Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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Repay evil with evil【2】

 

 

 真島らのアジトが判明してからのリコリスたちの行動はまさに電光石火であった。港に停泊中の輸送タンカー、そのアジトを即座に急襲。巨大な船内を四チームからなる部隊が侵攻していく。

 

『ブラボー:異常無し(グリーン)

『デルタ:異常無し(グリーン)

『チャーリー:異常無し(グリーン)

 

 待ち伏せは皆無、リコリス側の損耗はゼロであるが敵に与えた被害もまたゼロ。というより敵の姿が見当たらない。異様なほど順調にリコリスたちは真島らのアジト、と情報があった貨物船の奥へと進む。各部隊が想定よりも早いペースで船内の探索を終えていく。

 

 何もかも上手く行ってる、問題など無い状況下で、“誘い込まれている”と朧げな危機感がフキの首筋を這う。

 

 残された最後の未探査区画の扉、サクラがハンドサインに従い扉を開けるとフキとたきなが部屋の中に銃を構えて突入した。

 

 中身は見事にもぬけの(から)。真島どころか、その配下たちさえいない有り様だった。大きくあてが外れ、サクラがぼやく。

 

「夜逃げのあとみたいっすねー。ったく、逃げ足ばっか早くて手間のかかる」

 

「アルファワン、全隊異常無し(オールグリーン)

 

 せめて、部屋の物品から真島たちの痕跡を探そうと探索を始めようとして、卓上のコーヒーから未だ湯気が立ち昇っていることにフキが気づくと薄暗い船室のモニターが点き、標的の余裕ぶった顔を映し出す。

 

『──おおっと、随分と大所帯で来やがって。課外学習ならもうちょっとタメになるとこ行けよ』

 

 真島の軽口を聞かされ、リコリスたちがモニターへ銃口を向ける。苛立つたきなの眼力から察するに、吉松の居場所という聞きたい事が無ければモニターは即座に撃ち抜かれていただろう。

 

 フキたちにとっても真島は他のリコリスたちの仇。東京支部襲撃の主犯であり、憎悪すべき敵。まともに会話を交わし続けられるほど理性が効くかは怪しいがため、彼女たちの統率者が悠々と現れる。

 

「降ろせ……各自、周辺を警戒せよ」

 

 楠木の号令を聞き、フキたちが銃口を下ろして辺りへ意識を散らし始める。

 

『オイオイ、引率の先生までご登場かよ…………何者だ、アンタ?』

 

「お前たちを狩り殺す指揮を執っている者だ、“真島”」

 

 相手の名前を先んじて口に出すことで会話の主導権を握ろうとする楠木の怜悧に尖った弁論術。だが、対する真島は軽薄そうな表情を崩しもしないで駄弁を回す。

 

『自己紹介くらい自分でさせろよ、と言いたいが手間が省けるなら文句はねぇ。指揮、ってことはお前がリコリスどもの親玉か……』

 

「目的は金か?千丁の銃の手配といい、お前たちの雇い主はさぞや裕福と見える。いくらでお前たちは雇われた?」

 

『ハハハッ、“金になんざ興味ない”、なんて格好を付けられたら良かったんだがねぇ。武器、弾薬じゃあ腹は膨れないからな、“目的”の一部ではある。だが、それ以上に興味のある仕事だから引き受けた。良い仕事をするなら、その仕事に対する強い関心と興味が必要だ。どんな仕事もそうだろ?』

 

「興味、だと?安全圏から金だけ出してお前たちを捨て駒にするマフィアへ手を貸すことがか?」

 

『正義の味方気どりの悪党がどんな(つら)をしてるかさ』

 

 逆探知に、まだ時間を要すると通信が入る。真島を煽る意図を以て、楠木は小首を傾げて皮肉を叩きつける。

 

「悪党が言えた義理か?しかし、なるほど……自前の顔が見えないというのは至極、道理だな」

 

 楠木の悪罵を受けても臆面なく真島は笑っており、気にした素振りも無い。

 

『この際、行いで善悪語るのは無しにしようか。どっちも人をぶっ殺した手で飯を食ってるんだからな────いいか、善悪の物差しは現代においては法だ。法の外に出た者は問答無用で悪であり、法の内側にいる者が絶対的な善でなくちゃいけねぇ。さて、お前らは法に(のっと)って存在しているのか?』

 

「抜かせ、法を守らぬ者が法の正当性をしたり顔で説くか。貴様にその権利はない。何より法による正義の証明は、犠牲を前提とした不完全なものだ。何らかの不利益、犠牲、喪失の後でしか律法は正義を行使できない。どれだけ詭弁を弄そうと法は人を守れず、人が法を守ってやらねばならない。そんな脆弱な法が生まれる以前から、我々は存在し政治体制を越えて、この国の治安とモラルを育ててきたのだ」

 

 “配信元の特定を急げ”、と司令部の奮戦がインカムに流れる。楠木は冷徹に思想的な言葉を並べて時間を稼ぐ。その思惑を知ってか知らずか真島も会話に乗り続ける。

 

 

