Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 大変、お待たせしました。今章、長くなりそうですが九月中には終わらせていこうかと思います。作中の時期は十月末、どうか最後までよろしくお願いします。

 日常あってこそ非日常。まるでコインの裏表。
 絶対に交わらないからこそ意味がある。


Another day, another dollar【3】

 

 

 

 たきながリコリコの経営改善に取り掛かり、裏稼業での臨時収入、ランニングコストの低減などが軌道に乗り始めた。

 

 ここまではいわば地盤固め。そこで本格的な売り上げの黒字を達成するため、たきなは新たなメニューを提案する。

 

 

 それを見たリコリコの反応はひどく微妙な、名状しがたいものだった。

 

「こ、これは、どっからどう見ても、ウンっ」

 

「ミズキ、それ以上はいけない!?」

 

 ミズキとクルミはたきなの純粋な瞳に言葉を噤み、決定権を放棄することにした。ちなみに店長は、と言うと。

 

「う~む、たきなが真面目に考えたということは、この商品は売れる流れにあるということなのか?……昨今の流行りというのは、分からないものだな」

 

 これだけ言い残し、厨房で次の日の準備に取り掛かり出した。若干、現実逃避気味だったが、敢えて指摘するのも酷だと皆は判断する。そして、同年代のリコリス、リリベルの少女少年たちも複雑そうな顔で検討を始めた。

 

「たきな、狙ったんかな……」

 

「千束、お前のやらかしなんだから責任とれよ」

 

「フキまで!?いんや違うっての、これはマジで私プレゼンツじゃなくて、たきなの独創性が事故った結果だからっ!」

 

「なるほど前衛的だな」

 

「いや~。これ、衛生的な意味で大丈夫なんスか?」

 

「作ってる過程は俺も見てた。普通の食材で普通に調理してたから特に問題ないだろ」

 

「あるよ、あるだろ、あるでしょーよ。見た目(ビジュアル)って逃れられない第一関門がさっ。このハードルは中々、飛び越えられんて」

 

 ひそひそと検討をしている内、たきなが不審そうな目をし始めたところで千束が輪から抜けて率直に尋ねた。

 

「たきなさんや、このスイーツのコンセプトは?」

 

「?コンセプトというほど大仰なものは……近頃、寒くなってきたので、効率的に身体を温めるチョコレートを素材としたホットなメニューを考案しました」

 

 “それでこれか……”と千束、フキ、黄理、サクラは口をへの字に曲げた。改めて、たきなの用意したパフェを観てみよう。皿に納めるための工夫だろうか、とぐろを巻いて置かれたチョコレート。彩りのためにチョコに振りかけられたカラフルなチョコスプレー。そして、立ち昇る湯気は温かさを象徴しているようだが、その所為で“如何にも”それっぽい仕上がりになってしまっている。

 

 

 自信満々にドヤ顔をしているたきなの横にいた黄理が軽い口調で援護に入る。

 

「まっ、行けるんじゃない?」

 

「「「行けるか、これ?」」」

 

 千束たちの懐疑的な声に不満げな顔をするたきな。作務衣姿の黄理は小さく笑いながら頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 お昼前のリコリコにできた長蛇の列。普段はそこまで流行っている店ではないが、特別な色ものメニューに釣られて、多くの新規顧客がリコリコに並んでいた。行列の最後尾、壮年の男性は見知った顔が並んでいるのを見て、意外そうに頬を緩めた。

 

「おや?」

 

 列の最後尾、眼鏡をかけた蒼崎橙子はリリベルの統括を担う虎杖の姿を目にし、不思議そうに首を傾げる。

 

「あら」

 

「君が素直に列に並ぶというのは意外だな」

 

「列に並ぶ程度の社会性は文明人の嗜みですよ。人をどんな蛮族だと思っているんですか?」

 

「いや失敬、こういうことに煩わされる君が想像できなくてね」

 

「意外というなら虎杖さんもですね。SNSのトレンドに乗っかって一喜一憂する柄でもないでしょうし」

 

「見ているSNSなぞ、リコリコのものくらいだがね。最近の流行り廃りは追いかけるだけで疲れてしまう。今日は息抜きが本筋、仕事の話はおまけみたいなものさ」

 

 仕事、の詳しい内容にまでは踏み込まない。橙子はDAにおいて多くの秘事と陰謀、権力を担う虎杖との距離感を知ったうえで親交を持っていた。

 

「何かしらあれば、伽藍の堂に──」

 

「気遣い、痛み入る。そうさな、いざというときはよろしく頼む」

 

