久々に神メ駆という儀式が復活ということで
今年の駿大祭はいつも以上に盛り上がっているらしいです。
初参加である私たちが他のヒトたち以上に
興奮しているのには理由がありました。
「どうだ?ちゃんと着れているだろうか?」
「いや、似合ってるつうか……
神々しいというか……」
「正に神メとしか言い表せない。
友である私も誇らしい気分になる姿だ。
すごく似合ってるよ。オグリ」
「ありがとう。ルディ。マーチ」
「これが『マ子にも衣装』ってやつなんかねー
ってどした?ノルン?」
「――――――」
「 SAN値がオーバーフローしてやがる……」
栄誉ある神メの一人に
なんと、オグリちゃんが選ばれたからなのです。
オグリちゃんの晴れ姿を見る為に
カサマツのみんなもこっちに来てくれました。
「ところで北原のヤツはどこだ?」
「あ、六平さん。
北原さんなら大井の人たちと一緒ですよ」
私の手を伸ばした先には
大井の人たちに囲まれている北原さんが居ました。
「相変わらずカタギとは思えねぇ連中だな……」
「みなさん、すごく良い方たちでしたよ」
その証拠に北原さんも大井のみなさんも
オグリちゃんとイナリさんの話で大盛り上がりしています。
地元の人たちに囲まれたイナリさんは
レースの時とは違う穏やかな表情を浮かべてて
北原さんと一緒にいるオグリちゃんそっくりでした。
「お!アンタがベルノで、そっちが六平さんやな」
力強い声と共にタマモクロスさんが駆けてきました。
神メの衣装を纏うタマモさんは遠くで見ていた時以上に
迫力と存在感があって緊張してしまいます。
「は、はじめまして!
オグリちゃんの友達をやらせていただいて
おりますベルノライトでございます!!」
「取って食おうとなんかせーへんから気楽にしてや」
「こうやって話すのは初めてだな。タマモクロス」
「はじめまして。六平さん。
コミちゃんがよーお世話になっております」
「アイツは勝手に強くなった。
俺は関係ねぇよ」
タマモさんと六平さんの会話は重厚感があるというか
なんだか、私とは別の世界で圧倒されてしまいます。
「ベルノの事もコミちゃんから聞いとるで」
「え!?私のことを?」
「オグリの事はもちろん
戦う相手の事もよーみとる。
まだトレーナーじゃないのが
不思議なくらい凄い娘やって」
「そ、そんな!私なんて、まだまだで……
タマモさんのノートで小宮山さんが
どれだけ大きい存在なのかより分かりましたし……」
「確かになぁ……
ウチもノート渡す前に読み返したら
どれだけ世話になっとったか
改めて身に染みたなぁ……」
「あ!タマモさん!ノートありがとうございました!」
「いやいや、大した事は書いてなかったやろ」
「いえ!オグリちゃんも凄く力になったって――」
不意にタマモさんがギョっとした顔を浮かべました。
「ちょいまち。
オグリにも読ませたんか」
「はい」
「六平さん。コミちゃんがノートを渡した時
なんか注意してませんでしたか?」
「いや、何も言ってなかったぞ」
タマモさんの顔が青から赤に変わって
両手で顔を抑えてうずくまってしまいました。
「コミちゃんはホンマにもー……
アイツも何も言わへんし……」
「あ、あの大丈夫ですか……?」
「いや、想定はしとったから……けどなー……
あーもう!今は集中や!集中!
