第四回ヒヨリミコロシアム参戦作品。

テーマ「日和」

骰子の出目が高かったからって良い事が起こるとは限らない。それが真相。

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小春日和に小夜嵐

 小春日和の、真冬とは思えぬ暖かさが睡魔を呼んだか。ついつい昼寝をしてしまった。

 時刻は午後3時。嵐の到来は近い。

 気怠い体を無理やりベッドから引き起こして、頭を掻きながらキッチンへと向かう。

 まずはオーブンに火を入れて、昼寝の前に皮目だけを焼き上げておいたブリゼ(糸掛け)済の若鶏――中には玉葱、人参、セロリ、ニンニクなどの香味野菜を角切りにしてふんだんに詰め込んである――をアルミホイルに包みグラタン皿へと乗せオーブンへ入れる。210℃で1時間ほどかかるのでその間に付け合わせのマッシュポテトを作ることにする。

 じゃがいもの皮はきれいに剥き、同じ大きさに切り分けて水から火に掛ける。竹串がすっと通る程度まで火が通ったらザルに揚げ、ポテトマッシャーで潰しながら塩、バター、牛乳で味と硬さを整える。

 ここで若鶏に一度目の火入れが終わる。アルミホイルを剥がし、首を縫い閉じた糸を外して中に溜まった肉汁と香味野菜を全て鍋に移す。鶏肉は再びグラタン皿へ戻し、皮目を乾かすために再びオーブンへ戻し、温度を230℃に上げて40分タイマーをかける。

 肉汁と香味野菜の入った鍋を火にかけ、肉汁の旨味成分を凝固させる。一度ボールをかませたザルに上げて、野菜と肉汁だったものを分ける。鍋に白ワインを少量入れて凝固した旨味成分をこそげ落とし、水とチキンブイヨンを入れて野菜を戻す。適度に灰汁を取ったら弱火で煮ていく。これでソースの準備は完了だ。あとは時間が解決してくれる。

 ここで一度湯を沸かし、インスタントコーヒーを入れる。午後5時過ぎ。嵐の到来まであと1時間と言ったところか。僅かなコーヒーブレイクの終わりに鶏肉の火入れが終わる。

 若鶏と同じく昼寝前に仕込んでおいたサニーレタス。そしてスライスにしたアーリーレッド。そのほかクレソンなどの野菜を軽く混ぜて、シェリー酒酢、塩、オリーブオイルで作った、ヴィネグレットで和える。トッピングには半分に切ったプチトマトと、70%カカオのチョコレートを砕いて乗せる。某ゲームのバレンタインイベントで作っていた地中海風サラダ……なのか?まあ、あれにはもう1つ材料が必要だったが。

 煮込んでいたソースを濾し、バターで濃度をつける。塩胡椒で味を整えたら、ソースの完成だ。

 サラダ、メインの鶏肉、ソース、付け合わせのマッシュポテト。あとはバゲットを切り分け、それぞれを皿に盛り込んでいく。

 時刻、午後6時。嵐の着弾想定時刻。時計の針が直線になったその瞬間、連打されるチャイム。高橋名人もかくやというその音に、僕は急いで鍵を開けに行った。

 

「いやー食べた食べた」

「お粗末さまでした」

 目の前の少女は満足そうにお腹をさすっている。僕の肩口までの身長しかないのに、一体どこに入っているのか。

小夜(さよ)の料理は相変わらず絶品だねぇ」

小春(こはる)がいっぱい食べていっぱい美味しいって言ってくれたからだよ。……だんだん量が増えてきてる気がするのは気のせいってことにしとく」

 ふわふわの亜麻色の髪、くりくりとした大きな目。甘めのファッションが大好きな小春は、傍から見れば小学生にすら見えるがとんでもない美少女だ。実年齢はとっくに20を越えているというのにだ。僕にも少しはその可愛さを分けてほしい。

 なにせ僕はといえば身長は小春プラス頭ひとつ分、黒い髪はクセが強く、伸ばすと爆発するのでロングヘアなんぞ夢のまた夢。どうみても切長の目。メガネを常用してるので余計に目つきが悪く見られる。加えてこの「僕」という一人称。昔のアニメの影響、と言ってしまえばそれまでだが、悲しいことに成長しなかった胸も合わせて男に見られることの方が多い。

 だとしても憧れは捨てられない。僕だって可愛くなりたかった、女の子らしいふわふわした服を着て街を歩きたかった。だから――小春は、僕の憧れなんだ。

 

 「さーよー」

 

 小春が僕を呼ぶ声でハッと我に返る。

 いけないいけない、何かに囚われてたみたいだ。

 「大丈夫?ぼーっとして」

 「ごめん小春、ちょっと考え事してた」

 「んー、それならいいけど……もしかして、私のことでも考えてた?」

 

 ぎくり。

 

 「それも多分、私の見た目の話」

 

 ぎくぎくり。

 心のどこかで音がする。動悸が早くなる。

 