『体制を越えて?踏みにじっての間違いだろ。お前らは自身たちの行いが未来にぽっかり空いた落とし穴をせっせと埋めていると思ってるみたいだが……そりゃお前ら自身の墓穴を掘ってるのさ』

 

「それをお前と議論するつもりはない。少なくとも我々を咎める者がいるとすれば、それは法を順守する者であるべきだ。断じて、貴様らのような悪党どもではない。そもそも、我々にとっての正義とは法の下にあるものではなく国民の生活の安全と秩序だ。どのような手段であろうと、結果としてこの国の利益は守られている」

 

 目的の為なら手段は問わず。国益となる行為であれば、如何に非道徳的であろうと全てを是とする思想体系。“権謀術数主義”とも称されるそれに真島は心当たりがあった。

 

『“マキャヴェリズム”ってヤツか。つまんねぇし、古くせぇ。んなもんがまかり通っているって知れば、世間サマはどう思うやら。大体、今はよくってもこれから先にボロが出るんじゃねぇの?』

 

「要らぬ心配だ。真の平和とは、悪意の存在すら感じない世界のことだ。お前も、お前の為した事さえ──誰の記憶にも残らない。この国の平和を脅かす不要な過去(ゴミ)は、徹底的に消されるのだからな」

 

 映像の向こうの真島は楠木の言葉を最後まで聞いたうえで下らないと認識する。

 

『お得意の情報操作か。だがな、悲惨な現実を知らなければ、平和の価値も、意味さえ人々は忘れてしまうんじゃないのか?──それに、お前らは自分たちが消したと思ってる過去をどう清算するつもりなんだ?』

 

「……消し去った過去が現在に影響を及ぼすわけがないだろう」

 

『死人に口なしって?……んなわけねぇ、断言してやるが、それは絶対にあり得ない。全ての行いには代償が必ずある』

 

 不敵に笑う真島に楠木の周囲にいたリコリスたちが苛立ちと怒りを顕わにしている。だが、多くの怒りと憎悪の視線を浴びているにもかかわらず、真島はそれらを一顧だにしない。

 

『──“愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”、歴史ってのは要するに過去の積み重ねだ。お前らは手前勝手にそれを捻じ曲げ、隠して、取り繕った。悲劇的な経験、過去が無くなればそれでいい?……なわけねーだろ。経験からも(愚者にも)過去からも学べなかった(賢者にも成れなかった)ヤツは一体、何者になるんだろうな』

 

 

 19世紀末のドイツ帝国宰相、ビスマルクが発した格言からの引用を楠木は鼻で笑って見せる。

 

「随分と賢しいことを言うものだ。矢張り、悪党も自分が悪であるという認識には耐えられないか?無責任なことをペラペラと──。物や資産ならば取り返しも付くだろう。だが、失われた人命をどう(あがな)う?奪われた命から何を学び取れば、それに(むく)いたことになる?たった一度の悲劇で何もかも失えば、学ぶなどという暇はない。それどころか、この国に取り返しのつかないダメージを与える可能性もある。たかが可能性、それでも失われるモノの大きさを考えれば、その僅かな可能性を摘み取ることに迷いなどあるはずがない」

 

『ハッ、これでも心配してやってるんだぜ?──善悪の天秤ってのは、どっちに傾くにしてもお前らみたいな存在に操られるべきじゃねぇ。天秤の揺らぎは、一人一人の行いと決断に委ねられるものだ。だから……バランスを取り戻さなきゃなぁ!』

 

 呵々大笑する真島の姿に油断を見出したのか、楠木が鋭い眼差しを称えて真島たちの狙う標的について切り込んだ。

 

「“それが延空木を狙う理由か?”」

 

『……延空木?』

 

 楠木の詰問に、真島は笑い止むと態度には出さないが僅かな困惑を覚えた。東京の新たなランドマーク“延空木”。真島からすれば大した興味もないし、リコリスたちを仕留める舞台以上の関心は存在しない。

 

 あれこれと楠木の言葉の意図を考えているうちに、真島はDA、いやリコリスらが盛大な勘違いをしていることに気づくが、面白いので敢えて誤解を解かずに放置する。

 

『ハハハ、そこまでお見通しか~。出来上がったばっかでわりぃが、“やっぱ両方壊れてないとアンバランスだからなぁ!”』

 

「武器商人からいくら銃を買い漁ろうと結果は十年前の焼き回しだ。何も変わらん」

 

『さて、そいつはどうかな?十年もあれば、何もかもが変わるもんだ。嗚呼、いや待てよ。そっちは十年前と変わらず、今回もあの二人組(コンビ)が助けてくれるのか?』

 

 

 配信場所を逆探知するまで、どうにかして真島との会話の引き延ばしが必要となる。真島の関心を引きながら、情報や出方を探ろうと苦慮する楠木の脇を通り過ぎる人影。

 

 それは、善だ悪だと興味の持てない(どうでもいい)話題をつらつらと聞かされ、我慢の限界にきていた井ノ上たきなの後ろ姿だった。

 

