Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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Diamond cut diamond【1】

 

 

 一時、延空木の状況再把握のため、現場を離脱したリコリスたちは延空木近辺の学生バスに偽装した強襲用車両で待機していた。席に座るリコリスたちの表情は一様に暗く、真島とその配下たちを殲滅できるかどうかに頭を悩ましていた。

 

 目下、テロリストたちは起爆予想ポイントである第一展望台を占拠し、実用的な移動経路であるエレベーターを第二展望台で籠城することで寸断している。敵の待ち構える場所へ向かうということが、リコリスに不向きであることを承知の上で彼女たちは覚悟を決めて延空木、あの天高くそびえる塔を登らなければならない。

 

 

 緊迫した空気感の中、たきなの隣に座っていたオドオドした少女、蛇ノ目エリカが小声でかつての相棒に声をかける。

 

「えっと、たきな……?こんな時だけど、また一緒に任務に来られて、良かっ──」

 

『“先遣隊は四つある非常階段から第二展望台を強襲する”』

 

 

 

 点灯する車内モニター。そこには部隊編成でリコリスたちの名前が列挙している。そんな強襲作戦の実行部隊編成の中で、たきなには看過できない名前が紛れ込むように明記されていた。

 

 “charle-6、錦木千束”。

 

 たきなは零れ落ちそうなほどに目を開け、わなわなと画面を見つめ続ける。

 

「どうか、したの?……たきな」

 

「千束を呼んだんですか!?」

 

 いきなり、たきなが立ち上がったことで横のエリカが驚いて座席にへたり込む。部隊の規律を乱しかねない突然の行動に楠木司令の脇に控えていた秘書が着席を言い渡す、だがたきなにはどうしても問い質さねばならない重大事項。

 

 モニター越しの彼女は一向に退こうとしない。

 

「司令!……千束は」

 

『奴は来ない。連絡がつかなくなった』

 

「連絡が──?まさか、店長もですか」

 

『そうだ、部隊編成に名前こそ入っているが、“錦木千束”はいないものとして作戦を遂行しろ』

 

「連絡が取れない理由は一体?」

 

『知らん、我々には関係のないことだ』

 

「──っ、ですが!」

 

「おい、会議中だぞ!!」

 

 そこで赤い制服を着たリコリス、延空木において現場の統括を行う春川フキが、鋭くたきなを制止する。これ以上、勝手をやらせては現場の規律にも影響すると考えての事だろう。しかし、それがたきなを止める理由にはならない。

 

「この状況を見て、二人とも連絡がつかないなんて絶対変ですよっ!そうだ、黄理くんや橙子さんは!」

 

『そちらの二人も、千束たちといるようだが同じく連絡が取れない。取れたとして、奴らはリリベルの指揮系統の人間だ。延空木の作戦では使えない』

 

 埒が明かないと、たきなは鞄を背負い直してバスを飛び出す。泡を食ったフキが止めようとするが、それより早く彼女は走り出していた。

 

「──っ!オイ──!」

 

「作戦までには戻ります!」

 

 先ほどの真島の放送が響いているのだろう、都内は閑散として人気が無く歩行者がほとんど存在していない。たきなは鍵が付けられたまま乗り捨てられたスクーターを起こし、リコリコへとアクセルを吹かしていった。

 

 

 

 

 

 装備を万全にし、準備が整ったところでリコリコの外に出た千束たち。それを見計らったのか、店の正面に無人車両が乗り付ける。ドアはひとりでに開き、千束らに乗車を強制していた。

 

 千束、黄理、ミカが不景気な顔で乗り込むと、車内のモニターが自動で作動。画面を悪趣味なブリキ人形のモチーフが占拠している。黄理はふと思った、ロボよりはリスの方が愛嬌はあると。

 

 ただ、リスは食用の部位が少ないから、ウサギの方が好みなんだが……。

 

 つらつらと関係ないことを考えていると、独特な機械音声がやっと喋り出す。

 

『携帯は置いてきたな?』

 

「あぁ……」

 

 怒り、不満を隠そうともせず千束は画面向こうの悪党へぞんざいに応じる。

 

