Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 久しぶりの投稿。表現力に不安がありますが、後ほど添削なり書き直し等をしていこうと思います。オリジナルパート、某ガンアクションノベルのパロディでお送りします。どうか、お楽しみください。


Another day, another dollar【2】

 

 

 リコリコが直面した大きな危機、それは大物テロリストや犯罪シンジケートの襲撃などではなく、積み重ねられた赤字によるものだった。リコリコ所属のセカンドリコリス、井ノ上たきなは立ちはだかる赤字をどうにかしようと奮起するが、その矢先に伽藍の堂で給料未払いとなった七夜黄理がリコリコに転がり込む。

 

 

 出費、人件費を節制しなければならないタイミングでの従業員追加。

 

 すぐに対処に乗り出さなければ、店の継続は困難……。

 

 

 

 喫茶リコリコの抜本的な経営改革が始まった。

 

 

 

 

 

 とはいえ、赤字状態から黒字を目指すには、そこそこ纏まった元手が必要となる。それを表稼業で稼げないなら、やることは簡単。表沙汰にできない裏稼業で手っ取り早く。

 

 DAのエージェントが複数、所属するリコリコにはそれが可能だった。

 

 

 

 とある廃墟を根城とする違法薬物を取り扱うチンピラたち。銃で武装した彼らは、やっとの思いで手にした銃を抜く暇さえなく一人、また一人と底なしの日陰の中に飲み込まれる。暗がりの奥で蒼黒いナニカが光り、その後、悪党は声もなく意識を刈り取られた。

 

 

 ごく自然に仕事を為す彼の姿は、傍観している少女たちでも追いかけることが困難なほどに巧みで無機質な手練手管。

 

 

 するりするりと壁や床を滑るように駆け抜ける暗影。常人では早い遅い以前に、気づくことすらできないほど奇妙な幻惑技巧を使い、七夜黄理は敵と認識した悉くを数分と掛からずに無力化し終えた。

 

 締め、割り、叩き、折り、様々な手法で敵を背後、頭上などから倒していく。元より、常人を越えた退魔の暗殺技巧を対人に流用しているのだ。抵抗はおろか、察知されることすらなく七夜黄理は粛々と事を済ませる。

 

 両手に携えた双棍を袖に仕込み直し、後ろにいる二人に“出てきていい”と手を振った(ハンドサイン)。黄理の合図を見た千束はリラックスした状態で顔を出すが、たきなの方はそうはいかなかったようで。

 

 倒れ伏した男たちとそれを為した七夜黄理を見て、呆れたように口を尖らせる。

 

「……黄理くんの静音下での奇襲、隠密戦闘は並外れていると認識はしていましたが、此処まで常識外れとは……」

 

「いやだって、それが俺の得意だし」

 

 廃墟の中で薄っすらと伸びる日影から物音もなく黄理が姿を見せた。

 

 昼間の廃墟の僅かな影から陰に姿を隠し、一瞬で相手の意識だけを奪い取る。これがもし、深夜の暗闇だったなら特殊部隊だろうと個人の奮闘で撃退するのでは、とたきなは思い知らされた。あるいは完全な不意打ち、奇襲なら最強のリコリス、錦木千束でも……。

 

 

 気絶した男たちの手首を拘束テープで留め、千束は頬を膨らませてぼやいた。

 

「ちぇ~、私まだ一発も撃ってないのに~」

 

「いえ、撃たないでください。その弾、コストがただでさえ高いんですから」

 

「でもさ、でもさっ。黄理だけがばったばった倒してる中、私たちは後ろで暇して棒立ちとかちょっとどーなんよっ、ってならない!?」

 

「お前じゃあるまいし、たきながそんな余計な気まぐれを起こすか……」

 

 千束の意味が分からない憤慨を受け、黄理は真面目なたきながそんな余分を考えるものかと片目を薄く閉じる。しかし、黄理の言葉にも、千束の言葉にも返答しなかったたきなは少し考え込みながら、ポツリと頷きつつ思考を声として漏らした。

