Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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 妄想アイキャッチ。

 彼岸花を煙草のように吸う千束、たきな。
 鈴蘭をティースプーン代わりにカップをかき混ぜる黄理。


Diamond cut diamond【2】

 

 

 道中に様々なことがあり進行の遅れていたフキたちに連絡が入る。先行していた他の一隊が第二展望台を制圧したというのだ。首謀者、真島は残念ながらいなかったが、いやいた場合は第二展望台の制圧が叶わなかった以上、幸運と評するべきだろうか。

 

 ともかく、第二展望台を被害なく制圧できたことは幸先がいい。制圧出来た証拠がゆっくりと降りてくる。

 

「いいぞ、エレベーターが降り始めた」

 

「あ~ぁ、余所のチームに手柄取られちゃいましたよ~」

 

 サクラのぼやきに、ヒバナは苦言を呈する。

 

「ちょっと、これは競争じゃないのよ」

 

「競争っスよ、何事もね」

 

 アルファチームがテロリストたちを一掃した展望台へと踏み込む。濃密な鉄錆の匂い、粘りつく大気の流れ。嗅ぎなれた修羅場の空気にフキたちは油断なく銃を構え続ける。

 

 しかし周囲のリコリスを除き、動いているのは床を動き回る円形の掃除ロボットだけ。テロリストの身体から撒き散らされた血や臓物をロボットが延ばし広げ、亡骸に執拗にぶつかったりしていた。

 

 もしも、お掃除ロボットが自我を持ち、人間に敵対したらこんなゴアな光景になるかもとサクラはげんなりとする。

 

「うぇ~、状況グッロ……」

 

「エレベーターを起動しろ……司令部、アルファチーム到着しました」

 

 血みどろな状況に眉一つ動かさず、フキは次に必要な行動をとり始めている。エレベーターを動かすため、各種配線、基盤をいじっているところでサクラが独りごちる。

 

「先に来てたんだから、やっといてくれたっていいだろ……やっぱ、競争なんすよ」

 

 

 

 

 リコリスたちは無事に辿り着き、真島の“目論見”どおり占拠されていた展望台の強襲に成功した。無惨な亡骸、床一面に広がった血痕、なんというショッキングな地獄絵図。

 

 低級予算のB級ホラー映画めいているなと、すっかり死体とゴアな光景に慣れ切ったロボ太はインスタントのコーヒーを飲んでから、高らかに笑い上げる。

 

「さぁ、いざ勝負だ。ラジアータ!!」

 

 

 

 

 展望台モニターに真島が映し出される。

 

 時を同じくして、街灯モニターに映された真島の姿に観衆たちは恐怖と不安に惑い始める。それはDA側、リコリスたちを統括する司令部もそうだった。

 

「バカなっ、何故またジャックされている!?」

 

「楠木司令、ラジアータが対応しません!?」

 

「なんだと?」

 

「外部から──いえ、それもあり得ないんですが、大量のアタックを受けて防壁生成で手一杯になっています!」

 

 

 ハッキング対策が此処に来て操作、使用の足を引っ張る。ロボ太が以前、警察署で仕込んでいたバックドア、悪意の種がこの土壇場に芽吹いた。

 

「へへっ、防御の硬さが仇になったなぁ!僕の力を思い知れぇ!」

 

 

 

 浮かれてるロボ太に反応を返さず、真島は都内いや全国の聴衆に向けて悪辣なメッセージを続ける。

 

『都内の百人かそこらは初めての銃、初めての自由を楽しんだかぁ?』

 

 真島はリコリスへのとどめとなる“情報”という猛毒を日本へ流し込む。毒の色は彼岸花めいた血みどろの赤。死体と銃弾、真っ赤な惨劇。リコリスたちの職務の姿、その犠牲となった同胞たちの死にざまである。

 

『それとも楽しむ前に、こーんなヤツらに邪魔されたか?』

 

 映像が切り替わる。惨劇のただ中、血だまりの上に銃を携えて立つ年端も行かない少女たち。返り血を浴びた彼女たちは、皮肉なことに真っ赤な彼岸花(リコリス)を思わせる。

 

 悪意のスポットライトを浴び、大勢の人々が認知しようとしていた。

 

 ──彼岸花(リコリス)の存在を。

 

 

 

『この制服のガキどもに要注意だ』

 

 延空木の作戦に導入されず都内に配置されていたリコリスたちに注目が殺到する。学制服という都市において迷彩となるそれが此処に来てリコリスであることの最大の特徴として反転した。

 

『こいつらこそ、国が秘密裏に運用しているエージェント、“リコリス”。日本の平和神話を維持するためなら何でもする連中だ』

 