 

 二人が意味ありげに話している内、行列は消化され二人はようやく店内へ。普段とは違う賑わいを見せるリコリコでは、どの卓にも凄まじいインパクトのあるスイーツが提供されていた。正気を疑うメニューだが、ニコニコとしたたきながそれを配膳しているのを目にして、橙子と虎杖は呆然と立ち呆けてしまった。

 

「おっ、橙子さん、虎杖さん、いらっしゃ~い」

 

「おま、千束っ!?虎杖しれ、じゃない。虎杖さんに気易すぎんだよ……」

 

 のほほんとした千束の態度にフキがすぐさま噛みつく。リコリコに勤務して暫く、フキもサクラも未だに突発的に出現する虎杖司令の存在に慣れ切ることは難しいらしい。百面相しているフキへ虎杖は少年のような微笑と共に、人差し指を自身の口に当てて“静かにと”ジェスチャーをする。

 

「此処ではそういった野暮な話はよそうじゃないか。フキくん」

 

「はいっ、ご要望とああれば」

 

「おっとー、フキ先輩、噛んだっすね」

 

「フキは変に意識しすぎなんだよね~」

 

 直後、フキの鋭い左肘打ちがサクラの右わき腹を刺す。ついでと放たれた右の肘打ちは、千束にあっさりと避けられている。悶絶するサクラを抱えたフキは、困りぎみな笑顔で橙子と虎杖をカウンター席へ案内した。カウンターの向こうではミカが忙しそうに注文の順番を確認している。

 

「おや、虎杖さんに、橙子くんまで。いらっしゃい、今日はたきなのあのパフェがお目当てで?」

 

「まぁ、あれだけSNSを騒がせたら気にもなるでしょう?」

 

「ミカ君、久しいな……今日は随分と繁盛しているようだ。何が当たるか、なんて誰にも分からんものだとしみじみ思わされるよ」

 

「そうですね、いや恥ずかしながら、たきなに提案された時“これは流石に”なんて思ったんですが、これほど反響を呼ぶとは」

 

「案外、いい経営者になるかもしれませんね、たきなちゃんは。そういえば、ウチの臨時バイトの働きはどうかしら。ちゃんとやってます?」

 

「そりゃ、働き甲斐の無い橙子さんのとこよか、真面目にやってますよ」

 

 橙子、虎杖という明らかに自分関連の二人に気づいた作務衣服の七夜黄理が皮肉げに愚痴を投げかける。それを聞いて、拗ねた橙子はダウナー気味にカウンターに突っ伏した。

 

「だって、ウチは喫茶店みたいにバズって一発逆転なんて難しいんだから、甲斐性なしになるのも仕方ないでしょ~。ドカンと当てるには向いてないのよね」

 

「コツコツ売り上げを伸ばして倹約に励んでくださいよ。伽藍の堂の最大の問題点は、とにかく一発のでかい儲けでなんとかしようとするのでしょう。橙子さんの散財癖はこの際、置いておくとして」

 

 七夜黄理と蒼崎橙子、浮世離れした従と主が互いにやれやれ、と言いたそうにしているのに虎杖が呆れたという態度で頬杖をつく。

 

「私から言わせてもらえば、どっちもどっちと言うヤツだ。そこまで資金繰りに煩わされるのなら、組織の枠組みに入ってくれればいいものを」

 

「「そいつは御免ですね」」

 

 先ほどまで意見を散々に食い違わせていた二人は、声を揃えて首を横に振る。似た者主従のやり取りを聞かされた虎杖はミカに向かって演技がましく額に指を当て、声なく笑い始める。そして、一息ついた橙子と虎杖は馴染み深いメニューを開くことなく、たきな謹製の新たなホットメニューと一杯のコーヒーの注文をミカへ頼むのだった。

 

 

 

 たきなが自信満々に持ってきたホットチョコレートパフェの威容(異様)に慄く橙子、虎杖をよそに、フロアでは千束たちに混じって、普段は奥座敷から出てこないリコリコのメンバー、クルミの姿があった。

 

 

「おっ……おまちど~」

 

 少々、危なげに配膳し終えると、新規の女性客らがクルミの不慣れそうな仕草をお気に召したようで口々に褒めちぎっている。

 

「可愛い~、ブロンドがすっごいキラキラしてるっ」

 

「小さくてお人形さんみたい~」

 

「ホント~、あれ、でもお店のSNSに載ってたかな?新人さん?」

 

