Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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Another day, another dollar【5】

 

 

 千束たち三人がリコリコに戻り、事の経緯を語り出そうとすると序盤も序盤のところでミズキが突っかかった。

 

「真島とその仲間が家に来たぁ!?」

 

 喧しいミズキの声を聞き、憮然と頬杖をついている千束が口を尖らせる。

 

「そうだよぉ~、ったく、呼んでもないのに勝手に上がり込みやがってからに……」

 

「やったのかっ!?」

 

「仕留めたんスか!?」

 

 食い気味なフキとサクラの熱のこもったセリフにたきなが残念そうに首を横に振る。

 

「いえ、逃げられました。真島は目の前にいたというのに……」

 

「まぁまぁ、向こうも本気でやり合う気が無かったし、逃げる前提で動かれたらどうにもならない」

 

 黄理の投げやりな語りにフキとサクラは不本意そうな態度を隠そうともしない。千束と黄理、最強と謳われる二人が揃っていながら、何故みすみすテロリストを逃がしたのかと歯噛みしている。そこで千束は胸元のチャームを引っ張り出す。店内の明かりを浴び、金色に輝くフクロウのシンボル。

 

「真島たちもこれ持ってた」

 

 

 その場にいた全員がハッと息を呑む、しかし、一拍置いてからミズキは自分たちと同じくハッと息を呑んでた黄理の方を向いて鋭く指摘する。

 

「いや、オメーも持ってンだろ!」

 

 ──スパンっ。

 

 ミズキに小気味よくはたかれた黄理は手をぽんと叩き、鞄をごそごそと漁り始めた。そして、鞄の奥底から、千束の手元で輝くそれと同じチャームを取り出す。

 

「そういえばそうだ。忘れてた」

 

「忘れてたって……」

 

 何か言いたそうなたきなの視線から目を反らし、黄理は神妙な顔で弁解を始めた。

 

「いやだって、俺はアランとの縁がないし恩義も特にないだろ。アランがどうのこうの言われてもピンと来ないよ」

 

 困り顔の黄理は話しながら、真島ともう一人の侵入者について思い返す。

 

「真島と一緒にいた子、あの狙撃手……前に出くわしたことあったな」

 

「──春先の護衛依頼ですね、まさかあの少女もアラン・チルドレンだったなんて」

 

 たきなの断定系にフキとサクラは首を傾げ、クルミの目が泳ぎ始める。同じくミズキ、ミカも複雑そうに口を噤む。以前、DAを混乱させたハッカー、ウォールナットについて説明できない以上、細部は誤魔化して千束が説明を受け持った。

 

「あ~、春に腕利きの情報通を逃がすって護衛依頼があってね。その時に依頼主を狙ってきたんが、今日真島と一緒にいた狙撃手ちゃんだったんさ」

 

「“ちゃん”?」

 

 フキの苦虫をかみつぶしたような聞き返しに、千束は素直に頷く。

 

「そそ、今日、話の流れで名前を聞き出せたんだよね、確か“ティナ・スプラウト”。金髪の凄腕スナイパーちゃん。いやこれが敵なのは分かってるけど、めっちゃ可愛かったんだ~」

 

 千束のとろけた表情にサクラが半信半疑の苦笑をする。

 

「いやいや敵相手に可愛かった、って……」

 

「うん、年齢はたぶん十代前半、くらい?クルミよりも年下っぽいかなぁ」

 

 ブッとフキがむせ返りながら、千束の発言に噛みついた。

 

「おまっ、そんなガキを連れ回してるヤツを逃がしたってのかよ!」

 

「言ったじゃーん、腕利きって。ありゃ、ただの子供って感じじゃないよ。ざっくりとだけどティナちゃん、子供の時のわたしや黄理より強いね」

 

 現時点ならば凌駕はされてないというニュアンスだが、実力差に大きな開きはないことを千束はあらかじめ説明しておく。幼少期、当時の千束と黄理の実力を知るフキからすれば、最強を称されたリコリス、リリベルに匹敵する実力者が在野に存在したことを驚愕させる情報だった。

 

「真島にしろ、そのティナって娘にしろ、アラン機関が目を付けるくらいのヤベー才能があるってこと?」

 

「ンなわけないでしょ~よ」

 

 心底嫌そうに千束はミズキの推論にバツを付ける。そうだ、もし殺人者でさえもただ能力が、性能が、才覚が、余人に比肩しないというだけで支援されてしまうのだとすれば、自分はおろか七夜黄理が支援されてしまった理由も────。

 