 展望台にいた一人のセカンドリコリスが映像を止めようとカメラに向けて発砲する。

 

 それは画面めがけ、ひいては画面の向こうにいる“誰か”に向かって銃を撃ったと看做され得る衝撃の瞬間が電波に乗り、拡散されていく。

 

 説得力を補強する行動が撮れたところで真島がそれ見たことかと口車を回す。

 

『ほらな?何でも、だ』

 

 

 此処までのリコリスたちの健闘、テロリストたちの排除の場面があらゆる画角で記録されている。死体の側で銃を持つ少女たち、血塗られた惨劇が放映され続けている。

 

 街中で、延空木とは離れた場所でたまたま銃を拾っただけの一般人が思わず、付近にいたリコリスへ“何となく”で引き金を引く。殺人の重みも、銃の取り扱いも知らないがための蛮行。

 

 弾丸は急所を外れるも、訓練されたリコリスは不運なことに咄嗟の、訓練で染みついた動きで発砲者を撃ち返してしまった。応報の弾丸を受けて倒れたのは、銃を撃つまでは何の変哲も無かった一般人。

 

 アスファルトに命を繋ぐ赤色が零れていく。

 

 流れる血と硝煙の匂い、最初に叫んだのは若い女だったか、子供だったか。

 

 狂騒が、パニックが、平和な日本の安全神話に罅を入れ始めた。

 

『映像なんて見ても信じないだろ~?いくらでも捏造できるもんな──だが、街中で見たヤツもいるんじゃないか?本物のリコリスを、その目で』

 

 

 血の気がすっかり引いた楠木司令が声を荒げる。

 

「発砲禁止を徹底しろ!!くっ、ラジアータは──」

 

「再起動には時間を要しますが、実行されますか……?」

 

 此処で再起動をすれば、その間により大きなことが起こった場合の対処に遅れる。だが、此処で使えないままのラジアータの対応に手を掛け続けても意味はない。いいや、そもそも今、リコリスで使っているラジアータはリリベル側のアクセス権を譲渡されたもの、リリベルの不利益となりかねないため、楠木の独断でどこまでやっていいのか……。

 

 楠木司令はままならぬ状況に歯噛みする。そんな彼女の苦悩を知らずに真島は、画面上でダメ押しに観衆たちを脅してみせた。

 

 

『この国の行方不明者は一年に三千人だぞ?そのうち何人をリコリスが消してんだろうねぇ。ああ、そうだ……リコリスを見ちゃったアンタたちも~』

 

 親指で首をかき切るジェスチャーに万感の皮肉と嘲笑を込めて──。

 

 これが真実、自然な世界であると男は世に知らしめた。

 

『自分が幸福なら、そんなアンバランスで不自然な世の中で良いって?ハッ、俺たちは神さま気どりの奴らから自然な世界を取り戻そうとしている。──きっと、この映像も無かったことになるだろう。だが、自分の目で見たことを覚えておけ。これは真実で、奴らを倒す“始まり”だ』

 

 

 真島の映像がようやく途切れたが事態は刻一刻と最悪を更新していた。時間は味方ではない。対応を誤れば、何もかもがご破算だ。現場のリコリスたちは、司令部の判断を仰ごうとする。

 

「本部、指示を請う……本部っ」

 

 フキが通信を試みていると、近くの掃除ロボットがサクラの足元、つま先へじゃれついている。

 

「だぁー!よく見て走れよ、このポンコツ」

 

 掃除ロボットが一斉にリコリスたちに群がる。けたたましく警戒音(アラート)を鳴らして。

 

 

 フキとサクラの身に悪寒が走る、この大量の掃除ロボットは誰が此処に置いていた?クリーナー?違う、状況が完了していない現場にクリーナーは現れないし、掃除なんかをしている暇のないリコリスも対象を外れる。オープンして当日に清掃業者が入っていることも考えづらい。

 

 そうなると、これを設置した奴らは死んでいったテロリストたちなわけで──。

 

 

「オイオイオイ、防御!!」

 

 リコリスたちがサッチェルバッグを前面に構えた時、爆炎が花開いた。衝撃で展望台の中身が攪拌される。熱と煙が充満し、それから降ってくる水。

 

 スプリンクラーが作動。爆風と炎、衝撃に晒されたリコリスたちへ水が降り注ぐ。司令部は展望台の監視カメラの映像が途切れたことで、ある程度の現場で起きたことを推察する。もっとも、それが事態の好転に役立つかは否であるが。

 

「延空木のリコリスたちと、通信途絶──」

 

「ク……っそがぁ──」

 

 口汚くなり、怒りに我を忘れそうになりながら楠木司令は打開策を探し続ける。しかし、明敏な彼女は無意識のうちに悟っていた。

 