 怒りに震えながらも言葉なく、楠木の横を通り過ぎているたきなの据わった眼差しへ宿る強い決意を秘めた怒りの火にフキが気付く。

 

「──やめろ、たきなっ」

 

 フキは小声でたきなを制止しようとするが、たきなは止まる気配を一向に見せない。

 

画面向こうの真島がつまらなそうな顔で映像を止めようと席を立つ。

 

『じゃあな、リコリスどもの親分さんよ』

 

 

 此処で“吉松”の手がかりを逃すなど有り得ない。静止するフキの手を振りほどき、たきなは楠木司令さえ視界に入れず、声を上げる。

 

「待ちなさい!!」

 

「っ、たきな…」

 

 いきなり会話の流れを寸断する勢いで出てきたたきなの怒声に、さしもの楠木司令も目を見張るが、それを咎めるより先に真島の関心がたきなへと移る。

 

『おー、黒い方のリコリスじゃねぇの。久しぶりだなぁ、お前はこっちに戻ったのか』

 

 真島との腹芸、いいや無駄話に付き合う気は無かった。交渉の体でもない、ただ自分が聞きたいことを一方的に少女(たきな)は問い質す。

 

 

「吉松はどこ?」

 

『なんだよ、お前もヨシさんと因縁あんのか?人気者だな、ヤツも』

 

「言っておくが、私は貴方に興味は無い。吉松の居所を──」

 

『そりゃ、奇遇だ。オレもお前に興味ないんだわ、まぁ其処でゆっくりしてくれや』

 

 

 余裕そうに語る真島へ、ロボ太の泣き言めいた通信が届く。

 

『真島!?ダメだ、もう限界だぞ!ホントにいいんだな!?通信を切らなきゃ……』

 

 

 逆探知を遅らせていたロボ太の切羽詰まった連絡から、愉快で下らないおしゃべりは此処までと意識を切り換える。席を立った真島は懐にしまっていた黒のリボルバーを取り出し、のっぺりとした影のごときロングコートを翻す。

 

 ペラ回しの時間は終わり、此処からが本番だと己を鼓舞するように。

 

 

『せっかく足を運んでもらったんだ。ご足労の分はもてなさなきゃ、バランスがわりぃ。まぁ、一服どうだ?その部屋のコーヒー、淹れ立てだぜ?』

 

 

 真島の、リコリスたちを虚仮にする様な言動にたきなが更に言い募ろうとした時、現場への緊急連絡が送られる。

 

『発信元特定!現時点での最終アクセスポイント、は……?』

 

「──なんだ、状況報告急げ」

 

 

 楠木の言葉を受け、それでも司令部のオペレーターは信じられない気持ちのまま、データが出した事実を現場へと伝える。

 

 

『……発信元は、その貨物船内からです!!』

 

 

 

 

 

 時は遡ること、リコリスたちの襲撃前。拉致した吉松と姫蒲の二名を別の場所に移し、真島はリコリスたちをおびき寄せるため、一時的にアジトをすっかり住み慣れてしまった地下霊安室(モルグ)から停泊中のタンカーへ移転を始めていた。

 

 

 本来であれば、そのタンカーには誰も乗船せず、やってきたリコリスたちを延空木襲撃の前にからかっておくだけに留めるはずだった。そもそも、本番は延空木の電波を用いて大々的に、リコリスたちの存在を(おおやけ)に明かすことである。

 

 その前に余計ないざこざや戦力の消耗など、戦略的に何ら意味を為さない愚行である。だが、真島の主治医であり、アランチルドレンの一人でもある室戸菫の言葉が、真島の予定を大きく変更させた。

 

『君の義肢、そして義眼にはまだまだ進化の余地と潜在能力(ポテンシャル)がある』

 

本気(マジ)で?』

 

『嘘を言って、なんになるんだい?』

 

 (すみれ)はクマの濃い目元を擦りながら、真島の問い掛けに欠伸混じりに応対する。そんな彼女のおざなりな態度と裏腹に、真島は少し目を見張って事の真偽を測りかねていた。室戸菫は普段から性格の悪い冗談を口に出すが、自分の手がけた技術や医療行為に嘘を交えたことはない。

 

 ゆえに菫の発言はまず真実なんだろうが、真島には少しの戸惑いがあった。菫医師の手がけた義肢と義眼は、SFに片足を突っ込んだ代物だ。弾丸の軌道を予測する義眼も、戦車装甲さえぶち抜く推進力を発する義肢も、真島へ戦士として絶大な力を与えた。

 

 その上、更に先があるというのか。

 

『──君はわたしの手がけた機械化兵の中でトップクラスに優れている。だが、それは潜在能力(ポテンシャル)も含めての話だ』

 

『褒めてんのか?それともダメ出しのつもりか?』

 

『いちいち嚙みつかんでくれよ。これは単なる事実確認だ。その眼も、腕も、君はそれなりに上手く運用しているみたいだが、私が当初に想定していた性能(スペック)には遠く及ばない』

 