「凶悪犯であっても支援されるのですか?」

 

「むぅ、そうだミカ?恋人(吉松)から何か聞いてッフギャ」

 

 クルミの迂闊な発言にミズキが口をふさぎ、途中まで聞いてしまったフキは放心状態。口をポカンと開け、呆然とするフキの頬をサクラが突っついている。しかし、ミカは物思いにふけり、一向に反応しようとしなかった。何か、思い出そうとしているような、あるいは思考から取り除こうとするような。

 

 空気が気まずくなる前に千束は、きっぱりとこの場での回答を宣言する。

 

「あーもう、とにかく!可愛いティナちゃんは別として、あーんな物騒なテロリストの真島をヨシさんが支援するとか絶対ないから!きっとどっかから盗んできたに決まってる。私たちを動揺させるための罠だって……ね、せんせ」

 

「…………」

 

 ミカはすぐには答えられず、険しい顔でドリップするコーヒーの雫を視線で追いかけている。ミカのいつにない様子に千束はくるりと振り返って黄理の方に顔を近づけた。

 

「そうだよね、黄理っ!」

 

「……まぁ、少なくとも金メダル取れそうって判断基準じゃなさそうだよな」

 

 せまる千束の緋色の瞳と向かい合い、黄理は曖昧に応えてみる。というよりも、長年の千束との付き合いから此処で違うとか言っても聞き入れられないと理解しての回答。黄理としては、吉松と直接遭遇した際に薄っすらと理解していた。“あれ”は見境が無い。殺人者だろうと、聖者だろうと、才覚があればそれだけで全てを受容する精神性の持ち主だ。

 

 そうでなければ、“七夜黄理(サツジンキ)”が支援される理由に説明がつかない。

 

 

 

 ヒートアップし黄理に食ってかかっている千束に横合いからたきなが肩に手を乗せる。静謐に据わった目をしたたきなは今後の方針について語り出した。

 

「いいですか、千束……今後、私からの電話は3コール以内に出てください!出ない場合は危険な状況にあると判断し、次のワン切りをすぐに向かう通知とします!」

 

「え、あ、でもお風呂入ってるときとか、そもそも携帯忘れちゃったときとかは~?」

 

「いつでも携帯を取れるところに置けば解決です」

 

「う、うん?」

 

「嫌ならすぐ出るように」

 

「えっと~、つまり、何処にいても来てくれるってこと?」

 

 千束はたきなの迫力に圧倒されながらも、安心させるように微笑みかける。まるで黄理のような能天気さにたきなは追加の要求を投じる。

 

「今回、真島が現れたセーフハウスですが一度忍び込まれた以上、セキュリティに不安があります。よって他のセーフハウスに移ってくださいね」

 

「えぇ~!あそこ一番のお気に入りなのにぃ」

 

 駄々をこね始めそうな千束に嘆息し、たきなは肩を竦めてようやく口元をほころばせる。

 

「また遊びに行きますよ」

 

「ほんとぉ!こないだみたいに同棲?また、一緒にご飯食べれる!?」

 

 いつも通りな調子に戻りかけている二人を傍観する黄理だったが、千束とたきなは揃って、他人事な様相でいる黄理に勢いよく(せま)った。

 

「言っておきますが、黄理くんも同様です。今後は電話のコールにすぐ出るようにしてくださいね」

 

「え、襲撃されたのは千束で、俺は……」

 

「真島たちは私のことだけじゃなくて、黄理のことも知ってたよぉ?あの調子なら、次は黄理のとこに顔出すんじゃないかなぁ?」

 

「……そうなると、これからは黄理くんの家を拠点にして行動した方が真島との遭遇率を上げられますかね」

 

「ちょ、千束余計なこと言うな!たきなが本気にしたらどうするっ」

 

「ハッハッハ~!久しぶりにおうちチェックの時間だぞ~。怪しい危険物とかがないか存分に見ちゃるから、素直に合い鍵を渡すがいい~」

 

「お前に渡したら、俺の部屋がいつの間にかお前のセーフハウスになるだろうが……。だったら、たきなに渡した方がまだマシだ」

 

「では、しばらくは黄理くんの家で生活を──」

 

「いや、あくまで例えで…………こうなったら、事が収まるまでは伽藍の堂で寝起きするか」

 

 事件がひと段落するまで自分の部屋に戻らない覚悟をして黄理は目を閉じた。

 

 沈黙する黄理と対称に千束とたきなは“あーだこーだ”と真剣に泊まる算段を付け始めている。

 