 ──我々は既に詰んでいる、と。

 

 

 

 

 

 車通りのすっかり失せた道を自動運転の車に揺られ、千束たちは遂に因縁の深い、旧電波塔に到着した。車内で指示されたことは、“二人で来い”、千束と黄理を指名して旧電波塔に呼びつけたのだ。

 

 ミカは二人の後ろ姿を心配そうに見つめている。

 

「本当に二人だけで行くのか」

 

「だいじょーぶ、だいじょぶ。二人がかりなら何とかなるって」

 

「手早く済ませてくるんで、ミカさんは店で茶を淹れて待っててください」

 

「そそ、お団子も忘れずに、ね」

 

「そうか、嗚呼わかった。……シンジによろしくな」

 

「──うん」

 

 ソードオフのショットガンを千束が掲げると、視線を向けずに此方を監視していたドローンが撃ち墜とされる。

 

「──行ってきます」

 

「ミカさん、また後で──」

 

「ああ、行ってこい」

 

 

 最強二人、彼岸花(リコリス)君影草(リリベル)

 

 錦木千束と七夜黄理は再び旧電波塔の地を踏んだ。

 

 

 

 

 

 撃ち墜とされたドローンを惜しみながら、ロボ太は真島にとっての吉報を届けた。

 

「クッソ、あれ高かったのに……。おい真島、二人が入ったぞー」

 

「よっし、第三幕だ」

 

 

 

 

 千束、黄理が旧電波塔へ潜入する。旧電波塔は倒壊した区域を除き、現在は観光が可能となっていた。今日は定休日で誰もいないことは理解しているが念を入れて非常用のボタンを押し込み、緊急ベルを鳴らした。

 

「はーい、良い子の皆さーん、逃げて逃げてー」

 

「これで残ってるのは悪い連中だけだな」

 

「悪い子でも逃げてくれる分には助かるんだけどなぁ~」

 

 

 二人はクリアリングを行いながらエレベーターへ乗り込む。これで上まで一直線、とはいかず途中でエレベーターが停止。エレベーターのドアを黄理が壊し、停止した階の非常階段から上を目指すことに。

 

 当然、使用が想定される移動経路にはテロリストが多数、配置されていた。

 

 連続した駆ける勢いの靴音に多くの悪党らが襲撃者の存在を察知、階段をゆっくりと降りていく。が、いくら声をひそめ、靴音を小さくしようと人間として思念を発する以上、七夜黄理の察知能力からは逃れられなかった。

 

 思念を視覚に捉える浄眼は、依然として高い精度を誇る。

 

「上は五人、下で七。どっちがいい?」

 

「七は黄理に譲るよ、トレードマークみたいなもんでしょ?」

 

「はいはい」

 

 言うが早いか黄理は手すりから身を投げ、下の階へと落ちていく。

 

 落下する黄理に向け、乱射ともいうべき弾幕が待ち構える。彼めがけ撃たれる無数の弾丸、七夜黄理はその弾幕の隙間を縫って、テロリストたちの下へと駆け下る。

 

 階段のへり、手すりなどに足をかけながら、遅いはずなのに目に捕らえられない奇妙な速度でテロリストたちに急接近、袖から出した鉄棍を叩きつけて、まず二名を昏倒させる。

 

 逆手に持っていた鉄棍をくるりと手中で回し、小さく呼気を吐く。

 

 相対位置が近すぎるため同士討ちを恐れたテロリストらが飛び掛かるが、身を低く低くかがめた黄理が近くにいた一人の首につま先を引っかける。そのまま器用に片足で屈強な男を投げ飛ばした。合気道、柔道、既存の武術体系からは外れた異形の投げ技。

 

 奇怪な投げ技を見せられた悪漢たちは口を呆然と開き、絶句する。その空白の間隙を見逃すことなく投げ技時の回転によって高々と上げられた踵をそのまま力いっぱいに落とし、続いてもう一人を無力化。

 

 七夜の暗殺者の動きは留まることなく流動を続ける。

 

 狭い非常階段の空間を跳ねまわり、黄理は残った三人の死角に移動。黄理を見失った男たちを一人、また一人と沈めてひとまずは片が付いた。肩ならしを済ませた黄理が上を見上げると、連続した射撃音と降ってくる薬莢の数々。

 

 知らず知らずのうち、黄理は渋い顔つきでぼやく。

 

「いつも派手で困るよ、まったく」

 

 

 

 

 階段の裏に張り付いていた千束は先行してきたテロリストの一人に出合い頭、非殺傷弾を撃ち込む。

 

「いらっしゃいませー」

 