 一斉に褒められることに耐性が無かったのか、クルミや普段の軽妙な軽口を叩くこともせず、ちょっとばかり格好をつけた口調で誤魔化しにかかる。

 

「──ひみつだ」

 

「「「かわいい~~」」」

 

 

 

 

 クルミがてれてれしながら厨房へ向かってステップを踏んでいると。

 

「すまない、少しいいかね?」

 

 カウンター席にいた虎杖が呼び止めた。唐突に呼び止められたクルミは、それでも気分よさげに口元をほころばせて、無防備に虎杖の方にやってくる。

 

「どしたー、ホットチョコレートパフェのおかわりかい?」

 

「生憎だが、一皿目を未だ完食できてないのでお代わりは勘弁してもらおう」

 

 そう言う虎杖の目の前では半分ほど食べられた、造形に明らか問題のあるホットチョコレートが鎮座していた。“作っておいてなんだが、よく食べられるな”と割りとひどいことを考え、クルミは虎杖の横の席に腰かける。

 

「じゃあ、いったい何の用なんだ?」

 

「君に頼みがあってね、“ウォールナット”」

 

 “やられた”とクルミは表情を曇らせる。カウンター側にいたミカも、表情をこわばらせフロアへ目を配る。幸い、フキとサクラは慌ただしくパフェの注文を取ったりしていて気づいてはいなかった。ミズキ、たきな、千束も同様。黄理は、レジの前で難しい顔をしている最中だ。

 

「……その名前のハッカーはとっくに死んでるよ」

 

「なら、この時だけ蘇ってくれ」

 

 しれっという辺り、虎杖もイイ性格をしているものだとクルミは感心してしまった。同時にリリベルの長が直々に依頼する内容への好奇心が疼いている。冷静に今の自分の立ち位置とリスクを考慮した上でクルミは腹を決める。

 

「内容は……?」

 

「リリベルの担当する事件において、数件の関与が疑われる男の情報が欲しい。男についてだが容姿、年齢、性別は不明。しかし、呼称だけは我々の情報解析班が入手した。“ご老公”……対象はアラン機関のエージェントだという話だ」

 

 それを聞き、ミカはごくりと息を呑んだ。クルミも虎杖のいう呼称には聞き覚えがあった。それは少し前、千束らがミカの尾行をした際、アラン機関のエージェント、吉松シンジが語った七夜黄理の支援者たるエージェントの名と同一のものだったゆえに。

 

 

 

 

 ミズキとたきなは新しくパフェを作っている真っ最中。黄理はカウンターの虎杖たちを眺めているが、呆れたように視線を外しレジ打ちに没頭し始めた。そんな黄理にご機嫌な様子で千束が絡みにくる。

 

「案外、イけるもんだね?たきなの新メニュー」

 

「まぁ、常軌を逸しているという意味なら、行けたんだろ」

 

 千束の話を聞いてレジを打ちながら、黄理は朴訥に返事をする。雑に対応されたことに千束が不服そうにするが、今の黄理の視線の先はカウンター席で話している虎杖たちの一挙手一投足に向けられていた。ある程度、堅苦しくシリアスな会話のはずだ。しかし、しかしだ。

 

「いや~、目の前にたきなのパフェが置いてあるだけで緊張感もぶっ壊れますなぁ」

 

 虎杖と橙子の目の前にはホットチョコレートパフェを出されており、真面目な空気が何処か閉まり切らず間の抜けたものになってしまっていた。ただ、条理の埒外にある感情を色彩として知覚する浄眼の持ち主である黄理は、あの会話がそこそこ重要で重い意味を持つ内容であることを看破する。

 

「見かけはともかく。話の内容は真面目だな。視た感じ、虎杖さんがクルミになんかしら厄介ごとを依頼した様子だし」

 

「……あ~、やっぱ、クルミの事情、虎杖さん分かってるっぽい?」

 

「何を今更。橙子さんも気づいてる節があるし、虎杖さんが気づくのも無理はない。というか、いくら死んだ(てい)になったからって、クルミという直球の名前は如何なものか。(ひね)りが足りないよ、捻りが」

 

 軽快にクルミのネーミングにダメ出しをしているところ、リコリコの据え置きの電話が鳴り、受話器を黄理が取る。

 

「はい、こちら喫茶リコリコ…………千束、山岸先生から」

 

「あっ、忘れてた~。……えっと、もしも~し?」

 

『千束っ!アンタ、また検診をすっぽかしたわね!今日の約束でしょうが!』

 