 いやそれどころか、何やら具体的に同棲に必要なモノや、家事の当番の決め方まで相談し始めている。事此処に至って沈黙は婉曲的な肯定なのだと観念した黄理はゆっくりと瞳を開ける。

 

 せめて、家主である自分に多少でも有利な条件を取り付けるため、黄理は頭を掻いて同棲における取り決めの議論に飛び込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 同棲に関する話し合いがひと段落した頃、たきなは千束と黄理の姿がないことに気が付いた。

 

 二人は何処にいったのかと探してみると、窓の向こうで夜陰に紛れるように立つ黄理の後ろ姿を見つける。

 

 外に出ると店の前に置いてあるベンチに千束が座っており、その横には黄理くんの立ち姿が。二人は無言で寒空の下、音もなく佇んでいる。黄理くんの真っ白な吐息が暗い寒空に消えていく。冬が近いのだろう、外は想像より肌寒くわたしは両手に息を吹きかけ、かじかんだ手を温めた。

 

 なんとなく店内に戻る気分にならず、わたしもベンチに腰掛ける。

 

 横に座る千束はもくもくと銃を布巾で拭き、手入れしていた。夜中とは言え、往来で銃を出していることに苦言を呈そうとしたが千束の寂し気な横顔に調子を崩され、出てきたのはまったく違うセリフだった。

 

「DAの銃じゃないんですね、それ」

 

 カスタムの施された千束の銃はDAの支給品には似つかわしくない。そもリコリスに支給される銃はコスト削減や短期間しか現役でいられないリコリスのため、ある程度、規格が統一されているはずなのだ。

 

「“これ”と一緒にもらったんだ~」

 

 千束の指先にかかるフクロウのチャーム。送り主はひょっとして──。

 

「吉松氏に──?」

 

「そう、だね。うん、“大切(たいせつ)”な繋がりなんだ」

 

 夢見るように語る千束の瞳は、何処か此処ではない遠く彼方を臨んでいる。不意に黄理くんがベンチの右端に座った。

 

「とんだ腐れ縁になっちまったな」

 

「も~、また黄理はそんなこと言ってぇ~」

 

 悪態をついた黄理くんの髪を千束が混ぜっ返すようにかき回す。黄理くんは特に文句の一つもなく、されるがままを享受していた。こんな二人のじゃれ合いを“いつも通り”と見慣れてしまうほど、時間が、季節が流れていたのか。

 

 

「──寒くなりましたね」

 

「ね~、たきなが来た日は桜が咲いてたっけ」

 

「今年の冬は大層、寒くなるらしい。雪が降るかもな」

 

「ハロウィンが過ぎたら余韻に浸ることなく、すぐにクリスマスの準備をしなきゃなんだよなぁ~」

 

「次の催しに必要なのは……もみの木?」

 

 クスクスと楽しそうにクリスマスの話をしていると、ふとした拍子に笑顔だった千束の表情に寂しそうな影が差し込んだ。

 

 

「あれから、ヨシさん。来ないね」

 

 先日のバーでの一件以来、吉松シンジはリコリコに訪れていない。いいや、店長もあの時の事は詳しく話そうとしない。まるで、最初からそんな事は無かったとでもいうように。

 

 他者の思惑に振り回され、千束の快活さが陰るのがどうにも納得できず、わたしは鞄の中から小さな紙袋を取り、千束に渡す。

 

「はい」

 

「ん~?……おぉ」

 

 それは幼稚園でのハロウィンの催しとして、たきなが子供たちへ手ずから用意したプレゼント。袋の中身を教えてもらえなかったがゆえに、千束の瞳に好奇心の彩りがきらりと灯る。

 

「これって、幼稚園の……」

 

「欲しかったんでしょう?」

 

「くれるのぉ☆」

 

 ウキウキと千束は紙袋を丁寧に大切そうに開けていく。中には飴玉やクッキーなどのお菓子とブルドッグを思わせるディフォルメされた犬のキーホルダーがあった。キーホルダーを嬉しそうに眺めてから、喜びながら千束は悪戯っぽく隣の黄理に枝垂れかかる。

 

「おぉ~、イッヌ!可愛い~──。そんでそんで~?黄理はなんかプレゼント的なサムシングはないのかな~?」

 

「誕生日でもクリスマスでもないのにそんな用意あるわけないだろ。生憎と俺の持ち合わせてるもんなんて…………あ」

 

 黄理はそこで自分が今持ち合わせており、千束に贈れそうなものに思い当たった。いや、今すぐ渡していいものかと考えもしたが、らしくない千束の姿を見せられるよりはいいかと頭を掻いて嘆息する。