 気絶した男を抱えようとすると、テロリストたちが上の方から味方もろとも銃を乱射してくる。

 

「おー!?おーいおい、ちょ、っま!?」

 

 気絶した男を射線から引きはがして応射。非致死弾頭の込められたショットガンがテロリストたちを撃破していく。意識を飛ばした男たちが降ってくるので、千束がそれを受け止めようとすると。

 

 するりと現れていた黄理が腕や足で受け止めてから、床へ雑に打ち捨てた。その雑さに千束が口を尖らせる。

 

「らんぼーだなー。もっと、優しく、ソフトに~」

 

「落ちそうなとこに陣取ってる方が悪い」

 

「はぁ、階段は下手すっと死ぬからねぇ~。気を付けなはれや~」

 

 千束は黄理の背中を気軽に叩いてから追い抜いていき、やや傾斜の強くなった場所の閉鎖された扉にショットガンの銃口を押し当てる。

 

「こっこからは、っと!」

 

 ショットガンをリズムよく何発か発砲、施錠されていた頑丈そうな扉が開いていく。マスターキー要らずだ。千束が扉を勢いよく開けると、そこには足場となりそうなものはなく危うく真っ逆さまになりかけ、つま先で踏みとどまろうと頑張っている。

 

「って、わわっ~!」

 

 黄理が千束の背中を掴み、室内へと引きずり戻す。

 

「っぶな~!落ちるかと思たわ~!」

 

 千束を抱き寄せた黄理が外へ顔を出す。建築物そのものが傾斜しているため、扉の先に本来あるはずだった手すりは下に存在しているのを確認。ばさばさ、と赤いリリベルの制服の裾が風ではためいた。

 

 抱き留めていた千束がひょいと顔を出す。

 

 晴天の下、吹き抜ける風と眼下の街並みから上空を仰ぐ。展望台まではまだまだ遠く、移動経路は十年前の崩落で歪み辛うじて残存する鉄骨のみ。

 

「鉄骨の場所にも何人か配置されてるな」

 

「うえ、ホントだー。こりゃ、落っこちない事と落っことさない事に気を付けないとなー」

 

「どっちもやるしかないんだ、なら速く片付けよう」

 

「だねー。っし、行くか」

 

 鉄骨へと飛び移る。着地音は限りなく静寂で、千束と黄理は頼りない足場であるはずの鉄骨を軽やかに飛び渡っていく。しばらくして着地や走る際の駆動音ではなく、制服の赤地に気づいた敵の幾名かがマシンガンの連射を撃ち下ろしてくる。

 

 二人は弾かれたように左右へばらけた。千束は手すりにつま先を乗せ、進行方向を前方から無理やりに上へ。黄理の方は下に落ちたかと思えば、ワイヤーガンを射出。

 

 放たれたワイヤーの空気を切り裂く独特の発射音を置き去りに鉄骨の裏を駆け抜けてテロリストの視界より姿を晦ます。

 

 二人とも着実に敵へと接近。

 

 黄理は実弾しか持ち合わせぬため、鉄棍で敵を無力化。千束も非殺傷弾で無力化していくと、一人だけ当たり所が良すぎたため、くらりと後ろに倒れていく男の姿に千束が血相を変える。

 

「やっば!?」

 

 あのままでは足場を踏み外して落ちてしまう。追撃の次弾で相手の位置を微調整、あわやというところで墜落死の危機から救助に成功した。

 

「あははっ、ごめんちゃーい」

 

「おいおい」

 

 黄理は下手すると、自分よりもうっかりやらかしそうな千束をジトリと睨みつける。千束が相棒に手を合わせていると、別方向からの連射が襲来した。

 

 

 ──だが、その害意の思念は視えている。

 

 俺はすぐ他の足場に飛び移ったが、千束は普段の癖で僅かな動きのみで避けようとする。これが広い足場ならいいが、道幅が狭く回避に使えるスペースのない鉄骨上でやるべきではなかった。

 

 体勢が崩れていくのが観なくても分かる。此方の鉄骨から降り、俺は千束の落下位置へと先回りで落ちる。牽制のため数発は弾丸を撃ってみた。落ちながらじゃ、さすがに当たらんか……。

 

「あ、あっ、ちょちょちょ~、だっだ──」 

 

 ワイヤーガンを放ち、鉄骨に繋ぐ。あとは落ちてくる相棒を拾うだけ──。

 

「落ちてこーい」

 

「っと、まかせたー!」

 

 千束は受け止めてもらう前に少しでも重量を減らそうとショットガンを放り投げた。落ちてくる千束を受け止め、ワイヤーを使って近場の鉄骨に着地。人間一人分はけっこう重い、が口に出すとひどい目に遭いそうなので黙っておく。