『おい、リコリスの隣のお前!お前も置いてきたのか?』

 

「いや、そもそも今日は最初から持ち歩いてない」

 

 

 何とも言えぬ空気になる。千束とミカが黄理に何か言いたそうだったが、携帯なんて必要なときにだけ持っておけばいいスタンスの黄理には二人の視線の意味が通じるはずもない。

 

『本当か?下手な嘘を言ってボクを誤魔化そうとしても──えっ、本当に持ってないの?』

 

「持ってない」

 

 

 

 何やら出鼻をくじかれたらしいが、以前、クルミの暗殺を試みた“ロボ太”と思しきハッカーは気を取り直して話を続ける。

 

『以後は、この通信だけを許可する。誘導に従え』

 

 舌打ちをしてから、千束は腹立たしそうに電子音声の話を急かす。これ以上、一秒だって会話していたくないのが明白な態度。

 

「分かったから、さっさとしろ。ロボ太」

 

 千束がやや命令口調で言ったのに画面向こうのハッカー、ロボ太は自分が認識されている事実に機嫌をよくする。

 

『おぉ!僕のことを知ってるのか!今やウォールナットを超える最強ハッカーだからなぁ、へへへ』

 

 返事をする気力も失せたのか、モニターの液晶を踏みつけ千束は眼光鋭く吐き捨てる。

 

「は、や、く、し、ろ」

 

『は、──発進しろ』

 

 ドスの利いた千束の催促に腰が引けているようだが、ロボ太は車を発進させて彼女らをある場所へと(いざな)った。誰もいなくなったリコリコでは、たきなのコールに応えることの出来ないスマホが虚しくカウンターの上に置かれていた。

 

 

 

 目的地に着く途中、黄理は後部座席にいたミカへ思ったことを告げてみる。

 

「言葉遣いは教育をしくじってませんか、ミカさん?」

 

「う~む、もう少しお(しと)やかさについて話し合っとくべきだったか?」

 

「ちょ、これは相手がロボ太だったからでぇ、普段はちゃんとお淑やかじゃい!」

 

『なぁ、お淑やかなヤツはそんなこと言わないと思うぞ』

 

 

 画面がもう一度、踏まれたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 様々な目的、事情、要件を抱えた人の多くが慌ただしく動き回る空港。そこでは、ラウンジのサービスを最大限に活用してリラックスしているミズキと、何かまだ難しい顔でパソコンを開いているクルミの姿が。

 

「ラウンジ!あ~、さいっこ~だわー!はじめてアンタと一緒で良かったと思った~」

 

 贅沢に溺れ、弛緩し切っているミズキを尻目にクルミは次の潜伏地に飛ぶ飛行機に向かおうとする。

 

「もう行くからな……」

 

「はいはーい」

 

 適当で、おちゃらけた返しにクルミは目を細める。

 

「ボクはともかく、お前こそ最後まで千束と一緒にいるべきだったんじゃないのか?」

 

「十分一緒にいたわよ?アイツが手間のかかるガキの頃から、面倒ばっかかける今に至るまでね。……あれ、あんまし変わってないな。……というか、アンタこそ何、柄にもなく遠慮してんの?リコリコに馴染んでたくせに」

 

 クルミはそこでたった数ヶ月の日々を思い返す。本当に楽しくて、くだらなくて、今も鮮明に思い返せるほどに色濃く痛快で気持ちの良い日々だった。

 

「ああ、楽しかったな──あんな騒がしくて、滅茶苦茶な潜伏生活なんてしたことが無かった」

 

「そう、なら覚えておいてやんなさい。それが千束の何よりの望みだからね…………さぁ~て、アンタとも最後かな?」

 

 ミズキの晴れ晴れとした別れの言葉にクルミもくすりと笑って頷く。

 

「そうだな──ふっ、じゃあな」

 

「ファーストクラスのチケット、ありがとね~」

 

 チケットを自慢げに振りかざしているミズキへ、最後の揶揄いをクルミはお見舞いする。

 

「あいにくとお前のはエコノミーだ」

 

「えっ。こ~?」

 