 そう言われて、真島は義肢の方の手のひらを見つめる。今まで使ってきた義肢や義眼を本当の意味で使いこなせていなかった。機械化兵としての戦闘能力に伸びしろがあると聞かされ、真島は考え込む。もし、延空木にまた、赤い瞳のリコリスと蒼い眼のリリベルのコンビが来るなら……。

 

 

“あの二人を真正面から撃退できるだけの力が必要になる”。

 

 来ない可能性もあるが、それほど自分にとって都合のいい展開を前提に作戦を組むべきではない。真島は視線だけで室戸菫の話の続きを促した。

 

『たとえば、その義眼。現時点では物体の未来位置の予測演算や距離計測、時間感覚の鈍化くらいしかできていないだろうが、その先は存在する。……君の両眼にはリミッター回路が搭載され、ある一定以上の思考回転数まで行かないようになっていてね』

 

『じゃあ、それを取っ払えば強くなれんだな?』

 

『話は最後まで聞き給え。そのリミッターは義眼を使いこなすための安全装置だ。もし、安易に取り除こうものなら、命の保証はできない』

 

『……なんでだよ?』

 

『“見え過ぎる”んだ。臨床実験の段階では、君と同じ義眼をリミッター回路抜きで移植した患者も数人いたが、みんな帰ってこなかった』

 

『……実験に嫌気が差して逃げられたのか?』

 

 自分のリミッターの付いた義眼ですら、超人的な先読みと戦闘能力の向上を果たすのだ。リミッターのない、自分の上位互換の義眼使用者ともなれば、アラン機関の追跡を振り切るなど造作もないはずと真島は考えたようだが、菫医師は首を横に振る。

 

『そうではない。義眼を解放したのち、脳波計が激しい振幅をして最終的にはゼロになった。彼らが最期の瞬間、何を目にしたのか。未だに分からない、全ては謎のままさ。そして、分からないものは使えないということでプロジェクトは凍結された。一応、改良モデルとしてリミッター回路を搭載した義眼を設計こそしたが、まさかお蔵入りになっていた試作品が日の目を浴びることになるとは……』

 

 感慨深そうに腕組みする菫医師の顔を見て、真島は頬杖を付いていたが、横から“あること”に気づいたロボ太が触れられていなかった部分に関して指摘を入れる。

 

『……あれ、ちょっと待った?じゃあ、その改良された試作品の義眼って、事前に安全性を担保する臨床実験とかされてなかったってこと?』

 

 

 ぱちくり、と菫医師が目を瞬かせ、にっこりと優しそうに見える表情を造った。内面まで優しいかは別として。

 

『ウフフ──』

 

『笑って誤魔化したぁ!?』

 

 ロボ太の悲鳴を余所に真島は額に手を当てていたが、とりあえず今のところ義眼は彼に恩恵をもたらしている。現状、特に害になっていないのなら気にすることはないと切り換えられるのが真島という男だった。

 

『じゃあ、オレってモルモットが今もピンピンしてっから、実験は大成功の万々歳ってことかい、せんせい?』

 

『そういうことになるかねぇ。とりあえず、リミッターは付けて正解だったかもしれん。回転数(スペック)が下がる代わりに義眼使用者の脳の負担も大きく減った。まぁ、これに関しては、君が先天的に視覚を持たないがために、通常ではありえないほどの適応が果たされた可能性もあるが……』

 

 室戸菫は真島の目を覆うほどに伸び切った緑色の前髪を掻き分け、その奥にある漆黒の瞳を覗き込んだ。

 

『真島君、二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライゾン)という言葉を頭の片隅に入れておけ』

 

『……これが今度上映される映画のタイトルだったら、覚えておけるんだがなぁ』

 

『まったく君ときたら……話を続けるよ。良いかい、君の義眼は君自身の感情の増減、振幅で性能の上下が起きている。正確には脳細胞の反応信号を検知し、それに応じて義眼が情報処理をしているわけだが……真島くんは詳しい仕組みをどうでもいいと思ってるクチだろ?まぁいい、ともかく君が義眼の発動中に時間の流れをゆっくりと認識しているのは、周りの時間が鈍化しているからではなく、義眼に内蔵された高性能CPUと連結した脳の思考回転数が速くなった結果、相対的に遅く見えているからだ。さて、真島君、これまで君が義眼を使った中で弾き出した最大思考回転数は?』

 

 真島は、義眼の使用時に視界の隅へ算出されていた数値の事を思い出す。

 

『平均で五十倍ちょい、一番テンションが上がったときでも百は越えねぇ』

 

 義眼の演算倍率。それは一秒をどれほど分割するかで計測される。五十倍で一秒の五十分割、百倍とするなら一秒の百分割。五十から百の間、それが真島のこれまでマークした義眼の最大思考回転数。それを聞き、菫は義眼が持つ潜在能力(ポテンシャル)、いいや理論値を提示する。

 

『二千分の一秒、現実世界での一秒を二千秒に感じられるほどに時間感覚と認知機能が拡張された状態。それを二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライゾン)と私は呼称している……これは脳の限界を示す壁だ。思考回転数を加速させ続け、この限界線を超えた被験者は皆、脳が破壊されて二度と戻ることはなかった』