 

 抱きかかえられた状態で千束が拳銃を撃つ。不安定な体勢だったため、照準が合わず一撃で昏倒させられなかったのだろう。たたらを踏んだ男が鉄骨から落ちかけるも、際どいとこで指をかけて墜落を凌いでいた。

 

「根性あるな、アイツ」

 

「いいよ、偉~い!もうちょい踏ん張ってぇ!」

 

 千束を下ろし、俺たちは落下した分の距離を登っていく。さて、本当に落ちかけているなら手を貸そうとも考えたがちょうど男が自力で這い上がってきた場面で千束が銃口を向けて一言。

 

「よく頑張りました」

 

 発砲炎が上がり、テロリストの胸元に赤い粉塵が舞った。

 

「頑張ったヤツへの仕打ちにしちゃ(から)いな」

 

「テロリストなんてやってるからだーい」

 

 

 鉄骨の上にいたテロリストたちをあらかた倒しきり、繆豪(びゅうごう)風鳴(かざな)る不安定な足場の上で俺たちは並び立つ。再び、自分たちが此処に居合わせた事実に奇妙な巡り合わせを感じ取った。

 

「また此処かぁ~」

 

()りないな、俺もお前も」

 

「いや、私はもう懲り懲りだっての……」

 

「じゃあ、お互い進歩が無いってことにしとくか」

 

「前向きな生き方してたはずなんだけどなぁ」

 

 

 二人は旧電波塔の上部フロアに再潜入。黄理は一帯のテロリストたちの死角を取って、奇襲をされる前に奇襲することで相手方の数を減らしていく。黄理が一帯の危険性を排除してくれている間、千束は要救助対象を懸命に探す。

 

 黄理が攻撃的な遊兵として裏から敵対象を減らし、千束が目的物、もしくは人物を救助するというたきなの来る以前に要人警護や拉致被害者奪取の際、よく取っていた黄理と千束のフォーメーション。

 

「ヨシさーん、千束ですよー!」

 

 

 ただ、千束とてテロリストに対し無力というわけではない。

 

 視界の端に揺れ動く何者かを捉えるや、千束の足は思考を置き去りに駆け出していた。距離を詰めて射撃し、多くのテロリストたちを撃退していく。その制圧速度は一秒ごとに洗練され、より精度を高めていった。

 

 そして、それは黄理も同様。秒ごと時を刻むごとに黄理の動きは凄絶に、より鋭利で、殺意の滲むような動きへと収斂していく。収斂、いやこの場合は回帰とでもいうべきもの。七夜の体術が振るわれる都度、本来の形へと巻き戻っていく。

 

 非殺傷性としては退化であり、殺意の本来のカタチを黄理は否応なく取り戻しつつあった。見かねた千束が、黄理をしかりつける。

 

「きーりー!加減~!」

 

「あいよー」

 

「いい加減だな、も~」

 

 

 やがて、敵が大幅に減ったところで黄理が千束と合流。二人でまだ探していないところを共有しようとした矢先──。

 

 

“────千束っ”

 

 吉松の呼びかけが離れたところで聞こえた、気がした。

 

 千束が声の聞こえたほうに駆け出し、黄理も後を追う。

 

 弱々しい声に誘われ、旧電波塔の展望台でようやく千束は吉松に会うことが出来た。目に見える大きな怪我やアザなどはない。千束が安堵しながら駆け寄ろうとした時。

 

 パチン、と指を鳴らす音に合わせて展望台外の防火シャッターが降りて周囲を暗くしていく。

 

「ヨシさん──!」

 

「それどころじゃなさそうだ。構えろ、千束」

 

 黄理の促した視線の先、闇の奥から真っ黒なコートを揺らして此度の事件を引き起こした犯人、真島が姿を現した。その隣には、春の事件で出くわしたシルクハットに燕尾服を着た仮面の男が佇んでいる。

 

「よぉ、ヒーロー?」

 

「──真島っ!」

 

 千束が咄嗟に非殺傷弾を撃つ、しかし弾着の証である赤い粉塵は半透明な防壁に阻まれ真島に届くことはなかった。千束が腹立たしそうに舌を弾くのと正反対に、テロリストの二人の足取りは軽やかなもの。

 

「自己紹介は……要らねぇか。そっち(DA)は結構前から知ってるらしいし、今んとこ俺は日本で一番顔の広い男だしなぁ」

 

「広まったのは悪名も、だろう?」

 

「違ぇねぇ!そうなると、知られてねぇのはお前だけか」

 

 真島は横にいた仮面の男に視線を投げかける。

 