 くしゃりとチケットの握りつぶされる音を聞き、クルミは後ろ髪を引かれる感慨を覚えながら搭乗口へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 慌てて、リコリコに着いたたきなは誰もいなくなったリコリコを前に僅かに立ちすくんだ。ドアに貼られた閉店のチラシ、普段なら営業時間だというのに人気が無く、リコリコはこれまでに見たことがないほど静かにその場にあった。

 

「閉店?どうして……」

 

 店に入る、閉店のチラシは貼ってあったが店の調度品などはそのまま。かえって、それが何よりも大きな違和感となっている。携帯を取り出し、千束へ電話をかけるとカウンターからスマホが床に落ちる。

 

 千束の携帯を拾い上げたところで、制限時間が訪れてしまった。自分の携帯にかかってきた着信を受ける。

 

「──はい」

 

『あと三十分で突入だ、戻れ』

 

「聞いてください、千束が店にいないんです。一緒にいるという黄理くんや橙子さん、それに店長も!……スマホが置きっぱなしで」

 

『それがどうした』

 

「何か変です、真島が絡んでいるのかも」

 

『なぜ、そう思う』

 

 取り合う必要のない、確証が抜けた曖昧なたきなの感想。しかし、楠木は敢えてたきなの感じ取った曖昧な“ナニカ”の深堀りすることを選んだ。

 

『先日、真島に話した“ヨシマツ”とは何者だ?』

 

「千束の恩人です」

 

『……心臓の提供者か?』

 

「はい、真島は千束が吉松を探しているのを知っていました」

 

 

 それだけの情報で千束の捜索に人員は回せない、と楠木は冷静に判断する。

 

『──少なくとも行方のわからん“ヨシマツ”はともかく、真島は延空木にいる。知りたいなら本人から直接聞け。ヤツが死ぬ前にな』

 

「…………私情で動いてしまい、すみません。すぐ戻ります」

 

 

 

 

 

 ウォールナットとは、個人を指す名称ではない。多大なるハッカーとしての実績や被害、痕跡が誤認させていたのだろうが、名称が指す意味合いは人名などとは別の所にあった。広大なネットの海、その海で生き延びた先人たちの叡智の結晶にして連綿と受け継がれるプログラム。それが“ウォールナット”である。

 

 

 今、その叡智の結晶を継いだ最新のウォールナットは自分のエゴと願いから、持てる総てを使って“とある情報”を集め続ける。

 

「一番、千束の心臓に近いのはどれだ?これの著者を洗い出して──」

 

 プログラムは返答を返さずに忠実に仕事をこなす。プログラムより名称変更の可能性を示唆されるが、クルミもそれは想定している。

 

「だろーな。どうせ名前を変えているだろうからメタデータよりもペイシャルイメージを優先。痕跡は必ず何処かにある」

 

 情報管理データよりも、実益や不自然な金銭の流れにクルミは着目する。データは時として事実と反することがある、しかし改竄などで歪められた情報には、何処かでしわ寄せがくるもの。

 

 クルミはその微かな痕跡こそが突破口になると考えていた。ネットの海でクルミの障害となるものは存在しない、一番やっかいな関門になるのは──。

 

「すこしいいかな?……飛行機が飛ぶときはパソコン、やめてね」

 

 職務に忠実なCAの存在だ。融通が利かないと無理やり奪われたりするだろうが、今は問題にならない。真島の放送を受け、飛行機はどれも運航を遅らせているのだ。

 

「当分、飛ばないだろ。飛ばないからこんなことしてるんだ」

 

 いっそ、飛行機が飛んでしまっていれば諦めもついた。だが、何もしない時間にリコリコでの日々が頭を過ぎったことで、クルミは往生際の悪いことと自覚しながらネットの海へ飛び込んだ。

 

 そして、目当てのモノに行き着く。フクロウ、アラン機関のシンボルを身に着けた女性の虹彩に反映されている景色から場所を特定していく。

 

 衛星写真から現在の場所、そこには何も建っていない。だが、ネットの海の情報は現在のみならず、過去にまで偏在する。十年という月日を遡り、発見できたのは古びた町工場。その町工場の残存するデータを一つ余さず参照。