 受話器から離れたとこにいる黄理でも聞き取れる音量、リコリスの関係者の女性はどうしてこうも女傑めいた人が多いのかと、考えてしまうがそれよりも追及することがあった。

 

「千束、お前また検診を忘れたのか。そんな注射が怖──」

 

「怖くないでーす。違うんだって、実は今、お店が過去一忙しくて、私だけ抜けるわけには~」

 

『フキとサクラ、あとリリベルの坊やがバイトで入ったってミカさんから聞いたわよ?』

 

 “バレテーラ”、と千束は恨みがましい目でミカを睨みつける。視線の意図が分かっていないのか、ミカはにこやかに手を振って返事をしてくれた。

 

「……往生際、悪くないか?」

 

「悪くない。──いやね、たきなのアイディアメニューが急に流行っちゃってさ~」

 

『……はぁ、とにかく、アンタの検診は他の子と違って色々と準備と段取りが必要になるんだから、都合のいい日程をさっさと寄越すこと。なるべく早く時間作って来なさいよね!分かった!?』

 

「オカン……」

 

『あぁん?何か言ったかしら』

 

「あー、ナニも言ってないよー。……まぁ、余裕出来たらすぐ行くから……はい、ありがとうございまーす!」

 

 受話器を置くと、千束は疲れたように手でパタパタと顔を扇ぐ。これが最強のリコリスか、とレジ打ち中で威厳の欠片もない最強のリリベルが呆れかえる。

 

「──検診、行けるうちにさっさと行って来いよ」

 

「うん?なんか、妙に優しいな~。なんか後ろめたいことでもしたんか~?皿割ったとかなら、今んとこクルミのいっぺんに十七枚が最多レコードだから、それ以下なら怒んないけど」

 

「そんなに皿割る方がかえって難しいんじゃないか?……とにかく、行ける日にさっさと行ってこい。今んとこフキやサクラに、クルミは……微妙だけど、リコリコを回すうえでの頭数は揃ってんだから」

 

「ちぇ~、先生みたいなこと言ってぇ~」

 

「言わせてるヤツが悪いんだ……休憩行ってくる」

 

 千束が変に絡むより先に、黄理は奥座敷の方に進んでいく。フロアとバックヤードを仕切る扉を閉める際、千束の立ち姿が目に止まった。

 

 日差しみたいな色の髪と夕焼け色の瞳を輝かせ、忙しなく楽しそうにバタバタとする錦木千束。余人には、そういった実像しか見えないだろうが七夜黄理の視座からは、まったく異質な虚像が感じ取れた。

 

 千束の動かないはずの鋼鉄の心臓がある部位を中心にして、脈動するように収縮と膨張を繰り返す真っ赤な線。赤過ぎて、いっそ不吉なそれは彼女の命の限界の証明。いつか終わるモノへの死の烙印。

 

 笑う千束に絡みつく赤い線が、あまりにも多い……頭蓋の内側が沸騰するように鈍い痛みを訴える。鈍痛を堪えて、黄理は千束から目を離す。ずっと、千束が生きているところを笑っている風景を見ていたいはずなのに、それとは正反対なものばかりを感じ取ってしまう。

 

 

「……なんて無様」

 

 生きる者への理解を深め、近づけば近づくほど、死にも近づいてしまう。なんと無様、滑稽な自己の在り様を罵倒する。頭を抑えた黄理は奥座敷で横になり、頭痛を抑えるため睡魔に心身を委ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──背中に乗った児童を落とさぬよう注意しながら俺は改めて考える。

 

 こういうの(コスプレ)は向いてない、と。

 

 

 

 十月末、世間ではカボチャと仮装、菓子などがあちらこちらで目に付き、収穫祭だか仮装大会だか判別付かない日本式ハロウィンが街を振り回している。伽藍の堂、橙子さんの元にいたときには気にも留めなかった行事。だが、リコリコでは当然ハロウィンに全力で乗っかり、店員たちへ仮装しての勤務が通達された。あくまで通達であって、強制力はなかった。

 

 義務でも強制でもないところが実にリコリコらしい。

 

 ただまぁ、結果から言えば、仮装は全員がすることになった。大概、皆ノリいいし、イベントごとにも寛容だから驚きはない。出向で来てるフキとサクラたちは難関かと思ったが、サクラは軽いノリで狐耳を装着し、フキもミカさんから善意で渡されたウサ耳を突っ返せなかったようだ。

 

 俺はと言うと、まぁ千束に押し付けられた仮装を着る羽目となった。装飾品や派手な服は好まないが、嫌うというほどでもない。元よりさして拘りがあるわけでもなし。

 