そろそろいくで!オグリ!イナリ!」
タマモさんは勢いよく立ち上がると
そのまま二人を連れて駆場へと行きました。
※
いつもの勝負服に勝るとも劣らない熱さを持つ
神メの衣装を纏うヤエノが現れる。
ヤエノらしい静かだけど迫力のある舞いが終わると
みんなの夢を運ぶ炎が燃え上がる。
炎を鼓舞する様にヤエノが叫び
その火を松明に灯して走り出す。
さっきの舞いとは正反対の荒く力強い祈り。
静と動によるヤエノらしい祈りによって
みんなの夢への想いがアタシたちに届けられ
アタシの心もどんどん熱くなる。
ありがとう。ヤエノ。
おかげで決心がついたっス。
「バンブー……?」
隣からシチー先輩の声がした。
「駆場へ向かわないの?」
「おっと、すみません。
アルダンの出番を見逃してしまうっスね」
私と先輩はヒトの流れに乗りながら
ヤエノの後に続く。
早歩きで移動する中
アタシはたぎり出したある思いを口にした。
「シチー先輩。アタシはジャパンCにも出て
オグリと戦います……!」
「突然、どうしたの……
それに、ジャパンCって……」
先輩が心配するのも無理はないっス。
2200mの宝塚記念ではイナリ先輩たちに
追い付く事すらできなかったのに
ジャパンCはそこからさらに200m伸び
オグリさんやイナリさん達に加えて世界の強豪も集う。
あのタマモクロス先輩を破った
オベイユアマスターも。
そんな大舞台にアタシはマイルCSと
連続して挑もうとしている。
無謀としか言えないっスよね。
それでも――
「前にヤエノが言ってたんス。
オグリは夢を食らう存在かもしれないと」
「”夢を食らう。”ね……」
「でも、オグリは夢を食らうような存在じゃない。
もっと違う存在だとアタシは思うんッス
それをヤエノに伝えたいんス。
アタシ自身がオグリと一緒に走る事で」
「そうなんだ……
なんだか、カッコイイじゃん」
「いえ。自分もみんなも、諦めじゃなくて
夢を背負って走ってほしい。と勝手に願う
単なる委員長的なワガママっスよ」
「……じゃあさ、アタシのワガママも――
私の夢も背負って走ってくれない?」
「……わかりました!」
「ありがとね……バンブー……」
そう微笑む先輩はどこか寂しそうだけれど
いつか、明るい笑顔になってほしい。
アタシはそう願いながら
次とその次のレースへの想いを燃やし始めました。
※
ヤエノさんが運んできた炎を前に
アルダンさんが『称慰文』を読み上げ
花と共に祈りを届けました。
走り終えたウマ娘たちに向けて。
これからも走っていくウマ娘たちに向けて。
アルダンさん。
私はどちらなんでしょうか――
「なに、しょげた顔してんだよ。チヨ」
「ディクタさん……」
毎日王冠が終わった時
私たちは走り終えたアルダンさんに
声をかけるか迷っていました。
トゥインクルシリーズを諦めた私が
今を走るアルダンさんに言葉をかける
資格があるのか分からなくて。
でも、その時ディクタスさんが
「オレたちはまだアイツらのライバルだろ?」
と背中を押してくれました。
ディクタさんは凄い方です。
いつも決して諦めない
アルダンさんやヤエノさんに負けないくらい
凄い方です。私なんかと違って。
「オレはどんなに時間をかけても
もう一度アイツらと走るつもりだ。
オマエもそうだろ?」
ディクタさんが言ってるのは
ドリームトロフィーの事だと思います。
1年に2度だけ開催されるレースで
トゥインクルシリーズで優秀な成績を
残したウマ娘だけが招待される栄誉ある舞台。
ダービーを勝つ事ができた私も
参加資格を与えてくれました。
でも、私は迷っていました。
安田記念や宝塚記念の様な
酷い走りをまた晒してしまわないかと――
「このままじゃ、終われねぇだろ。オレたち」
「はい……!」
それでも、私はディクタさんにハッキリと
返事をすることができました。
だって、例え私はみなさんと違って
凄いウマ娘じゃなくても
私はまた、みんなと一緒に走りたいから。
オグリさん達とも戦ってみたいから。
それに、なにより、誰よりも
私はマルゼンさんに
あのヒトに勝ちたいから。
絶える事の無い夢があるから。
アルダンさんが寄り添う炎の様に。
「やっぱり、チヨはそーいう顔が
似合うと思うぜ」
ディクタさん。アルダンさん。ヤエノさん。
私は貴女たちと一緒の時を走れて本当に幸せでした。
だから、また一緒に走りましょう。
そう私は炎に向かって祈りました。
※
「トレーナーさん?