 

「なにか、なにか無いか?なんか、吉松っぽいの──」

 

 工場のデータにそれらしきものはない。いや、監視カメラ、吉松がこの工場を現れたのだとすれば、映像ないし音声に手がかりがあるはず。

 

「振動解析、音出して」

 

 生活音、機械の作動音、環境音を排し、ノイズを削ぎ落していく。

 

 

【直接会うのは、いつ以来でしょうか。Mr.ヨシマツ】

 

【──良い実験体が見つかったんだ】

 

 

「ビンゴ!この骨格で十年分を照合──吉松はどこかでもう一度来てるはず。あった……待て、これは去年か?」

 

 ヨシマツが関与している場面の音声を再び、抽出する。

 

【アランの支援のおかげだわ】

 

【我々は手助けをしただけだ。少女の命一つで貴女の才能が結実するなら安いものだろう】

 

 臆面なく語られる吉松の思想へ対面している女性は賛同しにくそうに表情を曇らせていた。支援を受けたと思しき彼女は、僅かに悔恨とも取れる声で吉松へあるものを託す。

 

【──その子に“これ”を。救ってあげて】

 

 十年の月日、試作の人工心臓の治験のため、顔を合わせることなく被験者にしてしまった事実は湿った真綿で首を絞められるような緩慢な罪悪感を彼女に背負わせていたのだろう。吉松は沈鬱そうな顔をした女性の肩に手を置き、勇気づける。

 

【君が心配すべきなのはこれからだ。君が救う幾多の患者たちだ。被験者のことは私に任せてくれ、君同様、アランの子だ。“その才能に相応しい、正しい道へ導いてみせるとも”】

 

 女性が吉松に託したアタッシュケース。

 

 そこには芸術品のように安置された人工心臓が確かに存在していた。

 

 

 

「あったーー!!」

 

 クルミは駆け出す、自分たちはまだ何も諦める必要がないことに歓喜して。飛行機から降り、愛用するデバイスが詰められた小柄な人間が入るには十分な大きさをしたアタッシュケースを回収する。

 

 ミズキの乗る飛行機の搭乗口、そこにいた添乗員へ声をかける。できるだけ弱々しく、それでいてあどけない感じに。クルミの演技力が試されていた。

 

 

 

 アイマスクを付けたミズキは遠慮がちな添乗員に起こされ、寝ぼけ頭に意味不明な情報を叩きこまれた。

 

「お客さま、生き別れの娘さまがあちらでお待ちです」

 

「……はぁ、娘?」

 

 窓の外を覗き込むと、地団太を踏みながら自分(ミズキ)の名前を呼び続けて、飛んだり、跳ねたりしているガキンチョの姿があり──。

 

「……知らない子です」

 

 

 

 しらばっくれても、クルミがいなくなるわけでもない。観念したミズキはクルミと合流して行動を開始する。

 

「グッバイ、バンクーバーのイケメン……」

 

「まだ付き合ってもないだろ、付き合える可能性もないだろうしな」

 

「失礼な!万に一つ、くらいはあるわよ!?」

 

「万は言い過ぎだ。あと二つは桁が足りない」

 

 

 

 

 地下道を抜け、地上の衆人環視をかいくぐりリコリスたちが延空木へと行進していく途中、たきなは耳元のカナル型イヤホンから聞き覚えのある小さな天才ハッカーの声に吉報を知らされる。

 

『千束の心臓、もう一つあるぞ!』

 

「……っ、どこに?」

 

『吉松が持ってる。アランの支援を受けた研究者が改良した心臓を作ったんだ。そこまでは良かったが、よりにもよって吉松の手に渡ってしまった。……そっちじゃない、こっちだミズキ!』

 

『偉そうに言うなら自分で歩け、ガキンチョ!』

 

 クルミはどうやら、ミズキさんと一緒にいるようだった。店にいなかったのも、独自に千束のため行動してくれたのだろう。

 

「吉松は今どこに?」

 