 

「…………それは、そうかもですが……」

 

 

 煮え切らず、黄理と千束のどちらへの肯定か判断しにくい解答。予想外の反応に黄理が狼狽えている隙に千束はこれみよがしに笑いながらたきなへ顔を寄せた。

 

「っでしょ~~?」

 

 黄理の活躍でコストが抑えられるのは良い。けれど、彼の仲間、ないし相棒として、“任務を共に遂行している”感が欲しい、というのは千束の本心であったし、たきなも表には出せないがそういう思いがあったことは否定できなかった。

 

 けれど、千束がにこにこ近づいている途中でようやくたきなも我に返る。

 

「いえ、千束。……現場の修繕等でクリーナーを使うと膨大なお金が飛びます。現場を壊すことなく襲撃前と何ら変わらない状態を保っている黄理くんの活動を見習ってください。それと、くれぐれも非殺傷弾は考えなしに撃たないように……」

 

 たきなのお小言に“聞こえナーイ”とわざとらしく耳を両手で抑えるフリを取る千束。もうさっさと帰ろうと黄理が手持ち無沙汰になっているところ、黄理の視界の端で害意の思念をした色彩が過ぎった。

 

 

 千束、たきなの肩を掴むや、すぐ後ろの曲がり角に後退する。

 

 断続的な発砲。気絶した連中の仲間が一人、タイミング悪く帰ってきたのだろう。たった一人、すぐに片付けようと曲がり角から出ようとすると、千束は俺の肩を掴み込んだ。意図は察した。なら、最後は任せるとしよう。

 

 

 たきながワイヤーガンを握っているところ悪いが、その手をそっと抑えて目を閉じる。もはや、俺やたきなの出番はなかろう。後は彼岸花の独壇場だ。

 

 

 

 たきなは黄理が何故、自分の行動を抑えたのか読み取り切れずに眉をひそめた。しかし、それも僅かな間。黄理の肩に手を乗せている千束の表情から、なるほどと見当が付いた。たきなはワイヤーガンを下ろし、声を出さず視線だけで黄理と千束の案に同意した。

 

 

 アイコンタクトを済ませると、猫めいた笑みで千束は躍動する。掴んでいた黄理の肩を手がかりとし、自分の身体を軽やかに持ち上げた。瞬く間に肩に足を乗せ、千束は黄理を踏み台にして天井へと跳び上がったのだ。

 

 天井に足を付けた千束は、上下反転したままに天井を蹴った。天井を足場として、限りなく無音の状態を維持しつつ発砲してきた相手の元へ。パニック状態の男は、顔も出してないのに曲がり角の黄理たちの方に銃を撃ち続けている。

 

 パニくって照準もろくに付けない銃撃など脅威でもなんでもない。千束は天井で再び身体をくるりと回転させ、上下を正常に戻した。真下には銃を持った男、標的である男の額めがけて千束は加減しつつ蹴りを叩きこんだ。

 

 防護と安全性のため金属カップの仕込まれたリコリス用のローファー。その一撃はコンクリブロックですら砕く威力を実現する。加減したとはいえ、天井を自在に駆ける脚力で頭を蹴り抜かれたのだ。銃を持っていた男は、派手に蹴飛ばされて意識を容易く手放した。

 

 

 最後の敵を仕留めた千束は一回転を挟む余裕を見せ軽やかに着地。それから、たきなと黄理の方に満面の笑みでピースをする。

 

「どーだっ!」

 

 得意げな千束の制圧劇に圧倒されたたきなと黄理は……。

 

「いや、どーもこうもスカートでやることじゃないよな」

「節度というものを千束は守ってください」

 

 何も見ないよう黄理の目をたきなは隠し、千束に冷静なダメ出しを送る。

 

「え~、私の活躍はノータッチなの~~?」

 

 千束がぶーぶー言いはしたが、黄理くんと私でどうにか宥めすかし、気絶した小悪党たちをDAに引き渡す。銃で武装した標的らの無力化、DAからの依頼は無事に完了。今月分の人件費、商品の材料費などに当てる用の纏まった金額を入金され、私は経営簿を前にホッと一息をつく。