どうかされましたか?」
クリークがボクの顔を覗き込む。
顔に出てしまっていたのだろうか。
「いや、大丈夫。
次のレースの事をふと考えてしまって」
咄嗟に言い訳をしたが
心の内ではある子供じみた不満を抱えていた。
「トレーナーさん。
私は既に選ばれていたんですよ」
「それは、どういう――」
「貴女が私を選んでくれた。
どんな役目よりも名誉ある
貴女のパートナーに」
クリークはいつもと変わらない微笑みで
ボクを明るく照らしてくれた。
※
手にしたタブレットの向こうで
3人のウマ娘が激しく競い駆ける。
画面越しでもその迫力が
G1レースと遜色無いのが伝わってくる。
未知なる強豪。
もう一度立ちふさがるだろう宿敵。
そして、先に去って行った同志。
彼女たちの走りが
私の渇望をさらに高ぶらせる。
早く日本へまた行きたい。
もう一度、あの栄光を手にしたい。
思わず今からでも走り出したくなってしまう。
「Hey!オベイ!!」
想いに浸る私を
彼女がいつものように邪魔をした。
イヤホン越しでも声がうるさい。
「なにみてるの?」
「日本のお祭り」
「へー……あ、この娘。
去年オベイが熱を上げてた娘じゃん」
彼女の指先にはタマモクロスが居た。
「イメチェンしてても分かるよ。
やっぱり、シャープでストロングな走りしてるね」
「イメチェンじゃない。
神聖な儀式の為の――」
私の声を無視して、彼女は喋る。
その言葉が嫌に耳へと響いた。
「次もこの娘と走るんだよね?」
私はその疑問に一瞬だけ戸惑ったけれど
事実をゆっくりと反芻して答えた。
「……彼女はもうレースを引退している」
「そうなんだ……」
ヒトを小馬鹿にしたような笑顔が
寂しそうな笑みへと変わっていく。
私の知らない顔を浮かべながら
彼女はあっさりと宣言してきた。
「実はね、ミーも次のレースで引退するんだ」
「……聞いてない」
「今、オベイにだけ打ち明けたからね」
「どうして……」
「潮時ってやつだよ。
去年、スゴイ賞も貰えたしさ。
もういいかなって」
「もういいって……」
分かってはいた。
彼女が遠からず引退するのだろうと。
最近の戦績を見れば誰の目にも分かることだ。
私も分かっていた筈なのに
絶対に認めたくなかった。
「もういいってどういう事なの。
レースでヒトを散々バカにしておいて
先に一抜けするなんて――」
「ごめんね。オベイ」
オグリキャップも
同じ想いだったのだろうか。
タマモクロスのラストラン。
その直前に浮かべていた彼女の険しい表情。
やり場のない怒りと悲しみ。
憧れを終わらせる覚悟。
そして、走り終えて、泣きながらも
最高の宿敵と抱擁しながら笑うの二人姿。
海の向こうにいた私にも
彼女たちの最後のレースが目から焼き付いて離れない。
私も彼女とあんなレースを――
「日本でもう一度、勝ってきてね。
ミーも期待してるから……」
「アナタの為に走るんじゃない。
私は私の為だけに走るだけだから」
「それでこそだよ。
オベイのそういうところが大好きだったよ。
じゃあね」
去り行く彼女の背を追いかける事はもう無い。
私は私だけの栄光を求める。
それが、私が彼女にできる唯一の祈りなのだから。
※
「あ、しまった」
後悔しても遅かった。
カメラを構えていないのを気付いた時には
麓のゴールに3人が同時に駆け抜けていた。
「せっかく、タマちゃんの走りをまた見れたのに――」
そこで初めて気が付いた。
私はタマちゃんのレースを一切写真に収められていない。
タマちゃんの走る姿を前にして
カメラを構える余裕なんて一度も無かった。
勝ちきれない時も
あの事故の時も
もう一度、勝てた時も
二つの盾を手にした時も
最後のレースの時も
私はタマちゃんの走っている姿に
いつも夢中になっていた。
あの河川敷で出会った頃から
タマモクロスの勇士は私は目を通して
私の心にいつまでも刻まれているんだ。
だから、願ってしまう。
タマちゃんが家族と平穏に暮らすよりも
ターフで走る姿を再び見せて欲しいと。
「タマちゃん。ごめんね。こんな勝手なトレーナーで」
※
「うお!?オグリ!?