 

『……そりゃ、随分な話だわな。つまり、二千の大台に上がったら俺はくたばるってことか?』

 

『いいや、これは検証段階の話だが、人間の脳自体は二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライゾン)の情報圧に充分、耐えうると計算が出ている。これまでの失敗の要因は、脳のギアをいきなりトップ(最速)にしたことだろう』

 

 菫医師は自身のこめかみを人差し指で二度、三度、タップして人間の脳の可能性について言及した。彼女の言葉には装飾も偽りも誇張もなく、学者然とした無味乾燥な事実が列挙されている。

 

 常人に銃弾を躱すほどの先読みと空間把握の技能をもたらす漆黒の義眼。

 

 多くの実験の失敗を経て、設計のみをされた試作機(プロトタイプ)。真島という視覚を最初から持ち合わせぬがゆえに義眼と過剰に適合した存在との邂逅が机上の空論にしか存在しなかった怪物を産み落とした。

 

『リミッターを有する君ならば、理論上にしかありえなかった二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライゾン)に到達しうる。そして、真島君がその境地に至った時こそ、“新人類創造計画”は本当の意味で完遂される…………君なら、できるはずだ』

 

 偏屈で人間嫌いの天才、室戸菫の滅多とない激賞の言葉。真島はそれを聞き、うんざりとした様子ではあったが口角を上げて愉快そうにぼやいた。

 

『ったく、簡単に言ってくれやがる──』

 

 

 

 

 

 司令部はまさかの事態に騒然としていた。

 

 今回の襲撃の標的である真島が貨物船内に潜んでいたことではない。真島、延空木破壊を企み、リコリスたちへ甚大な被害をもたらしたテロリストの首謀者。

 

 この標的さえ始末すれば、他のテロリストたちは烏合の衆となり組織的な抵抗が減すると想定されている。ゆえに発見できず空振りで終わるよりも、標的と遭遇したなら狩り殺す絶好の機会。必ず仕留め、春先から続く凶悪事件の幕引きと司令部が沸き立った後のことだ。

 

 リコリスのブラボー隊と通信を取っていたオペレーターの女性が悲鳴にも似た声で状況を報告する。

 

「ブラボーチームとの通信途絶!!応答ありません!!」

 

「なっ……救援要請を出しなさい!デルタ、チャーリーを先行させ、楠木司令の退避後にアルファチームを──」

 

『不要だ』

 

 司令部の混乱を圧するトーンで楠木が自身を守る盾を不要と宣言した。

 

『敵の首魁、真島は単身で“錦木千束”に匹敵する。戦力の逐次投入は(いたずら)にリコリスの損耗を招くだけだ。私の護衛に人員を割くよりもアルファチームを主軸にデルタ、チャーリーと連携の上、確実に真島とその配下らを狩り殺せ』

 

 

 楠木司令の冷徹を極めた命令。自己の命さえ目的完遂のための手段とするほどの冷たさに司令部も命令の受諾に遅れが生じる。そうだ、東京支部のリコリスたちが大きく人員を減らしたとはいえ、リコリスたちを統括し、命令を下してきた楠木司令の替えなぞ簡単には利かないのだ。

 

 楠木司令を失い、DAに、いやリコリス全員にどのような影響が出るか、司令部のオペレーターたちが不吉な想像力を働かせてしまっていた。

 

 

 

 

 一方、現場では司令部からの復唱を確認できず、業を煮やした楠木がアルファチームへ直接の指示を下す。

 

「アルファチームはデルタ、チャーリーとの合流を待って真島と交戦。いいか、合流を待て、アルファチーム単独での交戦は許可しない。他にも伏兵が潜んでいる可能性も考慮したうえで確実にヤツを仕留めろ」

 

 指示の前半はフキの方を向いていたが、後半になるにつれ楠木はたきなの方へと身体ごと視線を向けて強い念押しの命令をしていた。先ほども真島との会話に急に割り込んできたこともあり、単独での暴走の可能性が懸念されていたのだろう。

 

 加えて、井ノ上たきなには前科がある。春先の銃取引の件で、司令部の命令を無視したという前科が。

 

 たきなは不承不承な苦々しい表情で頷いて見せる。フキはたきなを一度にらみつけてから、自身が指揮するアルファチームの面々へとアイコンタクトを送り、銃を構え直した。

 

「聞いたな、命令は他のチームを待って三隊の連携で真島を仕留める。他の雑魚どもは無視しろ。いいな、功を焦んな。真島を殺すことだけを優先に動け。……行くぞ!」

 

 

 

 

 

 フキの率いるアルファチームが近場にいたデルタチームと合流したとき、更に状況は悪い方向へと進展を遂げる。司令部から“チャーリーチームと連絡が取れない”と通信が入る。聞いた誰もが頭を痛め、内心で舌打ちでも打っただろう。

 

 合流予定の分隊の脱落、この時点で三隊の連携による対真島の作戦にほころびが生まれたことに他ならない。

 

 真島という稀代のテロリストは、リコリス側の僅かな迷いと躊躇いに乗じる形で各個撃破を“たった一人”で成功させていたのだ。

 