 

 

 そう、銃撃戦などただの前座。

 

 これからが本格的な経営改革の始まりなのだ。

 

 

 

 

 私の経営改善は多岐に及んだ。

 

 訂正、“多岐に”といったら、千束が名前でからかってきたので“様々な”ことに及んだとします。

 

 メニューの価格見直し、光熱費水道費などのコスト削減、裏稼業の仕事増。今までのリコリコが如何に利益度外視で営業していたか、深刻に考えると頭が痛くなる。ひるがえって、利益の追求に焦点を絞ってからのリコリコの利益はすぐさまV字に改善されていった。

 

 

 

 厨房でミズキさんが冷蔵庫を開けたままにしていれば、それを注意し。

 

「冷蔵庫の開けっ放しは電気の無駄です」 

「あ~……めんご」

 

 

「え~と……次が、さん。で、そのあとが」

 

「変わりましょう」

「まま、まか、任せてくださいっ!」

 

 店長のたどたどしいレジ打ちに代わり、私やフキさんがレジの金額を見たり。

 

「──フキせんぱ~い、お顔が真っ赤な……っいたぁ!!」

 

「んっ、まかない?」

 

「黄理くん、賄いはさっき食べましたよね?」

 

 

 

 

 クルミがフロア担当をして、皿を落としかけた時は危うかったが。

 

「っとと、え……うわわわぁぁっ!!?」

 

 宙を舞う皿の数々、ほっとけば間違いなく大量の皿が廃棄品に変わるピンチ。たまたまフロアに出ていた作務衣の青年は、皿が床に落ちるより早く、次々と皿を手元に重ねて拾っていく。上に乗せる、一段一段を積み上げるというよりも、横運動のスライドさせる動きで皿を全て回収してのけた。

 

 クルミのドジを帳消しにする黄理くんのミラクルな動きに常連たちは、拍手を送り、アンコールを斉唱する。お客様の注文は断り切れず、あと面白がった千束が黄理くんを捕まえて、クルミが投げる皿を黄理くんが一つも落とさずに拾うという曲芸を何度も披露することになってしまう。

 

 これには、さすがの黄理くんも──。

 

「もう喫茶店の店員に求められる給仕の技能とは関係ないな、これ?」

 

「まぁ、そうですね。……でも、見てください。黄理くんの曲芸なんですが、午後からSNSでバズっていまして、明日以降の客足にも期待できるのでは?」

 

「宣伝になるならいいけどさ……」

 

 クルミがアングルから外れている辺り、“ちゃっかりしてるなぁ”と黄理は心の中でぼやくのだった。

 

 

 

 

 リコリコの業務の改善だけでなく、表沙汰にならないリコリスとしての仕事でも力は抜けない。そう、例え、割りに合わない爆弾解除の仕事だろうとも。今回の仕事は私と千束だけしか来ていない。本当なら黄理くんやフキさんたちを連れてきたかったのだが、黄理くんはいつもの組事務所へ店長の挽いたコーヒーを配達に、フキさん、サクラさんはシフトのため参加ならず。

 

 結果、私と千束のペアで来たわけだが、どうもこちらの提示した成功報酬の反応を見るに、一筋縄ではいかなそうな雰囲気がしている。

 

 違法な雰囲気の酒場で、どこの誰が、何のために仕掛けたかも説明されない爆弾を手順通り、慌てず冷静沈着に解除していく。リコリスとして叩き込まれた知識と技術を惜しみなく活用し、あっという間に爆弾の解除は目前。

 

 その段階で店のオーナーが、用心棒らしきスキンヘッドの双子に近づいたところで嫌な予感を覚える。こういうところでの嫌な予感はよく的中するのだが……

 

「さぁ、終わたら帰ルアル!」

「さァ、終わタラ帰るアル!」

 