「ふむ、それは少々つまらない。もう隠す理由もないわけだし、せっかくの大一番だ。名乗るとしよう。私は“新人類創造計画”の産物たる特殊機械化兵、蛭子影胤だ。お見知りおきを」

 

「あの仮面の人って、沙保里さんのときの……!」

 

「真島とグルだったとはな」

 

 千束と黄理はテロリストたちの関係性に驚いていたが、真島はそれに反応するでもなく千束、ついでに後ろのヨシさんを照準してリボルバーを撃つ。

 

 真島を視認できたため、千束は避けきれるが──。

 

「ぐぁぁっ!!」

 

 身動きの出来ない吉松シンジは無抵抗に銃弾の餌食になる。

 

「ヨシさんっ!?」

 

「ハハハっ、避けると大事なヨシさんに当たっちゃうぜぇ?」

 

 黄理が真島へ手持ちのベレッタで反撃を撃つも、弾丸は全て隣の仮面の男、蛭子影胤のバリアで止められてしまう。黄理は影胤の動向と、千束の背後で藻掻いている吉松の姿を見る。

 

「“……邪魔だな、あれ”」

 

 どちらが邪魔であるかは明言しなかったが、黄理は銃をホルスターへ仕舞って二本の撥を取り出す。銃弾が効かないなら、格闘戦で制圧するしかない。真島と仮面の男、どちらを優先して叩くかを考える。

 

 

 “真島を倒すべきか”

 

 “蛭子影胤を倒すべきか”

 

 

 ──選択する。その要因は、真島と対するなら千束の方が適している事と仮面の男に対して、千束は相性が悪すぎる。

 

 

「千束、仮面の男はこっちで受け持つ。……大丈夫か」

 

「うん、真島は任せて」

 

 黄理は己の認識を死の側へと傾かせ、瞳に蒼を灯す。暗闇が落ちた展望台において、冷え冷えとした蒼の眼光だけが不吉な輝きを放っていた。目に映る視界すべてに殺到する赤い線と真っ黒な点。ツギハギが刻印された不完全な世界で黄理は息を整える。

 

 

 黄理の姿は闇に溶け、影胤との相対距離を一気に潰しにかかる。だが相手の魔人もさるもの、半透明な防壁を構築するも、それは撥の一突きで泡みたく消え去った。影胤へ前蹴りを叩きこみ、真島の側から引きはがす。これで真島の盾は無くなった。

 

 真島が黄理を撃とうとするが、既に黄理と影胤の姿はなく二人の存在は遠ざかっていく。

 

 真島は驚いた表情で口笛を吹いてから再び引き金に指をかける。続けざまの発砲に千束は防弾加工されたサッチェルバッグで弾丸を防ぐ、が衝撃までは殺しきれない。

 

 弾丸の衝撃にのけ反り、少女は踏みとどまれずに背中から倒れていく。リボルバーの残弾が切れ、追撃が収まった。

 

 その隙に千束はバッグより軍用ライトを取り出す。ヨシさんの傷を診ようとするが背後にいたはずの彼の姿はとうになく、拘束に使われた縄だけが置き捨てられていた。

 

 持っていたライトを消す。ライトの光で此方の位置を一方的に悟られては不利になる。ヨシさんの行方も気になるが、それよりも真島がここにいる方が大きな問題だ。黄理と仮面の男の戦闘がどれほどかかるか分からないが、しばらくは単独で真島を相手取らなくてはならない。

 

 隠れる位置を変えてから、真島のいる場所を探るため千束は声を発した。

 

「アンタ、なんで──!」

「此処にいるんだってか?」

 

 返事の早かった真島の声の反響を頼りに千束は動き出す。近くにあった商品の陳列棚を遮蔽にするため背中で押して其処に身を隠す。真島をどうにか先に捕捉しようと神経を張り詰めていると、使われなくなって久しい旧電波塔のモニターが作動した。

 

 “タワー内で銃撃!?”という話題性の強いテロップの後、銃を撃つ少女たちの姿がクローズアップされる。

 

『映像は延空木からの中継です!武装した少女が発砲を繰り返しています!』

 

 画面、そこには千束が良く知るフキやサクラたちも映っていて──。

 

「フキ……」

 

「あっちのリコリスは今や全国デビュー中。まぁ、これでお前らは終わりだ」

 

 声のする方に恐る恐る目を凝らそうとすると真島の銃撃が髪を掠める。

 

 射線の方向へ銃を向け、応戦しようとすると残っていた微かな照明も消えて、一寸先も視認できないほどの深い暗闇が場を満たす。

 

 慌てて遮蔽に身を隠し、ライトで相手の位置を探そうとした時、暗がりから闇に同化した真島が突っ込んでくる。千束の持っていたライトが蹴り落とされた。

 