 

 DAの面々は真島の指揮するテロリストの集団がリコリスの各分隊を制圧したと思い込んでいた。しかし、現実に貨物船には真島以外の戦力は存在しない。いるのは正真正銘、真島ただ一人。これはどういうことか、一般論でいえば盤上において失われてはならない玉の駒が無造作に敵対者の群れの中心に指されている。

 

 狂気の沙汰だ、普通の思考では考えられない。

 

 真島は武装した多勢のリコリスを一人で相手にしなければならない状況に自ら追い込んでいた。その目的がなんとも馬鹿げている。いわく“本番前のゲン担ぎ”だというのだ。

 

 否、直前で室戸菫医師から聞かされていた二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライゾン)の片鱗でも掴めればラッキーというついでの目標がありはした。しかし、それで真島という大将首を迂闊に晒していいわけもない。

 

 戦略的に言えば狂った策、けれど真島は平然と延空木という本来の戦略目標の襲撃前に愚策を愚策と承知しながら打って出た。

 

 

 失敗して当然、成功しても“意味のない行動”。だがそれゆえ、よりにもよって運命はこの場面で真島という無法者(アウトロー)へ追い風を与えた。

 

 

 無傷でリコリスの分隊を二つ制圧し、真島は機嫌よくリボルバーをクルリと手中で回してみる。心臓が燃え上がりそうな滅多とない昂揚感、命の危機を感じるが故の狂ってしまいそうな緊張感、アドレナリンが脳を駆け巡り、ドーパミンは頭蓋から溢れだしそうなほど。

 

 この瞬間、真島の漆黒の虹彩は今までにないほどの複雑な幾何学模様を描き、高速で思考演算を回していた。思考の加速率が高まり続け、二百、三百倍と演算速度を上げていく。

 

 此処までは彼にとって肩慣らし。合流を果たしたリコリスの集団が迫るのを、常人離れした聴覚で察し、リボルバーの装填をのんびりと行う。バレルが半ばから折れ曲がり、シリンダーが開放。リボルバーによくみられる振出式(スイングアウト)ではなく中折れ式(トップブレイク)の黒いリボルバー。楽しむかのように六発の弾丸を装填し終えた時、曲がり角から現れたセカンドのリコリスの菫色の瞳と真島の漆黒の瞳が互いを認識する。

 

「真島っ!」

 

 たきなは真島を視認すると、すぐに銃口を真島へと向けた。多くのリコリスの仇、だが吉松の行方を捜すために生かさなくてはならない標的。

 

 生かさなくては……。

 

 殺してしまいたい……。

 

 たきなの中で葛藤がじわりと滲んだ。銃口を向け、固唾を呑む間にフキたちもたきなに追いついて真島と対面する。

 

「よぉ、黒い方のリコリス。お仲間も一緒か?」

 

「コイツっ……!!」

 

 リコリスの東京支部を壊滅させ、延空木まで狙う真島にサクラが激昂しかける。そして、アルファチームの指揮を行うフキは、チャーリーと合流出来ないまま真島と遭遇したことに思考を止めかける。

 

 合流予定のチームが落ち、楠木の命令と違う状況。敵が“錦木千束(あのバカ)”と同じくらい強いなら、たった二チーム程度の弾幕で仕留めきれるはずもない。となると、この戦力で立ち向かえば、犬死には確実。

 

 損耗を避けるため仲間を逃がすべきか、それとも真島が単独である好機を逃さず、こちらの損耗度外視で乾坤一擲に出るか。

 

 

 かつて、春先の銃取引の現場でフキは決断を下すことが出来なかった。その判断が正しいか、間違いか。その点に拘泥したために判断に致命的な遅れが生じた事実。

 

 しかし、リコリスの本部が陥落した所為で正解からも間違いからも縁遠い腑抜けた場所(リコリコ)に送られ、自分にも焼きが回ったことを自覚する。

 

 以前ならしなかった判断、楽観すぎる思考。

 

 この場で迅速に真島を仕留め、全員で帰還する選択がフキの脳裏に浮かぶ。

 

「総員斉射!敵はたった一人だ。増援が来る前に真島を仕留めるぞ、ありったけ撃ちまくれ──!!」

 

 思いきりのよいフキの声に弾かれた勢いでセカンドのリコリスたちが銃を盛大に撃ちまくる。ほとんどのリコリスが正確に真島の胴体、脚、頭部を狙いすまして銃弾を撃つ中で、幾つか逃げ道を塞ぐ意図の銃弾が混在している。

 

 真島の身体に掠りはしない弾道、だが避けようとすれば当たり、次の回避行動を阻害する弾丸。春川フキは、真島の次の動きを予測したうえで僅かにズレた箇所へ向けて引き金を引き続ける。

 

「点じゃねぇ面だ!徹底的に面制圧の射線で、ヤツを圧し殺せ!」

 

 フキの声に応じて、幾人かは命中の弾丸から牽制と妨害のために銃弾をバラまき始める。対するは漆黒の瞳を持つロングコートの男。

 