 微妙にイントネーションや抑揚のズレた声でまくしたてられた。どうやら、此処に来て報酬を踏み倒すことにしたらしい。いや、成功報酬ということは最初から払う気はなかったのだろう。彼らは銃で脅せば、私たちが簡単に引き下がると思っているのか。

 

「まだ、報酬をもらっていません」

 

「ほぅれぇ、ほぅれぇ~!」

 

 

 千束の煽るような発言に双子たちは銃弾で応じるが、これは相手が悪い。至近距離で撃たれた数発の弾丸はあっけなく躱され、背後の如何にも高級そうな酒瓶やボトルが並んだ棚を無作為に撃ち壊していく。狭い店内に満ちるアルコール臭と高そうな酒の香気。

 

「弁償のお話でしたら、そちらのお二人にどうぞ」

 

 スキンヘッドの男たちが蒼褪めているのを見計らって交渉に入る。そのために爆弾の解除は目前で留めておいたのだ。ニッパーに引っかかっているのは赤と青の導線。解除が終わっていないことを見せ付けるため、引っかかってる導線を切らないよう注意しながら爆弾をニッパーで持ち上げる。

 

「報酬が払えないということでしたら、ちょうど良かったかもしれません。この通り実はまだ、仕事が済んでいませんでしたから。報酬がないなら、私たちは此処でお暇させて頂きましょうか?」

 

「アチョーー!」

 

 

 カンフーポーズで双子に圧かけてる千束を無視し、此処のオーナーにソフトな脅迫をしてみる。相手が意地を張って払わないのなら、徒労と諦めよう。幸いなことに人が逃げる程度なら、まだ余裕があるはずだ。それでも店内は間違いなく瓦礫の山に沈むだろうが、そこまで考慮するほどのお人よしにもなれない。店主は此処で逃げ出すか、それとも──。

 

「待った!?報酬は約束通り、支払う……」

 

 私は千束と顔を見合わせ、頷き合った。

 

「「毎度、ありがとうございます♪」」

 

 

 

 一応、提示された額通りなのか、確認のため茶封筒に入った札束の枚数を調べていると、千束がうきうきとご機嫌に笑い掛けてくる。

 

「見た見た?私、一発も撃ってないよ!すごくない?」

 

「そうですね、よく出来ました」

 

「褒められちゃった~。これはリコリコの売り上げ貢献的に、黄理を大きくリードしちゃったかなぁ?」

 

 自慢げに胸を大きく張る千束を褒めることで、このまま午後のシフトをご機嫌状態で迎えられそうだ。隣で輝くような笑顔を振りまく千束に微笑ましさを感じていると、ポケットの中のスマホが存在感を訴えるように振動する。

 

 

 発信先は、配達に行っていた黄理くんからで。

 

『爆弾の解除依頼、もう終わった?』

 

「はい、依頼人に解除間際の爆弾を起爆させるかと尋ねてみたら、四方丸く無事に収まりました」

 

『……世に、それを脅迫と言うのでは?』

 

「はじめに脅されたのは私たちの方ですよ。土壇場になって、報酬が惜しくなったのですかね」

 

『で、結局、命より高いものはないって思い知らされたわけか』

 

 千束がそわそわと自分の活躍場面の話をしたそうに、私の傍をうろうろとし始めた。此処は千束の自慢話を黄理くんにも聞いてもらい、モチベーションを上げてもらおうとしたところ、この電話の本題が投げ込まれる。

 

 

『じゃあ、今から少し時間はあるかな?』

 

「……?というと」

 

『“リリベルからの依頼”、さっき、いきなり虎杖さんから投げられたんだけど、意外と割りの良さそうな話なんで受けてきた。夕方まで時間かかると思うんだけど、今から上野方面に来れる?』

 

「上野?」

 

『ああ、ちょっとパンダ狩りをね』

 

 

 

 

 