 

 七夜黄理は自身のポケットの中を探り、鈍く光るものを取り出す。住処に拘らず、必要とあれば野宿でもする黄理にとってはなんの特別性もないもの。けれど、“それ”を渡すことの意味を黄理は確かに理解したうえで千束の手のひらに静かに置いた。

 

 手にひらに乗せられた小さな鍵を見て、千束が息を呑む。

 

「これって……黄理の部屋の合い鍵?」

 

「いや、合い鍵(スペア)は伽藍の堂の俺のロッカーの中、これは普段遣いの方」

 

「……黄理くんが普段から使ってる鍵?」

 

「お~、マジでか~!……でもいいの~?これでわたしとかたきな、黄理の部屋の抜き打ち検査し放題になっちゃうけど」

 

「これから、しばらくは千束もたきなも俺のセーフハウスで生活すんだろ。だったら、遅いか早いかの話だ」

 

 黄理の部屋の鍵を渡され、満面の笑みを浮かべた千束はうきうきと鍵にキーホルダーを付け始める。何の変哲もない鍵につけられたイッヌのキーホルダー。千束は嬉しそうにキーホルダーの付いた鍵を掲げて、くるくると鍵を指先で回し始めた。

 

 ふいに千束は振り向いて、店内の方に視線を向ける。店内には新しく導入されたレコードプレーヤーやお手伝いロボット、増えた椅子など、たきなの頑張った証が幾つも見て取れた。

 

「たきな、最近大活躍だね」

 

「今の配属先が潰れては何処に飛ばされるか分かったものではないですから……それに、大切な場所なんでしょう?」

 

「──たきな~」

 

「はい?」

 

「ありがと」

 

 千束の感謝に合わせ、黄理も少し考えてからたきなへの賞賛の言葉をおくる。

 

「頑張り屋さんだもんな、たきなは」

 

「黄理くん、子供扱いは…………いえ、この場合は」

 

 

 

「──すごいでしょう?」

 

 たきなは二人に揃って褒められ、少し照れた素振りで胸を張った。しかし、そのタイミングでまだ途中、というか完了していないことがあると千束に釘を差しにかかる。

 

「千束、定期健診ですが、ちゃんと行ってくださいね」

 

「うっ、覚えてたか……今言うタイミングじゃなかったじゃーん……分かったけど」

 

「何がそんなに嫌なんですか?」

 

「あ、そのイヤ、とかじゃ、ないと言うか~」

 

「注射がダメなんだ、コイツ」

 

「ちょ、黄理ぃ~!?」

 

 右側に座る黄理からの思わぬ裏切りによって、千束は年齢不相応な苦手意識で病院を敬遠していたことがバラされる。千束は報復とばかり黄理の首を抱え込んでアームロックに持ち込もうとするが、それよりも左に座るたきなが笑いだす方が早かった。

 

「注射?え、注射が怖いんですか、ふふ、アハハハッ、銃を向けられても平気なのに?」

 

「うぐぐぐ……銃は避けられるし」

 

 千束は恥ずかしそうに顔を赤らめて、頬を膨らませる。拗ねた態度を取っても、注射を怖がるという幼稚さを誤魔化すのは難しい。してやったり、と黄理は面白そうに

 

「病院行ってまで注射を避けるのは、ちょっと意味が分かんないよなぁ」

 

「……ふ、っふふふ、それにしたって電波塔のリコリスが注射怖いって。ああ、なるほど。病院に行ってしまえばもう諦めるしかないから、あそこまで行くの嫌がっていたと」

 

「最強のリコリスの弱点にしちゃ、少しだけ情けないというか」

 

「あ~、言ったなぁ。黄理だって、人混み苦手な癖に~」

 

「いや、俺は我慢できるし」

 

「わたしだって、我慢しようと思えば我慢できますよ~だ」

 

「ふふ、二人ともまだまだお子さまですね」

 

「「んなっ!?」」

 

 一歳しか違わないが三人の中で最年少のたきなに子供扱いされ、千束と黄理は猛然と反論と詭弁を繰り広げる。この愉快で騒がしい日常は何があろうと変わらない、それを三人の少年少女たちは信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 長らく検診をサボったため検診前に山岸医師からチクチクとお小言を言われるかと覚悟していた千束だが山岸医師は出てこず、すぐさま検診着を着せられた。別の患者でも診ているのかと思ったが鉢合わせてお小言を言われるのもなんなので、さっさと検診を済ませようと千束は診察室へと駆け出した。いやな事は早めに済ませたがる性分のため初手から注射する検診項目を選択。