 真島は集中する斉射と命中する弾丸の射線、自らの動きを制限する弾道を全て把握したうえで、横凪ぎに吹きすさぶ銃弾の嵐を潜り抜ける。

 

 男の獣染みた疾駆、迫る弾丸を置き去りに真島は十数メートルそこそこの距離を埋めていく。迫り来る未だ無傷の真島を前に、リコリスたちの射線が真島に集中し始める。わざとズレた位置へ見舞う射撃が減り、照準が正確になり始める。

 

 普通ならば照準が精密になることは利点が多かったろうが、相手は錦木千束と同様の自分に当たる弾丸を読み解く眼力の持ち主。

 

 的確な銃撃、真島は僅かに身を反らすだけで躱し続ける。

 

 リコリスたちとの距離を詰める真島は、黒鋼の魔眼を見開いて薄く自嘲気味な笑みを浮かべる。“殺していい”なら、弾幕の隙間を縫って応射で一人ずつ減らしていくのが最も楽なはずだ。しかし、“殺さず”となると接近戦での無力化という余分な工程を必要とする。

 

 難事に対する面倒と思う心情と困難をねじ伏せる愉悦の狭間で真島は、いとも簡単に自分の命を賭けのチップに差し出した。

 

 迫る弾丸を避け、透かし、狙うのは相手の指揮官に相当するリコリス。特に目立つ赤い制服と、真島の回避ルートを的確に潰す手腕が皮肉にも他のリコリスより卓越していたがゆえに真島は春川フキを最初に制圧対象に選択する。

 

「よぉ、ちっこい方の赤いリコリス──」

 

 声をかけながらもコンバットブーツを履いた片足は既に跳ね上がっている。

 

 息を呑むフキは悪態をつこうとするが、それも間に合わずに真島のハイキックがこめかみに命中。もんどり打って床に倒される。頭に強かに命中した所為か、平衡感覚を失い立つことにすら難儀している様子。

 

「っ、てめぇぇぇ!!」

 

 サクラが銃を片手に真島の間合いに侵入、怒りで我を忘れた直線的な挙動に合わせて義手の裏拳が当たった。無力化されたセカンドを見下ろし、真島は思ったよりも手ごたえの無かったことに気落ちする。リコリスとて近接戦闘の訓練を受けているが、プロの傭兵や戦争屋と伍するには、やはり少女の体躯では基礎性能に大きな差が存在するのだ。

 

 近接格闘戦では碌な抵抗も出来ないことを知り、真島は肩を落とす。

 

 ぐるん、と白目を剥いたサクラが崩れ落ちるより早く真島はリボルバーを抜き、残ったリコリスたちに肉迫。一方、拳銃の効力が無いのを確認してたきなは拘束用のワイヤーガンを取り出す。吉松の情報を得るためにも、それに自分がリコリコへ帰るためにも、真島を殺せないがための苦肉の決断。

 

 真島に一発撃たれても、必ずヤツを拘束する。肉を切らせようと骨を絶つ意思。弾丸を受ける覚悟を決め、たきなは真島と真っ向から対峙した。

 

 真島の構えるリボルバーに合わせてワイヤーガンを向けた時、横にいた蛇ノ目エリカがサッチェルバックの防弾エアバッグを作動させる。エリカはたきなを守るためにしたことなのだろうが、その行動はたきなの射線を妨げ、真島の挙動を隠す壁となってしまう。

 

 真島はお膳立てのごとく都合よく巡ってきた好機に気分を害しながらも、思考は冷え切ったままに最適と嗅ぎ取った動きを肉体へ命じる。

 

 エアバッグの側面より黒い義手の拳を捻り込ませる。エアバッグが邪魔で目視できていなくとも、義眼の演算により相手の頭部、正確には顎の位置は算出されている。漆黒の拳撃は狙い過たずにエリカの顎部を撃ち抜いた。そして、エアバッグがしぼむと同時に真島のリボルバーが火を噴いた。

 

 六発の銃弾は意思を持つかのように、セカンドリコリスのヒバナや他のリコリスたちの肩、脚を撃ち抜いて跪かせる。至近距離のたきなが後方のリコリスたちの安否を気にしながらも、真島の拘束のためワイヤーガンを撃つ。

 

 義眼のCPUが高速で演算を行い、真島は鈍化した体感時間の中で対処を行った。黒のロングコートを脱ぎ、絡みつこうとするワイヤーに巻き付かせるために宙へ放り投げる。義眼の予測した未来の光景と現在の実際に生じた光景が重なった。

 

 ワイヤーはロングコートに巻き付き、真島は拘束されず無傷のまま立っている。たった一人残された井ノ上たきな。人数的には同等になったが、戦力差はむしろ大きく駆け離されてしまった。

 

 たきなはそれでも諦めず、サッチェルバッグを真島へ投げつける。だが、真島は危なげなくバッグを受け止め、嫌味たっぷりに笑い掛ける。

 

「ざーんねん、さぁてお仲間無しでどこまでできる?」

 

「──お前を倒せる」

 