 ハロウィン当日、幼稚園でのハロウィンパーティーの仕事がリコリコに依頼され、千束たちの付き添いで来た俺は、ハロウィンらしく仮装をして子供たちの面倒を見ている。

 

「お菓子はちゃんとみんなの分あるから仲良くするんだぞ。ほら、そこ列から出てかない。遊ぶのはちゃんとお菓子をもらってからにしなさい」

 

 もっぱら、俺の役目はやんちゃ盛りの子供たちをたしなめる人として振る舞うことだった。ただまぁ、お菓子をもらった後は列に並ぶ必要が無くなったということで……。

 

「きりにーちゃん、あそぼ~!」

 

「おー、たか~い」

 

「次はわたしの番だからね~」

 

 お菓子片手に青年の細身な体躯を登り始める園児たち。怪我をさせないよう注意しながら、蛇行しがちな子供たちの列を均していく。幼稚園のバイトは時たま来てはいるが、こうも不愛想な俺に懐いてくれる子供たちの度胸にいつも感服している。まぁ、愛想のいい千束とセットだからこその反応か。

 

「──きりおにいさん、ねぇねぇ」

 

「どうしたのかな?」

 

「わたしねー、実はねー……」

 

「ふむ、実は、というと」

 

 肩に乗っかっていた園児の子が言いづらそうだが、意を決して何かを話そうとしている。こちらも真剣に耳を傾けようとしたところ、バタバタと慌ただしい足音が近づいてくる。

 

「黄理~、お疲れ~。ちょっとこっちの手伝いしてもらっていい~?」

 

「あいよ……ごめんな、話はまた今度。ちょっと行ってくる」

 

 背中や肩などに乗っていた子たちを降ろし、千束の手招きする方へ。

 

 

 

「で、何を手伝えば?」

 

「あ~~~、やっぱ気づいてなかったなワレェ」

 

 呼び出しておいてガラ悪いな、千束(コイツ)。とはおくびにも出さず、詳しいことを問い質してみることに。

 

「気づくって何に?」

 

「あのままほったらかしにしといたら、黄理があそこの子たちの大切なモノを盗んでいきそうだったからだよ」

 

「……すまん。何を言っているか理解できない。分かりやすく頼む」

 

 千束が見ている方の子供たちを改めて見てみよう。いや、盗むも何も、普通にただの園児たちだ。持ち合わせや資産なんて言葉が掠ることもなく、盗むものなんて何処にもなさそうだが。

 

 

 黄理が真面目に首を傾げている最中、千束は拳を強く握りながら歯噛みする。

 

 黄理に乗ったり、手を繋いでいた園児たち。全員、年端も行かない女児なのだ。それもあからさまに顔を赤くしていたり、恥じらっていたりと、男子学生くらいな黄理と彼女たちではヤバげな匂いがしてくることを千束は懸念した。

 

「とーにーかーく、黄理もこっち手伝わんかい」

 

 黄理の手を掴み、たきなのとこまで引っ張っていく千束。たきなは普段のクールな表情と異なり、子供たちに柔らかな微笑みでお菓子を配っていた。お菓子をもらい、喜ぶ子供たちに絡んでいく千束と笑っているたきなの二人の姿に俺はずっと考えていたことを口に出して言ってしまった。

 

「なんというか、どっちつかずだよな」

 

 

 俺の呟きに千束とたきなが不可解そうに口を尖らせる。というか、怒り出す一歩手前。手を前に出し、“一寸(ちょっと)待ってほしい”と表現。二人の衣装を改めて見直してみよう。

 

 千束は頭には小さな角、背中には悪魔を模したような小さな羽とふんわり膨らんだ黄色のスカートとかぼちゃをモチーフにしたドレス。たきなは魔女っぽい黒いローブと合わせた三角帽、あとそこから出ている犬耳。うん、これはいわゆる。

 

「こういうのって、モチーフは一つに絞った方がいいと思う」

 

「ん~、でも可愛いんに可愛いをプラスしたら、もっと可愛くならん?」

 

「テーマの統一ですか、そういう考え方もありですね」

 

 千束とたきなは趣深い表情で頷いたが、すぐさま、こちらのグゥの音も出ない二の句を告げてくる。

 

「でもさ~」「ですが」

 

「黄理(くん)はどうなんよ(どうなのでしょう)?」

 

 俺は口を閉じて、自分の格好を見直す。

 