『分からない、此処数日の足取りがさっぱりだ』

 

 イヤホンには大きな音、飛行機の飛び立ったと思われる音が入った。空めがけてミズキの叫びがイヤホンに拾われる。

 

『あぁ~!さよなら、ダーリン!』

 

『まだ言ってる……とにかく、また連絡する』

 

「待ってクルミ、リコリコに行ったんですが……」

 

『ああ、閉店してたろ。千束の希望でな』

 

「そこではなく。スマホだけ置いて、千束も店長も、一緒にいるという黄理くんたちまでいなくて」

 

『──なにか、あったな』

 

 千束のスマホを握りしめる。遠く離れたクルミへたきなは要請した

 

「千束のスマホを解析できますか?」

 

『分かった、ちょっと待ってろ』

 

 通信を切ったクルミはチャーターしたヘリの降下を待つ。取り出したパソコンのキーを叩き、クルミは自分のできることを始める。クルミは挑発的に笑って見せ、吉松の計画も、真島の計画も、全てご破算にしてやると心に決めた。

 

 さぁ、何もかもを取り戻しに行く時間だ。

 

 

 

 

 

 千束たちを乗せた車がやってくる。それを待ち遠しそうにしている真島は、ロボ太がこれまでに見たことが無いほど上機嫌なものだった。

 

「おい、真島。奴らが来たぞ」

 

「やっとか。歓迎の準備は良いか、ハッカー?」

 

「へっ、言うまでもなく準備は万全。細工は流々、後は野となれ山となれ!管理された平和、チープな陰謀で出来た安寧、僕たちなら絶対に引っくり返せる!」

 

 やる気に満ちたロボ太の返答に笑う真島は小さく踵を鳴らす。

 

「さぁて、第二幕だ」

 

 

 

 

 

 リコリスたちは延空木の高性能なエレベーターではなく、いつの時代も高層建築ではお約束なメンテナンス用の外部階段へとやってきていた。

 

 超高層建築、延空木。周囲には遮る建物は並ばず、ビル風が轟轟と吹きすさんでいる。スカートは派手にめくれあがり、リコリスたちの軽量な体躯が吹きあがる風で持ち上がりそうになる。

 

「うへぇ、これしか方法ないんスかぁ~」

 

「泣き言をいってる場合か、さっさと行くぞ」

 

 リコリスたちが第二展望台を視界に入れられる高さまで上がったところで、司令部より通信が送られてきた。

 

『各チーム、選抜隊は四つの非常階段で第二展望フロアに到達後、真島に抑えられている東西南北、四つの直通エレベーターを奪還。第一展望台待機組は順次、上昇。合流し殲滅してください』

 

『慈悲は無用だ、皆殺しにしろ』

 

 

 楠木の指示を受け、リコリスたちの緊張と眼差しに宿る剣呑さが増していく。現在、フキの率いるセカンド四名、ファースト一名からなる先遣隊は更に上へと向かって行く。

 

「敵は目視できないッス」

 

「目視してもすぐ発砲すんなよ」

 

 そのとき、たきなのイヤホンにノイズがかかり、クルミの切羽詰まった様子が耳を叩く。

 

『たきな、千束のスマホを見ろ!』

 

 取り出し、画面を見るとそこには椅子に縛り付けられ、俯いている吉松シンジが映し出されていた。調べてみると、吉松からの着信が入っていた。吉松が拘束されているのなら、着信した人間は別にいる?

 

『街頭カメラで千束たちの乗った車を見つけた。千束とミカ、それに黄理も同乗している。現在地は押上(おしあげ)、おそらく目的地は──』

 

「旧電波塔──!」

 

『吉松は旧電波塔にいる、つまり心臓の持ち主のところへ千束自身が行くってことだ!やったぞ、たきな。これで万事解決じゃないか!』

 

 喜びに声を弾ませているクルミには悪いが、たきなはそこに待ったをかける。

 

「そう、でしょうか」

 

『ん?なにか懸念することが?』

 

「嫌な予感がします──罠かもしれない」

 

『そりゃ、何事もなく、とはいかないだろうが千束だけじゃない。ミカ、それに黄理まで着いて行ってる。だいじょぶだろ?』

 