どないしたん!?」
私は打ち上げ会場から少し離れた
夜道を歩くタマを見つけた。
「突然、いなくなったのはキミだろう」
「あーすまんな。
ちょっと考え事したくてな」
「……私も一緒に考えていいだろうか」
「……ええで」
私はタマと一緒にあてもなく歩く。
色々、頭には浮かぶのに
ぐちゃぐちゃになって言葉にならない。
「こうして、一緒にゆっくりすんの
何気に初めてやな」
「ああ……そうだな……」
「ウチらが一緒の場所に立つんわ
いつも大舞台の上やったしなぁ……」
「うん……」
共に神メ駆の練習を始めて気づいた。
私はタマの事を何も知らなかった。
とても美味しいタコ焼きを作れること。
家族の事を何よりも大切にしていることも。
私はまだタマモクロスの全てを知らない。
「しかし、イナリはウワサ以上に凄いヤツやな」
「ああ、毎日王冠でも負けたと思った」
「いやーケッタイなヤツもまだまだいるもんやな。
ウチも安心して隠居生活をおくれるわ」
「……」
イナリも素晴らしいウマ娘で
かけがえのない私のライバルだ。
でも、私はワガママだから
彼女だけで満足する事ができない。
もっと、もっと、多くのウマ娘と走りたい。
それに、タマとも、もう一度――
「やっぱり、物足りへんか」
「な、なんで、わかったんだ!?」
「アンタは分かり易いんよ。
そういうとこも羨ましいやけどな」
私とタマは脚を止める。
夜の闇の中でもタマの青い瞳は
はっきりと輝いている。
「……今日、イナリとタマとまた本気で
走る事ができて楽しかった」
「せやな……」
「でも、満足できていないんだ。
過去のウマ娘の想いを知れば知るほど
私はもっともっと走りたくなってしまう」
「ホンマに底なしやな。
まぁ、気持ちはわかるけどな……」
私は気が付くとタマを抱きしめていた。
あの時のように。
「私はこれからも走り続ける。
キミのように天皇賞を勝ちたいから。
オベイともう一度、戦いたいから。
まだ知らないウマ娘たちとも走りたいから」
タマは私の体を抱き止めてくれる。
私よりも小さくて、大きな体で
「だけど、私はなによりも
タマともう一度ターフで走りたい。
みんなと一緒にタマと走りたいんだ」
「……もうちょい待たせてまうかも
しれんけど、かまへんか?」
「かまへん。
私は走り続けて待っている。
タマをずっとターフで待ち続ける」
私はより強くタマを抱き締める。
また一緒に走る時まで
タマをより深く心に刻んでおきたいから。
「またな。オグリ」
「タマ……また、会おう!」
神メに選んでくれたからこそ
改めて理解することできた。
私やタマ達のお母さん。
ルドルフの様な私たちの先を走り
道を開いてくれたウマ娘たち。
彼女たちを支え、応援してくれた
大勢の人たちが居たから
私はみんなとタマに出会えた事に。
ありがとう。
私は決して足りる事のない感謝を胸に抱き続けた。