出てまして」

 

 流石に現在進行形でDAから出向しているサクラ、フキの前で赤裸々に言うのは後ろめたいのか、ミズキも説明を気まずそうにしている。何せ、フキたちの活動費と千束のリコリコでのサービスメニューの費用が扱いとしては同列だったのだ。その心情も推して然るべきものがある。

 

「待った、その支援金込みで店の経営が赤字ってこたぁ……」

 

「完全に足が出ていますよね、これ?」

 

 千束が目を反らす。フキの睨みつける眼力は、レーザーみたいに恐ろしいまでの熱を帯びていた。横でサクラが“大変すねー”と呑気な口調であくびをする。フキの額に青筋が増えた気がして、たきなも目を反らす。

 

 

「かぁーー、こいつ(千束)がたっかい弾丸(タマ)ばっか撃つからよ!」

 

千束スペシャル(あのパフェ)もな」

 

 ミズキとクルミの追及に合わせ、フキが千束を重々しい口で詰めに詰める。

 

「千束ぉ、サービスすんなら自分の身銭を切りやがれ」

 

「うぐぐぐ、痛いところを突いてくるなぁ、もう」

 

「というか、独立してるといいながらお金はDAに頼ってたと?ダブルスタンダードも極まれりですね……」

 

「あーん!たきなまで楠木さんみたいなこと言って~」

 

 フキとたきなの鋭い眼光に圧倒され、千束は少しのけ反った。

 

 にへら、と引きつった顔で笑ってみるが、それで誤魔化されるほど、たきなは甘くない。その横で睨みを利かせているフキもだが。

 

 ため息をついてからたきなは勢いよく立ち上がって宣言する。

 

「分かりました、リコリコの経営は私がなんとかします!!」

 

 

 

 たきなの意気込んだ宣言と同時に後ろの(ふすま)が開かれた。部屋にいた皆が振り返ると、一斉に視線を浴びせられた少年、七夜黄理は目を白黒させる。話の前後関係を知らないため、どういう状況でたきながリコリコの金庫番になったのかを理解していないが、黄理は困ったように頭を掻いて、今日此処に訪ねてきた理由を口にした。

 

 

「えっと、ごめん。今月、伽藍の堂の給料未払いが確定してピンチなもんで……男性従業員、一名……リコリコで雇ってもらえる?」

 

 黄理の臨時バイトとしての加入に慣れているミカ、ミズキ、千束は、“あー、またか”と頷いて、雇い入れることに異論はないらしい。

 

 クルミ、サクラはなるようになれ(ケセラセラ)と中立を決め込み、フキは本気でDAに告発しようかと悩んでいる真っ最中。

 

 残るたきなは経営改善を決めた直後、人件費が増えることが決まり、難しい顔で黄理の顔を見つめた。困った顔で気弱そうに笑う七夜黄理、普段は滅多に見せない困り顔を見せられ、たきなはグッと眩暈(めまい)を覚える。

 

 

 “黄理と一緒に働ける”という私情と店の危機的な経営状況の数字が浮かび、冷静であるよう自らを律しながら頭の中でそろばんを叩く。しばらくして、黙り込んでいたたきなは、神妙な眼差しで宣言し直した。

 

「なんとか、します…………」

 

 

 さっきより若干、自信喪失気味な声で──。

 

 

 




 次回、経営ピンチのリコリコに迫る数々の事件と経営戦略。

 経費削減、裏稼業のコストダウン、爆弾解体、新メニュー。
 そしてついでにパンダも到来。

 楽しく賑やかに参りましょう、何でもない日常が壊れてしまう前に。

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