 

 

 部屋に入ると見慣れない、新人さんだろう赤毛の女性が座っている。挨拶もそこそこに千束は腕を出し、目をつぶり痛みから逃げるように首まで反らした。声が震えているが、“とにかく早く終われ~”と念じて看護師に声をかけ続ける。

 

「さっ、さっさと済ませてね……終わった?終わったね、終わっ、終わった?」

 

「終わりました」

 

「ふぅ~、一番の難関突破だわ~!」

 

「毎回、ここまで怖がっているんですか?」

 

「あはは、痛いのもあるんだけど、身体に異物が入るってのがちょっと。山岸せんせはただのビタミン剤だっていうんだけどさ~」

 

「今日のは一味違いますよ」

 

「いやいや注射に味って…………あ、れ」

 

 反響するような耳鳴りと共に千束は自分の五感が急速に鈍っていくのを感じる。いや、そもそも秘匿性の高いリコリスの検診に、新人の看護師をあてがうという時点で何かがオカシイ……。

 

「きさ、ま、山岸せんせいは……」

 

 

 姫蒲は千束が窮地に立たされたことを理解していながら、まず始めに発した言葉が他者を案じるセリフであることに意外感を覚える。なるほど、これが主たる男が此処まで入れ込む理由かと思いながらも、無感動に崩れ落ちた千束を支える。

 

「丁重に扱うんでしたね」

 

 

 

 

 

 お昼時、忙しくなるリコリコでミズキはとっくに帰ってもおかしくない千束の不在に、愚痴をこぼす。

 

「千束のヤツ、注射にどんだけねばってんのよ~。今日に限って、フキたちは休みで黄理は夕方からのシフトだし……お~い、たきな~千束に“はよ帰ってこい”って電話して~」

 

 ミズキの言う通り検査だけにしては妙に遅い。たきなはすぐにスマホを取り出してその場で千束に電話をかけた。コールをし続けるも応答は一向にない。検診中で手元にスマホがないのだろうか、少し時間をおいて……。

 

 いやな予感がする、もう一度かけ直すがやはり千束は出ない。たきなは素早く黄理宛てのショートメッセージで“緊急、千束のいる病院で合流を”と打ち、リコリコの着物からリコリスの制服に着替える。

 

 

 昨日の今日で約束したことを忘れるほど、千束は不義理な人ではない。そうなると何か、まずいことが起こっているのではないか。いやな想像だけがどんどん膨らんでいく。不安に急かされながら、たきなは千束が検査に行っている病院へと足早に出立して行った。

 

「ちょ!?この忙しいときに一人迎えに行くのに一人減ったら……待て待て、ってもういないし~!!」

 

 

 

 

 

 薄暗い手術室のベッドの上で息絶えたように眠る千束。彼女の検診着は広げられ、健康的な肌色の胸元があらわとなっていた。そして、薄暗いからこそ見える人工的な発光部分。姫蒲は発光している部分を目印として人工心臓の付近へ多数の電極を当てていく。

 

 

 

 時同じくして、遠方にいる男は空しさと哀しさ、そして、歪んでこそいるが確かな愛を以て決別の言葉を紡いだ。

 

「君が悪いんだよ、ミカ……」

 

 

 

 

 姫蒲はよどみなく持ってきたスーツケース大の装置を操作し始める。装置は自動的に生命活動に支障が出ず“精密機器”のみを破損させる程度の電流をチャージ。規定値の電流が発電されるのを見るや横たわる千束を無関心に見下ろしながら、スイッチを押す。

 

 バチバチ、と連続的に電流が(またた)いた。線香花火(ヒガンバナ)のような散発的発光に照らされ、姫蒲は与えられた任務の完了を確信する。これからどのようなイレギュラーやアクシデントが来ようとも、錦木千束の心臓は元には戻らない。

 

 

 

 

 昨日と変わらない今日。

 

 今日と変わらない明日。

 

 平穏な日々がずっと続く、それを誰もが信じて疑いもしなかった。

 





 次回、本作最後の分岐。二話同時に投稿いたします。ある意味で特別な、有り得たかもしれない未来であり、千束にとってバッドエンドでもあるたきな√。千束√は引き続き本編で此処からノンストップと行きたいですね。

 かくて選択の反動は今ここに。


 バッドエンドにしてたきな√の題名は”可惜夜(あたらよ)(こいねが)う”。
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