 そして、減速しないまま千束の腹部を殴りつける。空中で飛び掛かった姿勢のため、そこまで痛手にはならなかったが、それよりも驚愕すべきは真島の正確すぎる捕捉の方だ。

 

 黄理みたいに対人感知力がずば抜けているのか、それとも──。

 

 

「見えてんの──?」

 

“聞こえてんのさ”。

 

 耳元でのささやきに乗じ、肘打ちが飛んでくる。千束の軽い体重ではこらえきれず、またもや吹き飛ばされた。これで完全に千束は自分の現在位置を見失ったことになる。対して真島は口内でカコン、と舌を打つ。瞳を閉じた真島には今、目で見るよりも鮮明に暗闇の中が知覚されていた。敵であるリコリスの位置、影胤の位置も。

 

 足元の空瓶を避けて後退。何の光も届かない暗所にあって真島はこの環境に完璧な形で適応している。

 

 だが、唯一わからないのは、あのリリベルの少年だ。気配を殺し、音を限界まで絞った七夜の暗殺者を真島は察知できずにいる。内心で舌を巻きながら、真島は“あのリコリス(ガキ)”が危なくなりゃ自然と出てくるだろうと思考を割り切った。

 

「相手の微細な動きで射線と射撃タイミングを判断する。すげぇ能力だ、お前らみてぇなガキにアランが興味持つはずだぜ」

 

 真島の称賛を受けながらも千束の表情は曇っている。

 

 そう、姿の見えない真島にこうまで一方的に攻め立てられれば、相手の得手、いや突出した能力にも見当がつく。この暗闇をものともせず平然と動き回り、こちらを捕捉する。

 

 その手品の種は──。

 

「……音か」

 

「正解」

 

 答え合わせは耳元で睦言めいて囁かれる。こちらが気づかぬ状態で背後を取られ、反射的に千束が音の発生源を撃つも既に真島は暗がりへ消えた後。

 

 千束の攻撃が悉く当たらない。

 

「そら、見えなきゃなんも出来ねぇか?」

 

 暗がりから現れて脇腹を貫こうとする真島の蹴り抜き。鋭く刺さろうとするつま先をサッチェルバッグで受け止めて反撃の応射。ここで残弾が切れるが無理やり銃弾を避けた真島のくるぶしをホールド。千束の捻じり上げる動作に呼応して関節を極められまいと真島が自ら転がり出す。

 

 真島のリボルバーが手中から離れる。落下するリボルバーを見もせず掴み、真島の額へと向けた。

 

「いいのか、そりゃ実弾だぜ?」

 

 

 真島の目論見は見事に刺さる。彼の言の通り、千束には撃つことが出来ない。そして、真島が撃たない銃を向けられた程度で戦意を喪失するはずもなし。

 

 真島が千束を蹴り飛ばそうとした時、横合いから飛んでくる男の体躯。千束が後方へ退いたことで、真島の上に燕尾服の男が覆いかぶさる形となった。

 

 黄理が庇うように千束の前に立つ。

 

「危ないとこだったな」

 

「そーいうのは無事に切り抜けてから言うセリフだよ、あと若干、遅い」

 

「言われてみればそれもそうか」

 

 軽口を叩きながらも、千束はリボルバーを捨ててサッチェルバッグから取り出したマガジンを目にも留まらぬ早さで装填、両の手で銃を(かし)いだ構えで持つ C.A.R.(センター・アクシズ・リロック)スタンスを取る。

 

 圧し掛かった影胤を蹴飛ばし除けて、真島は親身な口ぶりで千束を嘲笑う。

 

「聞いたぜぇ、ヨシさんからよぉ。つまんねぇ縛りで才能を枯らしてんだってなぁ?けど、俺はお前のそういうとこが好きだぜ、人に生き方を強制されんのは俺も(きら)──」

 

「一緒にすんな!」

 

 否定の叫びが銃声に乗り、暗闇へと反響していく。仮面の男を引きずって、真島がまた暗闇へ溶け込む。認識の利かぬ闇の向こう側から真島は静かに語り掛けた。内容は、まさかのヘッドハンティング(勧誘)であった。

 

『俺たちでアラン機関を叩かねぇか?ヨシさんは痛めつけても中々、口割らねぇんだよ……。お前らとなら組めるかもしれねぇ。アランに色々とちょっかいをかけられた仲じゃねぇか』

 

 引き金を引き続け、絶え間なく銃声が響く。

 

 翻弄する真島の声をかき消す勢いで銃を撃ち続ける、が相手の姿を捕捉できない以上、牽制が精々だ。その牽制でさえまともに機能しているか怪しい。

 

 おまけに黄理と合流したはいいが、相手の実力が拮抗しているがために決め手に欠けている。千束も、黄理も、両者ともに手詰まりの状態。

 

 

 万事窮する状況でふと何かが光るのを千束たちは目撃する。

 

 着信のバイヴ音と発光する画面、光の正体は先ほど床に落ちたヨシさんのスマホ。なんてことはない、着信に反応して画面が光っただけ。

 

 誰からの着信……?アラン機関?他のテロリスト?