 「そ、んな」

 「ふふふ、小夜のことならなんでもお見通しなのだー。きっと私の見た目が理想系、とかそんなことでしょー?」

 小春は赤ワインの入ったグラスをゆらゆら揺らしながら、悪戯っぽい目と表情でこちらを見つめる。

 なにか。なにか無いか。話題を変えられるようななにか。

 いつの間にか窓の外には月が出ていた。時刻は午後7時半。今日は満月だ。

 「あ、ほら、小春」

 思わず僕は話をそらそうとして窓の外を指差す。

 

 「今日は月が綺麗だよ」

 

 ……

 

 ミスった。

 それはまずいって。

 

 「……」

 「……」

 

 まん丸い目をさらに丸くして小春がこちらを見つめる。

 そりゃそうだ、いきなり告白だぞ。

 

 「……ぷ」

 

 

 「あっははははっははは、まさか告白ぅ!?」

 たまらず爆笑しだす小春。そりゃそうだろう。テンパって告白とか笑う。

 僕だって同じことをされたら笑い出すだろう。

 

 「……ちょ、小春……」

 流石に恥ずかしい。

 「はっははは、いやごめんって……くふふふ」

 ようやっと波が引いたのか、小春が元の調子を取り戻す。

 「いやぁ、小夜も大胆だねぇ」

 「ちょっと口がすべ……いや言葉の使い方間違えただけだって」

 「どっちにしたって本心じゃないの」

 半分呆れたようにものを言う小春。うう、やってしまった……。

 若干へこみ気味な僕を知ってか知らずか、小春は先ほどの悪戯っぽい目を取り戻す。

 

 「俗説だけれど綺麗な話だものね。君がそういうなら、それこそ私は――」

 

 死んでもいいわ。

 

 「――なんて言いたいところだけどね」

 

 と言うと小春は少し残念そうな顔をする。

 

 「小夜、ニュース見てないでしょう。今日は……今日の満月は、ブルームーンよ」

 「ブルームーン……あ」

 

 その月で二度目の満月。それが青い月(ブルームーン)。それ単体では奇跡などを意味するが。

 

 「青薔薇はまだ咲かないわよ、小夜」

 

 小春がこの言葉を使うときは、目下開発中の青い薔薇――その品種名を、ブルームーンと仮定された薔薇を指す。

 その花言葉は――「不可能、あり得ないこと」

 

 「……」

 「残念だったねぇ」

 

 つまるところここに答えはまだ得られない、と言うことだ。

 寂寞が心を支配する。空虚が、埋まらない。

 

 「まあまあ、待てば海路の日和あり、なんて言葉もあるでしょ」

 

 唐突に小春が続ける。

 「だからね。小夜」

 

 「次の満月に同じことが言えたなら――私、あなたの為に死んであげる。この小春日和よりも暖かい、本当の小春の日和をくれてあげるわ」

 

 そうやって。

 若干獰猛さを含めた笑みを浮かべる。

 ああ。

 僕は。

 

 だから君を好きになったんだ。

 

 

 

 

 

 

 そして次の満月を見ることなく。

 小春は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 「……また夢、か」

 三須賀大学理学部、その中に併設された僕のラボ。

 時刻は午後7時半。何年か前の夢の時間と同じ日、同じ月。

 同じような小春日和。睡魔は再び僕の前に現れた。

 けれども。

 ここに嵐は無く、二度と嵐は来ない。

 「僕の原点といえば原点だけども。……秋葉くんに話したら何て言うかな」

 

 あれから小春はいなくなってしまった。

 方々を探して回ったが、結局見つかることはなかったのだ。

 だから僕は――

 

 「不気味の谷を越えて……か」

 

 結果がどうなるかはわからない。協力している秋葉くんも、まだ確実な成果を挙げられたわけでは無さそうだ。

 そもそも事が露見すれば僕も秋葉くんもタダでは済まないだろう。

 それでも。

 

 「小春。ブルームーンにはあれから花言葉が新しく付け直されたんだ。今度は神の祝福とか、奇跡だってさ。けどね、僕は違うと思っているんだ」

 

 ブルームーンは品種改良の果てに、人の手によって作られた。

 そこに奇跡の介在など僕は認めない。

 花言葉は「智慧の象徴、人類の叡智」であるべきだ。

 

 ゆえに。

 

 僕が秋葉くんのプログラムの為に準備中の素体。僕はそれを「小春日和(Indian Summer)」と名付けることにした。表向きにはその名を冠した、ブルームーンよりもより青き薔薇の製造計画。実際には……生命倫理を無視した、言葉にしてはいけない計画。

 だが同時にカモフラージュの為に薔薇も作る。そしてそれが成った暁には、その花言葉を「人類の叡智」にしてみせる。

 

 君の名を冠したこの計画を、僕が成し遂げてみせるとも。

 

「だからさ、小春。もしもそれが成ったなら」

 

 僕は窓の外の月に手を伸ばす。そして、それをグッと握りしめて。

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ、僕の為に死んでもらうからね」


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