 無理やり被せられたシルクハット、そこから飛び出した二本の鬼の角と青の着流し。たきな、千束以上にどっちつかず、というか和洋折衷な仮装だった。

 

「それは、まぁ、そうなんだが……」

 

 こっちが言い淀んでいると、たきなは緩んだ場を引き締めるように眦を釣り上げて、俺たちの次なる仕事を言い渡す。

 

「いいですか?此処は子供たちにお菓子を配るだけなので一人で回せそうです。二人には他の仕事を担当してもらいます」

 

 ばさり、と渡された依頼書の束。リコリコの依頼でタイミングやら時期を外した所為で塩漬けになっていた数々の依頼。それをまさか、このハロウィンの騒がしい時にこなせ、と仰るのか、たきなは──!?

 

 

 

 

 

 俺と千束が幼稚園を後にしてからの道中は波乱万丈なものだった。ペットが逃げ出したというので即興で罠を張ったら、ひったくりと阿部刑事が捕まるし。詐欺師のアジトを一分半で制圧したあと、馴染みの組事務所にコーヒー豆を配達。そこからモデルガンを使用してのリアルさを求めた銃の取り扱いのレクチャー。

 

 全ての依頼が迅速に、山も谷もなく終わったのは奇跡に等しい。

 

 もらった報酬は財布に収まる額でもなく、銀行に振り込みに行く暇もない。大きな袋に札束を放り込んで錦糸町をドタバタと駆け抜けていく。

 

 疲労困憊した俺たちが幼稚園に戻ると──

 

『ハッピーハロウィーン』

 

にこやかに年少の子供たちへお菓子を配っているハロウィン満喫中のたきなの姿がそこにあった。千束と俺の思考が一致するのも無理からぬこと。ハロウィンと掠りもしない数々の仕事を速攻で片付けたのだから、少しは(ねぎら)ってもらわねば。

 

「ハッピーハロウィーン、良い子ね」

 

 たきなに気づかれぬようひっそりとはしゃぐ子供たちの列に並び、お菓子を渡されるときを今か今かと待つ。正面の千束の番が回ってきた、相棒である錦木千束だと気づかぬまま、たきなが愛想よく微笑むと千束は勢いと笑顔で誤魔化しにかかった。

 

「ハッピーハロウィー──」

 

「ハッピーハロウィーン、良い子だよ~!」

 

 たきなは冷静に千束の頬を掴んで押しのける。

 

 なるほど、良い子ではダメか。それならば。

 

「ハッピーハロウィン、悪い子だけど」

 

「では、あげません」

 

 良い子でも悪い子でも貰えなかった。たきなは千束に続き、俺も押しのけて子供にお菓子と笑顔を贈った。案の定、千束が駄々をこね始める。

 

「あ~ん、私もたきなのプレゼント欲しいぃぃ」

 

「子供ですかっ……まさか、黄理くんも?」

 

 慄くたきなを困らせるのも忍びない。千束と違い、俺は往生際と引き際を知る男。というか、子供に紛れてお菓子をねだる時点でちょっとどうかとは思っていた。

 

「いや、もらえないなら諦めるけど?」

 

「なんで簡単に諦めるんですか!」

 

「なんで怒られてるんでしょうか……」

 

 なんか、たきなから理不尽食らった気がするが、仕事はこれでひとまず。

 

 

「おねーちゃん、おにーちゃん、この袋なに~?」

 

「ケーキかな?」

 

「プレゼント~?」

 

「サンタさんの袋だ~!」

 

 子供たちが開けようとしている白い袋、それにはやたらと見覚えがあった。中には分厚く、社会において絶大な力を持ち、日本銀行が発行する価値の証明にして、幼稚園児らには教育上持たせておくのに適さないもの、札束が唸るほどあったのだ──。

 

 子供たちは札束を持って、なんだろうかと振り回している。

 

「……サンタにはあと一ヶ月と少しは早いな」

 

「──って、呑気に言ってる場合じゃありませんっ!」

 

「わぁ~!?わぁぁ!?良い子たち急いで袋にしまってしまって!でないと悪い子になっちゃう~~!!」

 

 ハロウィンの日、俺たちはいたいけな園児たちと札束のミスマッチ加減を実地で学ぶことができた。ひょっとすると、子供たちの金銭感覚に何らかの悪影響を齎してしまったのではないかと一抹(いちまつ)の不安もあったが、それを誤魔化すために大量のお菓子を子供たちへプレゼントすることで事なきを得た。

 

 

 まったく、“お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ(トリックオアトリート)”とはよく言ったものだ。

 

 

 

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