 

 

「いや──」

 

「──あれは」

 

 “3コール以内に出ること”

 

 黄理と千束が同時に思い出したたきなのお小言。

 

 あっけなく消えてしまいそうなほどに弱々しい光。

 

 だが、闇の中にあって確かに存在する光は不思議なほどにこの圧倒的に不利な状況を逆転させる予感に満ちている──!

 

「黄理、撃ちまくっていいよ」

 

「当てなくていいんだな?」

 

「実弾じゃ当てた方がマズいって」

 

「はいよ、せいぜい騒がしくやってみせるさ」

 

 黄理が防火シャッターの下りた窓際で銃を乱射しながら駆けていく。非殺傷弾の温存のために受け持った賑やかし役。

 

 元より真島に当たることは期待していない。

 

 肝心なのは今、黄理と千束がどう移動しているかを外部へと伝えること──

 

 弾倉が空になり、黄理が立ち止まった。

 

 暗がりより真島が迫る、黄理が千束を背後に庇った時──。

 

 それを邪魔する絶好のタイミング、防火シャッターを大きく歪める外部からの衝撃。二度、三度、次の瞬間、防火シャッターをぶち抜いて差し込む陽の光と共に舞い降りてきた少女の面影。

 

 ──セカンドリコリス。

 

 井ノ上たきな、堂々の参戦。

 

 闇を切り裂く逆光を背負って、たきなは真島へ挨拶がてら蹴りを入れる。

 

 暗闇に慣れていたため目を晦ませた真島はそれを受け、追撃の二~三撃目もまともに食らった。たきながとどめと銃を向けるが、その手を掴み上げられ身動きを封じ込められる。

 

「お前に用はねぇつったろ」

 

 二転三転する状況の中、すかさず千束が動く。たきなの突入時、シャッターに大穴が開いたことで明るさは十分、真島の姿をようやく捉えた。

 

 スライディングしながら、千束が非殺傷弾を斉射。真島はたきなの腕を捻じり、銃を奪取すると非殺傷弾を“視て”から回避、たきなの銃で千束に発砲。それを阻止しようと黄理のハイキックが放たれるが、真島はのけ反って蹴りから逃れる。

 

 更にはのけ反った不安定な体勢で銃を撃ってきたのだ。

 

 しかし、視界が確保されていれば、千束にとって回避は容易い。

 

 二発ほど避けられたところで、千束を単独で狙っても当たらないことを真島は確信する。リボルバーを拾う暇はなし、依然、黒い方のリコリスが持ってた銃で応戦する他ない。

 

 真島は、先の痛痒(ダメージ)から復帰した蛭子影胤と共に、井ノ上たきな(セカンドリコリス)へ拳銃を構えて銃撃を行う。

 

 千束と、黄理がたきなの前に駆けだした。千束は真島の視線と銃口から、黄理は蛭子影胤の思念の方向と色合いから、弾道を予測しサッチェルバッグで銃弾を防ぐ。

 

 突入時の撃った弾数からたきなの銃の残弾数を計算。どうにか受け切れると判断し、千束らはサッチェルバッグを盾として構える。

 

 赤と蒼の瞳を限界まで見開き、銃口の動きと思念の流れに神経を集中、防弾加工された鞄で受けきるも弾着の衝撃に握力が保たず、千束と黄理のバッグが弾き飛ばされてしまった。

 

 バッグは階下の暗がりへと落下していく。

 

 しかし、真島の持っていたたきなの銃もスライドが後退しており、残弾無し(ホールドオープン)に──。

 

 撃ってこないところを見るに、蛭子影胤の拳銃も残弾が無いようだ。

 

 

 

 沈黙が辺りに降りる。

 

 

 スポットライトめいた陽の光を受ける千束たちと、闇の中で佇む真島らは互いを認識する。

 

 テロリストとエージェント。

 秩序を守る側と壊す側。

 殺す者と生かす者。

 

 

 両者は此の土壇場で、とうとう思い至った。

 

 目の前のヤツらこそ自分たちにとって唯一の天敵足り得る、と。

 

 

 此処に思想も、生き方も、主張も、正義も相容れぬ両者は眼前に立つ天敵らの姿を瞳へと強く焼き付けるのだった。

 

 

 

 

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