「罠を張るのが、吉松だとしたら?」

 

 脳裏にまざまざと浮かんだのは吉松との僅かな会話。黄理くんとの反目。

 

「絶対、何かある──」

 

 たきなが物思いに耽っていると、先行中のサクラが呼んでいる。

 

「さっさと来いよー!他のチームと連携しなきゃ、あんな馬鹿強いテロリストを仕留められないだろー」

 

『たきな、時間が無い。今すぐ来れそうか?』

 

 

 立ち止まって考える、でもそれはたった数秒のこと。DAに戻れないことは当然として、背信行為で処断されることも考えて、たきなは選択する。

 

「すみません、私は此処で──。行かなきゃいけないところがあるんです」

 

「なぁ──!またかよ、お前!!」

 

「え、え?たきな、それどういうこと?」

 

「千束のところへ向かいます」

 

 エリカ、ヒバナ、サクラ、フキにそれだけを告げる。たきなは理解を求めていない、いやされることを期待するなんて虫がいいものだと自分に言い聞かせる。

 

「馬鹿が感染(うつ)ったか?任務中だぞ!」

 

「すみません!」

 

 頭を垂れる、謝罪しか今のたきなには許されていない。現在、延空木を占拠する真島は前日、リコリスたちを不殺で制圧した生粋の怪物。それに加えて配下まで揃っているのだ。数的有利は消え、極めて困難な任務を遂行しなければならないタイミングで、離脱しようとするたきなへフキたちが言い募ろうとして──。

 

「……フキ、行かせてあげて。私がたきなのポジションを埋めますから」

 

 サクラは苛立ちまぎれに声を荒げる。

 

「あぁ!?無理に決まってんでしょ、そもそもコイツがクビになったのはアンタのヘマが原因だろ!もし、代わりになっても任務を前にして頭数を減らしていい道理がどこにあんだよ!」

 

 罵倒に近しい威圧する様な声音でも、サクラの言うことは正論であった。耐えがたい悔恨に俯くも、エリカはそれでも顔を上げた。

 

「そう……全部、わたしの所為よ!」

 

 サクラを押しのけてエリカはたきなを抱きしめる。

 

「あっぶね!」

 

「あのときは、本当にごめんなさい」

 

 それだけ言うやエリカは階段を駆け上がり、ヒバナを追いかけていく。リコリコで働いていたから分かることもある、フキは頭を掻きながら階段を降りてくる。フキの態度からお叱りかと予想し、サクラは自分が言い過ぎたのを自覚しながらも抗弁を行う。

 

「な、なんすか。ほんとのことッスよ!?」

 

「おい、たきな……この任務を降りれば、お前はDAには戻れんぞ」

 

「此処では千束を救えない、それだけです」

 

 あまりに愚直で、真っすぐな決意の眼差し。こういう一度言い出したら何も聞かんヤツをフキはよく知っている。ぼそり、と減らず口が知らず知らずに口をつく。

 

「(あの鉄面皮で、合理と規律をガチガチに順守するヤツが変わったもんだ)」

 

「──えっ、すみません。よく聞き取れなくて」

 

 フキはたきなから背を向けると階段を再び登り始める。

 

「はぁ、どこへなりと行っちまえ。それで馬鹿を助けて馬鹿を見てこい」

 

「──ありがとうございます」

 

 登るフキと正反対に、たきなは登ってきた道を駆け下っていく。フキはそれを見ようともしない。唖然とするサクラを捕まえ、先を急ぐ。

 

「行くぞ、ヒバナ、エリカだけ行かせてもしゃーねーだろ」

 

「フキさーん……司令部になんて報告するんスかっ」

 

「アイデア募集中だ、良い案でたら採用する」

 

「うぇえー?」

 

 

 階段を降り切り、たきなは遠方にそびえ、まるで花開いたように壊れる寸前の形に留められた旧電波塔へと駆けていく。

 

 後先なんて考えず、ただ自分の信じ歩みたいと思った選択を裏切らないために。

 

 

 

 

 

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