 “はくじょ~もの~~”、午後のシフトが入っている千束をリコリコに置いてきて、私は指定された黄理くんとの合流地点(ランデブーポイント)であるビルの階を上がっていく。此処は風通しがやたらとよく、まくれ上がりそうなスカートを抑えこんだ。屋上では既に両足を広げ、うつ伏せとなった伏射(プローン)姿勢を取る黄理くんがいた。

 

 頬をストックに押し当て、光学照準器(スコープ)を覗き込んでいるため、後ろからでは表情は分からない。けれど、私が近づいた際、肩が僅かに動いたのでこちらには気づいているようだ。黄理くんの横に付いた私も長時間待機を想定し、うつ伏せの姿勢を取る。

 

「お待たせしました」

 

「……一仕事終わったとこ、間髪入れず呼び出して申し訳ない。こっちの仕事は払い渋りもないし、虎杖さんから報酬が出されるから額も期待していいよ」

 

「その辺りは最初から心配してませんよ。むしろ、此処まで依頼の詳細を教えてもらえなかったことの方が心配でしたね」

 

 軽めの雑談に少し嫌味成分が配合されたが、爆弾解除の依頼を済ませてから説明なしでリリベルの仕事を回されたのだ。おまけに駄々をこねる千束を宥め、リコリコに置いてきてからの合流。余計な手間があった分、精神的な疲労は避けられなかった。

 

 

 たきなの不服そうな気配を見ずに察知した黄理は、狙撃銃を手放さないまま弁解の言葉を連ねる。

 

「そこは、まぁ申し訳ない。虎杖さんから依頼の受諾まで喋るなって言われててさ。下手をすると外交問題になるからって、詳細を伝えられるのが依頼を受けた人間だけだったんだ」

 

 “だから、リコリコのメンバーにも依頼の詳細はオフレコで”と黄理は苦笑気味にたきなにお願いをしてみる。

 

「……秘密厳守はあらゆる依頼の基本です。それに外交問題とまで言われては口にするメリットがありませんよ」

 

 お堅いマニュアル通りな発言に黄理は薄く笑うと、たきなへ距離計(レンジファインダー)機能の付いた双眼鏡を手渡した。双眼鏡を渡されて、たきなは今回の依頼内容が黄理の狙撃補助であることを理解し、観測双眼鏡(スポッティングスコープ)を覗き込んだ。

 

「今回の依頼は脱走した“パンダ”の無力化と捕獲。どういう経緯で脱走されたかは、リリベルにも下りていないんだけど、この脱走が明るみに出れば外交問題にまでなりかねないってんで急遽呼び出しを食らったんだ」

 

「なるほど、上野で逃げ出した相手に“パンダ”とは、また洒落が聞いてますね」

 

「洒落て、るかな……?」

 

 

 狙撃という超精密射撃は狙撃手(スナイパー)観測手(スポッター)の二組で行われることが望ましい。観測手は周囲の索敵、観察、司令部や後方部隊との連絡等を受け持つことで狙撃手の情報処理量を下げ、狙撃のみに神経を集中させることができる。

 

 優れた観測手の存在は狙撃の成功率を高めることと同義だという。

 

「標的、“パンダ”の特徴を教えてください」

 

 外交問題を起こしかねず、最強のリリベルである黄理くんに狙われるほどの標的。たきなの鋭い視線が緊張を漂わせる。“パンダ”、白と黒の特徴的な名称(コード)で呼ばれているのだ。DAが仕込んだ二重スパイ、あるいは外国からの産業スパイか何かなのか。それが何故、リリベルに狙われるようになったかの経緯を尋ねはしない。

 

 双眼鏡の先、黄理くんが銃口を向ける先には人払いがされているのか、観光客や地元の人間が見当たらず、リリベルの人影だけが捕捉できた。

 

「特徴って言っても、白と黒の格好で一目見れば分かるくらい目立つと思うけど?」

 

 

 “確かに”、と思わずたきなは納得してしまった。人払いがされ、視界の先には一般人の姿は皆無。存在するのは、サードやセカンドと思しきリリベルのみ。黄理くんの言う通り、目立つ白黒の服装の標的が現れれば、一目でそうと気づくだろう。