 たきなはワイヤーガンを捨て、両手でしっかりと拳銃を構えた。

 

 真島は鼻白む、射手一人の放つ銃弾なんていくらでも避けられる。弾幕も張らず、面制圧もしない弾丸なぞ余裕で回避できるのを実演したばかりだというのに。

 

 だが、たきなが狙っているのは真島ではなくヤツの持つサッチェルバッグだった。防弾加工された部分を避け、エアバッグを作用させるため圧縮ガスの密封された箇所へ正確に弾丸を撃ち込む。弾着によりサッチェルバッグ内部の圧縮ガスが破裂、バッグを持っていた真島が吹き飛んだ。

 

「っガぁっ!?」

 

 噴出したガスの衝撃で近くの壁に叩きつけられ、真島の視野が白黒に明滅する。真島の回復より先に拳銃を冷たい眼差しで構えるたきな、そして、気絶寸前のフキが引き金を引く。

 

 ゆっくりと迫る弾丸、這い寄る命の危機。真島は舌打ちをしたのち、不本意ながら自分に課していた制限の一つを破棄する。

 

 突如、真島の肩口が爆発、義手に装填されていたカートリッジが爆ぜ、超推進力の焔を発生。義手より生まれた推進力に引っ張られて、真島はたきなたちの銃撃を寸でのところでしのぎ切る。

 

 絶体絶命を躱した真島はもう一度、カートリッジを作動させてリコリスたちへ接近。敢えて義手は使わず、たきなとフキを蹴り飛ばして此の場のリコリス全員を制圧し終えた。蹴りがとどめとなり、完全に気絶し(オチ)たフキをたきなが弱々しくも庇う。

 

 だが、いくら庇おうと朦朧とした状態では何も守れぬことを理解し、たきなは憎悪を込めて真島を睨みつける。

 

「……そうやって、何人も殺してお前は一体、何がしたいんだ」

 

「盛大に勘違いしてるみてーだが、俺ぁこの貨物船じゃ誰も殺しちゃいねぇよ」

 

 真島の不思議そうなセリフに、たきなは疑問符を浮かべながら顔をしかめて見せた。

 

「冗談のつもりですか?東京支部で大勢のリコリスを殺しておきながら……」

 

「あ?勘違いすんなよ、これは慈悲でもなんでもねぇ。本番は延空木でやる。今日のはただのお遊びさ。お前らを殺す理由が無いから、命までは取らなかった。ただ、お前らが襲ってくるだろうから、先んじて身を守るためにお前らを叩き潰した。まぁ、言うなら先制防衛ってとこかね?他に切羽詰まった時の経験値が欲しかったってのもあるけど、そこまで窮地になんなかったから、おまけの目的は果たせず仕舞いか──」

 

 真島が困った表情で口走った内容に、たきなは歯噛みする。そんな下らない事で、リコリスたちの命を、覚悟と行動を虚仮にしたのかと。

 

「どこまで……ふざけ」

 

「わりぃーな、どこまでもふざけ半分で、よっと」

 

 フキを庇うたきなの側頭部を真島が無造作に蹴り、彼女もまた意識を手放した。フキに覆いかぶさるように倒れて動かない彼女を見下ろし、真島は肩口から焼け破れた袖をむしり取る。それから首を僅かに反らし、“背後から撃たれた弾丸を目視せずに回避した”。

 

 

 背後に現れた驚愕のあまり息を呑む気配。弾丸を有効視野角に納めないまま弾丸を回避するという、ある種、錦木千束を超越する戦闘技能。

 

 リコリスの司令、楠木は背後からの待ち伏せ(アンブッシュ)の銃撃を回避されたことに言葉を失う。それでも楠木は残弾のある限り引き金を引こうとするが、真島のリボルバーがそれを許さなかった。

 

 合計三発、右の手のひらを撃ち抜き、次いで肘と肩に銃創が空く。

 

「ぐっぅぅ──!」

 

 咄嗟に悲鳴を噛み殺すも、漏れ出る悲痛の喘ぎ。血みどろとなった右腕を抑え、楠木司令は壁に背を押し当て、ずるずると出血と共に倒れていく。リコリスは殺さないと決めていたが、その保護者役までは決めかねていた。

 

 真島は懐からコインを出し、指で宙へ向け弾いた。表と裏、裏と表、繰り返し翻りながら落ちてくるコインを手に取り、結果を見る(ショウ・ダウン)

 

 コインは表の絵図を出しており、真島はため息をついてリボルバーをロングコートの内側へと仕舞い込んだ。ただ、此処で撃ち殺さなかったからといって治療までする義理はない。制圧されたリコリスと派手に出血し続ける楠木を放置し、貨物船を後にしようとする。しかし、立ち去る前に獣染みた笑顔で真島は誰ともなく呟きを残す。

 

 

「本番は延空木だ、せいぜい派手に遊ぼうぜ──」

 

 

 誰にも届かない呟きは虚空に消え、堪えきれなくなった哄笑の残響が貨物船内に響き、真島は埠頭の暗闇に姿を晦ますのだった。

 

 

 

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