 

 ちらり、とたきなは黄理の構える銃を横目に見る。

 

 リコリスの主な活動内容である治安維持では使用頻度の低い狙撃だが、セカンドともなれば狙撃の知識だけは備えている。当然、彼が構えている狙撃銃の種類も。

 

 軍用狙撃銃、TRG-42。フィンランドの銃器メーカー、サコー社が軍・法執行機関向けに開発したボルトアクションライフル。

 

 リコリスの狙撃教練で習った情報が思考をかすめた。

 

 曰く、TRGシステムは既存の汎用ライフルよりも高精度を誇り、軍・法執行機関の超精密狙撃という目的に合わせて専用に設計された狙撃銃。今回の依頼で、どれほどの正確さが求められているかを実感する。

 

 後は標的が現れた際、距離がどれほどあるか……。

 

 近代、弾道予測デバイス、光学照準器(スコープ)狙撃銃(スナイパーライフル)の精度は上がってきてはいるが、狙撃の命中精度を最終的に決めるのは射手なのだ。常に呼吸や脈拍などの“動作”をし続けてしまう人間にとって、微かな“震え”はもはや生命活動の一環とも言える。

 

 それを前提としたうえで教官は、ある基準を定義した。スナイパーは800メートルに命中させられれば“熟練”、一キロで“神業(かみわざ)”、一.二キロで“曲芸”。それ以上ともなれば、“偶然”、“奇跡”。

 

 どちらにせよ、再現性の低い一射である、と。

 

 

 狙撃に関する情報を脳内で整理しながら、双眼鏡で周囲を索敵しているとリリベル以外の白と黒の大き目な影を見つける。

 

有視界、捕捉(インサイト)、黄理くん、標的との距離は……距離は、え?」

 

「あー、いたいた」

 

 黄理くんの呑気な声もほどほどに、私の思考が唐突に打ち切られた。ここまでで想定していたのは白と黒のツートンの服装の“人間”、しかし、私の視界に映っているのは、白と黒の“毛皮”を持つ四足の愛くるしい動物。

 

 文字通り、本物の“パンダ”だったからだ。

 

「あの、黄理くん。パンダ、何処かから本物のパンダが紛れ込んでいるようです……あれは、どうすれば?」

 

「?……どうすればって、あれが依頼の標的だけど」

 

「“パンダ”、標的の仮呼称ではなく、本当にパンダだったんですね……」

 

「あー、うん、驚かせてごめん」

 

 しみじみとしたたきなの声に黄理もようやく勘違いに気づいたらしい。

 

「いや、上野でパンダって言えば、自然と察するかなって。ちなみにたきな、どういうものと勘違いしてた?」

 

「……DAの二重スパイか、産業スパイの隠語かと……」

 

「あの目立つ見た目じゃスパイは無理だよなぁ」

 

「見た目どうこうじゃなくて、パンダの時点で無理ですよ」

 

 思わず頬を膨らませかけ、子供っぽいかと自重のために深呼吸を一回。黄理くんはスコープを覗き込んだまま動いていないから、見られていなかったと安堵の息を吐く。

 

「なぜ、パンダが動物園から脱走を?」

 

「そこは虎杖さんも知らないってさ。まぁ、知っていてもいなくても、俺たちのやることは変わらない。さっさと捕まえて、依頼を済ませよう」

 

 下らない会話に興じながらも、たきなは距離計(レンジファインダー)で標的との距離を計測する。

 

「射界問題無し。距離950メートル。風は七時方向、左後ろからの風。風速はおよそ3メートルです」

 

「了解」

 

 黄理くんがTRG-42のボルトハンドルを引き、即座に前へ押し込む。ボルトが弾倉内の一発目となる三三八ラプアマグナム弾を装填した。シンプルな機構であるがゆえの高い信頼性と精度。現代においてもボルトアクション機構が廃れていないのは、手動装填ゆえに一発目と二発目のボルトの閉じ方に大きく差がないことが起因する。

 

 自動銃や連射可能な狙撃銃は装填済みの一弾目を自動排莢した後、複座バネによって装填される二弾目以降でどうしてもボルトの閉じ方に差が生じる。極々、小さな差であるが、数百メートルの距離を飛ぶ弾丸には非常に大きい影響をもたらす。

 

 狙撃とは精密さと正確さの積み重ねの果てに為される一瞬の芸術だと誰かが言った。

 

「麻酔弾はこの距離でも効果を発揮するのでしょうか?」

 

「いや、通常弾で捕獲する」

 

 どきり、と心音が跳ねる。ほんの少し不安がよぎった。いくら捕獲のためとはいえ、通常弾でパンダを狙撃するのは一歩間違えば、対象の死亡ないし怪我による後遺症のリスクがあるのでは。いや、周囲のリリベルたちはその場で治療を行うためなのか。

 

 軽く息を吸い、酸素を脳に送る。観測手の役目は狙撃手の補助。

 

 標的の動きに全神経を集中させる。

 

 標的に目立った動きはない、逃げて欲しいという心中の声を押し殺す。後は弾丸と火薬、そして自分の合図だけが結果を左右する。

 

「対象動かず、照準は?」

 

「照準良し、射撃時機(タイミング)は俺が──」

 

「──了解しました」

 

 祈るように双眼鏡を強く握り込む。どうか、遠く離れたパンダに大きな怪我がありませんようにと願い、射撃の瞬間を待つ。

 

 

 

 一陣の風が吹き抜ける。

 

 それから私たちのいる屋上が凪いだと同時、引き金は引かれた。

 

 撃発、弾丸を撃針が貫き、信管に火が点く。マズルフラッシュが銃口に灯り、銃口が摩天楼に反響。三三八ラプアマグナム弾が疾風(はやて)と化す。

 

 からん、空薬莢が転がり、反響した銃声が風に流れ消える。黄理くんはすぐさまボルトを引いてから戻し次弾を装填し直した。

 

 数秒の空白、弾着の頃合い。

 

 標的に、目立った外傷はない──。

 

 効果(ヒット)、確認出来ず。

 

「弾着、効果は確認できません。次弾、射撃の続行を……」

 

「いや、当たったよ──」

 

「でも……あっ」

 

 膝を立てて座り直した黄理くんの言うことが分からず、もう一度、標的の様子を確認し直す。すると、標的のパンダは──。

 

 僅かに痙攣し、眠る様にその場に崩れ落ちた。

 

 麻酔にしても無力化が早すぎる。だが、弾丸は通常のもの。

 

 不思議なことに目立った外傷はない。

 

「黄理くん、あれは一体?」

 

「──脊椎と胸椎の中間点、そこを銃弾で(かす)めて、一瞬だけ圧迫した。そうすれば、脊髄神経を少し麻痺させられると踏んでね。銃弾を当て切らず、外さず、ただ(こす)らせるように当てるのが難事だったけど、上手くいって良かったよ。逃がしても外交問題だけど、仕留めても同じだしなぁ」

 

 麻痺の効果はおそらく一時的なものだろう。しかし、周囲に位置しているリリベルたちが麻酔を注射するのには十分な時間は確保できる。実際、既に麻酔を終え、パンダはアイスクリーム屋のキッチンカーに偽装された車両に乗せられ、もう影も形もない。

 

 あっという間に人払いが解除され、眼下の上野の雑踏に人が溢れかえった。

 

「でも、意外でした。リリベルの仕事はもっと、こうリコリスの仕事よりも壮絶というか、過酷なものと」

 

「さすがに今回の任務がおかしかったんだ。こんな仕事は此れっきりさ。お国直轄の暗殺者が雁首(がんくび)並べて、パンダを捕まえろって格好付かんだろ」

 

「そうですか?親しみやすくて可愛いと思いますけど?」

 

 にやり、とたきなにしては珍しい悪戯めいた笑みに黄理は目を見張った。

 

「やっぱり、たきなもリコリコに染まってきたなぁ。小さい頃はもっと素直で、真面目だったのに」

 

「む、子供扱いは止めてください。それに私は千束やミズキさんよりもしっかりしてます」

 

「あの二人は例えとしては不適切だから、反証材料にはちと弱いな」

 

 黄理とたきなが撤収しながら、ビルを降りていくと報酬が振り込まれたことを知らせるメールが届いた。緊急で呼び出されただけに額も大層なものになっている、思わぬ臨時収入に二人の足取りが軽くなる。

 

「これなら増えた人件費も余裕で回せて、さらに新メニュー作成にも着手できそうです」

 

「助かった、これでしばらくは三食まともな食事が満喫できそうだ」

 

 高度な狙撃任務を遂行したにしては、ひどく安穏とした結論に着地した二人がリコリコへ戻る。店内は夕暮れ時ということもあって、客足も落ち着き忙しくはなさそうだった。

 

「おかえり~、千束がなんかぎゃんぎゃん騒いでたわよ~。なだめるこっちの身にもなんなさいよね~」

 

 ミズキがのほほんとした態度で黄理たちに声をかける。一瞬、迷惑かけたかなとも思ったが、黄理はすぐに思い直した。

 

「酒瓶片手じゃなきゃ、素直に納得できたんだけどな……」

 

「ミズキさん、晩酌は閉店以降にしてください」

 

 たきなの冷静な指摘を横に、夕方のニュースは聞き馴染みのある話題を取り上げている。

 

 “上野の人気パンダ、ワクチン接種を終え無事帰還”。

 

 たきな、黄理にはニュースのパンダに見覚えがあった。

 

「この子は──」

 

「帰るの、思ったより早かったな」

 

「ん、何?なんの話?」

 

 ミズキが二人の会話の流れを捉えられない中、ばたばたと忙しない足音が黄理たちを迎えた。淡いプラチナブロンドを靡かせ、フロアに飛び出した千束は夕方になって、ようやく帰ってきた相棒たちにふくれっ面を出してくる。

 

「二人ともようやく帰ってきた~。私だけ置いてッてズルイぞー!」

 

「ズルくないです。私たちもきちんと一仕事を終えた後ですから」

 

「ぐぬぬ、たきなも弁が立つようになっちゃって……というか黄理。リリベルの仕事だからって、たきなに物騒なこととか危険な事させてないよね~?」

 

「そういう依頼だったら、最初から二人に頼んだりしてないっての」

 

「……ならいいけど。いやいや、私たちがいなくても物騒なことしないように。黄理はほっとくと、危なっかしいし」

 

「ですね、黄理くんももう少し危険に対しての無頓着さを改めてもらえればいいのですが」

 

 そうかな?と黄理が首を少し傾げるのを見て、千束はあからさまなため息を見せた。黄理がいくら鈍いとはいえ、ここまで呆れてる姿勢を見せられて、少し自分の中の危機感に対して不安が滲む。

 

「ま~、子供のころからの事だから、もう性分と言うか習性と言うのか」

 

「動物風に例えるのは勘弁してくれ」

 

「黄理は実際の動物の方を見習った方が良いな。よし、今度の日曜、動物園で実地研修ダ♪たきなも行こ~、本物のパンダを見にさ~!」

 

 

 千束が自分と同じ勘違いをしていることに気づきながらも、たきなは千束の案に頷いた。

 

「そうですね、今日は双眼鏡越しにしかパンダを見れませんでしたから。黄理くんも行きましょう、狙撃銃越しでなく直接見た方がタメになりますよ」

 

「別にパンダは見たまんまパンダじゃないか?」

 

 たきなと黄理のやっぱり、何処か常識のぶっ飛んだ会話を聞かされた千束は、直前までの笑顔を引きつらせ、二人の非常識なやり取りに物申す。

 

「待った、二人とも今日の依頼で何やらかしてきた?」

 

 

 




 某問題のパフェや真島の出番は次回のパートにて。
 次回は九月頭に投稿予定。
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